現世発異世界方面行   作:露草

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第3話 方針

『デュエルモンスターズ』

 

 それはアメリカ人の天才ゲームデザイナー、ペガサス・J・クロフォードによって設立されたインダストリアス・イリュージョン社より発売されている国民的なトレーディングカードゲームであり、この世界では政界や財界、経済界までをも含む多方面の分野において、凄まじい影響力を持っている。

 「遊戯王」という漫画やアニメを見たことのない人たちには到底信じられないかもしれないが、この世界ではカードゲームによって企業の業績が左右されたり、根源的なエネルギー問題が解決したり、挙句の果てには地球どころか全宇宙が消滅の危機に瀕したりするのだ。ここで生きなければいけない身の上では最重要のファクターといって差し支えないだろう。

 

 僕がそんな世界に放り込まれてから既に一週間ほど経たっている。

 

 流石に最初の数日間はショックの余りずっと室内に引き籠って塞ぎ込んでいたのだが、周りでうろちょろしているガイドさんを見ていると、そんな自分が馬鹿らしく思えてきた。気持ちの切り替えはそう簡単にできることではないけど、何時までもウジウジしているわけにはいかないし、とりあえず自分は一人ぼっちではない事が崩れかかっていた僕の心の支えとなってくれたのだと思う。そうしたことが立ち直れた一番の要因であろう。

 まぁ件のそのパートナーは現在僕のことなど毛ほども気にせず、かき氷をシャクシャクしながらくだらないバラエティー番組を見てケタケタ笑っているわけだが……。

 

 元の世界への帰還に関しては完全にガイドさん任せにするしかないので、僕がこれから最優先で考えるべき事案は、どうやってこの世界で生きていくかということである。行き倒れて死んだら元も子もない。そうなったらまさに情けな死だ。

 それに何かを考えて行動に移さなければ、限りある資産を食い潰し怠惰に暮らすニート路線まっしぐらであることが容易に想像できる。いくらなんでもそれは拙いだろう、将来に希望がなさすぎる。一瞬それもいいかなと思ってしまったのは画面の前の君とお兄さんとだけの秘密だ。

 

 そしてこれからの行動方針を懸命に考えに考え抜いた結果、最終的にデュエル・アカデミアに入学することを当面の目標とすることにした。

 デュエル・アカデミアとは前述の通り、世界情勢的にも影響力の強いデュエルモンスターズのデッキを持ち闘う者、すなわち「決闘者(デュエリスト)」を養成する専門学校である。海馬コーポレーションの総帥たる海馬瀬人がオーナーであるというのも有名な話だ。

 

 この世界に対して僕の持ち得る最大のアドバンテージがデュエルモンスターズなのだから、それを利用しない手はない。それにアカデミアに入学できれば、少なくとも卒業するまでの三年もの間、この世界のことを学びながら将来のことを考える時間が手に入る。元より高校、大学を出て就職するという将来のヴィジョンを抱いていたために、行き成り中卒で働くことになるというのが今一ピンと来ない僕にとって、この時間という財産は非常に得難いものであるのだ。

 今焦って下手を打つよりかは無難な選択だろうと自分なりに考えて決めたことではあるが、万が一にも僕と似たような境遇の人がいるとすれば、出会える可能性が一番高いのがアカデミアではないかという僅かな期待もある。

 

 また、デュエル・アカデミアの奨学金制度は非常に充実しており、学費に関してはそれほど心配する必要もなかったことや、全寮制でわざわざ住居を構える必要がないことも理由の一つにあげられる。流石社長だ、伊達に無重力なスタイリッシュコートを愛用しているわけじゃないらしい。初期の髪型ワカメじゃんとか言っていた人はごめんなさいしないとだよね。うん、ごめんなさい。

 

 資金の問題でも解決に大きく役立ったのがデュエルモンスターズのカードであり、僕が今まで収集してきたコレクションの一部を売却することによって当面の財産を築くことができた。ストレージカードが万単位でトレードされていく光景に内心罪悪感でいっぱいだったが、向こうは向こうで満足しているのだからと自分を誤魔化すのに大変だった。

