俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love 作:kue
「あぁぁぁ~」
湯船に浸かった瞬間、お湯がザバァッと浴槽からいくらか流れていくとともに俺の口からそんなおっさんのようなうめき声にも似た声が吐き出される。
ちゃんとビジターハウスに大浴場があるんだがさっきまでの会議が思いのほか長引いてしまい、女子たちが大浴場を使用して男子たちは一般家庭にある風呂と同じくらいの広さの管理棟にある内風呂を使わせてもらっている。
やっぱりあれだよな……ジャパニーズ風呂はやっぱり浸からないとな…………今頃雪乃は何を思ってるんだろうか。
ふと思う。雪乃は俺と一緒にいることで出てくるマイナスな噂をどう考えているのかと……たとえば三浦のような見る目がないなどという話は雪乃の耳にも入っているはずだ…………やっぱり雪乃も内心、嫌がってるんだろうか…………もしくは俺に心配かけまいと何も思わないでいるのか……そろそろ上がるか。
浴室から上がり、ドアを開けた瞬間、時が止まった。
「…………」
「…………あわわわわ! ご、ごめん!」
…………これなんてイベント? 落ち着け……今目の前に誰がいる? 天使の戸塚だ……今俺の状態は? ……素っ裸、またの名をフルチン。英語で書けばFULL TIN!
顔を真っ赤にして顔を隠している戸塚から汚い物を隠すべく、俺は慌てて脱衣籠がある場所へと向かうが如何せん戸塚がその近くにいるのでフルチンの男が可愛い女の子に近づいているようにしか見えない。
どうにかして脱衣籠からパンツとタオルを取り、体をさっさと拭いてパンツをはく。
「もう良いぞ」
「うん……静かだったから誰も入ってないと思って」
「そ、そうか……じゃ、じゃあ俺行くわ」
「う、うん」
なんで男同士なのにこんな気まずい空気が流れるんだよ。
バンガローへ戻ると既に風呂を入り終えた隼人と戸部がおり、各々自分のやり方で暇を潰していた。
隼人はタブレットで何かを見ており、戸部は暇つぶしに携帯でゲームをしているがそれも飽きてしまったのか携帯を傍に置き、隼人のタブレットを覗く。
「隼人君、何見てるの?」
「参考書だよ。PDFだけど」
「うわぁ~。今頭いい単語出てきたわ~。EDFってあれっしょ? パソコンの奴っしょ?」
どこの地球防衛軍だ。ちなみに略さずに書くとEARTH DEFENCE FORCEとかだったはずだ。俺も一回体験版を店でやったことがあるがロケランでビルを潰すのは中々快感だった。
「隼人君ここでも勉強とかやっぱパないわ~。頭良いのに」
「そんなことないよ。上には上がいるもんだよ。な、八幡」
「そだな……」
「ヒキタニ君って頭良いの!?」
「雪ノ下さんと同位だったよ」
「パネェ! 学年1位パネェ!」
俺からすればそのお前のハイテンションぶりにパネェだよ。
そんなことを考えているとバンガローの扉が開いた音がし、目だけでドアの方を向くとまだ少し濡れている髪をバスタオルで拭いている半袖短パンの戸塚が立っていた。
…………白い太ももが眩しい! 目がぁ! 目が焼けていくぅぅぅぅぅ!
「八幡、隣良い?」
「あ、あぁいいぞ」
戸塚は俺の隣に布団を敷き、隣に寝転ぶ。
時折、裾から見える脇が何故か艶めかしく見える……マジで男性・女性・戸塚っていう性別をどっかのラノベみたいに増やすべきだよな。
カバンからドライヤーを取り出して髪を乾かす様もどこか美しい。
……リアルに戸塚は何者なのだろうか。
「雪ノ下さんと三浦さん、大丈夫かな」
「というと?」
「なんだか食事中も睨みあっていたみたいだから」
「まぁ、大丈夫だろ…………下手したら三浦が泣かされるくらいにな」
「なにか言った?」
「いんや。なんでもない」
あいつの論破術は男子女子関係なく泣かしにかかる勢いだからな……リアルに教師を論破して半泣きにさせた彼女の論破術は侮れん。
「そろそろ寝るか」
「そうだね。どうせ明日も早いし」
各々好きな場所に布団を敷き、準備が整うと隼人が吊るされている裸電球のひもを引っ張って部屋の明かりを消すと何も見えないくらいに真っ暗になった。
流石は山の中。明かりがほとんどないから部屋の電気消すだけでここまで暗くなるか。
「なあ。なんか修学旅行の夜思い出さね?」
「そうだなー」
適当な返しだな……まぁ、俺も眠いから半分聞いていないけど。
「……好きな人の話ししようぜ」
「嫌だよ。明日も早いんだからさっさと寝よう」
「え~。じゃあ俺から話すわ! ここで話さなきゃ勿体ないっしょ!」
何が勿体ないんですかねぇ。MPでも消費するんですか?
