舞う英雄   作:生物産業

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第3話 舞

「よしつねちゃ~ん、遊びましょう~」

「き、金時っ、あまり大声で名前を呼ばないでくれ!! 義経は恥ずかしぃ」

 

 授業が終わってから、お隣のS組に向かう。

 その途中、軍人さんが居て子供のいじめのように通せんぼをしていたのだが、うちのクラスの連中と会話を始めるとすきができたので、するりと横を抜けて行った。

 義経が困るのが分かっていて、わざと呼んでみた。

 案の定あわあわして、こちらに向かってくる。

 

「義経、ちょっとお願いがあるんだけど」

「いつも、いつも義経は言って――ん? 金時が義経にお願い?」

「ちょっと笛吹いて。昼休みに舞う事になったんだけど、ちょっと無音で舞うとか、スベった時、場がしらけるじゃん」

 

 冷笑で終わった場合、俺、明日から学校に来れなくなるし。

 そこに義経の笛が有れば、なんとかしのげる気がする。

 

「あ、与一、お前も手伝ってよ。弁慶はいいや。どうせ客側だろうし」

「さすが、金太郎~、私の事を理解しているよ」

「それは良いな。与一は少しクラスで浮きかけてしまった。だから義経は心配していたんだ。金時の提案は良いと思うぞ」

「はぁ!? そんな事、俺がするかよ。つうか浮くとか言うな」

「ははーん、与一君はそういう事言っちゃうわけ? そうなると、俺にも考えがあるんだけど――姉御、出番でっせ」

「ちょっ、おま、それはさすがにせこいだろっ!!」

 

 与一の天敵とも言って良い、弁慶の姉御。

 名前を出すだけで、与一は震えあがり挙動がおかしくなる。

 弁慶のお仕置きは、過激だから。

 この前は、バックドロップかましてたし。

 

「与一?」

「……お、俺は力には屈し――」

「そう言いながら、俺と義経の背後に隠れようとするとか、さすがの与一さん」

「与一、義経たちと一緒にやろう。きっと楽しいぞ」

「ちっ」

 

 舌打ちするわりに、承諾。

 今まさに、力に屈した与一君であった。

 

「義経が笛で、金時が舞、与一が絃、十分な布陣だな」

 

 ニコニコ言ってますが、戦場にでも行く気ですか?

 

「じゃあ、次の休み時間にちょっと合わせようぜ」

「そうだな」

「与一は私が確実に連れて行く」

「に、逃げねぇよ」

 

 与一さんの行動は弁慶さんに読まれていた。

 

「おやおや、それは興味のあるお話ですね」

 

 俺の全神経が警報を発令した。久しく感じていなかった感覚だが、やはり鍛えられた超直感はそう簡単に消えたりしない。

 

「よ、与一。俺は一瞬で理解したぞ。この感覚は昔お前を付け狙っていた奴と同じだ」

「ああ。こいつは両方らしい」

 

 声とその雰囲気だけで理解できた。

 コイツは掘る側の人間だと。

 よく狙われていた与一とその近くにいた俺。だから、こういう輩の感覚には非常に鋭敏だ。

 

「葵冬馬と言います。貴方のお名前は?」

「坂田金時。あと、握手は遠慮しておくよ」

 

 なんかもの凄くいやらしい手つき。

 別に俺はイケメンとかじゃないけど、コイツはそう言うの気にしなさそう。

 掘れるもんは掘っておくみたいな感じがビンビンする。

 

「金時くんですか。いいですね、響きが。特に金の部分」

「若、いきなりアクセル全開とか突っ走りすぎだろ。やっこさん、ドン引きしてるぞ」

 

 変態の次は、坊主登場。拝みポーズは坊主だからなのだろうか?

 

「S組、恐るべし」

「何が怖いの? マシュマロ食べる? はい、あーん」

「あーむ……俺、甘いの嫌いだった」

 

 口の中ですーっと溶けて広がる甘味、ふわふわとした触感が唾液と混ざることでねっちょりとしたものへ……かなり気持ち悪い。

 

「弁慶、ちょっとお水を」

「ほれ」

「うげぇー」

 

 そうだ、川神水だったのを忘れていた。口の中を何とも言えない味わいが広がっていく。ぶっちゃけ酒の味。

 

「余計に悪化させてんじゃねぇよ」

「マシュマロが嫌いなんて、君へんなの~」

「コイツが、変という事は否定しない」

「与一に同意」

「義経も、否定できない」

 

 好き放題言ってくれてるけど、今はそれどころじゃない。

 自販機に向けて全力ダッシュっ!!

