真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
行ける。勝利は目前だと、誰も彼もがそう思っていた。
敵軍は半壊、混乱状態の将兵ほど殺しやすいものはない。放つ弓矢は防がれ、前進し続ける総軍に董卓軍はピンチを迎えていた。
今まで幾多という戦場を勝利してきた。それが、これまで追い詰められているという不安は、常勝の軍であるからこその恐怖であった。
「慌てるな! 冷静に対処しろ!」
それでも彼らは戦う。軍に入った以上、上の命令は絶対である。加え、総指揮官は我らが黒備副将、孟達子敬。如何なる戦場とて我らに勝利を与えてきた常勝将軍であり、今、我らを指揮している少女はその参謀である法正孝直である。
彼らが諦めていない以上、我々が諦めるなどあってはならない。そう信じて彼らは関を死守する。
そう信じて、彼らは戦い。やがて巨大な爆音が、虎牢関に響き渡った―――。
崩落、虎牢関内部の戦いはその強大な崩落によって一気に戦線を破壊された。
「張将軍! 張将軍!?」
「言われずとも聞こえておるわ、戯け・・・・・・」
額から血を流し、朦朧とする意識の中、大本営の幕僚の多くが命を刈り取られる中、彼らはどうにか命を繋いでいた。
「状況は・・・・・・」
「戦線は混乱。撤退すべきです・・・・・・!」
「くそッ・・・・・・!」
作戦は失敗。守るべき関を破壊し、此方に大打撃を与えるなど想定の範囲外にも程がある。
「兵糧を焼き、即時撤退。・・・・・・遅れた奴は置いていく」
「・・・・・・かしこまりました」
虎牢関内部の戦いはたった一手の反則技にて、敗北を喫した。
同刻、虎牢関外部での戦いが熾烈を極めていた頃、爆音を背景に新たな軍勢が虎牢関から出現した。
「あれは・・・・・・!」
赤い鎧を身に纏い、弓を片手に騎馬に騎乗するその軍は董卓軍騎馬隊の精鋭中の精鋭、赤備だった。
「内部にあった火砲で城門を打ち破ったか・・・・・・、背水の陣。なれば・・・・・・!」
私が立たなければならない。呉壱子遠はそう確信する。
「公節・・・・・・!」
「わかった、戦争はお前に任せる。私はここでお前を待とう」
鎧を鳴らし、前線へと突き進む呉壱。大将は後ろでどっしり構えていればいい。それがこの軍の象徴たる王匡の職務であれば、自分は軍に関することをすべて輔弼するだけ。
呉壱は軍の実務的責任者である。しかし、場合によっては前線にて指揮を執らざるを得なくなる。自ら危険に立たない指揮官に誰が付いていくだろうか。呉壱はそれを理解している。
そして王匡もそんな状況判断の出来る呉壱を得難い人材であると理解していた。
ただ戦うだけなら誰にでも出来る。ただ鼓舞するだけなら軍事経験者なら誰でも出来る。しかし、広い視野をもって戦場すべてを俯瞰することが出来る者は稀有だ。
「王匡軍の諸兄らに告ぐ! 敵は董卓軍の精鋭、赤備ッ! 勇猛なる大陸随一の騎馬隊だ!!」
高らかに、そして透き通るかのような声量。軍装に身を包んだ姿はいかにも清廉で、美しい。
「だが恐れることは何もない。我らはあの乱を治めた王匡軍の精鋭だ! 如何なる敵とて倒してきた、その我々が、そう簡単にやられる訳がない! そうだろう!!」
呉壱の言葉に反応するかのように響き渡る総軍の声。
「我々は軍人だ! 国を、財産を、人を、家族を守りたいと思ってここにいる!
今、河内は未曾有の危機にある。敗北はあらゆるものを奪い去る。我らの命を、そして大切な家族を―――そうだ、ここを通せば犯され、踏みにじられるのは我らの河内だ、町だ、村だ、諸兄らの家族だ。
嗚呼、認められない。そんなものを認めて堪るか・・・・・・!」
怒り、熱意、信念を呉壱は焚き付ける。人の感情に訴えかけ、熱狂を呼び覚ます。
人は感情の生き物だ、だからこそ論理的ではなく、時には感情に訴えかけることが正しい場合もあるのだ。
「我々は国家だ、我々は共に戦う者だ、我々は家族だ、我々は一つだ。共に痛みを分かち合い、共に喜びを分かち合う戦友だ。
我々は備えてきた、我々はずっと頑張ってきた。私はそれを知っている。諸兄らの努力が、諸兄らの頑張りが、無駄でなかったことを証明しよう、この呉壱子遠の名誉に賭けて私は誓おう・・・・・・」
鞘から剣を抜き、高らかに掲げる。
「さあ、征こう! 我らの威信と、覚悟を、大逆たる董卓に見せつけるのだ!!」
怒声を挙げる王匡軍、呉壱の旗下の精鋭たち。王匡軍における常備軍の最初の試みとして徴兵され幾度の戦場を超えた歴戦の兵士たちによる戦いの火蓋が切って落とされた。
疾駆する赤い影は、飛ぶ鳥を落とす勢いで連合軍を蹂躙していた。
機動力、破壊力の二つにおいて古代最強の兵科とはまさしく騎兵他ならない。
中、遠距離からの騎射と近距離からの騎馬特攻はなすすべなく前線を破壊し、混乱を撒き散らす赤い悪魔、赤備。