 因みにガイドと再開した際に起きたカードの変化(枠にある原作者や会社名、ナンバー等の消失)は、どうやらこの世界に満ちるデュエルモンスターズの精霊の力の影響を受けた結果のようで、ガイド自身が直接何かをしたわけじゃないらしい。此方の世界のカードと見比べても全く見分けがつかなくなったし、個人的には手触りが変わってかなりの違和感があるが、そのおかげでさしあたりの金銭に困らなくなり非常に助かっているのは事実なので細かい事情は気にしていない。というか異世界トリップを経験した身としてはその程度の不思議現象は許容範囲だ。

 

 あ、そうそう、不思議現象といえばもう一つあった。それは最近になってようやく気付いたのだが、この世界と僕のいた元の世界では時間軸がずれているという事実である。元の世界ではまだ春先である三月であったのだが、先日ここでの天気予報を見たところ、どういうわけかまさに夏到来の季節である七の月が画面に表示されていたのだ。

 道理で暑いはずだよ……、地球温暖化は斯くも進行していたのかという僕の懸念はどうやら杞憂に終わったようだ。これで遠慮なくクーラー点けっ放しで寝ることができるぜグヘヘ。

 

 年代も僕の世界から十年近く逆行しているようで、今年が2004年だと知った時は思わず立ち読みしていた新聞を取り落とし、声を上げるほど驚いてしまった。店員さんに冷ややかな目で睨まれたことは言うまでもない。

 

 原作の細かい設定なんて知らないけど、もしかしたらデュエル・アカデミアで遊城十代君とその愉快な仲間達に遭遇できたりするのだろうか。まぁここが彼らの存在しない平行世界の可能性も無きにしも非ずだし、そもそも所属する年代が違うことだって十分あり得る。アニメを見たのも十年近く前の事で、記憶もおぼろげということもあり、そこら辺は当てにしないほうが賢明だろう。というか殆ど覚えていない。

 一々そういう事を考えるのも面倒になってきたので、もう後のことは後で考えればいいやのスタンスでいこうかな。もしアニメや漫画で起きるような事件に巻き込まれたとしても、大抵のことはデュエルで解決するデュエル脳が溢れるこの世界ならその場のノリでなんとかなりそうな気がするし、多少なりとも抗えそうな手段を僕は持っているのだから――。

 

 それは先にも言ったこの世界で生きる上で僕の持てる最大のアドバンテージ。デュエルモンスターズというカードゲームがあらゆる分野に影響力を与えるこの世界において、他を凌駕するであろう所有カードの質、そしてカードに関する知識だ。

 

 改めて調べてみて分かったことだが、この世界ではデュエリスト人口が多すぎて、大多数の人に十分な実用カードが供給されていない。というかレアカードの絶対数が少なすぎて、それらを入手するどころか、そもそもそのレアカードの存在すら知らないという人も多い。ネットという便利なものを利用しても噂レベルでしか情報が入ってこないほどに秘匿されているともいうべきか。

 まぁここではグールズなんていうレアカードの偽造・密売・窃盗を行う世界的規模の組織までもがあるのだ。態々情報を開示し自分から標的候補に躍り出る者なんて、よっぽど自己顕示欲の強い馬鹿か、それらの情報や存在によって利益を獲得し、狙われたところで問題なく対処できる権力者くらいしかいないのだろう。

 

 つまりは元の世界で遊戯王のカードゲームは所以資産ゲーと揶揄されていたけど、この世界ではそれが更に顕著であると考えれば実に分かり易い。資産や権力、コネクションを持つ者が強力なレアカードを占有し、情報すらも秘匿する。

