「赤城さん、本当に、無理はしなくていいですよ」
「戦いにくい人っていますからねー」
吹雪さんの言葉に雪風さんは苦笑して言いました。
「戦いにくい、ですか」
「加賀さんはそう思ってないみたいだけどね。
ただ、これから行くのは中立地帯だ。そこにいれば争いは避けられるよ」
ふと、
「吹雪さん。……この事を、知っていましたか?」
問いに、吹雪さんは申し訳なさそうに頷いて、
「あら、私の可愛い後輩は随分と気遣いが出来るようになったのね。偉いわ」
「せ、先輩っ?」
へ?
くすくすと微笑。顔を覗かせたのは、彼女。
「戦艦の、姫?」
「ええ、こんにちわ。正規空母の艦娘さん。
いぶき、そう名乗ってるからそう呼んでね」
「いぶきですね。……正直、吹雪との関係に興味があります」
綾波さんが興味深そうに言いました。けど、そうですね。私も気になります。
あの、お花見の映像を見ていましたが、二人とも知り合いのようでしたから。
「そうねえ。……ふふ、…………じゃあ、駆逐艦級の深海棲艦に追いかけまわされて、涙目になってた吹雪のお話とかしましょうか?」
「へ?」
え? ……駆逐艦級? あの、戦艦級の深海棲艦さえ撃ち抜く吹雪さんが?
「それは是非っ!」
「って、ゆ、雪風ちゃんっ!
先輩もっ! な、なな、何を言い出すんですかっ!」
顔を真っ赤にして手を振る吹雪さん。
「その反応は、新鮮だね」
驚いたような表情の時雨さん。私も同じ横須賀鎮守府に所属していますが、見た事ない表情です。
「あの頃の吹雪は可愛かったわー
ひにゃーっ、とか悲鳴上げて逃げ回って、途中で転んでパっ、むぐっ」
あ、
「じゃなくてっ、先輩は私の敵ですっ!
それなのにどうしてこっち来るんですかっ!」
敵? …………まあ、敵、ですよね?
「えー、だって吹雪可愛いし。私の好みだし。…………吹雪は、私の、初恋の人なの」
「ぶはっ!」
…………吹雪さん、噴きました。
がくがくしている吹雪さんの手を、いぶきさんは握って、
「愛しているわ、吹雪。戦争が終わったら、結婚しましょう」
「はぁあっ? って、なんでこんなところでいきなりそんな事言うんですかぁあっ!」
「おめでとうございますー
結婚式には呼んでくださいね」
綾波さん、ちょっとマイペース過ぎません?
けど、……何でしょう。なんとなく、今の言葉は面白くありません。
「艦娘と深海棲艦の結婚ですかあ。……雪風、いろいろ経験積んでいるつもりでしたけど、まさか想定もしていない事態に遭遇するなんて」
「同性だけどね」
しんみりする雪風さんと、苦笑する時雨さん。……いえ、だから、問題多すぎません? そう思うのは私だけですか?
「それにね。吹雪。
確かに私は貴女達の敵よ。貴女達の作りあげた平穏を否定しようとしている、ね。
けど、だから憎み合わなくちゃいけない? 嫌わなくちゃいけない? ……それじゃあ、友の間違いを糺すのなら、その友情は破綻させなくちゃいけない?」
「それ、……は、そう、ですけど」
「雪風たちだってこれが絶対に正しいか、そうは思っていません。けど、何日も、みんなでたくさんたくさん考えた最善がこれだってだけじゃないですか。だから、それを貫くために戦う。それだけのことです。
別に雪風も目の前のお姫様を憎んではいませんよ」
「戦いには勝ちたいけど、命は助けたい。
電の言葉だけど僕も同感だよ。自分のやり方を貫くために戦うけど、だからって憎んで嫌って殺さなくちゃいけないとは思っていないよ」
雪風さんと時雨さんの言葉に小さく頷く吹雪さん。綾波さんはひらひらと気楽に手を振って、
「ま、硬い事は言いっこなしですよ~」
「はっ、そういえばよかったんですねっ」「凄く簡潔にまとめられたね」
ふと、思い出す。…………加賀さんは、どうなのでしょうか?
