現世発異世界方面行   作:露草

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第5話 入寮

 入学試験を終えて早一カ月余り。

 

 実のところ試験の一週間後にはアカデミアの合格通知が届いていた。それから今日までの間、僕が何をしていたのかと言うと、全寮制のアカデミアに入学するにあたり必要となる制服や生活用品といったモノの準備に追われていたのだ。そのために皆への報告が遅くなった事に関しては済まなかったと思っている。ごめんね。

 

 今は丁度ヘリコプターにてデュエル・アカデミアのある島へと移動中だ。今までパスポートすら持っていなかったという事実から察することができると思うが、空を飛ぶなど初めての体験で、正直洒落にならないくらい怖い。先程から風に煽られ、機体がガタガタ音をたてて揺れているのが、余計に恐怖を煽るのだ。遊園地にある子供用のジェットコースターでさえ怖い僕にとって、既に我慢できる限界メーターを大きく振り切っており、服は脇汗でぐっしょりとしている。隣にいるガイドさんに抱きついていなければここまで気を保てなかっただろう。

 そんな無様な様子を最初こそ笑って馬鹿にしていた彼女だが、今は何が何でも離すまいと必死にしがみ付く僕に呆れた顔をしている。普段から常にニヤニヤとしている彼女にしては非常にレアな表情だ。だがこれだけは言わせてくれ。僕が悪いんじゃない、鉄の塊が空を飛ぶ現実の方がおかしいんだ(迫真)。

 

 そもそもの話一体如何なる理由があって、アカデミアを太平洋の孤島なんかに設立したんだよ。交通の便とかを考えろよ畜生。アカデミアへのアクセス手段がフェリーかヘリコプターのみって、改めて考えるととてつもない立地だ。海馬コーポレーションという世界有数の企業が経営しているんだから、もっと良い所に移設すべき。うん、そうすべき。

 

 僕がアカデミア都市移動計画の草案を頭の中でまとめていると、飛行中のヘリから窓の外を眺めるという、正気の沙汰とは思えない行為をしていた生徒たちから突如歓声が沸き起こった。彼らの会話の内容から察するに、どうやら遂にデュエル・アカデミアが肉眼でも確認できたようである。嬉しさのあまり僕も彼らと同様に笑みを浮かべる。皆とは喜んでいる理由が微妙に違うけど気にしたら負けだ。というかまだ正確には着いていないのだから、ガイドさんもお役目御免した顔をして余所へ行かないでください、此処は未だ空の上なんです僕を見捨てないでお願いしますよぉ!

 

 

 

 当たり前であるそれが幸せ。一体どこの偉人が残した言葉なのか。こうして大地に足を踏みしめることができるという事実が斯くも素晴らしき事であるかなと、今日ほど強く思った日はない。

 

 長き恐怖から解き放たれた僕は、未だ足元がふらつきながらも、ヘリポートで待機していた先生方の誘導に従い、入学式会場として使用するらしいアリーナへ向かった。

 そこで行われた入学式は式典にしては比較的簡素であり、アカデミアの校長である鮫島先生すらも、舞台中央のスクリーンに映像で出演という形であったのには少々意表を突かれた。果たしてこれが学校形式として進んでいるのか、それとも単なる怠惰の結果なのかは分からないが、世間一般の学生にとってそのような些事はどうでもよいことだ。兎に角こういった行事は、如何に早く終わってくれるのかが問題の焦点となる。その点デュエル・アカデミアは十分合格に値する仕事をしてくれた。グッジョブ。

 

 校長先生の話が終了すると、次は他の教員の方からアカデミア内にある施設の諸注意を軽く受け、一時間後までに各々の所属する寮へと集合するようとの旨が伝えられた。どうやら寮毎に新入生の歓迎会が開かれるらしい。

 

 知らない人のために説明しておくと、デュエル・アカデミアには全部で三つの寮が存在している。青色がシンボルカラーのオベリスク・ブルーは、中等部からの成績優秀組みから構成されるエリート寮。女生徒も基本的にこの寮に所属するのが通例だが、理由は後述。

