「はい、卵焼き完成!」
「次は何か中華なものをお願いします」
「断るっ!! 俺は卵料理に精を出す」
一心不乱に卵を焼く。
目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグ。
かに玉。オムレツにオムライス。
もしかしたら、今日中に卵料理の究極に至れるかもしれない。
後は茶碗蒸しとかゴーヤチャンプル……そしてプリン。
「金君、杏仁豆腐がないよ」
「清楚先輩、残念ながら杏仁は卵じゃないんですよ」
俺の横で妙なプレッシャーを掛けてくるマフィア。
今回の誕生日会で一人だけハブられ、やさぐれてしまった結果、俺の補佐として調理の手伝いをしてくれている。
補佐ってお手伝いさんの事だと思っていたんだけど、実は違う。
料理人に余計な負担を掛けて、無駄に追い込むの人の事を言うみたい。
「前に、杏仁豆腐を作ってくれるって言ったのは誰かな~」
「与一じゃないんですか?」
「あ、あんな所に納豆が」
「喜んでつくらせて頂きます。もうバケツ一杯作ってあげますよ」
「そんなにはいらないかな。太っちゃうから」
たぶん貴女は太りません。
そう言う物とは無縁の身体だと思います。
清楚先輩に煽られながら料理をセコセコと作っていく。紋々の所為で料理研に混ざって大量に作らされているため、なかなかに疲れる。
そこに清楚先輩という邪魔な存在が監視としているため、逃げるに逃げれない。
これで誕生会に参加できなかったら、キレるぞ。
「金君、弁慶ちゃんからの伝言なんだけど、舞をやって欲しいんだって」
誕生日ってこんな辛いものだったっけ?
俺の時は、超盛大にやってもらおう。
やってくれるかな?
「あ、燕ちゃんだ」
調理室の入り口付近に燕が見えた。
「清楚先輩、追い払ってきてください」
「そんなに嫌なの? 燕ちゃん、良い子だよ」
「先輩は自分に尽くしてくれるゴキブリを好きになれますか?」
「さすがにゴキブリと同じ扱いは酷過ぎるよ……」
「まあ、そこまでではないですけど、気分的にはそんな感じです」
「うーん、分からないけど分かった。会場の方も気になるし、燕ちゃんと一緒に見て来るね」
清楚先輩を笑顔で送り出す。
燕はこっちに来ようとしたみたいだけど、清楚先輩に強引に連れて行かれた。
さすがだ。
清楚先輩が本気になったら、誰も逆らえないんじゃないだろうか?
「杏仁豆腐頑張って作りますか」
感謝の意を込めて精一杯の杏仁を作ろう。
◇◇◇
『義経、弁慶、与一、お誕生日おめでとうっーー!!!』
義経は少し申し訳なさそうに、それでも嬉しそうに。
弁慶は普通に手で会釈をする。
与一はちょっと鬱陶しそうにしてたけど、素直に壇上に上がっているのだから祝われる気があるんだろう。
皆からのお祝いの言葉を受けている三人を俺と紋々、清楚先輩……それと燕がテーブルを囲んで見ている。
「清楚先輩……」
「ほら、私燕ちゃんとも友達だから」
「そうだよー。私と清楚は友達♪」
さすがに納豆は持っていないけど、正直気分はあまり宜しくない。
「ハァー」
「ぶーぶー。金ちゃんはこんな美少女とテーブルを囲んでいるのに何が不満なの?」
「清楚先輩の美人っぷりにはもう拍手喝采です。燕がいなければ言うことはなかった」
「がーん。即答された」
「うふふ、金君、ありがとうね。お世辞でも嬉しいよ」
さすがは清楚先輩。大人な余裕がある。
テーブルで突っ伏している燕とはえらい違いだ。
「さてと、じゃあそろそろやりますかね」
「今日は何を踊るの?」
誕生祝だから、期待には応えようと思う。
「オリジナル。実はちょっと練習してたんですよ」
一人でやるから、笛とか歌とかはテープになっちゃったけどね。
「へぇー楽しみ。金ちゃんが舞っているのをみるのは小学生の頃以来だから」
「あの時の俺とは違うってことを見せたるわ」
