空母ヲ級運用指南 ~蜃気楼の海~   作:mafork

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【あらすじ】


 人類に友好的な深海棲艦、しかし彼女は空気の読めないお転婆だった。
 佐世保に輸送された後、拘束されていた彼女だが、隙を見て部屋を出てしまう。

 佐世保鎮守府は深海棲艦の脱走と言う前代未聞のトラブルを抱えることになった。




3-3.うそつき

 売店の店番は、その時間帯は山下チセ(48歳、パート従業員)が行うことになっていた。彼女はその時、商品の陳列を行っていた。

 鎮守府の酒保は外出できない艦娘のために相応の品ぞろえを誇っているが、慢性的な物資不足のため、どうしても品薄になるものがある。特に缶詰の類は前線により多く供出される上、容器に使う金属が不足しがちなため人気の割に品薄だ。

 だから、その時彼女は上機嫌だった。

 人気のある桃の缶詰が大量に入ったからだった。これで艦娘の子たちも喜ぶ。

 

「おや、まぁ。耳が早いこと」

 

 レジに戻った彼女が見たのは、その缶詰を手に取ってじっと見つめている少女だった。

 白いワンピースを着て、髪の毛まで真っ白だ。

 

(見たことない顔だねぇ)

 

 思っていると、少女が山下に気づいた。

 山下の顔がそのまま映るほどの、大きくて、茫洋とした目だ。体が硬直する。

 そんな山下の目の前で、少女は缶詰を両手で持ち、口づけするように口元へ持っていく。ばりん、と音がしたかと思うと、缶詰が、リンゴのように歯形の形で抉れていた。

 缶詰から汁が流れ落ちる。構うことなく、少女は『缶詰に』かぶり付く。

 バリン、バリン、と缶詰が中身ごと、周りの金属ごと少女の胃袋の中に消えていく。

 山下の足が震える。

 

「これなに」

 

「か、缶詰、だけど、桃の」

 

 少女はしばらく沈黙した。

 

「うま」

 

 山下は、言葉を出すことができない。

 

「か」

 

 少女はさらに続けた。言葉の一つ一つが聞きなれない発音で、ややもすると意味を見失ってしまいそうだった。

 

「かんむす?」

 

 違う違うと首を振る。

 

「かんむす どこ」

 

 少女が山下へ手を伸ばす。山下は反射的に港の方を指さした。

 彼女は部外者なので知らなかったが、指さした先は輸送船などが停泊する工廠の港で、艦娘の出撃がある鎮守府本棟の港とは別のものだった。

 

「そう」

 

 少女の顔がさらに接近し、山下は悲鳴を上げて卒倒した。

 レジの傍にあった小銭が散らばる。

 

「おかね」

 

 少女はそれらも拾うと、チョコレートのように口の中へ入れてしまった。

 やがて少女が立ち去ってしまうと、開けっ放しのレジから、防犯ブザーが誰もいなくなった売店に見当違いな警報を鳴らし始めた。

 

 

     *

 

 

 真夏の日差しに焼かれ、鎮守府の駐車場は足元から火が付くような熱気となっていた。

 赤煉瓦造のメインの建屋、その膝元であるため、軍用、民用、様々な車両が駐車スペースに鼻を並べている。それらは墓石のように沈黙し、自身もまた放射熱を発しながら日差しに耐えていた。

 そこに、一台だけ妙にくたびれた2Tトラックが停まっている。沖田達がいるのは、そのトラックが作る小さな日陰の中だった。

 

「こんなところです。提督との協議の結果、ヲ級(あいつ)の処遇が決まりました」

 

 沖田が赤松提督の提案を話すと、船員達は概ね好意的に受け止めた。

 

「よかったじゃないですか」

 

「これであいつの身柄も、とりあえずは安心だ」

 

 沖田は曖昧な頷きを返す。トラックの荷台に背を預け、疲労の籠った息を吐いた。

 今日呼び出されたのは沖田1人だったが、船員達もこのトラックを駆って、未だ鎮守府に留め置かれている回流丸へ行くことになっていた。ヲ級のゴタゴタがあったせいで、鎮守府で行うべき荷卸しがまだ終わっていないのだ。

 沖田達が不在の間も、細々と営業を続けていた本社から、今日稼動していないトラックを見繕っておっとり刀でやってきたのである。

 大柄な女性秘書、ハナも首肯した。

 

「もう、決定ということで?」

 

「ええ。付随する作業もありますから、他の船員にもそう伝達しておいてください」

 

「かしこまりました」

 

 沖田も頷く。だが彼には、気がかりなことがあった。

 赤松から受け取ったドラフト版の契約書を、封筒に戻しながら、言う。

 

「だが、これによって厄介な問題ができてしまった」

 

 船員達が首を傾げる。

 

「厄介な?」

 

「ええ」

 

 沖田は一同を見渡した。

 

「現状、佐世保でヲ級(あいつ)を降ろすという決定を、まだ本人だけが知らない」

 

 場から、会話が消えた。船員達が目配せをし合う。

 

「……その」

 

 恐る恐る、船員の一人が言った。

 

「言うんすか」

 

 沖田は沈黙した。

 細目であるため、口を真一文字に引き結ぶと、マッチ棒を並べたみたいな顔つきになる。

 

「かえってこじれるような」

 

「いや社長、ホントやめた方がいいと思いますよ? あいつ最近賢くなってきてるし、誤魔化すのも、今じゃ一苦労なんですから」

 

「分かってる。だが、その、なんだ」

 

 沖田は言葉を選んだ。

 

「我々は輸送会社。商品にまつわるトラブルの元は、引き渡しの前に解決しておくべきだと、思うのだが」

 

 今度は船員達が沈黙した。

 

「念のために言っておくが。黙って別れることに罪悪感を感じているわけではないぞ」

 

「はいはい」

 

 船員達は生返事だ。

 クマゼミの呑気な鳴き声が、べたつく潮風の中でいやに大きく聞こえる。軍の敷地内でぬくぬくと巨大に育ったのであろう、頭がいたくなるほどの大音響だ。

 船員の一人が、ぽつりと言った。

 

「……横須賀、行きたがってましたしね」

 

「だろう」

 

 だから漏らすなと言ったんだ、と沖田は毒づいた。

 工廠の方が騒がしい気がしたが、交渉と暑さで鈍った思考能力で、その先を想像することは難しかった。

 

 

     *

 

 

 日     時:8月13日16:04(明石標準時刻)

 作 戦 領 域:佐世保鎮守府 練習C海域

 コンディション:風東2、快晴、視程97、海上凪

 

 

 佐世保鎮守府の練習海域を、6隻の艦娘が単縦陣で航行している。

 中学生くらいに見える駆逐艦達を先頭にして、大人びた容姿の重巡、戦艦の艦娘が続いている。波の穏やかな湾内をのんびり進む様子は、訓練というより保護者同伴の遠足やピクニックのようだ。

 実際に、実戦さながらの猛特訓をやるというよりは、航行や基本的な艦隊運動のおさらいとしての色合いが強い、流してやるような内容だった。

 

「あー」

 

 駆逐艦『不知火』が先頭を航行していると、後ろから、同型艦兼親友でもある駆逐艦『陽炎』の声が来た。

 

「あー、暑いねぇ」

 

