現世発異世界方面行   作:露草

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第6話 事件

 はきはきとした淀みのない声が教室に響く。今は授業中ではあるが、生徒の注目を集める中でカードの説明をしているのはその授業を受け持っているクロノス教諭ではなく、そのクロノス教諭から与えられた質問に対して解答しているオベリスク・ブルーの生徒――天上院明日香だ。

 

 僕と彼女とは所属している寮が違うため、こうして彼女の姿を確認できるのは授業中くらいだったりする。背は高いし綺麗だしスタイルはいいし、そら人気あるわなと納得するしかない容貌であり、平凡な僕とは住む世界が違う住人にしか見えない。あ、よくよく考えれば文字通り別世界の人間だったわ。

 

 例え普段は授業など聞く気もない生徒でも、彼女が喋り出すとまるで信者が自身の信仰する神から信託を受けるかの如き真剣さで耳を傾ける。それだけで彼女の人気がどれ程のものか理解できるだろう。

 

 今も教室の全生徒から注目を浴びているといっても過言ではない明日香であるが、その当事者である本人は周りの視線など何のその、気負った様子など微塵も見せず、堂々たる態度で解答を終える。よくもまぁあそこまで悠然としていられるものだ。これがもし僕だったら……。

 

「素晴らしいーノ!オベリスク・ブルーのシニョーラ明日香には優しすぎる質問でしターネ。それでは次の質問を……、シニョール丸藤!」

「はっ、はい!」

「フィールド魔法の説明をお願いシマスーノ」

「え~っと、フィ、フィールド魔法はその、あの、え~っと……」

 

 絶対にあんな感じになっていると思う。

 

 分かる、分かるよ翔。僕らみたいな小心者タイプは、事前に心の中で解答をきっちり纏めてからでないと上手く言葉にできないんだよね。そんないきなり当てられても、心の準備が間に合うはずがない。せめて彼にも一分程度の時間をやってくれよ。

 

 結局翔は満足な解答ができず、落ちこぼれのオシリス・レッドが大嫌いなクロノス教諭にネチネチと嫌味を言われ、教室にいる大半の生徒の嘲笑の的になってしまった。明日は我が身だけに全く笑えない。笑えるはずもない。隣に座る三沢も彼らの行為を良く思っていないようで、どこか憮然とした表情を見せている。やっぱり基本いい人なんだよな、ロリコンだけど(定着)。

 

 まぁそんな良い人である三沢でも表情に出すだけだ。ここで翔の事を馬鹿にする奴らを注意するために、声を上げることができる奴なんて早々いないであろう。

 

 しかし――。

 

「でも先生、知識と実践は関係ないですよね。だって俺もオシリス・レッドの一人ですけど、先生にデュエルで勝っちゃったし!」

「ぐぬぬ……マンマミーア!」

 

 翔の横に座っていた十代がクロノス教諭に皮肉を飛ばす。こういうことをさらりと言える人がクラスに一人いるといいよね。立場が上の人にも臆することなく向かっていける、僕も出来る事ならばそんな人間になりたかった。

 そういう人物になれていたなら僕は現在のような、ガイドさんに自室の大部分を占領され、部屋の隅っこに隔離するようにテープで区切られた空間(スペース)で暮らすような生活にはならなかったと思うんだ。

 

 いや、ここで諦めるな僕、きっとまだ間に合うはずだよ! 十代を見習うんだ、僕に必要なのはあと一歩の勇気だけさ!

 

 いくぞおらぁ見てろよあのガイドの奴め!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※無理でした。

 

 もう無理だよアイツふざけんなよ。ハデスは流石に反則だろ。自室の扉を開けたらそこに魔王がいましたとかどんなクソゲーだよ。だいたい冥界の魔王様が観光気分なんかで気軽に現世に降りてくるなよ。使い魔いっぱい連れてくるしさ。

 

 あいつら今日は夜通し騒ぐ予定のようで、部屋主の僕を当然の如く部屋から放り出した。ガイドの奴は魔王様に御酌したり、使い魔達に御酌されたりと自分だけ楽しい思いをしているようである。というか部屋の中の空間とか歪曲していて、有り得ない広さになっていたり、濃度の高い瘴気が立ち込めていたりと、また部屋を魔改造しやがったようである。

 

「畜生、ここは僕の部屋なんだ! てめーら全員出ていけよ!!」

 

 勿論そんな言葉を魔王様に向かって吐けるわけがない。誰がどこで聞いているのか分かったものじゃないので(主に悪魔達)、心の中で思いの丈を叫ぶだけだ。情けなくないよ、冷静な判断ってやつさ。

 

 

 それから大体数時間後。

 

 ラー・イエローの食堂でお腹一杯に夕食も食べ終え、その後は大きな共同浴場で身体中の汗を流す。そして風呂上がりには腰に手を当ててコーヒー牛乳を一気飲み。素晴らしい。これで今も尚自室を悪魔たちに占拠されて帰る事が出来ず、今晩どこで眠ればいいのか悩んでさえいなければ、すこぶる良い夜になっていたことだろう。

 

 友達が少ない事がここで響いてくるとは思わなかった。部屋に泊めてもらえるほど仲の良い友人なんて同じラー・イエロー寮にはいないんだ……。

 いや、別に僕だって友達を作ろうとしなかったわけじゃないよ。ただここ数日の間は授業中でもお構いなく悪戯を仕掛けてくるガイドさんに振り回されて、それどころじゃなかったというだけなんだ。一応十代や翔とは会う度に喋るから決してぼっちというわけじゃない。だからそんな憐みの目で此方を見ないでくれ。現に今だってほら、僕のPDAに着信を告げる設定にした音楽が流れている。きっと友達からの電話さ。

 

「一之瀬君の番号であっているかしら?」

「あ、はい。そうですけど……」

 

 全く知らない人からだったけど、僕は友達からの電話だと言い張るよ。男にはプライドを守る為に見栄を張らなければいけない時があるんだ――ってちょっと待ってくれ。この声どこかで聞いた事があるような……具体的には今日教室で……。

 

「突然電話してごめんなさい。私はオベリスク・ブルーの天上院明日香。寮は違うけど授業ではあなたと同じ科目を取っているから教室ですれ違ったこともあるんだけど――ってごめんなさい、わからないわよね」

「いえ、大丈夫です。知っています」

 

 というかデュエル・アカデミアに在籍するもので、カルト的人気を誇る天上院明日香を知らない奴が居るのだろうか。僕はアカデミアに入る前から知っていたよ。あれ、この言い方だと物凄く怪しい人みたいじゃないか。字面だけ見ると彼女を追っかけて入学したみたいに邪推されそう。

 

「それで、あの、用件は何ですか……?」

 

