真・恋姫†無双 王匡伝 三国志ガチ勢の軌跡 作:ニーガタの英霊
兗州泰山郡、そこに一人の男が誕生した。姓は王、名は匡。彼は門番の子供だった。
幼いころから利発で機知に富み、神童の名をほしいままにしていた。そんな彼を早くから目をつけ囲い込むのは邸宅の主としては当然のことであった。
その者の名は羊続。
「この娘の祖母にあたる人物だ」
「家人だったのですか」
家人とは豪族が所有する奴隷であり、主に使用人を任せられる。主が認めれば家人同士の結婚すら認められていたため、奴隷としては最上級の扱いをされることで有名だ。
「元だ。貧しい生まれだったが、その分知育を育むにはいい環境だったよ。大奥様は随分と革新的な考え方の御仁でね、よく書斎に連れてもらったことだ。確か、四歳のことだったよ」
「・・・・・・成る程」
話を戻そう、と王匡がいうと、司馬芝は渋々従った。
王匡にとって運命の転換期となったのはそれから四年後のことだ。ある日羊続を訪ねて来た者がいた。
蔡邕、彼にとって終生の師との出会いである。
「そしてこの娘の祖父にあたる」
「・・・・・・なんか段々読めてきましたよ」
話の渦中にいる羊祜は耳まで真っ赤にしながら司馬芝と王匡の会話を聞き続けている。
「伯喈先生は当時郎中でね、少ない合間をぬってよく大陸を回ることが趣味だったらしい。おかげで人脈には困らなかったよ。よくよく思えば、空雅・・・・・・子遠や季才殿とはその頃知り合った。特に子遠とは気の合う友人でね、昔からの親友だよ」
「成る程、その頃から伝手はあったと」
「武官として中央に出仕した時は子遠に驚かれたよ。『なんでお前は文官じゃないんだ!』ってね」
王匡はウインクをしながら冗談めかして語る。そして、不意に疑問も生まれる。
「・・・・・・太学に行ったそうですが、どうしてお辞めになったのですか」
幼くして蔡邕の下研鑽を積み、こうして大きな功績を打ち立てた王匡だからこそその疑問は尽きない。王匡はしばし黙り込み、意を決して口を開く。
「党錮の禁を覚えているだろうか」
「・・・・・・えぇ、司馬家は清流派でしたから、連座こそされませんでしたが、今でも苦々しく思いますよ」
「私も君も当時はただの餓鬼だった。力がないことは当たり前だよ。兎も角、党錮を乗り切った先生だが、度重なる宦官の専横に業を煮やしてね、ついぞ都落ちとなってしまったよ。ここで一つ問題だ。太学学生として大きな後ろ盾を失った私だが、この後どうすればよかったでしょうか」
「・・・・・・えっ」
「正解はね、私も都落ちするしかなかったんだよ」
王匡は語る、彼にとってそれは苦渋の決断だった。
当時王匡は太学の最終修了者であり、幾ばくかの日にちを待てば太学を卒業できたはずだ。そうすれば中央でも新勢気鋭のエリート若手官僚や文官としての出世も約束されたものだった。
「・・・・・・なぁ、司馬主簿。一つ聞くが、たった一代限りの栄光と、後世にまで残る重要な資料、どちらが大切か、言うまでもないだろう」
あっ、と司馬芝は息を飲む。王匡の師蔡邕は政治家以前に高名な文化人である。その専門は史学。儒学経典の研究を主としていた。
「先生は都落ちしてしまった。すると洛陽での先生の屋敷の管理はどうする。私一人が生きるには十分なほどの銭はあったが、屋敷の管理はそうではない。使える伝手も、あの党錮で失った。このままでは残った屋敷すら荒らされてしまい、資料は分散。・・・・・・考えたくないな。加えて、逃げ遅れたのは私だけじゃなかった。先生の次女、貞姫様の存在だ」
「・・・・・・もしや」
「そう、この子の母親だ」
この時代、政略結婚というのは珍しくない。いや、逆に政略以外の結婚が珍しいぐらいの時代だ。