 黄色が特徴的なラー・イエローは、高等部の試験を受けて入ってきた新入生の中で成績優秀な者が配属される寮であり、残る赤い制服のオシリス・レッドは成績が悪いドロップアウト組の吹き溜りと囁かれている。

 

 実力主義の校風に則って、上からオベリスク・ブルー、ラー・イエロー、そしてドベのオシリス・レッドの順番に力関係が形成されており、所属する寮によって待遇や教師の態度、使用できる施設などもあからさまに変わってくる。それが最も顕著に表れているのが、これから生徒が寝泊まりすることになる寮だ。

 オベリスク・ブルーの寮は、それはもう豪華絢爛という言葉がピタリと当て嵌り、一流ホテルも斯くやといった建物で、一般人として育った僕の価値観からは大きくかけ離れた環境のようである。女生徒がこの寮に配属されるのも、防犯設備がしっかりしている寮であることも関係しているのだろう。

 ラー・イエローは流石にオベリスク・ブルーには及ばないものの、洒落たペントハウス調の建物であり、軽井沢などの避暑地に別荘として建っていてもおかしくないと思しき外観の寮だ。アカデミアからも近く、立地自体も悪くない。

 悲惨なのはオシリス・レッドの生徒であり、彼らの寮は、駅から徒歩三十分近くに位置する築三十年風呂トイレ共有家賃三万円の木造アパートのような有様らしい。実際僕もレッド寮を遠目から窺ったのだけれど、島の端の方に建設された木造プレハブ小屋風の建造物を見るにあたって、非常にやるせない気持ちになり、癒しを求めて視線をそのまま雄大な海に移してしまったほどだ。

 

 

 此の度の試験の結果、幸いなことに僕が配属されたのはラー・イエローであった。個人的に黄色の制服が一番好みではないのだけれど、学生生活を過ごす上で一番気楽に過ごせそうな寮であるため、そのような些細な問題は捨ておける程度のモノである。例え制服を着た自分を鏡で見た時、あまりの似合わなさに落胆し、その様子を影からガイドさんに笑われていた経緯があったとしてもだ……。ちくしょう……。

 

 入学式が恙無く終わり教員や生徒達が移動した後も、極限まで消耗した精神力を回復するために暫し休息を取っていたのだが、そろそろ足元もしっかりとしてきたし寮に向かうとしよう。先に出て行った生徒の背を追う様に、僕もアリーナの出口へと足を運ぶ。

 

 外に出るや否や、憎らしい程に照りつける太陽がお出迎えをしてくれた。燦々と降り注ぐ眩太陽光を少しでも和らげるため、癖毛対策に持参してきたキャップを深々と被る。柄にもなく日光を遮るための日傘が欲しくなるなと思うくらいの快晴だ。雲ももう少し頑張れよ、全く。

 

「おや、キミは確か受験番号4番の……」

 

 そんな益体もないことを考えながら寮へ向かっていた僕を引き留めた人物は、誰かさんとは違いラー・イエローの制服を見事に着こなす一人の男。実技試験の待機中に、僕の隣に座っていた受験番号1番のモブキャラ君だ。名前は……確か……え~っと、うん……。

 

「あれ? お前彰じゃんか!! 良かったお前も受かってたんだな!!」

 

 1番君の名前を思い出そうと記憶を掘り起こしていると、背後から僕の名を呼ぶ声が掛る。誰かと思い振り返ると、そこには爽やかな笑顔を見せる十代が此方に手を振り、向かってくるところであった。流石と言えばいいのか、燃えるように赤いオシリス・レッドの制服が元気な彼に良く似合っている。

 

「ちょっとアニキ! あの人今生徒内で噂になっているエクゾディアを召喚させた人っすよ! 知り合いだったんっすか!?」

 

 十代にくっ付くように現れた水色髪の眼鏡君は、実技試験が始まる前に奇怪な行動で周囲にドン引きされていた丸藤さん家の翔くんだ。彼もまた十代と同じく赤い制服を着用しているが、此方はまだ制服に着られている感が否めない。やっぱりキミは僕の仲間だったんだね(ニッコリ。