 僕がそう思うのも仕方がない。何せ今まで僕と彼女にはまるで接点がないのだ。強いて言うならば、彼女が言った通り教室ですれ違ったことがあるくらいのものである。気軽に電話をかけてくるにしてはあまりにも希薄な関係だ。

 

「オシリス・レッドの翔君の事なのだけど、あなたの友達なのよね?」

「あぁ、まぁ。友達というか同志というか……同類?」

 

 主にヘタレ同盟的な意味でね。最もこれは僕が一方的にそう思っているだけなので、向こうがどう思っているかは知らない。

 

「その翔君がちょっとこっちで問題を起こしてね、先生方に連絡すると大変な事になりかねないの。それで解決するために手を貸してくれないかしら? 十代にも連絡したのだけど彼だと更に問題が大きくしそうだし、あなたには悪いんだけどお願いできない?」

 

 声の端々に申し訳なさそうな感情が込められている。先日の不躾な呼び出しメールとは大違いだ。こうしてちゃんと頼まれれば僕だってきちんと考えるよ。翔のために手を貸すのも吝かではないし、女性の頼みを無碍にはできない。

 

「あ~、わかりました。それでどうすればいいんですか?」

 

 

 それから明日香さんに集合場所や、そこへの行き方について教えてもらい通話を終えた。外に出て湯冷めするのは避けたいがそうも言っていられないか。まぁ僕としても単純な好意で人助けしようと思ったわけではない。上手く翔に恩を売れば、今晩の宿のあてができるかもしれないという下心も多分に混じっている。

 

 え? 同じ寮の三沢の部屋に泊めさせてもらえって? おいおい冗談は止してくれよ。あいつの部屋の中を見た上でそんな事言っているのかなキミは……。

 

 実は三沢にはデュエルの戦術構想を練る際、壁とかカードとかの身近なものに無数の数式を書く癖があるようで、先日彼の部屋に入る機会があった時、壁一面に呪詛のように書き込まれているそれらを見て素直にどんびきしたという経緯があるのだ。どこの耳なし芳一だよ、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。ある意味狂気すら感じるレベルだ。個人的には僕の部屋の魔界空間とタメ張るくらいのヤバさだと思っている。実際ガイドさんや彼女が呼び出した悪魔達も、三沢の部屋には絶対近づかないしな。あいつの部屋はもはや一種の結界空間として確立されている。

 そのせいかもう一つの隣室である神楽坂君の部屋に悪戯しにいく悪魔が多いようで、彼は金縛りやラップ現象に日々悩まされているらしい。全く三沢め、関係のない神楽坂君にまで迷惑をかけてしょうがない奴だな……(他人事)。

 

 

 

 ――女子寮。

 

 僕は現在、明日香さんとの待ち合わせ場所であるそこまで行くために、船着き場まで向かっている。先ほど電話で聞いた話によると、そこには普段から何艘かの小舟が用意されているらしい。

 

 何故女子寮に向かうためにわざわざ小舟なんぞを使わねばならないのだろうか。皆はそんな疑問を抱くかもしれないが、その答えは簡単。女子寮は夜間の間中、堅牢な要塞の如き正門によって守護されているからだ。入口である門は堅い錠前で封鎖されており、その周りはこれまた城壁のような高い壁が侵入者を阻む。

 小舟なんて漕ぐの面倒すぎるだろjkと思って正面まで回ってきた僕が言うのだから確かな情報だ。そりゃあ明日香さんの忠告通りに行動しなかった僕も悪いけど、正門近くに設置された勝手口を開けるくらいはして欲しかったなと思わなくもない。

 そして通常のルートが使えないとなると、残るは裏から回り込むしか方法がなくなる。つまりは女子寮の側にある小さな湖を突っ切るというコースだ。

 

「や」

「あれ? なんで彰がこんなところにいるんだ?」

 

 無駄な寄り道をしたために、予定より少々時間を消費したが無事船乗り場に到着。そこでは丁度十代が小舟を出そうとしていたところであった。

 

「いや、明日香さんから頼み事を少々。翔がどうのこうのって。目的地は多分同じだから同行していいかな? 二人で漕いだ方が楽でしょ」

「彰も翔の事で呼び出されたのか? それに明日香も関わっているのかよ。一体何がどうなっているんだ?」

 

 それは僕も詳しく聞いていなかったな。どうやら十代も事情は知らないようだし……。現状、全てを把握しているのは恐らく明日香さんしかいないので、彼女に詳しい話を聞くしかないね。十代と二人でえっちらおっちら小船を漕ぎながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

「いいから早く鮎川先生に言い付けましょうよ、明日香さん!」

「そうですよ! こんな覗き魔を許すわけにはいけませんわ!」

「だから覗いてないって!」

 

 女子寮に着いたらそこには何故か縄で縛られた翔の姿があった。というか地べたに転がされていた。そしてその翔を囲う様に明日香さんと、名も知らぬオベリスク・ブルーの女生徒二人が立っており、その二人の女生徒が翔と口論を続けている。

 

「翔、お前何やってんだよ……」

「アニキ! それに彰君も! お願いだから助けてよ~!」

 

 僕らの姿を確認すると、翔は半泣きになりながら此方に向かって転がろうとし、それを女生徒二人に踏みつけられて阻止されている。

 

「良かった、来てくれたのね。見ての通り少々厄介な事になっていてね……」

 

 明日香さんは溜息を吐きながら、翔達の方に視線を飛ばす。確かに厄介な事になっているというのは分かるんだけど、一体何がどうなってこうなったんだ……。そんな僕の疑問に答えたのは二人の女生徒だった。

 

「このチビが女子風呂を覗いたのよ!」

「きっと嫌らしい顔をしていたに違いありませんわ!」

 

 ……いや残念だ翔君。キミには妙な親近感を感じていたけど、それはどうやら僕の気のせいであったようだ。悪いけど僕はここで≪手のひら返し≫を発動させてもらう。だって覗きした奴の同志とか同類とか言っていたら、僕まで犯罪者だと思われるじゃないか。まったくキミがそんなエロ河童だとは思わなかったぜ。

 

「だから女子風呂なんて覗いていないって!!」

 

 しかし翔は一貫して覗きを否定している。本人曰く、明日香さんからラブレターが届き、女子寮の裏へ来るよう呼び出されたとのことだ。

 

 マズイな……、翔の奴追い込まれすぎて、自分の中の妄想を現実だと思い込んでいる。そりゃあ健全な青少年なら、誰もが一度は美少女に告白されるなんてハッピーな想像をしてしまうだろう。でもそれを現実と混同しては駄目だよ。ほら、明日香さんもそんなものを出した覚えはないって言っているじゃないか。そろそろ現実をしっかりと受け止めよう。そして罪を贖おうよ。