 不知火は眉をひそめる。航海が長時間に渡ることもあって、私語は禁止ではなかったが、訓練中の無駄口は褒められたものではない。

 仲の良い駆逐艦同士ならまだしも、不知火達の後ろには重巡や戦艦といったより上位の艦娘も続いているのだ。しかも、今は艦同士が間隔を狭めて一列に並ぶ、密集型の単縦陣で航行している。

 

「陽炎」

 

 案の定、重巡洋艦『那智』が私語を咎めた。女性としては低い声であるため、後ろから聞こえるだけですぐに分かる。彼女はこの艦隊の嚮導を務めている。

 

「私語は慎むように。後輩の駆逐艦に笑われるぞ」

 

「あ、すみません」

 

 陽炎が慌て、背筋をしゃんと伸ばす気配が伝わった。

 

「まったく、しっかりしてよね!」

 

「天津風、お前もだ」

 

「あっ」

 

 新米の駆逐艦『天津風』が呻いた。

 不知火は苦笑、悟られないように真正面を見つめ、訓練に励んでいる風を装う。

 

(確かに)

 

 陽炎ではないが、不知火もまた、暑いと思う。

 洋上では日差しを遮るものはない。これがひどくガブるほど海が荒れれば、むしろ肌寒く感じることさえあるのだが、湾の海は穏やかで、そこを行く船や艦娘は日差しに焼かれるしかない。艤装のアームから伸びる連装砲や魚雷管も、それ自体がすでに発砲直後のように熱を持ち、いい加減海水に漬けて熱を取りたい気分だった。

 周囲の水平線を観測しても、同じように訓練している艦娘は皆同様の有様だ。熱に揺らめく水平線は、それが自然現象によるものか、うだるような暑さによる主観的なものなのか、判然としない。

 

「あれは」

 

 その時、ふと不知火は呟いていた。

 水平線の付近に、黒いものが見える。大きさは、人型くらいだろうか。だが艦娘にしては、見覚えのない、歪なシルエットだ。

 

「不知火、急に速度を緩めるな」

 

 那智からの叱責。不知火は報告した。

 

「那智さん、方位0-8-3に、艦影」

 

「何? ああ、あれは――」

 

 那智は一瞬慌てたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「落ち着け。蜃気楼だ」

 

 言われ、不知火はようやく気がついた。

 確かに電探に何の感もないし、こんなところまで深海棲艦の侵入を許すことは、何重もの海防艦と艦娘の索敵網を考えればあり得ない。潜水艦であれば可能かもしれないが、敵がそうした潜水艦の戦略的な運用を試したことは聞いたことがなかった。

 海の上に揺らめく影。蜃気楼。

 温度のそれぞれ違う空気の層が光を捻じ曲げることで、彼方にいるものの姿が空に歪んで投影される現象だ。

 

「蜃気楼……」

 

 不知火は呟く。その内に、蜃気楼はゆらりと姿を揺らめかせると、徐々に薄くなり、消えてしまった。

 本当に幻だったのだろう。

 不知火は安堵した。

 

「深海棲艦かと、思いました」

 

「深海棲艦、ねぇ」

 

 陽炎が、また会話に割って入った。不知火は付け足す。

 

「深海棲艦も、こんな風に簡単に消えてくれればいいのに」

 

「おー、珍しいねぇ」

 

 今や、艦隊の足は完全に止まっていた。

 不知火が後ろを振り返ると、全身に砲台を取り付けた艤装の持ち主、戦艦『伊勢』が手で庇を作って水平線を見つめていた。

 

「今日も暑いからねぇ。帰って風呂入ったら、気持ちいいだろうなぁ」

 

「伊勢、あなたまで」

 

「いいじゃん。訓練もぼちぼち終わりでしょ。切り上げ時だよ」

 

 那智に、伊勢はからりとした笑みを向けた。

 確かに艦隊は、すでに鎮守府の岸が見える位置にまで差し掛かっている。

 

「お風呂」

 

 艦娘は職業軍人とはいえ、一皮むけば年若い少女だ。

 一度緊張の糸が途切れると、水中から上がって来たものが息継ぎをするように、次々と会話が生まれた。

 

「いいですねぇ。癒されますぅ」

 

「綾波……」

 

 那智が額を覆った。

 不知火は目線を向けられたので、肩をすくめて返しておいた。もはや訓練に戻れる雰囲気ではない。

 陽が傾くにはまだ時間があるが、今日の訓練課程は全て終えている。MI作戦に参加できなかった熟練艦で、新米の『天津風』を鍛えるという趣旨であったのだが、順調すぎて時間が余った。

 

「仕方ない。訓練終了、各自、鎮守府へ帰投せよ」

 

 那智の言葉に、わぁい、と声が連鎖した。

 駆逐艦には、実は訓練終了後の楽しみがある。それは、母港を目指すトップスピードを競う競争だ。

 不知火も当然やる。先頭にいて有利なので、むしろ率先してやる。

 

「不知火、行きます」

 

 両舷一杯。最大戦速。

 背負った艤装が凄まじい振動と音を発し、主機が踝を蹴りあげるような加速力を提供する。

 あっという間に、艦隊を突き放した。

 気を付けてねー、なんて伊勢の声も聞こえる。

 

「並んでからでしょ!? ずるくない!? ていうかずるい!」

 

 天津風の文句は、当然スルー。

 

「さすが、あたしの不知火。妥協なしだね」

 

 あらかじめ予期していたのか、陽炎が追いついた。綾波も普通についてきている。

 やはり天津風の練度はまだまだかな、などと思っていると、その彼女が声を上げた。

 

「ああ!」

 

 ちらりと後ろを振り返ると、天津風がよたよたと航行ながら、鎮守府の方を指していた。

 

「今! 今!」

 

「ははん。なるほど、天津風、考えたわね。私達の気を引いて、その内に追いつこうって肚でしょ」

 

「違うわよ陽炎! 今、人がいたの!」

 

「それは大変ですね」

 

「ちゃんと聞いて! 工廠の方に、変な人が!」

 

 変な? と天津風以外の3人の頭に疑問符が浮かんだ。

 代表して綾波が言う。

 

「どう変なんです?」

 

「と、とにかく鎮守府の人じゃなさそうなの! なんていうか、こう、ふわーとしてて、白い服着てて、ま、迷い込んだ感じで」

 

 それぞれの頭に、警戒感が生まれた。

 鎮守府は軍の施設であるため、中の情報は市井に対して遮断されている。一般に存在を公表されている艦娘もいるが、それも好ましくない。公表の結果、人間としての『名前』や『素性』が分かってしまうと、洋上で『船』としてふるまう上で色々と不都合が生じてしまうのだ。

 だがどこにも好き物はいるもので、できたばかりのデパートの屋上や、半島の反対側の山の上など、『穴場』を探して中身を写真に収めようとする者も少なくない。

 これは完全にイタチごっこで、中には鎮守府にまで迷い込んでしまう剛の者もいる。

 

「本当ですか?」

 

 綾波が真剣に問うた。

 

「本当よ、ほらあそこ!」

 

 天津風が指さす先に、何かが見えた。

 不知火は、一瞬それもまた蜃気楼かと思うた。

 白い、ふわりとした、ワンピースのような服を着ている。肌の色は白い。髪の毛も、白い。

 絵の中から抜け出てきたような、ひどく現実感の乏しい容姿だ。

 だが艦娘としての本能が、一瞬だけ警戒感と恐れを伝えた。

 

「ほらあれ! 外人さん、みたいな?」

 

 不知火と陽炎は、その正体を知っているだけに、沈黙するしかない。

 

「が、外人というか」

 