 

 それにしても急に声を掛けられと思ったら、雨後の竹の子のようにわらわらと人が増えてきたな。この三人だけならまだ良かったんだけど、翔が大声で叫ぶものだから周りに屯していた生徒らの視線も集まってしまったようで、少々居心地が悪い。

 

「あの噂って彰のことだったのか! 俺遅刻してきたせいで見られなかったんだよなぁ」

 

 今度俺とデュエルする時に見せてくれよな! と笑顔を向けてくる十代。どうやら既に彼の頭の中では僕とデュエルすることが確定事項になっているらしい。

 

「いや、あれは本来対人で使うデッキじゃないし、そもそも受験の時も使う予定なかったからさ。ちょっとした手違いみたいなもので……」

 

 手違いというか故意の悪戯なんだ本当は。因みにその元凶は今、多数の手下を従えて島の探索に向かっているはずだ。なんでもこの島に冒険の匂いがしたらしい。彼女は離れていても僕の居場所が分かるようなので、放っておいても飽きたらそのうち帰ってくるだろう、多分。

 

「本来のデッキではないにも関わらず、あの結果を出したのならば、それはそれですごいんじゃないのか?」

 

 会話に入ってきたのは受験番号1番君。そう言えば初めに声かけてきたのは彼だったな、申し訳ない事にすっかり忘れていた。どう考えてもハイスペックな人間なのに、どうしてこんなにも簡単に存在を忘れてしまうのだろう。やはり名前を思い出せないのが一番の要因なのか……。

 

「俺は三沢大地。制服で分かるだろうがキミと同じラー・イエローだ」

 

 僕のそんな心の内を悟ったのか、苦笑しながらも自己紹介してくれる三沢君。いい人だ、影薄いけど絶対いい人だよこの人。何故だか地味な印象は拭えないんだけど。

 

「一之瀬彰。ご存知の通りラー・イエローです」

 

 差し伸べられた手を握り、軽い握手を交わす。

 

「へぇ~、制服って寮毎に違うのか。道理で皆マチマチだと思ったぜ。あ、俺は遊城十代!寮はオシリス・レッドだな!」

「僕は丸藤翔っす。アニキと同じオシリス・レッド所属っす」

 

 各々が自己紹介を済ませたところだが、そろそろ寮に戻って歓迎会の準備をした方が良いのではないかと提案してみる。というかまだ体調が本調子でないから、部屋で休みたいというのが本心だ。優等生三沢君はその案に賛同してくれたが、十代と翔はもう少しアカデミア内を見学してくるとの事。どこからその元気が溢れてくるのだろうか、出来る事なら是非とも分けて欲しい。いずれ僕も彼らのように青春を謳歌したいものだね。賑やかに走り去っていく二人の背を見て、少し羨ましく思ってしまったよ。

 

 

 

「実技試験のデュエルでは見事だったよ。まさかこの目でエクゾディアを見られるとはな」

 

 ラー・イエローの寮へ向かう道中で三沢君から話を振られた。コミュニケーション能力に乏しい此方からすれば有難いことだが、あの試験は非常に不本意な形であったため、あまり触れて欲しくない話題にあたる。

 

「いや、あれは単純に運が良かったから……」

 

 あの王立魔法図書館軸【エクゾディア】の初手ワンキルできる確率なんて、どんなに甘く見積もっても三割程度だ。此方の世界ではエフェクト・ヴェーラーや朱紅の宣告者といった、手札誘発系の妨害手段がないために、多少確率は上がるが、それでも失敗に終わる可能性のほうが高いだろう。強欲な壺やら天使の施しを入れていれば、また話は変わってくるけどね……。

 

「謙遜する必要はない、運も実力の内さ。正直に言えば俺も途中まで、キミが何を狙っているのか分からなかった」

 