 

「本当なんだってばぁ~! 僕のポケットにその手紙が入っているから確認してくださいよぉ!」

 

 泣きながら尚も戯言をぬかす翔。これ以上嘘を重ねない方がいいと忠告しようとしたのだが、明日香さんが言われたとおり彼の服ポケットに手を入れると、なんと本当に一通の便箋が出て来た。

 

「確かにそう書いてあるわね……。でもこれは私の字じゃないわ」

 

 疑わしきは罰せず。明日香さんは一応偽ラブレターという物的証拠もあり、翔の事を信じて解放してやってもいいんじゃないかと仰ってくれている。

 

 うん、実は僕も最初からキミは覗きなんてやっていないと信じていたよ翔君。だって僕たち友達だもんね。それによくよく考えれば、ヘタレなキミが覗きなんて大それた事できるわけがない。例え覗くチャンスがあったとしても直前で二の足を踏み、悶々としたまま帰ってくるのが関の山だろう。同じ小心者である彼の心理など手に取るように分かっていたからこそ、僕は彼の無実を確信していたんだ(震え声)。

 

 しかし、いかに明日香さんからの御許しが出ても、二人の女生徒(明日香さんはジュンコとももえと呼んでいた)は納得がいかないようで、頻りに教師陣へ通報しましょうと進言している。それを翔や十代がまた反論、それをまた彼女らが反論の無限ループだ。議論は何時まで経っても平行線を辿っており、全くもって収束する気配がない。この上なく不毛だ。ちょいちょい僕や明日香さんが穏便な方向に話を持っていこうと意見しても、議論がヒートアップした彼らの耳には届いていないので、もはやどうしようもない。

 

「全くこれじゃ埒が明かないわ……。ちょっと皆ストップ! 話を聞いて!」

 

 彼らが飽きるまで放っておこうというスタンスに切り替えた僕を傍目に、明日香さんの方は遂に痺れを切らしたようだ。学級委員長とかに向いていそうな気がする。

 

「いい、ここはデュエル・アカデミアよ。そして私たちはそこへ通う生徒。互いに納得のいかないことがあるならばデュエルで白黒つけましょう」

「お、いいねぇ! 俺はデュエルならいつでも大歓迎だ!」

「ちょっとアニキぃ、僕の退学が懸っているんすよぉ! そんなに簡単に決めないでよ~!」

 

 ……これが噂のデュエル脳というやつか。異世界から来た僕は未だに違和感を覚えるのだけれど、他の皆はそんなことはないようで、疎外感がすごい。もはや犯罪をもデュエルで解決する勢いだ。今度やってみようかな。

 

 まぁ僕としても、それで皆が納得するならば特に反対はしない。というかこの件は完全に他人事視点でものを見ているので、どうぞご勝手にしてくださいというのが偽らざる心情である。翔の運命がどうなるかわからないが、彼がデュエルに勝つにしろ負けるにしろ僕の出番はもうなさそうなので、そろそろ帰らせてもらおう……あ、そういや部屋に帰れなかったんだ……。

 

「丁度此処には男子女子とも三人ずついるのだから、チーム戦にしましょう。先に二勝した方が勝ちということでいいわね」

 

 え?

 

「お、チーム戦か! 俺そういうの初めてやるんだ! くぅ~っ、燃える展開だぜ!!」

「だからアニキ、僕の事情を忘れてないっすか……?」

 

 えぇ~……。

 

 なんかあれよあれよという間に僕も参加する流れになっていて、ここで辞退しようものならば、空気の読めない男としてレッテルを貼られること間違いない。いや、別にデュエル自体が嫌というわけじゃないのだけれど、個人的にはTPOというものを弁えて後日に再戦という形が良かったんだよ。例えるならいくら野球が好きな少年でも、夜に一風呂浴びた後「お~い磯野、野球しようぜ!」と言われたら、どう思うかということだ。

 

「お~しっ! まずは俺から出るぜ!」

「十代……ね。じゃあ此方の先鋒は私が務めさせてもらうわ」

 

 先鋒は早くデュエルがしたくて堪らない十代と発案者である明日香さんで、中堅に翔とももえさん、最後の大将に僕とジュンコさん。僕が最後を務める事になったのはデッキを持ってきていなかったために、一度寮まで取りに帰らなければならないためだ。というか他の皆が何故今ここでデュエルディスクやデッキを所持しているのかが不思議だよ。実技の授業がある日なら分かるんだが、日常を過ごす上で常に携帯しているものじゃないだろう。

 

「んじゃちょっくらデッキ取ってきます。まぁ僕が帰って来る前に終わっているかもしれないけど……ていうか終わっていて欲しいけど」

「えぇ~、そんな~っ!? やっぱり僕じゃなくて彰君が先に出るってことにしようよ~!」

 

 デュエルに自信がない翔は当初、僕と十代を先に出して二勝する腹積もりであったらしく、僕が一度寮へ帰る素振りを見せた途端に泡を食ってしがみ付いて来た。こうなった原因を作ったのは間違いなくキミなのだから、キミは出なきゃマズイでしょ。それに偽ラブレターという物的証拠もあるし、僕たちが負けても退学まではいかないよ、多分。

 この件と関係のない十代や僕にこれ以上迷惑を掛けないよう、さっさと二勝先取のストレートで終わらせてくれ。そうすれば態々労をせずとも、今夜の宿の手配ができるという寸法だ。それで今晩翔の使うベッドがなくなっても大丈夫、僕が三沢に頼んでアイツの部屋に泊らしてやるからさ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「どうしてこうなったノーネ……」

 

 オベリスク・ブルーの寮長であるクロノス・デ・メディチは、女子寮の茂みに隠れながらそう独白した。目の前では遊城十代と天上院明日香が白熱のデュエルをしている。その彼らに見つからないように移動するには水中を伝うしかなく、おかげで彼の身体は水浸しになってしまっている。

 

「それもこれもあの遊城十代のせいなノーネ! オシリス・レッドのドロップアウトボーイが、この私を馬鹿にするとは絶対に許せないノーネ!」

 

 クロノスは今日の授業中に、遊城十代から受けた仕打ちに対して憤っていた。勉強ができず筆記試験もすれすれでパスしたくせに、運よく自分を実技試験で下したことで調子に乗っているオシリス・レッドの落第生。それがクロノスの十代に抱いている印象である。元よりエリート至上主義で頭の悪い生徒が大嫌いな彼にとって、遊城十代という生徒の存在はまさに目の上のタンコブなのだ。

 

「本当なら偽のラブレターを使ってドロップアウトボーイを女子寮に呼び出し、風呂覗きの痴漢ボーイに仕立てあげてやるはずだったのに……」

 