 

 ……

 

「あ、行っちゃった」

「飲み物、買いに行ったんだね。全く、川神水のおいしさが理解できんとは嘆かわしい。私が教えてやるしかないか」

「ボクもマシュマロの良さを教えてあーげよっと」

「お前ら、鬼畜過ぎるだろ。あの坂田って奴が不憫でならねぇ」

 

 金時が居なくなり、S組の面々は今教室から立ち去った男について話していた。

 

「それにしても意外でした。与一君の友達に、彼のような人がいるとは。というか友達がいることが意外です」

「ぶん殴るぞ。金時のことは偶然だな。アイツの実家は京都にあるらしいけど、中学の頃はなぜか俺たちが正体を隠して通っていた学校に居たからな。なんでも親戚の所に居たとか。クラスで席が近くなってなんとなく話すようになったって感じだ」

「京都で何かあったのかな?」

「敵がいるとだけ言ってたな」

 

 与一の視線がいつもより厳しくなった。ふと一人で窓の外を見つめだす。

 そこには当然ながら何もいない。

 彼は無意味な行動が好きなのだ。

 

「敵ですか?」

「うぇーい、敵、うぇーい」

「コラ、ユキ、意味もなく壊れるじゃありません」

「怒られちった」

 

 小雪は舌をちょろりとだす。

 準は優しく小雪の頭を叩いたが、それが気に障ったのか小雪はむっと準の方を睨みつけた。

 それを見た冬馬が、小雪の頭を撫でると、すぐに破顔。見るものを虜にしてしまうかのような、そんな綺麗な笑みを浮かべる。

 与一はその3人のやり取りを見て思った。

 

(苦手だな)

 

 自分とは気が合わない、なぜかそんな感じが彼はしていた。

 はたから見たら、義経や金時とのやりとりは似たようなものなのだが、彼にはそれが分からないのだ。弁慶という明らかに朗らかな雰囲気を崩す存在がいるせいかもしれないが。

 

「義経も、金時が敵と評する人間については情報がない。ただ、うわ言のように奴は危険だと言っていたことはしっかりと覚えている」

「金太郎をして、危険と評するということは相当やばい奴ということは想像が付く」

 

(姉御以上にやばい奴なんかいないだろ)

 

 決して言葉には出さなかったが、一人うんうんと頷く与一。

 そこをしっかりと見ていた弁慶が与一の肩を掴みにかかる。

 与一の肩がめしりと悲鳴を上げる。

 

「おい、与一。今、失礼な事を考えなかったか?」

「な、何言ってんだよ姉御。俺がそんなこと考えるわけないだろ」

 

 弁慶の圧倒的な威圧感に屈した与一は必死で弁明する。

 帰ったら新必殺技の練習台にしてやると、弁慶は物騒な言葉だけを残し、与一の話をすべて無視した。

 

「金時君は何か武術でもやっているのですか?」

「いんや、金太郎は日本舞踊しかやってないよ。身体は鍛えているけどね」

「それにしては、皆さんの評価が高いようですが?」

 

 武術がさかんなこの川神学園。そこに転校してきた英雄三人が口を揃えて言うのだ。ただの一般人と言われたところで、冬馬が首を傾げるのは当然であった。

 

()は武を兼ねるってことだよ」

「ぶが、ぶ?」

「はーい、ユキさんは分からなくて良いですよ」

「ぶー、なんかハゲにバカにされてる気がする」

「ハゲ言うな。これはファッション」

 

 高校生でスキンヘッドに目覚める準のファッションセンスには与一もさすがに引いていた。事実は小雪に髪の毛を剃られてしまったという悲しい過去があるのだが、与一はそれを知らない。

 

「その舞がお昼休みには拝見できるのですね。楽しみです」

「たぶん、あいつなら金を取るぞ。俗物だからな」

「別に構いませんよ。その価値がありそうですし」

 

 S組にいる生徒は基本的には裕福な家庭に生まれている。高校生から徴収されるような金額なら彼らの懐を痛ませるようなことはないのだ。

 

「与一、次の休み時間に音楽室に行こう。川神ならきっと三味線もあると義経は思う」

「まあ、なきゃないでクラウディオ辺りに頼めば、俺の部屋から持ってきてくれるだろ」

「義経さんの笛は分かりますが、与一君は三味線ですか。ちょっと意外です」

「あの野郎に仕込まれたんだよ。姉御だっていくつかできるし」

「私は人前でやるのは面倒だからいやー。義経たちと4人でやるのは楽しいんだけどね」

 

 弁慶は一人NOといって川神水を煽る。それが分かっている二人は特に気にも止めず、二人で公演の段取りを決めていた。

 

