「お出かけ?」
「そうだ。弁慶たちと、皆で行くつもりなんだ。だから義経は金時を誘いに来たんだ」
ぱぁーっと明るい表情を浮かべた義経が、俺の目の前でそう言った。
夏休み中は義経たちはS組でそれも特別生徒のため、毎日のように課外授業に出なければならないらしい。
だから夏休み前の連休を利用してちょっとお出かけに行きませんかということだ。
「まあ、楽しそうだし良いかな。で、どこに行くの?」
「山だ」
「山田? 山田ってなんか有名なところなの?」
「違う、違う。山でみんなでキャンプだっ!! それも義経たちだけでだぞ。九鬼は今回は参加しない事になっているんだ」
それは大丈夫なんだろうか?
まあ、安全のために監視員はつくだろうけど、俺たちだけで山に行くって本当に大丈夫なのか?
「川神山。一節では時の英雄、金太郎もこの山で修行したとされる由緒ある山だ。わくわくするなっ」
ハハっと笑う義経に、俺は何も言えなかった。
川神山? 俺に半裸で熊さんと相撲でも取れと言いたいのだろうか?
しかも、旅行なはずなのに山登りとか疲れることこの上ないんですけど。
「あ、やっぱりその辺りはちょっと用事が」
「ダ、ダメなのか?」
「と思ったけど、勘違いだ。うん大丈夫」
「そうかっ! 金時、一緒に魚釣りをしようなっ。義経はこう見えても魚を釣るのは上手なんだ」
この笑顔を曇らせるようなことが俺に出来るだろうか? いや、無理。絶対に無理。こんな純真無垢な笑顔を泣き顔に変えようものなら、俺は俺の事を許せない。
義経の笑顔は国の宝。大事に保管しないといけないんだ。
義経保管計画を与一と一緒に開始しよう。
「詳しいことは、また今度な。では、義経はこのことを皆に報告してくる」
爽快に去った義経に、軽く手を振るだけしかできなかった。 山登り……とりあえず与一を川に沈めよう。
休日。
森のおかげで日が直接当たらないのが何よりも嬉しい。
今日はキャンプ日和だと言わんばかりにお天道様が自己主張をしているせいで、絶賛テンションが下がり中なのだ。
「ふふーん、ふん、ふん♪」
「義経ちゃん、楽しそうだね」
「うん、義経は今とてもわくわくしている。皆で山登りなんて中学の時以来だ」
「それに対して、後ろの三人、元気ないぞ」
清楚先輩が前の方で怒っている。
元気のない俺たち、まあ、俺に与一に弁慶、ふだん活力とは縁遠いこの三人が山に登るという過酷な行為に気分をよくするわけがない。
「フハハハハ! 三人とももう疲れてしまったのか? 若さが足りないぞ、若さが」
無駄に元気なチビッ子、紋々が義経と一緒に先頭に立って盛り上げている。
荷物は俺や与一に持たせているくせに、はしゃいでいるのは許せん。このバックを投げつけたい気分だが、それをする体力すら惜しい。
「この先で合流だったな」
紋々がそう言って、辺りを確認した。
合流? 俺たち以外にも、山登りなんて酔狂な事をする輩がいたのか?
十中八九川神の人間であろう。あそこは変人の巣窟だし。
「お、来たようだな」
俺たちが腰を下ろして待っていると、俺たちとは違うルートから団体さんがお出ましになった。
全く以って予想通り。紋々の友好範囲がかなり狭いという確認ができた。
今度から友達を紹介してやろう。俺もあんまりいないけど。
「なんだ、なんだ? 与一や金時の奴はもうへばってんのか? お前ら、そんなんじゃ、このキャンプを乗り切れないぞっ!! もっと楽しく行こうぜっ!!」
「翔一、お前の元気を全部俺に分けてくれ。代わりに与一の中二病を上げるから」
「い、いらねぇよっ!!」
紋々並に元気な男、風間翔一。そして、彼のゆかいな仲間達、川神ファミリーがこの場にやって来た。
「おや、なら私の熱烈な愛を受け取ってくれますか?」
「若、始めから飛ばすとばてるぞ」
「お、おっきいです」
「はい、ユキは意味不明な事を言うんじゃありません」
普段通りでなによりな三人組も混ざっていた。
美女率が上がったことは嬉しいけど、変な輩が若干名いる。
「やっほー、金ちゃん」
「ああ」
「金ちゃんが普通な対応!? 金ちゃん、大丈夫? 身体の調子とかおかしくない?」
ぺたぺたと俺の身体を触って検診を始める。お前にそんな技術はないだろとツッコみを入れたかったが、面倒なので止めた。
「止めろ、燕。うざい」
「うぅ、良かったよ、いつもの金ちゃんだ」
「燕、うざいって言われて喜んでどうするんだ?」
川神百代が呆れていた。
この二人、今回のキャンプで注意しておかないといけない二人だ。いろんな意味で。
燕は言うに及ばずだけど、川神百代、この人も危険だ。俺を見る目が獲物を狩る猛禽類のそれ――見たことはないけど――なのでかなり怖い。
襲われたら、与一を生贄に召喚しよう。
「ゲンさんも来たんだね」
「一子にせがまれてな。ちっ」
「一子と義経は国の宝。あの笑顔は俺たち愛護団体が保護すべき」
「俺はそんな訳のわかんねえ団体に入った覚えはねえ」
ゲンさんはそう言って歩いて行ってしまった。
まだ休憩させろと訴える身体に無理やり命令して立たせる。
ちらりと義経たちの方をみると、ガクトが言い寄っていた。清楚先輩がガクトに悟られないように、やんわりと追い払っている。さすがだ。
弁慶はもう面倒の極みに達したのか、ただ川神水を飲んでいるだけだった。あ、いつものことだ。
「それじゃー、目的地目指して出発っー!!」
「おうっ!!」
翔一と義経が元気よく歩き出す。
あのエネルギーの根源はどこから来るのだろうか?
