言峰綺礼が聖杯の意志と対話した翌日。
冬木市市民会館。
建設が終わり一般開放を控えたその建物から、言峰綺礼が魔力による信号を撃ち上げるっす。
残る二つの陣営をおびき寄せるための信号なんすけど……まあバーサーカー陣営の間桐雁夜には今日の昼間に言峰綺礼が接触して、この時間にここに来るように仕向けたっすから実質、セイバー陣営を引き寄せるためだけの物っすね。
「調子はどうか……なんて聞くまでもなさそうっすね」
「アサシン。準備は終わったようだな」
随分と上機嫌っすね。まあこれなら期待通りの活躍をしてくれそうっす。
「抜かりなくっす。にしても、言峰綺礼。あんたは本当に衛宮切嗣と戦うつもりっすか?」
「ああ。私が衛宮切嗣を知った時に感じたものの正体を知るにはいい機会だと思ってな」
「まあ、マスターであるあんたのすることを止める気はないっすけどね。サーヴァントは俺たちに任せて頑張ってほしいっす」
冬木会館内部はとっくにアサシンズによって改造済みっす。
『人心掌握術』と『心理学術』の専業スキルを持つアサシンによって、言峰綺礼が待機させている部屋に無意識にむかいたくなるように装飾をいじっているっすから、おそらく衛宮切嗣は誘導できるはずっす。
精神面がボロボロであり、一般的な心理と最もかけ離れているはずの間桐雁夜がそこまで行ってしまう心配はほぼ皆無でもあるからほぼ安心っすね。
聖杯を設置したのは市民会館のコンサートホール。
聖杯からいつ泥が溢れてくるかわからない以上、サーヴァントであるアサシンが触れるのは危ないと思ったっす。だから、遠坂邸前に止めたトラックまでは言峰綺礼に運んでもらって、馬術アサシンさんがトラックを運転し、市民開館前まで運んできたっす。最後は言峰綺礼に再び頼んだっすけど。
聖杯といえば……俺は今朝、魔術師アサシンさんに頼んで体内に一個の礼装が仕込んで貰ったんすよね。
『
『
まあおそらく発動させるようなことはないと思うっすけど。
セイバーが市民会館の地下駐車場に入ろうとするのを俺は霊体化した状態で見るっす。
ちなみにセイバーは原作のようにバイクに乗っているわけではないっす。衛宮切嗣からバイクを貰う暇がなかったんすかね?
バイクがないのにわざわざ駐車場に乗り込もうとしているのは、バーサーカーが周囲に気配を振りまいているからっす。
まだ衛宮切嗣も来ていないっすからしっかりと見張れそうっすね。
セイバーがスーツから甲冑姿になり、剣を構え地下駐車場に入るセイバー。そこに……
真正面からものすごい速さで突撃してくるのは、宝具『
まあ、ものすごい速さって言ってもバーサーカーが駐車場内に停めてあったスポーツカーを『
アサシンの一部が改造して車体の前方部に刃物を大量にくっつけて、一応武器として見れるようにしておいたんすけど気に入ってくれたようで何よりっすね。
「A――urrrrrr!!」
「ッ!?」
セイバーはつっこんでくる宝具カーを横に跳んで避けるっす。宝具カーはバーサーカーを乗せたまま地下駐車場の外に飛び出して行ったっすね。
といってもわかりやすい爆発音も聞こえないっすから、おそらく高速でUターンして戻ってくると思うっすけど。
おっと、セイバーが剣を構えたっすね(
「A――urrrrrrrrrrrrrr!!」
「
セイバーは外から再び突っ込んできた宝具カーに向けて
しかし、跳躍して風の塊を躱したバーサーカーはその勢いのままに右手に持った宝具化した鉄パイプを使って殴り掛かるっす。
それを聖剣で受け止め弾くセイバー。そして……。
「ザイード」
敵サーヴァント二人に見つからないような位置に実体化しつつ話しかけてきたのは姉御アサシンさんっすね。勿論、気配遮断は使っているっす。
俺もサーヴァント二人から隠れる位置に実体化するっす。
「どうしたんすか?」
