深海の都の話   作:林屋まつり

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十話

 

「さて、…………では、話をしよう」

 吉野朝、その宮跡を後ろに、彼女、尊治君は告げる。

 さて、何の話をするのかしらね?

「この社会と、その後ろにあるもの、《呪詛の御社》についてだ」

 案の定。……と思ったのは私だけじゃないみたいね。何人かは首を傾げ、何人かは納得したように頷く。

「《呪詛の御社》?」

 隣にいる長門は知らないか、まあ、当然よね。

 ただの艦娘が知ることじゃないし。

「知らぬ者もいるようだな。

 そうだな。人の感情のうち、敵意、憎悪、怠惰、害意、など、そうした感情。……総称して呪詛、と呼ばれる感情を吸い上げ、奪い取り、そして、海に流すための社だ。

 なんだったか、元はいざなぎ流という者たちが呪詛に苦しむ者たちを救うために作りあげた社だな」

「そんなものがあるの、か」

 長門、そして 翔鶴は眼を見開く。言仁君は興味深そうに彼女の言葉を聞き、大鳳と金剛は難しい表情。

「今はそれが全国規模で展開している。……そうだな、」

 尊治君は、にや、と笑い。

「それにより、今この国は犯罪のない、平穏な社会となっている」

「そうですね。

 深海棲艦の発生により経済的に苦しいのに、略奪に走る事もない、その不満で暴れる事もない。不自然なほど平穏な社会です。

 なるほど、そんなからくりがあったのですね」

「それは、いい事、なの、か」

 清海の言葉に長門は首を傾げて応じる。傍らにいる曙は眉根を寄せる。

「納得できない、っていう表情ね」

「…………道具、……か何かは知らないけど、ともかく他力本願の平穏ってなんか気にくわない、ってだけ」

「そう思うのは貴女だけじゃないみたいよ」

 そう、少なくとも、

「平穏、だがな。…………だが、私は気にくわない。ぶち壊す。そんなものに感情を縛られるなど、不愉快だ。

 が、まあ、私の心情はともかく、もう一つ見過ごせない事がある。……そう、それは深海棲艦を作り出す」

 その言葉に、場の空気が冷えた。無視できる言葉じゃ、ないわね。

「《呪詛の御社》に集められた呪詛は海に流される。……そして、海に流れ出た呪詛はどうなるか?

 あの、《がらくた》の威により、形を得る。つまり、深海棲艦だ」

「思念が形を得た、という事ですか?」

 清海の問いに尊治君は笑みを浮かべ、彼女の傍らを示す。その先「曙、がどうしましたか?」

「…………曙、という艦船があったのか?」

「ええ、あるわよ。駆逐艦ね」

「そう、その駆逐艦曙、そこに向けられた、民を護ってくれる、という信仰が形を得たのがそなただ。

 くく、信仰、呪詛、形は違えど想いが形を得た存在。そういう意味ならば深海棲艦も艦娘も同類だな」

「主君、その言い方は反感を呼びます」

 彼女の傍らにいたもみじが呟く。「すまんな」と応じ、

「だが、艦船の魂を持つ者が確かにそこにいる。

 それだけでは足らぬか?」

「…………いえ、いいでしょう。解りました。

 私達が艦娘を駆使して戦っていた深海棲艦は、その、《呪詛の御社》が発生させた。つまり、平穏の代償、という事ですね」

「その通りだ」

 尊治君は頷く。そう、深海棲艦はそうやって形を得て発生する。そして、

 

「そして、私達はそれを良しとしました」

 …………そして、私はその声を聞いた。

 

「招待状を出したつもりはないがな」

 尊治君は、その声の主に笑う。その先には、二人。

 懐かしい、夢に見た彼女。

「二人か、……それで、私の話した事前情報は間違えているか?」

「いえ、間違えていません。

 とはいえ、一方的に話を進められるのも不本意です」

 一息。彼女は告げる。

 

「横須賀鎮守府、大将代行っ!

