俺の青春ラブコメはまちがっている。 sweet love   作:kue

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第三十七話

 翌日の教室の空気はどこか重かった。

 まだ文化祭開催には時間はあるが早い方が良いと言う事もあり、制服のままで演技の練習をしている。だが他にも理由はある。

 なんせ『腐腐腐』という笑みでおなじみの海老名さんが物語の原作脚本監督全てを担当していると言う事もあり、主人公の葉山、そしてそのヒロインともいえる役の戸塚の二人の絡みを濃厚にするべく、脇役の男子たちには鬼のような演技指導を施しているのだ。

 

「こらー! 葉山君と戸塚君の視界に入らない! これ脇役の鉄則!」

「いや、俺達役者じゃないから」

「役者じゃないんだったらいったい何だっていうの?」

 

 高校生だと突っ込みたくなるが海老名さんのマジップリに恐れを抱き、男子たちは渋々海老名さんの鬼のような演技指導によって精神共に肉体を消耗するが何故か戸部だけはそれに賛同というか乗っかっている。

 ……あ、そう言えば戸部は海老名さんが好きだって合宿の時に言っていたな…………好きならばどんな困難も乗り越えるというラブパワーか……少しわかる俺もなんかヤバい。

 クラスに残っているのは演劇に出る男子だけで女子は各々、台本をペラペラ見たり友人と駄弁っている。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「文化祭の間って奉仕部どうなるんだろ」

「流石に休みだろ。俺も雪乃も文実だしお前だってクラスの準備、手伝うんだろ」

「まあ、それもそうだよね……もう行く?」

 

 チラッと時計を見てみると文実の委員会が始まるちょうど1時間前になっていたので由比ヶ浜と一緒に教室を出て奉仕部の部室へと向かう。

 どうやら文化祭の花形である有志にでる奴らが多いのか廊下にはそこらにギターなどの楽器が置かれていてチラホラ練習している奴らの姿が見えるが特別棟に入るとその姿は全く見えない。

 まあ、特別棟にまで来て練習するもの好きはいないか。

 

「やっはろー!」

「こんにちわ。由比ヶ浜さん、八幡」

「うっす」

 いつもいつも雪乃は奉仕部に一番にいるな……何トラマンだ?

「ゆきのん。文化祭の間は奉仕部も休みにするでしょ?」

「ええ。ちょうど私もその話をしようと思っていたところなの。私も八幡も文実で忙しいし、由比ヶ浜さんもクラスの手伝いの準備で忙しいし」

「そっか~。文化祭の間はお休みか~……」

 

 そう言う由比ヶ浜の横顔は少し寂しそうなものに見える。

「んな顔しなくても。解散するわけじゃあるまいし」

「ヒッキー分かってないな~。友達とは出来るだけずっと一緒に居たいものなんだって」

「それお前だけじゃねえの?」

「ヒドッ! なんかそれあたしが一方的に友達だって思ってるだけみたいじゃない!」

「友人の定義は難しいもの」

「ゆきのんまで~」

 

 だが……そう言う雪乃も由比ヶ浜や俺がいるこの場所が好きなんだろう。好きじゃないならこの関係はとっくに途切れているしな。

「そう言えばゆきのんのクラスって何やるの?」

「ファッションショーのようなものをするらしいわ。私は人前に出るのが嫌だから」

 

 ファッションショーなんて人の視線が集まる代名詞だし、雪乃はこの学校でも有名になるくらいに可愛いからな。余計に視線を集めてしまう。まあ、国際教養科は女子高みたいなもんだし、そういうのは人を呼びやすいのだろう。文化祭は男、女を見つける格好の餌場というやつだっているくらいだし。

 ただ……雪乃のそういう姿を見たいと思ったのは俺だけの秘密だ。

 その時、ドアが軽くノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼しま~す」

 

 そんな控えめな声と共に入ってきたのは俺のクラスの文実のパートナーでもあり、文実の委員長にもノリでなってしまった相模南とその友人二人が一緒に奉仕部に入ってきた。

 

「あ、結衣ちゃんここの部活だったんだ……なんか意外」

「そ、そう?」

 

 やはりこの2人は何かあるらしい。相模はどこか由比ヶ浜を見下したような目をしているし、由比ヶ浜はどこか相模を苦手そうな感じで見ている。

 友人が多いゆえの問題か……俺には分からん。

 

「それでどんな用かしら」

「あ、急にごめん。実はあたし実行委員長をやることになったじゃん? それで慣れてないせいもあるんだけどまだうまくできないっていうかさ。ほら、昨日もあんなだったし…………だから雪ノ下さんに手伝ってほしいな~なんて思ってここに来たの」

 

