今日は夕方から映画を見にいきます。楽しみです。
「さて、新一。有希子が買い物に行きたいそうなんだが……お前はどうする?」
「どうする……って?」
寸劇を唐突にやめ、質問してくる優作に聞き返すコナン。優作はそんなことも分からないのかと言いたげな顔で、肩を竦めながら告げる。
「くるか?」
「行けるわけねーだろうが!!蘭やおっちゃんに父さんたちと一緒の所を見られたらどうすんだよ!!今日は博士と泊りがけで出かけるって言っちまってんだぞ!」
「ああ、知ってるが。私から博士にそう言うように頼んだからな」
「……この愉快犯が……」
くってかかるコナンに、事も無げに返す優作。おそらく、コナンを弄りたいが為にこのようなことをしたのだろう。頭を抱えるコナンを尻目に、優作は有希子に合図する。合図を受けた有希子は、哀の手を取ると言葉を紡ぐ。
「それじゃ、哀ちゃん行きましょうか?新ちゃんと博士はお土産期待しててね。美味しいケーキを買ってくるから」
「え、ちょ、有希子さん!?」
「はいはい、じゃ行こうね~」
状況についていけていない哀を連れて、有希子が玄関へと向かう。哀は有希子の為すがままである。そして、それを追いかけていく優作。軽く手を振りながら歩き去る姿が様になっている。
「じゃ、哀君を借りてくぞ」
阿笠邸の玄関を出た哀は、手を引かれるまま工藤邸の中へ。
「あ、あの?買い物は?」
「ああ、行くわよ?ただ、その前に色々と準備しないとねー。お姉さん有名人だし?美人だから嫌でも目立っちゃうわ」
「おいおい、一体何年前の話だい」
そこに、優作が現れる。有希子は優作の軽口にムッとしたのか、優作を睨みつけている。
「失礼ね。こんな美人の奥さんを捕まえて」
「美人ってとこは否定しないさ。私が言いたいのは有名人だったのは、何年前の話かってことさ」
「あらー、嬉しい。でも、仮にも私は伝説って言われた女優よ。今も顔を覚えてる人がいても不思議じゃないでしょ?軽く変装して……!そうだ!哀ちゃんも変装しましょ?」
有希子の提案に驚く哀。自分が変装する必要性が見当たらないのだから、当然である。
「ほら、私たちといるところを学校の友達に見られたら面倒でしょ?ま、変装って言っても帽子とメガネだけどね」
そう言うと有希子は帽子とメガネを差し出す。その間に、優作もメガネからコンタクトにし、帽子を被って変装している。
「はい、帽子。いやー、新ちゃんの帽子持ってきてよかったわ。じゃ、優作と先に車に乗ってて?私はそうね~、20分くらいで行けるかな?はい、行った行った」
有希子に押され玄関を出る哀。既に優作は玄関前で待っており、有希子から哀を頼まれると車へと促す。目まぐるしく変化する状況に、ついていけない哀は為すがままである。唯一、考えられていることと言えば……
(何なの、この状況。私、流されている……?)
車に乗り込んだ哀と優作は、しばらく黙ったままだったがやがて優作が口を開く。
「ありがとう、と言わせてくれ」
「え?」
「新一のことさ。こう言っては何だが、君がいたからアイツは助かった。君がそうは思えないってことも分かってはいるんだがね」
「そうですよ。実際に私の作った薬で……」
「君は博士に言ったそうだね。薬は試作品だと。毒薬として使われたことも知らなかったとも」
「……はい。あの薬は試作段階でした。マウスに投与した結果、期待した結果は得られずにマウスは全滅したからです。その際、既存の検査では薬物反応が出ないことが確認されたんです。それを私は上に報告しました。そして、研究を続けました。私は知らなかったんです。上が暗殺に使えると目をつけていたことを」
「そうか……。その先も博士から聞いてる。そして、ここからは推測だが……」
そう言うと、優作は一度目を閉じ深呼吸をする。そして、決意を込めた目で哀を見据え告げるのであった。
「解毒剤は……作れない」
その言葉に、哀の肩が揺れる。優作にはその反応だけで十分だった。そして、静かに続きを語るのであった。
「……いくら君が優秀であったとしても、だ。試作段階の薬。しかも、その副作用に対する解毒剤など容易に作れる訳がない。例え、現物があったとしてもだ」
「そ、それは!でも、再現実験を繰り返して、共通点を探っていけば……」
「その為にはまず、現物が必要だ。しかも、君が抜けた時のソレが。ある程度は組成を覚えていたとしても、試作段階の薬だ。全部を覚えてはいないだろうから、全く同じものを再度作ることは難しいだろう」