「俺実はさ……海老名さんちょっといいなって思ってんだ」
「うそん」
「んだよ~。ヒキタニ君もノリノリじゃん!」
「意外だね。三浦さんのことが好きなのかと思ってた」
俺も戸塚と同意見だ。教室でも大体、三浦にツッコンだり話しかけたりしていたからてっきり三浦のような女王様気質な奴が好きだと思ってた……まあ女王様は隼人のことを恋焦がれているみたいだけどな。
「いやさ。優美子はもう先約いるじゃん?」
あれだけ一緒にいて気づいていないはずがないか……となると……野暮な詮索は止めておこう。
「へぇ~。三浦さんって彼氏いるんだ」
「彼氏じゃなくて好きな人居るんだべ」
「由比ヶ浜はどうなんだよ」
「あぁ~結衣は意外と競争率高いし、狙ってる男子も多いし」
あぁ見えて由比ヶ浜は人気が高いのか……まぁ優しくてかわいい女の子なら勘違いを起こす男子だっているはずだしな…………まぁその由比ヶ浜に好かれているのが俺なわけだが……。
「じゃあなんで海老名さんなの?」
「姫菜は引いてる男子も多いから狙い目っていうか……それ以前に可愛いし」
まぁ、素材は良い……それは認めるがちょっと腐のオーラがプンプンしてる引く男子も多いわな。まあ逆にそれが海老名さんの策であることも否定できない。いわば人に引かれることをあえてオープンにすることで面倒なことを事前に排除するというか……穿った見方だと言われればそれまでだけどな。
「俺はこれで終了。次誰か話してくれよ~」
「僕はまだ好きな女の子はいないかな。仲良い女の子はいるけど」
戸塚は知らないと思うが女子たちの間では王子様という名前で呼ばれ、守ってあげたいランキングダントツの1位であると言う事を以前、由比ヶ浜から聞いた。
でも戸塚が付き合うか……どっちが女の子だ?
「隼人君はどうなんよ?」
「もう寝よう。明日も早いんだぞ」
「いいじゃん~。イニシャルだけでも良いから」
戸部がそう言った瞬間、隼人が目線だけ俺に向けたかと思えば視線を外し、布団に潜りこんでしまった。
「隼人の言うとおり寝ろ。明日眠くて動けなくなるぞ」
「ちぇ~」
「お休み、八幡」
「お、おやすみ」
だからなんで戸塚に言われると緊張するんだよ。
「…………?」
物音で目が覚め、寝ぼけ眼のままグルッと周囲を見渡してみると隼人の姿が見当たらず、起き上がってバンガローの外に出ると玄関口で腰を下ろし、空一面に広がっている星を見ている隼人の後ろ姿が目に入る。
「あ、起こしちゃったか」
「まあな…………」
なんとなく俺も隼人の隣に座ると心地いい風が吹き、葉が擦れ合う音が響く。
「雪乃ちゃんとはどう?」
「どうって……何がどうなんだよ」
「何って雪乃ちゃんとの交際は順調かって話だよ」
「…………」
「……まだなんだな」
流石は小学校から続く腐れ縁……何も言わずとも空気だけで理解してくれる。
「あぁ、まだだよ……まだなんだよ」
「…………まだ気にしているのか?」
長年一緒にいる隼人だけが知っている俺の苦しみともいえるもの……俺が雪乃の傍に居れば彼女にとってマイナスな噂が必ずと言っていいほど立つ。その度に隼人が消してくれた……俺は変わらなきゃいけないんだ。雪乃の傍に居てもマイナスな噂が立たないくらいの人間に…………顔は変えられない。だから人間を変える必要がある……勉強はもう雪乃と遜色ないくらいにまで来た……あとは俺の評価だけだ。
「八幡……君は少し……いやかなり周りの噂を気にしすぎだ」
「…………それくらいがちょうどいいんだよ。俺みたいなやつが雪乃の傍に居るには」
「…………確かに今まで君が傍に居たことでたった噂もあるさ……でも雪乃ちゃんは……彼女は君の傍に居続けた。いつものあの笑顔を浮かべて君の名を呼んで……噂を気にするようなら君の傍になんかいないさ」
「…………」
「確かに周りの声が気になるのは仕方ないさ。彼女は誰もが美人と言い切るし、誰が見ても頭もいいし、家柄だってサラリーマンのお家よりかは良いだろうさ…………でも所詮、そんなことは外面に過ぎないんだよ、八幡。誰かを好きになる、誰かと付き合いたい……そう言う気持ちに外面なんて必要ないだろ」
隼人のあまりにも正しい言葉に俺は何も言えずにいた。
「彼女は……雪乃ちゃんは君がどう変わろうとも変わらなかろうと同じように君を愛するだろうさ」
