運命に現れる恐怖の根源   作:ゼクス

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死闘の開幕

 一人の男が居た。一般の家庭に生まれ、本来ならば表社会で過ごす筈だった一人の男。

 しかし、男は幼い頃に一瞬にして全てを失った。男が住んでいた家も、学校での友達も、見慣れた街並みも、そして両親さえも一瞬にして燃え盛る煉獄の炎に飲み込まれた。まるで命を全て滅ぼす為に発生したかのような業火。

 業火は紅蓮の煉獄を築き、人々が住んでいた街を、人を焼き尽くし、阿鼻叫喚の叫びが途絶えないほどの地獄が平穏だった街で引き起こされた。

 そして気がついた時には、全てが焼き尽くされた焼け野原を幼かった子供の頃の男が歩いていた。

 生ける命を全て焼き尽くそうとした煉獄の中で、何の力も無かった子供が助かったのは奇跡だった。だが、その奇跡も失われそうだった。何の力も持たない子供が戦場後の焼け野原同然の場所で長く歩き続ける事など出来なかった。

 ゆっくりと子供の足は止まり、地面に倒れ伏した。苦しいと言う気持ちで心は覆われ、自分も同じようになるのかと子供が思った瞬間、その力の無い小さな手は握られた。

 だが、握った男の様子は変だった。目に涙を溜め、まるで生きていた者に出会えた事こそが嬉しいと言うように心の底から男は喜んでいた。

 

『ありがとう』

 

 救われたのが少年ではなく、男の方だと言う様に喜び、笑顔を浮かべていた。

 そして少年は助けてくれた男の養子となった。家族も何もかも失った少年は男の提案を受け入れ、少年と男は共に暮らした。

 数年後、男は死に、少年は数年の間に出来た家族と共に過ごすようになった。しかし、少年は大人になりかける頃に、幼かった少年から全てを奪った出来事の元凶に関わる事になった。共に戦ってくれる者達のおかげで少年は元凶を倒す事に成功した。出会いと別れも経験し、少年は大人になった。

 大人になった少年は養父となった男から受け継いだ理想を叶える為に動いた。止めようとする家族や友を振り切り、少年は自身の理想の為に“一人”で進み続けた。だが、理想と現実は違った。理想を叶える為にどれだけ頑張ろうと、零れ落ちるモノは多かった。それでも何時か叶うと信じて進み続ける。

 その中でとある戦場に男は辿り着いた。既に全てが遅かった。男がどれだけ尽力を尽くそうと、救えるものなど何一つ見つけられない戦場。それこそ奇跡でも起きない限り、救えない場所。故に男は奇跡を願った。

 

『契約しよう。我が死後を世界に捧げる。その報酬をこの場にて貰い受けたい』

 

 そして男が望んだ奇跡は起きた。助からなかった筈の命は助かり、男は自らの死後さえも捧げて大勢の人々を救った。

 しかし、男の想いと違い、何時の頃からか、人々は男を恐怖するようになっていた。何故ならば男は何も望まなかった。ただ人々を救えれば良いと言う男の行動は、人々にとって不気味な想いを抱くに相応しかった。それでも男は己の理想の為に進み続けた。そんな時に男は自らの故郷で悲劇が起きている事を知った。男はすぐに故郷へと向かい、そして■■■と■■を味わった。

 

 

 

 

 

「・・・・・アイツの正体って・・・まさか・・」

 

 朝も早い早朝。遠坂凛は自身の部屋のベットの上で、見た夢の内容に顔を顰めていた。

 朝が弱い凛だが、今日は珍しい事にハッキリと起きていた。それだけ夢の内容は凛にとって衝撃的だった。誰かの人生を覗き見ているかのような夢。それがレイラインを通して伝わって来たアーチャーの過去で在る事を凛は理解していた。

 召喚したマスターとサーヴァントにはレイラインによって繋がれている。それが原因で稀に召喚したサーヴァントの過去を夢として垣間見ることがある。

 そして凛が見た夢は間違いなく、自身が召喚したサーヴァントであるアーチャーの過去。だからこそ凛は言い表す事が出来ないほどの衝撃を感じていた。謎だったアーチャーの正体。その答えが夢の中にあった。所々途切れ途切れだったが、それでも見間違う筈の無い光景を凛は夢の中で目撃した。