 そう、翔が持っていた明日香の偽ラブレターは本来ならクロノスが十代を退学に追いやるための罠であったのである。しかし、クロノスの手違いによりそれは翔の手に渡り、彼の計画は失敗に終わることになってしまったのだ。

 

「こうなったらまた一から計画を立て直しデスーノ。次こそは覚えているノーネ、ドロップアウトボーイ!」

 

 これ以上この場に居て誰かに発見されることを恐れたクロノスは、泥棒のようにコソコソとその場を去ったのであった。

 

 

 そしてクロノスが立ち去り、二戦目である翔とももえのデュエルが丁度終わった頃、その場に舞い戻った彰は、戻るや否や翔に抱きつかれて大きな溜息を吐いていた。

 

「彰君! 良かった、来てくれて……。僕、ももえさんに負けちゃって、彰君が来なかったら本当にどうしようかと……」

「あぁ……そう……」

 

 翔は彰が乗り気でないことを察しており、デッキを取りに戻ったまま帰って来ないのではないかと危惧していたのだ。実はその懸念は的中しており、彼が道中このまま姿を晦まそうかと幾度も考えていたことを知る者は、当事者である本人以外にいない。彼の自室が悪魔に占拠されていなければその選択もあり得たことを考えると、とある小悪魔の奇行が一人の少年を救ったという非常に稀有な例であると言えよう。

 

 現在の戦績はといえば、十代は明日香に追い込まれながらも、逆境を跳ね返して何とか勝利をするも、事の発端となった翔はももえの戦術に見事に嵌められ、為す術なく敗北してしまったためにイーブンとなっている。

 

「これで負けたら全部僕のせいみたいな空気になるじゃないか……」

 

 現状を聞きボソリと呟いた彰の言葉は誰の耳にも届く事はなく、空気中に溶けていく。

 

「明日香さん見ていてください! あんな奴すぐにコテンパンにしちゃいますよ!」

 

 プレッシャーでげんなりしている彰とは対照的に、ジュンコはやる気満々のようで、尊敬する明日香に良いところを見せるべく、噛み付かんばかりに対戦相手を睨む。

 

「絶対勝てよ! 翔の退学が懸っているんだからな!」

「本当にお願いします彰君! 僕にできることならなんでもするから~!」

 

 外野からの応援に苦笑しながらも曖昧に頷いた彰は、デュエルディスクにデッキをセットし、既に準備万端で待ち構えているジュンコの元へ向かう。彼にも期待されているのならばそれに答えたいという気持ちもあるのだ。

 

 ――まぁ引き受けたからには全力を尽くそう。ないとは思うけどこれで退学とかになったら、翔が可哀想すぎるし。

 

 気を引き締め直したところで、対戦相手であるジュンコと向き合い、互いにデュエルディスクを展開する。

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

ジュンコ LP4000

彰    LP4000

 

 

「僕のター「あたしのターン! ドロー!」………えっ?」

 

 ――えぇ~、嘘だろあの女。僕が先に言ったのに被せてきやがった!

 

 十代が勝ち、次に翔が負け。マッチ戦のルールとして、次は自分が先攻であると思い込んでいた彰は先攻宣言を被らされたジュンコに驚愕を覚えたが、それを口に出せる程勇気のある性格ではない。そして彼が選んだ選択は当然――。

 

「どうぞ……。レディーファーストってやつで……」

 

 ジュンコに先攻を譲る以外に道はなかった。

 

 

 ――フンッ、その余裕がどこまで続くものかしら……。

 

 彰が先攻を取ろうとしていた事に気付かなかったジュンコは、今の彰の発言を自分が舐められていると受け取った。元々彼の事を気に入っていなかったことも、そういった判断をしてしまった要因の一つである。

 

 最近明日香が生徒間で噂になっている遊城十代と一之瀬彰に興味を示している事をジュンコは知っていた。明日香は自分では気付いていないかもしれないが、あの二人と授業で同じクラスになった時や廊下ですれ違った時、彼らの姿を目で追っていることに、いつも一緒にいるジュンコが気付かないはずがなかったのだ。今回の件で翔を教師に突き出さず、直接事件に関係のない彼らをわざわざ呼び出したことも良い証拠である。そしてその興味が恋愛感情のモノではないことも彼女の瞳を見ればすぐに分かったのだが、ジュンコからしてみればそれでも十分憂慮するに値することだった。

 

 もしこれがアカデミアで最強を誇るカイザー亮や、先日の入学試験をトップで通過した三沢大地といった人物なら、素直に明日香の事を応援したことだろう。それが例え唯の友人関係であろうとも、優れた容姿に圧倒的な実力を備えた明日香の隣に立とうものなら、彼女に釣り合うものを持った男でないとオベリスク・ブルーに所属する生徒は認めやしない。彼らにとって天上院明日香という人物はそれほどの存在であるのだ。

 

 それらを考慮すると、遊城十代はオシリス・レッドであるという時点で既に論外だ。落ち着きがなく、小学生のような言動が目立つ彼では「オベリスク・ブルーの女王」の傍に立つには相応しくない。それがジュンコだけでなくオベリスク・ブルーに所属する全生徒の十代への印象である。

 一方で一之瀬彰の方はといえば、成績はラー・イエローに入るだけあって優秀といえるが、性格が内向的であまり他者と関わろうとしない嫌いがある。そして時折、誰もいない虚空に向かって話し掛けている、彼の傍では怪奇現象がよく起きる――という非常に怪しい噂もされている人物だ。実際ジュンコ自身も授業中に彼の奇行をその目で見た事がある。

 

 二人ともタイプとしては大きく違うが、明日香の信奉者としてはどちらも彼女に近づかせたくないという点は共通している。

 

 ――あたしがここでこいつをコテンパンに負かしちゃえば、覗き魔を断罪できるついでに、明日香さんの興味も薄れるっていう、まさに一石二鳥なスンポーってわけよ!

 

 そんな思惑の元、ジュンコは目の前のデュエルに挑む。

 

「まずはこの子からね。あたしは《バード・フェイス》を守備表示で召喚!」

 

 ジュンコの背後の空間より装甲を纏った鳥人が躍り出た。大きな翼で滑空しながらフィールドに降り立ち、己の腕を交差させて防御姿勢に入る。

 

《バード・フェイス》星4 ATK/1600 DEF/1600

 

「場にカードを1枚伏せてターンを終了するわ」

 

 先攻を取ったプレイヤーは攻撃出来ない。故にジュンコは守りを固め、次のターンに備えたのだ。その後のエンドフェイズ宣言によってターンプレイヤーが入れ替わる。

 

 

「僕のターン、ドロー。僕は手札より《ミスティック・パイパー》を通常召喚」

 

 召喚のエフェクトと共に小さな妖精らしき人型のモンスターが出現し、その手に持つ横笛から響く不思議な旋律がフィールドに木霊する。

 

《ミスティック・パイパー》星1 ATK/0 DEF/0

 

「そして《ミスティック・パイパー》の効果を発動。このカードを生贄にすることで、自分のデッキからカードを1枚ドローする。そしてその効果によってドローしたカードをお互いに確認し、それがレベル1モンスターだった場合、デッキからもう1枚カードをドローすることができる。僕が引いたカードは《金華猫(きんかびょう)》。レベル1モンスターをドローしたために、更にカードを1枚ドロー!」

 

 ――初手からモンスターを自ら墓地に送り、手札を増強した……?