 そう言って肩を竦める三沢君。その声色からは自身の未熟さを省みているように聞こえるが、しかしそもそもの話、この世界ではエクゾディアを所持している人間なんて極々限られているため、その可能性に思い至らずとも仕方のない事だと思う。此処の常識で考えればエクゾディアと戦う可能性なんて、それこそ自身が交通事故に遭遇することより少ないはずだ。青信号の横断歩道を渡る時、横から車が突っ込んでくるかもしれない可能性を、毎度毎度想定している人間がいるだろうか。いたとすればそれは病的に神経質な人物か、信号機の存在を知らない未開人くらいのものだろう。

 

「そういえば三沢君はどんなデッキを使っているの?」

「俺か? 俺は六つの属性デッキをその時々で使い分けているな。一つのデッキに拘ると、どうしても対応力に欠ける。相手のデッキ特性が事前に分かっているならば、より優位に立てるデッキに切り替えることも戦術だからな」

 

 話題の転換を図る為に訪ねた質問だが、三沢君は此方の意図を察してか特に気にした様子もなく乗って来てくれた。どうやら空気も読める人物であるらしい。

 

 適当に振った話題ではあるが、案外面白い回答が返ってきたな。彼の考え方はどちらかというと僕の世界の概念に近い。というのも、此方の世界のデュエリストはオンリーワンのデッキテーマを使い続ける傾向が強く、複数のデッキを使い分ける人が少ないのだ。拘りや信念というのもあるのだろうが、単純にデッキの核となるカードの入手が難しいという事も、その風潮を後押ししている要因の一つに挙げられるのだろう。

 

「アカデミアに入学するにあたって、其々のデッキも改良してきた。まぁまだ実践を通しての調整をしていないから、とてもじゃないが完成したとは言えないな」

 

 三沢君はそう言って肩に掛けたバッグから、デッキケースを取り出して見せてくれようとする。するとバッグの奥底に眠るケースを取る為に荷物をどかそうとした際、その拍子で中のファイルが傾き、そこから数枚のカードがパラパラと零れ落ちた。

 

「そ、それはっ! ちょっと待ってくれ一之瀬!」

 

 何故か顔色を悪くしてそういう三沢君。しかし僕は、彼が制止する前に落ちたカードを拾い上げてしまった。勿論単純な親切心からの行動だ。

 

「あれ、このカードって……」

 

 思わず戸惑いの声がでる。というのも、拾ったカードを確認すると、それらすべてが《白魔導士ピケル》や《霊使い》シリーズといった可愛い女の子のイラストが目立つカード群であったのだ。あまりにも三沢君のイメージとはかけ離れたものであったために、彼をまじまじと見てしまう。

 

「ち、違う! 俺は別にそういうカードが好きというわけではなくてだな! 単純に効果が優秀で何かのデッキに使えるのではないかと思って集めていただけで、決してイラストが好きだからというわけではないんだ! それに俺はアイドルカードなんて軟弱なモノはどちらかというと嫌悪している方で……って、あっ!」

 

 無駄に熱弁するあまり、バッグからファイルが転がり落ちて一枚のページが開かれた。綺麗に収納されたファイルの中には、《白魔導士ピケル》のカードが一面にびっしりと収められている。そして悪戯な風に煽られ、次々にページが捲られても似たような光景が目に飛び込んできた。

 

うわぁ……。

 

 いや、個人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、流石にこれは彼への認識を改めざるを得ない。今この瞬間僕の中で三沢大地という人間のイメージが、成績優秀で人の良いイケメンからただのロリコンになったよ。

 

「うん……。【キュアバーン】のデッキなんかでは採用することもあるしね……」

「あ、あぁ、そうなんだ! 実は最近、その手のデッキも作ろうかと思っていてだな――」

 

 何やら慌てて説明し始めたが、もし採用したとしてもルール上同名カードは3枚までしか入れることができないため、此処にあるピケルを全部使うためにはデッキが幾つ必要になるか分かったものじゃない。裏スリーブにでもするつもりなのかな。

 未だにピケルの優秀さについて語っているけど、なんか可哀想だし適当に相槌でも打っておこう。そういうカードが好きなら、堂々と認めてしまえばいいのにね。

 

 まさか属性デッキというのも霊使いシリーズのデッキなのだろうか?

