授業も終わり、帰宅することになった。
今日は義経も弁慶も与一も用事があるとの事で、一人だ。
冷蔵庫の中も空になっているし、ちょうど良いから買い物にでも行こう。
「あれ、金君、一人?」
そう思っていた時、昇降口のところで可憐すぎる美少女が降臨なされた。
「ちわっすっ!!」
腰を45度に曲げて、深々と頭を下げる。
この人にはこれくらいするのが当たり前だ。
「もうーやめてってば」
ぽんっとスクールバックが俺の頭の上に置かれた。
持てということなのだろう。否というわけにはいかない。
俺が、バックを持って顔を上げると、眉をしかめて、その端整な顔立ちを歪めている清楚先輩がいた。
「いやー清楚先輩を見ると本能的にこうしちゃうんですよ。溢れ出る覇王のオーラってやつですよね?」
「もうっ!! だから私は文学少女なんだってばっ!!」
ぷんぷんと怒っているけど、それでも上品さが損なわれることがないのは、彼女が生まれつきスキルとして優美というものを備えているからだろう。
「冗談です。清楚先輩も帰りですか?」
「うん」
「ならデートしません?」
清楚先輩は俺がそう言うと、少し何かを考えた後、うんと頷く。
「金君のおごりで葛餅パフェを食べに行こう」
うふふと笑っているその笑顔を見て、断れる男がこの世界にいるのであれば、俺の前に来て欲しい。
「はむ。う~~おいしいー」
子供の様にパフェを堪能する清楚先輩。
それを見ているだけで心が和む。なんか、最近は疲れることが多かったから、こういう一時がとても貴重なんだと実感できる。
「はい、金君。あーん」
スプーンでパフェをすくうと俺の口元に運んできた。
ずっきゅーん!
俺の心臓にトキメキという巨大な弓矢が突き刺さった。
なんですか? どこかにカメラでも仕掛けられているんですか?
こんな嬉し恥ずかしドキドキイベントが現実に起こるなんて、これは夢ですか!?
「はむ!」
もうためらうことなくかぶりつく。今なら死んでもいいかもしれない。清楚先輩の顔を恥ずかしくて見れないから、目を瞑ってしまう。自分がシャイボーイだと初めて知った。
「お? 金太郎、私と間接きっす~」
幻聴だな。うん、幻聴だ。
清楚先輩の清らかな声は、決して呑兵衛みたいな声ではない。私は酔っていますと公言するようなそんな下品な声じゃないんだ。
目を開けちゃダメだ。ダメだ。ダメだ。
心の中の俺がそう叫ぶ。
ここで目を開けてしまうと、幸せだった気分がどこかに消え去ってしまうことは間違いない。
目を瞑って、清楚先輩の素敵な笑顔を考えていれば、それはもう素敵な気分でいられる。
だから、目は開けるんじゃない、坂田金時。
「その頑なに目を開けようとしない姿勢にイラッときた」
「ちょっ、弁慶ちゃんっ!!」
慌てる清楚先輩の声。そして告げられた人物の名前。なぜこの場にいるのかは分からない。だがやはりか、やはりお前なんだな。分かってはいた。
でもおかしい。何がおかしいって、何やら生暖かいものが、俺の唇に触れている。
これはまさかの……あ、あれ、なんか口の中に流れ込んで――。
「むぐっ!!」
く、ぬかった。川神水を大量に飲ませやがったっ!!
しかも、鼻をふさがれた。まずい、飲みこないと死ぬ。
あ、やば、気持ち悪い……。
…………
「死んだ魚みたいに痙攣している」
「って白目むいてるよっ!! これ本当に大丈夫なの!?」
「金太郎はこれくらいで死ぬような男じゃない……たぶん」
「たぶんって……」
「クラウ爺、お願い」
「かしこまりました…………これは、気絶しているだけですね。命に別状はなさそうです」
執事たるもの、いついかなる時もサポートに徹する。それを体現した老紳士が弁慶の背後から急に現れ、金時を診察する。
さっと見るだけで、笑みを弁慶たちに返すと問題ないと二人を安心させた。
そして、それが当然のように老紳士は音もなく消えて行った。
「まったく、だらしない奴め」
弁慶はそう言って金太郎の頭をかるく小突く。その後、椅子から固定座席の方に移動させて、自分の膝の上に金時の頭を置いた。
金時と弁慶はいつもこうだった。
金時が気絶している時にしか弁慶は膝枕をしない。
「でも、本当にビックリしたよ。いきなり弁慶ちゃんが現れたのもそうだけど、金君にその……キ、キスするなんてっ」
清楚は顔を真っ赤にしていた。
弁慶は気にした様子は一切なく、清楚の頼んでいたパフェを口元に運ぶ。
「欧米じゃ普通のことだよ」
「弁慶ちゃん、海外に行ったことないじゃない」
「予行練習」
「川神水を流し込むキスなんて世界中のどこへ行ってもないと思うよ」