あ、着替えに行かないと。
クラウディオさんに衣装を持ってきてくれるように言っておいて良かった。
◇◇◇
「3人ともこっち、こっち」
清楚が壇上から降りてきた三人を呼ぶ。
「ハァー、こんな人前にさらされるなんて、最悪だ」
「コラ、与一。ダメだろ、そんな事を言っちゃ。皆が義経たちのために頑張って準備してくれたんぞ」
与一は不貞腐れているが、この場を離れるようなことをしない以上、義経の立場を気遣ってか、はたまたこの舞台を用意してくれた友人を思ってか、席に腰を下ろしている。
「そう言えば、金時の奴がいないが? あの野郎、どこ行きやがった?」
「金ちゃんなら、皆のために舞を舞うから、その準備に向かったよ」
「……というか、なんでアンタがいるんだ?」
「へへへ、私清楚とお友達なんだ。お呼ばれしちゃった」
与一の目から警戒しているということが隠さず出ている。
それもそうだろう。松永燕伝説と金時の多大なる誇張の話を聞かされたのだ、妙に信じ込みやすい与一は燕という存在をすでに人の領域から外している。
「あ、皆、舞台の幕が下りて行くよ」
「アイツ一人でやれんのか?」
与一の心配は言葉だけであり、その顔に不安のようなものはなかった。
普段の硬い表情は少しばかり緩んでいる。
金時がどんな舞を舞うのか純粋に楽しみにしているようだった。
彼は金時のファンなのだ。
「始まるね。金君の舞」
清楚がそう口を開くと、幕があがり、室内の電気は消され、壇上だけを明るく照らし出した。
ぽん、ぽん、ぽん
太鼓の独特な音が聞こえて来る。そして、それに続くように、笛や琴の音も聞こえて来た。
少しノイズのような音があるせいか、それが機械を使っているということは分かった。
金時が事前に録音していたものを流しているということだろう。どんなに技量が優れていても、一人で何個も楽器を演奏することはできないのだから仕方がなかった。
幕が上がりきると、面を付けた金時が舞台の中央で構えを取って待っていた。
「義経の知らない曲だな。弁慶は聞いたことあるか?」
「いや、ないかな。与一は?」
「さあ?」
金時と親しくしている三人が揃って首を傾げる。
初めて聞く曲だった。
「ふふふ」
三人が不思議がっていると、清楚が急に笑い出す。
なんだと視線で伺うと、その理由を教えてくれた。
「今回は金君のオリジナルなんだって。3人のために練習してたみたいだよ。素敵な誕生日プレゼントだね」
清楚がそう言うと、義経は満面の笑みを浮かべる。
今にもはしゃいで踊り出しそうな勢いだ。
与一は、知らん顔をしているが少しだけ顔がニヤけている。
「弁慶は嬉しくないの?」
「そんなことはないよ。嬉しいさ」
燕に言われた弁慶はすぐに首を横に振り否定する。
嬉しい。それは確実だ。
だが、彼女の中には心残りがあった。
(最高級のちくわがあればいうことはなかった)
酒を愛する彼女の俗物的な考えがそこにはあった。
しゅん、しゅん、しゅん
風を切る。
金時の手には刀が握られており、一刀、一刀が大地を閃断するかのように切り裂いて行く。
流れるような剣舞を披露して見せた。
「わぁー金時の剣舞だっ。義経に似てるぞ!!」
義経が大はしゃぎ。それを弁慶は嬉しそうに見ていた。
「つうか、あれって義経の刀じゃね?」
与一の指摘にはっと義経が目を見開く。あまりの嬉しさに気づいていなかったようだ。
(いつの間にくすねたんだ? 全く、私のご主人様のものを無断で拝借するとは……許せん。)
「金ちゃん、すごっ」
燕から漏れた声。
武器を使う彼女からしても、金時の演舞は称賛に値するものだった。
上段からの振りおろし、下段からの払い、中段の蚊等の突き。
そのどれもが流麗で自然。
抜刀から、納刀に至るまでに無駄がないから、一連の動きがいつ始まって終わったのか、ふと気を抜くと分からなくなる。
