真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
「お嬢様、お客様がお待ちです」
「客人? 私に?」
河内郡温県。そこに居を構える名門司馬家・・・・・・の分家である彼女は首をひねりつつ、考えに耽る。
彼女は一応ではあるが名門の生まれだ。生活水準はそこらの民草と比べ高いが、本家の連中から見れば貧相な部類だ。
しかし学問を修め、名士と呼ばれるものとはそこそこの付き合いがある。自分でも優秀であるという自尊心はある。
それでも自分の名声、評判というのはいまひとつであった。故に彼女には困惑する。
自身の邸宅の軒に停めてある馬車はそれなりに優美であり、飾り気はないが調和のとれた芸術品でもある。どう見ても社会的地位のある者の一品であり、それも県の商人を遥かに上回るものであると彼女は推察する。
嫌な予感がする。
彼女は駆け足気味に家人を急がせ、客人の待つ開けた庭の亭に急ぐ。
彼女の焦りをなんとやら、そこには彼女の母と一人の男が談笑していた。
「お待たせしました、司馬芝、字は子華と申します」
「・・・・・・」
男は彼女が近づくと同時に母との話を切り上げ、私の顔を正面に振り向く。
ふざけた顔だ。頭には頭巾、大陸では非常に普遍的な黒髪に、髭を剃り均衡の整った輪郭。まだ伸びきっていない目にかかる前髪をうっとうそうにしながら私をまじまじと見つめる。
白目だ。真っ白だ。
虹彩の無い真っ白な目が彼女を見つめている。
ふざけているのか?
彼女はそう思うが、男は湯のみを置くと、身体を彼女に向けてきた。
「お初にお目にかかる、私は王匡。新しく河内太守としてここに派遣されることとなった。いやはや、さすがは名門司馬家。実に賢そうな面持ちだ、私とは大違いですね」
「・・・・・・太守様でありましたか、これはとんだ御失礼を」
「いえ、こちらこそ突然の訪問でありましたからね。こうして会えただけでも望外の喜びです」
王匡と男は名乗った。なるほど、この者が新しく赴任した太守かと司馬芝は王匡を観察する。
年の瀬は二十半ば程か、太守としては適齢といったところであろう。身体は武官上がりであろうか、細身ながらも筋肉質で壮健だ。
「このように参ったのは実はある方からの推挙でしてね。楊季才殿を覚えていらっしゃいますか」
「えぇ、覚えておりますとも。確か辺文礼様のお弟子であった方だ。して、どうして彼女が・・・・・・」
「楊季才殿は貴女をいたく買っておりましてな。ぜひともこの河内のためにお力添えを戴きたくこうして参りました」
「・・・・・・私を?」
それこそ不思議な話であった。彼女、楊季才こと楊俊と会ったのは大分昔、それも一度のこと。高名な辺譲殿の付き人として一言二言会話した程度の仲でしかない。
「・・・・・・不思議なことですね。失礼ですが私ではなく本家の八達のことと勘違いなされているのでは?」
「いいえ、彼女からきちんと司馬八達の族姉、司馬芝子華と聞き及んでいます。また、母君から貴女のことは良く聞かせてもらいました。いや、実に素晴らしい。ぜひとも私の元で働いてもらいたい!」
王匡はわざとらしく司馬芝を褒め称える。しかし、司馬芝はそんなことを言われて気を大きくするような馬鹿ではない。
「ありがたい話ですが・・・・・・」
現在、河内の情勢は厳しい。そんなこともあって話を断ろうとしたときだ。
「荊州に行って、何があるというのですか?」
思わず目を見開く。王匡を見るが、彼は笑顔の仮面を貼り付けたまま、ただ黙って司馬芝の反応を見つめる。
背筋が凍り、冷や汗を流す。
見抜かれている。
ただの馬鹿じゃない。きちんと情勢を読んでいる。加えて自身の行動を読まれているという感覚を司馬芝は久しぶりに味わった。
ガタリと椅子の動く音がする。おそらく母であろう。腐っても名門一族に嫁いだ母、己の本分をきちんとわきまえている。
「河内は交通の要衝です。西には都洛陽が、東には大小様々な勅使、太守が今か今かと政に精を出し、軍閥を築いています。いいや、それだけじゃありません。北には匈奴、鮮卑の異民族が漢の情勢に注視しておりましょう。何時攻めるか頃合かと、まるで肉を前にする犬のようにね」
王匡は止まらない、止まる筈もない。彼女の精神を追い詰めるかのように一気にたたみ上げ、まくし立てる。
「先の黄巾の乱のこともあります。地方行政に軍の保持は必要不可欠、軍備制限などもってのほか、豪族に睨みを利かせねばならない以上、中央はてんてこ舞い。いや、てんてこ舞い以前の問題。涼州閥と中央官吏の思想が統一していない以上まともな行政など不可能・・・・・・そう思っているのでしょう?」
「・・・・・・董相国を批判とは、穏やかではないですね王河内太守」
「批判などしておりませぬよ、むしろよくやってるほうでしょう。・・・・・・それでも、いつ暴発するや分からない危険に対して槍でつつくのをやめない官吏に問題があるでしょう」
恐れを知らないその態度。心強いと同時にその表情は自身に溢れていた。
「己の意見に誇りを持つのはよいでしょう、大きな脅威に対して果敢に挑む勇気も素晴らしく思います。・・・・・・しかしそれは蛮勇だ。己の権力保持のために周りが見えてなくてはどうしようもない」
それは誰も言えないことだった。誰もが胸のうちにしまっていることを、この男はのうのうと言い放つ。
しかし、彼女にとってそれは決定的な反論のための素材でしかない。そう思い喉元まで声を出そうとした時の事。
王匡は、司馬芝を指差す。
「貴女はどうでしょうか・・・・・・?」
私はどうだというのか。よもや、私がそのような愚かな官吏に見えると、そういうのか、この男は。
司馬芝は胸の中でどろりと煮えたぎる溶熱のような気持ち悪さと熱さを感じる。曰く不愉快であると。
「・・・・・・私が、目の前の・・・・・・視野の狭い馬鹿者と王太守は言うので」
「違うのですか? 老いた母を言い訳にして、貴女は逃げるのでしょう。荊州に、違うのですか?」
キッと王匡をにらみつける。ここまで面と向かって馬鹿にされるとは思わなかった。
もはや彼女は冷静にあろうとすればするほど、精細を欠く始末であった。
「・・・・・・さて何のことやら? あぁ、お帰りはあちらですよ」
二度と見たくないと王匡から背を向ける司馬芝。
まごうことなき本質を得た言葉ゆえに、見たくない己の醜さを見せ付けられたためにに自身の心に土足で踏み入れる態度が何より癪に障った。
「ほら、また逃げようとする」
足を止める。なんといったこの男は。逃げるといったのか・・・・・・。
「今、なんと申しました?」
あぁ、不思議だ。怒りというモノは許容を超えると逆にこんなにも冷静になれるとは。
振り向き、苛立ちの原因たる男を見ると、まるで挑発するように笑顔を貼り付けていた。
良いでしょう、その鼻っ面をへし折ってやる。
武力では敵わないとしても、自身には何年もかけて知識を積み重ねた頭脳がある。
私はこんなにも好戦的であっただろうか、そんな疑問を彼方へ飛ばして王匡と向かい合うかのように床几に座す。
彼女の頭にはこのむかつく男を論破することしかなかった。
そしてそれが、彼女と彼が最初に会った記憶。
本来ならば交わることの無かったその流れは徐々に、そして大きな流れとなって大陸を包むこととなる。