アーシア・アルジェントと名乗る少女に全てを打ち明けることにしたオレは、自分の生い立ちについて話した。
自分の存在意義を否定されたあの日から、オレは価値のない自分を犠牲にしてでも他人を助けるという心情を掲げた。
それは、あの雪の日からだった。
「オレは、実の父親に存在を否定されたんだ。『あんなやつ、生まれて来なければよかった』ってね、笑っちゃうだろ?でもね、それは間違っていなかったんだよ」
「そんな!オズさんのお父様は間違ってます!」
「実はね。オレは本当の息子じゃなかったんだ」
「えっ?」
「チェインっていうね。この世界とは別の世界に住む化け物だったんだ」
これは事実だ。オレは、100年前にアリスが自分の大切にしていた黒ウサギのぬいぐるみに、オズと名付けた。その後、ぬいぐるみにアヴィスの意志が干渉し、オズ=ベザリウスという人格が生まれた。そして、サブリエの悲劇を起こし、アヴィスの百の巡りに拒絶されたジャックに体を乗っ取られ、ベザリウス家に引き取られた。
「そ、そんな……」
「本当だよ?そんな化け物で大量殺人犯の意識があるオレを毛嫌いするのは、必然だったんだ」
「でも!それでも酷すぎます」
「運命は残酷なんだよアーシア」
その時、ふと首に掛けていた懐中時計に手が触れる。巻き溜めしていてため、ネジを動かさないでもオルゴールが音色を奏でた。
「〜♪〜〜♫」
アーシアはその音楽に聞き惚れる。そう、これこそがアヴィスに生贄として堕とされ、アリスを産んだグレンとジャックの想い人、レイシー・バスカヴィルに贈った曲。
『Lacie』だ。
「きれい……」
その時だった。アーシアの後ろに空間の裂け目が現れる。
「なっ!?」
「えっ?」
突然のことで反応できなかったアーシアの背中を、何が突き抜ける。白いシスター服が血で赤く染まり、アーシアの体は空中へ持ち上げられる。
そう。それはアヴィスへの道だった。出てきたチェインはトランプ、チェインの中でも一番低能なチェインだ。不意をつかれたため、奇襲攻撃からアーシアを守ることができなかった。
「オ……オズさん……」
「アーシア!」
オレは大鎌を振るい、アーシアの背中を貫いているトランプの腕を切り落とす。トランプは痛みでよろめき、オレは落ちてきたアーシアは受け止め、近くの木のそばに寝かせる。
「アーシア!アーシア!」
「オズさん……私は大丈夫ですから」
アーシアはそういうが、体はかすかに痙攣している。地面には、アーシアの赤い血がみるみる広がっていく。一刻を争う、早く治療しなければまずい。
「う、うご、人間め……」
トランプはよろめきながら片手を振り上げる。しかし、オレがそんな事を許すはずもない。
「死ね、外道め」
目が赤くなり、再び暴走したオレはトランプを問答無用で切り裂く。何度も、何度も、首を切り、顔を切り、胸を切り、腕を切り落として腰から下を真っ二つにする。
トランプを殺すと、アヴィスへの道はゆっくりと閉じていく。
「くそっ、オレがボケっとしてなければ!」
「オズさん……優しいんですね。私なんかの心配をしてくださって」
「何を言ってるんだ!そんなの、オレなんかアーシアに比べたら!」
また大切な人を失うのか?
