真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
「・・・・・・」
相国董卓のもとに送られてきた書状。それは河南伊王匡によるものであった。
先の河南伊代行楊原は一身上の都合により職を辞した故、新たに代官を所望す。簡潔に言えばそんな内容だ。
「・・・・・・時期がいいやら悪いやら」
「だが、司隷における王河南伊の名望は高い。それこそこちらを脅かしかねない程にだ」
「王河南伊もそれがわかっているのだろう。むべもなく王河南伊の政治能力は明らかだ」
李傕は毅然と答えた。相国のいない議場において、議題の司会を進めるのは彼か賈詡だった。
「王河南伊は実に手強い、並大抵の官吏では呑まれるのがオチでしょう」
髭を蓄え、頭巾着けた昔ながらの官吏という雰囲気を醸す壮年の男。
王允、字は子師。董卓政権における司徒であり、「王佐の才」を持つ、数少ない董卓と顔を会わせたこともある漢の重臣である。
「並の官吏と言われても、中央官吏がまるで平凡のような言い方ですね、彼らとて最高の教育を受けた選ばれた人間なのですよ? まぁ、辺境の田舎者や、親の功績で成り上がった者は違うと私も思いますけどね」
「口が過ぎますぞ馬太尉」
口を開けば嫌味をいう妙年の才女は馬日磾。彼女は董卓軍の幕僚を小馬鹿にしつつ鼻で笑う。そんな彼女をたしなめる王允。
「あんたの事は認めてるさ。だが、売官、汚職が蔓延るこの国は嫌いだ。勿論、そんな手段でここに就いた奴はもっての他だよ。親がなんだで就いた奴もおんなじさ。なぁ、四世太尉」
「それは暗にそれがしを馬鹿にしてるので?」
痩せこけ、暗い雰囲気を出している神経質そうな男はそういって馬日磾を睨み付ける。
「聞けばあんたの嫁はあの袁術の姉らしいじゃないかい。しかも今もあの袁太傅と同じ派閥に属してるときた」
「・・・・・・それがどうした、それがしを蝙蝠と思っているとでも。実に心外だ・・・・・・! それをいうなら馬太尉も臭いですぞぉ。あぁ、臭い臭い、煙臭い。もしや先の火事は貴女の仕業では?」
現在、洛陽は混沌としている。涼州の兵が洛陽へ詰め、政治は劉弁、劉協と別れて対立している状況。
そんな中さらに彼らの頭を痛くさせているのがここ最近の事件や事故である。近頃では宮中の近くで家事騒動が起こり、それを鎮圧した劉備の配下関羽の名望は高くなっている。
「・・・・・・アタシがそんなことをするとでも? 喧嘩なら買おうか、ええ? 楊司空?」
「お二方、お静かに。今は議場の場故、喧嘩なら協議が終わったあと存分にやると良かろう」
一触即発、今にも取っ組み合いが始まる最中、一人の男の言葉で議場は厳粛に鎮まる。
「この蔡伯喈の顔に免じて、どうかお頼み申す」
鋭き鳶色の眼光、壮健たる佇まいに整った顔立ち。髪や髭には白を混じらせた壮年の男。
蔡邕、字は伯喈。議場における問題の人物、王匡の師であった男である。
「蔡尚書、王河南伊はどのような御仁であろうか」
「・・・・・・公節は真面目かつ勤勉であり、あらゆる事を吸収しようという強欲さがあります。情を解し、利も解し、益を説きます。公節は荀子を好み、韓非子を尊み、政においては公正寛大であり、私情より道理を優先させるでしょう」
「ほぅ・・・・・・」
蔡邕の話に一番興味をもったのは王允であった。
「儒より法を尊ぶか、この国では珍しいわね」
「あの荀子を好むと・・・・・・!? 珍しいこともあるものだ」
この時代、荀子は儒学の中でも異端の存在である。漢では孔孟の思想が尊ばれても、荀子に対する評価は今一であった。かくいう蔡邕も王匡に会うまで見下していたという状況だ。
そんな中、李傕は物思いに耽っていた。
恐らく、いや、確実に王匡は転生者であると。かつ王匡は転生者の中でも政治感覚に優れた人物であり、応用力、発想力、経験能力、勤勉さ。そして組織運営能力は恐らく李傕を容易に上回る。
