真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
「どうしてこうなった・・・・・・」
馬に引きずられる馬車の中で司馬芝は頭を抱えていた。相手の鼻を空かそうとするのは良かったが、いざ論破しようとすればのらりくらりとかわされ、仕舞いには売り言葉に買い言葉、仕官要請を受けてしまう始末。最終的に相手も非を認めてしまい、昂ぶった感情は捌け口を失う始末。
母など「やっと仕事が決まってよかったわぁ」と泣く始末、どうやら根回しはすでに済まされどちらにしても四面楚歌ということだったと全てが終わったときに気づかされた。
「・・・・・・賑やかだな」
市井は活気に溢れ、大きな荷物を背負った牛馬が大通りを闊歩し、溢れかえるほどの物が店に並ぶ。
司隷州河内郡懐県。都での一大事件たる何進暗殺によって新たに政権を握った董卓による人事の元、新たに派遣されたのが王匡という男だった。司馬家の持つコネクションを持って王匡と言う男を調べた結果、大まかな外聞的情報を手に入れることが出来た。
王匡、字は公節。兗州泰山郡の出身であり、父親の死によって五年の喪に服したことで孝廉に推挙され大将軍何進の下、昇進を重ね大将軍府掾に抜擢される。このときすでに二十四歳。その後黄巾の乱において徐州で軍需物資の補給や、現地軍に対し後方支援を行うなどの活躍を見せている。
(武官出身と甘く見ていたが、思った以上に政治肌の人物なのか・・・・・・)
そもそも大将軍府掾とは大将軍付きの秘書官のようなもの、考えてみれば何進の側近中の側近といったところだろう。喪から明けてたった四年ということを加味しても早い出世スピードである。
加え、交渉能力も高い。伊達に政争の中心にいたわけではないということかと司馬芝は王匡の評価を上方修正を余儀なくされる。遺憾だか、非常に遺憾ではあるが。
何はともあれ、懐県の中央に位置する官庁にたどり着くことになる。衛兵に話は通してあるようですんなりと官庁の内部に入る。
「お待たせしました。王太守の執務室はこちらとなっております」
「はい、重ね重ねありがとうございます」
道案内の給仕は非常に優秀であった。官庁内の説明や、市井の様子などを事細かに語ってくれ、非常に礼儀正しく賢かった。
「失礼します」
だがしかし、あの男にしてやられた身としては複雑な心境でもある。しかし、この場ではすでに上司、さすがにいつまでも根に持つ訳にも行かない、大きな戸を開けると、そこには乱雑に積み重なった竹簡と雑多な紙に囲まれた王匡と見知らぬ男が居た。
「ん・・・・・・あぁ、司馬子華か。済まない伯然、少し席を外す」
「かしこまりました。商人との折衝は定刻通り行う予定ですので、それだけは留意してください」
もう一人の男、伯然はちらりとこちらを見ると、すぐに竹簡とのにらめっこに戻る。
身だしなみにはそこまで気を使っていないのか、一目で安物と分かる官服に乱雑に頭巾を着け、口には無精ひげが伸びている。
「おう、重々分かってるさ。司馬子華、君の部屋を案内する。ついて来い」
席を立つ王匡は足早に行動する。王匡の執務室から出て右に曲がり、ちょうど三部屋目に真新しい一室があった。
「ここが君の執務室となる。もうひとつ右にある部屋が寝室となる。仮眠を取りたくばそこで眠ると良い」
「・・・・・・私の部屋? 王太守貴方は何を―――」
「そして君には主簿になってもらう」
「はァ―――!?」
いや待ておい。私は新参も新参だぞおい。なぜそんな重役を任せようとする。
王匡の爆弾発言で思考の停止に追い込まれる司馬芝。名家出身ということを加味しても県長ぐらいが妥当な線と考えていた彼女にとって、太守館で、しかも主簿という大役を任せられるとは微塵も考えていなかったからだ。
そもそも主簿という仕事は帳簿受け持ち、庶務を統括する立場であり、太守の属官に当たる非常に位の高い立場である。当然帳簿を任せるということは信頼できる人材にしか任せられない仕事であり、とてもじゃないが新参者に与える役職ではない。
(こいつは馬鹿なんじゃないだろうか)
自分の上司ながらあまりにも楽観過ぎないかという不安を司馬芝は思うが、王匡はなんてことなく話を続ける。
「君の仕事は明日から始まる。官庁の内部になれてないだろうからよく見学しておくと良い。明日から働いてもらうつもりだから今夜はぐっすり眠ると良い。そちらも引越しで大変だろう。何か質問は」
「いや、あの・・・・・・本気か!? 私を主簿にするなど」
「君の能力を見るに妥当と思うがね。それともこの程度の役職じゃ不満だというのかね?」
不思議そうに、虹彩の無い瞳が司馬芝を捉える。
「不満な訳あるか! 嬉しいよってそうじゃない! そもそもこんな人事、周りが納得するとでも―――」
「―――するさ。納得するだろうし、私が納得させる」
不意に胸が高鳴る。
その笑みは今までと違う不敵な笑みで、その言葉には信頼という重みが加味されていた。
「明日の朝には側近を集めて君の紹介をする。君の新たな同僚だ。出来ることなら仲良くして欲しい」
その言葉を最後に王匡は部屋を後にする。今までに感じたことの無い不思議な高揚感が彼女を包む。不意に見とれてしまった。自分でも何を言っているが分からないが、自分でも何が起きたか分からなかった。
「・・・・・・まったく、とんでもない所にきてしまったものだ」
眉をひそめながら、困ったように首筋を掻く。信頼が重いというのもあるが、何より自分が不正など考えても無いかの態度に度肝を抜かれた。当初の怒りなどもはや吹っ飛んでしまった。
(なんだかんだ、おかしな太守の下に来てしまったが・・・・・・)
君は逃げているだなんだと批判しておきながら、君は間違ってはないなどといったふざけた態度とは一閃を画す対応をする王匡に怒りもそうだが興味を持ってしまったのが運の尽きだったのか、もはや過ぎたことであるのに人というモノはどうしても『もし』なんて考えてしまう。
「・・・・・・まぁ、あのまま荊州に逃げるよりよほど楽しそうだ」
ゆるく結んだ白髪をなびかせ、明日からはどうにも忙しそうになりそうだと考えながらも、口には笑みを浮かべる司馬芝だった。