業火のSoldier~兵藤一誠の兄~   作:半熟たまご

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申し訳ありません。更新遅くなりました。
1巻の内容もいよいよ大詰め。後2、3話くらいで終わると思います。
では、どうぞ!


連れ去られた聖女 の巻

私立駒王学園の一教室―――

そこには、かれこれ1週間ぶりに登校してきた兵藤一誠の姿があった。

 

「はよーす」

「おう、久しぶり……ってイッセー!?どうしたんだよその顔!?」

「学校を1週間も休みやがって。何してたんだよ?サボりか、コノヤロー」

「ハハハ……」

 

久々に会った親友の顔が至る所絆創膏だらけなことに驚く松田と元浜。そして、そんな二人に苦笑した一誠はどう説明したものかと考えを巡らせる。

 

「あぁー実はさ…アタル兄とちょっと修業?みたいなのしてた…鍛えなおしてやるって言われてさ」

「しゅ、修業!?」

「“アタルの大将”にか……何やったか知らねーけど、そいつは…ご愁傷様だな」

 

アタルの名前が出た途端冷汗を流す二人。

彼らは入学した頃から一誠と3人でいろいろなバカをした仲だが、その度にアタルにキツい仕置きを喰らってきたため、その恐ろしさは嫌というほど知っている。

それゆえ、例え学園中の女子が敵に回っても平気な彼らでも、アタルの前では逆らうことができなかった。

逆に言えばそれぐらい偉大なのである……あの「兵藤中」という男は。彼らもアタルにだけは畏怖の念を込めて“大将”という敬称で呼んでいる。

 

「しっかしお前の顔傷だらけだな。一体どんなことしてんだ?」

「は…ハハッ…ノーコメントで」

 

あさっての方向を見ながら空笑いする一誠の様子を見て、二人はこれ以上訊かない方がいいと即座に判断した。

 

「うぐっ…!」

 

一誠がいざ席に着こうとすると特訓による体の節々の痛みが襲ってきて微かに呻く。

 

(やばい……この1週間で大分疲れが堪ってる。学校大丈夫かな…)

 

とりあえず、今日まともに動くのは難しそうだ。

事実、その日は疲労で授業中に何度も居眠りをしてしまい、その度に教師に怒られる一誠の姿が見受けられた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

一方、アタルはその頃、校舎の屋上にてリアスに呼び出されていた。

 

「グレモリー、こんなところに呼び出して何の用だ?」

「…アタル。あなた、近頃ウチのイッセーと特訓なんてしてるみたいだけど、どういうつもりなのかしら?」

「…はて、何のことかな?」

 

険しい顔つきで問い質すリアスにアタルは表情を変えずに訊き返す。

 

「恍けないで!あなたたちの行動は使い魔からの報告で把握済みなんだから」

「…監視とは穏やかじゃないな」

「…他意はないわ。ちょっと自分の下僕のことが心配になっただけよ」

 

若干眉をひそめるアタルだったが、一歩も引く様子がないリアスを見て溜息をつく。

 

「……俺はイッセーに『強くなりたいから鍛えてくれ』と頼まれたから引き受けたにすぎん。君からどうこう言われる筋合いはない」

「いいえ。イッセーは私の下僕よ。主である私にも事情を知る権利と義務があるはずだわ。―――あなたがあの子と同時に休み(・・)を要求してきたときから怪しいと思っていたけれど、案の定ね。一体何を隠してるの?」

「……」

 

リアスの問いにアタルはただ黙するのみ。

 

「……答えたくないのなら、私から言いましょうか。おそらく、イッセーが急に特訓なんて始めたのは、あのアーシアって娘のためなんでしょ?」

「……だったら、どうだというんだ?」

「あなたも知ってるはずよ。私たち悪魔と堕天使の関係については。……今あの子(イッセー)に勝手なことをされたら、それこそ堕天使側との戦いを避けられなくなってしまうわ」