 

 明日香は目の前で行われるデュエルを逐一分析していた。実のところ、彼女が今回の事件で態々十代と彰を呼び出したのは、二人のデュエルをもう一度しっかり見られるかもしれないという打算があったのだ。デュエルで決着を付けるという方向に持っていくのに少々手間取ったが、一応は彼女の思惑通りに事は進んでいる。後はデュエルを見届けるだけだ。

 

「魔法・罠ゾーンにリバースカードを1枚セット。これで僕はターンを終了……」

 

 彰の場には彼を守るモンスターはいない。伏せカードが唯の1枚だけ。あまりにも無防備なフィールドに、ジュンコは対戦相手に苦言を呈する。

 

「自分からモンスターを墓地に送るなんてあんた馬鹿? それとも女だからってあたしをなめているのっ!?」

 

 モンスターカードはデュエルモンスターズにおいて攻守の要であり、余程特殊なデッキでないとモンスターなしでは戦えない。いくら攻撃力0の弱小モンスターといっても安易に使い捨てるというのは得策ではないというのが、アカデミアに在籍する一般的なデュエリストとしての考え方である。

 

「や、そういうわけじゃないんだけど……」

「フンッ、すぐにその余裕面を崩してあげるんだからっ! あたしのターン、ドロー! あたしは手札から《ハ―ピィ・レディ》を召喚するわ!」

 

 一陣の風と共に現れたのは、女性の身体に鳥の姿が融合された麗しきモンスターだ。赤い髪と青い羽根を靡かせ、その鋭い鉤爪をギラギラと光らせている。

 

 《ハーピィ・レディ》星4 ATK/1300 DEF/1400

 

「そして手札から《ハ―ピィ・クィーン》を捨てることによって効果を発動! 《ハ―ピィ・クィーン》のモンスター効果によってデッキからフィールド魔法《ハーピィの狩場》を1枚手札に加えることができるわ。そして手札に加えた《ハーピィの狩場》を発動する!」

 

 《ハーピィの狩場》が発動したことにより、フィールド全体に突如として風が吹き荒れ、辺りは鳥獣族が支配する空のテリトリーと化した。

 

「《ハーピィの狩場》の効果はフィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターの攻撃力、守備力を200ポイント上昇させるのよ!」

 

《バード・フェイス》星4 ATK/1600 → 1800 DEF/1600 → 1800

《ハ―ピィ・レディ》星4 ATK/1300 → 1500 DEF/1400 → 1600

 

「さらにリバースカードオープン! 魔法カード《万華鏡-華麗なる分身-》!! フィールド上に《ハ―ピィ・レディ》が表側表示で存在する時、あたしは手札かデッキから《ハ―ピィ・レディ》、または《ハ―ピィ・レディ三姉妹》を1体特殊召喚できるわ! 来て、《ハ―ピィ・レディ三姉妹》!!」

 

 フィールドに佇む《ハ―ピィ・レディ》を囲うように幾重の鏡が出現する。そしてそこへ反射した虚像が魔力を帯びて実体化し、鏡面からズルリと飛び出した。勢い良く飛翔したそれらは、空という絶対領域から敵対者に狙いを定め、今にも飛びかからんとしている。

 

《ハ―ピィ・レディ三姉妹》星6 ATK/1950 → 2150 DEF/2100 → 2300

 

「《ハ―ピィ・レディ三姉妹》が特殊召喚に成功したことで、《ハ―ピィの狩場》の第二の効果が発動するわ! このカードが存在する限り《ハ―ピィ・レディ》、または《ハ―ピィ・レディ三姉妹》が召喚、特殊召喚された時、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。私は相手の場に存在するリバースカードを破壊するわ! 行きなさい、《ハ―ピィ・レディ三姉妹》! 爪牙砕断(スクラッチ・クラッシュ)!!」

 

 上空に待機していた1体のハーピィが凄まじい勢いで急降下を始め、スピードに乗せた鋭い爪と牙の攻撃によって、彰の場に存在する伏せカードを刹那に粉砕する。

 破壊したカードは《攻撃の無力化》。相手のモンスターの攻撃宣言時、そのモンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させるカウンター罠。

 

 それを見てジュンコは思わずニヤリと笑う。

 

 ――なるほど、アンタの余裕はこのカードが伏せてあったからなのね。でもこれでもう向こうの場はがら空き。高々リバースカード1枚であたしの攻撃を凌ごうなんてずいぶん甘く見られたものね!

 

「おい、まずいぞ! このまま相手の攻撃を全部食らっちまったら彰のライフポイントは0だっ!!」

「えぇ~っ!? そ、そんな~っ!?」

 

 十代と翔が外野で騒ぎ始める。ここで彰が負ければチーム戦は敗北という形で終わり、翔の行く末も最悪の展開になってしまうのだから当然であろう。

 

「フンッ、今更騒いだところでもう遅いわよ! これであたしの勝ちは決まり! 三体のモンスターでプレイヤーにダイレクトアタック! 行くのよ《バード・フェイス》、《ハ―ピィ・レディ》! そして《ハ―ピィ・レディ三姉妹》の攻撃――トライアングル・(エクスタシー)・スパーク!!」

 

 《バード・フェイス》、《ハーピィ・レディ》はフィールドに吹き荒れる風に乗って対戦相手に向かって襲いかかり、《ハーピィ・レディ三姉妹》からはとどめと言わんばかりに三位一体必殺の雷撃が放たれた。

 

「彰っ!!」

「彰君っ!?」

 

 ――こんなものなのかしら。そうだとしたらちょっと期待外れね……。

 

 外から見守っていた十代と翔が思わず叫ぶ一方で、明日香だけは冷徹にこの状況を見ていた。入学試験の時にやってのけたあのデュエルは偶然であったのか。そんな思いを抱きながら彼の方を窺い、そして硬直した。何故ならライフポイントを刈り取ろうとしていた、《ハーピィ・レディ三姉妹》による必殺の電撃が当たるその刹那――彼はこの絶体絶命の状況にもかかわらず、不敵にも笑っていたのだから……。