 未熟だった頃のアーチャーと共に戦い抜いた蒼いドレスを着た騎士。戦場だった見覚えのある街並み。此処まで情報が集まっていて、遠坂凛がアーチャーの正体に気がつかないはずが無かった。

 

「・・・・馬鹿よ・・・アイツ・・・・よりにもよって・・『抑止の守護者』になるなんて」

 

 英霊とは様々な者が居る。その中で『抑止の守護者』と呼ばれる存在が居た。

 別名『カウンターガーディアン』。人類の守護精霊であり、最高位の『人を守る力』。滅びの要因を排除し殲滅する最大の存在こそが『抑止の守護者』。英霊の中でも信仰の薄い者、或いは世界と契約し力を得る代償として己の死後を売り渡した者がなる存在。

 アーチャーは自らの死後を売り渡して英霊となった『抑止の守護者』。普通ならば躊躇う事をアーチャーは何の迷いも無く行なった。それは凛には出来ない生き方。アーチャーの正体さえ知らなければ、思わず敬意を抱いてしまうほどの出来事だった。

 我知らずに流れていた涙を凛は拭いながら起き上がり、レイラインを通じてアーチャーと会話する。

 

(アーチャー)

 

(起きたのかね?凛)

 

 即座に返事を返して来たアーチャーの声に、内心は動揺しながらもソレを悟られないようにいつもの雰囲気で凛はアーチャーに指示を出す。

 

(・・・衛宮君を教会に送って来なさい。藤村先生には暗示を掛けて私が家に帰すわ)

 

(・・・凛、今の状況で私と離れるのは危険過ぎると思うが?)

 

(大丈夫よ。此処は私の工房。奇襲を受けても貴方が戻って来るまでの時間ぐらいは稼げるわ。だから、衛宮君を教会に送り届けて)

 

(・・・・分かった。其処まで言うならば小僧を送って来る。何かあればすぐに連絡を)

 

(えぇ、分かってるわ)

 

 そう凛はレイラインを通して告げ終えると、アーチャーとの会話を終えてベットに倒れる。

 いつもは安眠を誘い心休まる場所だったが、今は色々なことが凛の中で渦巻いていて心は休めなかった。

 

「・・・・・あの黒い影・・・何でアイツは・・あんなに苦しそうだったの?」

 

 アーチャーの過去の夢の光景で見た最後の場面。悲しみと絶望に染まった悲痛さに満ちた顔をしながらアーチャーが相対していた相手。

 暗い闇に満ち溢れた場所で、更に夢と言う光景だったせいでハッキリとは見えなかったが、凛はその相手を知っているような気がしたのだった。

 

 

 

 

 

「・・クゥ・・・アァ・・・・・・・アァ」

 

「フフッ、頑張るわね、セイバー」

 

 柳洞寺の境内内。その場所でキャスターは契約を交わす事で捕らえたセイバーが悶え苦しむ姿を楽しげに観賞していた。

 セイバーの服装は凛が用意した一般的な服装ではなく、清楚さを発揮させるような白いドレス衣装。キャスターの魔術と『令呪』によって拘束され、間断なく与えられる苦痛によってセイバーは恥辱に顔を歪ませ、淫美な雰囲気を見聞きする者に感じさせるようだった。

 キャスターに従えば、魔術と『令呪』に寄る苦痛はセイバーから消え去るのだが、セイバーは絶対にキャスターには従わないというように抗っている為に苦痛は続く。それが尚更にキャスターの喜びに繋がっていた。何故ならばキャスターは既に“セイバーを仲間に引き入れるだけの情報”を握っているのだから。

 今、ソレを教えないのは完全にキャスターの趣味が原因だった。元々キャスターは生前に男関係で碌な目に合わなかったので男性不信な面があり、可愛い少女とかが好きだった。セイバーの容姿はキャスターの好みでもあったので、少しは楽しみたいというキャスターの欲望の為だった。しかし、そろそろ話を進めようとキャスターはゆっくりセイバーの背中に手を這わせる。

