空母ヲ級運用指南 ~蜃気楼の海~   作:mafork

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2-2.真偽を武威に問う

 日     時:8月7日08:42(明石標準時刻)

 作 戦 領 域:佐世保鎮守府

 

 

 ある結論が、出つつあった。

 そこは深緑の絨毯が敷かれた、広く古い部屋だった。天井は高く、端々では年季の入った家具が、部屋と一体になったかのように鎮座している。

 防空用の鉄枠に縁どられた窓からは、朝の陽光が差し込み、大きな机と、そこで執務

を行っている彼自身を陽だまりの中に置いていた。

 

「なるほど」

 

 呟きながら、眼鏡をかけた老軍人――赤松提督は、一枚の書類をつまみ、目の前に掲げた。

 それは秘書艦にまとめさせた報告書だった。

 丁度2年前に、欧州との技術交換のため、海軍は大掛かりな輸送作戦を立案した。報告書はそれに参加したある輸送会社の、現状についてだった。

 輸送作戦は、深海棲艦の航路遮断に遭い、とん挫していた。途中引き返して難を逃れた船もあれば、沈められた船もある。赤松提督の知り合いの船長や、艦娘も何人も亡くなっていた。

 報告書の輸送会社は、無事現地まで到着したものの、深海棲艦のせいで帰郷ができなくなっていた。当初の社長もそこで死亡し、今は息子が後を引き継いでいるとある。

 ふと、赤松提督の目が止まった。

 報告書の最後に、鉛筆でメモ書きがされている。

 

 リンガにおいて、特殊な協力者の報告があり。

 横須賀鎮守府の権限で、同社に新たに『武装輸送船』としての船籍を発効、速やかに横須賀へ寄港することを要請――。

 

「川内」

 

 赤松提督は、机の傍に控えていた艦娘を呼んだ。短めの黒髪に、マフラーのような外套を纏った、活発そうな少女だった。

 

「最後のメモ書きはなんだ?」

 

「その会社の本社に問い合わせたら、リンガからそういう情報も入ってまして。横須賀鎮守府に言ったら、裏が取れました」

 

「ふむ」

 

 赤松提督は、胸を張っている秘書艦をじっと見つめた。

 

「横須賀の秘書艦は、君の姉妹艦だったか」

 

「です」

 

「なるほど、よくやってくれた」

 

 息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。老骨のその身を象徴するように、椅子も軋むような音を立てた。

 

「横須賀の若造め」

 

 そう言ったのは、提督ではない。部屋の応接セットに腰かけている、壮年の男性だった。一目で軍人と分かる、岩から切り出したような顔つきだ。

 階級章によれば、中佐であるらしい。

 向かいの席には、部下らしき若者もおり、2人とも純白の士官服を身に着けていた。

 

「深海棲艦の身柄を独り占めするつもりだったのか。佐世保の我々に教えないとはな」

 

 続ける中佐に、赤松提督は釘をさす。

 

「まだそうと決まったわけではない。秘密裏にことを運ぶためでもあるそうだ」

 

「それを真に受ける必要はありません。大方、軍令部に首根っこを押さえられているんでしょう。犬のように、情けないことだ」

 

 中佐はなおも続ける。

 

「佐世保は南征への拠点です。通告がないなら仕方がない、規則にのっとり、その――カイリュウマルを不法輸入で接収しましょう」

 

「お、お待ちを」

 

 猛る中佐に対し、若手の部下がおずおずと口を開いた。

 提督と、秘書官の川内、そして中佐を見てから、気弱そうに言う。

 

「り、リンガで仮にも輸送船としての船舶登録を発効されているのですから、不法を理由とした接収は……」

 

「人類の敵を積み荷にしているんだぞ」

 

「そ、そうであってもですね。正式に海軍から登録を受けている以上、あの船はいわば善意の第三者にあたりまして……軍法が優先されるにしても、あまり無理なことをすると、また佐世保の商人との仲に響きます」

 

 中佐は、部下のことをじっと見つめた。中佐は軍務局での勤務経験はなく、海軍内の刑法や規定では部下の方に一日の長があった。

 2人の会話が途切れたのを見、赤松提督が口を開く。

 

「沖田輸送か。世話になったが、そうか……」

 

 赤松提督の脳裏に、かつての光景が去来した。

 あの輸送作戦を開始した時、参加する輸送船の一人一人を見送ったはずだが、それも今や遠い昔だった。

 今では、そんな彼らの生死の情報さえ、意識しなければ入ってこない。特に沖田輸送は、鎮守府と関連が深い会社のはずであったが。

 

(耄碌したな)

 

