俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love   作:kue

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第二十六話

 小学生たちの配膳作業も終了し、俺達はしばしの休憩タイムに入っていた。

 流石は山というべきか、向こうと比べて幾分か涼しいのでそんなに汗もかかないし時折、吹いてくる風もまた心地いい。

 ほとんどの奴らは山の中へ小学生に混じって遊びに行っているが俺は木陰になっているところで椅子に座って目の前に広がっている自然を見ながらボーっとしている……雪乃と一緒にな。

 

「なんでお前も行かなかったんだよ」

「あら、八幡は私の隣にいるのがそんなに嫌なの?」

「そう言うわけじゃねえけど」

「ならいいじゃない」

 

 そう言って小さく笑みを浮かべながら雪乃は俺の肩に頭を乗せてくる。

 いやな。俺はウェルカムなんだよ……なんだけど。

 チラッと後ろを見てみると小学生の女の子たちが木に隠れながらキャッキャッと目を輝かせて俺達を見ながら小さく集まって喋っている。

 多分あれだな……うん、あれについて喋っているんだ。

 

「今日は来れてよかったわ」

「……何か予定でもあったのか?」

「いいえ、そういうわけじゃないのだけれど……来れないとばかり思っていたから」

 

 そう言い、雪乃は表情を少し暗くする。

 …………時折、見せるこの表情の意味を俺はまだ知らない……いや、今まで雪乃が俺に見せてこなかったからという事もあるんだろう……でも隼人は知っているんだろうな。昔から家族ぐるみで交流があったあいつは俺の知らない雪乃のことをいくつも知っている。

 そんなことを考えているとまたあの時の様に奥底からイライラに似た感情が込み上げてくる。

 

「……はぁ」

「どうかしたの八幡?」

「いや、なん」

 

 ”なんでもない”……そう言おうと雪乃の方を向いた瞬間、思いのほか雪乃との距離が近く、傍から見ればすぐにでもキスするんじゃないかと思われても仕方がないくらいの距離まで近づいた。

 雪乃の綺麗な目から離せず、時折皮膚にかかる彼女の吐息から何まですべてが異様なまでに艶めかしく見えて仕方がない。

 …………欲しい……俺は欲しいんだ……でも今の俺じゃ……。

 今にも彼女の唇を奪いかねない俺の気持ちを抑え込んで雪乃から顔を離す。

 

「…………バカね」

 一瞬そんなつぶやきが聞こえ、俺の手を握る雪乃の力が強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後4時、少し早目の晩御飯の準備が始まり、キャンプでは恒例のカレーを作る準備が始まった。

 俺達ももちろん作るがそこはやはり小学生。まずは火をつけるところから少々苦戦している班が数カ所あるが1か所だけ火をつけ終わり、すでに米をとぎ始めている班がある。

 お昼ごろに見かけたあの女の子の班だった。

 確かに孤立はしているがそんないじめにつながるような悪意ある孤立じゃない……あの子を見ていると本当に小学校時代の俺を思い出す。

 

「よーし。火のつけ方を教えてやろう。みんなよく見ていろよ」

 

 平塚先生はそう言って小学生を集めるとまだ火をつけていないレンガで囲まれたコンロ代わりのところに炭を積み上げていき、その下に着火剤とくしゃくしゃに丸めた新聞紙を置く。

 

「それでこうやれば……む。中々つかんな…………面倒くさい」

 

 着火剤に火をつけると新聞紙に燃え移り、炭へ移すために適当に団扇で扇ぐが中々火が炭に燃え移らず、それに業を煮やしたのか近くにあるサラダ油をぶっかけた瞬間、火柱が軽く立ち上り、小学生たちから悲鳴にも似た歓喜の声が上がる。

 

「さて、私がやったようにやってみろ。もしつかないのなら近くのお兄さんお姉さんに言いたまえ」

 

 先生のその言葉で小学生たちが元の場所に戻るがあの子だけはポツンと最初から元の位置にいた。

 

「随分手慣れてますね」

「大学時代はよくサークルでバーベキューに行ってな。私が一生懸命やっている間にカップルどもがイチャイチャ…………なあ比企谷。一生懸命準備をしている女性はいつも貧乏くじを引くのだろうか」

「さ、さぁ?」

 

 俺的にはあの長文メールと電話の回数をググッと減らすというか見直せば今すぐにでも結婚できると思うんですけどねぇ。外面だけ見れば超美人だし。

 先生から離れ、雪乃たちが食材を取りに行っている間に残っている戸塚たちとともに火をつける。

 適当に団扇でパタパタしていると炎が炭に燃え移る。

 

「うひゃ~。ヒキタニ君超美味いじゃん! 何かコツとかあんの!?」

「い、いや適当にやってるだけだけど」

 

 いきなり喋りかけてくんなよ。友達だと思うだろうが。

「八幡って意外と家庭的だね」

 

 はぁ。やはり戸塚のスマイルは素晴らしい……神様仏様戸塚様ぁ!