その標的となったのは揚州牧劉繇の軍勢だった。
「防御を固めろッ! 隊列を崩すなァ!!」
そう叫ぶものの、たった一撃の攻防で軍の前線は崩壊、劉繇軍の指揮を預かった薛礼は余りの果敢な攻撃の波によって建て直そうにも命令が届かない状況に焦りを感じる。
「伝令を飛ばせッ! 速くッ!!」
立ち上る焦燥感に身を焼かれ、頭もうまく回らない。敗北までの時は刻一刻と近づく。
ベタつく汗、泥にまみれた鎧が一層重く感じ、呼吸は過呼吸を起こしているかのように荒い。
そして何より、あの砲撃の音が耳にこびりついて離れない。
一撃を以て十数人を吹き飛ばし殺す超兵器の存在は雨で使用不可能と言われたものの、その恐ろしさは中々離れない。
その懸念と怖れが、連合の足並みを崩す一手となっている。
チャンスはこれだけ、これっきり。これを残せば、またあの非情な戦いを強いられる。
呉壱の考えた作戦は有効だろう、着実に相手の戦力を削ぎ、攻城戦を有利に進めていることから判断はつく。
だが、それでも兵士を磨り減らすことには代わらない。いくら安全策を取った上での考えとて、それだけは変わらないのだ。
薛礼は凡人だ。転生者という異物でもなければ、数少ない天才でもない。そんな彼に勝ち目を見ることなどどうして出来ようというのか。
この戦い自体が、彼の想定を既に凌駕していた。
「王匡軍前へ・・・・・・! 敵を食い止めよ―――!!」
絶望するにはまだ早い。味方が押しつぶされようとしているその前に、彼らはやって来た。
前方の歩兵は大盾を構え、その側面には長槍を備えている。
ファランクス。紀元前のメソポタミアによって生み出された重装歩兵の密集陣形。それは西欧における古典中の古典であるいわゆる時代遅れの兵装でありながら、とある戦場において最大の戦果を挙げえるとして密かに呉壱が研究していたものだった。
「―――なんだ、あれは・・・・・・」
馬上にて前線に出で槍を振るう張繍は困惑する。なんだあれは、あんなものは知らないと。
大盾を構える敵の歩兵は機動力を犠牲にしておそらく防御を高めた軍勢であろう。張繍のその想像通り、比較安価で行え、ある程度の練度があれば可能な陣形、それがファランクスだ。その想定は正しく、その防御性能は馬の樋爪すらそう簡単に踏破できるものではない。
先の戦いで曹操が徐栄によって戦線を打ち崩されたのは、そう言った特注の装備がなかった故だ。
逆に王匡軍の仮想敵は異民族と董卓軍と仮定していた。どちらも騎馬を主戦力とするために対騎馬戦術を考察するのは命に直結する。
「歩兵前進! 恐れることなく突き進め、諸兄らの踏ん張りが、諸兄らの盾の持つ手がそのまま戦友の死に直結する! 死にたくなくば盾を持て、骨が折れようと、肉が裂けようと持ち続けろ!!」
前進する王匡軍、迫り来る軍勢に張繍ら赤備は思考する。
劉繇軍は徐々に後退している。継戦能力はないだろう。ならば今の最大敵は王匡軍他ならない。
虎牢関の兵士は良く守っている。ありったけの弩を以って上り詰める敵兵を撃ち、或いは武器を以って守る。
攻城側の主兵である袁遺軍も中々の腕だが、我らが参謀には及ばない。故に―――。
「陣形を整え、鋒矢に陣を変えよ、敵軍中を一気呵成に蹂躙する!!」
その選択は正しいだろう。騎馬隊の優位な点はその突破力、その力を最大限に生かせるモノこそ鋒矢である。それに加え、彼らには最大の武器がある。
「今だ!!」
合図を出し、一騎の騎馬兵が軍の中央を走り抜けると、赤備は綺麗に真っ二つに割れる。
すると、その奥に見える城門がある。その奥にある巨大な木製火砲は、鉄製の扉すら割る威力を持った砲弾。
雷鳴がとどろくかのように号砲が響く。その弾丸は、敵の密集隊形に穴をあける。
「突撃ィ!!」
穴があるなら貫ける。赤備は董卓軍随一の精鋭である。しかし張繍は慢心しない、油断などない。そして過信もしない。誰よりも騎馬に精通しているが故に、自分程度よりも優秀な人間はいくらでもいると、彼は知っている。
だからこそ、準備は怠らない、少しでも有利な状況へ追い込む、そのために。
張繍は優秀な男だ、間違いなく。幾たびの戦場を超え、酸いも甘いも噛み分けた戦場に立つ武人として正しい感性だろう。
だからこそ、張繍は敗れたのだから。
鋒矢の陣で敵を穿つ、敵歩兵は何とか防衛の陣を布くも、一気に亡くなった人員を埋めるのに少量の混乱が生まれる。その隙こそがねらい目、多少防御が出来たとはいえ、それも騎馬の突破力には及ばない。
「嗚呼。張繍、貴公は優秀だった」
呉壱は素直に賞賛を送る。男は優秀だった。間違いなく、呉壱の思った通りに優秀だったのだ。
「優秀だった故に負けたのだ、張繍」
赤備が歩兵とぶつかる寸前、馬影が赤備の側面より現れたのはその時だった。