前世では企業のトップか議員など、リーダーシップをとっていた役職に就いていたのだろう。経済重点の政策はまさにその運営に携わっていたからこそ上手く回し続けている。
下手すれば、李傕と同等の頭脳をもつやもしれんとなると、劉備より余程難敵である。
そして、彼の元に集った部下も粒ぞろい。
蜀漢の外戚であり、歴戦の名将である呉壱こと呉懿子遠。司馬八達の族姉、後の魏の大司農司馬芝子華。軍事、政治、参謀、副将その他もろもろを一手に引き受ける補佐役にして組織調整の名手趙儼伯然。あの夏侯惇の副将を勤め、屯田制を提唱し魏の富国強兵の立役者となった韓浩元嗣。
これらを筆頭に新たに河南伊の幕僚を加えた王匡。何進の下で大将軍府掾を勤め上げ、師である蔡邕の身内や貿易における横の繋がりを加えればそのコネクションは驚嘆の一言に尽きる。
河内太守までの道のりが史実とそう変わりないために見過ごしてしまったがために起きた化学反応と言えるであろう。
自分の知識が通用しない。先の劉備の陣容の充実もあってか、途端恐ろしく感じる。
「・・・・・・李傕将軍、如何にしましたか」
「・・・・・・いや、なんでもない。兎も角、中牟県令の後釜を据えねばなるまい、各々方、これはといった人物に心当たりは」
「王司徒の兄君はいかがだろう」
「・・・・・・兄、王長文は体が弱い。とても長旅に耐えられるとは思えん。蔡尚書は誰をあげる」
「ワシは口を挟まんほうがいいだろう、あれはワシの愛弟子だ。どうしても判断が甘くなる」
「先の劉備の時とは違って、こちら側の面子を出さなきゃならんだろうしね」
あれこれと案を出すものの、これといってよい案は出ない。頭が煮詰まったとき、不意にとある人物が沈黙を保っていることに気づく。
「・・・・・・」
「いかがした楊司空?」
「ああ、いえ。それがし一人思い付いたのですが。荀慈明殿はいかがでしょう」
「・・・・・・は?」
「荀慈明殿は我らに必要なお方、楊司空もそれがわかっておいででしょう」
荀爽、字は慈明。漢の名門貴族荀家の一人であり、あの荀彧や荀攸の族兄にあたる人物である。若くしてその優秀さは買われ、今では劉協閥中立派として数々の役職を歴任している彼を楊彪は挙げたのだ。
だが・・・・・・。
「本当に? そうでしょうか? それがしは荀慈明殿のようなお方こそ適任と思います」
楊彪は疑問を投げかける。荀爽にとっての本懐とはなにか、それを粛々と言葉に表す。
「荀慈明殿は優れた方、それはそれがしも同様に思います。だが、我々は彼の実力にあった仕事を与えられているでしょうか」
「荀慈明は光禄勲だよ、それで不満はないのかい?」
馬日磾は疑問を投げかける。光禄勲は九卿の一角、おもに宮中の護衛が主な仕事であり、軍事的な一面をもつ高級官僚職でもトップに位置する。
一見して、これは左遷人事である。馬日磾は暗にそれを示唆していた。
「不満はないでしょう。しかし、現状はどうです? 我々が出来ることは余りに少ない。妹殿下を持ち上げて、虎視眈々と簒奪に耽る不忠者、それが陛下派の人々の見解です」
楊彪はくるりと李傕を見ると己の主張の正しさに確証を与えるため、質問を投げかける。
「李傕将軍、たしか荀慈明殿の前の役職は侍中でありましたでしょう」
「・・・・・・そうだな。ああ、なるほど貴君の言いたいことはそう言うことか、荀慈明は中立派閥であるが、心情的には陛下に近いと」
楊彪はゆっくりうなずいた。荀爽は今、大きなジレンマを抱えている。劉弁の想いも十分にわかるつもりだ。それでも病を患った病弱な皇帝に今の世は生き辛い。
だからこそ、彼は劉協派にいる。しかし、一向に改善しない中央情勢にまた荀爽は心を痛めているのだ。
「最近の荀慈明殿はどうも精細を欠いています。理想と現実の狭間で激しく揺れているでしょう。ええ、このような状態は激しく不安ですよ。・・・・・・最悪、短慮を犯しかねない」
「まさか、私情と国家は別だ。荀慈明殿に限って」