 海軍総旗艦、吹雪っ! この場に介入しますっ!」

 

 凛と、告げた。

 

「もう一人は陸軍か」

「その通りだ過去の帝。

 陸軍大将、平将門、同じく介入させてもらう。……そして、もう一人。お前と話をしたいそうだ」

 もう一人、巨躯の壮年は一つのモニターを手元に寄せる。

「はっ、この私を相手に直接会わずに話をするか。

 不敬が」

「そういう立場の者もいる」

 苛立たしそうな言葉に、将門は表情も変えずに応じる。そして、モニターが点灯。文句を言った尊治君も今は興味深そうにモニターを見る。

 さて、誰が出るか? ……映ったのは、…………なんていうか、冴えないおじさん。誰?

『はじめまして、だね。

 私は元帥、小鳥遊誠一』

 え? 元帥? …………悪いけど、見えない。

『ま、……まあ、その、なんだ。

 その、《呪詛の御社》だが、……あれは私達が管理している。壊させるわけには、いかないんだ。もし、壊そうと言うのなら「ちょっ、元帥っ!」……相手になろう』

 慌てたような吹雪の声を無視して告げる。尊治君は、ほう、と笑って、

「宣戦布告か。よい、その言葉、確かに聞いた」

「元帥っ!」

 吹雪の声に、モニターの向こうにいる元帥は困ったように眉根を下げて、

『ごめ『この、馬鹿元帥っ!』あだっ?』

 蹴飛ばされた。

「お。おお、なかなか見どころのある蹴りだったな」

「そうね」

 慄く尊治君には同感。……ともかく、元帥を蹴り飛ばしたのは艦娘。

『み、満潮君。いきなりなにをするんだい?』

『なに、じゃないわよっ! この馬鹿元帥っ!

 なんであんたがいきなり宣戦布告してんのよっ! その意味、解ってんのっ!』

「そうですっ、元帥っ!

 それは私がやる事ですっ! なんで元帥がっ! そんな事をしたら、」

 吹雪と満潮の言葉に、元帥はゆるゆると首を横に振る。

『解っているよ』

 困ったように頷く元帥と、不敵に笑う尊治君。

「元帥、……敵将の立場にいる者の宣戦布告。確かに受け取った」

『あんたねえっ! あんたが馬鹿な事を言うから相手が真に受けたじゃないのっ!

 すぐに取り消しなさいっ!』

 満潮の言葉に、尊治君は笑い。元帥は首を横に振る。

『それは、出来ない。私は、元帥なのだからね』

『本気で馬鹿でしょあんたはっ!

 何が元帥よっ! 責任の押し付け先として担ぎあげられただけでしょっ! 傀儡にされるために選ばれただけでしょっ!

 それなのに、なんでっ! なんでそういうところだけ元帥ぶるのよっ! あんた何もできないんだから、大人しく引っ込んでなさいよっ!』

 怒鳴る声。そこには、微かな涙が含まれていた。……その意味を、正しく理解しているのだから。

「そうですっ、元帥っ!

 これは私達が決めた事ですっ!」

『吹雪君、私も、…………いや、私が、元帥として認めた事だよ。

 それとな、満潮君』

 彼は、困ったように微笑んだ。

『ごめんな』

『っ! …………この、ばかっ!』

 そう告げて、満潮は映像から消える。大きな音が響いた。おそらく、力任せに扉を閉じた音。……苦笑。

『まあ、……なんだ。

 …………格好悪いところを見せたね』

「よい。……いや、よくないな。

 そなたが私の敵となるか、あるいは、盤上の観客でしかないか、問おうぞ」

 彼女は指を鳴らす。応じるように空母の鬼、姫、そして水鬼が後ろへ。正成、護良は彼女の傍らに立つ。

 深海棲艦と、強壮な魔縁を従え、過去の帝は、無力な元帥に問う。

 

「怖いか?」

 