「提督」

 

 物思いに耽っていると、川内が呼んだ。耳元に手を当て、無線を聞いてる。

 

「丁度、今到着したみたいです。ベストタイミングですね」

 

「例の海域の準備は?」

 

「そちらも、手はず通りに」

 

 よし、と赤松提督は頷いた。

 

「通したまえ。どんなものか、小手調べといきましょう」

 

 提督は報告書を机の引き出しに仕舞うと、中佐とその部下を退出させた。

 

 

    *

 

 

 熊野と沖田は、重厚な扉の前で立ちすくんでいた。

 佐世保鎮守府は、外観は赤煉瓦造の風格ある建物だ。しかし中身は近代化と補強が重ねられており、天井にはLED灯、壁は所々がX字型の金具で強化されていたりする。玄関には見学者用の模型やパネルもあった。

 しかし庁舎3階のこの部屋だけは、異様に古めかしい。恐らく施工当時のままであろう分厚い黒木の扉は、重苦しい空気を周囲に漂わせていた。

 ごくり、と熊野の喉が鳴った。

 この奥には彼女の指揮官、赤松提督がいる。

 

「どうぞ」

 

 案内役の憲兵が、熊野と沖田を促した。

 司令船に引っ張られ、佐世保鎮守府に入港してから数時間が経っている。

 すっかり朝になり、沖田とヲ級、ついでに熊野は憲兵にここまで引っ立てられていた。ちなみに鎮守府までの水先人をした不知火達は、憲兵に仕事を引き継ぐとどこかへ行ってしまった。

 

(まるで、犯罪者扱い)

 

 熊野はちらりと横の沖田を見る。苦しい立場のはずだったが、彼は落ち着いて見えた。

 彼のすぐ後ろには、影のようにヲ級が控えている。船員が着ているような白いツナギに、鍔付き帽子を目深に被っているため、ちょっと見ただけでは普通の人間と変わらない。

 鎮守府の廊下を、人間に扮した深海棲艦が通行している異常事態だったが、だからこそ、かえって怪しまれずに提督室まで来ることができていた。

 熊野も、彼らに随行して提督室へ出頭するよう要請されている。

 

(これからどうなるのでしょう)

 

 熊野の心には、疑問が濡れた綿のように纏わりついていた。

 ただなんとなく分かるのは、ヲ級の存在はやはり公なものではない、ということだ。もし公にしているのであれば、佐世保鎮守府に入港が許されたとしても、もっと厳重に護送されるはずだ。

 そして憲兵数人と、熊野にヲ級の見張りを任せる状況からして、提督にもヲ級の存在を伏せ続ける意図があることを感じる。

 

(やめましょう)

 

 すぐに答えは明らかになるのだから。

 熊野も覚悟を決めた。黒木の扉をノックする。

 

「入りたまえ」

 

 低いが、よく通る声だった。

 

「熊野、入室します」

 

 扉を開けると、古い部屋独特の木の匂いがした。

 深緑の絨毯が敷かれた部屋の奥からは、大きな机についた老提督が、こちらを見つめている。細身だが、姿勢がよい。純白の海軍の士官服を着ているが、その佇まいは船乗りというより、もはや古武士を連想させた。

 熊野は鋭い目線を感じながら、部屋の中ほどまで進み、敬礼した。

 

「最上型重巡洋艦 熊野、只今帰還いたしました」

 

 老年の提督――赤松中将は、ゆっくりと立ち上がり、答礼を返した。

 隣で秘書艦の川内も、軽く答礼する。彼女は持ち前の気性ゆえか、熊野よりはリラックスしているように見えた。

 

「ご無沙汰しております、沖田輸送の沖田です」

 

 次いで、沖田が深々と礼をした。

 

「赤松提督、再びお会いできて光栄です」

 

 赤松提督が頷いた。相変わらず冷たすぎる目つきだが、口角が少し上がっているから、きっと笑っているのだろう。

 

「こちらこそ。長旅ご苦労様でした。海軍へのご協力、感謝の言葉もございません」

 

 提督の目線が、沖田の後ろの方へ向かった。そこには、ツナギ姿のヲ級が立っている。

 

「そちらの方は?」

 

「はい、こちらは我が社の船で働いております――」

 

「深海棲艦ですね」

 

 提督の言葉に、沖田は言いかけた言葉を止めた。

 顔から営業用の笑顔が消え、代わりになんともいえない苦笑が浮かぶ。

 

「ああ、その、お気づきですか」

 

「大体のことは、すでに把握しております。組織の中に広まる噂、というのはどんなに隠し立てをしても、防ぎきれないものです。困ったことに」

 