 人外というか。

 

「よく、見えません」

 

 一方、綾波の位置からだと、建物が影になってよく見えなかったようだ。

 幸運と言えるだろう。佐世保鎮守府が深海棲艦を鹵獲したことは鎮守府内にのみ公になっているが、どのような存在であるかまでは明らかにされていない。

 できるわけがない。

 深海棲艦に対して立ててきた、幾つかの重要な前提が崩壊する。

 これから各提督や軍令部が熾烈な取り合いを始めるであろう彼女の存在を明かすのは、あまりにも体面も悪いだろう。

 不知火は、陽炎と目を合わせる。彼女も、頷きを返す。

 不知火と陽炎の頭の中では、非常事態の文字が原色で輝いていた。

 

「えっと」

 

 もう一度よく見ようとする綾波を、陽炎が制した。

 

「綾波!」

 

「へ、はい」

 

「先行して、提督に侵入者がいると伝えて」

 

「え、でも」

 

「川内秘書艦には、あんたが一番話が早いでしょ!」

 

 綾波は、川内が率いる第3水雷戦隊の駆逐艦だった。なぜ今陽炎達と一緒にいるのかといえば、MI作戦で鎮守府全体が人不足になっており、純粋に艦隊を編成する人数が足りないのである。

 

「わ、分かりました」

 

 納得したのか、綾波が主機を一杯にして鎮守府へ向かっていく。無線は使わない。よほどの緊急事態でない限り、無線を使っては混線してひどいことになるからだ。

 とりあえず、綾波はそれで誤魔化せそうだ。川内が上手く処理してくれるだろう。

 問題は――

 

「あれ?」

 

 天津風が、不穏な声を発した。

 

「わたし、あれ、見たことある――?」

 

 不知火は、ちらりと陸地の方を見る。

 先ほどの白い人影は、建物の陰に紛れたのか、見えなくなってしまっていた。

 天津風が問う。

 

「ねぇあれって、変じゃない?」

 

 緘口令は、命令される口止めだ。命令は絶対だ。

 不知火は今更ながら、綾波と一緒に天津風も追い払った方がよかったと思った。だが、しかし、そうした場合天津風が都合の悪い事実を確信してしまう可能性もある。なにせ、彼女ははっきりと見ているのだ。

 

「ねぇ?」

 

 陽炎と不知火は困り果てた。困り果てた末、不知火は言う。

 

「……不知火は、見ていません」

 

「え?」

 

 陽炎も乗っかる。

 

「わ、私も。もういないし、み、み、見間違いだったのかなぁ」

 

 天津風が、まさに正気を疑う目つきをした。元来勝気な性格の子なのである。

 

「なに、あんたら?」

 

 不知火と陽炎は、それぞれ天津風の左右の足を掴んだ。絶妙な息で、フライパンのホットケーキをひっくり返すように、掴んだ足をくるりと返す。

 

「「いいから忘れろ!」」

 

 ばっしゃーん、と天津風は顔から海に突っ込んだ。

 

 

     *

 

 

 日     時:8月13日16:15(明石標準時刻)

 作 戦 領 域:佐世保鎮守府 佐世保航空隊 着艦訓練場

 コンディション:風東2、快晴、視程97、海上凪

 

 

 熊野は艤装を装着した

 艦娘と艤装との間には、明確なハードポイントがあるわけではない。缶と呼ばれる機関部は背負うだけだし、踝にスクリューの付いた靴、いわゆる『主機』も履くだけで動作する。ただし、艦娘本人が全くの生身というわけではない。

 体のどこかに、小さな鉄板を埋め込まれている。艤装と艦娘本人を、物理以外の要素で結んでいるそれは、『要石』と呼ばれている。沈んだ船体から採取された金属片だとか、その艦が竣工した場所から摂れるものだとか、正体に関する噂は絶えない。

 正式な説明によると、体温や心拍数、何よりも声を正確に読み取るための一種のセンサーであるらしいが、ほとんどの艦娘はそれだけの代物でないことは薄々察している。

 それが埋め込まれた辺りを傷つけられると、艦娘とはいえ復帰に大変な時間がかかるのだ。

 例えば、鈴谷のように。

 

(やめましょう)

 

 思いながら、熊野は缶を背負い、主機を履き、体を艤装になじませた。

 背中の、肩甲骨の下辺りに埋め込まれた鉄片を通して、脳内に重巡洋艦『熊野』の情報が流入する。

 竣工、進水。

 勝利と敗北。

 目を開けると、海がきらきらと輝いて見えた。

 凪いだ海に足を載せると、喜びのような気配と共に、主機が唸りを上げた。

 

≪気を付けてくださいねー!≫

 

 無線で、青葉の声が来た。付き合いがいい彼女は見送りに来てくれていた。

 岸の方に手を振って応えてから、熊野は事前の申請通りの針路を取り、単艦で練習海域へと向かう。

 陽はすでに傾いている。

 熊野の影は進行方向に向かって長く伸びている。

 航行する間、熊野は左腕の飛行甲板と、艦載機射出用のカタパルトを気にしていた。

 艤装はほとんどオーバーホールに近い状態で、ならし運転が必要だ。だが特に、熊野自身は早くこの飛行甲板の扱いに慣れる必要性を感じていた。

 熊野は、航空巡洋艦。

 索敵、爆撃、対潜哨戒、ありとあらゆる要素がこの水上機の運用にかかっている。

 早く慣れなくては。そして少しでも早く、鈴谷の敵を――。

 

「あら、珍しい」

 

 所定の海域に到着し、熊野が左腕の飛行甲板を水平に構えると、そう声をかけられた。

 航行中なので、首だけを回して声の方を見やる。

 熊野と並行して動いている艦娘がいる。

 長い銀の髪と、大型艦特有の大きな波しぶき。紅白の弓道装束と、黒い胸当て。胸当てには『シ』の文字があしらわれていた。

 熊野は目を丸くする。

 それは佐世保の中でも特に上位に位置する艦娘だったからだ。

 

「しょ、翔鶴さん」

 

 呼んで、熊野は船足を緩めた。

 翔鶴は小さく頷き、続ける。

 

「これから訓練?」

 

 熊野はとりあえず、頭の中の言葉遣いを上官に対するそれへと切り替えた。

 

「ええ。翔鶴さん、あなたも訓練ですか?」

 

 応えてから、熊野ははたと気づいた。

 航空母艦、特に正規空母は、重巡洋艦からしても格上の艦種だ。航空母艦は引っ張りだこなので、協同はあっても、熊野は彼女とまだ艦隊を組んだことはない。

 果たして、図らずも演習で禁じ手を使ってしまった自分を、彼女はどう捉えているか――。

 

「ああ」

 

 熊野の空気を察したのか、翔鶴は目じりを下げ、ポンと手を叩いた。

 

「演習のことなら、気にしないで。元々、正式なものではないわけだし。それと」

 

 遠目にも、鷹揚に笑っているのが分かる。

 

「翔鶴でいいわ。艦娘同士ですもの、これから一緒の艦隊になるかもしれないのだし、もっと軽い感じでいいわ」

 

 熊野は安心して、翔鶴の方へ舵を切った。

 機関が変速を告げる音を発する。艦隊行動になるので、背中の船灯も翔鶴に向けて変針を告げる信号を送っているだろう。

 

「翔鶴は、もうお終いですの?」

 

「ええ。訓練を積みたいけれど」

 

