現世発異世界方面行   作:露草

1 / 8
プロローグ

「はぁはぁ……やばいよ、間に合うかなこれ……」

 

 冷たい雨が降りしきる暗い夜道を全力で疾走する。唯でさえ重い荷物を抱えているのに、豪雨といって差し支えない雨の中を走っているのだ。当然息も切れ切れ呼吸も乱れ、傘も本来の機能をほとんど果たせておらず、体はただ雨にうたれるがままとなっている。

 

 僕こと一之瀬彰が、そのような現状を捨ておいてでも無理に走っているのは至極簡単な理由で、単純に時間がないだけのことだ。今から僕が乗る予定であるバス――その出発時刻がギリギリまで差し迫っているのである。

 これが普通のバスであるならば、無理してまで乗り込まずとも次の便を待てばいいだけの話になるのだが、残念ながら今回ばかりはその手は使えない。というのも僕が乗ろうとしているのは予約制の夜行バスで、更に付け加えるならばそれが最終便であるために、次の便のキャンセル待ちという手段も使えない。つまりはここで逃してしまうと次の日まで待たなければならなくなるのだ。以前から練っていた今後の予定を考えると、ここでの大幅な時間ロスは正直厳しいものがある。

 

 普段の僕は集合時間に遅れるなどといった失敗はあまりしない。常に五分前行動を心がける好青年(実際は体育会系の部活動に所属していたために癖になってしまっただけ)を自称している程だ。特に今回などはイマイチぱっとしない地元を離れ、憧れである華やかな都会の高校へと進学し、待望の一人暮らしを始める――まさにその第一歩目なのである。今までの人生で間違いなく上位にランクインする重大なイベントに違いない。事前の準備を怠るわけがないし、今日のタイムスケジュールだって完璧に計画したはずだった。

 

 それなのに遅れた理由は単純。想定外のイレギュラー。

 地震雷火事親父。人間は古来より自然の力には敵わない。

 

 随分と大袈裟なことを言ったが、つまりは僕の住んでいる地域周辺に局地的な豪雨が襲い激しい雷が落ち、我が家で停電が起きただけのこと。そしてそれがちょうど僕が家を出ようとしていた時間帯の少し前に重なってしまったのだ。

 

 停電した当初はただ単に家のブレイカーが落ちただけだと思ったのだが、窓から外を窺うとお隣さんを始めとしたご近所の方々の家の明かりもついていなかった。つまりはここら一帯地域の規模での停電が生じてしまったということだろう。

幸いにも電力の復旧自体は停電から大した時間をおかずに迅速に行われた。それはいい、うん、それはいいんだよ。さすがは日本人、仕事が早いね。問題はそのわずかな時間に起きた悲劇なのだよ。

 

 その停電が起きた時、僕は間の悪い事に出発前最後の荷造り確認をしていたんだ。荷造り確認といっても服やら生活用品は前日に発送済みなので、持っていくのは数日分の服といったお泊りセットの類なわけなのだけど、それでも嵩張る物が多いためにそれなりに大きな荷物となってしまう。バッグを開いてはゴソゴソ漁るのを繰り返し。

 そのような状況下で突如暗闇の世界に閉じ込められた僕は、焦って懐中電灯を探そうと部屋を出ようとした際、その荷物を入れたバッグに蹴躓いて中身をぶちまけた挙句、引越し先には持っていかない物を集め放置していた棚を引き倒すという愚挙を犯してしまったのさ。

 

 外界で猛威を振るっている雷音風雨と同等以上の大音量をたてて倒れた棚。使わない物をぞんざいに詰め込んでいたために、停電が復旧したと同時に僕の目に入ってきたのは見るに堪えない混沌だ。床にはいつ買ったのか分からない小物やら聞かなくなって随分経ったCDやらが散在し、足の踏み場すらない有様。流石にそのままの状況で放置するわけにもいかず、片付けている間に当初予定していた出発時刻は大きく過ぎており、慌てて家を飛び出るはめになったのだ。

 

 片付けの最中に引っ越し先に持っていこうとしてすっかり忘れていたキャリングケースを発掘出来たことを差し引いてもやはりマイナス面の方が大きい。荷物が増えたとも言いかえる事ができるし。

 因みにケースの中にはトレーディングカードゲームとして世界規模で圧倒的なシェアを誇る遊戯王デュエルモンスターズのカードがぎっちりと収納されている。僕の数少ない趣味の一つなのだ。一枚一枚は薄い紙ではあるが、小学生の頃より集めていたため、塵も積もれば山となるという諺の通り全体の重量は相当なものになっており、事前に発送しなかったことを今更ながら後悔している。

 

 そもそも夜行バスを利用しようと思ったのが間違いだったのかもしれない。楽しそうだなぁなんて単純な好奇心でそんな選択をすべきではなかった。大人しく新幹線を使っていれば、わざわざ雨脚激しいこんな遅くの時間帯に家から遠く離れたバス停留所まで走る必要もなかったのだ。怨むぞ過去の僕め、ちゃんとこういう事態を想定してから決断を下せよ(無茶振り)。

 

 そんな益体も無いことを考えながら、激しくそして冷たい雨の中を駆け抜けること十数分。停留所手前まで来た僕の目に映ったのはドアが閉まり今にも発車しそうなバス。周りに他の車両も見えないし、おそらくあれが僕の乗る予定のバスだろうと見当をつける。

 

「そこのバス! ちょっと待ったぁああああっ!!」

 

 残念ながら現在地とバスとの距離を考えると、向こうが一瞬でも停止してくれなければ間に合わないことが明白だ。くそぅ、こんな初めの一歩で「僕の満喫一人暮らしライフ」が挫かれるなんて嫌すぎるし、なんというか縁起が悪い。せめてスタートくらいは心地よく切らせてくれよ神様!!