 

「・・・あぅ」

 

「フフッ、頑張るわね、セイバー・・・でも、そろそろ私に従って欲しいの」

 

「・・・くっ・・こ、断る・・・誰が・・貴様などに・・・あっ」

 

 力強く否定の声をセイバーは上げようとしたが、キャスターが背中を再び撫でると共に艶かしい声に変わった。

 その様子にキャスターの中でもう少しセイバーの反応を楽しみたいという欲求が生まれるが、それを抑え込んで本題に入る事を決める。夜までにはセイバーを納得させなければ行けないのだ。恐らく今夜が鍵に成るとキャスターは考えていた。

 

(既に戦力としてはライダー、アサシンに加え、“あの男”も協力の意思を示した・・・だけど、ライダーから得られた情報と私が調べた情報を総合したとしても勝てる可能性は良くて・・・三割から五割ぐらい)

 

 冷静に自分達の戦力を吟味してもキャスターは確実に自分達が勝てるとは断言出来なかった。

 相手は言うなればサーヴァントをこの世に現界させた代物。しかも最大級の災害と呼ぶに相応しい存在。確実に勝てると言う保障など何処にも無かった。

 だからこそ、キャスターは更に戦力を必要としていた。セイバーと言う人々の幻想を星が鍛えた聖剣を持つ存在が。

 

「セイバー・・・私も周りくどい事を言える状況じゃないの。コレを見て見なさい。そうすれば私が何故過剰にも戦力を必要としているのかがわかるわ」

 

「な、何を言って?」

 

 キャスターの言葉の意味が分からなかったセイバーは苦痛に顔を歪めながらも顔を上げ、キャスターに視線を向けると、キャスターはゆっくりと魔術を用いてセイバーの顔の前に水晶球を浮かべる。

 セイバーの視線が水晶球に移動したのを確認すると共にキャスターは更に魔術を発動させ、水晶球の中に映像を映し出す。一体何が映っているのかとセイバーは思いながら水晶球を見つめると、何処かの家庭内の光景が映っていた。

 父親が居て、母親が居て、そしてその二人の子供と思われる幼い少女が居た。一家団欒と言うように和気藹々と三人は過ごしている。一体コレが何なのかとセイバーが疑問に思った瞬間、セイバーの目は見開かれた。

 平穏な家庭の光景。ソレが一瞬にして“黒い影”に飲み込まれた。比喩でも何でもなく、三人の足元から突然“黒い影”がせり上がり、一瞬にして三人の身体を覆い尽くし飲み込んだ。映像だからなのか、三人の悲痛な声は聞こえなかったが、それでもまるで苦しめるように三人を飲み込んだ“影”はその場に揺らめき、再び一瞬にして三つの影は消え去った。

 

「・・・・・・・」

 

「声も出せないでしょう?・・・当然だとしか言えないわ。アレは英霊の・・いえ、生ける者全ての天敵なのだから」

 

 キャスターの言葉をセイバーは否定することが出来なかった。

 水晶球に映っていた映像を見ただけでも、“影”が危険な存在だと理解するには充分だった。英霊の天敵と言うキャスターの言葉にもセイバーは内心で肯定するしかなかった。

 更に言えば今の映像だけでも、セイバーの持つ『直感』が最大級の危険性を告げていた、アレはあってはならない。放っておけば生ける者全てを飲み込み続けるだろうと、セイバーの『直感』が告げていた。

 

「私達は“アレ”を倒そうと考えているわ。幸いにも私には“アレ”を何とか出来る可能性がある『宝具』を所持しているの。だけど、“アレ”にソレを私の技量で当てるのは不可能に近いの。だから私達サーヴァントの天敵である“アレ”に勝つ為には総力戦になる必要があるわ」

 

「・・・・・・だから・・・私をシロウから奪ったと言う気ですか?」

 

