だいたい半年に一度、朝から気分が荒ぶる時がある。
基本的には表立って感情が出ることのない私だけど、この時だけは絶対に違う。
いつもは躊躇ったりもするのに、どうしてか殺人衝動が抑えられなくなってしまう。
今だって仕事が終わって大盛り上がりのアジトで、団長モードではないクロロが肩を貸してくれてるのに。
確かに空腹だけど、目の前に置かれた美味しそうな食事には手をつける気も起きず、血は熱い状態を維持し続けている。
こんなの異常だし、皆に訴えることでもないけれど、いい加減に我慢するのも辛くなってきていた。
「もっと飲むぞォ!!」
「ワタシは寝るね」
ガシャン!と音を立ててジョッキのお酒を飲み比べるウヴォー達から離れて、こちらに向かって歩いてくるフェイタンと目が合う。
それとほぼ同時にクロロも立ち上がって、フェイタンと擦れ違うように広間から出て行った。
「・・行くよ、残党狩りね」
『え、私?』
たった一言伝えて、置いていくように出口に向かうフェイタン。
そんな彼に続いて駆け出せば、パクノダとシャルナークが小さく手を振ってくる。
良く分からないけど、一応振り替えしてから出て行った。
『私でいいの?』
「シンだから連れて行く、何か問題か?」
『ううん、ありがとう』
「・・・礼を言うのは、おかしな事よ」
アジトから出てきた私たちを見て、血相を変えて逃げていく一つの気配。
それを出来る範囲で辿りながらフェイタンを見れば、軽く頭を撫でられる。
もしかしたら知っているのはフェイタンだけでは無いのかもしれない。
そう考えながら猫又を出して、憑依させた。
―――・・・
―――・・・
前を走るバイクで空気は臭うけど、今の私にとって夜の冷えた気温は気持ちが良い。
いつもはずっと前に居るフェイタンを振り向けば、不自然にも目が合った。
そう・・・フェイタンには、前に一度見られている。
自制が効かなかった前回、夜更けにアジトから抜け出して、酔って乱暴になっていた男を誘った挙句、路地裏で滅多刺しにしている所を。
気が昂ぶって、誰が相手でも構わないほどに血走った目を。
「標的は男一人ね、間違ても騒ぎ起さないよ」
『・・了解』
思い出して、羞恥で顔に集まってしまった熱を霧散させるように頭を振れば、後ろから至極冷静な声がかかる。
それに短く返事をして、八つ当たり気味に男を睨んだ。
捕まえた後は、全て吐くまで拷問して、ぐちゃぐちゃに殺される彼からしたら、私のこの感情は八つ当たりに他ならないだろう。
けれどアジトまで追ってきた男は、今日みんなで襲った連中の仲間で間違いない、屋敷に撒かれてた趣味の悪い香水の匂いが証拠だ。
「・・・待て、ね」
『イヤ』
段々と人気の無い一本道に入っていく男に、ドクリと心臓が跳ねる。
とっくに相手は私たちの追跡に気付いているし、もう狩ってしまってもいいでしょう?
一瞬、フェイタンに止められた気がしたけど、いま殺さなければ問題ないはずだし。
早く持って帰って遊ぼうよ、と、中に宿る悪戯好きな猫又の言葉が頭に木霊した。
『殺す』
「ぎ、ぎゃあぁァァアアあアア!!!!」
そのまま足にオーラを溜めて一気に跳躍すれば、あっという間に男の背中が眼前に迫る。
停まって、と言うつもりだったのだけど、つい心の声が漏れて完全に只の脅しになってしまった。
そしてソレを聞き取った男がハンドルをきったせいで、私は仕方なく倒れた車体と男を踏んで道路端まで滑る。
まるで人間サーフィンね、と笑うフェイタンに少し恥ずかしい気分がして、つい猫のような威嚇をしてしまった。
「た、助けて・・っ!!!」
『無理』
私に押し付けられながら滑ったせいで、男の身体とバイクはアスファルトに一部分ずつ摩り下ろされていた。
それでも命が惜しいのか、姿勢を正して懇願してくる男を見習って自分も正座で対応する。
それを見て、フェイタンが溜息を吐いた。
理由は一つだけ。
「こっ、この女を殺す!イヤなら何処かに行けぇ・・!!」
私が、一瞬の隙を突いた!とばかりに興奮する男に、押し倒されているから。
でも私が考えていたのは、夜露に塗れた草と土が少し心地良いってくらい。
一ミリも焦っては居なかった。
「だてよ、シン。どうするね?」
「お前も!泣け!泣いて懇願するんだ!!」
『・・っ』
微妙に出そうになった欠伸を我慢していると、不意に前髪を掴まれて立たされた。
そして男が耳元で怒声を上げる。
見た目がガキだろうが何だろうが私は
でもこの男の、声と、態度は、簡単に私の心を揺さぶった。
『決めた、連れてく』
「はっ、分かたよ」
髪を掴んだまま言えば、フェイタンは呆れたように笑った。
見つかったあの日もそうだった。
目撃された事に焦って仲間であるフェイタンにまで刃を向けた私に、彼が鼻で笑ったのを憶えてる。
まだまだ可愛いモノね、と。
「!!? ど、何処に・・あガッッ!!!」
『・・汚い声、嫌い』
前髪に触れる男の手を捻って脱出してから、振り向き様に斜め下から顎を蹴ると、男の目はグルリと回って白くなった。
昔は知らなかった体術、皆が教えてくれた念能力。
私がそれを覚えて我が物にする度、教えた団員は嬉しそうに笑ってくれる。
私はひたすら畏怖している。
また同じ場所に戻ってしまう事も、やっと知った幸せを奪われる事も。
頭の中で、過去が囁きと警鐘を止めないことも。
だから私は全部を覚え、早く全てを物にしたい。
私を嘲る人間なんて、己の意志一つで壊せるように。
二度と人間に”恐怖”を覚えないように。
「・・返ったら拷問の訓練ね」
『痛いの嫌い』
「勿論、する側の訓練よ」
少しずつ欲求が満たされて、静かになった頭でフェイタンと会話をする。
私の素っ頓狂な答えに、フェイタンはニッと目を細めて走り出した。
面倒な作業は御仕舞い、あとは娯楽の時間だ。
「シン、ここに居たのか」
『あ、クロロ?』
「・・終わったなら血を拭け、寝る前にもシャワーを浴びろ」
『うん、分かった』
「・・あと、一人で怖がるな」
『ん、・・・え?』
「お前は何があっても
『・・・・・』
「おい、返事は?」
『あ、ありがと・・クロロ』
「・・・あァ、いつでも甘えろ」
『・・いいの?』
「当然だろ?」
『じゃあ今日は、昔みたく一緒に寝てくれる?』
「それは無理だ」
『ケチ』
「当然だろ」