 

 

 

 ロリコンであると判明した三沢(呼び捨てに変更)とラー・イエローの寮に辿り着く。僕と彼の間にはさっきまではなかった微妙な距離を感じたとしても、気にしない方向で頼むよ。YESロリータNOタッチさえ守ってくれれば、僕は差別しないからさ。区別はするけど。

 

 寮に入ると寮長である樺山先生自らが出迎えてくれた。穏やかで人の良さそうな顔の小柄なおっさんである。ただどんなに人が良さそうな人物でも、その内面に何を抱えているのか分かったものではないという事を、先程学んだばかりなので油断はできない。

 

 それから樺山先生から新入生の歓迎会が始まる前までに、これから暮らす事になる自分の部屋の確認と、軽く荷物の整理をしておくようにとの御達しがあった。先に配達に出していた荷物は、既に各々の部屋に運び込まれているらしい。

 ラー・イエローの寮は外観、内観ともに落ち着いていて趣味の良いものであるため、部屋の方にも多大な期待してしまう。正直自分の部屋を想像するだけでワクワクが止まらない。小学校高学年になって、初めて自室を手に入れたあの時も、同じように胸を躍らせていたことを思い出す。

 

 樺山先生に教えてもらった僕の部屋は、一階の通路奥に近い位置にあり、隣室にはロリコン三沢と神楽坂君という生徒が住むことになるそうだ。後で挨拶に向かわねばならないが、何はともあれまずは自室を覗いてからだ。扉の前で軽く深呼吸し、扉の向こうに想いを馳せる。そしてこれから長い付き合いになるであろう部屋に、宜しくという気持ちを込め、ドアノブに手を掛ける。

 

 そして、扉を開くとそこは悪魔の巣窟だった。

 

 バタン。

 

 ふぅ……。扉を閉めて一息吐く。

 

 いや、落ち着くんだ一之瀬彰。今のは扉の開け方が悪かったからに違いない。そうだよ、廊下の内観と、部屋の内装が欠片も一致していなかったもん。

 もう一度チャレンジだ。ほら、こうして冷静かつ慎重に扉を開ければ、そこには至って普通の部屋が……。

 

 目に飛び込んできたのは、先程島内の探検に向かったはずのガイドさんが大量の悪魔を呼び出し、それらが好き勝手に部屋を跋扈している光景。壁には《絵画に潜む者》や《デビルズ・ミラー》を立て掛け、《幻影の壁》で仕切りを作るなどとやりたい放題してくれている。

 

 お前人の部屋でなにしくさっとんのや!!

 

 

 

 あれからガイドさんが滅茶苦茶にしてくれた部屋の片づけに追われ、気付けば新入生歓迎会は御開きになった後だった。だってあいつら土足で上がり込んでいるものだから、汚れやらよく分からない粘液やらで、まだ一度すら踏み込んだ事のない新居が、見るも無残なことになっていたんだもん。寮長から掃除用具を御借りできなければまだ終わっていなかっただろう。何故かどの用具もカレー臭かったのは不思議だったが……。

 薄暗い食堂の中一人ぼっちの夕食。歓迎会の残り物の冷めた料理でお腹を満たす。あれ、どうして涙が出てくるんだろう……どうしてこんなにも惨めな気持ちになるのだろう……。

 

 その後は何とか落ち着ける環境にまで片付け終えた自室に戻り、電気も付けずにベッドへダイブ。既に外界には夜の帳が下り、月明かりだけが僕の心を癒してくれるように、窓から差し込んでいる。

 眠気と疲れで意識が朦朧とする中、全くあのガイドの奴めと呪詛を唱えていると、そこでようやく入学式の時、生徒全員に配布された携帯情報端末(PDA)に、着信を示すライトが光っていることに気付いた。デュエル・アカデミアに通う生徒は、迅速かつ効率的に業務連絡を通達できるPDAの所持を、校則によって義務付けられている。勿論生徒間同士の通話やメールも可能だが、まだ入学して間もないこの時期だ。恐らくはアカデミー側からの業務連絡だろうと見当を付け、メッセージを開いてみる。

 

「あれ――?」

 