「そうよ・・・貴女は隠していたようだけど、私ほどの魔術師なら一目見れば分かるわ・・・セイバー、貴女はあの坊やとの間のレイラインが不完全な状態だった。それこそ魔力供給も満足に行なえないほどの不完全なレイラインがね」

 

「・・・・・」

 

 セイバーは肯定も否定もしなかったが、逆にソレがキャスターの言葉が正しい事を肯定していた。

 元々士郎とセイバーのサーヴァントとしての契約は幾つものイレギュラーが重なった結果起きた出来事。レイラインが多少不完全ながらも繋がっていたおかげでセイバーの現界には問題は無かったが、サーヴァントとしての戦闘で最も必要な魔力供給が行なわれてなかった。

 それでも何度もセイバーは戦闘を行なっていたのだから、やはりセイバーは他の英霊とは一線を隔している。だが、真の『宝具』の使用をセイバーは出来なかった。使用すればセイバーの保有魔力は一瞬にして底を着いてしまう。一応食事など大量に取ることで保有魔力を増やしていたが、それも微々たるものでしかない。

 その点を一瞬にして見抜いたキャスターは、ライダーとの契約と自分の目的も重なってセイバーを士郎から契約を破棄して引き離す事にしたのだ。そしてセイバーがキャスターを新たなマスターと認めれば、セイバーは『宝具』の使用が可能になるだけではなく、ステータスも士郎がマスターだった時よりも上がる。半人前以下の魔術師である士郎と、キャスターでは魔術師の技量は比べものにならない。

 セイバーがキャスターと契約を交わす事はメリットが多い。しかし、自らを無理やり士郎から引き離し、無辜の民から『魂食い』を行なっているキャスターと手を組むのはセイバーの騎士道が認められなかった。最もキャスターはその辺りの事も理解している。故にセイバーにゆっくりと語りかけるように説明する。

 

「私のやり方は騎士である貴女には認められないかもしれないけれど、貴女を坊やから引き離したのは理由があるのよ。率直に言うわ。私達はあの“影”を操っている大元の正体を知っている。そしてその正体は貴女も知っている人物なのよ」

 

「何?・・・・私が知っている人物?・・・・一体それは誰だ?」

 

「フフフッ、その事を含めて全てを教えてあげる。この地の『聖杯戦争』の真実も一緒にね」

 

 キャスターはそう告げると共にセイバーに説明しだす。

 今冬木で起きている出来事だけではなく、自分達が戦おうとして相手の正体。そして『聖杯戦争』の真実を全てセイバーに話すのだった。

 

 

 

 

 

 昼に近い時間帯。

 衛宮士郎は霊体化したアーチャーに見張られながら、教会への道を歩いていた。昨夜のアーチャーの言葉が気になっている士郎だが、それよりもセイバーの救出の事もあって凛に自分も参戦させて貰うつもりだった。だが、話す暇も無く遠坂邸からアーチャーと共に外に出されて教会へと行く事になった。

 何とかアーチャーと会話しようにも霊体化しているアーチャーと会話する術など士郎には無く、アーチャーも話をする気は無いと言うように霊体化して見張っている。

 もしも此処で遠坂邸に戻ろうとすれば、気絶させても自分を教会に送り届けると言うように無言の気迫をアーチャーは放っていたので、士郎は渋々と教会に向かうしかなかった。僅かでも話をする機会を得るためには自分の足で向かうしかないと士郎は分かっているからだった。

 そして会話も無く教会に向かって歩いていると、漸く教会が見えて来て、士郎の背後にアーチャーが実体化する。

 

「・・・・私が送り届けるのは此処までだ。だが、くれぐれも、戻って来るような行動するな。私の目ならば例え距離が離れていてもお前を見張るのは簡単なのだからな」

 

「あぁ・・・分かってるさ・・・だけど、その前に聞きたい事がある」

 

「・・・・何だ?」

 

「・・・お前は後悔したのか?」

 

「・・・あぁ・・・後悔した。気がついた時には全てが遅かった。お前の事をとやかく言う資格など私には無いのかも知れん。私も間違ったのだからな」

 