 

やはり、というよりこういう風に釘を刺してくることはある程度予測済みだったアタルだが、あえて反論はせず、ただ黙ってリアスの話を聞いていた。

 

「確かに彼女の境遇には同情する…。でも、私には関係のないことだわ。それに彼女一人のために今の均衡を崩すわけにはいかないの。この街を統括する責任者としてそれだけは…」

「認められない…か?」

「…ええ」

 

リアスの主張は尤もだ。彼女たち悪魔にとって、これ以上厄介な争いの種を持ち込まれるのは勘弁願いたいところだろう。

 

「……なるほど、確かに君の判断は為政者としては正解だろう。文句のつけようがない」

「だったら、あなたからも言ってちょうだい。『馬鹿な真似はやめろ』って」

「……断る」

 

アタルからの拒絶の言葉にリアスは驚愕した。

 

「どうして…?今のイッセーでは行っても殺されるだけよ!大事な弟なんでしょ!?」

「だからこそ、俺が鍛えている(・・・・・・・)。―――それに、俺やイッセーは君のように割り切った考え方はできん性質でな」

 

肩を竦めながら語るアタルに、リアスは信じられないとでもいうように首を横に振り続ける。

 

「おかしいと思うか?―――残念だ。君なら理解してくれると思ったんだが」

「……あなたはともかく、イッセーはもう私たちと同じ悪魔。元々神側の彼女(アーシア)とは根底から相容れない、敵同士なのよ!?―――それなのに、敵である彼女のためにどうして命を賭けるというの?」

「それが、『友情』というやつだ。グレモリー」

 

アタルから出てきた意外なフレーズにしばし言葉を失うリアス。やがて我に返ると、苦々しい表情を浮かべながらなんとか次の言葉を絞り出す。

 

「……『友情』、ね。随分とご立派なこと。そんなことを面と向かって言えるあなたは素直に凄いと思うわ。でもね、世の中そんな“綺麗事”でどうにかなるほど甘くないのよ!」

「―――確かに、君たちからすれば只の“綺麗事”かもしれん。しかし、例え“綺麗事”でも、俺たち(・・・)はそれを大事にしてきた。今も昔も。それこそ、自分の立場や命を捨ててもいいくらいに、な…」

 

正義超人にとって、『友情』とはただのカッコつけた言葉ではない。それだけで命を懸ける価値がある。―――それが正義超人を正義超人たらしめる、至高の精神なのだ。

だからこそ、それを語るアタルからはえも云えぬ異様な迫力があった。悪魔の名門グレモリー家の息女であるリアスが怖気づいてしまうほどに。

 

「結局、理屈じゃないのだ、こういうのは。体が、勝手に動いてしまうのさ」

 

リアスは目を見開く。アタルの言葉に打ちのめされているのは明らかだった。

アタルの性格からしても、これ以上問答を繰り返したところで考えを変えることはないだろう。

……リアスの完敗だった。

 

「……どうしても、聞いてもらえないのね」

「少なくとも、俺はあいつの意思を尊重したい。止めたければ、自分の口から説得することだ」

 

そう言いながらアタルは背を向け立ち去っていく。

一人屋上に取り残される形になったリアスだったが、呆然と佇む彼女の心の迷いに答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

SIDE イッセー

 

 

―――ふぅ…なんか体調悪いから学校抜けてきちゃったぜ。今日は何だかいつも以上に疲れてる気がする。やっぱり1週間もアタル兄に扱かれたのが響いてるんかな?