速いテンポの曲調に合わせるように、金時の動きも速い。しかし、ちゃんと目で追える速さで、観客も付いて行っている。
独りよがりの舞ではなかった。
しゃん、しゃん、しゃん
「今度は姉御のか」
(言われて気づいた。背中に装備してあったのか。あれは私の錫杖だ。全く、レディのものを勝手に使うなんて……許せん)
「今度は豪快に動いているな。姉御の動きにそっくりだ」
「うん。川神水を取り上げられた弁慶が怒り狂った時のようだ」
錫杖を器用に回したり、どんと床を突いたりして大きな音を立てる。
その一つ一つが曲調に合っているから、不快ではなく普通だと感じる。いや、それが正しいのだと観客は見入っていた。
太鼓の力強い音。それに合わせる金時の踏み込みであったり、錫杖に付けられた6つの輪っかが小気味よい金属音をならしていた。
流麗ではなく豪快。義経の時とは違った趣だった。
「最後は与一か」
「お、俺のソドムを勝手に……」
(与一の弓矢まで勝手に借りるなんて……これは許そう)
弁慶にとって与一はどうでもよかったらしい。
「絃を弾く音がそのまま音楽になってる」
笛の音に合わせて弓矢を鳴らす。
やっていることはシンプルだが、シンプルだからこそいい。
今までは、動きの付いた舞。でも最後はゆっくりとした曲調に合わせての鎮魂を思わせる。
それはこの舞が終わりに近づいているのだということを語っているかのようだった。
【よぉ~~!!】
金時の生の声。機械を通してではない。能の中で良く聞く、独特の声。
弓矢を番えて、義経たち三人の方に向かって狙いを定めている。
【南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくはあの扇のまん中射させて賜ばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かふべからず。いま一度本国へ迎へんとおぼし召さば、この矢はづさせたまふな】
唄を歌うように語られる言葉。
生前の那須与一の言葉が自分の命を賭けて矢を放とうと鼓舞した場面。
「これって、平家物語の……」
「那須与一、最大の見せ場」
「確か、平家からの挑発を受けた源義経が那須与一に命じた、的の狙撃。70Mくらい離れていて、風も吹いてさらには船に的が設置されていたから、波で揺れている状態。外せば源氏の名を貶めるという状況。普通の人間なら技術的にも精神的にも不可能な行為。そこを自分の命を賭けて射った名場面だね」
燕が説明するように語る。
今の与一からじゃ想像はつかない。
だが、決める時は決める、それが那須与一なのかもしれない。生前の与一がどんな性格をしていたかなんて誰にも分からないのだ。
もしかしたら、今と変わらない与一がいたかもしれない。
「じゃあ、金君がこっちに向かって構えているのって……」
清楚の発言で弁慶は気づいた。反応を見るに義経も分かったようだ。
今までの金時は、彼女達の動きを真似て舞っていた。
義経や弁慶を真似た動きは見事だった。
「つまり金時は」
そう、与一の動きを真似るという事は、確実に矢を放つという事だ。
で、そうなると狙いは……松永燕しかいない。
限界まで引き絞られた弓が大きくしなり、今か今かとその時を待っている。
「ハッ」
金時の指から力が抜ける。
絃を抑えていた力が無くなったのだ。そうなれば、絃は流れに身を任せるしかない。
そして、流れに身を任せた結果、矢は目標に向かって高速で飛来することになる。
「なんでっ!?」
燕を襲う、高速の弓矢。まるで金時の想いまでも乗せるかのように矢がどんどん加速していく。
会場は暗い。
そんな状況で放たれ、しかも油断している状況だ。さしもの松永燕でも躱しきることはできなかった。
白刃取りを試みたようだけど、少し遅れて燕の額に矢が直撃した。