「英雄の奏でる調ですか。本当に楽しみです」

「もしかして、結構すごいことになるんじゃねぇか?」

「でも、金時は英雄じゃないでしょー? 武士道プランのメンバーでもないみたいだし」

「ユキ、坂田金時とは童話の金太郎と同一人物なんですよ。それに源頼光の部下で四天王の一角を務め、さらには日本の三大妖怪に数えられる酒呑童子を倒したとされる英雄の一人なんですよ」

「まあ、金太郎本人は関係ないって言ってたけどね。坂田って苗字に金時って名前が付けられただけらしいから」

 

 弁慶が補足する。

 話し合いを終えたのか、義経も話に混ざる。

 

「でも、もしかしたら本当に坂田金時の血を引いてるかもしれませんね」

「実は義経も少し思っている」

 

 義経は真剣な表情でそう言っていた。

 本当かもと皆が思う中、一人の少女は楽しそうに鼻歌を歌う。

 

「お昼休み、早くならないかな~」

「あれ、ユキがそういうのに興味を持つなんて意外だな」

「なんか、面白そうな感じがするんだよねー」

「舞は基本面白いもんじゃないだろ」

「大丈夫だ。金時の舞は期待を裏切らないと、義経が保証するぞ」

「私は、のんびり川神水でも飲みながら見ているよ。特別な時は川神水♪」

 

 川神水はいつもだろっと、彼女を知るものが全員同時にツッコミを入れるのだった。

 

 ◇◇◇

 

 川神学園の中で最も大きな講堂。一学年をすべて収容できる大きさだが、現在は立ち見客が出来ている。

 噂の広まりは早い。英雄が調を奏でるという放送がスピーカーから流れると興味を持った者たちがどさっとやって来て、このような状態になってしまった。

 

「フハハハハ、やはり、これくらいの舞台は用意せねば!!」

 

 この状態にした元凶、九鬼紋白。本日転校してきた1年生なのだが、その風格たるやまさしく生粋のリーダー。

 この場にいる中でもっとも小柄な体格をしている彼女だったが、雰囲気が、オーラが、頭一つ抜け出ていた。威圧感、それは彼女の近く控える老執事のせいだが、そのせいもあってか彼女の周りにはハゲと若干名の取り巻きしかいない。

 世界を統べる九鬼の人間だけあって、行動力はまさにぴか一。教師陣を説得すると、大々的な公演としてこの場を用意してしまったのだ。

 九鬼紋白の能力を初日から見せつけている。

 

「犬、ホントに良かったのか? 自分としては非常に楽しみなんだが……」

 

 金時のクラスメイトのクリスや一子もこの場にやって来ている。想定した以上の盛り上がりにちょっと困惑しているのだが。

 

「私に言われても、困るわよ。義経たちと九鬼の人間だから紋白ちゃんが知り合いなのは分かるけど、今回のメインは金ちゃんよね? 本当に大丈夫かしら?」

 

 一子はあわあわと慌てる。隣に立つクリスは少し落ち着けと彼女を宥めている。

 自分が発端になってこんなにも大事になるとは思いもよらない一子は、ただただ心配そうに壇上の方を見つめていた。

 もし期待外れで、会場から罵声なんて浴びたら……そう考えると、一子はすごく不安になった。

 

「お、ワン子たちもやっぱり見に来ていたか」

「お姉様~」

 

 圧倒的なまでの存在感。彼女が道を歩くだけで、人だかりが二つに割れる。

 川神学園最強の女子、川神百代の登場である。

 強者の雰囲気を纏っているものの、飛びついてきた義妹を優しくなでる姿は正しく姉である。

 

「おーよしよし」

「モモ先輩も見に来られたようだな」

「何やら、面白いことをやるって小耳にはさんでな。来てみたら、大賑わいだ。なんか金取られたけど、面白そうだから良しとした」

 

 199円。この公演を見るために必要な見物料である。さらにおつりはでないということで、完全に嫌らがらせ。本当に興味があってみたいという人間だけがここにいる。

 一子の仲間で友達でもある、京やガクトはこの場にはいない。

 大和以外の男に興味なしと豪語する京は当然だが、小銭を揃えるのが面倒という理由でガクトもここには来なかった。

 

 

 百代が少し会話をするだけで、埋まっていた席が簡単にあいた。学園のお姉さまであり最強の武神と恐れられる彼女が席を譲ってくれと言えば、当然周りは素直に頷く。

 申し訳ないと思いつつも、百代の恩恵を受けて一子とクリスも席に着いた。

 