 

俺は一人昼間の児童公園のベンチに座りながら、あの地獄のような特訓の日々を思い出す。

 

この1週間のアタル兄はまさに“鬼教官”だった。特訓の初めに言った言葉が「俺を兄と思うな!俺もお前を弟とは思わん!」だもんなあ。

実際、その言葉通り訓練内容に一切手心を加えないんだから、正直死ぬかと思ったぜ。スパーリング中も本気で俺を殺しにかかってるとしか思えない場面が何度もあったし、とりあえず訓練後の生傷は絶えなかったな。今も顔中傷だらけなのはそのせいだ。

スパーリング自体は結構な数やってるはずだけどアタル兄にはまだ一度も勝てていない。……俺、一応人間のときより肉体のスペックは上がってるはずなんですけど。どんだけ強いんスかウチのお兄様は!?。

まあそれはそれとして、アタル兄の熱い指導の甲斐あって受け身や防御の技術は大分上達した気がする。アタル兄もそれに関しては(・・・・・・・)飲み込みが良いって言ってくれたし。

 

ただ、肝心の攻撃面がなー。どういうわけかアタル兄は、俺に『キン肉バスター』を教えようとしてくれない。

代わりにそれに勝るとも劣らない強力な技を授けてやるって言ってたけど、結局習ったのは俺でも知ってる地味な基本技ばかり。

特に、『ダブルアーム』、『ローリングクレイドル』、『パイル・ドライバー』、『ロメロ・スペシャル』。

この4つは何度も反復しろって、組手人形(スパーリングドール)相手にしつこく練習させられたっけ。

しかも、翌日から毎朝特訓前の準備運動(アップ)にこれらのメニューが組み込まれたから滅茶苦茶ハードだったぜ。この4つの技、連続でやると地味にキツいんだ…。

 

―――しかし、どうして『キン肉バスター』じゃなくてこんな地味な技を教えるのか。本当にこれが強力な必殺技なのか。正直今でもわからない。

一度そのことについてアタル兄に詰め寄ったこともあるけど…

 

「お前に『キン肉バスター』はまだ早い。基本もできていないうちから派手な大技を習ったところで身に付くはずがなかろう」

「『礎を打つこと千遍、自ずとその身に真技が備わる』という格言もある―――基礎を疎かにする者に真の技は習得できんぞ!」

 

その一点張りだった。

言っていることは何となく分かるし、おそらく正しいことなんだろうけど……一刻も早く強くなりたい俺としては遠回りしてるみたいですごくもどかしく、心の底からは納得しづらいものだった。

 

(こんなんで、本当に強くなれんのかな…)

 

俺がぼんやりと考え込んでいると、視界に金色が映りこんだ。

思わずハッと立ち上がって顔を向けると、そこには久々に見た金髪の少女の姿があった。

彼女もこっちに気付いて、お互いに、その出会いに驚いていた。

 

「……アーシア?」

「……イッセーさん?」

 

 

 

 

 

 

「あー、随分遊んだな」

「は、はい……少し疲れましたけど、でも楽しかったです!」

 

お互いに苦笑しながら歩道を歩く俺とアーシア。もう辺りは夕日に包まれている。

あの公園で思わぬ出会い方をして驚いたけど、傷だらけの俺の顔を見た途端慌てて手当を始めたアーシアを見てたら冷静になった。

どうして公園にいたのか。何かに怯えた様子だったのも気になるけど、こちらから聞くのは野暮かもしれない。だったらいっそのこと嫌なことは忘れて遊び倒してしまおう!

…ということで彼女をハンバーガーショップやゲーセンに連れまわした。

 

―――まさか、夕麻ちゃんとのデートの経験がこんなところで生きるなんてな……

 

ふと脳裏に、生まれて初めてできた彼女の姿が過る。

一度は自分を殺しかけた相手。しかも、悪魔と成った今では完全に天敵同士の関係になるだろう。

 

―――ハア……こんなときに、嫌なことを思い出しちまった。なかなか吹っ切れないもんだな。

 

心の中で自嘲する俺だったが、ふいに体がふらついて倒れそうになる。

やば…まだ特訓の疲れが抜けてないのかよ。

 

「ととと」

「だ、大丈夫ですか?もしかして、他にどこか怪我が…」

「ハハハ…へ、平気だよ。ちょっと疲れてるだけだからさ」

 