場所が分かれば、俺もそこから供給したい。
一時間ほど歩いて、俺たちは川の近くにテントを立てた。なぜか、テントづくりには自信があると与一が進言し、任せてみると本当にすぐに出来上がった。
「誰でも、誇れることってあるんだな」
「本気で感心するんじゃねぇよ」
「いや、金太郎に同意だ。私も初めて与一が使える奴だと思ってしまった」
「あ、姉御」
消えてしまいそうなそんな弱々しい声を出す与一の肩に、そっと手を乗せる。
弁慶の中で与一の評価は最低辺だ。それが少し上がったと考えれば、良かったんじゃないか?
「あっちは苦労しているみたいだね」
風間ファミリーの方を見ると、いびつなテントが出来上がっていた。
それを見た川神百代がふんがっーと叫んでいる。あれじゃ、テントとしての機能は皆無だからな。怒るのも無理はない。
葵組は準が作ったテントをマシュマロちゃんが壊して遊んでいる状態だ。
「ここは与一をレンタルして、レンタル代としてあちらの食糧をぱくるという素晴らしい作戦が。わざわざ川で魚を取る必要もないし」
「そう言うことはいかんぞ。この場にいる皆はいわば仲間。協力し合わねば」
「紋々が大人すぎる」
「というか、金太郎の心が狭すぎるんだよ」
「あ、イラッときた。弁慶に料理は作らない」
「金太郎、大好き、結婚しよう」
「弁慶が安い女になったことに関して大将一言お願い」
「弁慶、そういう軽はずみな発言は控えろ、義経は固く言いつける」
はーいと軽く返す弁慶。義経はハーとタメ息をつくばかりだ。心労が半端じゃないな。
「さてと、食糧を調達に行こうか。義経、釣りに行こう。ほら、弁慶も働け。義経が川に落ちて溺れたら大変だろう?」
「確かに」
「義経は泳げるから平気だっ!!」
ぷんぷんと腕をふって抗議するが、弁慶に優しく宥められる。へぅと恥ずかしがりながらも、撫でられ続ける義経は本当に癒し。
「ほい」
「わー金時は凄いなっ!! これで10匹目だぞ」
俺のアミには既に大量の魚が入っている。この川神山の川はすごく特殊なようで、全部食える魚だ。
明らかに、タイのような川にはいないはずの魚も泳いでいるのだが、きっとこの山には神秘的な何かがあるんだろう。
「てい」
弁慶は必死に蚊と戦っている。
今日は学校に行くわけではないので、皆私服だ。義経は短パンにTシャツと元気っ娘の象徴のような格好。弁慶は黒いYシャツにジーパンと着飾るような格好ではないけど、大人っぽくて似合っている。
二人とも手足が露出しているので、虫よけスプレーを使っているのだが、やっぱり蚊に吸われてしまう。
「義経、ちょっと遊ぼうか」
「そうだな。食料は確保できた。なら少しばかり遊んでも紋白も怒らないだろうと義経は考える。弁慶はどうだ?」
「参加しよう。ちょうど水着を着て来ている」
がばっと大胆に上着を脱ぎ捨てる弁慶には脱帽するけど、その反動で胸につけた低防御力が外れかかっている。双子山がぷるるんって音がしたよ。ホント、ありがとうございます。
俺は無意識に頭を下げていたことに気づいた。
「常時戦場。私はいつでも戦える準備はできている」
「弁慶っ! 素晴らしい心構えだ。義経は深く感動しているぞ」
ハハっとはしゃぎながらも、義経も服を脱ぎだした。気が高ぶって露出狂にでもなったかと思ったが、そうではなかった。青色のビキニを身に着けている。ちなみに弁慶は白のビキニ。紐という有ってないようなもので布地を繋いでいるので、ポロリが期待できる。
男は所詮エロス。
「俺は義経が溺れても助けられるように海パンをはいている」
臨戦態勢だ。
俺はいつでも飛び込むぞ。
「金太郎、どう? 見惚れた?」
「後布一枚がなかったら確実に落ちていた。残念」
「さりげにセクハラ発言を混ぜてくる。やはり金太郎はエロいな」
「義経はえっちなのはいけないと思う」
「男は羊の皮を被った狼だ」
「よーし、では狼を狩ろうじゃないか。義経、行くよ」
「おう」
義経は風のようにふわりと跳躍して、俺の背後をとった。
ばしゃんと水が弾ける音がしたが、そちらに気をとられれば弁慶に捕まり、川の中に沈められてしまう。
「あはは、えい、えい」
背中に大量の水を浴びる。義経の地味な攻撃に俺はダメージを受けている。
