現世発異世界方面行   作:露草

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第4話 受験

 先日無事に筆記試験を終えてきた僕が通りますよ。

 

 試験結果は、アカデミアのホームページからもチェックでき、受験生には筆記試験の成績順に新たな受験番号が振り当てられる。優秀な結果を残した者から若い番号が振られ、逆に成績が悪くなる毎に大きな番号になっていくという非常にシンプルな配分だ。

 そこで割り当てられた僕の受験番号は4番。果たしてそれが忌み数とされる「4」の数字であるのか、はたまた幸せの「4」であるのかはわからないが、できるならば後者であって欲しいものだ。

 中々の好成績だと皆にも自慢したいところではあるが、実はアカデミアを受験する生徒はデュエル至上主義で、勉学をあまり重視していないため、実技試験の結果が加算されるまでたいして意味をなさない。こう言っては何だが、そもそも其方の方面に関してはおバカな十代が合格できるくらいの難易度だと考えれば、そうかもしれないなと妙な納得感が出てくるのではないだろうか。まぁ彼の場合は実技試験の評価が高かったのだろうけど。

 

 あぁ、そうだ。丁度名前を出したことだし、皆には僕が筆記試験を受けに行った日に、遊戯王GXの主人公――遊城十代と出会ったことについて話しておかねばなるまい。

 それは丁度試験会場に向かう途中の事。目の前で受験票を落とした男子学生に拾って届けてやったのだが、御察しの通りその男子学生が十代であったのだ。筆記試験に自信がない彼は、道中も参考書に齧りつきながら歩いていたために、受験票を落としたことに気付かなかったらしい。

 初対面であるのにも関わらず、まるで十年来の友であるかのようなフレンドリーさで礼を言った彼は、そこで漸く僕が同じデュエル・アカデミアの受験生であると気付き、当然の如く一緒に会場まで向かう流れに発展。流石に会場での試験教室は別々であったので、お互いに頑張ろうぜと応援し合い、解散する運びになった。

 

 少し前までは画面の向こうの人物であったはずのキャラクターと直接に対面し、あぁ僕は本当に遊戯王の世界に来たのだなと感慨深く思ったものだ。既に海馬社長はテレビで何度も拝見しているのだが、やはり画面越しというのと生で会うというのとでは感じ方が全く違う。まだどこかふわふわしていた意識が地に足を付けたような感覚と言えば、ある程度のニュアンスが伝わるだろうか。

 

 まぁそのような思いがけない出会いもあったが、筆記試験も上手くこなせたし、後は実技試験を迎えるだけである――かのように見えるかもしれないが、実はここに至るまで相当な苦労があったのだよ。理由は皆も薄々感付いているだろうが、その原因の大半はそこのカーペットに寝転がり、呼び出したクリッターを後ろから抱えてモフモフしているガイドさんである。

 

 数日前まで僕は筆記試験のために、ガイドを放置して勉強に明け暮れる毎日を送っていたのだが、暇を持て余した彼女が事ある毎に悪戯を仕掛けてきたのだ。

 気配を絶って僕の背後に立ち、驚かす程度ならまだ可愛いものであった。それでも僕が大して反応を示さないと分かると、次は消しゴムを千切っては僕の髪に投げ込み、更に耳元に息を吹き掛けケタケタと笑う。流石に邪魔に感じ始め、帽子と耳栓で防御を試みると、今度は僕の頭の上に《クリボー》を積み始める始末(ガイド曰く、一匹は《屋根裏の物の怪》だったとのこと)だ。

 気が付いたら、参考書が訳の分からない文字で書かれた怪しい古文書にすり替えられていたり、三色ボールペンの芯を全て黒インクにされていたり、あろうことか蛍光ペンの中身を修正液に入れ替えるといった、学生にとって悪逆非道なる真似をしてくれたりもした。

 

 無論僕だってやられっぱなしだったわけじゃない。なけなしの反骨精神から取った行動は、彼女のご機嫌取りに捧げる供物(おかし)にゲテモノを混ぜるという、実にささやかな復讐である。近くのコンビニに行った際、獄辛ハバネロなるヤバそうなポテトチップスを発見したために芽生えてしまった悪戯心だ。僕が悪いんじゃない、そんなもの作った製造会社が悪いんだ(責任転嫁)。あの悪魔娘の奴は凄まじい甘党であるために、相当堪えることだろう。

 実行日には適当にお皿に盛ったチョコレートやキャンディー、ポテトチップスの中にこっそり例のブツを混入し、何食わぬ顔でガイドに差し出した。そして数分後、漫画を読みながらお菓子を食い漁っているガイドが、そのハバネロチップスに手を掛け、その小さな口に――――ってあれ? その後どうなったんだっけか……何故か全く思い出せないぞ……。

 それにしても記憶がはっきりと戻ってきた時、僕の足元に落ちていた《バイサー・ショック》や《記憶破壊者(メモリー・クラッシャー)》のカードはいったい何だったのだろうか。不思議だね。

 

 え~っと何の話をしていたんだっけ、ガイドの性格が手に負えないって話だっけ?