顔を曇らせるアーシアに、俺は笑って答える。

これ以上心配させるわけにはいかないからな。

 

「そうなんですか?……でも、確か特訓をしてらっしゃったんですよね?やっぱり疲れとかも溜まってるんじゃ…」

「確かに疲れはあったけど…さっきアーシアに十分癒してもらったしさ。これ以上世話になるのは流石に申し訳ないよ。アタル兄にも怒られちまう」

「で、でも…」

「いいからいいから」

 

心配する彼女を両手で押しとどめる。やがて、アーシアも渋々納得した様子で引き下がってくれた。

 

「……なあ、アーシアはどうして悪魔の俺にも優しくしてくれるんだ?」

 

前から聞きたかったことだ。今は違うとはいえ、昔は教会にいたはずだろう彼女。

本来敵であるはずの俺たちにどうして優しく接することができるのか。

俺の質問に、アーシアは一瞬きょとんとしていたが、

 

「そんなの決まっています。イッセーさんが私の大事なお友達だからです!」

「そうか…友達だから、か」

 

そういえば、あのときもそう言ってくれてたんだよな。あの声があったから、俺はあの神父相手に頑張れたんだ。

俺は嬉しくなって表情を綻ばせる。

 

「私、夢があるんです。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったり、おしゃべりしたりして……」

 

そう語る彼女の眼はいつもより輝いていて、とても生き生きして見えた。

 

「私、外の国の言葉も文化もわかりませんし、ハンバーガーも一人で買えないくらい世間知らずです。……でも、これはきっと主が与えた試練なんです。アタルさんも言ってました。『困難なくして真の友情は手に入らない』って。だから私、頑張ります。いつか自分の夢を叶える日まで…」

 

そう言って微笑んだ彼女の顔にしばし見惚れる。

 

アーシアの境遇については聞いていたけど、今はこんなに明るく振舞って……。

アタル兄、やっぱあんたはすごいぜ。あんたの言葉がアーシアをここまで強くさせたんだ!

 

改めてアタル兄の偉大さと実感した俺。そして、夢に向かって強く生きる女性の姿がなんと魅力なことか。

思わず今までの自分の女性観を見直すべきではないかと真剣に考え始めてしまった。

ちょうどそのとき…

 

 

「嘘つき…」

 

 

「「!?」」

 

背後から突然聞こえた第三者の声で我に返り、俺たちは思わず声のする方へと顔を向ける。

そして俺は絶句した。

 

「ゆ、夕麻ちゃん……?」

 

そこにはよく見知った顔。かつての彼女だった天野夕麻ちゃん本人の姿があったからだ。ただし、あのときとは違い、今はやたら露出の多いボンデージの格好してるけど。

彼女は驚愕する一誠には目もくれず、隣にいたアーシアをただただ睨みつけていた。

 

「れ、レイナーレ……様……!?」

「………私にはあんなことを言ったくせに……本当は、悪魔と通じていたなんてね」

 

レイナーレ?……ああ、そうか。夕麻ちゃん、堕天使だったんだっけ?

いきなりすぎて、一瞬頭から抜けていたぜ。

じゃあもう天野夕麻じゃなくて、レイナーレと呼ばないとな。

 

今、レイナーレの姿を見て急に震えだしているアーシア。

そんな彼女を見つめるレイナーレの視線は、あのデートの日に初めて正体を明かしたときと変わらず冷たいものだった。…なんだけど、今回はどこか様子がおかしい。何て言うか目に悲しそうな色があるっていうか……そう、まるで信じていたものに裏切られたような、そんな感じがするんだ。

 

「レイナーレ様!これは違うんです。イッセーさんは……」

「黙れ!この裏切り者……」

 