 カードゲームというのは自身の所有しているカードによって、ゲームの開始前から勝敗がわかれる要素が強く含まれているのは誰しもが認めることだろう。そしてカードに対する豊富な知識があれば、それが最大の財産成り得るというのもあらゆるカードゲームに共通していることである。相手より強力なカードを持っていれば初めから優位に立っているも同義であるし、相手の使うカード情報からデッキ構成を予測し、対抗策を練り上げ、相手の戦術を逆手にとって罠に仕掛けることも経験者ならば決して難しいことではない。それが出来なければ上級者足り得ないだろう。

 

 豊富なカードプールと広い情報アドバンテージ。この二つを上手く活用できれば、僕はデュエルモンスターズが幅を利かせるこの世界において他者より遥かに優位に立てるはず――と、そこまで考えた時にそれらに関してとある問題を抱えていることに気付いた。

 

「まだこの時代に出てないカードやテキスト内容が異なったカードは使えるのだろうか?」

 

 普通に考えれば答えは否である気がするのだが、原作では明らかにカードデータがないであろうモンスターでさえ当たり前のように使用していたため、そこら辺の判断に困る。挙句の果てにはデュエルの際中に新たなカードを生み出す奴も珍しくないという話だ。流石にこれには突っ込みを入れるべきであろうか……。

 

 そもそもデュエルディスクやソリッドビジョンシステムとはどのような原理で動いているのだろうか――と疑問を抱き少しばかり調べてみたところ、どうやらデュエルディスク内部にV2エミュレーターを搭載し、カードの画像データを内部処理してハイパー3Dエンジンによって立体映像化する方式と、サテライトシステムを経由して海馬コーポレーションの中枢コンピューターでデータを高速処理し、再度モンスターデータを転送して立体化する方式が存在していることがわかった。

 前者は開発初期に作成された言わば第一世代型のデュエルディスクであり、ディスク内部でシステムが完結しているものである。高度な演算処理機械と映像マシンを搭載しているために性能は良いが単価が高く、大衆への普及にはお世辞にも向いているとは言えない。

 それに対し後者はデュエルディスクの大衆普及を目的とした型番であり、ソリッドビジョンの膨大な情報処理を外部コンピューターに任せているものだ。そのために大幅なコストダウンに成功し、比較的安価での提供が可能となっている。

 大まかなシステム面で括れば両者ともデュエルディスクのハイパーセンサーがカードの画像とテキストをスキャニングし、その変換したデジタル情報をもとに映像・効果処理していることは変わりない。つまりは僕の持っているこの世界にはないカードも使える可能性も十二分にあるということだ。一度試しておきたいのだが、その際は使用するデュエルディスクに気を付けよう。下手すると僕の持つカード情報が海馬コーポレーションに筒抜けになる。あんなブラック会社に目を付けられるのは嫌だ。

 

 幾分か希望を持てる調査結果であったが、この分だとやはりデュエルモンスターズのルール根幹に変革を齎したシンクロ召喚やエクシーズ召喚に関連するカードは諦めなければならないだろうと思われる。これらは元よりゲームシステムの根本に関わる問題なのだから仕方のないことだと割り切るしかないのだろう。

 

「予想はしていたけど……、やっぱり勿体ないなぁ……」

 

 これらが使えればいざという時の切り札にできたのにと、未練がましくカードを眺めながら溜息を吐く。目の前にあるのに使えないというのは非常にもどかしいことこの上ない。初めから存在を知らなければこんな思いをすることもなかったのに……。

 

 そんな風に気落ちしていると、不意に背後から肩をポンポンと叩かれた。この部屋にいるのは僕以外にもう一人しかいないのだから、自ずとその犯人は分かるだろう。

 振り返るとやはりそこには胸を得意げにトンと叩くガイドさんが立っていた。その様子は大変可愛らしいが、ナイ胸を張ってもそこには虚しさしか残らなうわ何をするやめ(ry

 

 

 