 

「お~い! 待ってくれぇええええっ!!」

 

 そんな僕の魂の叫びが届いたのか、若干だが動き出していたバスがゴトゴトと音をたてて停車する。その様子に安堵しながらバスに駆けよると、ドアチャイムが響き、自動的にドアが開く。すると車内から小柄な赤毛の少女がひょっこりと出てきた。

 レディーススーツに洒落た帽子といった外見を見る限り、このバス会社の社員さんなのだろうか。どこか悪戯めいた猫のような感じのする子で、ニヤニヤと薄い笑いを浮かべているのがいやに様になっている。僕くらいの年頃の男子なら思わずドキッとしてしまうほど魅力的だ。ただその帽子と肩から掛けているバッグに付いている禍々しい髑髏の装飾が個人的に気になって仕方がない。いや、確かに彼女の印象や雰囲気に合っているのは認めるよ。認めるけど、少なくとも仕事着に付けるようなモノじゃないと思うんだ。

 

 それにしてもこの子、以前にどこかで見たことあるような……。

 

 そんなことを考えていると赤毛の女の子はゆっくりと車内に戻って行ったため、僕も慌てて彼女の背を追いバスの中へと入っていく。何時までも冷たい雨に打たれ続けるのは肉体的にも精神的にも辛いし、唯でさえバスの進行を止めてしまったのだから、このままグズグズしていると他の方々に更なる迷惑がかかるだろう。

 

 僕が車内に足を踏み入れるや否や、背後でドアが閉まる合図のブザー音が鳴り響き、そのままバスがじりじりと動きだした。まだ乗車券を渡してないんだけど、出発していいのだろうか……。

 

「すみません。えっと、これが乗車券です……」

 

 とりあえず目の前の赤毛の少女に乗車券を渡そうとするが、彼女はそれを見て不思議そうな顔をしている。その様子に僕は何か手違いをしたのではないかと不安になったのだが、彼女の表情はすぐにどこぞの不思議の国のチシャ猫のようなニヤニヤ笑いに一転し、僕の手を引き座席に誘導し始める。

 

 もしかして先ほど雨に打たれながら馬鹿みたいに叫んでいたことを笑われているのだろうか……。それとも下着までビチャビチャになっている現状そのものを……?

 

 それは恥ずかしい!! やはり女性に――よりにもよって確実にかわいいと分類されるような女性に失態を見られるというのはこの年頃の男としてかなりキツイものがあるよ!!

 

 そんな風に身悶えしていると彼女は更に面白そうに顔を歪めてクスクスと笑う。

 

 ぐはぁ! やっぱりそうなんだっ――!!

 

 耐え難い羞恥ゆえに僕は思わず顔を俯け、席に座ったと同時に仕切りのカーテンを閉める。さらには茹った顔を隠すために座席に用意されていたブランケットを頭から被り、そのまま目を瞑った。これで外部からの情報をすべてシャットアウト。これ以上僕の恥ずかしい姿を見られてあの子に笑われるのは御免なのだ。

 

 本当ならば頭を抱えてゴロゴロしたかったが、狭い車内でそんなことができようはずもない。だから僕はもういっそ不貞寝することに決めた。夢の中に逃げ込めばこれ以上恥ずかしいことにはならないはずだ。そうして僕は重い荷物を抱えて走った疲労感と、暖房が効いた車内の快適な空調によって、あっという間に眠りの世界へ誘われた。

 

 寝てしまったんだ。

 

 それ故に気が付けなかった。

 

 例えば乗客が自分以外に誰もいないこと。

 例えば運転席に誰もいなかったこと。

 例えば自分の乗るバスは運行中止になったという旨のメールが来ていたこと。

 

 そしてバスの行き先表示幕に書かれていたこと。

 

 しっかり確認していればそこにはこう表記されていたはずだ。

 

 

 

 

 

『現世発異世界方面行』

 

 

 




はじめまして、こんにちは。

この小説は以前にじファン様で投稿していた「現実発異世界方面行」を書き直したものです。
向こうのユーザーネームは此方で既にアカウント登録されている方がいたので、新しいユーザーネームを使っています。

小説家になろうの方にもまだデータが残っていますが閲覧はできません。バックアップとして置いてあったのですが、他に移し次第順に消していきます。

諸事情により相当更新が相当に遅いと思われますが、暇な時にでも読んでやってください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。