嫌だ。もう、あの時みたいに自分を犠牲にして他人を巻き添えにしたくない。エリオットからも言われた、それが他人を巻き込むってことを。
アーシアを助けたい。絶望しかなかったオレに、生きる希望を与えてくれたこの子に。
どうか、神様でもなんでも、この際悪魔でも助けてください。
「いいわ……」
「えっ!?」
振り向くと、そこには紫色の術式の陣が広がっていた。
デザインは、ブレインがよく使う拘束の術式に似たようなものだが、どこか違った雰囲気を醸し出していた。
その術式の中心から、深紅の髪をたなびかせた女性が現れた。
「ちょっと、どうしたの!?」
「化け物がアーシアの背中を貫いたんです。助けてもらえませんか?」
「分かったわ、少し下がってて」
深紅の女性は傷口に手を添えると、紫色の術式を展開させて治療を行う。10分もしないうちに、アーシアの傷は塞がり、表情も穏やかになっていく。
「とりあえず応急処置程度だけど。念のために病院に行ったほうがいいわ」
「あ、あの!」
「どうしたの?」
「オレの友達を救ってくれて、ありがとうございます!」
オレは女性に深々と頭を下げる。
「ふふ、そんなお礼を言われるほどじゃないわ、当然のことをしたまでだから。そういえば、名前を聞いてなかったわ」
「オズ=ベザリウスっていいます」
「オズ、あなたとはまた会えそうな気がするわ。それでは、御機嫌よう」
そう言って女性は再び消えていく。オレはアーシアのそばに膝をつく。
「アーシア……」
「お、オズさん?」
「良かった、目を覚ましてくれて。また、大切な人を失いそうだったから……」
すると、頭に暖かい手が載せられる。そして、ゆっくりと金髪が撫でられる。そういえば、アーシアの金髪って本当に綺麗だ。
「もう大丈夫です。オズさんは誰も失ってませんよ、私を助けたんですから」
それを聞いたオレは、15歳という外見をフル活用し、思いっきり声をあげて泣いた。
◇
紅髪の女性にアーシアを救ってもらったオレは、彼女を背負って雨風をしのげる小さな小屋へと来ていた。
「ありがとうございますオズさん」
「いいんだよ。こんな事しかしてやれないし」
そう言ったオレは、近くにあった毛布をアーシアにそっと掛けてあげる。
「何か、アーシアの従者みたいだね」
「本当ですね!」
「オレにも、従者がいたんだ……」
「オズさんってどこかの貴族なんですか?」
「まぁね、ベザリウス家って知ってる?」
「へっ?ベザリウス家ですか?」
「えっ、知らない?」
「す、すみません。私、世間に疎くて……」
ベザリウス家を知らない?
あの四大公爵家の一つであり、ジャックの家としても有名な。もしかしたらここって……
「一つ聞くけど、ここはどこなの?」
「日本っていう国の駒王町って町です〜」
「やっぱり……」
薄々気が付いていたが、どうやらこの世界はオレが元いた世界とは違うらしい。
その後もアーシアに四大公爵家やパンドラ、サブリエの悲劇やチェインについて説明したが、やはりどれも知らないという。前に会った教会の神父ですら、チェインと契約していたというのに。
「そういえばオズさん。さっきの話、オズさんの従者ってどんな人でしたか?」
「うーんとね、オレの親友で大切な従者。優しくて、強くて、時には涙も流す。胸を斬りつけたオレの事を恨んでいなかった。まぁ、あれは不可抗力だったけどね」
椅子に座り、足をぷらぷらさせるオレの言葉を聞いたアーシアは、コテンと首をかしげる。
「斬ったんですか?」
「まぁ、話せば長いけどね」
それはあの日のこと。
15歳になったオレは成人の儀と呼ばれる儀式を行うために、あの屋敷へと向かった。
「坊ちゃん!オズ坊ちゃん!」
ベザリウス家のハウスメイド、ミセスケイトが部屋へと入ってくる。オレとエイダはクローゼットに隠れており、ミセスケイトはソファーに座るオレの従者、ギルバートに問い詰めた。
「え、エイダお嬢様と湖に……」
とっさの返答でミセスケイトを追い払ったギルを連れて、叔父さんからもらった儀式用の服を渡すため、とある場所へ来ていた。
「ねぇ、ギル」
「なんでしょうか坊ちゃん」
「これ、着てみて」
そうやって渡したのが成人の儀の最後、オレにローブを掛ける役割を担う人間が着る白いローブだった。
よく考えれば、あの時オレがギルに服を渡さなかったら……
いやいや、あれは仕方がない。オレだって、ギルに友人として式に出てもらいたかったし。
その後、ギルはバスカヴィルの民に操られ、儀式の混乱の最中にオレに斬られた。10年後、アヴィスから脱出して大人になったギルと再会したが、その時の傷のことは全く恨んでなかった。
「いつまでも、俺はあなたの従者でいたい!」
彼はこう言ってくれた。
「す、す……」
「えっ?」
「素敵です!たとえ主人に斬られても、自分の信念を貫き通す彼!もう、素敵過ぎます!」
「あの、アーシア?」
「あ、あわわ!すみません、取り乱してしまいました」
取り乱したとはいえ、アーシアの意外な一面を見ることができたオレであった。
その後は、アーシアの回復術について教えてもらった。アーシアが持つのは神器と呼ばれる聖書の神が人に与えたものであり、『聖母の微笑み(トワイライトヒーリング)』と呼ばれるものだ。
この神器は、種族を問わず傷や痛みを回復させることができる。それは人間、例えば天使や悪魔であってもだ。しかし、疲労は回復できないらしい。
そんな中、オレは天使、悪魔という単語に注目した。元いた世界では、所詮はおとぎ話の中の空想の生き物である。しかし、この世界には堕天使、妖怪、果ては吸血鬼なども存在するらしい。
全く、面白すぎる世界であった。
二度目の人生を、ここで歩むのも悪くないね。