これが本当のヒュウガ戦です!   作:バルブ

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MM持たない頃の霧を文章で動かすのって難しい……



01.閑やかな隣人たち

「本艦はこれより、大戦艦ヒュウガを撃沈する」

 

 ブリッジ内に満ちるセンサー機器のビープ音に混じって、クルーの息をのむ音が抜けた。

 

 すぐさま反応したのは火器管制担当の橿原杏平で、椅子ごと後ろへ身体を向けると、一段高い位置にあるキャプテンシートに座るひとりの少年に言葉を投げる。

 

「お、おいおい、冗談だろ群像?」

 

 キャプテンシートに座りブリッジを見下ろすのはこの艦の艦長である千早群像。年齢は17という、まだまだ子供であるが、その瞳に宿る光が冗談ではないということを告げていた。

 

「……マジかよ。相手は大戦艦様だぜ。しかも巡航艦隊旗艦だ」

 

「わかっている」

 

 杏平の言葉に短く返し、群像は隣の台に座る青い髪をした少女の方を向く。

 

「イオナ、ヒュウガの詳細を出してくれ」

 

「わかった」

 

 イオナと呼ばれた少女は、正面のモニターに視線をやる。その瞬間虹彩にノイズが走り、直後モニターに大戦艦ヒュウガの六面図と各種スペックを表す数値が映し出された。

 

「やつは第二巡航艦隊の旗艦だ。自身も強力な装備を有しているし、周囲を常時40隻以上の霧が固めている。今までの様にはいかないぞ」

 

 イオナは目を細めると、促すようなゆっくりとした口調で群像を窘める。それに同調するようにイオナを挟んで反対側に座る副長の織部僧、モニター越しからではあるが機関・技術担当の四月一日いおりからも考え直す旨の言葉が投げかけられる。そんな中ひとり沈黙を通す少女、ソナー・センサー担当の響真瑠璃は、悲しげな表情で艦長たる群像を見上げると、何かを振り切るようにして自身のデスク上のモニターに視線を戻した。

 

 しかしそれらのクルーの言葉を先ほどと同じ言葉で受け流し、群像は再度口にする。

 

「――本艦はこれより、霧の第二巡航艦隊旗艦・ヒュウガを撃沈する」

 

 

 

 

 

 波涛を裂きつつ進む蒼の船体。

 

 イ401と呼ばれるこの艦は、人類が作ったものではない。

 

 21世紀初頭に突如として海洋に現れ、瞬く間に人類を海から駆逐した謎の艦艇群。そのうちの一隻がこのイ401であり、しかしこの艦は人類に敵対することなく、自身を人類に委ねている。

 

「なにをしている?」

 

 甲板に設けられた手すりに腰を預け、海空を見上げていた群像の元にイオナが小さな足取りでやってきた。風に流された艶やかな銀色の髪を耳にかけ直すと、真っ直ぐに群像の瞳を見据える。

 

「考えていたんだ」

 

「そうか」

 

 イオナは群像の隣にまで来ると、同じようにして手すりに背中を預ける。そうしてしばらく風を全身に受けたのち、小さくぽつりと漏らす。

 

「焦っているのか?」

 

 イオナが言っているのは先ほど群像が提案したヒュウガ撃沈案である。口にはしないがクルーの誰もがその案に少なくない不安を抱いており、そのことは群像もよく分かっている。普段の群像であればそもそもこのような作戦を立てることはないが、しかし今の彼にはそれしか選択肢はないのである。

 

「そう……かもな。俺は焦っているのかもしれない」

 

 遠くを飛んでいる海鳥を見やると、細い溜息を漏らす群像。そんな群像を見てイオナもつられるようにして長い息を吐く。

 

「――私は群像、お前の艦だ。やれというなら結果を示してやる。しかしこれだけは言わせてくれ。迷いは、焦りは見えているものまで覆ってしまうぞ。一度立ち止まって振り返ってみろ」

 

 それだけ言うと、イオナは中へと戻っていく。

 

 辛辣な言葉に、群像は下唇を噛んだ。

 

「……群像君」

 