 他に困っているといえば、最近は気に入らないことがあると、手当たり次第に悪魔を呼び出すのがトレンドらしく、何時の間にか部屋が魔界になっていることもしばしばであることかな。特に夜間などは、お化けとか外見が不気味な魔物とかが苦手な人にとって、非常に辛い環境になる。つまりは僕だ。

 そこに転がっているクリッターはいいよ、お前はガイドのお気に入りなのか、よく出てくるしもう慣れた。でもふと振り返ったら後ろに《アスワンの亡霊》が浮いているとか、朝起きたらいきなり上から《ガーゴイル》が降って来るとかはまだ無理だ。心臓に悪すぎる。

 そしてこれは僕の気のせいだと思いたいのだけれど、最近彼女が呼び出す悪魔の量やら質やらが、段々上昇している気がするんだ……。いや、やっぱりこの話はよそう。主に僕の心の平穏のために……。

 

 まぁ彼女の話はここら辺にしておこう。今はさりげなく明日に控えている実技試験に向かって、色々と準備を進めることにする。筆記試験終了時に配布されたプリントによると、試験の対戦相手はアカデミアが用意している試験官であり、初期ライフは4000からのスタートとなるそうだ。プレイングスキルやデッキ構築のセンスが評価されれば、例えデュエルに敗北しても合格になる可能性もあるらしい。当然勝つに越したことはないという話だけど。

 また、アカデミア入学者にはデュエルディスク購入の義務があるのだが、受験の段階では一時的な貸出を行っているようである。僕は例の魔改造されたディスクの他に、先日新たなデュエルディスクを、下手なパソコンよりも高い値段で購入しているので必要はない。此方にはないカードの使用が可能な事も実験済みであるため、その辺に関しての問題はクリアされたも同然である。

 後は試験時に使用するデッキについてか……。取りあえずこの一週間の間に、所持しているカードを整理して、幾つかのデッキを作成しておいたのだが、試験でどのデッキを使おうか未だに迷っている。筆記試験の方で得点を稼いでいるため、見栄えが良いが扱いづらいテクニカルなデッキを使うよりは、正統派なビートダウンデッキで堅実に得点を狙う方針でいったほうが無難だろうか……。

 

 デッキを確認しながら、明日の試験のことを考えていると、突然横からガイドの手が伸び、妙にニコニコしながら一つのデッキを僕に差し出してきた。

 彼女が勧めてきたのは、モンスターの戦闘ダメージではなく、カードの効果ダメージに主軸を置き、それによって相手のライフを文字通り焼き尽くす構築をしている、一般的に【フルバーン】と称されるデッキだ。分かりやすく言えば初期ライフポイントが4000であるルールにおいて、1ターン目から高確率で相手のライフを消し飛ばすほどの火力を誇り、最強というよりはもはや反則に近い――というかこの世界では大半が禁止カードに指定されているカード群で構成されたものである。

 

「ああ――、ありがとうさん……」

 

 そして僕はガイドに笑顔でお礼を言った後、それをそのまま使わないカードをまとめているカードケースの奥底にしまったのであった。

 

 

 

 

 

 実技試験当日。

 

 遅刻というもののせいで、最近えらい目に遭わされた(現在進行形)僕だから、かなり早めに出発し、時間的に大幅な余裕をもって試験会場に到着することができた。

 正直に言えば、遅れることにビビり過ぎて早くに来すぎてしまい、これからの緊張と退屈が混じり合った待機時間を考えると、溜息を吐きたくなる思いである。試験前特有のピンと張りつめた空気は、小心者には結構な心労となるのだ。面白そうだと試験にくっ付いて来たガイドさんは、到着早々会場内の探検に出かけてしまい、一人ぼっちであるというのがまた心細い。

 

 受付で受験票を提示し、係の人の誘導指示に従って、試験開始までの待機部屋に移動する。緊張しながら室内を覗いたのだが、時間が時間なので流石にまだ来ている受験生は少なく、片手でも数えられるくらいしかいなかった。各々は来るべき実技試験のために、デッキ調整やカード確認に忙しいようで、僕が入室しても顔を上げる者は誰一人としていない。