「そ、それでも、組織にあるデータを探せば!!」
「君も研究者だ。分かってるだろう?試作品というのは、日々新しいものへと変化している。過去のデータが保管されていることもあるが、それにも限りがある。暗殺に使用されていても改良されるだろうから、全く同じとも限らない」
「それでも、私は……」
そう言うと俯く哀。そんな哀を、いつの間にか車に乗っていた有希子が抱きしめる。
「それでも、アナタは諦めないのでしょう?新ちゃんがいるから。私たちが来たのはね?アナタが気負いすぎていないか心配だったの。私たちも、アナタに期待してないと言えば嘘になる。でもね?」
「私たちは先も言ったように、ソレが困難であることを理解している。だから、君が無理をする必要はないんだ。それに、感謝しているのも本当なんだよ」
未だ俯き有希子にされるがままになっている哀に、優作たちは言葉を続ける。
「あの子は、事件に現実感を持っていなかった……。私が新一が子供の頃から、現場に連れて行っていたからね。どこか、ゲーム感覚だったんだ」
「私たちが組織のことは警察に任せて一緒に暮らしましょうって、あの子に言った時、あの子何て言ったと思う?」
有希子からの問いかけに、哀は黙ったまま。そんな哀の態度を気にせず、有希子は話を続ける。
「“これはオレの事件だ!父さん達は手を出すな”……そう言ったの」
「え?」
思いがけない言葉に顔を上げる哀。
「アイツは理解していなかったんだ。事件が何をもたらすのか。勿論、言葉の上では理解してはいただろうさ。被害者遺族の悲しみ、犯罪を犯したものの悲しみ、探偵へ向けられる恨みを。事件に潜む人間の闇を。でも、それが自分やその周りに向けられることはないと思ってた」
「新ちゃんは、こう言ってはなんだけど事件に恵まれていたのよ。自分に危険が迫ることもなく、犯人が暴れるような事件にも出会わなかった。警察と一緒に行動していたんだもの。当然よね。でもね?そんな事件ばかりじゃないのよ。その自覚がなかったの」
「だから、アイツは取引現場に不用意にも近づき、周囲の警戒もせずに覗いてしまった。一人で行動しているのに、いつものように安全であると錯覚してしまったんだ」
「それが、哀ちゃん。……アナタのおかげで変わってきた」
「え?」
全く心あたりのない哀にとって、その言葉は理解できなかった。
「新一は小さくなったことで、自分の非力さを知った。知ってるかい?アイツは武道の心得が全くないんだ。探偵を目指すなら、犯人と向き合うつもりなら必要な筈のソレを。小さくなったことで、力が通用しなくなったことで初めて、アイツは力が必要だと知ったんだ」
「ま、武道に必要な筋力も衰えてしまったから、てっとり早い手段として、キック力増強シューズや麻酔銃に頼っているけどね」
「そして、哀君。君と出逢った。君の慟哭は新一にとって、初めて向けられる遺族の恨み言だったんだよ」
「それにアナタは、組織の危険性を伝えてくれた。それが、周囲に向けられる可能性があることも。まぁ、これについては何処まで理解しているか怪しいけどね」
次々とかけられる思いもしなかった言葉に、哀は戸惑い有希子たちを見る。有希子も優作も優しい顔をしている。そして、哀に――自分を疫病神と思っている悲しい少女に――心からの言葉を告げるのであった。
「新一は君がいたから、生きながらえた」
「新ちゃんは、アナタと出逢ったから変わることができた」
「「だから、哀ちゃん(哀君)……」」
「「あの子と。
新一と出逢ってくれて
新一を助けてくれて
――ありがとう」」
――瞳から想いが溢れ出すのを、哀は抑えることは出来なかった。
八月編その2。今日、映画見に行くのでその前に更新。
本編で入れなくてもいいエピソードのような気もしますが、哀をちょっとだけ救済。何故、このタイミングかと言うと、原作では組織編を経て次第に丸くなる哀ですが、拙作は組織編がまだまだ先の為ですね。
この後、組織と絡んで、哀がまた卑屈になるのは決まっているので、書いてて複雑でしたが。
APTX4869についての優作の考察はこの時点でのものです。この後、ご存知の通りピスコ事件で一時的に元に戻った哀は、高熱、パイカルと言う解毒の共通点が判明したこと、データの一部をDLする際に確認していたことから、解毒剤の研究ができるようにはなります。
EFは未だ次の展開に悩み中なので、お待ちください。
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