 提督は自らの椅子に腰を戻した。

 

「横須賀に運ぶおつもりだったのでしょう?」

 

 提督は、沖田に笑みを向けた。

 

「知っておりますよ。こちらとしても、通してやりたいが……しかし、我々は正式な連絡を、どこからもまだ受けていない。命令書がこちらに届いていない以上、その深海棲艦は我々が敵とする深海棲艦と、何ら変わりがないことになる」

 

 提督は、指で机を叩いた。

 

「困ったことになりましたな」

 

 沖田は嘆息し、スーツの懐から緑色の封筒を取り出した。

 海軍が極秘親展の時にのみ使う封筒で、幾つもの小さい穴が空き、真鍮製の輪が取り付けられている。これはいざという時に海中に投棄し、隠滅できるようにするための工夫だった。

 

「横須賀からの命令書です」

 

「拝見しましょう」

 

 提督が封筒を開け、三つ折りになった紙を取り出す。

 中身は、熊野も確認した命令書だった。

 深海棲艦の輸送を許可し、速やかに横須賀へ行くことを求める内容だったはずだ。

 提督は一通り眺めてから、言った。

 

「もう1つ封筒があるでしょう」

 

 熊野は驚いた。初耳だったからだ。

 沖田はちらりと熊野を見て、複雑な表情をしたのも一瞬、懐からもう一つ封筒を取り出した。明らかに、先ほどのものよりも分厚い。まるで契約書の束だ。

 赤松はそれを受け取り、中身の書類の束を丹念に精査しているようだった。

 その眼が次第に細められていく。

 

「これは、受けるのですか」

 

「返答をしていません」

 

「賢明ですな」

 

 言いながら、赤松提督は沖田から渡された書類を引き出しに入れてしまった。

 沖田にとっては、書類を取り上げられた形となる。

 

「提督」

 

「これで、あなた方の立場を証明する書類はなくなった」

 

 絶句する沖田に、赤松提督は平然と言った。

 熊野は気をもんで、ちらりと川内を見やる。秘書艦の彼女は落ち着いていたから、きっと初めからこの流れは想定されていたのだろう。

 

「熊野」

 

 提督は、熊野に水を向けた。

 渇いたのどを押して、しっかりと応える。

 

「はい」

 

「ここに深海棲艦がいる。我々の立場からすれば、こいつはすぐにでも殺してしまうべきだが……お前の口から、何か言うべきことはあるか」

 

 そこで熊野は、提督が自分を回流丸に残した理由を察した。

 提督にしてみれば、熊野はヲ級と共闘していた可能性がある。だから、回流丸と一緒に泳がせたのだ。ヲ級とより多く接触し、情報を入手できるように。

 『親交を深める』。

 熊野が受けた命令書にはそうあったが、あれは要するに、ヲ級の情報を収集しろということか。

 

「わたくしは……」

 

 ちくり、と胸が痛んだ。

 長旅からやっと帰ってきた輸送船に、こんなやり方をする海軍。

 提督にしてみれば、熊野がそんな気持ちを抱くことなど予想の範疇であろうが。

 

「じゃま」

 

 不意に、低い声がした。

 全員の視線が沖田の隣に集中する。ツナギを着た空母ヲ級が、会話の間隙を突くように、声を出していた。

 音が消える。

 部屋の温度が、急激に下がった気がした。

 

「じゃま するの」

 

 彼女は首を傾げた。目深に被っていた帽子がずれて、その瞳が露わになる。

 心臓が飛び跳ねた。

 青い光を放つ目は、光の加減か、タコやイカのような横長の瞳孔を備えているように見えた。僅かに左右に引きつった口元から、白々とした犬歯が覗いている。

 原始的な恐怖をもたらす貌。仄暗い海の底からやってきた、虚ろなる天敵。

 これこそが、深海棲艦の表情だ。

 

「わたしたち いく よこすか」

 

 その後、何か呟いたようにも聞こえた。

 ながと、とも聞こえた。

 

(長門?)