「そうか・・・アーチャー、先に言っておく。お前と俺は違う。もう二度と後悔を抱くような選択を俺はしない」

 

「・・・・ならば、それだけの覚悟を見せて見ろ。見せられないのならば、貴様には理想を語る資格はないと思え・・・凛は私以外にも使い魔を放っている。教会の中には必ず入るのだな」

 

 そうアーチャーは告げると共に、もはや語ることは無いと言うように無言のまま士郎に背中を向けて霊体化する。

 士郎はアーチャーの背中が完全に消え去るのを確認すると、忠告に従って教会の入り口に向かって歩いて行く。アーチャー以外にも監視の目があるならば、少なくとも凛が動くであろう夕方以降までは教会の中に居た方が良いと士郎は判断したのだ。

 ゆっくりと教会の扉に手を掛けて中に入り込み、扉を閉めて凛の使い魔の監視から一時的にでも姿を隠す。

 

「・・・遠坂だって何時までも監視をしていられるはずがない・・・夕方になったら…」

 

「どうするんだ、坊主?」

 

「ッ!?」

 

 突如として背後から聞こえて来た聞き覚えのある男性の声に士郎は驚愕と困惑に包まれながら背後を振り向いて見ると、信徒席に何時の間にか腰掛けている青いボディースーツを着た男の姿があった。

 士郎はその男を知っている。自らの心臓を貫いた男を忘れるはずが無いのだから。

 

「お前は・・・ランサー!?」

 

「よぅ、坊主。セイバーと戦った時以来だな、顔をあわせるのは」

 

 緊迫する士郎と違い、ランサーは飄々としながら椅子から立ち上がり、ゆっくりと士郎に体を向ける。

 

「何でお前が教会に!?」

 

「何、こっちにもちょっとした事情があってな。まぁ、そんな事よりもだ、坊主。俺と少しやり合って貰うぜ!」

 

 叫ぶと共にランサーは右手に紅い槍を出現させ、獣ごときの敏捷さで士郎に肉薄する。

 突然のランサーの行動に驚きながらも、気を一瞬たりとも抜いていなかった士郎は両手を瞬時に構えて『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を『投影』する。

 

「『投影開始(トレース・オン)』ッ!!」

 

ーーーガギィン!!

 

 ランサーが突き出して来た槍を士郎は『投影』した『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』で防いだ。

 その様子をランサーは楽しげに口元を歪めながら、突き出した槍を手元に戻して感心したように険しい顔をしながら士郎が握っている『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を見つめる。

 

「離れたところで見ていた時にも驚いたが、本当に『宝具』を『投影』出来るとはな」

 

「お前!?俺達を監視していたのか!?」

 

「まぁな、俺のマスターの方針で気にくわねぇが監視していた訳だ。しかし、アーチャーの野郎の剣を使うとはな。だが、アイツの剣に比べたら・・・・脆いぜ」

 

 ランサーがそう呟くと同時に士郎が握っていた『干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)』に罅が広がり、簡単に砕け散った。

 

「クッ!?『投影開始(トレース・オン)』ッ!!」

 

 自らの武器が簡単に砕けたことに悔しがりながらも、士郎は瞬時に『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を再び『投影』する。

 ランサーはその姿に獰猛な笑みで口元を歪め、抑えながらも普通の者ならば穴だらけになるような速さで士郎に向かって槍を連続で突き出す。

 

「オラアァァァァァァァッ!!」

 

「クッ!!このぉぉぉぉぉっ!!」

 

ーーーギン!!ガギィン!ギィィン!!ガギィィィィーーン!!

 

 ランサーが突き出して来る槍に対して士郎は手に持つ『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を使い、槍を防いで行く。

 槍と『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』がぶつかる度に『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』は砕けて行くが、士郎は瞬時に『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』を『投影』し直して行く。しかも徐々にではあるが一撃を防ぐだけで砕け散っていた筈の『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』が、二、三撃受けても砕けなくなって行き、士郎は自分の『投影』の技量が上がって行くのを感じながら体に傷が出来ながらもランサーの槍を防いで行く。

 

(砕けるのは俺の『投影』の精度が低いからだ!!アイツの剣ならランサーの槍だって防ぎ続けられる!!)