宣戦布告されて、戦う事が楽しみだと言われて、……彼女は、私をどう思っているのでしょうか?
「私、この戦争が終わったら、吹雪と結婚するの」
「死亡フラグが斜め上に向かって立ってますね」
彼女はくすくすと笑って、ふと、私を見ました。
「妬いてる?」
「へ?」
「…………え?」
「ふふ、さっきから面白くなさそうな顔で私を見てたから、そうじゃないのかなって思ったのよ」
「そっ、そんな事ありませんっ」
「あら、そう? ……ふふ、けど、吹雪は渡さないわよー」
「ちーがーいーまーすっ!」
そんな事、絶対にありませんっ!
「あ、……あの、赤城、さん?」
「私は赤城さんを応援します」
なんで綾波さんはそんなにノリノリなんですかっ!
「あ、そうだ」
ひょい、と言仁さん。
「先生から話聞いてるかな?
都には部分的に変わっちゃった艦娘がいるけど、あんまりしつこく突っ込まないであげてね」
「友達苛めるやつは許しませんヨー」
金剛さんもひらひらと手を振りました。もちろん、
「甘く見ないでください、一航戦の誇りにかけて、そんな無様な事はしません」
失礼です。……まあ、一応釘さすようにしているのは解りますけど。
「そ、それならいいや。
それと、雪風、だね」
「はい? 雪風がどうかしましたか?」
「都にもいるわね。雪風」
「あ、そうなのですか」
同一の艦船から複数の艦娘が建造される事は聞いています。私も、私とは別の赤城に会った事があります。
なんていうか、すごく不思議な気分でしたが。
「深海棲艦ですね。
どうですか? 深海棲艦になった雪風?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「何の沈黙ですかっ?」
「会えばわかるわよ。
ま、雪風なら別にいやがったりもしないでしょ」
「うーん、……解りましたっ、雪風っ、覚悟を決めますっ!
なにか凄い事になってても大丈夫ですっ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「その沈黙はなんですかっ?」
青い輝きに満たされた都。……なんていうか、向こうに見える大きな樹もあって、とても幻想的な都です。
「綺麗なところ、ですね」
ほう、と一息ついたのは、鳳翔さん? ……そして、彼女の傍らには加賀さん。加賀さんは一度視線を向けるだけで、傍らにいる少女に視線を戻しました。……誰でしょう? ともかく、
「鳳翔さんは、……えと、南朝、の?」
加賀さん達の事はこう呼ぶそうです。よく、意味は解りませんが。
問いに、鳳翔さんは困ったような苦笑。
「一応、そうなりますね。
立場としては、赤城さん。海軍に属する貴女とは敵同士になります。……けど、どうしたものでしょうか」
「どう、ですか?」
「戦わず、この都でお世話になろうかなと、そうも考えています。
艦娘としては臆病かもしれませんが、平穏に生きられるなら、それでもいいのかな、と」
「馬鹿を言うな鳳翔。
逃げる事は臆病ではない。それも選択だ。己では何も考えず、ただ他者と状況に流されるだけなら、私は臆病というかもしれぬがな」
少女の、声。艦娘ではありませんね。
「はは、海軍の大将代行が揃うとはな。
では、改めて名乗ろうか、南朝の主。尊治。そなたらの長、元帥の敵だ」
「私達の、じゃないのですね」
「貴女の敵は私じゃ不満?」
くすくす、と意地悪く笑ういぶきさん。
「…………解ってます。先輩達、深海棲艦は私達の敵になるって」
「この都にいる皆はそんな事はさせないけどね。
けど、鳳翔だったね? もちろん来るなら歓迎するよ。前にも鳳翔は来てるから、紹介しようか?」
「……えーと、それは少し考えさせてください」
「料理屋だったな、うむ、この都に来る楽しみがまた増えたな。
鳳翔、美味い物を期待しているぞ」
「言仁さん。よろしいのでしょうか?」
「ん、もちろんいいよ。
僕も美味しいご飯は食べたいしね。……それに、翔鶴」
「はい」
「五航戦」