 僕としてもあまり人に注目されるのは好まない性質であるために、むしろこの状況は好ましいと言える――が、緊張感でピリピリしている彼らと同じ部屋にいるというのはやはり居心地が悪い。だってカード見ながら延々とブツブツ呟いている奴とか、シャカパチをやめない奴(この世界にもいたんだ)とか、ひたすらドローの練習のみをしている奴とかがいるんだぜ? 着いて早々だけど室外へと避難することに決めた僕を責めることなんてできないはずだ。トイレに籠るか廊下に立っていたほうが、まだリラックスできそうですらある。

 

 

 外で多少なり時間を潰した後で、待機部屋に戻ってくると、試験時間が迫っていることもあり、大部分の席が埋まりつつある。一応ではあるが唯一の知り合いである十代の姿を探すも、それは残念ながら無駄な行為に終わった。単純にまだ来ていないのか、はたまた筆記試験で足切りをくらったのか。流石に前者であるとは思うが、これで十代だけ落ちていたりしたら、次会った時にどんな顔すればいいのかわからん。

 まぁ今は他人の心配をするよりかは自分の心配をすべきか。事前にデッキ調整は済ませているため特にやることはないのだが、せめて集中して試験に臨めるよう、瞑想くらいはしたほうがいいのだろうか。

 

 浮き足立った気持ちを鎮める為に目を瞑り、深呼吸をしたところで、数名の試験監督員が入室してきた。まずは列毎にプリントを配布していき、試験時の諸注意や、受験生の試験を受ける順番に関しての説明を始めていく。

 監督員の話によると、どうやら番号の大きい方から順に試験を受けることになるらしい。つまり僕の番はほとんど最後の最後ということになる。できることなら早めに終わらせて欲しかったのだが、こればかりはどうしようもない。

 

 監督員の方から、もう暫く待機しているように指示された後に、もう一度室内をグルリと見廻したが、やはり十代の姿は見受けられない。その代わりと言っても何だが、僕の右斜め後ろに座っている水色の髪をした少年が目に止まった。「受かりますように受かりますように受かりますように」と念仏のようにぶつぶつ呟きながら、≪死者蘇生≫の魔法カードへ必死に祈りを捧げているこの少年は、もしかしたら丸藤さん家の翔くんではないだろうか。

 果たしてその行為にご利益があるのかは甚だ疑問ではあるが、あまりの必死さゆえに周りの受験生は若干引きながらも、深く突っ込めずにいるようだ。彼と言う人間を知識として知っている僕でさえ、なんか関わりたくない類の人だなと思ってしまったのだから、何も知らない人達からすれば当然の反応といえる。まぁ強く生きてくれとしか言えないよ。

 

 

 あれから十分ほど経った後、受験生は監督員の誘導に従って、試験会場が一望できる観客席に移動することとなった。会場には四つのデュエルフィールドが展開されており、全てのフィールドを使って四人同時に試験が進行するようだ。一人一人がアナウンスで受験番号を呼ばれていき、指示されたデュエルフィールドまで赴いて試験開始となる。

 

 着々と試験が進む中、徐々に迫りくる順番と共に僕の気分も悪くなる一方だ。因みに先程謎の儀式を行っていた丸藤翔君は、相当序盤の方に受験番号を呼ばれ、傍目からでも分かるほど青褪めた表情で、ガタガタと震えながらデュエルフィールドへ向かっていった。震え過ぎて眼鏡がずれていたけど、そのことに気付かないくらいに緊張していたらしい。

 翔は他の受験生に比べ多少苦戦していたが、最終的にはきちんと勝利を収めることができたようだ。周りに人がいるから公然とはできないが、安堵のあまりその場でへたり込んでいる翔に対し、心の中でおめでとうと拍手をしておく。彼はなんだか気の弱さといい、ヘナチョコ具合といい、同族としてのシンパシーからかどうにも応援したくなる。

 

 一応最初からここまでの試験を全て観戦しているが、今のところ僕と同く此方の世界に転がり込んでしまったと思しき仲間には巡り合えていない。例え発見できたとしても、それで何かが変わるわけではないだろうが、それでも心のどこかで求めてしまうのは僕の弱さなのだろう。

 

 

 気が付くと残る受験生数はついに一ケタ代に突入し、いよいよ出番が近付いてきた。胃が痛い。僕は緊張でガクガクしてきたというのに、横に座る受験生は富士山のようにどっしりと落ち着いている。気になってチラリと受験票を覗くと、なんと受験番号1番の人らしい。