 

(コイツ・・・本当に数日前に俺に手も足も出なかった小僧か?手加減しているとは言え、俺の槍をこうも防げるのは異常だ!?何かカラクリがなきゃ出来ねぇぞ!?)

 

 自らの槍を防ぎ続けている士郎に、ランサーは平静を装いながらも内心では驚愕を隠せなかった。

 幾ら手加減しているとは言え、生身の人間である士郎が英霊であるランサーと武器で打ち合えている。本来ならば不可能に近い出来事。何らかのカラクリがあるとランサーは考え、手加減抜きで槍を突き出す。

 

「コイツを防いでみな!!!」

 

「ッ!?」

 

 明らかに今までの速さを越える一撃。全力のランサーの一撃は閃光としか呼べない速さ。

 その一撃が真っ直ぐに士郎に向かって突き進む。今までの士郎の防御では絶対に防げない一撃なのだが、士郎の右手が不自然な速さで動き、『莫耶(ばくや)』が槍にぶつかったばかりか、流れるような動きで『干将(かんしょう)』が更に槍にぶつかってランサーの槍を逸らす。

 

「オォォォォッ!!」

 

「・・・おいおい・・・今のも防ぐとはな・・・・やっぱり解せねぇぜ。今の動きは歴戦の戦士のような動きだ。例え『宝具』を『投影』出来るにしても、まるでアーチャーの野郎のような防御じゃねぇか」

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・『憑依経験』。武器の持ち主の技量を再現する、『投影』の工程の1つだ」

 

「・・・・・何だと?・・・坊主、今のが事実だとしたら『宝具』ばかりか、お前は使い手の経験まで『投影』出来るって言う事だ。そんな無茶をしていたら身体が持たないぞ?」

 

 ランサーの言葉は事実だった。幾らの武器の持ち主の経験を再現出来るとは言え、『宝具』の持ち主は一流ばかり。その相手の動きを再現するだけでも身体に襲い掛かる負担は凄まじいものだった。

 しかし、士郎は他の『宝具』ならばいざ知らず、アーチャーの『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』だけは体に襲い掛かる負担は少なく済んでいた。その事を知らないランサーは訝しげに顔を歪めながらも槍を消失させる。

 武器を消したランサーの意図が分からなかった士郎は疑問に満ち溢れた視線をランサーに向けると、ランサーは話し出す。

 

「合格だぜ、坊主」

 

「?・・・どう言う事だ?」

 

「何・・・お前に襲い掛かったのは足手纏いになるかどうかを確かめるためだ。悪いとは思うが、足手纏いになるような奴に来られちゃ困るから確かめさせて貰ったんだ。率直に言うぜ、坊主。俺と手を組まないか?」

 

「手を組むだって?」

 

「あぁ・・・俺のマスターはキャスターの陣営に戦力が集まって行くのを危険視してやがる。まぁ、俺も同感だがな。何せ一つの陣営にセイバーも含めれば四騎のサーヴァントが居るんだからよ」

 

「なっ!?四騎って、まさか!?最後の『アサシン』のサーヴァントもキャスターのところに居るって言うのか!?」

 

「知らなかったのか?どう言うカラクリなのか知らねぇが、キャスターはアサシンの野郎を従えて山門を護らせていやがる。偵察の時に戦ったが、野郎はかなりやりやがるぜ。俺も油断していたらやられていたかも知れねぇからな」

 

「・・・・・」

 

 ランサーから得られた情報に士郎は言葉を失うしかなかった。

 姿さえも確認出来なかった最後のサーヴァントであるアサシンを、寄りにもよってキャスターが従えている。しかもそのアサシンは『クー・フーリン』であるランサーが認めるほどの実力者。アーチャー一人しかサーヴァントに対抗出来る戦力が無い凛では、どう考えても敗北しか待っていない。