 並んで航行しながら、翔鶴は寂しそうに傾いた陽を眺めた。

 

「今からもう一回発着艦をやると、戻ってくる子が夜になるかもしれない。今は、私しか稼働状態の正規空母がいないのだし、無理はできないわ。質の良い燃料は、あまり無駄にはできないしね」

 

 翔鶴は切なそうに言った。

 確かに、と熊野は同意する。MI作戦で特に多く要された艦種は、航空母艦だ。そのため本土に残された空母の艦娘は、横須賀と呉に軽空母が数隻と、佐世保の翔鶴、そして瑞鶴だ。

 ただ瑞鶴に関しては、

 

「確か、瑞鶴は今は――」

 

「ええ。馬公泊地に転属中よ」

 

 翔鶴はため息を吐きた。

 

「瑞鶴、ちゃんとやれているかしら」

 

 翔鶴は、南の方の空を見つめた。

 艤装を使って瞬時に天測すると、どうも正確に馬公泊地の方向を見つめているようだった。よほど心配なのだろう。

 

「仲がよろしいのですわね」

 

 熊野は言う。

 翔鶴は頬を染めてはっとした。

 

「ああ、ごめんなさい。あの子のことになると、つい」

 

「いえ、姉妹艦は、大切な仲間。わたくしにもわかりますわ」

 

「そう言ってもらえると……でもあの子の場合、練度は問題ないのだけれど、ちょっと、その、血の気が多いというか」

 

「あらあら。それは頼もしいですわ」

 

「場合によるわ。横須賀にいた時も、危うく提督を爆撃するところだったのよ」

 

 熊野はぎょっとした

 そんな艦娘、いるのだろうか。

 だが艦娘の姉妹艦トークは、始まると長い。とある雷巡がいい例だ。翔鶴にもその気があると聞く。

 申し訳ないが、そろそろ自分の訓練を始めなければ。

 

「あら」

 

 熊野が左腕のカタパルトを触ると、翔鶴が珍しそうに目を瞬かせた。

 

「ごめんなさい、邪魔をしたかしら」

 

「いえ」

 

「……それ、カタパルトよね」

 

 つと、翔鶴は熊野の飛行甲板を指さした。姉の目から専門家の目になっている。

 

「……やっぱり、最上型のような新鋭艦でも、蒸気式はまだなのね。でも、火薬式だと慣れるまで手首を痛めるでしょう」

 

「ご存じなんですの?」

 

 翔鶴のような正規空母は、艦載機の発艦を和弓を模した艤装で行う。カタパルトの知識があるのは驚きだった。

 翔鶴は肩をすくめた。

 

「一応、艤装を作るときに、プランとしては試したのよ。艦娘の機構は実際の艦とは違うし、なんというか、やる気次第、みたいなところがあるでしょう」

 

 熊野は苦笑して頷いた。

 艦娘の艤装は、それ自体が旧い艦の記憶を持った擬似人格といわれる通り、時にスペック以上の力を発揮したり、酷い時には逆に全く役に立たなかったりもする。

 

「だから、今の技術でも、条件さえ揃えば艦爆や艦攻も飛ばせるかもっていう実験があったのよ。結局は、そこまで至らなかったけれど」

 

 使いどころが難しいのよね、と翔鶴は呟いた。熊野も同意する。

 

「発艦の練習ね?」

 

「はい」

 

「よければ、観測しましょうか」

 

 願ってもない申し出だった。航空機の扱いに関して、彼女ほど長けた艦娘はいない。

 

「お、お願いいたします」

 

「よかった。じゃあ、やってみて」

 

 翔鶴が舵を切り、熊野から離れる。

 熊野は水上機発艦の準備に入った。

 左腕を前に突き出し、飛行甲板を水平にする。カタパルトが勝手に動き、露天駐機されていた瑞雲が台車にセットされた。

 まるで矢を番えるようだ。

 ただし翔鶴のような弓ではなく、機械式のカタパルトはボウガンに近い印象を与える。左腕に仕込まれた、最上型の飛び道具。

 瑞雲を載せた発射台が、飛行甲板の後ろへ引かれた。そうして射出のための準備が整う。

 熊野は主機に全速を命じた。

 テレグラフが音を立て、グンと速度が上がる。あっという間に翔鶴が置き去りになり、全身にぶつかる空気の壁は合成風力として飛行機の翼を引き揚げる。

 

「とう!」

 

 短く息を吐いて、射出。

 白い煙が吹き上がり、衝撃が手首から肩に伝わる。だがこれで腕がぶれると、発艦は失敗する。

 

(どうだ!)

 

 煙が晴れると、低高度で安定しつつある瑞雲の姿が目に入った。機体がバンクすると、翼と、胴体の下にあるフロートが、緑色の塗装をきらりと輝かせる。

 

≪お見事≫

 

 翔鶴が言った。距離が空いたので、超短波の無線に切り替わっている。

 

≪立派じゃない。お手本のような発艦だわ≫

 

 熊野はむず痒くなった。

 

「いえ、それほどでも。最上は、わたくしより、ずっと上手ですわ」

 

 熊野はもう一機の瑞雲を準備した。

 訓練は反復だ。何度も繰り返して、体に覚え込ませるのだ。

 最上などは、朝の起き抜けにいつもこの腕を垂直から水平に動かす練習をしていたものだ。ゴルゴ13みたいでしょ、と本人は笑っていたが、その冗談が分かったのは確か鈴谷だけだった。

 

 瑞雲(サイコガン)は心で撃つものなんだよ。

 

 ごめんなさい最上。時々あなたの例えはよくわからなかった――。

 

(もっと、もっと)

 

 素早く構えて、射出。

 左腕に来る衝撃と鈍痛が、一瞬だけ嫌なことを思い出させた。

 鈴谷に大けがをさせた、苦い敗戦。あの時熊野は、艦載機の発艦をしくじっていた。あれがなければ戦局はもっと有利のはずだったのだ。

 着弾観測もできたし、駆逐棲姫の針路だってずらせたかもしれない。

 

(もう一度)

 

 2機目の射出を終え、熊野は3機目を打ち出す。

 心の迷いを感じ取ってか、3機目の発艦はかなり危なっかしいものだった。腕を固定していなければならないのだが、集中を欠くと、火薬の激発の衝撃でそれがぶれてしまうのだ。

 

≪熊野≫

 

 翔鶴からの無線。

 

≪ごめんなさい。余計なお世話かもしれないけど、今、かなり危なかったわ。風向きに注意して≫

 

 風、と熊野は呟いた。

 確かに気がつくと、いつの間にか向かい風から順風へと風向きが変わっていた。

 合成風力は、向かい風に対して全力航行する時、理論上は最高になる。順風はその逆だ。腕の震えと相まって、その要素が水上機の発艦を危なくさせたのだろう。

 熊野はそんな単純な事実を見落としていた自分自身に、ショックを受けた。

 

「焦っちゃだめよ」

 

 翔鶴がすぐ傍まで追いついてきた。声は無線ではなく、肉声としてそのまま伝わる。

 

「落ち着いて。集中力が乱れると、艦載機の制御にも障るわ」

 

 熊野は視線を落とした。

 鼓動は早く、呼吸は浅い。翔鶴の指摘は的確だ。

 

「……そう、ですわね」

 

「考え事をしていたの?」

 

 図星だった。あっさりと見抜かれてしまい、う、という息が漏れる。

 

「よ、よくお分かりに……」

 