 僕のイメージする筆記試験1番は、眼鏡を掛けた細いガリ勉君だったのだが、彼はどこか地味な印象を受けるところもあるが、整った顔立ちに高身長というハイスペックなイケメン君だ。眼鏡は掛けていない。眼鏡を掛けると偏差値が5上がるというのは僕の中では有名な話なのだけれど、彼はその魔法のアイテムを使わずして1位を勝ち取ったようだ。名前は「三沢大地」というらしい。

 もやもやとした記憶の奥底からは、あぁ~そんな人いた気がする程度のことしか思い出せないので、恐らくはアニメにおけるモブキャラ的なポジションの人だろう。モブキャラのくせに1位を取るとはやるなお主。名前からして岩石メタビの使い手だと睨んでいる。

 

『試験番号4番の受験生。試験番号4番の受験生。第三デュエルフィールドまでお越しください』

 

 はぁ、遂に来てしまったか……。顔をパシンと叩き気合いを入れ、真新しいデュエルディスクを携え、いざ向かわんと席を立つ――と腕に何かが当たった。慌てて確認してみると、どうやら先程までどこかへ旅立っていたガイドさんが、そこにしゃがみ込んでいたようである。何故に僕に気付かれない位置に潜んでいたのか、その頭に乗せたグラサンは何なのか、と彼女の行動に疑問は尽きない。

 またよからぬことを企んでいるのではないだろうか、という僕の疑惑の視線を受けたガイドは、気にするなという意味合いを込めてか、親指をグッと立てている。しかし、その口の端は笑いを隠しきれずにヒクヒクと動いており、どう考えたところで安心などできようはずもない。

 流石に何かしたのかと問い質したくなったが、そこで繰り返し呼び出しのアナウンスがされてしまった。非常に不本意ではあるが、意地の悪い笑みを浮かべ始めたあの悪魔娘の追及を放棄し、早足で指定されたデュエルフィールドまで向かう。そのうちガイドを見張るアルバイトを募集するかもしれないから、その時は皆も奮って応募してくれ。賃金はそれなりに弾むからさ。

 

 

 コソコソと会場に上がったのに、観客席の四方から視線が突き刺さるのを感じる。特に試験を見学しに来ているアカデミア中等部からの繰り上がり組の圧力がすごい。これは後に知った話なのだが、受験時に好成績を残した者は漏れなく中等部上がりのエリート君たちにマークされるらしい。アカデミアは実力主義の気風が強いために、将来ライバルなるかもしれない人間をチェックしておく意味合いがあるのだろう。

 

「私が君の試験官を務める。勝敗が直接試験の合否を分けるわけではないから、あまり緊張しなくていいぞ」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 

 目の前には例の如くグラサンをかけた試験官。というか試験監督を受け持っている全員がグラサンをかけていることから、もしかしたらそういう規則があるのかもしれない。向こうに一人だけ付けていない人がいるけど、きっと彼は忘れちゃったんだろうね。グラサンを盗む奇特な奴なんてそうそういるはずもないし。

 

 互いに十分な距離を取った後、デュエルディスクを展開し試験開始の合図を発する。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

試験官 LP4000

彰   LP4000

 

 

「私のターン、ドロー! 手札からモンスターを裏側守備表示でセット。そしてフィールド魔法《断層地帯》を発動する!」

 

 先行は試験官からだ。魔法発動の宣言と共にフィールドの周囲から巨大な砂岩がせり上がり、先程までは無機質であった地形が瞬く間に変化していく。それにしてもソリッドビジョンは実際に体感してみると感動も一入だ。特に周り一帯を映像化する必要のあるフィールド魔法は一際映える。

 

「《断層地帯》が存在する限り、フィールドに守備表示で存在する岩石族モンスターが攻撃され、攻撃モンスターのコントローラーが戦闘ダメージを受ける場合、その戦闘ダメージは倍になる!」

 

 なるほど。相手のデッキは【アステカ】系のデッキか……。守備力の高い岩石族モンスターを中心に構成し、戦闘を介した反射ダメージで相手を追い詰める――比較的珍しいカウンターデッキ。その戦法上、常に受け身な姿勢ではあるが、型に嵌った時の爆発力は恐ろしいものがある。

 

「更に永続魔法《カオス・シールド》を発動! このカードの効果により、自分フィールドに存在する全てのモンスターの守備力は300ポイントアップする!」

 

 相手フィールドに光の膜が降り注ぎ、そこに存在するモンスターを守護するかのように強く発光現象を引き起こす。

 

「これで私のターンは終了する。さぁキミのターンだ!」

 

 