 

 

「何!? 何なの!?」

 

 最初に異変に気付いたのは、対戦相手であったジュンコだった。

 

「これは、鐘の音……?」

 

 何の前触れもなく辺りに鳴り響く鐘の音に戸惑いを覚えるが、次の瞬間にはフィールドに起きていた事象に目を見開く。そこにはハーピィ達の総攻撃を受けたはずの彰が、未だフィールドに無傷で立っており、傍には振り子の形をしたモンスターが、知らぬ間に浮遊していたのだ。鐘の音はどうやらそのモンスターが発しているらしく、音の波によって空間が歪み、ジュンコの操るモンスター達の攻撃が一切届いていない。

 

「一体……何が起こったというの……?」

 

 明日香もその光景を見て愕然とし、ポツリと言葉を零す。そしてその疑問の答えは、現状を作り出したと思われる男から発せられた。

 

「《バトルフェーダー》は、相手の直接攻撃宣言時にこのカードを手札から特殊召喚し、相手のバトルフェイズを強制終了させる効果を持ったモンスター。そう簡単にライフは削らせないよ」

 

《バトルフェーダー》星1 ATK/0 DEF/0

 

「なっ、ウソッ!? 何よそのカード、卑怯じゃない!!」

 

 決まったと思った勝負を、想定外の方法で躱されたジュンコは、悔しさのあまり大声を上げる。デュエルキングである武藤遊戯も、戦闘ダメージをゼロにする効果を持った《クリボー》を愛用していたとされているが、《クリボー》が防げるのは一度の攻撃のみ。しかし、目の前の男が使用したモンスターは、三体ものモンスターの攻撃を完全に防ぎきったのだ。

 

 その様子を見て彰は内心ほくそ笑む。先程は有耶無耶になってしまったが、彼は先攻を奪われた恨みを忘れていなかったようである。

 

「危っぶねぇ……、もうビックリさせるなよなっ!」

「僕はもうダメだと思ったっすよ。本気で退学を覚悟したっす!」

 

 安堵の息を吐く二人に対し彰はボソリと呟く。

 

「そこまで油断していたわけじゃないよ。後攻で相手のデッキも分かっていたわけだし……」

 

 ――《バード・フェイス》は戦闘で破壊され墓地に送られた時にデッキから《ハ―ピィ・レディ》を手札に加えることができる効果を持ったモンスターだ。つまり《バード・フェイス》が出てきた時点で相手のデッキが【ハーピィ】デッキなのは確定したようなものである。ならば警戒すべきは《ハ―ピィの狩場》による魔法、罠の除去と《万華鏡-華麗なる分身-》や《ヒステリック・パーティ》によるハ―ピィの大量展開。そこまで分かっている者が壁となるモンスターもいない状況において、割られる可能性の高い攻撃反応型罠一枚のみで安心し、相手にターンを受け渡すような真似はしないであろう。

 

「フンッ、でも所詮は時間稼ぎにしかならないわよ! あたしの場には三体のモンスター、あんたの場には攻撃力0のモンスターしかいないんだからっ!」

 

 ジュンコは強気を装ってそう吐き捨てるが、その顔には若干の焦りが滲んでいる。彼女の優位には変りないが、それでも全力の攻撃を防ぎきられたという事実は大きい。

 

 

「僕のターン、ドロー。メインフェイズに入り、手札から《金華猫(きんかびょう)》を召喚!」

 

 場に出現したのは雪のように白い猫。愛くるしい姿をしているが、それは唯の擬態であり、本性は子猫の影から膨れ上がった可愛さの欠片もない漆黒の化け猫だ。

 

《金華猫》星1 ATK/400 DEF/200

 

「そして《金華猫》の効果を発動。このカードが召喚に成功した時、墓地に存在するレベル1のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる。僕は《ミスティック・パイパー》を墓地より特殊召喚し、再び効果発動。《ミスティック・パイパー》を生贄に捧げ、カードを1枚ドローする。引いたカードは――残念ながら、儀式魔法カード《イリュージョンの儀式》だ」

 

「《イリュージョンの儀式》……まさか彼のデッキは!?」

 

 そのドローしたカードによって、明日香は彼が何を狙っているのか理解した。儀式魔法カードは、それと対になった儀式モンスターカードと、儀式に必要な生贄モンスターが存在する場合に発動できるカードである。そして《イリュージョンの儀式》と対になる儀式モンスターは、かつてデュエルモンスターズの生みの親――ペガサス・J・クロフォードも使用していたとされる、強力な効果を秘めたモンスター……。

 

「僕は手札から《イリュージョンの儀式》を発動! フィールドに存在するバトルフェーダーを生贄に捧げることで、《サクリファイス》を儀式召喚する!」

 

 ウジャドの刻印がされた禍々しい甕に生贄とされた《バトルフェーダー》の生命が注ぎ込まれ、対の燭台から発生する毒々しい紫炎と紫煙。そしてそれが晴れた時、フィールドに《サクリファイス》は降臨する。

 

《サクリファイス》星1 ATK/0 DEF/0

 

「「いやぁああああああっ!!!」」

 

 《サクリファイス》の出現にジュンコとももえが思わず悲鳴を上げる。しかしそれも無理はない。それ程《サクリファイス》というモンスターの外見は不気味であり、体表面に脈打つ血管と思しき組織や、全てを呑み込まんとする巨大な口に、生理的嫌悪を催す女子は多いだろう。《サクリファイス》を呼び出した主ですら、若干引き気味で己のフィールドに現れたモンスターを見ているのだから……。

 

「更に僕は魔法カード《儀式の準備》を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後自分墓地より儀式魔法カードを手札に加える。僕はデッキより《サクリファイス》を手札に加え、墓地より《イリュージョンの儀式》を回収……」

 

「うぇっ!? ちょっとアンタまさか……っ!?」

 

 ジュンコの顔が更に青ざめる。彼が何をしようとしているのか分かってしまったのだ。

 

「手札より《イリュージョンの儀式》を再び発動。フィールドに存在する《金華猫》を生贄に捧げ、二体目の《サクリファイス》を降臨させる!」

 

「嫌ぁああああああっ!! やめてぇええええっ!!」

 

 ジュンコの懇願虚しく、二体目の《サクリファイス》がフィールドに顕現する。そしてその一つ目に捕捉されたモンスター達は、思わずその視線から逃れようと身を捩じらせるが、その眼の呪縛からは逃れ得ない。

 

 ――自分でやっておいて何だけど、並べてみるとこりゃひどい光景だ。僕は後ろ姿を見るだけだからまだマシだけど、相対している方はきついだろうなコレ。

 

 彰は他人事のようにそう思いながらも手を緩めはしない。

 