このまま1時間くらいくらい続ければお腹が冷えて、トイレに駆け込むことになるかもしれない。なんて長期戦な戦いなんだ。
「ふふふ、私だけを警戒していていいの?」
「伏兵参上ーなのだっ!」
「狙い撃つぜっ!!」
まさか挟撃。俺の左右を取り囲む輩が現れた。紋々と与一だ。しかも、水鉄砲、紋々に至っては、明らかに九鬼製であろうバズーカのようなものを持っていた。
「集団リンチとは。昨今の若者の教育はどうなっているんだ?」
「遺言はそれでいいのかい?」
弁慶はどこに隠し持っていたのか、マシンガン型の水鉄砲を俺に向けて発射した。
俺は右足を下げ。半身の状態になり、まっすぐ飛んで来た水の弾丸をかわす。
俺の後方に控えているはずの義経に直撃……なんてことにはならず、義経もまた軽やかにかわしていた。
「ここはフェアに俺にも武器を」
「ここは戦場だぜ? フェアなんて言葉があるかよ」
「なら、奪うまでっ!!」
与一に向かって突撃する。
「バカな奴め。それを待っていたぜっ!!」
与一のライフルが火を噴き、水の塊が襲いかかるが所詮は水、効かぬはっ!!
「おい、それはないだろっ!!」
「知らん、勝った者が正義だっ!!」
俺の行動に驚いた与一は接近を許し、簡単に投げ捨てられる。投げる前に、ライフルをゲットしておいたから、これで俺も戦える。
「ふふ、遺言があったらどうぞ?」
投げ終わりの態勢を見計らってか、今まで姿を現さなかった大ボスが俺の背後に銃を突きつけていた。
「清楚先輩……グッジョブ」
振り返った俺の後ろには清楚という名前とは正反対の黒いビキニ。パレオを腰に巻いて生足を少しばかり隠している女性がいた。隠れている分逆にエロかった。
そしてその女性はニッコリ笑って引き金をためらいなく引いた。
これ、ホントに水か? いや、そんなことはどうでも良い。なんとかこの芸術的風景を目に焼き付けねばと俺は必死になって目を見開いたが、見えた景色は完全を覆う程の大量の水だった。
「悲しい戦いだ」
「与一が死に、金時も散ったか」
「俺は死んでねぇっ!!」
ばしゃりと川の中から与一が跳び起きた。俺も大量に口の中に入った水をぺっぺと吐き出す。
「ふっはっはっは、チーム九鬼が金時を退治してやったぞっ!」
「清楚が最後まで隠れていたおかげだね。アイコンタクトだけで分かってくれるなんて、私達通じ合ってるー♪」
話を聞くと俺達が釣りを終えたあたりで、紋々たちはこちらにやって来ていたらしい。
それに気づいた弁慶が視線で隠れるように伝えると、紋々は頷いて準備を整える。
弁慶と義経が囮になって俺を誘導し、紋々たちの攻撃へ繋げる。
そして最後は清楚先輩。二重、三重と仕掛けられた作戦に俺はやられてしまった。
「だが、実際の戦場であったら与一が死んでいた。義経はそれが悲しい」
「お前はさっきから俺を殺そうとばかりしてるな」
義経の発言に与一は若干落ち込んでいた。
「金太郎は防御に関してならこの中の誰よりも優れているからね。舞で身に着けたしなやかな動き。私と義経がコンビを組んでも崩せないんだし、与一を生贄に出来れば大金星だよ」
九鬼の訓練所で、舞の練習ついでに弁慶たちと模擬戦をすることがあるけど、守ることに徹すれば負けることはない。まあ、攻撃ができないから勝つこともできないんだけど。
「余計な事を考えさせて、思考を鈍らせれば意外と簡単に討ち取れると分かったことは大きいね」
「先輩は金時の奴をどうしたいんですか? というか、なんでコイツは討ち取られたんですか?」
与一が清楚先輩に尋ねるが、うーんと考え込むだけで明確な答えを出さなかった。
本能的に勝負事には勝たないと気がすまないのかもしれない。
「さて、お昼にしようか? 午後はモモちゃんたちも誘って皆で遊ぶんだし、体力回復しないと」
「食糧を確保して、川に沈められる。金時、お前可哀想な奴だな」
「与一に同情されるのが、一番可哀想だよ」
「「「うん、うん」」」
義経まで頷くとは思っていなかったのか、与一は一人テントのある方に歩いて行ってしまった。
「あ、待ってくれ与一! ち、違うんだっ」
義経も慌てて与一の後を追いかける。
「服、持っていてあげないとね」
「そうだね」
義経も与一のことは可哀想な奴だと思っていたんだね。