アーシアが話しかけてるけど、レイナーレはまるで聞く耳を持たない。

表情も冷たい感じから次第に憎しみが滲んだものへと変わっていった。

二人の事情はよく知らないけど、俺から見ても只事じゃないのはわかった。流石にこれ以上見ていられなかった俺は、意を決してレイナーレに話しかける。

 

「おい!夕麻ちゃ…いや、今はレイナーレか。何のことかわからないけど随分な言い草じゃねーか。この子が何したって言うんだよ」

「気安く話しかけないで。死に損ないの下級悪魔風情が」

 

やっとこちらを見たかと思ったら、完全に見下した態度で辛辣に返してくるレイナーレ。

これには俺もカチンときたぜ。

 

「だから何だってんだ!そっちだって堕落した天使だろうが!」

「フン…あんたのような下級悪魔と一緒にしないでちょうだい。―――とにかく、アーシアは連れて帰る。もう躊躇う必要なくなったから」

「連れて帰るって……アーシアはお前らの道具じゃない!」

「いいえ、道具よ。この子は所詮、私たちの計画に必要な神器をその身に宿しているだけの存在……―――そう、始めからそうだったのよ。わかっていたことじゃない」

 

最後の方はまるで自分に言い聞かせているようだったけど、それでもアーシアを「道具」だと言い切ったレイナーレに俺は怒りが湧いてきた。

 

「て、てめえ……」

 

握りしめた拳にはいつしかあのときと同じ光が宿る。そして光が左腕を覆うと赤い籠手が装着されていた。

よし…成功だ!こっそり神器の発動を練習しておいてよかったぜ。

一瞬、一誠の神器を見てレイナーレは虚を衝かれるが、すぐにそれは哄笑に変わった。

 

「何かと思えば…ただの『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』じゃない。そんなありふれた神器で私とやろうっていうの?片腹痛いわ」

「うるせえっ!これがどんな代物だろうと、そのすました顔をぶん殴れんなら十分だぜ!」

 

いくら元カノでも今の発言はいただけない。何としても一発ぶん殴んなきゃ気が済まない。

俺は拳を構えて吼えながらレイナーレに向かって駆け出して行った。

 

「うおおおおおっ」

「や、やめてください。イッセーさん!」

 

アーシアが何か叫んでいるけどもう誰にも俺は止められない。

突っ込む俺に対し、レイナーレは光の槍を手にして投げつけてくる。

 

―――見える…!以前は全く見えなかった槍の軌道が、今ははっきりと見える…!特訓の成果が出たんだ!

 

飛んでくる槍の軌道を寸前で見切り、次々と躱していく。

 

「こいつっ……ちょこまかと!」

 

中々攻撃が当たらずに焦りが見えだすレイナーレについに肉薄した。

 

「さあ近づけたぜ…堕天使さんよぉ!これでも喰らいやがれぇっ!!!」

 

その綺麗な顔目掛け放たれる俺の渾身のストレート。

正直、女の子の顔を殴るのは俺の矜持に反する。でも、今度ばかりはその誓いを破るぜ!

 

 

<ガッ!>

 

 

「グッ…!」

 

まともに喰らい、僅かに仰け反るレイナーレ。

 

――当たった!ついにこの堕天使に一矢報いることができた…

 

 

ドスッ…

 

 

「ぐうっ…!?」

 

喜びもつかの間、腹から響いた鈍い音。ふと下に目を落とすと腹に深々と突き刺さった槍。

 

「まさか私に攻撃を当てるなんてね。一応そこは褒めてあげる。……でも、自分の神器の使い方もわかっていないようじゃ宝の持ち腐れだわ」

 

見上げれば、まるで堪えた様子のないレイナーレの顔。嘘だろ……俺の全力が全く効いてないなんて。

俺はそのまま崩れ落ちる。

 

「あのデートの日も思ったけど、あなたって本当にマヌケよね。ま、おバカさんのイッセーくんに特別に教えてあげる。―――その『龍の手』の能力は、一定時間所有者の力を倍にするの。もっとも、あなた程度の力が倍になったところで怖くもなんともないけどね。1しかない力が所詮2になるだけだもの」

 

そうだったのか…。

やっぱり部長の言った通り、俺が立ち向かってどうこうできる相手じゃなかったって言うのか?