 しかし、僕の予想に反して発信者はアカデミアではなく、万丈目準という名前が表示されていた。万丈目ってあの万丈目サンダーのこと? 予期せぬ名前が出て来たことで少々驚いたが、とりあえずメールの内容を確認してみる。

 

『午前零時。アカデミア東校舎、オベリスク・ブルーのデュエルフィールドで待つ。デュエルディスクとデッキを持って来い』

 

 何だか非常に意味深なメールだが、まずはここで皆様にお知らせしておきたい事がある。それは時刻が既に午前零時を三十分ほど過ぎているという現実だ……。つまりはどう足掻いたところでこの内容を実行するのはもはや不可能であり、このメッセージを飛ばした万丈目は、もう三十分の待ちぼうけを食わされているわけか……なんかごめんね。

 まぁでも人を呼び出したいのならば、まずはその用件を明示して、相手の迷惑にならない時間帯を選定すべきだよ。せめて普通の時間帯を指定してくれていれば、様子見に二秒くらい行っても良かったのに……。それに夜間は基本的に外出禁止だって生徒手帳に書いてあったじゃないか(真面目)。

 というか万丈目とは今までに全く接点がないんだけど、そもそも何でメールが送られてきたのだろう。あ、もしかして他の誰かのアドレスと間違って発信してしまったんじゃなかろうか……。可能性としてはそれが一番濃厚だ。一応メール気付くのが遅くなった謝罪と、送信者を間違っていないかの確認メールを送っておこう。

 

 メールの問題に関してはもうこれでいいやと思考を放棄し始めたところで、部屋をしっちゃかめっちゃかにしたまま逃走しやがったガイドさんが、素知らぬ顔で帰ってきた。僕の恨みの籠った視線を受けても、何故自分がそんな目で見られなければならないのか分からない、といった表情であるのは流石といったところか……。いや、反省はしてほしいんだけどね。

 そんな彼女が嫌にご機嫌なのを不審に思い、今まで何をしていたのかと聞くと、なんでも島の端の方に古くなった洋館を発見したようで、誰も利用していないことをいい事にその館の改造を計画しているらしい。

 うん……、まぁでも誰も使っていないならいいか……。少なくとも自室を魔界にされるよりかは何倍もマシだ。使わなくなった施設の有効利用とも言える。資材を無駄にすることもなく、地球のためにもなる。それにその洋館だって利用されないより、誰かに利用されたいはずだ。例えそれが悪戯大好きで、周りの被害を全く考慮しない小悪魔だとしてもそのはずさ。多分……恐らく……メイビー……。

 

 そう、エコだよそれは! 

 

 

 

 誰だ今エゴだろって言った奴は!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 彰が自身に届いた万丈目のメールの事などすっかり忘れて、就寝に入ろうとしている頃、デュエル・アカデミア内部のデュエルフィールドには、深夜にも関わらず二人の生徒が対峙していた。一人はオベリスク・ブルーの青い制服を着た万丈目準。もう一人は赤い制服が目立つオシリス・レッドの遊城十代である。

 

 そのフィールドの端には、十代を心配し付いて来た翔と、万丈目の取り巻きであるブルー寮の生徒が二人、そして万丈目達が良からぬ事をするらしいと小耳に挟み、気になって様子を見に来た明日香が、デュエルの成り行きを見守っている。

 

 こうなった原因を知るためには本日の昼頃まで遡らなければならないが、その経緯は至って簡単だ。話は十代と翔がデュエル・アカデミア探検中に、デュエルのエフェクト音に釣られてオベリスク・ブルー専用のデュエルフィールドに入り込んでしまい、万丈目とその取り巻きであるオベリスク・ブルーの生徒らと諍いを起こした事に起因する。

 その時は偶然通りかかった明日香に仲裁されたのだが、夜になってから十代のPDAにアカデミアでは禁止されている互いのフェイバリットカードを賭けたアンティ・ルールでデュエル勝負を挑むという万丈目のメッセージが届き、それを十代が易々と受けてしまったことで現在に至るのだ。

 