「セイバーのマスターが来たようだ」
「わかったっす。すぐ向かうっすよ」
「この場はどうする?」
「セイバーとバーサーカーの戦闘の見張りを任せるっすよ。あのバーサーカーが剣らしきものを出すかセイバーを追いつめた時にはこれを使って……まあ、さっき説明した通りっす」
「了解した」
さて、この場は姉御アサシンさんに任せて行くっすよ。
セイバーとバーサーカーは駐車場にて激しく打ち合っていた。
再び
ここで、セイバーは疑問に思い始めていた。
操車場でアサシンにアイリスフィールをさらわれた際、追いかけようとしたセイバーはバーサーカーに足止めされた。
その時のバーサーカーは、今と同じような鉄パイプを使って殴り掛かってきたのだ。
セイバーは操車場で不可視の剣の正体、聖剣『エクスカリバー』姿を一度もバーサーカーに見せていない。
にもかかわらず、不可視の剣の間合いを知っているかのように迷いもなくバーサーカーは殴り掛かってきた。
そして今、バーサーカーは操車場の時と同じように鉄パイプを宝具化して殴り掛かってきている。
(このサーヴァントは私を知っている?)
操車場でアサシンを見失った瞬間にバーサーカーは標的をセイバーに変えたこと。
不可視の剣の間合いを知っている者にしかできないような攻撃を行ってきたこと。
そして、セイバーのAランクの『直感』がそういう考えを導き出した。
バーサーカーの攻撃を受けつつ、反撃の機会をうかがうセイバー。
ほぼ拮抗した戦況は不可視の剣と鉄パイプが数回打ち合った直後に動き出す。
動かしたのはバーサーカー。
セイバーを苛烈に攻め立てていた攻撃の中で一度放たれる甘い攻撃。左腕一本で斜めに殴りつけるような軌道。
その甘い攻撃を見逃さずセイバーではなく、鉄パイプを粉砕すべく不可視の剣を切り上げる。
その結果、セイバーの不可視の剣は宝具化した鉄パイプと打ち合い、そのまま両断した。
(!?)
しかし、その瞬間にセイバーの持つAランクの『直感』が危機を知らせる。
その直感に従い、後ろに跳び退こうとするセイバー。
しかし、それよりも早く、バーサーカーは隠し持っていたナイフをセイバーの右太腿に突き刺す。
「ッ!」
痛みにうめきつつもセイバーは振り上げていた不可視の剣をバーサーカーの脳天にへ向け振り下ろす。
だが、バーサーカーは不可視の剣が頭を覆う甲冑にあたると同時に白羽どりにして致命傷を防いだ。
本来ならあり得ないことだった。
振るわれたのが普通の武器であったとしても、言うまでもなく白羽どりは困難な技である。
しかもそれをセイバークラスの達人が振り下ろす不可視の剣に対して行うとはまさに達人中の達人。相当な逸話を残した武人に違いないことを暗に示していた。
セイバーはバーサーカーを左足で蹴りつけ不可視の剣からバーサーカーの手を無理やり引きはがす。
距離が開く。
セイバーの右足にはナイフが刺さったままであり、これはセイバーの機動力はほぼ封じられていることを意味する。
一方のバーサーカーは両断された鉄パイプを白羽どりを行うために投げ捨てており、ナイフもセイバーに持っていかれたため既に武器は持っていない。
再び拮抗した状況。
そんな中、打ち合う中生まれた疑問を晴らすべく、セイバーは剣を構えたまま問う。
「貴様の武芸、生前はさぞ名のある騎士であったと見込み問おう。私はブリテンの王アルトリア・ペンドラゴン。貴様も騎士ならば我が名乗りに応じてその来歴を明かすがいい!」
その問いに応じるように、あるいは嘲笑うかのように放たれたバーサーカーのかすかな笑い声。
その正体を隠す役割を持っていた、バーサーカーの宝具『
「貴方は……!?」
黒い霧によって隠されていた漆黒の騎士甲冑の形状はセイバーのよく知る騎士の物だった。
宝具『
セイバーの目から涙が流れる。