「型に入った後、雑念が入ると、なんとなく見ている側には分かるの。弓を使う正規空母の発艦と、あなたのものは違うけれど、発射前に『型』があるのは同じでしょう」

 

 翔鶴は指を1つ立て、丁寧に説明してくれた。

 こうしてみると、戦闘時の雄々しさなどは陰を潜め、どこから見ても控えめなお姉さんである。

 だが次の言葉で、熊野はその認識を改めた。

 

「もしかして、第7戦隊のこと?」

 

 これもまた図星だった。

 第7戦隊とは、熊野が所属している最上型の戦隊のことだ。現在では、本土での稼働可能艦が熊野一隻となっており、事実上の凍結状態にある。

 まだ意識がない鈴谷もその中に含まれていた。

 

「話だけは、聞いているわ。あなたには、一度、その、話さなければいけないと思っていたの」

 

 熊野はきょとんとした。

 

「話す?」

 

 翔鶴は視線を数度泳がせた後、言った。

 

「敵空母の追撃戦があったでしょう。その空母を逃走させたのは、私達なのよ」

 

 佐世保航空隊の至宝と呼ばれる、五航戦『翔鶴』は複雑な笑みを浮かべた。

 彼女が言っているのは、第7戦隊の生き恥そのものとも言える、例の海戦についてだろう。敵航空母艦を追撃していた熊野を始めとする、最上型4隻の第7戦隊は、突如として現れた駆逐棲姫によって痛手を受けた。空母は取り逃がしたし、特に鈴谷はまだ回復していない。

 

「私が取り逃さなければ、あの空母と水雷戦隊が、こちらにこうまで損害を与えることはなかった。私も、無念だと思っているわ。逃がすべきではなかった」

 

 翔鶴は、遥か佐世保湾の彼方を見つめた。

 その熱を帯びた眼差しに、熊野は息を呑む。

 先の海戦についての戦闘詳報には、熊野も何度も目を通した。思い返してみるまでもなく、そこには確かに翔鶴と瑞鶴の名前もあった。だが航路を見ても戦果を見ても、そこに落ち度といえるものはなかったと記憶している。

 

「戦闘詳報では、翔鶴の落ち度は一切なかったと思いますけれど」

 

「それは、紙に起こしたからよ。私からすれば、たくさんの失敗があるわ。そもそも、数時間にわたる艦隊戦では、双方が無数の失敗を冒すもの。最終的に失敗の数が多い方が負けるという話。私の落ち度がないなんてことは、決してないわ」

 

 熊野も海の彼方を見つめた。

 翔鶴の言いたいことは分かる。1人で抱え込んだりせず、周りも責めていいのだと、そう言っているのだろう。

 遠回しな伝え方は、彼女の優しさによるものか。

 

「……痛み入りますわ、翔鶴」

 

「それにね」

 

 翔鶴は続けた。

 

「焦らなくても、決着をつける日は、いつか来るわ」

 

 それは気休めというよりは、もっと確かな、予言とも言える声音だった。

 熊野は不穏なものを感じた。

 

「熊野は、艦娘になってから、どれくらい?」

 

 熊野は指を折って、自分の着任から逆算して、告げた。

 

「私はそれより、少しだけ長い。だからかしら、なんとなく、感じるの」

 

 翔鶴は背負っていた弓を左手に持ち替えた。無線で数度、何かの議論をしてから、

 

「少し離れていて」

 

 そう断ると、彼女は弓を引いた。

 次の瞬間には、もう射ち出していた。

 カタパルトが不要な理由が、これだけで分かる。

 放たれた矢は空中でその姿を揺らめかせると、大型の艦載機に姿を変えた。逆ガル翼の精悍なシルエットは、雷撃機『流星』だ。

 

「私たちは、海からおまけで力をもらっているようなもの。でも、海は歴史を知っている。どんな戦いがあって、どんなことがあって、どちらが勝ったのか」

 

 空で、ふと雲が動いた。目の前の空母艦娘の目元に、微かな影がつくられる。

 

「時々ね。私たちの戦いが、あまりにも私の艦の記憶と重なることがあるの。同じ型を使って投影する、影絵みたいに」

 

 翔鶴は微笑を崩さない。それがなぜか、熊野には怖く感じた。

 翔鶴型の一番艦。その史実は、姉妹艦瑞鶴との戦いの歴史であり、それを庇うように傷を負ってきた歴史でもある。

 翔鶴は、自分が背負う艦の過酷な運命を、とっくに受け入れているのかもしれない。だから瑞鶴のことをあんなに気にしていたのではないか――。

 熊野はそう思った。

 その間にも流星は、熊野が放った瑞雲に追いつくと、瞬く間に追い抜いた。

 水上機と艦載機では、やはり性能が全然違う。

 

「戦うべき相手とは、いつかまた戦うことになる。鎮守府が命名した、あの駆逐棲姫も、そういう手合いかもしれないわ」

 

 でもね、と翔鶴は付け加えた。

 

「熊野、これだけは覚えておいて」

 

 流星隊が、瑞雲の前で左右にバンクする。それに応じるように、瑞雲も左右にバンクして応えている。

 

「艤装がどんなものでも――それを背負う私たちの戦いは、私たちのものよ」

 

 翔鶴は言った。

 

「だから、あまり思い詰めないで。迷ったりするくらいで、丁度いいのよ」

 

 熊野は目を閉じる。

 そう言われ、確かに実感が伴うことも多かった。提督に言われたことと同じである。

 よほど危なっかしく見えているのかもしれない。

 

「……覚えておきますわ」

 

 翔鶴は笑って頷いた。先輩風吹かせてごめんなさいね、と付け足している。

 この辺りの仕草は、確かにお姉さんだと思う。

 翔鶴は指で、空を駆ける流星を指さした。

 

「熊野、あの子、指揮してみる?」

 

「え?」

 

「艦載機の指揮に慣れるなら、練度の高い子を指揮した方が早いわ」

 

 確かにそれは道理だったが、艦載機と水上機の指揮に互換性があるのだろうか。何より、流星は雷撃機だ。爆撃や対潜が主の水上機とは勝手が違うだろう。

 

「でも……」

 

「平気よ。魚雷も懸架してないし、今ならそう難しいこともないわ」

 

 そこまで言われると、熊野も興味を惹かれた。

 それに、艦娘の航空機は操縦者の妖精によって大きく性能を変える。佐世保航空隊の妖精がどれほどのものか、知っておくのか確かに意味がありそうだった。

 

「やってみます」

 

「はいどうぞ」

 

 決断早っ、と突っ込む間もなく、間髪入れずに翔鶴から流星隊への指揮権が譲渡された。

 頭の中に異物感。速度も運動でも段違いの艦載機であり、また初めて指揮する雷撃機でもある。操縦や航法は全て妖精がやってくれるのだが、単純に速度の違う二つの機種を指揮する、というだけで頭をフル回転させなければならなかった。

 

(まずは、瑞雲と合流させて、陣形を組ませないと)

 

 鶴翼陣形、などという贅沢は言わない。だが一か所に集めるだけでも一苦労だ。妖精に一任してもいいが、それでは戦闘情報中枢室(CIC)としての艦娘の意味がない。

 悩んでいる間、ふと鎮守府の岸からの視線を感じた。

 

「流星、針路変更。方位」

 

 言いかけて、鎮守府の方を見やる。熊野はそこに見覚えある白い服の影を見て、驚きのあまりに指示を思い切りしくじった。

 

「方位0-7-5」

 