「無いとも言い切れんよ、馬太尉。我らは等しく人間なのだ、間違えるときはある。何故彼に限ってと言えるや」
なおも否定する馬日磾であるが、流石に王允がたしなめた。
「私は荀慈明殿を中牟県令に押す。今を悩む彼だからこそ、中牟へ・・・・・・王匡公節のもとへ行く価値がある」
王允は堂々と宣言する。その瞬間、議場は今までの停滞が嘘のように進む。
「表向きは中牟県令、役職はそのままが良かろう。幸いにして距離的関係はそう遠くない」
「彼は優秀ですから、中牟県令以外にも要職を回されるでしょう。王河南伊は何処を郡都に?」
「今は中牟を郡都としておる。だが、場合によっては変えるだろう」
対王匡に対する謀議は粗方終着をみせた。そして議題は少し右にそれることとなる。
「そういえば、新しく河内太守となった趙伯然とはいかなるや」
「ああ、王河南伊の推薦の。蔡尚書はなにか?」
「初耳だ、公節であれば呉子遠を代理に出すと思っておったからな、ワシも驚きだ」
「たしか、河内の乱では呉子遠の参謀を務めたとか。それでなくとも王河南伊の右腕として敏腕を奮っていたと、それがしは耳にしました」
諸々の情報を統合して、評判は悪くはない。しかし、名声高いかと言われれば微妙な線であった。
「いっそ、河内を荀慈明殿が抑え、王公節が河南伊を治めればいいんじゃなかったのかい」
「それは無理だろう。王河南伊のつくりあげた貿易網は驚嘆の一言だ。あんなもの、それがしだとしても運営することは難しい」
それに加え、殿下の勅許により今更蒸し返したところでどうにもならない。王匡の貿易網は非常に危ういバランスの上で成り立っている。されど、官民一体となってその貿易網を利用し多くの利益を上げているのも事実。これを崩壊させることは誰も望まない、望んだところでもう引き返せない。
引き返すとしても巧妙な策をもって慎重にことにあたらねば民はついては来ないだろう。
「にしても、あんたはようそこまで王河南伊のことが詳しくなったんだい?」
「倅の影響だ。ああ、察しのとおりどっぷり嵌ってしまったよ。若いからな、どうも新しい物事に関心は移りやすい」
楊彪の息子、楊修。今だ若く歳は十六であり、新盛気鋭溢れ、漢の次代を支える若き賢者だ。若いこと、そして自信家な面がたまに傷だがそこは追々矯正されるだろうと楊彪は思っていた。
「けっ、厭らしく笑いおってに、そんなに子供がいいかねぇ・・・・・・」
「・・・・・・子は国の、親の宝てすからな。とと、そういえば馬太尉は相手もおらなんでしたな」
「・・・・・・ああ?」
「まったく貴様らは・・・・・・」
「尚書、喧嘩するうちが花というものよ。私は一足先に帰らせてもらおう、何分仕事を残しておるでな」
王允は議題を終えるとそそくさと席を立つ。それから順に蔡邕、楊彪、馬日磾と議場から抜け出していった。
李傕はその様子を見つめ、ため息を一つ吐く。
「両統迭立による政治か、ややこしいものになったものだ」
他ならぬそれを敢行したのは自身らであることを忘れて、李傕はのたまう。彼はもとは技術者肌の人間だ、そんな彼が今、後漢の三公に囲まれ政治に口を挟む立場にあるというのも不思議な話だ。
「流石は古代。頭の出来にも良し悪しがアンバランスだ」
この時代の教育は富裕層のみが行える。勿論庶民であっても努力すれば官位にあがれるが、そういった人物は軍上がりで控えめに言えば脳筋気質だ。
現場上がりの成り上がりではインテリ層はそりゃ馬鹿にするだろう。特に楊彪はいい例だ。この時代、主に儒者はそういった礼をまともに出来ない者を見下す傾向にある。
まともに対等に話が出来ていたとすればその目は節穴だ。確実に彼らは我々を見下しているだろう。
敵の敵は味方、このような危ういバランスも董卓軍が抱える内憂である。
「抗おう。せめて、最期まで」
李傕は不安を胸に一人また決意したのだった。
後漢三公「滅び行く帝国は我らが守る!」
プロット「王匡伝は黄巾の乱(終了)から(反董卓連合まで)一歩も進んじゃいない!」