そもそも、セイバーは自らの治めていた国、ブリテンの滅びの運命を変えるために参加した。
誰もが正しくあろうとした結果がブリテンという国の滅びへと繋がってしまったというなら。正しい道を進んだ先にあったのが決して正しくない結末だったというなら、それは運がなかったから以外に考えられなかった。
その運命を覆すためならば、そう思い戦い続けた。
しかし、
「Ar……thur……」
今、目の前で正体を現した騎士はそう思っていなかったのか。
『完璧なる騎士』とまで謳われたその騎士は『バーサーカー』のクラスに身を堕とすほどに彼女を、セイバーを恨んでいたのか。
握られた剣の名は『
セイバーの『
「貴方はそんなにも私が憎かったのか!?サー・ランスロット!!」
バーサーカー、『湖の騎士』ランスロット。
セイバーが最も信頼していた騎士の中の一人が死してなお自分を恨み続けていたという事実。
それを理解した瞬間、セイバーの心は折れており、もはや決着がどうなるのかはだれの目に見ても明らかだ。
「Arthurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」
『湖の騎士』ランスロットは叫び……セイバーに斬りかかった。
僅かに残った意志で剣を動かしセイバーはそれを受ける。
武器が鉄パイプだった時とは比べ物にならないほど苛烈に二度目、三度目の攻撃を放つバーサーカー。
セイバーは五度目の攻撃を受けきれず吹き飛ばされる。
それをバーサーカーは追撃しようとし………………その場で停止した。
『こっちは仕留めたがそっちはどうじゃ?』
「こちらも止まりました」
地下駐車場の端から、セイバーとバーサーカーの戦いを眺めていたアサシン、ザイードからは姉御アサシンと呼ばれている女アサシンの手には通信機が握られていた。
通信の相手は『暗殺術』の専業スキルを持つ老人アサシン。
セイバーと戦っていたバーサーカーの動きが止まったのはこの二人が原因だった。
バーサーカーが『
指示は簡潔で『バーサーカーのマスターを暗殺しろ』というもの。
その指示を受けた、老人アサシンは事前に暗殺の準備はすでに終えていたため、一瞬でバーサーカーのマスター、間桐雁夜の暗殺に成功した。
(まあ、まさか近代兵器に頼ることになるとは思っていませんでしたが)
以前、セイバーのマスターから奪っていた狙撃銃。
老人アサシンはこれを使って間桐雁夜の心臓を気づかれることなく撃ち抜いたのだ。
無論、これは老人アサシンの判断でも、姉御アサシンの判断でもない。作戦考案者であるザイードの指示に従っただけである。
令呪を持つマスターに対し、普通に接近して暗殺をするのは愚策。ならば殺されそうであると感づかれる前に暗殺すればいい。
そのための道具として狙撃銃は最適の武器であった。
姉御アサシンがふとセイバーの方へ目を向けると、セイバーの不可視の剣がバーサーカーの甲冑の腹部を貫いていた。
姉御アサシンはセイバーが涙を流しながら何かを呟いたのを見た。
バーサーカーが消えていく。
通信機に向け姉御アサシンは言う。
「これでバーサーカーも脱落ですね。あなたは聖杯の警護に加わってください。私は引き続きセイバーの監視をします」
『了解した』
通信が途切れる。
セイバーは今後の戦いのため傷を癒やそうとしているのか、その場に蹲った。
セイバーは知らない。自分とアサシン以外のサーヴァントとそのマスターが全員退場していることを。
沈黙の中、地下駐車場にはセイバーのすすり泣く声だけが響いていた。
たくヲです。
バーサーカー陣営脱落。
ザイードの出番が……。
割とどうでもいいことですが、姉御アサシンさんの専業スキルは『人心掌握術』です。
これからも『ザイードに憑依して暗殺王を目指す!?』をよろしくお願いします。