 え、と翔鶴が言った。

 直観的に失敗を悟る。方位0-7-5は鎮守府方面への針路だ、

 見ると、流星の1機が急な変針と高度の変更で、失速からのスピンに入っていた。『きりもみ』と言われる、飛行機が回転しながら下へ落ちていく現象だ。

 まずい、と思った。

 冷汗が浮かぶ。流星の操縦妖精にかかればすぐにでも状況を回復できるはずだったが、そうする気配はない。

 尾翼や主翼の負荷を見つつ、ぎりぎりまで熊野に指示を預けるつもりだろう。さすがベテラン操縦妖精。

 

『へたくそ』

 

 不意に、声が届いた。

 妙にたどたどしい口調で、少し掠れたハスキーボイスだった。

 

(この声は……)

 

 思考が錯綜する。

 声の主を探すのと、艦載機の制御。二つの課題に立ちすくむ熊野に、声は続けた。

 

『スロットル・アイドル』

 

 熊野は妖精に命じて、エンジンの回転数を落させた。

 

『旋転と逆方向へ、ラダー。

 機首は下げたまま。速度の回復を待って、機首を上げて』

 

 回転が止まり、流星はなだらかな下降へ入った。速度が上がり、両翼が適切に空気を掴み始める。

 翔鶴が安堵の息を吐いた。

 流星はそつなく速度を取戻し、失速によるきりもみを脱出した。

 

「お見事です」

 

 翔鶴は手放しで称賛した。

 

「落ち着いてますね。妖精の子も、驚いてます」

 

 見ると、流星隊が熊野に向かって翼を振っていた。チカチカと発光信号まで送ってくれている。鎮守府の艦載機は無線技術が未成熟のため、母艦以外と交信しようとする場合、どうしても信号かモールスになるのだ。

 今回の符丁は――

 

『やるじゃないか』

『上出来です』

『気に入った。寮に来て母艦を――していいぞ!』

 

 はて、あの符号はなんだろう。

 聞いてみようと翔鶴の方を向くと、彼女の微笑からは温かさが消え、いつの間にか妙に迫力のあるアルカイックスマイルになっていた(後日、翔鶴の妖精が1名、二航戦『飛龍』に転属になった)。

 

「申し訳ありませんわ。きりもみをさせてしまうとは」

 

 一方、熊野はがっくりした。

 航空機が失速し、スピンを始めるのは、要するに針路の変更を急にやりすぎたのだ。旋回するのに速度が不足しているとこのような状態になる。

 明らかに熊野の指揮の落ち度である。

 

(でも、さっきの声は)

 

 翔鶴には聞こえていないようなので、少なくとも無線ではない。あの頭の中に直接響くような感じは、つい最近体験したような気もするのだが、どういうわけか記憶がすぐに出てこない。

 熊野は鎮守府の方を見やる。

 先ほどの少女は、見間違いではなかった。白いワンピースを着た少女が、妙に軽い足取りで岸辺を歩いていく。方向からして、工廠から出てきて、これから港の方へ向かうらしい。

 間違いなく空母ヲ級だ。

 翔鶴も気づき、2人して血圧を急降下させる。

 

≪こちら、秘書艦の川内です。東郷大尉は、工廠の港までお越しください≫

 

 2人に応えるように、川内の通信が聞こえた。

 これはヲ級のことを知っている艦娘にのみ通じる符丁で、東郷大尉とはヲ級の脱走を示し、その後に続く場所は目撃地点だった。

 熊野は立場上、彼女を取り押さえなければならない。

 

「もう!」

 

 熊野は主機を一杯にして、港の方へ向かった。

 

「……あの子は、なんなのかしらねぇ」

 

 翔鶴はぽつりと呟いた。

 

「懐かしいような気はするのだけど」

 

 

 

     *

 

 

 回流丸の甲板では、船員達が荷卸しの作業に取り掛かっていた。工廠に設置された丁字型のクレーンがコンテナを釣り上げ、港へ卸していく。

 中身は弾薬や鋼材などの資源だ。

 通常、資源は鎮守府でさらに艦娘用の形に製錬されるため、コンテナ船で丸ごと運んできても艦娘数隻分の資源にしかならない。しかし回流丸の資源の多くは、日本と同じように艦娘を保有する欧州各国ですでに製錬済みだ。おかげで佐世保鎮守府には十分な備蓄の足しになるだろうし、沖田達としてもペイロードが稼げて丁度いい商売だ。

 

(まぁ、一番ペイロードのいい商品は、決まっているけどな)

 

 沖田は甲板の箱に腰かけ、作業を監視しながら、そんなことを考えた。

 

「社長」

 

 ふと声をかけられる。見ると、在庫リストを持った船員が立っていた。

 

「大体のものは、ここで売っていいことになっているのですが……」

 

「うん」

 

「燃料類はどうしますか? あれ揮発油なんで、厳密にはウチ運べないんですけど」

 

「ああ」

 

 沖田は頭を搔いた。単純な確認ミスだ。

 赤松提督か、少なくとも鎮守府の兵站部に伝えて一筆書いてもらうべきだった。

 

「……うっかりしてました」

 

「しゃちょー、しっかりしてくださいよ」

 

「いやぁ、暑さで頭がやられましたかねぇ」

 

 茶化す船員に、沖田は欠伸を噛み殺して答えた。

 作業を監督していたハナもやってきて、雑談が始まる。ちなみに船長は船籍のことで役所に出頭中だ。

 

「で、社長。どう伝えるつもりなんです?」

 

「さっきの件ですか」

 

「他にありません」

 

「そうですねぇ……」

 

 沖田は頬を掻いた。

 なんか工廠が騒がしいな、と船員が呟く。

 

「あいつも馬鹿じゃない。言えば、分かると思いますけどね」

 

「……でも、話が違う、くらいは言うでしょう」

 

「でも仕方がない。元々、この展開は想定されていた」

 

「な、なにが?」

 

「なにって」

 

 沖田はハンカチを取り出して、額の汗を拭った。

 

「ヲ級を佐世保に置いていくって話ですよ。さっきからずっとその話を――」

 

 沖田はそこで言葉を止めた。

 隣に立つ船員を見上げる。彼は沖田の背後を見て、まるで駅でライオンでも見つけたかのような表情で固まっていた。

 続いて、ハナを見る。彼女は眼精疲労にかかったように額に手をやり、天を仰いでいた。

 猛烈に嫌な予感がした。

 

「そ、それ」

 

 少しだけ掠れた、ハスキーボイス。

 

「どういうこと?」

 

 沖田は後ろを振り返る。

 傾きかけた太陽の下に、白のワンピース姿の空母ヲ級が佇んでいた。いつもの無表情だが、握りしめられた拳が、小刻みに震えている。

 細目がかっと見開いた。

 反射的に木箱を蹴って立ち上がる。

 沖田の頭の中で言い訳の国語辞典が開かれ、物凄い勢いで最適な言葉が検索された。

 一瞬で体から血の気が引き、次いで冷汗が滝のように流れた。

 

「しゃ、社長」

 

「やばいっすよ。なんか、なんか言ってください」

 

 ハナと船員は、沖田の背中に回った。他の船員も異変に気づき、こちらへやってくる。

 耳を澄ますと、秘書艦『川内』の放送が聞こえた。

 特殊な符丁が使われているので事情を知る者にしか通じないが、紛れもなくヲ級を探す放送である。

 

(鎮守府でも、こいつを探してるのか)

