真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
「お味方、死者はおよそ五百、負傷者は千人に及ぶかと」
「あいわかった、重傷者の手当てと休息を挟んでくれ」
本陣にて、王匡と呉壱は先の夜戦の報告を耳にしていた。
初戦の被害を顧みて、結果としてはこちらの劣勢であった。
「ほろ苦い。予想以上に損害が出てしまった」
呉壱は顔をしかめながらその惨状を目の当たりにする。軍学に優れ、河内の乱において一等の戦果をもって貢献した王匡軍一の戦上手とて斯様な被害をもたらしてしまった。
「・・・・・・諦めた訳ではないのだろう、子遠」
「当たり前だ、将軍として何の戦果も挙げられずに終わるなどあってはならない」
それが、将軍としての覚悟であり決意だった。
己の指揮で何千もの人間を死地へ送り出す。彼らにも愛すべき家族がいる人であり、呉壱はそれを知りながらより良い時代を目指して戦うことを強いられている。
「無駄な死などあってはならない。それが武官としての責務だ」
あくまで、戦争に携わる者として最低限度持つべき責任感、モラル。呉壱子遠は部下想いの将であるがゆえにあらゆる方面の事柄から最も被害を少なくして勝利することを求めていた。
仁優の将。彼の人柄を表すにあたってこれ程的を射た言葉はない。
「作戦に不備があった。少々の変更を加えたい。頼めるか公節」
かがり火を持たず、同士討ちを減らすために目印をきちんとしていた。それでもなお夜襲が失敗したのは予め気付かれていたからだ。
ならば次は気付かれたとしても敵を消耗させる策を考えねばならない。
失敗を、次の成功に導かせる為に。
この時代に於いて最強の軍事指揮官を挙げよと問われた場合二人の人間が挙げられる。
一人は王匡軍黎明期からの古参の将であり、軍事、軍政、軍令のすべてを司り王匡を別格とすれば最高の戦略家と呼ばれた不敗の名将呉壱。
もう一人は戦争に対しひたすら合理性を求め、あらゆる外道卑劣の代名詞とされ毀誉褒貶の激しい人物でありながらその者の軍事的書物は彼の孫子に及ぶとされた常勝の知将孟達。
片や不敗。片や常勝。その者たちが唯一敵として戦った場所。
時は後漢。戦争に於いて火砲が誕生した軍事的変換期であり、個人的武勇がモノをいう武人の時代から軍人に変遷する時代に於ける最初の戦いこそ、虎牢関の戦いであった。
長期戦になれば敵は音をあげる。しかしそれは連合も同じことである。
幸いにも王匡軍は破産は免れるが、その場合迫り来る董卓軍をひとりで対処せねばなるまい。そうなれば幾らなんでも厳しい。
「張楊は狸だったな」
「ああ」
太原太守張楊の離反。恐らくすでに密約していたのだろう、鮮やかな裏切りだった。これにより穎川太守李旻は捕らえられ、関に首を掲げられた。
「太原の放棄とは思いきったものだ。太守としては落第だが、軍事的に見ればこれ程痛いものはない」
太守としての張楊の名声は可もなく不可もなくといったところだろう。そして太原の民は紛いなりにも漢の民。これが異民族なら報復に町を焼くことも出来ようがそうもいかない。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。それで呉壱、策はどうだ?」
「一応は出来たが長期戦を覚悟せねばなるまい」
「長期戦か・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
長期戦となれば連合ががたつく可能性がある。それを承知の上でのことだ。
「それが確実なんだな」
「ああ、これが最も確実に勝てる方法だ」
敵は多い。されどそれを有効に扱える状況ではない。加え進軍路を封じたのなら双方とも攻めやすく守り易い状況にある。
王匡たちが鉱山の鉱夫の酷使を減らすために改良し、構想した火薬であったが、岩盤を破壊するには威力が足りず、没となった爆薬、それを今回は使用した。