 何か《カオス・シールド》を実際に見ると、無性に《闇晦ましの城》の浮遊リングを、《カタパルトタートル》で射出した《竜騎士ガイア》で破壊してモンスター全滅! のコンボをやってみたくなるな。しかし、残念な事に今回使用するデッキは、そのどちらも入っていないので、涙を飲んで普通の攻略をしていくことにするよ。

 

 相手は1ターン目からデッキのコンセプト通りにガチガチの守備態勢を引いているが、実はそこまで苦に思っていない。それは僕がこの試験に向けて選択したデッキは古き良き【除去ガジェット】のデッキであるからだ。このデッキは攻撃力の低いガジェットモンスターのサポートに、モンスターの除去やそれに類する魔法、罠カードを多数枚搭載しており、基本的に戦闘で相手モンスターを破壊することが少ない。故に戦闘による反射ダメージを狙ってくるデッキに対して非常に相性が良いと言えるのだ。

 

 この勝負、もろたで工藤!!

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 さてさて、相手の動向に気を配る余りに、自分の手札の確認をしていなかったのだが……だが……。

 

 あれ――? 可笑しいな、手札を見る限り、明らかに僕の用意したデッキとは違うわけだが……。

 

 まさか――! 先程のガイドの怪しい行動を思い出し、嫌な予感がビンビンしつつも、観客席に座る彼女の方に目を向けると――あのアマ、腹を抱えてケタケタ笑ってやがる! やはり貴様か! やはり貴様の仕業なのか!!

 

「どうしたんだ? 早く始めなさい」

 

 思わず憤怒の情に囚われそうになったが、試験官の声で我に返る。

 

 ちくしょう、ガイドの所業はやすやすとは許せることではないが、今更デッキを交換することなんてできやしないので、今はこのデッキでなんとかしなければならない。冷静になったところで(自分の中では)、手札を再度確認してみる。

 

 いやいや、やっぱりこのデッキはいろんな意味でダメだろう。これは此方の世界に来てからも使う予定はないだろうと適当に放置し、キャリーケースの奥底に眠っていたはずのものだ。周りに一緒にデュエルできる友達がいないときに、我にも無く作ってしまったデッキなんだよ。決して対人を想定して作成したわけではないんだ……! 

 

 そんな僕の葛藤など周りの人は知る由もなく、早くしろよという視線が突き刺さる。

 分かった、やるよ。やればいいんだろう!

 

「メインフェイズ。僕は手札から《王立魔法図書館》を攻撃表示で召喚!」

 

 堅い地面から突如幾つもの本棚が湧き上がり、一つの小さな図書館を形成する。

 

《王立魔法図書館》星4 ATK/0 DEF/2000

 

 こいつはソリッドビジョンで見るとモンスターっていうより一種のフィールド魔法カードに見えるな。まぁ体の大きい無機物系は皆そう見えるんだろうが。

 

「そして魔法カード《成金ゴブリン》を発動! デッキからカードを1枚ドローし、その後相手は1000ライフポイントを回復する!」

 

試験官 LP4000→5000

 

「魔法カードが発動された事によって《王立魔法図書館》の効果が発動。自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置き、このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、僕はデッキからカードを1枚ドローする」

 

 観客席の方から「アイツ馬鹿か、何で敵を回復させているんだよ」等の声が聞こえる。やはりこの世界ではライフポイントが重視されているようで、この手のカードの評判は良くないみたいだ。ということは次のこのカードもさぞかし馬鹿にされることだろう。

 

「そして装備魔法カード《折れ竹光》を《王立魔法図書館》に装備。《折れ竹光》を装備したモンスターの攻撃力は0ポイントアップする。魔法カードが発動された事によって再び《王立魔法図書館》に魔力カウンターが一つ溜まる」

 

《王立魔法図書館》 星4 ATK/0 → ATK/0 魔力カウンター2

 

 案の定外野から野次が飛んできたけど、今の僕はそんな光景を指さし、涙を流しながら爆笑しているガイドへの怒りを抑えるのに精一杯で、そちらを気にする余裕はない。覚えておけよあの悪魔娘め。今晩の夕食は、貴様の嫌いなピーマンやニンジン尽くしのメニューにしてやる。

 

「まだです。僕は更に魔法カード《黄金色の竹光》を発動。このカードは自分フィールド上に「竹光」と名のついた装備魔法カードが存在する場合にのみ発動でき、その効果によりデッキからカードを2枚ドローできる!」

 

 3度目の魔法発動を感知し、《王立魔法図書館》に魔力が満ちた。本棚全体が淡い光を放っている光景は幻想的ですらある。ぜひとも夜間に見たかった。

 