「お、始まるぞ」

 

 クリスがそう言うのと同時に照明が壇上を照らすもの以外、ゆっくりと消えていく。

 始まりの予兆を感じ、ざわついていた生徒たちも静かになっていった。

 

「日本の舞か。日本に来たら、一度は見て見たかったものだ。今、自分の気持ちの高ぶりは相当なものだぞ」

 

 クリスは嬉しそうにはしゃいでいる。日本大好きを公言する彼女にとって、日本の文化に触れられるまたとない機会。

 逸る気持ちがそうせるのか、今にも踊り出しそうな勢いだ。

 

「おお、幕が上がったぞ!!」

「クリ、うるさいわよ。こういうものは静かに見るものよ」

「う、犬に注意されるとは……」

 

 幕が上がって、中央に着物を来た人が一人。

 顔を白い布で隠し、微動だにせずに姿勢正しくその場に正座している。

 舞台の両端には黒装束で身を包んだ二人が、楽器をそれぞれ持って座っていた。

 

 ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃん

 

 流れてくるのは三味線の音。

 そしてそれに合わせるように笛が吹かれる。綺麗な音色が会場を包み込んでいく。

 三味線の音が、まずは場を支配する。観客たちがそれに引き寄せられ、次はなんだと期待していると、笛の音が三味線の音を阻害することなく流れてきた。

 二つの音がうまく合わさり、一つの音楽を奏でている。

 その音に酔いしれたのか、ぐっと息をのんで舞台上を注視する観客たち。そわそわしていた一子もクリスもまっすぐ視線を舞台中央に向けている。

 それは百代も同様だった。

 

 だん

 

(すごっ……)

 

 たった一歩、ただの一歩の踏み込みがこの広い会場の雰囲気もまったく別のものに変えた。

 さっきまで演奏に聞き入っていたものたちはすべて、舞台の中心にいる人物に視線を注ぐ。

 呼吸している音でさえ聞こえてしまうほどの静けさ。

 そこから伝わってくる緊張感。

 一子は必死に出ようとする声を我慢していた。

 普段の自分なら、ここでこらえきれずに騒いでしまったかもしれない。

 隣にいるクリスが騒いでくれようものなら、それに便乗して叫びたいくらいだった。だけど、それをすることがこの場でいかに舞台を台無しにするのか、分かっていたため両手で口を押えてこらえたのだった。

 

(お姉さまが集中してるわ)

 

 隣に視線を向けると百代が武術をやっているときと同じようなそんな目をしていた。

 そのようになってしまうのは一子も分かっている。

 まだ何かが始まったわけではない。

 それなのに、心が激しく鼓動するのだ。期待で胸が膨らみ、破裂しそうなほど、わくわくが心の奥底からあふれ出てくる。初めて武術を習った時と同じ気持ちに一子はなった。

 

 視線はすべて舞台中央だ。 

 会場の視線を一人で独占し、金時は舞を始める。

 スローモーションのような動きで回転を始め、観客の視線を一身に集める。

 あまりにも自然な動き。

 そしてその自然さが、ふとした瞬間に観客の視線からその姿を消す。あれっと思っていると、動き出しており、いつの間にか一つの流れにあるかのように舞を始めている。

 決して消えるような速さで動いている訳ではない。

 だが、膝を曲げる、腕を上げる、足を引く、どの動作をとってみても流麗で、流麗すぎて一体どこから動きが始まったのかが分からなくなる。

 

(でも、不快じゃない。むしろ、異常なほどに惹きつけられる。ううん、そうじゃない。引き寄せられると言った方が正しいかもしれない)

 

 一子は呼吸することさえ忘れて金時の動きを追っていた。

 生まれたばかりの赤子が、動くものを追うように。何も考えず、金時の動きを追い続ける。

 それはこの場で舞を見ているすべてのものがそうだった。

 

 夢中になる。

 まさしく、会場にいるすべての人間が金時に夢中になっていた。

 

 バサ、バサ、、バサ

 

 舞うたびに開かれる扇子。笛の音や三味線の音にも負けずにこちらに伝わってくる。

 笛と絃の音に扇子というアクセント。それは曲調をより深いものにしていた。

 

(私は舞に詳しい訳でも音楽に詳しい訳でもない。だから、上手い言葉が見つからない。でも一つだけ言えるとしたら――)

 

 圧倒される。

 