 

 だとしたら、希望はある。とりあえずこの場を凌いで、後でゆっくり言い聞かせればいい。鎮守府の中であれば、人目はなんとでもなる。

 

「や、やぁヲ級。こ、こんなところでどうしたんだ」

 

「ここにかんむすいる、きいた」

 

 沖田は思案する。

 ひょっとして、艦娘出撃用の港と工廠の港を間違えたのかもしれない。だとしたら、こちら側に来たのは幸運だった。

 

「そ、そうか。さ、さぁ早く工廠に戻るんだ」

 

 沖田がそう言っても、ヲ級が動く気配はない。首を傾げて、聞いてくる。

 

「わたし おいてく? いってた」

 

 ヲ級はあっさりと逃げ道を塞いだ。はっきりと聞いていたらしい。

 沖田はなんとか認識を軌道修正できないか試みる。まだ全てを告げるには早すぎる。

 ヲ級は、横須賀に未練がある。というか、回流丸でそう仕向けてしまったきらいがあるのだ。

 ここで言ったら、絶対にこじれる。

 誤魔化す内容を言わなければ。それでいて、後日、真実を語るときに矛盾が出ない言い方でなければならない。

 

「君はここで降りる。だが、その……一時的なものだ」

 

「ほー」

 

「で、でも思い出せ。我々の関係は、元来商品と商船のそれだ。その……商品が、手続きの関係で、少し、到着が遅れるのは、よくある話なんだ」

 

 ヲ級がそっと首筋に自らの指を添えた。そこには彼女の肌と同じくらい白い首輪が嵌められている。

 

「我々の間にあった、全ての契約は、一旦は解消だ」

 

「……」

 

「君は、ウチの船を守ると言っていたな。もう本土にはついたわけだし、見方を変えれば、君は自由の身になったということでもある」

 

 ヲ級が頷いた。そして首を傾げる。

 一瞬、強い風のようなものがヲ級の方から甲板を駆け抜けたような気がした。

 

「それが一番いいんだ。お前の安全も、馬公よりも、横須賀よりも、きっと保障される」

 

「おりる」

 

「ああ」

 

「ここで」

 

「そうだ」

 

 ヲ級の瞳が、微かに揺れた。

 いつもなら、どんな言葉を投げかけても、しばらく経てばその瞳はいつもの冷たさを取り戻す。水面に生まれた波紋が、やがて消えていくように。

 だが今回は、瞳に平静さが戻る気配はなかった。

 

「お」

 

 ヲ級は言いよどんだ。

 

「おしまいなのか」

 

 沖田は呻いた。やはり彼女は、状況をうっすらと察してしまったようだった。

 船員達が、ヲー、とか、クー、とかそれぞれの呼び方でどよめく。沖田は片手でそれを制しながら、告げた。

 

「いずれは……そういうことになるな」

 

 ヲ級が周囲を見回した。甲板には20名近い船員達がおり、それぞれがヲ級に視線を送っている。だが、沖田の言葉を否定しようとするものはいなかった。

 ヲ級と沖田達の間に、見えない溝が生まれていた。

 

「そうか」

 

 深海棲艦は頷いた。心が伴っていない、沈黙を埋めるためだけの言葉だった。

 だがそう言ったということは、彼女は状況を理解したということだろう。ヲ級は嘘をつかない。

 

(なんだ?)

 

 穏やかに別れが済みつつあるというのに、沖田は言い知れない寂しさを感じた。

 ヲ級は、「おしまい」と言った。だが、一体何がおしまいだと言うのだろう。

 ずっと貫いてきた、商品と、商船という、それだけの結びつき。

 始まってすらいない関係に、終わりが来るものだろうか。

 

(やめろ)

 

 沖田は頭を振った。心が乱れない内に、踵を返す。

 だがその腕をヲ級が掴んだ。

 

「しゃちょう」

 

 疲れか、それとも動揺か、沖田は予想外の動きに戸惑い、バランスを崩して甲板の床にたたらを踏んだ。

 バサリ、と沖田の懐から何かが落ちたのはその時だ。

 ヲ級が首を傾げてその封筒を拾い上げる。

 

「なに」

 

 それは赤松提督から渡された、ヲ級に対する諸条件の書類を入れた封筒だった。

 沖田の顔が青くなる。

 

「返しなさい」

 

 ヲ級は返さない。どころか沖田の表情に何かを感じたようで、片手でやすやすと沖田を突き放すと、封筒を破いて中身を出してしまった。

 だが契約書だろうが便所紙だろうが、この海産物の前では同じことだ。

 ヲ級は手に残った紙束に、少しだけ顔をしかめると、でたらめにページを捲っていく。日めくりカレンダーの過ぎ去った日付のように、ヲ級の周囲には読み飛ばされたページが散らばっていく。

 ヲ級は漢字がほとんど読めない。

 だが艦隊戦で意思の疎通ができるように、最低限の数字と、英単語、漢字熟語の読み書きはできる。

 そしてその書類の中には、明確に重要な数字が書いてあるものがあった。

 

「……よん、せん? ひゃく、まん?」

 

 ある書類を見た時、ヲ級が首を傾げる。

 

「これなに」

 

 ヲ級が、問題のページを沖田に見せる。

 沖田の顔が、半笑いのまま硬直する。

 それは牛や豚がこれから市場へ行くことを察するような、動物的な勘であったのかもしれない。

 

「違うんだ、ヲー!」

 

 どこかで船員が叫んだ。ヲー、とは一部の船員が使っている彼女への呼称だ。他にも、クー、とか、海産物とかがある。

 

「それは『謝礼』だ!」

 

「そうだ、クー! 気にしちゃだめだ!」

 

「その紙を置きなさい! 大事なやつだから!」

 

「お前を売ったわけじゃないんだ!」

 

 そして、誰かが盛大に墓穴を掘った。

 甲板の気圧が急激に低下する。耳が痛いほどの沈黙。

 ごくり、と沖田がのどを鳴らす音が、周りにも聞こえていそうなくらいだ。

 

「しゃちょう……」

 

 ヲ級の眉が、ほんの少しだけ寄った。回流丸の人間は、これがヲ級が見せる最大限の険しい表情だと知っている。

 はらり、と力が抜けたヲ級の手から、問題の書類が滑り落ちた。

 

「うそ、ついてたのか」

 

 深海棲艦が言う。目の中に、青い灯がちろちろと燃えていた。

 いつもの低い声は、さらに低い水底から響くようなものになっていた。

 ヲ級が幽鬼じみた動きで、ゆらりと沖田との距離を詰める。息がかかるような距離から、虚ろな瞳が沖田の汗まみれの顔を映している。

 

(こじれた)

 

 嵐が来る。それも、とびきり巨大なやつが――。

 

「これ、わ、わわ、わたしの……ねだん……!」

 

 沖田は右腕を掲げて、ぐるぐると回した。

 船員の1人が気づき、声を張り上げる。

 

「総員!!」

 

 ヲ級の目の中で、猛然と火が燃え上がった。

 その色は、青から赤へ、そして眩しく輝く金の色へ。

 ヲ級が腰をひねる。ワンピースのスカートが、遠心力でぱっと花開く。長く白い足が自走砲のアンカーみたいに回流丸の甲板を踏みつけた。

 細い肩を抱くように脇が締まる。左手を振り子のように後ろへ戻し、その勢いを持って、右半身を前へ。

 詰まる所、渾身の力を込めた右ストレート。

 深海棲艦の膂力が放つそれは、拳型の砲弾だ。

 

「退避ぃ――!!」

 

 沖田の頬の数ミリ横を、凄まじい風圧が駆け抜けていった。

 

 

 熊野がヲ級の姿を追って、回流丸のタラップを上っていると、船が揺れ、轟音が響いた。大砲でも撃ったのかと思った。

 誰かの叫び声も聞こえる。

 慌てて残りのタラップを上がりきると、ヲ級が多数の船員に取り押さえられていた。その眼の色は、かつて見たことのない金の色に輝いている。

 水死体の色の口が、動いた。

 

 ホォォォォォ――!