そして、一人の人間ができることは少ない。より多くのものをとるために何かを犠牲にしなければならない。王匡にとって、それは自身の成功だった。
「詰めるものを詰め込んで、まず向かったのは陳留だ。あそこには子遠の実家があってね。呉匡殿にはよくしてもらったよ。泰山までの逃避行を完遂することができたのも彼のおかげだ」
心底うれしかったと笑顔を浮かべながら、そんなことをいう彼だった。
「あぁそれと、父が亡くなったのも大体その頃だ。無頼漢に切り殺されたらしい」
あっけらかんに言う態度に、司馬芝は我慢出来なかった。
「どうして・・・・・・、どうしてそんな風に笑えるんですか・・・・・・! 辛くないんですか、そんな、そんな理不尽が・・・・・・!」
司馬芝は叫ぶ。彼女の目には、王匡しか見えない。
「主簿、翡翠が怯えている。君らしくない」
「・・・・・・ッ! ―――~~~ッツ!」
激情を抑え込むかのように、司馬芝は力なく王匡の衣服を掴んでいた手を離す。彼女は目から零れ落ちる涙を堪えることが出来なかった。
「済まないな翡翠。今日はもう帰るといい」
「・・・・・・はい」
静かにいそいそと翡翠は部屋を出る。部屋は静まり返り、司馬芝の鼻をすする音が聞こえるだけだ。
「・・・・・・辛かったさ。父が亡くなったこともそうだが、置いていかれたこともそれなりに辛かったよ」
ポツリ、言葉をこぼす王匡。司馬芝はそれを黙って聞く。
「学友にも言われたさ、逃げるのかって。思えばあれが始めての喧嘩だったかな」
彼女もまた、涙ながらに王匡を引き留めたものだったと懐古する。
「・・・・・・誰かを恨みはしなかったのですか」
ひっそりと言葉をこぼしたつもりだったが、王匡はめざとくその言葉を耳にし、目を丸くして驚いたあと、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「それこそ愚問だよ。別に太学を辞したといっても死ぬわけではない。それに、彼らは正しいことをした。先生は正義のために立ったのだ、それは恥ずべきことではない。父も最期まで自らの仕事を完遂したのだ。
―――むしろ私は、それを誇りに思おう・・・・・・!」
王匡は茶に口をつけ、一息つけると、司馬芝にも勧める。
「一口飲むといい、落ち着くぞ」
その言葉のままに茶に口をつける司馬芝。ふわりと芳醇な若葉の香りが口に広がり、成る程うまいと再認する。この時代茶は高級品ではあるが、流通の活性化によって揚州の商人からもたらされたことは記憶に新しい。
「主簿、当たり前のことなんだよ」
ふと司馬芝は王匡を見る。彼はじっと湯呑みの茶を見つめていた。横に寝ている茶柱がぷかぷかと浮いていた。
「世の中が理不尽だとか、運命は残酷だとか、そんなものは当たり前のことなんだ」
王匡は湯呑みを傾け、一気に飲み干すと飯台に空になった湯呑みを置く。それから彼はゆっくりと背もたれに身を預け、窓から見える晴天を見つめていた。
いつも以上に真剣なその眼差しを司馬芝は横から見つめる。
「誰も彼もが、理想通りの人生を歩めるわけじゃない。みんな何かしら挫折して、現実に押しつぶされ、妥協しながら、そんな風に生きている。だけど、人はそんな理想を求めていつだって戦っている。
―――私は、そんな人のあり方が尊いと思っている」
その横顔を、司馬芝は永遠に忘れられないだろう。王匡公節は、誰よりも理想を愛している。きっと彼は歩みを止めることはないだろう。たとえ、どれ程の苦境が彼を襲おうと、彼は決して折れない。決して曲げない。重苦しい現実がこみ上げても、すり合わせ、すり合わせ、やがては理想に進んでいくだろう。