 此度の騒動は万丈目にとって実に都合の良いものであった。というのも運が良かっただけで周りからチヤホヤされている奴に身の程を教えてやる機会を、その本人自ら提供してくれたようなものだからである。

 デュエルで煽ればすぐさま誘いに乗って来るだろうことは、昼間の十代との会話で容易に想像できた。見るからに何も考えていなさそうな、典型的なお気楽人間。こんな奴にクロノス教諭を倒す実力があるわけがない。戦わずとも既に自分の勝利を確信した万丈目は、もう一人の目障りな人間の方に思考を移す。それは実技受験において遊城十代と同じく、運だけで勝ち進んだ男の事だ。

 

 ――面倒事はなるべく一気に片付けたほうがいい。アイツも呼び出してみるか……。

 

 そんな万丈目の思惑はターゲットの一人が時間になっても現れなかったことで、半分頓挫しているが、元々そちらは序でであったためにそれほど落胆はしていない。何より当初の目的は達成されつつあるのだから……。

 

 既に互いのライフポイントは半分を切り、デュエルは終盤に差し掛かっている場面。万丈目のフィールドにはATK/1800の《ヘルジェネラル・メフィスト》が存在しているが、十代の場にはモンスターは一体もいない。彼の切り札である融合モンスター《E・HERO フレイム・ウィングマン》も、万丈目に対策されていたことによって、いいように利用され、現在はセメタリーへと送られてしまっている。

 

「どう転んでも俺の勝ちは決まったようだな。アンティ・ルールにより貴様のベストカードを頂くぜ!」

 

 万丈目は己の勝利を確信し、目の前のデュエルから集中を解く。するとそこでようやくデュエルフィールドの外に、憧れである明日香がいることに気付いた。

 

 ――む、あれは天上院君……!? 何故こんなところに……、まさか俺のデュエルを見てくれていたのか――?

 

 呼び出したはずの一之瀬は現れないのに、呼んでもいない明日香がこの場にいる。万丈目も流石にこの状況は予想していなかったが、これは嬉しい方の誤算だ。明日香の前で遊城十代を軽く打ち負かせば、彼女の興味も自分に移るかもしれない。そして行く行くは良い仲に……。

 

 そんな妄想が頭に過った万丈目は更に調子付く。

 

「デュエルは99%の知性が勝敗を決する。運が働くのはたった1%に過ぎない。貴様がクロノス教諭に勝利できたのは奇跡的にその1%を拾ったからだ。実力で勝ったのではない。ドロップアウト組のオシリス・レッドが調子に乗るな!」

 

 圧倒的不利な状況で十代にターンが回る。しかし、彼の手札の中にはこの状況をひっくり返せる手段はない。勝敗の全てはまさに次のドローに懸っている。

 

「だったら俺はその1%に賭ける。俺の引きは奇跡を呼ぶぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを確認した十代の顔に喜びの色が宿る。デッキは彼の信頼に答えて見せたのだ。

 

 しかし、十代が逆転の切り札を発動する前に、アカデミア内を巡回警備するガードマンの近付く音に明日香が気付き、完全に校則違反を犯している彼らは罰則を恐れて、結局勝負はつかず仕舞いに終わることになってしまった。

 当然途中でデュエルを投げ出すなんて真似を、デュエル大好き人間である十代が素直に認めるはずもない。ここから彼の逆転劇が始まるところだったのだから尚更である。

 

「待てよ! まだ勝負は終わっちゃいないぜ!」

「もう十分さ、お前の実力は見せてもらった。やはり入学テストでクロノス教諭を破ったのはまぐれだったようだな」

 

 しかし万丈目としては既に目的は達成されたようなものだ。十代の情けない様を、明日香に見せつけることもできて万々歳である。オシリス・レッドの劣等生にこれ以上付き合って、アカデミア側から校則違反の罰を受けるなんてナンセンス以外の何物でもない。

 

「それと臆病風に吹かれて来なかったもう一人のまぐれ野郎にも伝えておけ。所詮運だけでアカデミアに合格した貴様らなど、この万丈目準様には遠く及ばないとな!」

 

