今月に入ってから急に忙しくなり、書き溜めが進んでいなかったもので…(汗
では、第1巻のエピローグ部分になります。どうぞ。
教会での戦いから一週間後…。
兵藤家では再び穏やかな日々が訪れていた。
「うへへぇ……ぶひょぉ…」
兵藤家の朝は早い。…はずなのだが、この部屋の主一誠は未だだらしなく顔を崩しながら惰眠を貪っていた。
寝言から察するに、どうやら彼の主であるリアスの夢を見ているようだが……きっと碌な内容ではないだろう。
そんなときに彼の部屋のドアを誰かがノックした。
「おはようございます、イッセーさん。もう特訓の時間ですけど起きていらっしゃいますか?」
そう言いながら開かれたドアから現れたのは金色の髪。
数日前からこの家の一員となったアーシアであった。
「(まだ寝ていたんですね…)イッセーさん!イッセーさんったら!」
「ムニャムニャ……ん?アーシア?」
アーシアが眠りの中にいる一誠の体を揺り動かす。するとようやく目が覚めた一誠が寝ぼけ眼で彼女を見つめた。
「イッセーさん!もう朝ですよ!外でお兄様も待ってます!」
「朝………うぇ!?もうそんな時間か!?」
アーシアに促されて時計を見た一誠はそこに示された時刻に戦慄した。
「ヤバいヤバいヤバい!時間に厳格なアタル兄のことだ。遅刻なんてしたらどうなるか」
大慌てでベッドを抜け出し、寝巻からジャージに着替えて部屋を飛び出した。
階段を降り玄関に向かった一誠は、そこで外界への扉を開けた瞬間に絶望した。
「随分と遅いお目覚めだな……」
目の前には顔に青筋を浮かべた兄が仁王立ちして待ち構えていた。
「あ…アハハハ…」
これはもうあれだ。笑うしかない。
「遅刻だ馬鹿者!罰として今日のランニングの距離は倍にする!……わかったらさっさと走らんかッ!!!」
「は、ハイぃっ!」
兄の強烈な叱責から逃げるように一誠はすぐさま駆け出した。
◆◆◆
あれから40キロほど走らされた一誠は、その後もダッシュやら筋トレやらのメニューを各種数えきれないほどやらされた。
そして、現在公園の広場にてブリッジの体勢を取らされ、反り上がった腹の上にアタルが座っていた。
「あ、アタル兄……いつまでこの体勢を……」
「何だ?もうギブアップか?まだ始めてから10分も経っておらんぞ。そんなことでは強くなることなど到底かなわん」
「そ……そうは言うけどよぉ……」
「大体、『キン肉バスター』を習得したくらいでいい気になるなど未熟もいいところ。俺からすればこの程度で値を上げているようでは話にならん。恥を知れ!」
「そ、そんなぁ…」
「い、イッセーさんファイトです!」
弱音を吐く一誠を傍で見守っていたアーシアが励ます。彼女の応援だけがこの時間の唯一の癒しと言っていい。
「こら、またフォームが崩れてきているぞ!」
バシッ!
