深海の都の話   作:林屋まつり

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赤城の話 ― あるいは彼女の話
一話


 

 彼女について、

 

 私が、最初に彼女に感じたのは理不尽な怒り、あるいは、嫉妬でした。

 最強の、第一航空戦隊。その旗艦である正規空母、その誇りを胸に抱いた私。

 その私が、ただの駆逐艦一人に、手も足も出せずに敗北したのですから、あまりにも一方的な敗北に、誇りをずたずたにされて、一人、涙を流した事を今でも覚えています。

 次に感じたのは、尊敬。……いえ、あるいは、崇拝といってもいいかもしれません。

 唯一、現存する最初期の艦娘。まだ、入渠や補給、艦隊運用さえも手探りだったころから存在する、莫大量の実戦を経て経験を積み続けた、最古にして最強の艦娘。その指に輝く指輪、無制限の成長を約束するその指輪の力を使い、桁外れの戦果、そのすべてを力にした彼女。

 元となった正規空母の経歴、それを誇りとして支えにしていた自分が恥ずかしくなるような、揺るぎない戦果と鍛練を得て培った、最強の実力者。それが彼女でした。

 そして、憐憫。

 彼女は狂ってる。と、話を聞きました。

 彼女を訓練の教官として招いた基地、その基地にいた艦娘は三日でぼろぼろになりました。戦ったわけではありません。ただ、彼女とともに訓練をした、ただそれだけです。

 それだけで、戦艦や正規空母さえぼろぼろになり、疲れ果ててなにも出来なくなったと聞きます。

 実際、彼女の訓練は異常でした。

 回避訓練と称して、戦艦級の深海棲艦たちの只中に突撃して、数時間攻撃せず回避をし続けて、自己に定めた訓練時間が終了したらまたたく間に深海棲艦を壊滅させて戻ってきました。

 衝撃対応訓練として岩礁に全力で突撃。最初は激突して吹き飛ばされ、けど、数日で突撃して、寸前で足を使い岩を蹴りあげて跳躍、衝撃を回避する術を会得しました。

 自分をぼろぼろにしているとしか思えない訓練。自滅願望でもあるのですか、と問うた事を覚えています。…………そうですね、狂っているか? そう問われたら、私にはそれを否定する事はできません。

 そんな訓練を重ねる彼女に、私は可哀そうだ、と思っていました。

 

 そして、…………今は、

 

「はじまりますね」

 宣戦布告を聞き終えて、ぽつり、呟きました。

 吹雪さんと、陸軍大将が参加したお花見。

 それを経ての宣戦布告、……なぜか、元帥がしていましたけど。

 ともかく、宣戦布告も終わり。あとは、戦うだけです。

 戦争、……今までのような茶番ではなく、本物の、…………と。

 携帯電話が鳴りました。

「はい」

『あ、赤城さんですか?』

「吹雪さん?」

『あの、来て欲しいところがあります』

「どこですか?」

 吉野だとしたら、遠いですね。

『場所ですけど、……ええと、…………あ、大丈夫ですか?

 はい、ありがとうございます。……と、赤城さん。江ノ島駅です。艤装なしで、横須賀線と江ノ島電鉄線で行けます』

「わかりました」

 江ノ島、ですか? どのような用事でしょうか?

 

 そして、江ノ島駅に到着。

 改札とか、ほんとなれないですね。少し恐る恐る切符を通して、改札を抜けて、

「赤城さんっ」

 改札を抜けたところで手を振る吹雪さん。……と、少年?

 ともかく、

「お疲れ様です、吹雪さん。

 ……なんか、宣戦布告がとっ散らかってましたけど、大丈夫でしたか?」

「大丈夫、っていうか、……ほんと、元帥には困りました」

 はあ、と苦笑。けど、あんまり困ってるようには見えなくて、どちらかといえば微笑ましそうな。

「けど、吹雪ちゃんとかにとっては有り難いんじゃないかな、ああいう上司は。

 なんていうの? ……えーと、責任は私が取るっ! だから、現場は現場の判断で最善を尽くせっ! みたいな」

「確かに、そうですね」

 少年の言うとおり、そういう人はとても有り難いです。……というか。

「吹雪さん、彼は?」

「あ、そうだっ、赤城さん。彼は言仁さんです。

 あの、以前に先生が言っていた都の、長です」

「え? ……あの、《波下の都》、ですか?」

 先生が以前言っていた。海の底にある、深海棲艦達の都。

「あれ? 意外だな、結構有名だったんだね」

 首を傾げる言仁さん。有名、というか。

「先生が話していましたから、……相手に気をつけて」

「……なるほど、先生がね。先生なら変な事はしないか。

 うん、そういう事なら了解」

「それで、赤城さん。

 これから私達、その都に行きます」

「へ?」

 これから、数日後には戦争なのに、ですか?

