聖杯の泥の内側。呪いの声。
殺せ怨め嫉妬消え去れ散れ失せ傲慢壊れ餓え堕ち憤怒滅べ狂い罪犯し嘲笑え蔑み嘘憎い妬み虚飾生喰らい暴れ鬱生争い倒せ潰せ呪え強欲堕し虚ろに裂け堕落恐れ偽死ね……
悪意。それが聖杯の泥を端的に表した言葉だった。
焼殺刺殺爆殺絞殺斬殺射殺撲殺惨殺圧殺殴殺生凍死溺死感電死生出血死死死死死死死死死死死殺死殺使殺使殺殺殺殺殺殺殺殺殺悪殺悪殺悪殺悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪生悪悪悪悪悪生悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪生悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪
聖杯の泥は違和感に気が付く。
死と悪が渦巻くこの泥の中に、生に傾倒した存在を感じ取る。
悪死悪死悪死悪死悪悪死悪死死悪死悪死悪死悪死悪悪死悪死悪死悪悪悪生悪悪悪悪悪悪死死悪悪悪死悪悪悪悪悪死悪悪悪悪悪悪生悪悪悪悪悪生悪悪悪死悪悪死悪悪生悪悪死悪死悪死悪悪死悪生悪悪悪死悪死生悪悪死悪悪悪悪悪死悪悪悪悪悪殺生悪生悪生悪生悪生悪生生生殺生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生
飲まれている。喰われている。
呪いの声は、聖杯の泥はそう理解する。
何者かによって、死と悪意が生に塗り替わっていく。
あらゆるものを汚染する死と悪意の泥を、飲み干し、喰らい、汚染する。
そのたびに何者か自身の生を増幅させていく。
――とりあえず……
『
――みんなを返してもらうっすよ……
死と悪意の泥は呪いの声を以て問いかける。貴様は何だ、と。
『
――そうっすね……
その瞬間、泥は気付いてしまった。
死と悪意の泥はその内部に他者の……『個』の存在を許さない。汚染し死と悪意の泥という『全』に取り込んでいく。
その中に現れた、泥によって汚染できなかった『それ』は、すなわち泥が自身の中に認めてしまった他者に他ならない。
――
なるほどっす。
どうやら俺は聖杯の泥から吐き出されたようっすね。
まあ、概ね計画通りとは言っても骨の折れる作業だったっす。
聖杯の泥の汚染に耐えきれず、魔力の泥に還元されてしまった他の人格たちを、泥の中で見つけては飲み干し、見つけては飲み干し。
何とか全部の人格の泥を取り込んだのはいいんすけど……こりゃあ駄目っすね。
人格は崩壊し、『専科百般』スキルで振るっていた専業スキルだけになってしまっているっす。
それに全部取り込んだと言っても、不定形の泥の中に取り込まれている時点で、魔力の泥になってしまった人格は他の泥と溶け合ってしまったっすからね。
今の俺のステータスは、『百の貌のハサン』が宝具を使用する前の単一状態よりも低くなっているっぽいっすね。
まあ、生きているだけ重畳っす。受肉もできてるようっすし。
しかし魔力のパスが復活しているのはどういうことっすかね?
まさか言峰綺礼が復活しているってことかもしれないっす。
『起源弾』によって魔術回路がほぼ全滅しているはずの言峰綺礼が、俺に魔力を供給できているのは疑問ではあるっすけど。
原作通り、自分のサーヴァントが聖杯の泥を浴び受肉したから、泥が心臓代わりに復活ってことっすか?
魔力の供給に関しては、『切って』『嗣がれた』魔術回路を泥が一度ほどき、泥が延長コードみたいに機能したんすかね?
もしくは魔力の塊である泥をそのまま魔術回路がわりにしたとかっすか?
まあどっちでもいいっす。
さて……これからどうするっすかね?