 そう捨て台詞を残し仲間を引き連れ、場を去っていく万丈目。十代は尚もデュエルの決着がつくまで動かないと駄々をこねたが、最終的には翔と明日香によって引き摺られてその場を後にすることとなった。

 

 

 

「全く、子供じゃないんだから手を掛けさせないで」

 

 隙を見せればすぐに戻ろうとする十代に手を焼きながら、どうにか施設の外まで脱出することができた、明日香開口一番の言葉である。

 

「ごめんなさい、明日香さん。ほら、アニキもちゃんとお礼を言って!」

「だってよぉ、これから俺の大逆転劇の始まりだったのに……。ついてないぜ……」

「あら、ガードマンの邪魔が入っていなければ、今頃アンティ・ルールで大事なカードを失うところじゃなかったの?」

 

 終始万丈目に押されていながらも、まだ軽口を叩く十代に明日香は少し意地悪な質問をする。多少先程世話を焼かされた恨みを込めた事は否めないが、それも十代の態度を鑑みれば仕方のないことだろう。

 

 その質問に対し十代は言葉ではなく、自身が最後にドローしたカードを見せる事によって答えた。彼があの土壇場の状況で引いたのは《死者蘇生》――墓地から任意のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する効果を持った、強力な魔法カード。その効果によって墓地から《E・HERO フレイム・ウィングマン》を特殊召喚し、万丈目の場の《ヘルジェネラル・メフィスト》を戦闘破壊すれば、そのモンスター効果によって破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与えられ、相手のライフポイントを削りきれていたのだ。

 

 その事実に明日香が気付かないわけがない。

 

 ――やっぱりこの子は何か持っているわね……。事前にデッキが対策されていたにも関わらずそれを見事に跳ね返し、更にはあの逆境において、状況を打開するカードを見事に引き当てるなんて……。

 

 明日香は自分が入学試験の時に彼に感じた、直感のようなものは間違ってなかったかもしれないと思い――そしてその直後には子供のように地べたを転がって悔しがる十代を見て、そう結論付けるには早かったかもしれないと思い直すのであった。

 

 

「ところで万丈目君が最後に言っていた言葉はどういった意味なのかしら?」

 

 明日香は、昼間にトラブルが起きた時の当事者があの場に全員いたのにも関わらず、万丈目が他の第三者について言及していたのが気に掛っていた。実はデュエル前に万丈目が零していた言葉を聞いていればその疑問を抱くこともなかったのだが、彼女は丁度デュエルの開始時に現れた為に聞き逃してしまっていたのである。

 

 故にその質問には初めからあの場にいた翔が答えた。

 

「それが万丈目君は一之瀬君も呼び出していたらしいんですよ。アニキとあの人は今やアカデミアの生徒の噂の中心っすからね。自分より目立つ人間が気に食わないから、いっぺんに叩こうって魂胆だったんじゃないっすか?」

 

 全く嫌な奴っすねぇと嘯く翔に対し、明日香は先日十代と同じく自身が気に掛けた名前の方に反応した。

 

「一之瀬君ってあのエクゾディアの?」

「あ~、でも彰はあんま使いたくなかったみたいだぞ。本来のデッキじゃないとか何とか。ってことはアイツの本気は噂なんかよりもっとすげぇってことか! やっぱり早くデュエルしてぇなぁ!」

 

 先程までの不機嫌はどこへ行ったのか、十代にはもはや次のデュエルの事しか頭に無いようで、喜色をあらわにしている。明日香は、十代の変わり身の早さに苦笑しながらも、彼の言葉を心の中で反芻し、それが意味するところを考察していく。

 

 ――ここにいる十代もそうだけど、やっぱりもう一度彼のデュエルをしっかりと見る機会が欲しいわね。出来る事なら私自身が相手を務めたいところだけど……。

 

 

 呑気に帰っていく十代とは対照的に、明日香は思考に耽るのであった。

 




実は十代のフレイム・ウィングマンは墓地からも特殊召喚できる、最強フレイム・ウィングマンだったんだよ!
ΩΩΩ<な、なんだってー!!
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