矢じりは潰されていたが、それでも威力は相当なものだったらしく、燕は椅子ごと後方に倒れてしまった。
「しゃっあ!!」
「金時の奴、メッチャガッツポーズしてるぞ。あんなに喜んだのを見たのは久しぶりだな」
「義経も与一に同意だ」
「うぅ~、金ちゃん酷いよ~」
清楚に起こされながら、燕は金時に不満をもらしている。
「まさかこういうオチにするとは思わなかったな」
今回ばかりは与一に同意した弁慶がいた。
最後はあれだったが、一つの演目として周りには認識されたようで、会場からの拍手は鳴りやまなかった。
最後を除けば、十分な演技。この拍手もそれに対してのものだ。
そんな中を金時は堂々と歩いてくる。
「俺に生前の那須与一が降臨したわ」
「ふざけんな」
ちょっと照れくさがった与一だったが、拳を突き出すと金時も与一の拳に自分の拳を重ねてきた。
「金時、義経は感動したぞっ!! ありがとうっ!!」
金時に抱き着いた義経。それを優しく受け止めた金時だったけど、さすがに周りの目もあるので、やんわりと身体から引き離した。
義経に気づかせない辺りはさすがだ。
「私はいたく不満だ。もっと女の子らしい舞が見たかったぞ」
「俺の弁慶のイメージなんてあんなもんだ」
「後でフランケンシュタイナーをかましてやる」
金時の未来が暗いものとなった瞬間であった。
「私の方が不満だよっ! 最後のあれは何!?」
「あれは、前世の那須与一が奴を射ろと俺の頭に語りかけて来たんだ」
「そんな訳ねぇだろ」
「そう、そうなんだよ、さすが与一よく分かっている。射ろだなんてそんな生易しいもんじゃダメなんだ。射殺せぐらい言ってもらわないと」
「そう言う意味じゃねぇよ」
与一は呆れていた。
「俺の弓の技術じゃ、さすがに燕を葬る事は出来なかった」
「いや、結構ギリギリだったんだけど……」
「ちっ」
「舌打ち!?」
その燕に対するあまりの態度にそれを見ていた他の4人は少し気の毒そうにしていた。
「それにしても、金君、やっぱり与一君とは親友なんだね?」
清楚がそういうと、金時は急に顔を背けだした。
「義経ちゃんたちや弁慶ちゃんたちの舞も十分凄かったけど、与一君くんのは一味違ったもんね」
「ノーコメント」
「あ、金太郎、照れてる?」
「金時はやっぱり優しいなっ」
「うっ」
金時のは顔を真っ赤にする。
まさかここまで言われるとは思わなかったんだろう。
弁慶と燕はここぞとばかりにからかい、義経は純粋に金時を褒めている。
さすがに耐えられなくなった金時は、トイレと言って逃げて行った。
「与一君、いい友達を持ったね」
清楚が嬉しそうに言う。
「どーなんすかね? 普段は俺の扱いとかぞんざいですから」
与一の顔は普段見ることのない程の笑顔だった。
◇◇◇
「ひ、酷い目に会った……。さすが清楚先輩」
「やーい金太郎のツンデレ~」
俺の横でくぴくぴと川神水を飲むのは、姉御肌の弁慶。
人が恥ずかしい目に会ったというのに、からかって来るとかいつも通りすぎる
「川神水をすべて、青汁に変えようかな」
「やめろ、死ぬぞ……私が」
「まあ、弁慶はそうだろうね」
弁慶を倒す一番最善の方法。それは川神水を取り上げてしまう事。英雄って……。
「義経たちは楽しそうだ」
「お前は混ざらないで良いの?」
義経はいろんな人に囲まれていた。
お祝いの言葉を貰ったりして、嬉しそうにしている。
与一は義経に無理やり連れていかれたようで、ちょっと嫌そうにしているな。
「私は川神水があれば良いから」
「川神水と結婚すればいいよ」
「それもいいかも~」
そう言って弁慶はテーブルに突っ伏した。
限界を迎えたようだ。
俺は突っ伏した弁慶の横にそっとプレゼントを置く。
舞とは別に用意していたもので、ちゃんと義経や与一の分も用意してある。
「ありがとう」
「なんだ、起きてたの?」
「むふふ」
寝言かな?