まずは泥に飲まれたせいで、失った服っすね。警察の厄介になるのは、あまり歓迎できないっす。
どこかで適当な物を仕入れる必要があるっす。
次に言峰綺礼。
聖杯の泥のせいか周りは大火災っすし、建物が崩れたことによる瓦礫も酷いっす。
これじゃあ、いつ言峰綺礼が炎に飲まれるか解らないっすし、さっさと言峰綺礼を探すっすよ。
俺が受肉している以上、言峰綺礼がいなくてもこの世に留まれるかもしれないっすけど、もし留まることができなければ……。
生き残ったと思ったらすぐ死亡とかシャレにならないっすからねえ。
言峰綺礼は案外早く見つかったっす。
まあ、衛宮切嗣に撃たれて倒れていた場所の瓦礫をどかしてみたら出てきたんすけど。
近くに黒いカーテンが燃えずに残っていたのも見つけたっすから、穴を開けて腕を通せるようにして、余計な部分を瓦礫を使って切り取って、服も作ったっす。まあ、針と糸もないっすから、頼りないっすけど。
これで警察の厄介になることもない……ことを祈るっすよ。
言峰綺礼が目覚めるっす。何が起こったのかわからないって感じっすね。
「起きたっすか?」
「ここは……?」
言峰綺礼は不思議そうに俺を見るっす。
「お前は……アサシンか?」
ああ、そういえば、いつものあの髑髏仮面がなかったっす。
「そのとおりっす。アサシン『百の貌のハサン』の人格の一つだった男っす」
「だった?」
「今は唯一無二のザイードという個人っす」
「……なにがあった?私は確かにあの時……」
記憶が混乱している、というより何故自分が生きのびているのか解らないって顔っすね。
「なら、自分の心臓に手を当てて考えてみるといいっす」
「……鼓動が、ない?」
「俺にもよくわからないっすけど、あんたは今、死にながらにして生きているようっす。おそらく俺が聖杯の泥を浴びたからだと思うっすけどね」
「……」
「聖杯戦争は終結し、生き延びている陣営は俺とあんたの所属するアサシン陣営のみっす。つまり、聖杯戦争の勝者は我々っす。そして、勝者の願いを叶える聖杯はあんたの願いを叶えたはずっす」
言峰綺礼が周囲を見渡そうとするっす。
「よく見ておくといいっす。それがあんたの願望、あんたの求める景色っす」
建造物は全て倒壊。聖杯の泥によって発生した火災は未だ衰える気配を見せないっす。
「……これが私の願望?」
炎が倒れた人々の亡骸を焼く。人脂の焼ける臭いが鼻をつくっす。
「はははッ!まさか、私のような歪んだ存在があの言峰璃正の息子として生まれたと?なるほど、今まで見つからないわけだ!ははははっ、これが私の人生の解答というわけか!」
言峰綺礼は笑う。
「今度こそ、答えは得られたっすか?」
笑いを止めたのを見計らって、俺は言峰綺礼に話しかけたっす。
「確かに答えは得られた。だがな、私はまだ理解していない。なぜ、このような歪みきった魂を持つモノが生まれたのか、ということをな。私は私という存在が生まれた意味を、理を探さなくてはならん。私の偽りの命が尽きるまでに」
なるほどっす。まあ俺としても言峰綺礼が死ぬのは困るっすから……
「なら、俺も手伝うっすよ。俺はあんたは死ねば、魔力供給が途絶え死ぬかもしれないっす。あんたは聖杯の泥が俺経由で逆流して蘇ったんすから、俺が死ねばあんたも死ぬかもしれないっす。もはや、俺とあんたは一蓮托生。あんたの生まれた意味に対する問いかけ。付き合わせてもらうっすよ?」
言峰綺礼は笑いの残滓が残ったままの顔で考えるっす。
「……それならば、これからも私に協力してもらおう。よろしく頼む、
「こちらこそよろしく頼むっすよ、言峰綺礼」
言峰綺礼が立ち上がり、こちらに手を差し伸べてきたっす。
?……ああ、そういうことっすか。言峰綺礼はそういうことするキャラだったっすか?
まあ、利用価値としての関係……というより、友人関係のスタートとしては悪くないんじゃないっすかね。
そう思いながら、俺は言峰綺礼と握手を交わしたっす。
たくヲです。
聖杯戦争終結。
および、奇妙な友人関係。
次回、後日談およびザイードのステータスを書きますので、見ていただければ幸いです。
『ザイードに憑依して暗殺王を目指す』をよろしくお願いします。