真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
「ガッ・・・・・・アァッ―――」
虎牢関はまさしく死屍累々という有り様だった。至る所でうめき声が聞こえ、しかも着火した炎の為、生きたまま蒸し殺される有り様。まさにこの世の地獄が如きだった。
「旦那ァ! 眼鏡の旦那ァ!!」
そんな戦場を駆けまわる髭面の偉丈夫が居た。彼の名前は方悦。王匡軍きっての力自慢であり、兵士たちの尊敬を集める兄貴分であった。
「駄目だ、韓将軍。見つかんねぇ・・・・・・」
「そう、ですか・・・・・・」
腕を抑え、剣を杖にして韓浩は応えた。
腕一本が完全に折れ、足にもひびが入っている満身創痍の状況。しかし、この様子は今まさにおかれている兵士の立場からしたら十分に軽傷な部類であるからにこの地獄の状況を表すに相応しい言葉はないだろう。
瓦礫につぶされ、折られ、切断し、そんな傷を負って死にかけている人々が目の前にいるにも関わらず、彼らが捜している人物は未だ見つからない。
「煙が濃くなりました。姿勢を屈めてください」
「応、わかりやした」
姿勢を屈め、そして彼らは探索を続ける。
望みの人物は裴潜。河東の出身であり、未だ付き合いは短いが、今後の王匡軍の将校として必要な人材の一人である。ただでさえ王匡軍には軍政伴った人材が少なく、裴潜もこれと言った失敗もなく切り捨てていいわけなく、それ以上に任峻や呉壱にも目をかけてもらっている人物だ。このまま殺すにはあまりにも惜しい。
「将軍! これ・・・・・・!?」
方悦が見つけたのは割れた眼鏡。それはまさに裴潜がつけていたであろうモノと同じものだった。
「そうなると、近くにいる筈です。遺物の位置から―――ッ!?」
一層、赤く染まった血だまりがそこにはあった。
「将軍、こりゃあ・・・・・・」
絶望的だ。こんなに血がにじみ出て生きているはずがない。方悦はそう思ってしまうほどのおびただしいほどの血痕がそこにはあった。
瓦礫に完全に埋め尽くされている。敵兵が来る可能性は低いが、それでもうかうかしていられない。最悪、もう一度大爆発させて完全に道を埋め尽くす可能性もないではないからだ。
「やりましょう」
「わかりやした」
方悦は岩盤を持ち上げ瓦礫をどける。するとそこには折り重なった遺体があった。
片方は見慣れない人物、しかしもう片方には見覚えがあった。
「裴将軍、無事ですか・・・・・・!?」
そう、それは紛れもなく裴潜だった。
二三咳き込み、ゆっくりと裴潜は瞼をあける。朦朧とする意識ではあるが、確実に生きていた。
おそらく、上に折り重なっていた遺体がクッションの代わりをしていたのだろう。九死に一生とはまさにこのことであった。
「駄目だ、将軍。こりゃひでぇ・・・・・・」
しかし、裴潜の肉体は本当の意味で満身創痍だった。腕は反対方向を向いており、額はパックリと割れている。肩には瓦礫の破片が突き刺さり、片足は盛大に抉れ、潰れかけていた。
「・・・・・・瓦礫を退けると、たぶん、今まで以上に血が噴き出ます」
「持つと思うか・・・・・・?」
その問いに、方悦は横に首を振る。
誰もが息を呑み、佇む中、彼だけが、声を出した。
「どうした、裴文行。何を・・・・・・」
韓浩は耳を寄せ、言葉を聞こうとする。彼が何かを言っている。死に間際の言葉、そう思っていた。しかし、その言葉は韓浩の予想とは反したものだった。
「焼け・・・・・・韓元嗣―――」
強い意志の籠った眼で、裴潜はそう宣った。
韓浩は目を見開いてその言葉を疑った。本気なのかと、どうにも彼女には信じられなかった。
それでも裴潜は撤回しない。その瞳に映るのは確かな生への執着だった。
韓浩は方悦と顔を見合わせる。そして、近くにあった折れた弓の一つを握り、炎の下へ向かった。
灯し、頷き、そして患部に火を当てる。叫び声は上げなかった。ただ、くぐもった苦痛に苛む声だけが彼女らの耳に残っただけだった。
元来た坑道を通り、陣中へ彼女らが帰ったとき、全てが終わっていた。