清楚が少し呆れたようにタメ息をつく。
しばらくしかめていた眉を元に戻した。そして、今度は弁慶を見つめる。
少しばかり考えてから、小さく清楚は笑った。
「弁慶ちゃん」
「む、そのなんでも分かってますみたいな顔は不快だな」
「うふふ。もう照れちゃって」
清楚は楽しそうに笑っている。
そんな清楚を見ていることができなくて、弁慶は自然と金時の方に視線をずらす。
代わりに手持ち無沙汰だった手で、うーとうなされる金時の頭を優しく撫でる。しばらく撫でていると弁慶の方にも笑顔が見えた。
普段の彼女には見えない、優しい表情がそこにはあった。
急に気絶させてしまった事に対する謝罪でもあるのだが。
「あ、金君が笑ったよ」
「ゴッドハンドと呼んでくれ。まさか私にこんな力があったなんて」
「それ、与一君とキャラが被ってるからね」
「与一と同じ。く、屈辱だ。この気持ちを、メールで義経に送ろう。悲しいなう、送信」
少しばかり頭に来たのか、金時の頬で遊びだす弁慶。伸ばしたりつついたりして楽しんでいる。
そして、それにも飽きたのかふと悪魔のような笑みを浮かべた。
「清楚、油性ペン持ってない?」
「筆ペンならあるよ?」
文学少女を語る彼女なら、筆ペンくらい当然だということだろう。弁慶はそう納得し、深くは考えずに清楚からペンを受け取る。
「私の美術力が実は5であることを証明しよう」
「ちょっと可哀想な気もするんだけど、これならすぐ落ちるしね。私もやらせて」
清楚も金時に落書きを開始。二人で思い思いに描くと、最後は携帯で撮影。思い出の一枚を記録に残した。
「そう言えば、弁慶ちゃん、用事があるって言ってなかったっけ?」
「ああ、それはもう済んだ。なんか下駄箱にラブレターが入ってて」
「あら、弁慶ちゃん、モテモテだね。金君は大丈夫かな?」
残念になった金時の頬をつんつんとつつく清楚。
それに反応した金時は、眉を中心に寄せていた。
「指定された場所に行ってみたらビックリ。女の子がいた」
「…………恋愛は本人の自由だから」
桃色な展開を期待していた清楚は、このある意味桃色な展開に顔を引き攣らせている。
「ごめんの一言しか言えなかった。清楚、この場合のアドバイスを一つ」
「え、私!?」
「年上のお姉さんとして、どうか」
弁慶がそう言うと、清楚は慌てる。
(清楚がそういう経験がないのは知っている。同じように暮らして来て、ずっと一緒だったんだから清楚がどういう人間と付き合って来たかなんて全部知っている。私、義経、与一、金太郎……終了)
「コホン、例え相手が同性でも、真摯に答えてあげるが一番だと思うよ」
「教科書通りの答えにちょっとがっかり。その気持ちを義経に送ろう。がっかりなう、送信」
いきなり意味深なメールが二回も送られてきた義経はたまらず弁慶に電話をかけた。ごめん、ごめんと弁慶は義経に謝罪をしたが、事の詳細をきっちりと説明しなかったため義経は謎は解けずじまい。
「ふーんだ、どうせ恋愛経験なんてありませんよーだ」
「すねない、すねない。はい、あーん」
「あーん……って別にパフェに釣られてなんかいないからねっ。それに、それは私のだから」
清楚の怒り顔に弁慶は頬を緩めた。
世の男はこういった所に清楚の魅力を感じるのかと。
「金太郎は清楚のこういうところに惹かれているのかもしれないね」
「金君? 金君は私のことをそういう対象で見てないと思うよ。仲良くはしてくれているけどね。私にとっても可愛い弟みたいな感じだよ」
「そう? わりと好意は見せているような気がするけど」
「うーん、なんて言うか、金君からそう言う感情を感じたことはないんだよね。たまに私に告白してくれる男の子たちからはそう言う感情があるんだけど、金君は軽いというか……」
清楚は苦笑する。どう説明したらいいか自分でも分かっていなかった。
「金太郎め、いつからそんなチャラ男になった」
弁慶はぐいっと金太郎のほっぺを抓った。苦痛に顔を歪めたが、彼女が離すと表情は戻り、また嬉しそうな顔する。弁慶の膝を十分に堪能しているということだろう。
(エロ助め)
「金君は与一君と同じで、自分の本当の気持ちを伝えようとはしないと思うよ。ホント、困ったさん」
「与一の親友だからね。似た者同士、惹かれあったんじゃない?」
類は友よぶ。それは弁慶も然り。
「弁慶ちゃんとも一緒だね」
「……嬉しくない」
「照れないの、はい、あーん」
その後、清楚の乙女な質問に弁慶はうんざりしていた。それを隠すように川神水を口に含む。
途中、乙女としてはあるまじき行動に出そうになった。だが、それが弁慶の記憶に残ることは決してなかった。