敵が空砲を鳴らすと同時に発破し、城門を変形させる程度には効果があったのは幸いであった。
「馬鹿みたいに見られたな」
「違いない、一見意味なんてなさそうだからな」
王匡はそう言って苦笑する。意図的に外側からの城門の封鎖。騎馬兵の動きを抑制するためのモノで、中々に重労働の戦いだった。こうなった場合城門を開くのは内側から火砲で撃ち抜くぐらいしかないだろう。
「まず夜襲はこれからも続ける。それと同時に日中は示威行為を行い着実に消耗を強いる」
なんてことはない、長期の備えを呉壱は言っているのだ。
着実に、確実に、勝てるだけの方法を取る。
「敵の士気を消耗させ、火砲を消耗させる。時間はかかるだろうが、確実に潰せる」
定石とは先人たちの積み重ねによってできた必勝法である。だからこそ強く、安定した戦果を挙げられる。
古来より大軍策なしと言うが、何も無策でいいという訳ではない、きちんとした定石を以って行えば敵に付け入る隙なく作戦を完遂することが出来る。
「敵の兵は多い、されどそれは封じた。時間もかかる、こちらの消耗も多い。だが、私はこれが最善であると愚考します」
その思考は着実に、確実に相手を追い詰める。
「全く以てやり辛いな、やっこさん。確実にこっちを潰すつもりだ」
ところ変わって虎牢関の一室で孟達はこわばった表情を見せる。
「偽報を何度かやったが、効果はない様だ」
「だろうな、王匡の後方の備えは上手い。こっちと比べ付け入る隙はないだろうな」
兵站管理の総指揮を執るのは河内の司馬芝と河南伊の任峻の二人である。特に張楊の裏切りの後、太原にコネを持つ常林や王象などが名士たちに取り入り、一応の平穏に勤めているなど抜け目ない。
そもそも張楊のやり方は地元の有権者である名士の顰蹙を買った。これでは彼は二度と太原には戻れないだろう。名士の取り囲みは王匡の得意とするところであり、着実に人気を伸ばしている。
「糧食の備えは持つか?」
「良くて三月程か。中央もどうやら出し渋りしてきた様だ。飢えて死ぬことはまずないだろう。汜水関ではにらみ合いが続いている」
「そうか、長期戦。長期戦でいいんだよな・・・・・・」
どこかで感じる違和感。喉奥に魚の骨が刺さったかのような違和感と不快感が孟達にはあった。
連合軍の作戦は簡単だ。
日中は攻城兵器を見せつけ、こちらを挑発。投石による攻撃をさせられてはいけないので火砲で応戦。着実にこちらの火砲を消耗させる手を取りつつ、夜間においては接合性の取れない時間、日に夜襲を仕掛ける。
一度夜に宴会騒ぎを起こしこの日ばかりは夜襲はないだろうと思った時ですら夜襲を敢行した。おかげで虎牢関将兵はピリピリとした緊張が走り続けている。
「・・・・・・っ、とと」
「っ!? 大丈夫か大河!」
不意に目が回りふらつく孟達。
「・・・・・・多少ふらついた程度だ、問題はないが。日がな一日こうもうるさいと睡眠もろくにとれん」
「確かに、おかげで士気も維持するのが辛くなってきた」
戦の開始から既に半月という時間がかかっている。敵軍は着実に包囲を敷き夜襲をかけることでこちらの消耗を強いている。
「こちらの火砲の射程も把握された。連中の動きを見れば分かる」
「既に三基ほど使い物にならなくなった。鹵獲を防ぐ為に解体したぞ」
「そうか、だが解体したところでどうしようもない気がするけどな」
火砲の仕組みは簡単だ。別段特殊な作りをしているわけでもなく、相応の技術をもった職人がいれば製造は可能である。
「技術をが足りないばかりか、黒色火薬ではこの程度だ。特に、金満な軍だからこそ最も力を発揮するのが火砲の持ち味だ。董卓軍は火砲を使いこなせているとは言えない」
董卓軍の資金源は主に都の金品から賄われている。并州からの道は塞がれ、涼州からはあまりに距離が遠い。兵装一つ作るにも困窮し、糧食等は略奪などをして賄っている。
れっきとした地盤が無い。あっても洛陽に縛られ続けている状況では好転は難しい。特に涼州では李儒の死によって水面下でのいざこざが起こっている。