悔しい…今はただ、自分の無力さが悔しい。

折角アタル兄にも鍛えてもらったのに、こんなザマなんて……あんまりだぜ。

 

悔しさにむせび泣く俺の腹に激痛が走る。

そういえば、この光の槍は俺たち悪魔には毒だった。しかも今回は腹部。これは…マジでやばい……!!

 

今度ばかりは死ぬかもしれない。そう覚悟した俺だったが、急に痛みが退いていくのを感じた。見れば、俺の体を緑色の光が包んでいる。

…アーシアだ。彼女が治療してくれていたんだ。

 

「どういうつもり、アーシア?この上まだ私を裏切るというの?」

「いいえ。そんなつもりはありません。今後はもうレイナーレ様の言い付けには逆らいません。ですからどうか、どうかこの場だけは……」

 

治療しながら、必死に頭を下げるアーシアにしばらく黙って見つめていたレイナーレだったが、

 

「……いいわ。今回だけよ。それに、今日の儀式が終わればもう会うこともないでしょうからね」

 

手から槍を消し、背を向けたレイナーレの放った言葉に俺は愕然とする。

 

「なっ!…ど、どういう意味だよそれ!?」

 

叫ぶ俺にアーシアはただ悲しく首を横に振る。

 

「いいんです。もう。……悪いのは、私ですから」

「なんで…なんでそんなこと言うんだよ!」

 

腹の傷はもう完全に消えていて、痛みも既になくなっている。だけど、代わりに心の方がズキリと傷んだ。

 

「命拾いしたわね、イッセーくん。でも、もう私たちに関わらない方が身のためよ。次邪魔をすれば今度こそ本気で殺す。―――さあ、アーシア。行くわよ」

「はい…。レイナーレ様」

 

冷たい表情で言い放ったレイナーレの指示にアーシアは従った。

 

「ま、待ってくれ!アーシア!俺たち友達だろう!?」

「はい。私とイッセーさんはいつまでもお友達です。だから…」

 

振り返った彼女の顔は、こんなときでも満面の笑みを浮かべていた。でも、目じりには微かに滴を湛えていて…

 

「さようなら」

 

別れの言葉とともにアーシアの体を黒い翼が覆う。

そして、彼女を抱えたレイナーレが空高く舞い上がり、空の彼方へ消えていくのを俺はただ見ているだけだった。

 

―――結局、何もできなかった。

 

―――何が「アーシアを守る」だ。

 

俺は地面に膝を着き、アスファルトに拳を叩きつける。

 

「畜生…ちくしょう……ちくしょおぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

俺はただ、自分の無力さを呪うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

アーシアが連れ去られた後、一人泣き叫ぶ一誠の姿を少し離れた場所から一つの影がじっと見つめていた。

 

「…………どうやら、動き出したようだな」

 

見つめていた影―――アタルは、一誠に気付かれないように背を向ける。

 

(今のイッセーは怒りに我を忘れ、冷静さを欠いていた。あれでは神器本来の力を引き出すことはできん)

 

静かにその場から離れ始めたアタルは、いよいよ自分の出るときが近づいてきたことを感じていた。

 

(連中の動きからして決行は恐らく今夜……。それまでに自分を取り戻さなければ、友を救うことなど叶わんぞ。イッセー)

 

一瞬、弟の方を振り返りながらアタルは心の中でエールを送っていた。

 

 

 

 

 

 




今回、特訓の内容にいろいろ突っ込みたくなるでしょうが、そこはまあアタル兄さんなので…知っていてもおかしくないかな…と。

では、次回の兄さんとイッセーくんたちの活躍をお楽しみに!


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