 

 船の汽笛くらい大きな、叫び声だ。

 まるで獣の遠吠えのように、深海棲艦は声を空に放ち続ける。

 

「ヲ級……」

 

 熊野が呟く。

 しばらく叫ぶと、ヲ級は虚ろな目で周囲の船員達と、海の方を見やった。金色の炎が消えると、燃え尽きたようにさらに瞳の色が褪せて見える。

 やってきた熊野に送った目線は、かつてない、すがるようなものだった。

 常の無表情は決壊し、消え入りそうな弱弱しさがある。

 

「よ、よよこすかいいくって」

 

 呟く声は、艦娘の聴力をもってしても聞き取り辛いくらい、ひどく掠れていた。

 

「うそつき」

 

 そこで、熊野の顔に飛んできた紙切れが張り付いた。

 顔をしかめてはがす。

 

「報奨金支給に関する達5条に基づき、貴重な資源を輸送した貴社に下記の金額を……?」

 

 熊野は続きを読む。

 

 金 40,000,000円

 

 書類にはそう書かれていた。

 渦中の人物はと甲板に視線を巡らせると、クレーンの根元の辺りで沖田がぐったりしているのが見えた。死んではいないようだが、意識はないらしい。

 濃厚なトラブルの臭いに、熊野は軽い眩暈を覚える。

 背後でざわめきが大きくなるのを感じた。

 工廠の港は、あくまで物資輸送用であるため、艦娘の出撃に使われるものとは別れている。工廠の建屋も、あくまで鎮守府とは別だ。だがこれだけの騒ぎになれば、誰かが様子を見に来ても不思議ではない。

 

「片付けなさい!」

 

 熊野は叫んだ。

 船員達は初めて熊野の存在に気づいたように、驚いた。

 

「じょ、嬢ちゃん」

 

「早く隠しなさい! これだけの騒ぎ、すぐに憲兵さんが来ますわ!」

 

 船員達が慌てて作業に入る。なんだか物凄く偽装に手馴れているようで、空のコンテナやら木箱やらで騒動の痕跡が物凄いスピードで隠ぺいされていく。

 熊野はぐったりしているヲ級に肩を貸すと、少し迷った末、とりあえず船内へ連れて行った。

 よこすか、とその間も彼女はうわごとのように呟いていた。

 

 なお、危機を救ったこの一件により、回流丸の船員の中で熊野の呼び方が『お嬢ちゃん』から『お嬢』へと変化したが、本人が知るのはまだずっと先の話である。

 

 

     *

 

 

 日     時:8月12日20:36(現地時刻)

         8月13日06:36(協定世界時 明石標準時刻-10H)

 作 戦 領 域:ミッドウェー島

 コンディション:風北西10ノット、積雲1、視程20、海上高波

 

 

≪いや……≫

 

 無線に乗って、少女の悲鳴が届いた。直後に爆音、夜空の彼方で、オレンジ色の光が瞬いた。

 幻想的、といえる光景だった。

 絶海の孤島の上に、満天の星空。夜間戦闘機の青い排気煙が夜空にオーロラのような線を曳き、曳痕弾の光の列がそれを追う。海面で時折起こるオレンジの瞬きは、まるで咲いては閉じる花のようだ。

 しかし、これは夢ではない。

 血と鉄で埋もれた現実だった。

 彼女は周囲を見回す。

 島の防衛拠点そのものである彼女は、敵側に『中間棲姫』の呼称で呼ばれる通り、通常の深海棲艦とは別格だ。人間に近い容姿を持ち、固い防御と、長く美しい白い髪を持っている。

 腕を上げ、指で海面を転げまわる艦娘を指すと、戦闘機がそれに殺到した。

 散発的な機銃掃射。魚雷に誘爆、一隻撃沈。

 こちらが圧倒的に劣勢だというのに、歓喜の笑みが浮かんだ。

 

≪中間棲姫、まだ健在です!≫

 

 無線に、また新たな声が混じった。凛としており、確かな戦歴を伺わせる。

 それと同時に、2時の方向でオレンジの輝きがあった。砲撃の炎だ。

 耳を澄ますと、風を切る音がする。距離は近い。

 衝撃。

 一瞬音が消える。肺から空気が押し出される。右側の装甲のほとんどを持っていかれ、腕はもう二度と上がらなかった。

 もはや基地を直接砲撃できるほど、敵を近づけていたのか。

 

≪やってくれたわね≫

 

 無線に乗って、また声が来る。

 彼女は砲撃があった地点を索敵し、拡大する。電探の感どおり、そこには4隻の戦艦がいた。

 金剛型だ。全員白い――かつては白かったであろう服を着て、思い思いのやり方でこちらに砲を向けていた。

 眼鏡をかけた者は、腕を組み、こちらを睨みながら照準をしている。髪の短い一人は、他の艦をかばうような航路を取りながら、ゆっくりと移動している。

 残り2人は、長い髪を夜風に靡かせながら、片腕を前に突き出し、揃って声を発した。

 

≪撃て!≫

 

 砲弾が降り注いだ。

 装甲で防ぎきれない。着弾のたびに体があらぬ方向へ跳ね上がる。何も見えない。

 指先が痺れて、指揮をすることもできない。

 

≪Finish!≫

 

 そして、最後の砲弾が送り込まれた。

 彼女は諦めた。残された時間の全てを、最後の任務に集中させる。

 

 (トン) (トン) (トン)

 

 中間棲姫の顔には、笑みが満ちていた。

 彼女が見ていた夢は終わる。

 これでいいのだ。

 海の底で朽ち果てることも、名も知らぬ遥か未来の者たちに殺されることも彼女は望まない。

 同じ時代、同じ海、同じ戦争。その強い結びつきが放つ砲弾こそ、長い夢の終わりに相応しい。

 

 (トン) (トン) (トン)

 

 だが、作戦はまだ続行中――。

 

 




登場艦船紹介

 駆逐艦:天津風

 陽炎型駆逐艦 9番艦
 全長:119メートル 全幅:11メートル
 排水量:2,033トン
 速力:35ノット
 乗員:239名

 兵装:50口径12.7cm連装砲×3
    25mm連装機関砲(機銃)×2
    61cm魚雷発射管4連装×2
    対潜水艦用爆雷16個

    1940年就役。
    ガダルカナル島を巡る戦いなど、多くの海戦に参加。
    潜水艦の雷撃による船体断裂を経た後も船団護衛等の任務に
    就いていたが、度重なる空襲によりアモイにて機関停止、乗組員の退去後に
    爆雷の自爆による自沈処理された。
    1945年除籍。
    艦娘の彼女はまだまだ新米のため、MI作戦の間に練度の向上が図られている。


 次回投稿は、一週間後の予定です。
 艦娘いっぱい書けて楽しかったです。しかし駆逐艦書くのが一番楽しいという。

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