「ぐひィッ!?」
少しでも手を抜くようなら手に持った竹刀で容赦なく打ち据える。
たとえ弟と言えども一切の妥協を許さないアタルの姿勢は、まさに鬼教官そのものであった。
「フフッ、やってるわね」
「あっ!部長さん」
いつしかその場に現れたリアスを認めてアーシアがペコリと頭を下げる。
「ぶ、部長!」
「グレモリーか……こんな朝早くに何の用だ?」
「相変わらずつれないわね。可愛い下僕の様子を見に来たのよ。悪い?」
「いいや、別に…」
若干素っ気なく聞こえるアタルの返事ももはや慣れたものだ。リアスは小さく溜息をつく。
「まあいいわ。あなたも元気そうねアーシア。もうイッセーの家での生活には慣れた?」
「はい!イッセーさんやアタルお兄様たちご家族の皆さんには本当によくしていただいてます」
「そう……」
にこやかに答えたアーシアの返事に安心したようにリアスは微笑んだ。
(どうなるかと思ったけど……アーシアにとってはこれで良かったのかもね)
ふとリアスはついこの間の顛末を思い返す。
◆◆◆
あの戦いの後、アーシアと和解したレイナーレは何ら抵抗することなくリアスたちに投降した。
その身柄は朱乃たち眷属によって一旦グレモリー側が預かることになったが、一つ問題が残ってしまった。
―――アーシアの処遇に関してである。
彼女は今回レイナーレたちに利用されていただけであるので当然ながら罪に問われることはない。むしろ被害者側と言ってもいい。
何より彼女の持つ『聖母の微笑』の能力は非常に希少であり、今後も良からぬ輩が彼女を狙う可能性は十分にある。
しかし、現在彼女は教会を追われている身であり、レイナーレたち一味も壊滅してしまった今、彼女は何の後ろ盾もない状況だ。そんなアーシアをこのまま野放しにしておくのは悪魔側としても見過ごせるものではない。
もちろん、レイナーレ同様リアスが一時的に保護することは可能だろうが、それはあくまで一時的なものだ。将来を有望視されているとはいえ、リアス自身は悪魔の中でもまだまだ若輩者。及ぼせる権力にも限度がある。ましてや眷属でもない者をいつまでも手元に置いておくことはできない。だから、早急に何らかの手を打っておく必要があった。
一番手っ取り早いのはアーシアを自分の眷属にしてしまうこと。それは、リアスとしても願ってもないことだったので当然本人に打診はした。
しかし、そこに一誠が待ったをかけたのだ。
「部長、アーシアを眷属にするってことは今日みたいな戦いに巻き込むかもしれないってことですよね?俺は反対です」
「でもイッセー。もしこのまま誰の後ろ盾もないままにしておけば、また彼女を狙う輩が現れるかもしれないわよ?」
「そのときは……俺が代わりに闘います。今よりもっと強くなって……俺がアーシアを守ってやります!」
「できるの?」
「できるかどうかはわからないです。けど…それでもやります!!」
「イッセーさん…」
一誠の決意が固いことを認めたリアスは、結局のところその場で折れた。
金髪の少女を守るように前に乗り出して啖呵を切った少年と、その後ろで頬を赤らめさせる少女。
そんな二人を見てしまったら、自分の出る幕はないと悟ったのだ。
「わかった。あなたの好きなようになさい。……聞いたわねアーシア。そういうわけだから、今日からイッセーの家で世話になりなさい」
「へ?……あ、あの……部長……?」
「わあ♪ありがとうございます部長さん。―――イッセーさん、よろしくお願いしますね」
「え?お、おいアーシア!俺はまだ何も…」
「あら?男の子なら自分の言ったことには責任を持たないといけないわよ。そうよねぇ?」
あのとき、意地悪く笑ったリアスの顔を一誠は生涯忘れることはないだろう。
そんなこんなで、兵藤家に御厄介になることになったアーシア。
教会から帰る道すがら、家族にどうやって説明しようか頭を悩ませることになってしまった一誠だったが、家に着いた途端その悩みは、玄関で待ち構えていた兄によって一瞬で解決されることになる。
「君がアーシアさんだね。アタルの奴から話は聞いているよ。苦労したんだねぇ…」
「生まれてこの方我が儘の一つも言わなかったこの子が頭を下げて頼み込むものだからどんな子かと思ったけれど、素敵なお嬢さんじゃない。お母さんも安心したわぁ」
何故かもうすでに両親が受け入れ万全の態勢になっていることに目を丸くする一誠。
恐らくこの二人を予め説得したであろう兄の方を呆然と見やった。
「あ、アタル兄…これは一体……」