「えと、どうしてですか?」

「はい、都の長の言仁さんが中立を宣言してくださいましたので、……その、戦わない娘達を預けようかな、って」

 少し困ったようにうかがうような視線。言仁さんは頷いて、

「戦争中は封鎖するけどね。今のうちなら見に来るのは構わないよ。

 避難場所を先に確認しておきたいっていう気持ちはよく解るからね。…………とすると、戦争終わったら帰るんだよね? 来た娘たちは」

「そうなると、思います。

 その、…………利用するみたいですいません」

 ぺこり、頭を下げる吹雪さんに言仁さんは笑って「いいよ。戦いたくもない娘が悪戯に害されるよりは随分ましだからね」

「いえ、こちらの事情ですし、……あっ、じゃ、じゃあっ、宿泊費払いますっ!」

 頑として言い張る吹雪さん。ほんと、

「真面目でいい娘だね」

 言仁さんは微笑んで彼女を撫でました。……一瞬、少し表情が緩んで、

「そ、そういう問題じゃありませんっ」

「あ、違った?」

 くすくすと言仁さん、たぶん、狙ってますよね。

「ま、じゃあその話も後にしようか。

 吹雪ちゃん達が気に入らなければ破談になるわけだし、避難場所として使うかどうかの判断をした後、ね」

「はい」

「それで、どうやって行くのですか?」

 まさか、江ノ島にあるのでしょうか? 問いに、吹雪さんは中途半端な笑顔で、

「潜水艦?」

 は?

 

「…………えー?」

 竹籤でできたような球体に身を屈めてはいれば、絶対に外で見たより広いです。

 ちょうど、電車のように二人掛け二列の椅子が並んでいます。

 って、

「雪風さん? ………時雨さん、綾波さんまで」

 入ってすぐのところ、手前にある椅子の向きを変えて座ってる彼女達。

「どうも、赤城さん」「やあ」「こんにちわ」

 各鎮守府の大将代行が、揃ってます。

「…………えーと、何事ですか?」

「噂に名高い深海の都ですからね。

 是非一度行ってみたかったんです」

「名高いんだ、……それ、困ったな」

 雪風さんの言葉に苦笑する言仁さん。まあ、名高いと言っても「極一部にね。大丈夫、海軍が総攻撃なんてそんな事にはならないよ」

 時雨さんが微笑して応じました。

「それはよかった。うん、安心したよ。

 総攻撃なんてなったら、…………たくさんの、死んじゃうね」

「笑えないですね」

 綾波さんが苦笑。……同感です。…………その、よく解りませんけど。

「というか、その可能性があったの?

 聞き逃せないわね」

 ひょい、と立ち上がり顔を覗かせたのは大鳳さん。彼女は胡散臭そうに私達を見て、

「そういう計画でもあったの?」

「まさか、先生にそんな事をしないように釘を刺されてたよ。

 君たちに手を出したらただじゃ済まないってね。僕たちだってやるべき事があるんだ。余計な危険は冒せないよ」

「そ、ならいいわ」

「ただで済ますつもりはありませんけどネー」

 金剛さんもいるのですか。……と、いう事は、

「深海棲艦?」

「ええ、その通りよ。

 深海棲艦、大鳳。それと金剛ね」

「そう長い付き合いになるかは解りませんけど、ヨロシクデス」

「はい、よろしくお願いします」

 …………少し、安心しました。

 深海棲艦、……それが、問答無用に私達を襲うような存在ではなくて。

 安堵の吐息。そして、

 

「では、私は敵としてよろしくお願いします。

 そういうべきですね。赤城さん」

 

「…………え?」

 青の着物、感情の薄い表情。サイドで結んだ髪。……直接会った事はない。けど、解ります。

 正規空母、赤城の魂が告げる、彼女の名。

「加賀、さん」

「そうです。……貴女達、の敵。

 南朝所属、正規空母、元、第一航空戦隊、加賀です」

 凛とした表情も口調も、印象と変わらないで、……ただ、

「どう、して?」

「たまたまです。

 たまたま、提督に捨てられた。たまたま、南朝の者に拾われた。……そうですね。その時点で、貴女と対立する事は決まっていたのかもしれません」

 平静に淡々と、変わらぬ口調で応じる加賀さん。

「赤城さん」

 心配そうに吹雪さん。……けど、

「私と戦いたくは、ないですか?」

「……加賀さんは、そうではないのですね?」

 問いに、加賀さんは頷きました。

「同じ、第一航空戦隊で共に戦った仲間。

 だからこそでしょうか、もう一度、共に戦いたいと思います。そして、それと同じくらい、貴女の実力を確かめてみたい。私が、貴女より強いか確かめてみたい。

 とはいえ、それは私の事情です」

 加賀さんは、真っ向から私を見て、……苦笑。

「これから行く場所は中立地帯。貴女達は戦いたくない者の避難場所と考えているようですね?」

「はい、その予定です」

「そう、戦いを否定するのなら、都に残るのもいいでしょう。

 とはいえ、戦場に立つなら、……解りますね?」

 加賀さんは背を向けました。歩き出しました。

 その先にいるのは、……深海棲艦、空母の鬼。

 彼女のもとに向かいながら、加賀さんは、……同じ一航戦、かつての戦友は告げました。

 

「私が相手になります。……そうですね。

 赤城さん、貴女と全力で戦う。そう思うと、非常に気分が高揚します」

 

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