もうしばらくのあいだこのような状況が続きます。
トリエが倒れた。
たったそれだけのことで、世界が閉ざされたように感じた。
眠っているだけと嘘をついたが。
勘のいい何人かは、気づいていた。
あの子の限界に。
二人きりにしてもらったが、それが良かったのかはわからない。
結局、こうなることは、決定事項に等しい。
あの機体に乗せた時点で、決まりきった結論だったのだ。
例えトリエの目が覚めたとしてもそれは、ロウソクの最後の灯火。
それでも、もし、もし目が覚めたとして、あの子が願うのなら。
私は、あの子を生まれた場所に返すこともできるのだ。
あの子が、あの子である限り。
私には不可能でも、あの子には可能だ。
残酷だろうか、わがままだろうか。
私にその結論を出すことはできない。
私が優柔不断だからなのかもしれない。
もうすぐ銃口は、彼らに向けられる。
その時、私がこの子になろう。
それが最善だと私は考えていた。
自分は、それは失敗するかもしれないなと片隅で思っていた。
理由などわかりきっている。だから、決して語られることはない。
「……ん」
「トリエ、気がついたのですか?」
ゆっくりと、しかし確実に彼女の目が開く。
だが、その目に――命を感じることはない。
目を開いたこと、それ自体が奇跡なのだ。
それ以上を望んでも意味の無いことだ。
たから、彼女は聞いた――
「続きを見たいですか?」
それを卑怯と言えるのか、言えないのかは定かでない。
一つ言えることがあるのなら、彼女は、ゆっくりとしかし確かに――頷いた。
合体を強行し、失敗するやいなやその本性を顕わにし、止めを刺そうとした――
その瞬間、オープンチャンネルで二人の声が聞こえてきた。
疑問を浮かべながら、しかし誰一人として、その声を聞き流すことなどできなかった。
『大丈夫ですか、トリエ?』
『うん、大丈夫。……つらく無い? レギオ』
それは、二人の声。
どちらも苦しそうに声をだしている。
片方は精神的に、もう片方は肉体的に。
どちらも痛みを抱え、しかしそのことを決して相手には知らせまいとするつよがりが、二人の会話にはあった。お互いに強がりは見抜かれているのにも関わらず。けれども、どちらもそのことを伝えない。
それは意地なのかもしれない。それは、互いの優しさなのかもしれない。
真実は分からず。しかし、決して切れない縁というものがそこにはあった。
二人の会話はなお続く――
『辛くありません、あなたを背負うことくらい』
『重くないよね』
『ええ、軽いくらいです。もっと食べないと』
『そうだね、もっと食べたかったよ』
『っ!』
『勘違いしちゃダメ。私は私、あなたはあなた。例え、名と機体を返すのだとしても――あなたは私になっちゃいけない』
『……』
『あなたは、あなたのディー・トリエルでいて。決して今の
『気づいていたんですか?』
『気づかれないと思う方が、ありえないよ。あなたが私の親に当たる存在だとしても、子が親の思いを理解できないという決まりごとはないからね』
『でも、それを実行できるとは思わないんですか? 現に私たちだけです。この会話を聞いているのは』
『本当にそう思ってるの? あなたも私もディー・トリエル――証人がいないのなら、作ればいいとは考えなかった?』
『――オープンチャンネル!! いつから?!』
『この機体に乗った時からだよ。大丈夫』
その言葉にほっと一息つき、そのまま彼女は続けた。
『感謝します……こんな、こんな失敗だらけの私に、私をつらぬけというのですか。あなたは』
『私のディー・トリエルという物語を続けて欲しいんじゃない。あなたの――あなた自身のディー・トリエルという物語が見たいの』
『でも、あなたに――』
『負い目にするな!! 免罪符にするな!! 私が、私という存在が確かに今ここにいて。あなたも、あなた自身もここにいる。私の物語は閉じても、あなたのディー・トリエルが新しい物語を紡ぐの。それはだれかの二週目なんかじゃない。自分の物語の続きじゃない。自分とあなたの二人で紡ぐ物語を見させて』
『……わかった。わかったよ。そうだね、そうだよね。私は贖罪の気持ちであなたに成り代わろうとしていた。でもそれじゃ意味がないんだね』
『そう、意味がない。俺という存在がこんな無意味なことをさせたんだ』
『自分は怖かったの?』
『ああ、怖かった。物語に関わるのが、そして、強大な敵に立ち向かうのが。そう考えてしまったんだ。きっと心の奥底で』
『それを私は実現した、私という存在は、自分から分岐している。私の前に自分がいる。幼さの象徴、それは考えなしの子供。そして、思考が行動につながる直列型。だから――』
『二人とも気にする必要はない。仕方ないから――怖かったんだよね。誰もいなくなるのが、親しくなった人が死んでゆくのが。でも――』
言葉が一度途切れる。そして――
『――それを、受け入れて、そこからが始まり』
言葉を紡ぎ終えると同時に、彼女の体が光の粒子となって飛び散った。
『わかった。私/俺は、ディー・トリエルの名を取り戻し、あなた/君に見せよう/てあげる』
目から光が消える。しかし、それは力強くまた、命の息吹が感じられる。
『フェイクアーマー、チェンジ、モードSフリーダム!!』
『私/俺の物語を。あなた/君の物語にすこしでも、光が当たるように』
後ろは見ない、もうその席に誰も座っていないから。
ただ前だけを見据える。
「GNゲート、オープン!」
射出されたドラグーンが、円を描く。向こうに見える景色が、格納庫とは違う景色になる。
「念動集中、フリーダムレギリオン。発進!!」
ゲートの向こうへと、その機体は飛び去ってゆく。
ゲートが消えると同時に、ドラグーンが飛翔する。
「ドラグーンをファンドラグーンと改名。以降半自立攻撃を開始。目標、R―GUN!!」
その言葉とともに、遠隔兵器は、その男のもとへと集う。
散発的ながら、隙のない攻撃は、決して彼女への攻撃を許さない。
そうしているうちに追いついた。
「あなた/お前は、いったい、何を、やっているんですか/だよ!」
追いつくと同時に、踏み込みで地面を揺らす。
軽くバランスの崩れた、その機体に、容赦のない連撃。
正拳、フック、さらに近づいて頭突き、よろめいたところへのソバット。
フリーダムというモビルスーツには、いささか似合わないと思いながらも、さらなる追撃を加えようとしたとき――
『フフフ……ほかへとやっていた、無人機が潰されたようだな。どうする、私にばかりかまけている暇はないのではないか?』
勢いが削がれたことで、彼は体制を立て直し、近距離戦を避けるように、離れてゆく。
立ち止まったままのSフリーダムに不信感を覚えていたが、その銃口をコックピットがあると思われる位置に正確に狙いをつけ、引き金が引かれようとした、その瞬間だった。
『レギオン。私は、そう名乗っていたんですよ』
『何が言いたい』
『レギオンとは軍団です。孤独な軍団ではありました。――が、今この瞬間を以てレギオンはレギオン足り得るのです!!』
疑問に思う間もなく、日本海より多数の機体をレーダーが感知する。
オペレーターの言葉に、艦長含め、この場にいた誰もが驚愕した。
「機体照合完了、新たに出現した十機全て、ブルーバードです!!」
紛れもなくフリーダム、その機体だった。
『さあ、イングラム少佐。第二ラウンドの開始です』
裏切りの銃口と片翼を失い名を取り戻した試作の第二ラウンドが始まる。
第二ラウンドですがあっさりめかもしれません。
ようやくここまできました。