 流れるその動き一つひとつに、美しさが見えてくる。

 舞うということはこう言うことなんだと、音で、空気で、身体で教えてくれているようだった。

 一子の目には金時がとても大きく映って見えた。

 後ろに控える義経たち英雄。その二人よりも圧倒的な存在感を放つ金時。

 一子と金時との距離は決して近いという訳ではない。

 だけど、まるで自分の目の前で金時が舞っている、そんな感覚に一子は支配されていた。

 そして、その感覚に身を委ねることを一切拒まない自分がいることに少しばかり驚いてもいる。

 

「凄いな」

 

 誰が発した言葉か、それは分からない。

 だが、この場で見ている者達全員が、その感想を持っているだろうと事は一子にも分かっていた。

 評論家のような知識があるわけではない。だから、どこがどう凄いかなんて言うことはできない。

 でも、現実としてその場にいる者たちは、金時の『凄さ』を実感していた。

 

「ああ、なぜだろうか? 自然と胸が熱くなるな。私はこういうものには疎いと思っていたんだが、そうでもないらしい」

 

 百代は普段の鋭い眼を優しいものに変えていた。常に纏っている荒々しい気ですらも、この場では澄んだ川の流れのように穏やかだ。

 心が落ち着いている。

 ここ何年もの間、退屈と不満の生活を送る彼女にとって、今感じている感覚は、久方ぶりに感じるものであった。

 

「これが、金時君の舞ですか。美しい」

 

 一子たちの後方から冬馬の声が聞こえた。

 

「金時のってことは、普通のとは違うのか、若?」

「本来、舞には唄があるのです。聞いたことくらいあるでしょう?」

「ああ」

「ですが、この舞は全くそれがない。舞だけで人の心を惹きつける」

「そうだな。なんか、心が洗われて行く気がするもんな」

「本来の日本舞踊はゆっくりと上品なもので、あのように足音や扇子の音など聞こえないはずなんです」

「だけど、この舞はそれが人を惹きつけるポイントになっている。金時の奴やるな。ユキが黙って見てるくらいだし」

 

 普段、うぇーいと騒いでいる小雪もじっと金時の演技を見つめている。大好きなマシュマロを手に握ったまま、それを口に運ばない。

 目が離せないのだ。

 ただ、吸い寄せられるように金時に見入っている。

 

「これは金時流とでも言うのでしょうかね。本当に素晴らしい」

 

 一子は思った。

 

(私も薙刀を使っての演舞はできる。でも、演じているだけで舞っている訳じゃない。私じゃ舞うことはできない)

 

 金時の舞を見るとつくづくそう思えてしまった。

 

「モモ先輩とは違う、人を惹きつける舞。武ではなく()。何とも美しい」

 

 クリスの言葉が一子の心の中にピタリと入ってきた。

 圧倒的な力による美しさ。それが百代の武。

 だが、今感じる美しさにそんな力はない。

 流れる自然の美しさ、それが今感じている金時の美しさ。

 二つは絶対的に違うもの。力と美しさ、純然たる違いがその二つの間には存在する。

 だが、一子が感じたものは同じだった。

 凄い、こんな風になりたい。

 そう思えるほど、金時の舞は百代の武と同じ領域に存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったな……凄かった」

 

 ポツリともれた百代の言葉。それが火付けになったのか、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。

 金時が深々と頭を下げると、舞台の幕も下りてきた。

 これで終了。

 まだ見ていたいと思う反面、満足しているという反する感情のジレンマ、それを皆が一様に感じているのであった。

 

「まさか、戦う事以外で心が満たされるとは思わなかった」

「自分も坂田殿の舞を見れて満足だ。やはり日本は素晴らしい!!」

「金ちゃん、凄いわね。義経たち英雄の存在を全く感じさせなかったもん」

「確かにな。最初は皆、義経ちゃんたちに目が行っていたが、舞が始まってからは主役の座は、アイツに変わった」

 

 百代が指した先には金時が居た。

 来ていた着物も脱いで、すでに制服姿で観客に向かって手を振っている。

 金時の横では少し照れながらも嬉しそうにする義経。与一は金時に肩を組まれており、少しうっとおしそうな顔をしている。ただ無理に引き離さないのは、彼もまた今回の舞に十分に納得しているからだろう。

 

「ワン子、アイツの名前、なんて言ったけ?」

 

 強い者と美少女にしか興味をもたない百代が、舞台上で喝采を受ける男に興味を持った。

 

「坂田金時よ、お姉様」

「坂田金時か。義経ちゃんたちと言い、面白い奴が入って来たな」

 

 ニヤリと笑うその目は、とても嬉しそうに見える。

 そんな姉を見て、一子の直感が何かを感じ取った。

 

(襲われたりしないわよね?)

 

 金時の明るい未来に暗雲が立ち込めた瞬間だった。

 

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