 赤く腫れた頬に手をやり正座の姿勢を崩さない僕の前には、酷く不機嫌になったガイドさんが腕を組んで仁王立ちしている。みんなも僕のようになりたくなければ女性と向き合う際、余計なことは思考すらしないように心掛けたほうが良いと忠告しておく。あの生物は限定的な状況下において、ペガサス並みのマインドスキャンが使えるらしいからさ。マインドシャッフルを習得するという手もあるけど、其方は違う意味で白い目で見られる可能性があるため、あまりお勧めはしない。選択するならば自己責任で頼むよ。

 

 怒り狂う悪魔を鎮めるには古来より供物であると相場で決まっている。僕もそんな伝統的慣習に従って、童実野駅前広場の一画に店を構えている人気スイーツショップへ足を運び、彼女への貢物を幾つか購入。そしてそれらを献上することによってようやく許しを得ることができた。どうせならついでにと、自分用に買っておいたカスタードプディングも奪われてしまったのは誤算だったが。既にホールケーキを三つ丸ごと食べた後だったのに、どれだけ食い意地張っているんだこの悪魔娘は……。ていうかあの小さな身体のどこに入るんだろう。

 

「それでお前、さっきは何を伝えたかったんだよ」

 

 お腹がいっぱいになって満足したのかソファーに足を投げ出していたガイドさんは、そんな僕の問いに対し、クエスチョンマークをポワポワ浮かべている。

 

 ――おい。

 

 これは一週間ほど共に暮らしていて分かったことだが、彼女は基本的に考えて行動するといったことをしない。全ての行動が思いつきであり、言うなれば刹那的に生きているのだ。それ故に数分前の自分の言動すらあまり覚えていない節がある。

 そもそも僕ら人間と何もかもが違う存在なのだから、僕らの常識に当て嵌めてそれを咎めることなど出来やしないのだろう。こういう奴なんだとそのまま素直に受け入れたほうが数倍楽だと思って諦めている。

 

 多分に呆れ成分を含めた眼差しで眺めていると、ガイドは何をしようとしたのか思い出したのか、ようやく理解の色を浮かべて手のひらをポンと叩いた。そしてソファーからひょいと立ちあがると、場所を空けるよう手で追いやるような動作をしたので、とりあえず彼女の指示通りできるだけ壁際に移動する。何がしたいのかは分からないが、先程のことを考えると彼女の機嫌を再び損ねる事態に陥るのは避けたい。

 

 僕の移動を確認したガイドは開けたスペースにゆるりと歩み、唇の端をぺロリと舐めた後、虚空に向かって軽く指をパチンと鳴らす。すると彼女の背後に闇のゲートが開き、眼鏡を掛けた白衣の猫背男が渦巻く闇よりズルリと這い出てきたではないか。

 突如現れた男が人間ではないことは、その不気味な登場の仕方と、頭に付いた山羊のような角で誰しもが判別できるであろう。肌の色も病的といっていいほど青白く、狂喜に歪むその表情は彼の精神が明らかに異常であることを物語っている。

 

 実はこの一週間の間にもガイドさんは何度か悪魔を呼び出していたから、その行為自体には余り驚いてはいない。しかし今回は呼び出したモンスターがモンスターだけに、思わず馬鹿みたいに口を開けたまま硬直してしまった。

 知らない人もいるであろうから一応ここで紹介しておこう。彼の名は《コザッキー》。僕の記憶が間違っていなければ、彼はデュエルモンスターズ界における狂気のマッドサイエンティストであり、人に極めて近い形状をしているが正真正銘の悪魔である。まぁ僕の引き攣った顔を見て横でしたり顔しているそこの小娘も悪魔なのだけれど。

 

 それにしてもまさかコザッキー教授を呼び出してくるとは予想外だ……。何がヤバいって、こいつは文字通りに狂っているという一点に尽きる。その場その場で興味の対象がコロコロと変わり、犠牲問わず失敗も恐れず訳の分からない思考のもと研究に邁進するため、彼の関わった実験はたいてい悪い方向へと結び付くのだ。それでいて魔界随一の知識を持つ技術者であることが更に問題を肥大化させている一因であり、例えそれが非道徳的な研究であったとしても一定の成果をしっかりと残すため、一方的に非難できない点も考慮すると非常に性質が悪いと言わざるを得ない。