『………………はは、……うん、まあ、見抜かれてるみたいだね』

 苦笑。彼は開いた手を掲げる。

 ………………微かに、震えていた。

『道真君から聞いているよ。

 魔縁、だね。……かつて祟りをなした、深海棲艦を超える災厄の担い手、とね』

「それでよい」

『ああ、それに深海棲艦、それも、姫、か。……そうだね。

 うん、怖いよ。その、……なんだ。さっきの満潮君の言った事は間違えていない。傀儡として担ぎ出されただけの無能だよ。私は、…………けどね。』

 けど、

『私は、……元帥なんだ。

 無能だし、ただの傀儡だ。押し付けられた役割でしかない。…………けど、それでも、私は、元帥なんだ』

 震える手を握りしめて、まっすぐに、彼は告げた。

「…………わかった。

 よい、そなたは確かに私の敵だ。その宣戦布告、確かに受け取った」

『そうかい。……それはよかった。

 じゃあ、……その、なんだ。吹雪君、将門君、……あとは、頼むよ』

「…………了解した。

 元帥は満潮に謝ってくるといい」

『難しいなあ』

「そうそう、元帥よ。

 我が敵として無能を自称した事は許さぬ。誰かに殴られよ」

『………………それは、困ったなあ』

 苦笑。将門は溜息をついてモニターの電源を落とす。

「……将門さん」

「それが元帥の決定なら、それでいい。

 吹雪」

「…………はあ、仕方ない人です。

 あとで満潮ちゃんに叱ってもらいます」

「殴られたり叱られたり、元帥も大変だが、…………それも元帥の務めか。

 それではない」

「…………はい」

 一息。

「《呪詛の御社》は、私達、軍部で確保しています。

 先に話にあった通り、《呪詛の御社》は民の平穏を確かに実現しています。それを破壊することなど、許せません」

「その代わり、深海棲艦が発生しよう?

 それにより交易が途絶えよう?」

「そして、それにより多くの貧困が生まれています。

 その現状を軍部が主導した。……という事ですね」

 清海は問う。彼女の前に、曙が立つ。曙は吹雪を見据える。

「そうです。

 貧困、ですか。……けど、余剰は奪い合いを起こします。争いの芽を摘むこと。これが平穏を約束します。

 現に、彼女も伝えました。現状、平穏である、と」

「だからと言って、深海棲艦を発生させるような、危険なものを放置しておくというのかっ!」

「それを砕くための艦娘でしょう」

 睨みつけ、怒鳴る長門を、真っ向から吹雪は睨み返す。

「長門さん。何か誤解していませんか?

 私達艦娘は、深海棲艦を撃滅する為に存在しているのではありません。

 例えば、深海棲艦がいなくなり、代わりに敵国が艦隊を組んで攻め込んできたら、長門さん。貴女はどうしますか?」

「それは、……戦う、だろう」

「そうです。深海棲艦、敵国、あるいは、怪獣でも、なんでもいいです。

 国を攻め、民を、……平穏を脅かすなら、それが何であれ、平穏を護るために戦うでしょう。深海棲艦と戦っているのは、そういう状況だからに過ぎません。

 《呪詛の御社》がある事で民は平穏に暮らせる。その代償が深海棲艦と戦う事なら、それは受け入れるべきでしょう」

「その民を貧困に追いやってるのは誰かしら?」

「調整は常に行っています。

 確かに貧困でも、餓死者はいません。発展が敵対を生み、余剰が奪い合いを生むのなら、……豊穣が平穏を砕く理由となるのなら、それは削り取る対象になります」

「それ、艦娘のする事?」

 唖然と、曙は告げ、吹雪は頷き「それが艦娘の意味なら、実行するまでです」

「その調整、僕は興味あるな」

 不意に、言仁君が口をはさむ。

「どんな方法?」

「食材を作った人、食品加工をした人、そして、輸送をした人。

 そのすべての人に支払われるお金を費用十二分、……必要十分支払う事で、深海棲艦対策の名目で集めたお金を還元しています」

「そ、やたらといる提督はそうやってお金を還元する名目に使われてる、っていう事なんだ」

「それも、提督の役割の一つです」

「もう一つは、深海棲艦の供給かな?」

 回答は、ない。

「深海棲艦を必要としているのは、君たち海軍だね? よく話に聞いてたよ。提督に捨てるような進撃、そして轟沈の末に来た娘たちの話をね。質の悪い提督が大量増殖してたみたいだね。