「そりゃ将来の進路は専業主夫だもんな、八幡は」

「あ、そっか~! 隼人君とヒキタニ君は幼馴染だったべ」

「かれこれ8年くらいの付き合いだな」

「流石に高校まで同じとは思わなかったけどな」

 

 いつになっても隼人はイケメンスマイルを絶やさない……まぁそこがある意味、怖いところでもあるんだが。長い付き合いだがこいつのイケメンスマイルが跡形もなく崩れ去ったのは見たことがない。ある意味では隼人と陽乃さんは似た者同士という所だな。まぁあの人と比べるには根本的に間違っているんだが。

 

「僕、八幡の妹さんを見た時、雪ノ下さんの妹だって思っちゃった」

「あ、それ俺もだべ!」

 

 まぁ、戸塚の間違いはよくあることだ。俺と小町、そして雪乃の3人が並んでいるとどうも俺と小町・雪乃という2グループで分けられることが多い。なんでかはしらんがな。

 

「まぁ、なんだ……あいつは良い子に育ったからな……俺に対しては真黒黒助だがな」

 

 なんだよあの秘密ノートってやつは……リアルに妹の腹黒さを感じたわ。

「あ、みんな戻ってきたみたい」

 

 戸塚のその言葉で振り返ると食材を持った雪乃たちがこっちに向かって歩いてきていたので火元から離れ、包丁の準備をしていると俺の隣に食材が入ったボウルが置かれる。

 

「お待たせ、お兄ちゃん」

「おう。じゃあ切っていくか。あ、由比ヶ浜は皮むきでいいぞ」

「ふふん。あたしこう見えても包丁で切るのはできるんだから!」

「由比ヶ浜さん。さっきの梨の向き方を見た後で聞いても説得力がないわ」

「うぅ~……分かったよ~。じゃああたし皮むきする」

 

 不貞腐れながら由比ヶ浜はピーラーを手に取り、ニンジンの皮をシュッと向いたところで何故かマジマジとニンジンを見て動きを止めた。

 

「あれ? ニンジンってどこが身でどこが皮?」

「由比ヶ浜さん。お米を研いでちょうだい」

 

 額を抑えながら雪乃に言われ、由比ヶ浜はショボーンと肩を落としながら小町と一緒に米を研ぎ始める。

 

「じゃあ私たちも始めましょうか」

「そうだな……」

 

 包丁を持ち、手際よく食材を切っていく。

 そう言えば昔、小学校の調理実習で雪乃と同じ班になってよく包丁で食材切ってたな……ていうかよくあの学校、小学生に包丁つかわせたよな。まぁ、先生3人くらいいたけど。

 そんなこんなで時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、流石は高校生。早いな」

 平塚先生が俺達の様子を見に来たころには既にカレーのすべての準備が終了し、あとは白飯とカレーが煮込み終わるのを待つだけとなっていた。

 由比ヶ浜以外、標準的なスキル持ってたしな……由比ヶ浜以外。

 

「まだ時間もある。小学生と触れ合ってくるといい。まだできていないところがほとんどだからな」

 

 ほとんど……。

 チラッとさっきの女の子の班を見てみると既に俺達と同じ作業工程まで終わっており、その女の子は椅子に座って本をずっと読んでおり、他の班員は時折その女の子のことを見ては話しかけ辛そうな表情を浮かべてまたその少女から視線を逸らす。

 

「……あの子を見ていると昔の八幡を思い出すよ」

 

 小学生のもとへ向かう通り過ぎ様に隼人がそう言う。

 遠目で見た限り、あの子が読んでいるのは世間一般的に小学生が読むであろうと思われてはいない本だろうし、仮に小学生が読む本だとしてもあれは分厚すぎる。

 俺も昔ああだった……小学生では到底、集中力が持続しないであろうと思われている分厚い本を1カ月かけて読破し、理解するまで何度も読み続ける……最初はすげえと言っていた奴らも最終的に怖いものでも見るかのような目で俺のことを遠くから見てくる。まさにあの少女と俺の境遇はほとんど同じだ。

 問題は他人があれを見て可哀想と思うか否かだ。可哀想と思えば教師が動くだろうし、そう思わなければそのまま放置だ……俺の場合は雪乃に出会ってからはそんなのは鳴りを潜めたけど。

 その女の子は本に栞を挟み、メンバーがいる場所から少し離れた場所に出てそこでまた本を読み始める。

 どうせ何もやることは無いのでその子のもとへと向かい、隣に立って読んでいる本をチラッと見てみると不等式だのCosだのSinなどの文字が見えた。

 

「……何か用」

「別に……小学生が高校生の分野の本か」

「…………おかしいでしょ」

「別に……俺もお前と似たような感じだった。小学生でありながら小難しい論文の本を読む……」

 

 恐らくこの子が孤立している原因は全く俺と同じだろう……ただ1つ違うのはまだこの子に話しかけようとしてくる存在がいることだ。俺の時は雪乃と隼人以外、誰も話しかけようとはしなかったけどな。

 

「……そうなんだ…………ねえ、Sin・Cosってなんなの? 先生に聞いても分からないっていうし」

 ……それもそれでどうかとは思うけど。

「三角関数つってな。高校数学じゃほとんどの分野で出てくる。微分積分でも使うし、大学でも数学系に進んだらつかわないことは無いって言う位の超有名人。まぁ、高校生の間は直角三角形でしか用いられないことが多いけどな」

「ふ~ん……じゃあ高校生になってからのお楽しみなんだ」

「まぁ、そんなところだな…………」

 

 向こうでは隼人が小学生を楽しませているのかやけに楽しそうな歓声が聞こえてくる一方、隣の少女はただひたすら本を読む。距離はそんなに開いていないはずなのにどこか遠く離れているように感じる。

 

「……鶴見留美……貴方は」

「比企谷八幡…………」

「……八幡も同じなの?」

「同じだった……小学生の時は天才天才つって囃し立てられたような気もするけど大体の奴らは小学生じゃないような俺を見て離れてった」

 

 まぁ、それだけが原因じゃないんだけどな。

「でもなんだか私とは違う気がする」

「……まあな」

 

 俺と留美が違う大きな要因は雪乃という幼馴染が俺にはいて彼女には雪乃にあたるような存在がいないと言う事だろう。もしも俺も雪乃にあの時話しかけていなければ留美と全く同じ道をたどったに違いない。

「……難しいよね、人生って」

「そうだな……俺たちが生きている間はずっと解けねえよ」


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