そう言われ、以前雪乃の玄関先で言われたあの言葉がふと脳裏をよぎった。
……俺はどう変わろうと俺…………。
「無理に変わろうとして失敗して君が傷ついたら……元も子もないだろ」
「…………そうだな…………」
「ありのままでいいんじゃないかな。無理に大きく背伸びして変わる必要はない。八幡はいつだって雪乃ちゃんを助けたヒーローの八幡だよ」
「………」
「噂が立ってもそれを消すくらいにイチャイチャすればいいさ」
「お前何言ってんだよ」
そう言うと隼人も自分で何を言っているのかよく分かっていないのか乾いた笑みを浮かべる。
「…………八幡とこうやってしっかり話したのも初めてかもな」
「……そうだな」
何気なく昔を思い出してみるが確かに隼人とこうやってしっかり、隣り合って話し合うのはこれが初めてだ。大体、話しと言っても適当に喋るくらいしかやっていなかったからな……まあ長い間、隼人と同じクラスにならなかったと言う事も関係してるんだろうけど。
「たまにはこうやって旅行に来るのもいいもんだな」
「男2人旅はごめんだ、バカ」
そう言うと隼人は笑みを浮かべ、俺もそれにつられて小さく笑みを浮かべた。
……好きっていう気持ちに外面はない。ありのままでいい……。
「俺はそろそろ寝るよ。八幡は?」
「俺はもう少し風にあたってるわ」
「分かった。じゃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
……ちょっと歩くか。
隼人がバンガローに戻った後、俺は適当にブラブラと歩いていると風に乗って本当に小さな歌声が聞こえた気がして森の中へ足を踏み入れた時、林立する木々の間に長い髪を降ろした彼女の姿が見え、月明かりに照らされているその姿に俺は目を奪われた。
…………ほんと俺はとんでもない女の子を好きになってしまったらしい。
「っ……八幡?」
「だからなんで分かるんだよ」
素直に驚きを示しながら雪乃の隣に立つ。
「眠れないのか?」
「……三浦さんがちょっとね」
「論破でもして泣かしたか?」
「そうではなくて……八幡の魅力が分からないようだったから30分かけて魅力の全てを喋ったら変な空気になってしまったからちょっと出てきたの」
30分も俺の魅力を語りつくせるお前の方が凄いわ……まあ、それだけ俺のことを知ってくれていると……。
自分で言ったことに妙に恥ずかしさを感じ、それを紛らわすために頬をポリポリかくが雪乃が言ったことが三浦に伝わったと思うと恥ずかしさは晴れるどころか広がっていく。
そんなことを思っていると雪乃が俺に近づいてきて背を向け、そのまま俺にもたれ掛ってくると俺の手を軽く握ってくる。
「今日は来れてよかったわ」
「……そんなに楽しかったのか?」
「ええ……由比ヶ浜さんがいた2カ月ちょっとの間は楽しかったわ」
雪乃がここまで言うのも珍しい。常に俺以外の人間を遮断してきた雪乃が他人である由比ヶ浜と共に過ごした日々を楽しいというんだ……雪乃も昔とは変わったと言う事か。
「勿論八幡との日々も楽しいわよ」
俺の顔を見上げ、小さく笑みを浮かべながらそう言う雪乃の顔を見てまた俺の心臓が強く鼓動を上げる。
…………ありのままで……
「八……幡?」
俺は雪乃を後ろから抱きしめた。
風呂に入ってからすぐなのかシャンプーの良い匂いが漂ってくるし、女の子特有の柔らかい感触も今や全身で感じられる。
俺がこうやって他人の目があるかもしれない外で雪乃にこんなことをするのは珍しい。
…………ずっと欲しかったもの…………誰かと付き合いたいという気持ちに外面はいらない……。
俺の頭の中で隼人がさっき言った言葉が何度も反響する。
俺は……怖かったんだ。雪乃に想いを伝えることで周りから雪乃に対してマイナスな噂を突き付けられて彼女が傷つけられることが。だから俺は雪乃と同じレベルまで変わろうとした。そうすれば他の奴らも俺のことを認めてくれる……でも……よくよく考えればそんな噂から俺が護ってやればいいんだ……隼人の言う通り、外面なんて気にする必要はなかったんだ…………。
でも俺は今、ここで想いは伝えない。俺のケジメとして……一度決めていたことだしな。
「雪乃」
「な、なに?」
「もう少し待っててくれ。文化祭あたりに……迎えに来る」
「…………ええ。八幡……待ってるわ」
そう言いながらきっと雪乃は笑みを浮かべているだろう。