「なに……お前のことだ。最終的にはここに連れてくるだろうと思ってな」
まさかここまで見越して動いていたというのか、この
一誠は内心で敵わないなあと思いつつも、兄の心遣いに感謝した。
「……そうかい。早くに両親を亡くされて……ぐすっ。アーシアちゃん!それならもう心配はいらない。今日からここが君の家だ。良いよな、母さん?」
「ええ、勿論ですとも!……いい?アーシアちゃん。私たちのことはお父さん、お母さんの代わりと思ってくれていいからね?」
「は、はい!わかりました。お父さまにお母さま……」
「お、お父さま……。くぅ……聞いたかい母さん?今、お父さまって……。俺もこの年でこんな可愛らしいお嬢さんを娘にと思ったら、こう……心に響くねぇ」
「もう嫌ねぇ、お父さんったら…。アーシアちゃんも困ってるじゃない」
もういっその事、本気で養女にしてしまおうか。そんな勢いすらあるほどにアーシアは瞬く間に兵藤家に溶け込んでいった。
「ありがとな。兄さん」
「……さて、何のことかな」
弟から出た礼の言葉を素知らぬ顔で流したアタルの態度に、一誠は相変わらずだと苦笑した。
まあ兎にも角にも、こうしてアーシアは無事兵藤家の一員となったのである。
◆◆◆
そして時は戻って現在―――
「……フム。まあいいだろう。ここで一旦休憩にしよう」
「ヒィー…ヒィー……や、やっと終わったぁ…」
アタルの許可をもらい、ブリッジの体勢を解いた一誠はその場で尻もちをつく形で座り込んだ。
「お疲れ様です。イッセーさん」
「さ…サンキュー…」
アーシアから水筒を受け取りその中身をがぶ飲みする。
プハーと一息つける一誠にリアスが話を切り出した。
「イッセー、そしてアーシア。実は私がここに来た理由は他にもあって…あなたたち二人に会わせたい人がいるのよ」
「私たちに…ですか?」
「一体誰なんすか?」
キョトンと首を傾げる一誠達の前で腕時計を覗きこみ、「もうすぐ来ると思うんだけど…」とリアスが呟いたその時。
「ごめんなさい。遅くなってしまいましたわ」
その場に現れたのは駒王学園の制服に身を包んだ姫島朱乃。そして、その後ろに続くようにもう一人の黒髪ロングの美少女の姿が見えた。
「朱乃さん?それに後ろにいるのは……っ!?」
「レイナーレ……様……!?」
朱乃とともに現れた少女を見た一誠達は言葉を失った。そこにいたのは紛れもなく、レイナーレが人間に扮していた時の仮の姿、“天野夕麻”その人であったのだから。
「お久しぶり。イッセー君。そしてアーシア…」
そう挨拶をしてくるレイナーレの顔には、以前のような敵意はどこにもなく、むしろ心が晴れたようにすっきりとした表情になっていた。
「部長、夕麻ちゃ…いや、レイナーレをここに連れてきたのはもしかして…」
「ええ。彼女の処遇が決まったわ。結論としては本来の所属である【
リアスはそう言ってチラリとアタルの方を見やる。
「……どうやら俺は席を外した方がよさそうだな」
「ごめんなさいね」
「気にするな。……しばらくその辺を散歩でもしてくるよ」
「あの……でしたら、私もご一緒してよろしいですか?」
少しばかり恥じらいを見せながら小さい声で朱乃が申し出る。
「姫島さんか……構わないぞ」
「っ!本当ですか!」
見るからに喜色を浮かべた朱乃に頷きかえすと、そのまま彼女を伴ってアタルはその場を離れていく。
それを見計らってリアスはレイナーレの方に目配せをする。
彼女はそれに頷くと、意を決したように一誠達を見つめ、深々と頭を下げた。
「虫のいい話だっていうのはわかってるわ。私があなたたちにやったことは決して許されることじゃない。でも…それでも謝りたかったの!本当にごめんなさい!」
ついこの前は敵だった相手の心からの謝罪に一誠は戸惑いを隠せない。
「い、いいって…もう終わったことなんだし。なあ、アーシア」
「はい……私はすでにあのときにすべてを許しています。だからそのことでレイナーレ様が気に病まれる必要はありません」
「二人とも…………ありがとう………」
顔を上げたレイナーレの瞳が潤む。アーシアはそんな彼女の両手を取り、優しく包む込むように握った。
「それで、これからお前はどうなるんだ?」
「恐らくそれなりの罰は下るでしょうね。あれだけのことをしたんだもの。厳罰は覚悟の上だわ」
「でも、それじゃあ…」
一瞬一誠の表情が暗くなるが、レイナーレは気にしないでと笑って返した。
「いいのよ、これで。私はこれから己の犯した罪を償うために生きていく。そして、いつの日かすべての償いを終えたら、そのときは……」