 突然の声に、群像は振り向く。そこには25mm3連装機銃に体を半分隠すようにしてクリーム色のパーカーと黒のパンツを穿いた少女が立っており、伏せ見がちに群像を見ると、一歩、その足を群像のいる方へと踏み出した。

 

「……響か」

 

「もう、半年だね。あれから」

 

 響の脳裏に浮かぶのは半年前、横須賀で起こったある事件のことである。これによりイ401とそのクルー、千早群像・織部僧・橿原杏平・響真瑠璃の4名は出奔せざるを得なくなった。

 

「私、いまでも間違ってたとは思わない。あの時群像君が動かなければ、横須賀は、学院は……」

 

「やめてくれ、響。あれは俺が招いたことだ。俺は自分の間違いに自分で幕を引いた。そしてお前たちを巻き込んでしまった」

 

 群像はそうして視線を落とし、それに倣うようにして響も甲板を見つめる。しばらく風と波の音だけが流れたのち、沈黙を破ったのは警戒を知らせるブリッジからのコールであった。

 

 

 

 

 

「海上を航行していた哨戒艦の動きに変化があった。どうもルートが変更されたらしい」

 

 ブリッジに戻ったふたりに、イオナが状況の説明をする。

 

 正面モニターには東シナ海の俯瞰地図が映し出されており、地図に重ねられるようにして第二巡航艦隊所属の哨戒艦隊の航行ルートが表示されていた。

 

「定期的にルートは変更されてはいるが、前回の変更はつい6時間前だ。早すぎる」

 

 イオナの言葉に、副長である織部僧が返す。

 

「我々の動きが察知されたのでしょうか?」

 

「わからない。響、艦種特定できるか?」

 

 すぐさま音紋の特定に取り掛かる響。

 

 霧の艦艇が動力源としている重力子機関には、艦種ごとに異なった数やパターンが当てられているため、機関音を解析することである程度艦艇を特定することができるのだ。

 

「……解析中です。速報値ですが」

 

「構わない。出してくれ」

 

 頷きデスク上のキーボードを操作する響。

 

 ブリッジ正面モニターに解析された霧の哨戒艦の情報が映し出される。

 

「機関音と、事前にイオナから提供されていた第二巡航艦隊の編成表から推測したものです。艦隊構成艦は全12隻。軽巡洋艦センダイを旗艦とし以下を駆逐艦が固めています」

 

 モニター上には、暫定特定された12隻の霧の情報が出されている。今までの哨戒活動は駆逐艦数隻程度の小さな艦隊で行われていたことから考えても、軽巡洋艦を旗艦としたこの大規模艦隊は従来の哨戒活動が主任務ではないということを告げていた。

 

「群像……」

 

 隣でイオナが呟く。

 

「ああ。狩りが始まったんだ。いおり! 機関停止。潮流に乗って無音潜航だ」

 

 群像の瞳には、モニター上中央。幾重にも重なった艦隊の真ん中に静かに存在する一隻の戦艦だけが映っていた。

 

 

 

 

 

 鹿児島沖20㎞。

 

 立ち込める濃霧の中から、滲むように様々な色彩が染み出してくる。

 

 そうして姿を現したのは霧の東洋方面第二巡航艦隊旗艦ヒュウガ及び旗艦の護衛を務める重巡を中心とした護衛艦隊。

 

 陣形中央には、橙色のクレストパターンをその身に刻んだ巨大な船体が周りを守られるようにして航行しており、艦首部分に浮かぶ紋様は霧のシンボルマークだ。

 

『水雷戦隊の抽出編成完了。哨戒進路を変更しイ401の捜索に当たらせます』

 

 旗艦ヒュウガの右側12㎞の位置を並走する重巡洋艦タカオ。タカオは自身が旗艦を務める哨戒艦隊から対潜装備をした水雷戦隊を編成すると、完了した旨の情報を第二巡航艦隊内の共同戦術領域にアップロードする。

 

『こちらヒュウガ。了解。索敵を継続せよ』

 

 ヒュウガの言葉がネットワークに上げられる。同時に、艦橋部分に据えられた大戦艦ヒュウガのユニオンコアが、静かに輝いた。




文章書くの遅いです。
次はいつになるかな……

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