その日の内に人里に来たのは、自然の恵みを売る以外にも理由があった。
勿論ながら売れれば申し分無いが、それ以上に現在の住処である小屋の事である。
間違いなく人の手によって作られた建物故に、出来る事ならば許可を取っておきたい。
だが、まずは門番から聞いた八百屋を目指すとしよう。
八百屋では自分の食べる分を除き、買い取って貰う事が出来た。
二束三文かと思っていたが、山の方まで取りに行く者は一昨日までの異変から少ないとの事で、そこそこだと思われる額で買い取って貰えた。
手に入れるべきは鍋に調味料等色々あるが、先に寺子屋に向かおう。
小屋の事を八百屋で聞いた所、慧音先生に尋ねたら良いと言われた。
半人半獣ワーハクタク上白沢慧音、人里の有力者であり守護者。
仲良くしておいて損はあるまい。
丁度授業が終わった頃なのか、三々五々と言った様子で子供が散っていく。
原作でも見た姿があるので、そちらに向かう。
まずは疑われない様にしたいところだ。
「あのすいません、上白沢慧音さんはまだいらっしゃいますか?」
話し掛けたのは子供達を見送る慧音、何を言っているんだと言う感じだが、『見掛けない』『幻想郷らしくない衣服』の『不審な男』に突然名前を呼ばれるなど、警戒を与えるしかない。
故に知らない振りを取らざるを得ない訳だ。
「上白沢慧音は私だが……貴方は?」
「あ、すいません俺はナナシって名乗っている記憶喪失の外来人?って奴です」
俺の格好と言葉に訝しげな表情を浮かべる。
「それで用事は? 外来人と言う事は博麗の巫女に取り次ぎか?」
「いや、記憶が無いんじゃ帰ってもどうしようもないんで、記憶が帰るまで湖の傍の林は建ってる小屋を住処にしようと思ってな、許可を貰いに来たんだ」
「あの小屋か、私の一存で決める訳にはいかないが、暫く誰も使っていなかったんだ大丈夫だろう」
訪ねた理由を話せば納得した表情で一応の許可を出して、立ち話もなんだからと言われる。
しかし残念ながら、買い物を理由に辞退させて貰う、あの小屋で生活するには足りない物が多すぎるのだ。
「困った事があれば来ると良い、私で良ければ力になろう」
と言う心強い言葉も貰い、人里を買い物しながら回る。
霧雨道具店を始め、雑貨屋、貸本屋等も巡り、必要な物を購う、一部は貸出だが。
残金は僅かだが、取り敢えずの必要経費だと割り切り、休息にカフェで珈琲を頼む。
求聞史記を読んだ際に、文々丸新聞の読める阿求行き付けのカフェ、幻想入りしたならば一度は行ってみたいと思っていた。
喫煙出来るらしいので、灰皿を貰い煙草に火を点ける。
紫煙、店内に漂う珈琲の薫りに煙草の香りが混じる。
記憶に関しては全く見通しが経たない。
何故自らの記憶が無いのに、このカフェに来てみたいなんて事を覚えているのか。
他人に疑われない様に行動すると言うのは記憶が無くても出来る事なのか。
理解は出来ないが興味も尽きない。
だが、今は珈琲を楽しむ事にしよう。
記憶が戻るかどうかは今の所全くの不明なのだから。