 対抗する為には更なる戦力が必要。それもサーヴァントに対抗できるだけの戦力が。その事を理解した士郎は険しい顔をランサーに向ける。

 

「・・・だから、俺を確かめたんだな?」

 

「そう言う事だ。最も予想以上だったがな・・・僅か数日で手加減はしたが俺の槍を防いでいたんだからよ・・・で、手を組むか?」

 

「・・・それしか無いだろう。お前には思うところは在るけど、今の俺じゃキャスター達に対して無力だからな」

 

「決まりだな」

 

 ゆっくりとランサーは笑みを浮かべながら手を差し出し、士郎は憮然としながらもランサーが差し出して来た手を握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れが近い時間帯。

 戦いが始まる夜の帳を告げる時。柳洞寺の山門の護り手であるアサシンは実体化して夕暮れを見つめていた。昔の侍を思わせる衣装を着ているだけあって、アサシンは風流を理解していた。事情があって山門から余り離れられないアサシンは、数少ない風流を感じさせる夕暮れを眺めるのが召喚されてからの日課になっていた。

 本来ならば時代錯誤な服装を着ているアサシンの姿を寺の人間に見られるのは不味いので霊体化してなければならないのだが、今日は既にその心配はなくなっていた。宗一郎の要望に従ってキャスターが寺の人間全てに暗示を掛けて、冬木市から離れて貰ったのだ。今寺の中に居るのは『聖杯戦争』の関係者のみ。

 自らの姿を寺の人間に見られる心配が無くなったアサシンは、ゆっくりと夕暮れを眺め続けていたが、その顔は突然に険しくなり山門から下に伸びる階段に目を向ける。誰かが階段を上がって来ている。

 人払いの結界を張られている現在では柳洞寺に近づく一般人はいない。『聖杯戦争』の関係者の誰か。ソレが正しいというように黒いロングコートを着た長身の男が山門の階段を登って来ていた。

 

「・・・このような時間に何用だ。サーヴァントよ?」

 

「何、貴様と戦いに来た、アサシン」

 

 アサシンの質問に対して長身の男-人間体のブラック-は当然のように答えた。

 その返答にアサシンは口元を楽しげに歪めて、愛刀である長物の刀を鞘から抜いて刀身を輝かせる。

 

「嬉しき言葉だ。私も女狐に話を聞いた時から興味を抱いていた。私は生前に『燕』を斬る事に生涯を捧げていたのでな・・・その剣が『竜』であるお主に届くか試してみたいと心の底から思っていた」

 

「『燕』か・・・面白い。『燕』を斬ったと言う貴様の剣が俺に通じるかどうか確かめてやろう・・・ハイパーダークエヴォリューション」

 

ーーーギュルルルルルルルッ!!

 

 アサシンの言葉に対して笑みを浮かべたブラックの体を黒いデジコードが覆い尽くし、デジコードが消え去った後には楽しげに目を細めている本来の姿に戻ったブラックウォーグレイモンが立っていた。

 その左手にはギルガメッシュとの戦いで粉々に砕けたはずの『ドラモンキラー』も完全な形で修復されていた。『ドラモンキラー』には例え粉々に砕けようとも時間が経てば『修復』する力が宿っている。一晩ブラックが動かなかったのは何もギルガメッシュに負わされた傷だけではない。

 粉々に砕けた左手の『ドラモンキラー』が修復するのをブラックは待っていたのだ。目的はただ一つ、“アサシンと万全な状態で戦う為”。

 

「このままだと楽しめる戦いが出来なくなりそうだからな。その前に貴様と存分に戦わせて貰う」

 

「其処まで私との戦いを望むとは嬉しいぞ、竜人よ・・・・アサシンのサーヴァント、『佐々木小次郎』。それが私の名だ」

 

「ほう・・・ブラックウォーグレイモン。ソレが俺の名だ」

 

「フッ、存分に楽しもうではないか!」

 

「同感だ!!」

 

 アサシン-『小次郎』の言葉に対してブラックも叫び返し、二人は日が完全に暮れると共に命を賭けた死闘を開始するのだった。




更新遅れてすいませんでした。

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