 つまりはあまり関わり合いたくない類の人物――いや、この場合は悪魔か――関わり合いたくない類の悪魔だというのが、普通の感性である人ならば導き出される結論だ。そして当然僕も其方の普通側に含まれる。

 

 しかし横にいるガイドさんはそんな僕の揺れる内心など察しようともせず、無防備であった横腹をチョイチョイとつつき、コザッキーの方へと顎をしゃくる。

 

 ――え、何? もしかしてコイツにさっきのこと相談しろって言ってんの?

 

 大きく頷く隣の小悪魔さん。その顔はどこか得意気で、感謝の証に靴を舐めてもいいぞと言わんばかりだ。ていうか実際に足を差し出してきている。

 お前の靴は舐めないけど、確かにコザッキー教授ならデュエルディスクに新機能を付ける事など朝飯前だろう。それどころか数世代先をいった性能に匹敵する代物を作り出しても不思議ではないのだが、この教授に関わるといったこと自体が本来忌避せねばならないであろう事態であるために判断が難しい。それに加え今までのガイドの素行を見た後で、悪魔を相手にして何の代償もなしに物事を進めると思っているお気楽な人はそうそういるまい。きっと何らかの落とし穴が用意されているはずだ。

 

「う~む、どうしようか――ってちょまっ、おい!」

 

 僕が考え込んでいて少し目を離している間に、ガイドさんがコザッキー教授と勝手に話を進めている。何を話しているのかは全く聞いていなかったが、教授が此方を見ながら眼鏡をキラキラさせて口の両端を釣り上げている表情から察するに、僕にとってはあまり楽しい話題ではなさそうだ。うまい具合に商談が成立したかのように堅く握手し合っているところ悪いんだけど、ちょっと待ってくれマジで。いや、待って下さいお願いします。そこの悪魔娘も此方に向かって親指をグッと立てていないで僕の話を聞いてくれ。靴も舐めないから足を退けろ!

 

 不意にポンと背後から肩に手を乗せられる感触。錆びたブリキ人形の如くギギギと音をたてて振り返ると、そこには狂喜の笑みを浮かべた白衣の悪魔が……。

 

 あぁ、もういいです。好きしてください。

 

 

 

 

 教授に対する報酬というか代価は、教授が此方の世界で数週間程活動できるエネルギーの譲渡であった。抵抗する暇もなく僕の精神力とも表現すべき何かがごっそり持っていかれ、次の日から丸々一週間もの間寝込むことになったが、逆にその程度で済んで良かったと思った方がいいかもしれない。内心では危ない実験の被検体にされたらどうしようかと戦々恐々としていたし……。

 

 僕から存在の力とも言うべきエネルギーの供給を受け、新たな研究対象を求め狂ったような笑い声をあげながら飛び出していった教授を止められる者など、恐らくこの世には存在しないだろう。最近研究に没頭しているコアキメイルモンスターの鋼核素材を探しに行くのが主な目的であるようなので、それ程大きな問題は起こさないはずだ……と信じたい。因みにコアキメイルとはCore(中心核)+Chimera(合成獣)+Mail(甲殻)を合わせた造語であり、教授が同志と共に創り上げたモンスターシリーズの総称とのことだ。今回は主に此方の世界にしか存在しない鉱石や貴金属を収集し、今までとは違うアプローチからコアの作成・改良を計画しているらしい。

 

 自分の都合の為に、一時的とはいえ教授をこの世界に解き放ってしまったことに今更ながら後悔や罪悪感が募っていく。頼むから大人しく素材回収だけして帰ってくれよマジで……。これで何か問題でも起こされたら僕にも責任があるみたいじゃないか。

 

 

 代価を受け取ったからには仕事はきちんとするのが悪魔の美点だ。あれから数日後には既に依頼を完遂させていた手際は見事としか言いようがない。ただ、もう少し細かく注文していればよかったと後悔したのは教授によって魔改造された品物が届いた時である。