「主簿、君は『ソクラテス』という人物を知っているかな・・・・・・?」
「いえ、初耳です」
「・・・・・・彼は遠い異国、ギリシャという国がまだ小さく、『ポリス』と呼ばれていた時の思想家でね。我が国でいう孔子のような人物だ」
「それで、そのソクラテスという人物がどうしたのですか」
「彼はやがてポリスの権力者に捕えられ、死刑を宣告されるのだが、ポリスというのは小さな都市国家だ。隣国には簡単に行けるし、脱走するのは簡単なことだ。それでも、彼は逃げたりなどしなかった」
王匡は一人目を瞑り、古代の哲学者に想いを馳せる。彼はいったい何を思い、生きていたのか、それを伝えるべく、思考を組み立てる。
「『悪法も法である』その言葉とともに、彼は毒杯を飲み干した。彼は決して、自身を曲げることはなかった。不当な判決であろうと、彼は逃げることなく立ち向かった」
不思議な沈黙が執務室を包む。
「『単に生きるのではなく、善く生きる』やがて彼の下に集った弟子から、様々な思想家が生まれたんだ」
王匡は不意に、司馬芝に目を合わせる。突然振り向いた王匡に驚きながらも、司馬芝は目をそらさずに王匡を見つめ返す。
「主簿。たとえ私が死しても、私の理想を理解してくれる者がいれば、それは無限の樹形図となって決して消えることはない。
―――主簿、たとえ私が毒杯を飲むことになろうとも、伯然や、翡翠がいれば、きっと叶う。それは素晴らしいこととは思わないかね・・・・・・」
王匡公節は死ぬことを恐れていない。自身が批判されても意にも介さないだろう。彼が恐れること、それは自身が自身の理想を失うときだ。
「善く生きなさい。君は優しい子だから、幸せになる権利がある」
屍山血河を渡るのは、自分だけで十分だと、王匡は言った。
「そこまで言う、あなたの理想とは何ですか・・・・・・」
彼が何を思うのか、なぜにそこまで自身をすり減らすのだというのか、司馬芝は聞かずにはいられなかった。
王匡は包み隠さず、司馬芝に語った。
「私は、大陸を変えたい。否、変革の時は今なのだ―――」
強い語気で王匡は告げる。
「大陸という国家は統一と分裂を繰り返している。その度に、多くの血が大陸を汚してきた。『易姓革命』の名の下に・・・・・・」
夏、殷、周、秦、そして漢。
戦間期である春秋戦国時代を含めれば、大陸は多くの血を流し、多くの英雄を排出した。
「まだ間に合う、きっと間に合う。主簿、私はね、皇帝のいらない国を創る」
甲高い、湯呑みの割れる音が響き、司馬芝の足がこぼれた茶で濡れる。
「・・・・・・皇帝のいない国―――!?」
「易姓革命に則るならば、最上君主の姓を変えればいい。時勢が悪くなれば、簡単に禅譲が可能な法令を作ればいい。血を流さない禅譲を繰り返し、それを国家の統治の形式にすればいい」
「天子のいない国にどうやって正当性を見出せばよいのですか・・・・・・」
「殷の伊尹の例がある。不可能ではないと私は信じている」
「皇帝をそのままで宰相位をつければ―――」
「大陸の政治機構ではそれは不可能だ」
司馬芝はついていけなかった。王匡のいうことはあまりにも革新的すぎるためだ。王なくして民ありえず、民なくして王はありえない。それが司馬芝にとっての常識だったからだ。
「元首は、元首はどうするというのですか」
「漸進的に進めるつもりだからな、官僚や軍人から選出することになるだろう。おそらく、私が最初にその地位に就くことになるだろうが・・・・・・」
「駄目です。初代にしても、貴方や貴方の一族の―――」
「安心したまえ、父が亡くなって、私は天涯孤独の身だ。そして、子をつくる気もない」
ああ、この男はどこまで自分を犠牲にしているのか。