「魔法カードの発動により《王立魔法図書館》に3つ目の魔力カウンターが溜まったため、その効果を発動。このカードに乗っている魔力カウンター3つを取り除き、自分のデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 引いたカードを確認し、安堵の息を吐く。事故を起こすとあっという間に敗北してしまうデッキであるために、コンボカードが続いてくれるこの状況は非常に望ましい展開だ。

 

「カードを引くだけではデュエルには勝てないぞ!」

 

 流石に試験官の方から指摘が入った。確かにこれまで僕は只管にカードを引くことしかしていないし、周りの観客も何やっているんだこいつみたいな顔をしている。人の視線というもの自体にあまり耐性がない僕にとって、この環境は辛すぎるよお母さん。

 でもこのデッキはこういうデッキなんだ……というよりこの方法でしか勝ち筋がないのだから仕方ないだろう! 文句があるのならばデッキをすり替え、そんな僕の様子を見ながらあそこでニタニタ笑っている悪魔娘に言いたまえよ、全く。

 

「…………僕は魔法カード《一時休戦》を発動。お互いにデッキからカードを1枚ドローし、次のターン終了時まで、互いが受ける全てのダメージは0になる。そして魔法カードの使用により《王立魔法図書館》に魔力カウンターが一つ乗る」

 

………………中略………………

 

「手札より魔法カード《魔法石の採掘》を発動。手札を2枚捨て、自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択し手札に加える。僕が選択するカードは《黄金色の竹光》。そしてそれをそのまま発動し、効果によってデッキからカードを2枚ドロー! この瞬間《王立魔法図書館》に魔力カウンターが3つ溜まったため効果を発動。更にデッキから1枚ドロー!」

 

 もう幾度発動したか分からない《王立魔法図書館》の効果によって、ドローしたカードを確認する。祈るような気持ちでカードを見ると、それが先程から待ち望んでいたものであることが分かり、ようやく顔に笑みを戻すことができた。

 やっと揃ったか……、全くどれだけ運がないのだろうか僕は。カードを引きすぎたせいで、デッキ枚数は申し訳程度にしか残っていない。下手に調子に乗っていれば自滅していたかもしれないな。

 

 狙ったカードが中々来なかった上に、デュエルディスクの操作にも慣れていなかったため、ここまでたどり着くまでに相当な時間が経過してしまっている。皆には言い訳させて欲しいんだけど、デュエルディスクを使う以上、手動で効果処理を行うわけではないので、○○のついでに××も発動していいっすか? という手法を使えなかったことが最大の問題点なんだ。これは由々しき問題として、海馬コーポレーションに改善を求めたほうがよいのではないだろうか。

 

 周りのデュエルフィールドはとっくに試験が終了していたようで、受験生はおろか試験監督やその他大勢の視線が、全て僕のいるデュエルフィールドに注がれている。

 

「おい、いつまでこんなくだらないデュエルを続けるつもりなんだ?」

 

 僕の動きが止まったことで、外野の中等部から所属している証であるオベリスク・ブルーの青い制服を着た男子生徒が、野次を飛ばしてきた。実は中略している間にも散々言われていたんだよ。

 

「いえ、もう終わりです」

 

 僕のその宣言に、眉を顰めた試験官が口を開こうとした、その時だ。

 

 試験会場にいる全ての人間が強大なナニカの気配を感じ、畏怖を感じると共にざわめき始めた。会場内の空気も張りつめ、ガタガタと大地が震える感覚に陥るほどである。そして幾人かの生徒がフィールドに浮かび上がった巨大な魔法陣に気付き、その中の一人が、皆の不安や疑問を代弁するかのように口を開く。

 

「な、なんだ……、何なんだよアレは――!?」

 

 顕現するは最強の魔神。燃え盛る獄炎より現れしそれは、召喚と同時に勝利が確定する効果を持つ、ある意味で三幻神すらも超える絶対存在。

 

「今のドローで手札に5枚のエクゾディアパーツが揃いました。このデュエルは僕の勝ちです。行け、エクゾディア! 怒りの業火 エクゾード・フレイム!!」

 

 そして彼の者から撃ち出された業火が、全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 うむ、流石にソリッドビジョンで見るエクゾディアは迫力があるな。ここまで派手なエフェクトを付けられると、決まった方は気分爽快だ。遊戯王に出てくるキャラクターが、相手モンスターの攻撃を受けた時、立体映像なのにも関わらず思い切り吹っ飛んだりしていた気持ちがよく分かる。ま、あれは実際に体感システムが作動していたからなんだけど……。

 