 

「じゃまするのゆるさない」

 

 ヲ級が繰り返す。

 熊野は警戒した。船であれば、総員配置につけ、の号令が出たくらいだろう。

 深海棲艦とはいえ、砲や艦載機といった艤装を全て外されていれば、現実的な脅威はその膂力くらいのものだ。熊野でも取り押さえることはできる。

 川内がそれとなく提督の傍へ寄り、沖田はヲ級の肩を叩いた。

 

「落ち着け」

 

 それだけで、ヲ級は気を静めた。これほど気持ちを高ぶらせても、制御不能にはならないらしい。深海棲艦としてみれば、信じられないくらい理性的だ。

 熊野はほっとする。それと同時に、自分の意見を述べていた。

 

「この空母ヲ級を、他の深海棲艦と同列に扱うのは、誤りだと思いますわ」

 

 客観的に言ったつもりだったが、気づくと弁護するような口調になっていた。

 提督は、目線を熊野に戻した。

 

「その理由は」

 

「彼女は――彼女と言わせていただくならですが、彼女は、明らかに沖田社長に従っています。バシー海峡で一旦沈みかけたわたくしを助けたのも、聞けば、彼女であるそうです。協力的なのは、疑いようもありません」

 

「なるほど。だが、危険な生き物であることも、同様に疑いようもないようだが?」

 

 提督はそう反駁した。

 さらに何かを引き出そうとしているのかもしれない。

 

(一方的に、呼びつけておいて……)

 

 熊野は、ぎゅっと拳を握った。

 熊野でさえ不快と不安を感じる扱いなのだ。昂ぶりの原因の一端は、間違いなく鎮守府の側にもある。

 

「至誠」

 

 気づくと、熊野の口からは言葉が飛び出していた。

 

「海を鎮守するものとして、最も欠かしてはならないものだと、わたくしは教わりましたわ」

 

 巻き込まれただけの輸送船を、こうやって拘束している。

 横須賀との間で交わされた約束を、書類を隠滅するという強権で、反故にしようとしている。

 さらには、事情もろくに聞かないまま、一方的にヲ級を危険と判断し、殺すことを考えている。

 生涯のあらゆる場所で叩き込まれた、熊野の海軍魂が静かに燃えた。

 

「これが至誠ですか?」

 

 川内が少し体を揺らし、提督が眉を上げる。

 沖田が驚いたのも気配で分かった。

 熊野は、正直なところ、しまったという思いでいた。こういうことを言ってしまうから、姉妹艦達に『固すぎる』と笑われるのだろう。

 

「なるほど」

 

 しかし、そう応じる提督の口元は、少し緩んでいた。まるで正解を当てた生徒を褒めるように。

 

「川内」

 

 提督は川内に向かって手で何事か合図した。

 秘書艦が目礼して、部屋を後にする。熊野とすれ違い際に、ニッと笑って小さく敬礼していった。

 不穏な空気がさらに高まる。何か自分の知らないところで、物凄く悪い何かが進行している気がする。

 なんだろう、この、予定通り、みたいな空気は。

 

「沖田さん、あなたも同様の考えですか?」

 

「はい。通常の深海棲艦とこいつは違います」

 

 提督は頷いた。少しの間視線を宙に彷徨わせ、たっぷり考えているという仕草をした。

 

「お察しの通り」

 

 提督は、指で机を叩いた。

 

「もちろん、はいそうですか、というわけにもいかん。海軍には規則がある。生け捕りにした深海棲艦は、速やかに馬公泊地へ、というものだ」

 

 バシー海峡での戦闘地点にも近い、台湾南の泊地だ。

 その馬公泊地は、実験泊地だった。かつて横須賀で艤装の開発などを行っていたが、深海棲艦の死骸を回収する必要が生じ、国外の馬公へその拠点を移したのだ。

 熊野も、その実験についてある程度は知っていた。二度と見たいとは思わない。そういう類の実験だった。

 

「佐世保が用意できる道は、2つある。1つは、他の深海棲艦と同じ道。つまり、実験生物としての道だ」

 

 熊野はそれとなくヲ級の方を見た。彼女はいつも通りの無表情で、正面を見据えていた。

 

「もう1つの道は、新しい道。つまり、友好的な協力者として、保護を受ける道」

 

 ずるい条件、と熊野は思った。実際のところ、道は1つだけではないか。

 隣のヲ級を見る。

 熊野は想像してみた。

 ヲ級が、実験動物となる。例えば薬物の投与を受けたり、ネジ一本に至るまで解体された零戦のように、機能を解析されるためだけの道具と化す。

 人格と呼べる全ての要素は剥奪され、昨日見せた、芽吹き始めた草木のような微かな微笑は、永久に消え去ってしまう。もうおやつやごはんで、沖田と言い合うこともないだろう。

 それに、と熊野は思う。

 バシー海峡で戦いの終わり際に言った、彼女の言葉。

 『ありがとう、これで帰れる』。

 帰れる、という言葉が熊野の頭に何度も反響した。それは艤装の記憶だったのかもしれないし、熊野自身の思いだったのかもしれない。

 彼女を、仲間の元に帰してやりたい。

 深海棲艦を完全に信用できるわけではないが、あの時の言葉が嘘とは思えなかった。

 