理想に殉じること、それは確かに気高いことだろう、それでも、それでも、そんな人生はあまりにもあんまりじゃないか。
「主簿は本当に泣き虫だな」
なんでこの男はいまだに笑っていられるのか、それが悲しくて、辛くてたまらない。
「乱世というのは英雄を求める。そして、英雄の最期はいつも悲劇で終わってしまう。主簿、私は英雄を必要としない。人民の人民による人民のための国家を創りたいのだよ。
―――そのための贄が必要なら、喜んでこの身を投げ出そうじゃないか」
そしてその言葉に、司馬芝は我慢ならなかった。
「ふざけないでよ。どうして、そんなにも自分を軽く扱うのよ・・・・・・!」
執務室に彼女の怒号が響き渡る。司馬芝はキッと王匡を睨み付けると、真正面に王匡を指さす。
「―――私は貴方を認めない、認めて・・・・・・なるものですか!」
「主簿・・・・・・」
「他人行儀な態度はお辞めになってください、私には司馬芝子華というれっきとした名前があります。特別に字で呼ぶのを許しましょう」
「え、あ・・・・・・。う、うん」
「公節! 私は貴方の理想なんて絶対反対です! 誰かが犠牲になって作り上げる国など、私は認めません! 私が幸せになる権利があるなら、そんなもの貴方にもあります」
「・・・・・・」
「貴方のつくる国は素晴らしいでしょう。ええ、そこは百歩譲って肯定します。
―――ですから、貴方の事業には手を貸します。けれど私は貴方が犠牲になるのを肯定したわけじゃありません! そんな馬鹿げたことを考えるなら・・・・・・」
「考えるなら?」
「―――貴方を犯して、貴方の子を産みます」
何なんだこれは。王匡は自分のスタンスを語っていたら、逆に逆レイプ宣言をかまされた。思考が停止し、頭の中でそれを咀嚼し、やがて理解する。
理解したのもつかの間、司馬芝はとっくに怒って執務室を出ていった後だった。
「―――は、ははは」
堪えきれずに口から笑みがこぼれる。仕舞には耐えきれなくなり、大声で笑う。
「ははは、はっはっは―――~~あははははっはははは!!」
こんなに笑ったのは前世を含めても初めてではないかと思うくらい、王匡は大爆笑した。
「くっくっくっ―――! あぁ、最高だよ子華、想像以上だ。ほんと、っくっくっく・・・・・・! ダメだ、腹痛い・・・・・・!」
これが運命とでもいうのか、自身に向かってあそこまで啖呵を切ったやつはいなかった。ある意味これはプロポーズではなかろうか。
「まったく、俺の貞操は高いぞ。大陸一だと自負しているからな。いいだろう、国を背負って立つ意志があるなら、俺の理想を越えることが出来るなら。お前にくれてやっても・・・・・・いや、お前だからやろうじゃないか」
色眼鏡で見ないようにしていても、やはりどこかそういう風に見ていたのだろう。まさかこんな風に想定を覆させられるとは思っていなかった。
ああ、だから世界は素晴らしい。積みあがった書類を横目で見ながら、王匡はそんな風に思っていたのだった。
王匡「俺、民主主義国家つくるわ、北朝鮮みたいな世襲制をつくんないために童貞貫くし、ある程度の長期政権も認めない。教育をメインにして三権分立をつくって、序盤は藩閥政治して、宋代の官僚制を取り入れつつ、軍閥をなくすために中央集権化も進める。異民族? 同化政策しようね。政治と軍を切り離しつつ、政教分離もしておこう。儒教を儒学化して道徳心を上げる。それから―――」
司馬芝「お前犠牲になりすぎなんだよぉぉぉ!! ふざけんな、犯したる!」
王匡「気に入った、俺の理想を越えることが出来るなら俺をファックしてもいいぞ」
ヒロイン不在で始めるつもりだったのに、いつの間にか司馬芝がヒロインになっていた。なんだこれ。
攻略系女子ってやつか?