 デュエルに勝利したことによってそれまでの緊張が解けた。もう何も怖くない。凝った首筋をグルリと回し辺りを見渡すと、僕の晴れやかな内心とは打って変わり、会場内は水を打ったように静まり返っていた。

 

 やがてその中の数人が唖然とした表情のまま囁く。

 

「エ、エクゾディア……」

「武藤遊戯がかつて切り札にしていたという伝説のモンスターだろ……確か……」

 

 会場の皆様の反応が思っていた以上にヤバい感じだ。やっぱりエクゾディアはまずかったですか、そうですか、そうですよね。でも確かグールズの下っ端とか持っていたじゃん……あっ、あれは複製品だったっけ。

 

 もはや僕の一挙手一投足に注目するほど、衆目が集まってしまっている。おかげで迂闊に動けないくらいに追い詰められている状況だ。誰か助けてくれ。

 

 そんな時だ。僕の心の声に応えるかのように、会場の出入り口から大きな声が上がった。

 

「すみませ~ん、電車の事故で遅れてしまいました! 受験番号110番、遊城十代です! まだセーフですよね?」

 

 ある意味遅延だソリティアだと揶揄され兼ねないデュエルで、試験時間が長引き、遅刻していた十代が会場に到着したようだ。というかやっぱ遅刻していたのか十代。まぁ電車の事故だったら仕方ないよね――って今はそんなこと考えている場合じゃない。皆の意識が十代に向かったこの一瞬の隙をつき、どうにかデュエルフィールドから脱出し、目立たない待機部屋の方に避難しなければ!

 

 逃げる瞬間に、十代の方へ感謝の意を込めて視線を飛ばす。

 

 ありがとう十代、この恩はきっと忘れない――と思うよ、うん多分3日くらい。

 

 今度飯でも奢るわ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「驚いたわ……。まさかエクゾディアをこの目で見られる日が来るなんてね……」

 

 観客席の後部で、先程のデュエルを見ていた天上院明日香はそう独白する。

 

【エクゾディア】

 

 それは「封印されし」と名のつく5枚のカードを手札に揃えることで、そのデュエルに勝利するという、デュエルモンスターズの中では大変珍しい特殊勝利を齎すカードだ。その条件の困難さゆえに、伝説のキング・オブ・デュエリスト――武藤遊戯が現れるまで、誰一人として揃えることができなかったとされている。

 

 しかしあの受験生はたった1ターンでそのエクゾディアを揃えてみせた。

 果たして今のデュエルがただのまぐれなのか、それとも彼の実力なのか。

 

「今日はわざわざ見に来た甲斐があったわね」

 

 彼女を知らない者が聞けば、少々上からの物言いに感じることだろう。しかし、彼女にはその発言をするだけの実力を持ったデュエリストなのだ。試験を受けている者たちと同じく、今年から高等部に進学する彼女だが、その高い実力は中等部の頃から証明されており、美しい容貌も相俟って「オベリスク・ブルーの女王」の名を欲しいがままとしている。最も本人にその気はないのだが。

 

「あぁ。中々に興味深い内容だった」

 

 明日香にそう相槌を打ったのは、アカデミアで最も優秀な者が集まるクラス――オベリスク・ブルーの青い制服を着た男、丸藤亮だ。学園中随一のデュエル技能と、その優れた人格から学生の間では「デュエル・アカデミアの帝王(カイザー)」「カイザー亮」の異名を持つ彼は、普段このようなイベントにはあまり参加しないことが多いが、今年の試験は彼の弟が受験をするということもあり、会場まで足を運んだのでいたのだ。

 

「私は途中からしか見ていなかったのだけれど、あれがたった1ターンの間に起きたことって本当なの?」

 

 受験番号1番の三沢大地のデュエルに注目していた明日香は、受験番号4番の一之瀬彰のデュエルから意識を外していたのだ。三沢大地は前評判通りの実力で試験官を打倒し、その力を示した。そしてそれを確認した後で、やたらと長期戦になっている彰の方に目を向けたのだ。途中経過が分からずとも仕方がない。

 

「ああ。彼は後攻だったが、自ターンが回って来てからエクゾディアを揃えるまで、相手に一度もターンを受け渡していない」

「そう…………」

 

 それが何を意味するか分かるだろうか。つまりはあのデッキを扱う彼に先手を取られた場合、何もさせてもらえないまま、デュエルに敗北する可能性があるということだ。ターンが回って来ず、場にカードを伏せられなければ、相手は彼の行動を妨害することすらできない。例えそれがオベリスク・ブルーの女王でも、デュエル・アカデミア最強と謳われる皇帝であろうとも、ただ己の敗北を待つしかないのだ。