 深海棲艦の供給、…………まあ、権限維持の名目かなあ、なんて思ってたけど、……けど、吹雪ちゃん。君にとっては違うみたいだね。平穏のための歯車かな。

 余剰、ゆえに民から搾取した富を得る先、提督、と言う怪物退治の英雄を作るために、怪物である深海棲艦が存在しなければならない、ってところだね?」

「…………そうです。深海棲艦の提督」

「僕は別に提督じゃないよ。

 そういう愛称っていうだけ、艦隊指揮なんてした事ないしね。……って、まあ、そんな事はどうでもいいか。

 ん、という事は僕たちの事も知っているんだね?」

「はい、道真先生から伺っています」

「そ、……じゃあ、ひょっとして悪い事してたかな。僕。

 せっかく作った深海棲艦、片っ端から保護しちゃったし」

「いえ、……現状、深海棲艦は十分間に合ってます」

 …………そう。

「で、僕たちの都に襲撃に来る? …………もし、そうなら「今この場で首が落ちる、その可能性も視野に入れて欲しいデス」」

 ひゅんっ、と音。

 金剛の手には氷で出来た剣がある。

「……それが、金剛さんの艤装ですか」

「そうデス。

 ワタシ、感情の熱量がとてもとても低いのデス。だから、最愛のテイトクと、大切な家族、友人以外、……特に、気に入らない相手に向ける温度は、零下を突破するのデス」

 ぎちぎちと、周囲が凍り始める。これが、金剛の艤装。歯車にされた事の憤怒が艤装を展開させる。

「慈悲深い深海に、貴女の居場所はありまセン。

 ニヴルヘイムに叩き落としてあげマス」

 凍りつくような金剛の敵意を向けられても、吹雪は目を逸らさない。一歩も、怯む事はない。真っ向から彼女の敵意を受け止める。

「……………そうですね。平穏が本当の意味で確定したら、それも必要でしょう。

 けど、まだ私は死ぬわけにはいきません」

「金剛、結論は後。まだ手を出さないでね」

「……………ごめんなさい、デス」

「大鳳、金剛と手をつないでいてあげて」

「……それが、私のためでもありますね」

 大鳳は、深く、一息。……まあ、それはそうよね。

 彼女たちも、そのシステムに殺されたようなもの、かしらね? ……あるいは、…………まあ、幸不幸を論じても仕方ない、か。

「うん、とりあえずその確認ができればいいかな。

 …………そうだ、もう一つ。吹雪ちゃん、君の言う艦娘の意味ってなに?」

「民の平穏を護る事。

 脅威があれば粉砕し、平穏を妨げるのならそれを打破する。そして、平穏を維持し続ける。それこそが、私達、艦娘の、……いえ、」

 吹雪は胸に手を当てる。

「軍属のなすべき事。

 ましてや、艦娘は民を護る、その信仰が形を得た存在です。それが民の平穏へとつながるのなら、想定されるあらゆる危険はすべて破壊する対象です」

「その、平穏のため、深海棲艦撃滅という名目により搾取を行い余剰を削り、外部との交流を閉ざした。

 平穏という名の現状を維持し続ける、それがそなたらの答えか?」

「そうです」

 尊治君の問いに、吹雪は頷く。そして告げる。艦娘が存在する意味、即ち、

 

「民安かれ。……かつての英雄たちが胸に刻んだ、最も尊き祈りを叶える事。

 これこそが、かつて、英雄たちとともに戦った軍船の魂を持つ、私達、艦娘の存在する意味です」

 

「ふむ、……人々の呪詛は《呪詛の御社》を通じて海に流し、艦娘はその呪詛を砕く。

 民衆は怪物に呪詛を託し、怪物は英雄に意味を与え、英雄は民衆に平穏を約束する。……か、確かにそなたの言う事は興味深いな。

 それで、そなたらはそれでよいのか?」

「よい、……とは?」

「民衆のため、永遠に戦い続ける、英雄という名の現状維持装置。

 それでよいのか、と聞いておるのだ。誰かがいる限り、そなたらは戦い続ける必要があるように聞こえるのだがな」

「それこそが、艦娘の意味なら、それは望むべき事です」

「………………そうか。……では、そなたは私の敵にはなり得ぬ。

 勘違いを抱えたまま我が敵を名乗るなよ」

「な、……か、勘違いってなんですかっ!」

「問うな、自分で考えよ」

 眼中にない、そう宣言されて憤る彼女を、尊治君はさらりと無視する。もう、関心はないみたいね。

 好都合。だから、…………私の戦いを始めましょうか。

 一息。私は尊治君を睨みつける彼女に、告げる。

 

「久しぶりね。吹雪」

 

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