「《サクリファイス》の効果発動。このカードは1ターンに1度、相手のフィールド上に存在するモンスターを1体選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備することができる。《サクリファイス》の効果によって《ハ―ピィ・レディ三姉妹》及び《バード・フェイス》を吸収。ダーク・ホール!!」

 

 《サクリファイス》の胴部に存在する巨大な口のような器官が更に大きく広がり、その眼の呪縛によって動きを封じたモンスターを、まさにブラックホールの如き吸引力で吸い込み始める。

 

「うわぁ……」

 

 彼の誤算は《サクリファイス》に吸収させたのが人型モンスターだったということである。自身と同じような風貌を持つモンスターが巨大な化け物に食われる光景。視覚的にも聴覚的にも非常にグロテスクなものであったのだ。ソリッドビジョンの高い映像技術がこのような悲劇を生むとは予想できようはずもなかった。

 

「うわぁ……ってこの惨劇を生みだしたのはあんたでしょ! 何自分でやったことに対して引いているのよ!!」

「や、僕もまさかこんな落とし穴があろうとは……」

 

 ――というかコイツら本当に魔法使い族なのか? どっからどう見ても悪魔族だろ。うちの悪魔娘と趣味合いそうだし間違いないよ……。

 

 内心はデュエルと全く関係のない事を考えていた彰だが、すぐに気を取り直してデュエルを続行する。

 

「《サクリファイス》はこの効果で吸収したモンスターの元々の攻撃力、守備力となる」

 

《サクリファイス》星1 ATK/0 → 1950 DEF/0 → 2100

《サクリファイス》星1 ATK/0 → 1600 DEF/0 → 1600

 

「そしてバトルフェイズだ。《バード・フェイス》を吸収した《サクリファイス》で《ハ―ピィ・レディ》に攻撃! 更にもう1体の《サクリファイス》でプレイヤーにダイレクトアタック――幻想(イリュージョン)・トライアングル・(エクスタシー)・スパーク!!」

 

 《サクリファイス》は吸収したモンスターの力を奪い、その力を幻想として完全に再現できるのだ。《ハ―ピィ・レディ三姉妹》の必殺技を己が技のように撃ち出す。

 

「きゃああああっ!!」

 

ジュンコ LP4000 → 1950

 

 二体もの《サクリファイス》の連撃により、《ハーピィ・レディ》は抵抗の間もなく吹き飛ばされ、更にはダイレクトアタックを受けたことで、ジュンコのライフポイントが一気に削られる。

 

 

「くぅっ、負けないんだからぁっ! あたしのターン、ドローカード!」

 

 ワンターンで完全に形勢を逆転されたジュンコは、自分に喝を入れるように声を張り上げる。憧れの明日香が見ているのだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。

 

「あたしは《ハンター・アウル》を攻撃表示で召喚! このカードの攻撃力は自分のフィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体につき、500ポイントアップするわ。《ハンター・アウル》自身も風属性のため攻撃力が500ポイントアップ。さらに《ハ―ピィの狩場》の効果によって攻撃力、守備力が200ポイントずつ上昇!」

 

 鋭利な鎌を持った梟頭の鳥人は自身のモンスター効果と、フィールドに逆巻く風のエネルギーを受け、その力を飛躍的に増大させる。

 

《ハンター・アウル》星4 ATK/1000 → 1700 DEF/900 → 1100

 

「あんたのそのキモイモンスターなんてすぐにやっつけてやるわ! 《ハンター・アウル》で《バート・フェイス》を吸収した方の《サクリファイス》に攻撃よ!」

 

 主からの命を受けた鳥人は携えた鎌を振りかざし、《サクリファイス》に文字通り飛び掛かる。

 

「いけないっ……! ジュンコ、それは駄目よ!」

 

 目の前のモンスターを一刻も早く倒したいと気が逸ったジュンコの取った選択に、《サクリファイス》の効果を知っていた明日香が思わず叫ぶが、当然その攻撃を止めることはできない。

 

「《サクリファイス》のモンスター効果発動。サクリファイス・シールド!」

 

 生贄の盾。その効果名の通り《ハンター・アウル》の攻撃がヒットする直前、《サクリファイス》は吸収した《バード・フェイス》を体表面から浮き出させ、その攻撃の身代わりにしたのだ。

 

「相手モンスターを吸収した《サクリファイス》が戦闘ダメージを受けた際、そのダメージを相手にも反射する。更に吸収したモンスターを身代わりに《サクリファイス》は戦闘破壊を免れる」

「何ですって!?」

 

彰    LP4000 → 3900

ジュンコ LP1950 → 1850

 

《サクリファイス》星1  ATK/1600 → 0 DEF/1600 → 0

 

「も~、何なのよその気持ち悪いモンスターはっ! あたしはカードを2枚セットしてターンエンドするわよ!」

 

 

「僕のターン、ドロー。そしてメインフェイズ。《サクリファイス》は1体のモンスターしか吸収できないけど、前のターンにそれを身代わりとして破壊したため、再度効果が使用可能になる」

 

 主の言を証明するかのように、《バード・フェイス》を身代わりに破壊した《サクリファイス》が新たな供物を求め、その凶悪な口を開く。

 

「待ちなさい! これ以上あたしのモンスターを好き勝手にはさせないわ! リバースカードオープン! 罠カード《ゴッドバードアタック》を発動! このカードは自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げることで、フィールド上のカードを2枚まで選択し破壊することができる! あたしが選択するのは当然二体の《サクリファイス》よ!!」

 

鳥獣(イカロス)太陽(アポロン)の業火によって翼を焼かれながらも、己が主の敵対者に特攻し、その身諸共二体の《サクリファイス》を灰塵と化した。

 

「ふふっ、どうよ! アンタのその気持ち悪いモンスターなんてあたしにかかればこんなものなんだからっ!」

 

 《ゴッドバードアタック》の余波により粉塵が舞う中、ジュンコは会心の声をあげる。ようやく彼女のモンスターを好き勝手にしてくれた憎き敵を討ったのだ。嬉しくないはずがない。

 

「むぅ、そんなに甘くはないか……。でもデュエルモンスターズの中には、自軍モンスターの破壊が召喚条件になっているモンスターもいるんだよ」

 

 ジュンコの喜びを無粋にも邪魔するかの様に、未だ視界が晴れないデュエル・フィールドで対戦相手である男の声が響く。

 

「自分フィールド上のモンスターがカードの効果によって破壊され墓地に送られた時、手札の機皇帝ワイゼル(インフィニティ)の効果引鉄(トリガー)が引かれ、フィールド上に特殊召喚できる!」

 