 

 そのことを理解しているからこそ、明日香は口を噤む。

 

 

「いけ、フレイム・ウィングマン! 《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》に攻撃だ! スカイスクレーパー・シュート!!」

「マンマミーア! 我が《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が!!」

 

 自分が彰とデュエルで相対した時の事を想定していた明日香は、クロノス・デ・メディチの悲痛な叫びによって現実に呼び戻された。試験に遅れてきた受験生が、デュエルで試験官を務めるクロノスを破ったのだ。

 

「まさかあのクロノス教諭が負けるなんて……」

 

 クロノスはオベリスク・ブルー男子寮長であり、実技担当の最高責任者である。その役職で分かる通り、デュエルに関して非常に高い実力を持ち、彼に勝てる者はアカデミア内においても、この場にいるカイザー亮、天上院明日香を含めた極少数しか存在しない。そのクロノス・デ・メディチを倒したという事実は、デュエル・アカデミア生にとって非常に重い意味を持つのだ。

 しかし、その偉業を成し遂げた本人は、その意味を理解していないのか観客席に向かって呑気にピースしている。明日香はその光景と、先程会場内の度肝を抜いた少年もその実力に似つかわしくない小動物のような動きで会場から逃げて行ったことを思い起こし、クスリと笑う。

 

「ふふっ、今年の受験生はちょっと面白そうね」

「そうだな」

 

 

 

 ――ふん……、あんなもんまぐれさ!

 

 明日香と亮の会話を遠くから聞いていた万丈目準は、その内心に苛立ちを隠せずにいた。彼はデュエル・アカデミア中等部からの所謂エスカレーター組であり、その身にエリートの証であるオベリスク・ブルーの制服を着用している者の一人だ。万丈目自身にしても、己がオベリスク・ブルーに所属しているのは当然だと思っているし、その中でもトップクラスの実力だと自負している。

 近年抬頭してきた新興財閥「万丈目グループ」の御曹司として相応しくあるよう育てられた彼は、人より自尊心が高く、他者を見下しがちなことは否めないが、それだけの努力を積んできたし、結果も出してきたのだ。

 

 そんなプライド高い彼が認めている数少ないデュエリスト。それは自身と同じく中等部の頃より既にその頭角を現していた天上院明日香。そしてオベリスク・ブルーの偉大な先輩である丸藤亮。

 成績優秀でデュエルの実力も高い万丈目も、その二人の天才には及ばないというのが周りの評価だ。万丈目としてもその二人の実力が群を抜いていることは分かっている。実際に丸藤亮のデュエルを見た時は、それだけで己より遥か高みにいるデュエリストであると思い知らされし、明日香とは中等部の頃直接デュエルして敗北したことがある(同時に恋にも落ちたのは秘密だ)。

 しかし、自分が彼らに絶対に敵わないと思ったことはない。現状では厳しいかもしれないが、いずれ必ず超えてやると、僅かなライバル意識を抱いていたのである。

 

 そんな二人が自分をそっちのけで、ぽっと出の外部受験生に興味を示している。自分には一度も向けられたことのない好奇の視線を彼らに向けている。到底面白がれる状況ではない。

 

 ――天上院君もカイザーも何であんな奴らを……!

 

 受験番号4番に受験番号110番。互いに違った意味で、会場の注目を集めた者。片や伝説のエクゾディアをたった1ターンで召喚し、片や実技担当の最高責任者を真正面から打ち破った。確かにその結果だけを見れば、印象は強く残るだろう。

 しかし、デュエルを決するのは緻密な計算に基づく作戦であるというのを信条にしている万丈目からすれば、今回の二人のデュエルは、カードの引きという、デュエルに僅かに入ってしまう運の要素が上手く作用しただけに思えたのだ。そこに多少の偏見が含まれていることは否定しないが、決して的外れな事を言っているわけではない。少しでも引きが違えば、結果は丸っきり変わっていたなんてことも、十分にあり得る状況であった。

 周りの者たちはそんなことにも気付かず、あの二人を高く評価し、過剰に騒ぎ立てている。運が良いだけで勝ち続けられるほど、デュエルは甘いものではないというのに。

 

「ふん、いずれ俺があいつらを倒してそれを証明してやる……。今年の新入生で最も強いのは他の誰でもない、この俺だ!」

 

 万丈目の呟きは誰の耳にも届くことなく、空気中に消えていった。

 

 

 




あれ、確か三沢って漫画版遊戯王GXのオリジナルキャラでしたよね?(すっとぼけ)

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