「特に目の前でああも投石器を見せつけられては火砲を使って破壊せざるを得ない」
毎度毎度のことであるが王匡らの軍勢は日が高い状況であってもこちらを疲労させる手段を惜しまない。特に射程ギリギリに破城槌や投石器をこれでもかと見せつける等、一見無駄のようにも見えることを行う。攻城兵器一つ作るのにもかなりの労力がかかるだろうにそれを何十と破壊されようが新しい攻城兵器がまた姿を現す。
げに恐ろしきはその資金力と技術力と言えるだろう。
「・・・・・・後のことを考えても仕方ないか。敵の指揮官は冷静な男だ。武人よりか軍人らしいな。何より秩序を重んじ、こちらの手を冷静に対処している。頭も切れるみたいだ。・・・・・・その様子からおそらく何人かを潜り込ませている可能性もありうる。あれほどの男が情報を軽視することはないだろうし・・・・・・河内の乱での指揮から速攻も中々だ。王匡という精神的支柱もあってちょっとやそっとでは崩れるものでもないだろうし・・・・・・」
「大河?」
ブツブツと半ば意識を埋もれさせながら言葉を重ねる孟達。その表情には不安があった。
「だからだ、だからこの程度で終わる筈がない。慢心するな、負ければそこで終わりだ」
敵の侵攻は遅い。そう決めつけた結果、孟達子度という武将は死んだ。他ならぬ司馬仲達の恐るべき速さを誇る電撃戦によって援軍を待つすべなく敗北した。だからこそ孟達は恐れていて、なおかつ確信があった。火砲について出来得るだけ対処してきて、なおかつ夜戦を以ってこちらの消耗を強いている以上、これがただの長期戦であることはあり得ない。
眠気や疲労で働かない頭を何とか回転させ、孟達は思考する。それはひとえに勘というものであり、何より経験的観測から導き出されたものであった。
「・・・・・・待てよ」
「大河?」
一日中鳴り響く騒音。それはひとえに何かを隠すものだったらどうだろうか。
わずかな疑念。それが確信へと変わるのにそれほど時間はかからなかった
「土竜か・・・・・・!」
河内林慮県は有数の鉄鋼の産地。特に王匡軍は常備軍を置き、その費用捻出のために街道整備などに駆り出されている一級の工兵集団を持っている。
「孝直、今すぐ張将軍に伝令を、敵の坑道戦術の警戒。それから―――」
気づいたからこそ、その選択は早かった。しかし、惜しむらくは一歩遅かったということだった。
「伝令!! 敵の軍勢が、関内に侵入! 地中から潜り込まれた模様!」
想定内の想定外。先に動かれたのは辛かったが、まだ立て直しが可能と思い孟達はすぐさま指示を行おうとするが、もう一人の伝令兵が忙しなく孟達の前に現われると驚くべき言葉を口にした。
「伝令! 敵軍がこちらに進軍しました!!」
「は?」
今まで沈黙―――と言うよりは騒がしかったが―――軍としての動きを見せなかった連合軍であったが、ここでいきなりの方向転換にさしもの法正は硬直した。
一方の孟達もやや驚きの表情を見せるがすぐさまその意図に気づいたのか伝令に一つ問いを返した。
「一つ聞きたい。今日の天気はどうだ?」
「大河、一体何を」
「いいから早く言え!!」
「曇天であります!」
「ああ、そうだろうと思ったよッ!!」
孟達は床几を蹴り上げ、立ち上がる。その視線を自身の参謀に目を向けると、一言彼は告げた。
「孝直、関の防衛をお前に一任する。それから火砲は使えなくなるだろうからそれを考慮して防備に当たれ」
「・・・・・・分かった、大河はどうする?」
「俺はちょっくら土竜叩きとしゃれ込む。防衛の半数を借り受けるからそれまで凌いでくれ。―――信じている」
その言葉に法正は胸が高鳴る。目の前の男が自分を信じてそういってくれたそう感じるだけで彼女は嬉しく感じる。
「ああ、勿論。私は君に勝利を捧げようとも」
「当たり前だ、俺とお前が居れは敗北なんざ在り得ねぇ」
その言葉を最後に孟達は部屋から出ていく。目指すは虎牢関の最下層、激戦区と言われる場所だった。