 教授の感性のまま好き勝手に弄られたデュエルディスク。本来はシンプルというより無機質であるはずのそのボディは、禍々しく刺々しい形状に変えられており、それ武器じゃないのかと言われても全く違和感がない。そして明らかに血痕であろうと思われるどす黒い汚れや、刃引きされていない刃物が付随しているのは如何なる理由があってのことなのだろうか……、僕程度の平平凡凡な脳細胞では到底その答えを導き出せそうにない。ていうかこのままじゃ銃刀法違反でポリスメンに捕まるよ。この世界にその法律があるか定かではないけど、一般常識に照らし合わせれば確実にアウトだろう。

 

 付け加えると、そんな凶悪な兵器の側面には、その外装にまるでそぐわない可愛くデフォルメされた悪魔族モンスターのシールがペタペタと張られていることについても言及せねばなるまい。此方はコザッキー教授ではなく僕の様子をニヤニヤしながら窺っている小悪魔娘の仕業だろう。

 それでも正直どこのラスボスだよと突っ込まれても仕方がない威圧感を放つデュエルディスクに仕上がってしまっている。確実に卍解を控えているような代物だよコレ……。もし僕が夜道でこんなデュエルディスクをした奴にデュエルを挑まれたら、きっと泣いて許しを請うと思う。場を和ませるワンポイントになるはずだったモンスターシールでさえも、僕が無理に剥がそうとしたため、イラストが掠れて嫌な具合に不気味さを醸し出してしまっているんだ……。

 このデュエルディスクはあれだ、もう本当にどうしようもない事態に巻き込まれた非常時にのみ使うことにしよう。そもそも初めからシンクロやエクシーズといった嫌でも注目を集めそうなカードを大っぴらな場所で使うつもりなんてなかったし、大した支障はないさ。そうだよ、これで良かったんだ、それで納得することにしようよ一之瀬君……。

 

 まぁ今はこんな物騒なデュエルディスクより、この際だからとついでにとドサクサまぎれで作ってもらった此方の世界の戸籍の方が嬉しい。個人情報がないとアカデミアの入学申し込みすら危うかっただろうし、日常生活を送る上でも不便な事が多く、後々相当に困る事態に陥っていたであろうことは想像に難くない。解決しようにも手が出せない問題であったために、それをもう心配はなくなったという事に関しては素直に教授に対して感謝の意を示したい。

 正直元の世界へ帰還するための助力を請うべきかとも頭に過ったが、教授相手に大きな借りを作るのは心身の安全を考慮すると本来是が非でも避けるべき事態であるために、今回は見送ることにした。下手をすれば帰れはしたけど身体はサイボーグに改造されましたなんて展開になりかねない。

 

 

 そんなこんなで色々とこの世界で生活する上での懸案事項が解決してきたことだし、そろそろデュエル・アカデミアへ進学するための準備を開始しようと思う。ベッドの上で一週間も無駄にしたものだから、入学要項に記載されている申し込み締め切り日が間近に迫っている。

 受験案内のパンフレットによるとデュエル・アカデミアの入学試験は筆記試験と実技試験に別れており、二種の試験で合否が決定するらしい(ただし筆記試験があまりにも悪いと足切りされる恐れがある)。実技試験の内容は言うまでもないだろうが、筆記試験に関してはデュエルモンスターズに関する知識だけではなく、英語、数学、国語の三科目からも問題が出題されるとのことだ。よくよく考えてみればいくら専門学校とはいえ、ある程度教養のある人物を集めるのは至極当然の発想だ。試験にデュエルモンスターズ以外の普通科目が出題されても何ら不思議ではない。

 幸いにも僕は最近まで高校の受験勉強に勤しんでいたし、それらの得点配分比率もそれ程高くないため、普通科目に関しては特に不安な感情は抱いていない。理科社会が含まれた五教科のテストであったら相当にヤバかっただろうけど。理科はまだしも社会で歴史の問題なんて出されたら壊滅しかねない。異界から来た僕がこの世界の歴史など知る由もないし、今から学んだところで付け焼刃にも程がある。