 撒き上がった噴煙の中よりワイゼルT(トップ)、ワイゼルA(アタック)、ワイゼルG(ガード)、ワイゼルC(キャリア)というマシン部品(パーツ)が飛び出し、電磁パルスを発生させながら結合していく。そして完全に煙が晴れた時、そこに姿を現したのは冷たさを感じさせるほどの白き機体の機皇帝。

 

《機皇帝ワイゼル∞》星1 ATK/2500 DEF/2500

 

 

「すっげぇ! 攻撃力2500のモンスターをこうも簡単に呼び出すなんて!」

「アニキ! そんなことよりもあのモンスターめちゃくちゃかっこいいですよ!」

 

 合体ロボというのはどこの世界でも男子に人気があるもので、十代と翔は興奮しながらフィールドに現れたモンスターに興味を示す。そして彰はそんな二人の様子に苦笑しながらもこのデュエルに終局を齎すべく、驚きの余り硬直しているジュンコの方へと顔を向け直す。

 

「バトルフェイズ。これで終わりにするよ、《機皇帝ワイゼル∞》でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 背中のブラスターを使い急速接近してくる殺戮マシンを前に、ジュンコは歯を食いしばる。このまま《機皇帝ワイゼル∞》のダイレクトアタックを受ければ、彼女のライフポイントは尽きてしまう。

 

「くっ、リバースマジック《収縮》を発動よ! これで相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズ時まで半分にするわ!」

 

 《収縮》の魔法カードでは《機皇帝ワイゼル∞》の攻撃を止めることはできないが、攻撃力を半減させればこのターンは凌ぐことができる。目の前のモンスターに対する直接の解決にはならなくとも、次のターンが来なければ温存していても意味がない。

 

 ――しかし。

 

「無駄だよ」

 

 放たれた《収縮》の魔法は対象に届く前に、《機皇帝ワイゼル∞》のコアより放たれた不可視の波動により打ち消される。

 

「――魔法無効化(マジック・キャンセル)。《機皇帝ワイゼル∞》は1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし、破壊する事ができる」

「ちょっ、そんなの聞いてないわよ~っ!?」

「まぁ言ってないし……」

 

 《機皇帝ワイゼル∞》に備わった想定外の効果に、ジュンコは叫ばずにはいられない。

 

「そして《機皇帝ワイゼル∞》の攻撃は続行される。いけっ、ワイズ・スローター・ブレード!!」

 

 ワイゼルA(アタック)にエネルギーが収束していく。研ぎ澄まされたそれはまさに腕そのものが光の剣と化し、立ち塞ぐ万象を一閃の下に切り裂く。

 

「きゃあああああぁっ!!」

 

ジュンコ LP1850 → 0

 

 

 

 

「やったー! これで僕は退学にならずに済むよぉ~! ありがとうアニキ、彰君!」

「良かったな翔!」

「礼はいいから宿をくれ」

 

 退学という最悪の展開を逃れた翔は大喜びで二人に抱きつく。十代は素直に笑みを浮かべ、もう一人はどさくさに紛れて報酬を要求する。

 

「こ、こんなの、グーゼンよ! グーゼン! 調子に乗らないでよねっ!」

「やめなさいジュンコ。負けは負けよ、認めなさい。約束通り今回の件は不問にしてあげるわ」

 

 勝手に盛り上がっている彼らを見てジュンコは悔しさのあまり突っ掛かるが、それを明日香が手で制す。しかし、同じ事を繰り返さないため翔に釘を刺すことは忘れない。

 

「でも今後は疑われるような事はしないように注意しなさいよ。夜間の女子寮に忍び込むなんて、それだけで罰則を与えられても不思議じゃないんだから」

「そうよそうよ!」

「殿方にあるまじき行為は控えるべきですわ!」

「ご、ごめんなさい。今後はちゃんと気を付けるっす……」

 

 ジュンコとももえの苛烈な勢いに委縮しながらも、翔は自分の軽率な行動を反省する。ラブレターを貰って舞い上がっていたとは言え、少し考えれば違和感に気付けたはずなのだ。

 

「ほら、もう遅いし早く帰って寝ようぜ。明日寝坊して遅れたらまたクロノス先生にどやされるぞ」

「ちょっと待ってよアニキ~!」

「どうでもいいけど君らの部屋に泊めてくれ。諸事情があって自室に戻れないんだ」

 

 

 明日香は雑談に興じながら帰り去る彼らの背中を見ながら思考する。

 

 今日は運よく、入学試験の頃から気になっていた二人のデュエルを観察する機会が訪れ、そのうち一人とは自ら相手をすることもできた。まさか彼女も自分が負けるとは思っていなかったのだが……。

 

 ――思った通り……いや、想像以上の結果だったわ。勿論良い意味でだけど。

 

 まずは遊城十代。どんなに追い込まれた状況でも、デュエルを楽しむ気持ちを忘れない彼のデュエルは、人を引き付ける何かを持っている。対戦相手を務めていた明日香でさえ、デュエルの最中に思わず彼に魅せられてしまったのだ。

 ここぞという場面でドローカード1枚から、逆転へと結び付かせる引きの強さは天性のものだろう。そしてそのチャンスをしっかりと掴み、勝利を手繰り寄せるデュエルセンスは恐らくアカデミアでも群を抜いている。

 

 そして一之瀬彰。彼は十代とはある意味対極だ。まるで先の展開を見通しているかのような戦術に、明日香でさえ見たこともないモンスターを操る男。

 ジュンコのデュエルは決して悪いものではなかった。むしろ普段の実力以上のものを出していたとさえ言える。それなのに彼女は終始翻弄され、与えられたダメージは相討ちであった僅か100ポイント――それも相手の計算通りに誘われたダメージであり、彼に一矢報いたとは言い難い。

 

 ――まるで詰将棋を見ているようだったわね……。

 

 初めから動き方を決めており、それに順じて相手のペースを自分の型に嵌めてしまう――明日香は彼のデュエルからそんな印象を受けたのだ。だからこそ入学試験の時も今回のデュエルでも、彼は頻りに手札を増強し、ハンド・アドバンテージを重視しているように感じたのだろう。

 

 ――つまりはその決まった動きを突き崩せればあるいは……。

 

「明日香さ~ん! 早く戻りましょうよ!」

「夜更かしは御肌の天敵ですわよ明日香さん」

「え? あぁ、ごめんなさい。今行くわ」

 

 その場で考え込んでいた明日香は二人の呼び掛けによって我に返り、そそくさと寮への帰路に就いたのであった。

 




本来なら無力化じゃなくデモチェを積みたいところ。
主人公が使うデッキはコロコロ変わります。

ゼミの論文やらを纏めねばならないので更新は遅れがちになります。申し訳ありません。

※感想欄で御指摘頂いたワイゼル召喚の効果処理タイミングに関して修正。12/16

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