レイナーレはアーシアに向き直り、その手を握り返した。
「必ずアーシア、あなたの元に帰ってくる。そして再び胸を張ってあなたのことを“友”と呼びたい…。許してくれる?」
「レイナーレ様……」
レイナーレの言葉にアーシアもまた感極まって目尻に涙を浮かべる。そして、彼女の背中に両手を回して強く抱きしめた。
「……はい……はい!私、待ってます。レイナーレ様が帰ってきてくれるその日まで!」
「アーシア……ありがとう……」
しばらくそうしてお互いに抱き合う二人。傍で見ている一誠も思わずもらい泣きしてしまいそうだ。
すると、唐突にレイナーレが口を開いた。
「ねえ、アーシア……一つお願いがあるの」
「?……何です?」
「私のこと……その……呼び捨てにしてくれない?私たちってもう…友達になったわけだし……私だけ“様”付けっていうのはおかしいと思うの」
「……い、いいんですか?でも、私……今まで呼び慣れてきたせいか、今更呼び捨てにするなんて何だが恐れ多くて…」
「わ、私が良いって言ってるの!いいから呼びなさい」
「は、はうう……そ、それじゃあ……レイナーレ……さん?」
「むっ……まあいいわ。今はそれで妥協しておいてあげる」
(((うわなにこの子かわいい)))
脹れっ面になりながらも、どこか照れのある物言いのレイナーレに、アーシアだけでなく一誠やリアスの顔も綻ぶ。
そのまま、しばし和やかな雰囲気で時間は過ぎていく。
やがてアタルたちもそろそろ戻ってくるだろうという頃になってふと、一誠が何を想ったかレイナーレに近づいた。
「なあ、レイナーレ。最後に俺からも頼みがあるんだけど……聞いてくれないか?」
「イッセー君…?」
些か緊張気味な一誠の様子に訝しげな目を向けるレイナーレ。
一方の一誠も彼女と面と向かって尚、何かを思い悩んでいるようだったが、やがて意を決したのか思い切って告げた。
「二人だけで話をしたい」
◆◆◆
1時間後―――。
公園にはリアスたちに伴われて去っていくレイナーレを見送る一誠たちの姿があった。
「イッセーさん。あの……最後にレイナーレさんと何の話をされていたんですか?」
最後に二人きりで話をしたい。そうお願いされ、先程まで席をはずしていたアーシアが一誠に尋ねる。
一誠はレイナーレの背中から視線を外さずに答える。
「何でもないよ…」
ただ一言それだけ言ってじっとレイナーレを見つめる。
そんな一誠に只ならぬ雰囲気を感じたアーシアだったが、恐らくその件に関して部外者であろう自分が果たしてそれ以上踏み込んでいいものか、という良心の歯止めがかかりとうとう何も言い出だせなかった。
そして、アタルはといえばある程度事情を知っているが故か、あえて言葉を発しはしない。
(グッバイ……俺の初恋……)
一誠は先程、二人きりの場面で“天野夕麻”として、正式に別れを告げたレイナーレに思いを馳せた。
兵藤一誠にとって“天野夕麻”は生まれて初めてできた恋人。たとえそれが偽りのものであったとしても、一度は本気で恋した女性であることに変わりはない。
だからこそ、ここで初恋にピリオドを打たなければ、自分はこれから先一歩も前へは進めなくなる。そんな気がしたのだ。
(覚悟はしてたけど……やっぱりキツいなぁ。こいつは…)
心の中に隠した涙を噛み締めつつ一誠は思う。
始めて味わう失恋はほろ苦った。
だが、これでいい。きちんとこの恋を終わらせることができたのだから。
(……へへっ、いつまでも落ち込んでなんかいられないもんな!……よし、早いとこ新しい恋でも見つけますか!)
いち早く気持ちを切り替える一誠。両腕を空高く掲げて思い切り伸びをする。
そんな弟を見て、アタルも内心で安堵した。
(『恋愛』に関しては、経験の少ない俺では大して力にはなれん。……だが、あの様子なら大丈夫そうだ。あいつのあの立ち直りの速さだけは俺でも真似できん。流石……というべきか)
一誠には兄である自分にはない心の強さがある。
それを知っているからこそ、アタルはさして心配はしていない。
今日のこの経験も、彼の人間のとしての成長に大きく貢献するはず……。アタルはそう信じている。
「……ではそろそろ帰って朝食にするか」
「おうっ!」
「はい!」
三人連れ立って家路へと向かう。
彼らの一日はまだ始まったばかりだ。
これにて本章は終了です。今回キン肉マン要素薄めだったかもですが…そこはご勘弁を。
さて、次回から新章に突入。そしたらもう少し定期的に更新したいなぁ…