 完全に蛇足だけど義務教育が終了していない中等部の入学試験はしっかり五教科必須であるようなので、もしこの中にアカデミアの中学受験を受けようと思っている人がいれば注意しておこう。

 

 デュエリスト育成の専門学校よろしくデュエモンスターズに関する専門問題についても、これまで積み重ねてきた知識があれば何とかなるのではないかと甘く考えているのだが、流石に何の対策もせずに試験を受ける度胸はない。取りあえず過去問を漁ることで試験傾向の把握と、自分の知識と此方の情報のすり合わせを行うことにしよう。特に効果処理やカードテキストに関しては、此方と無効では差異があるやも知れぬから重点的にチェックしなければなるまい。それにしてもまたお金が飛んで行くな。ガイドさんの遊興費だけでも相当かかっているんだが……。

 

 辛く長い受験勉強期間を乗り越え、漸く自由気ままな高校生活が始まると思った矢先、再び勉強にのめり込む羽目になることに思うことがないでもないが、こんな事態に巻き込まれては致し方ない。いつかこんな苦労をして良かったと思う日が来ることを切に願うよ。

 

 

 

 それから三日後の夕食時の事。

 

 世界情勢を知ろうと最近になって見始めた七時のニュース番組にて、ここ数日の間に特殊なレアメタルや貴重な鉱石が相次いで盗難被害にあっているとの報道が流れた。アナウンサーの話によると、どんな強固な金庫に入れようとも証拠など一切残さず、品物のみを盗まれるケースが後を絶たないそうである。その鮮やかな犯行の手口から犯人は同一犯と見られているようだが、被害範囲が相当に広いこともあり、警察は犯人の背後に協力者が存在する組織的犯行である可能性を視野に入れて目下捜索を続けているらしい。また未確認ながらも、被害地付近で白衣を着た怪しい眼鏡の男を見たという目撃情報が何通か寄せられているようなのだが、肝心の監視カメラには何者の姿も映っていないために事件と男の関係性は不明であるとのこと。

 

 うん…………これは、あれだね。全くどこの世界でも汚い真似する奴がいるんだなぁと憤りを隠せないね。他人事とはいえ腹が立つというか何と言うか。あ、ほら僕ってそういうの許せない性質の人間じゃん? 窃盗とか人間として恥ずべき行為だし、そんな犯行に間接的でも協力するのもどうかと思うね。まぁでも冷静になってみると、犯人にも協力した人物にも何かのっぴきならない理由があったのかもしれないし、僕はそこら辺も考慮に入れて然るべきだと思うな。いや、決してその犯人や協力者というのを庇うわけではないよ? 庇うわけじゃないけど、一般的見解から言えばそういうことも考える余地があるという可能性を誰かが示唆すべきだと思っただけなんだ。どこぞの高校生名探偵は『真実はいつも一つ』とか言っていたけど、真実なんていう曖昧なモノは見る視点によってコロコロ姿形を変えるし、偏狭なモノの見方は物事の本質を歪めかねない危険性を孕んでいることは言うまでもないよね。つまりは何が言いたいかというと、本人はやりたくなかったのにそれをせざるを得ない状況下に追い込まれていたとすれば、情状酌量の余地があるという事実を僕たちは忘れてはならないんだ――。

 

 

『この事件の犯人を目撃した方、犯人に心当たりのある方、その他関連する情報をご存知の方は、どのような情報でも結構ですので、下記の電話番号までご連絡下さいますようお願いします。尚有用な情報と判断された場合、通報者には金一封が――』

 

 

 

 

 

 え、あの……ちょっとそこのガイドさん、受話器を片手に何をしているんですか……?

 

 

 




コザッキー。アニメでは雑魚キャラで出番が終わってしまいましたが、本来ならダンタリオン教授みたいなポジションでも使えるキャラクターですよね。

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