 雪乃に少し苦手意識を持っているのか雪乃とは視線を合わせず、友人たちと目配せをしながらそう話す相模を見て俺は怒りというかいらだちにも似たものを抱いた。

 相模が雪乃にお願いしたのは要は自分が調子に乗ってやってしまったことの尻拭いをしてくれというものだ。

 確かに雪乃は学校でも有名になるくらいに頭は良いし、事務処理の能力も高いだろう。それに頼ろうとするのもまあ無理はない話だ。小学生のときだってそう言うのはいくらかあった。

 ただ何もやっていないのに、昨日の役割決め程度で委員長として力を発揮できなかったと言う事程度で雪乃を頼ろうとするのは少し甘すぎるんじゃないだろうか。

 

「つまり私が相模さんが出来ないことをすればいいのかしら」

「できない事っていうかほら、まだあたし慣れてないじゃん? だからあたし1人じゃ不安だから手伝ってほしいって言ってるだけで全部やってって言ってるわけじゃないの」

 

 やけに慣れてないという部分を強調する相模。

 慣れていないのならばやらなきゃいいのに……。

 

「それは平塚先生からの紹介かしら」

「うん。昨日、平塚先生にここのこと教えられてさ。ここって生徒のお願いを聞いてくれる部活なんでしょ?」

「最近噂になってるんだよ~。いろいろみんなの悩みを解決してくれてるって」

「悪いけどここはそんな場所じゃねえよ」

 俺の一言にこの場にいる全員の視線が俺に注がれる。

「ここはお願いを聞いてくれる何でも屋じゃねえんだ。ここはあくまで困ってるやつらに解決策を提示してそいつが目指す場所に向かうのを手伝うってだけで全部、俺達がやるわけじゃないんだ」

「だからあたしたちがここに」

「お前達はただ単に雪乃に甘えたいだけだろ」

「はぁ? 何言ってんのあんた」

「だってそうだろ。役割決めでスタートダッシュ失敗したからって誰かにすぐ頼るのは違うだろ。文化祭の運営上、避けれないデメリットを生み出してしまったくらいの失敗ならまだしも」

「あんた何言ってんの? あたしは雪ノ下さんにお願いしてるんだけど」

「だから」

「八幡」

 

 さらに相模に食い掛かろうとした時に雪乃に停められ、渋々後ろに下がる。

「八幡の言う通り、ここは全てのお願いを聞く場所じゃないわ。まだ貴方の仕事は始まっていないも同然。もしも文化祭の運営上避けられないデメリットが発生した時、もう一度来てくれるかしら」

「え、あ、うん」

 

 てっきりうけてもらえると思っていた相模は面食らった表情で雪乃から目を逸らし、俺を一睨みしてから友人たちと一緒に奉仕部から出ていった。

「雪乃のことだから個人で受けるかと思ってたわ」

「……そうしようかとも思ったけれど……八幡や由比ヶ浜さんに迷惑をかけてしまうもの」

 どうやら雪乃自身、自分の悪い癖を理解しているらしい。

「そろそろ時間だし行きましょうか」

「そうだな」

「あ、ヒッキーちょっと」

「……雪乃、先に行っててくれ」

「ええ」

 

 雪乃を先に会議室へ向かわせて俺は由比ヶ浜と一緒に奉仕部の部室に残る。

「な、なんだかヒッキー怒ってた?」

「……そうか?」

 

 由比ヶ浜の言う通りかもしれない。俺はこの場所を……どこか神聖な場所としてとらえているのかもしれない。雪乃が世界を変えるための起点という場所として。だから奉仕部を何でも屋として利用されることが嫌だったのかもしれない……いや、そうだったのだろう。

 

「お前こそあいつと何かあったのか?」

「え? なんで?」

「いや、なんというか……委員を決める時もなんか嫌そうっていうか……そういう顔してたし」

「いや~。何かあったというか……去年、さがみんと同じクラスだったんだけどさ……そこではあたしとさがみんが派手っていうかクラスの中心っていうか……でも今は優美子がクラスの中心じゃん? 優美子と遊びだしてからさがみんとギクシャクしだしたっていうか」

 

 あぁ、なるほど……つまり相模は去年、自分がクラスの中心だったころの感覚が忘れられず、今の次点にいる状況を快く思っていない。さらに言えばトップの奴と遊んでいる由比ヶ浜を勝手に敵視していると。

 

「お前もいろいろあるんだな。悩みなんてなさそうに見えるのに」

「ヒドッ! あたしだっていろいろ悩んでるんだから!」

「悪い悪い……じゃ、俺そろそろ行くわ」

「頑張ってね!」

「あぁ」

 由比ヶ浜とは奉仕部で分かれ、俺は会議室へと向かった。


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