「わたくしは……」

 

 宣言する直前、熊野は沖田の方を見やった。そこで、思わず言葉を止めた。

 彼の顔には逡巡があったからだ。

 熊野がじっと視線を送ると、彼は我に返ったように追随した。

 

「勿論、保護の道ですよ」

 

「わたくしも、取るべきはそちらだと思いますわ」

 

 心なしか、熊野の方が語調が強かった。

 提督が頷き、立ち上がる。彼はゆっくりとした足取りで、壁の方へ向かった。そこには周辺海域の地図が架けられている。

 

「実は、あなた方のことを知ってから、ずっと考えておりました。どうすれば、この深海棲艦の価値を測ることができるのか」

 

 提督の歩みはゆっくりだ。

 この部屋の支配者は提督であり、彼はどんなことにも好きなだけ時間をかけることができるという事実を、言外に匂わせているのかもしれない。

 

「無論、保護はタダではない。研究機関でもない佐世保鎮守府が一時的にでも保護するとした場合、相応の理由が必要です」

 

 沖田が眉をひそめた。

 先に口を開いたのは、熊野だった。

 

「価値を証明せよ、ということですの?」

 

「そうだ」

 

 提督は指示棒で、海域の一点を指した。

 演習海域。

 

「どんなものでも、能書きだけは立派なものだ。万事、確認せねばならん。そして我々佐世保は、バシー海峡でのような、空母ヲ級での戦闘活動が可能かどうか、ひどく興味がある」

 

 沖田がため息を吐き出した。その横で、ヲ級が首を傾げていた。

 ため息が落ちる。

 途方もない面倒事を抱え込んだ自覚はあったが、もはや後には引けなかった。やはりあの命令書は、厄介事の前触れであった。

 思えば提督が熊野に放った言葉は、全て熊野を焚き付けて、この流れに持っていくためのものだったのだろう。

 

「そう驚かないでいただきたい。不肖なこの身では、兵器の価値を測るのに、実用する以外のやり方を知らんのです」

 

「ははは、なるほど、なるほど」

 

 沖田が乾いた笑い。

 赤松提督も口角を引き上げる。

 目の細い沖田と老提督の掛け合いは、まるでキツネとタヌキの化かし合いだ。

 だが、熊野は知っている。この提督の本質はそうではない。

 提督の低い声が、遠方から響く砲声のように、部屋の空気を震わせた。

 

「真偽は武威に問う」

 

 熊野は口を開いた。

 

「念のためお聞きいたしますが、その演習は……」

 

「実績を鑑み、空母ヲ級を含む艦隊の編成は、次に指定する。

 重巡『熊野』、駆逐艦『不知火』、そしてその空母ヲ級で、1艦隊を編成する」

 

 ヲ級が顔を上げた。

 新しい艦娘の名前に反応したのかもしれない。

 

「3対3で、こちらも空母1隻の機動部隊を整える。編成は追って通知しよう」

 

 口の堅いのを選ばなければならないな、と提督は嘯いた。この時点で、比較的交流のある軽空母はダメそうである。

 先ほどの仕草を見るに、敵に川内は入っていそうな気がした。

 海軍学校の同期である。少し負けられない理由が増えた。

 

「重巡洋艦『熊野』。速やかに艤装を修復し、作戦を立案、演習の準備を整えよ。その演習での勝利を持って、あなた方の価値を認めよう」

 

 提督の言葉に、熊野は敬礼をした。無論、心からの承服ではなく、習慣として素早く手が動いたのだ。

 沖田が困惑気味に頬を掻く。

 他方、渦中のヲ級はというと、変わった芸をする珍獣を見つけたみたいに、敬礼する熊野をじっと見つめていた。

 

 

 




登場艦船紹介

 軽巡洋艦:川内

 川内型軽巡洋艦 1番艦
 全長:162メートル 全幅:14メートル
 排水量:5,500トン
 速力:35ノット
 乗員:440名

 兵装:50口径14cm単装砲7門
    61cm連装魚雷発射管4基8門
    40口径8cm単装高角砲2門
    九三式機雷56個
    水上機1機、及び射出用カタパルト


    1942年就役、マレー沖海戦、ソロモン海戦、ブーゲンビル島沖海戦等に参加。
    いずれも夜戦。
    1944年 除籍。
    彼女の名を背負う艦娘は、いずれ劣らぬ夜戦バカばかりだという。
    しかし秘書艦であるあたり、少なくとも佐世保の彼女は才媛ではある模様。


お読みいただきありがとうございました。
次の更新は、今週末になる予定です。

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