裴潜はすぐさま後方に下げられ適切な処置が行われた。韓浩も腕と足をやられていたため、同じく後方に下げられたが、見舞いには王匡以下呉壱や趙儼と言った軍首脳が勢揃いしていた。
「ご苦労だったな、元嗣」
「先生・・・・・・」
まずは先陣を切り、王匡はそう発言した。軍中にて指揮を執っていたからか、身は小奇麗で、いつもと変わらない様相であった。反面、呉壱は鎧姿で足元には拭いきれぬ泥と、少々の返り血を浴びていた。しかし、怪我はなく、平静そのものである。
「作戦は失敗した。我らは関を奪えず、奴らは兵糧と機動力を奪われた。痛み分けと言えば聞こえはいい方ではあるがな」
「・・・・・・そう、ですか」
呉壱の声は少しだけ悲痛を含んだもので、誰よりも悔しい思いをしているのは恐らくこの男かもしれない。
「敵の精鋭である赤備は潰走しました。敵の指揮官である張繍は取り逃がしたものの、再編には時間がかかるでしょう」
「機動力を奪ったところで意味がない。そもそも火砲がなくとも態勢が整えばそれだけで手強い主将が防ぐだけだ。やりきれんよ、虎の子の騎兵を出して包囲殲滅と行きたかったが、関の支援で包囲に穴が開いた隙に逃げられた。完全な勝利とは言えん」
兵装も練度も何もかもが足りなかった。それ以上に有効な手段が無かったのか、呉壱は悔やむばかりであった。
「何とかひねり出して大盾と騎馬をそろえたのに不満だったと?」
「それはそれ、これはこれ、軍事技術とは一朝一夕にできるものではない。むしろもっと予算を落としてほしいぐらいだ」
「やめろ、見舞いの場で騒々しい」
顔を見合わせればすぐに予算。公人としては正しいのだろうがあくまで見舞いという形式をとっている以上騒々しいのは問題だろうという王匡の配慮だった。
「兎も角、作戦は失敗した、死者や負傷者もかなりの人数に及ぶ。特に劉繇軍はこれ以上の戦いは難しいな。兵も足りなければ、指揮官も負傷で動けない。こちらも君を筆頭に負傷者や関に取り残した兵がいる。残念なことだがな」
自軍の力不足をそれほどまでに痛感する一戦だった。紛いなりにも今だ軍として機能しているのはそれをまとめる幕僚らがしっかりとしているからだろう。各種文官も支援や予備兵力の増援等やるべき職務に取り組んでいることも大きい。
「れっきとした長期戦になるなら、一度私も河南伊へ戻る必要もあるかもしれない。税徴収もあるしな、そこから財源を絞り出して兵糧の購入も進めなければな」
「・・・・・・なんだかんだ言って、先生が一番政治の話してるじゃないですか」
「む・・・・・・それは痛いな」
王匡は苦笑いを浮かべつつ、そっと袖口に手を入れてあるものを取り出す。
「見舞い品だ。甘いものは栄養があって心も安らぐ。取りすぎも危険だが、多少なら問題ない。頑張ったご褒美と言う奴だ」
「有難うございます、先生」
ここぞとばかりに韓浩の好物を置いていく王匡。この時ばかりは純粋に笑みを浮かべられていた韓浩だが、王匡が胸元に手を入れると、三巻ほどの粗雑な手作り竹簡をこれでもかと置いてきた。
「これは刑法関係の論旨、これは組織統制に関わる論旨、そしてこれは司隷全般における地域や郡の風習や世俗をまとめた論旨だ。暫く長い休みになるだろうから目を通しておきなさい。分からないところや質問があれば次来るときに答えよう」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
「うむうむ、よろしい。いついかなる時とて人は学ぶことによって成長できるのだから」
引き攣った笑みを浮かべる韓浩に対し、王匡は笑みを浮かべて何度も頷く。
そんな王匡につられてか、趙儼と呉壱もまた王匡と同じように竹簡を韓浩の目の前に積み上げていく。
「あぁ、そうだ。こちらは軍紀関係の規程等まとめたものだ。目を通しておけ」
「こちらは官庁の捜査規程の論旨です。これを骨子に警邏隊の実務関係を作っていくので是非とも意見をば」
「「頼んだ」」
「おお、もう・・・・・・」
生きて帰ってこれたのは幸かそれとも不幸か。積みあげられる分厚い竹簡の山に韓浩は早々に頭を抱えることとなったのだった。