「こんにちわ、このような形でお会いするとは思いませんでした。
一航戦の先輩方」
軽く睨みつける加賀さんと、おそらく、困ったような視線を向けているであろう私。
そんな二人に対し、翔鶴さんは、少し困ったように微笑みました。言仁さんは首を傾げて「知り合い?」
「直接お会いした事はありません。
そうですね。空母としては先輩、にあたります」
「そう? まあ、思い出話は後でね。
鳳翔、翔鶴もね。君と同じ、艦娘だけどこの都で暮らそうかなって考えてるみたいなんだ」
「そうなのですか?」
「はい、……ええと、…………その、」
いえ、こちらを見られても困ります。というか、気になるのですね。戦う事を選ばなかった事に、先輩である私達がどういう反応をするか。
「別に、私の顔色を伺う事はないわ。
先輩面して戦えなんて言うつもりもない。海軍としての役割を放棄している私が、偉そうなことを言う資格もありません」
「そうですか」
「そんな私から言える事はやりたい事をやりなさい、ということぐらいよ。
自分の生き方に後悔をしないようにしなさい。……その程度の誇りは語らせてもらうわ」
「はい、ありがとうございます。加賀先輩」
「…………別に、感謝をする事ではありません」
「私は、……どうするかさえ決めかねています。
かつての仲間であった加賀さんと戦うか、……あるいは、戦わないのか。正直、自分の進む道を決めている翔鶴さんが羨ましくさえ思います」
「そうですか?」
「赤城さん、……あの、」
困ったように傍に来る吹雪さんに、微笑。…………だめですね。きっと、かなり弱々しい笑みになったと思います。
けど、
「大丈夫ですよ。吹雪さん。
ちゃんと、後悔しないように決めますから」
「時間はそう多くないがな。
ま、こちらとしては相手が減って有り難いか、加賀?」
意地悪に笑う尊治さん。けど、
「いえ、私は赤城さんと相対したと思っていたので、少し都合が悪いです」
「…………そうか」
むう、と眉根を寄せる尊治さん。
「ま、そういうわけ、……じゃあ、翔鶴。
あとで鳳翔とお話してあげてね? この都についてね」
「はい、お任せください」
「テートクー、そろそろ立ってるのも飽きましター
鎮守府行きましょうヨー」
つい、と手を引く金剛さん。言仁さんは微笑。
「そうだね。響達も待ってるし。
吹雪ちゃん達は一緒に来るね? 尊治、勝手に見て回るでしょ? 変なことしちゃだめだよ?」
「せぬ。まったく、そなたは人を信用しないな」
「せめて信用されるようになってから言おうよ。そういう事は。
それじゃあ、ね。……あ、鳳翔はどうする?」
問いに、鳳翔さんはおっとりと首を傾げて、
「そう、……ですね。
少しお話を聞きたいと思います。尊治様、よろしいでしょうか?」
「うむ、好きにするがよい。後悔ないようにな。
加賀、そなたはどうする? 旧交を温めるか?」
旧交、と。その言葉を聞いて私は反射的に加賀さんを見て、…………加賀さんは、ゆるゆると首を横に振りました。
「いえ、私は都を見て回ります。
尊治、案内を頼みます」
「うむ」
「それじゃあ、私も別件で席を外すわ」
いぶきさんも軽く手を振って歩き出しました。ふと、振り返って、
「そうだ。吹雪。
今日はこの都に泊まって行くの?」
「はい、その予定です」
「なら、……ふふ、お泊りする家を教えてね?
久しぶりに一緒に寝ましょう? また、泣いてたらあやしてあげるわよ?」
「い、いりませんっ!
もうっ、あのころとは違うんですっ! 先輩も、いつまでもからかわないでくださいっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ吹雪さん、いぶきさんは楽しそうに笑って、また、車内へ行ってしまいました。
「言仁」
「うん?」
「そなた、顕仁は見なかったか?
花見の最後、あやつからも話を聞こうと思ったのが、いなかった」
「…………それは、きな臭いね。
いや、僕も見てない」
「そうか」
眉根を寄せるお二人。
「顕仁、ですか?」
「そうそう、……赤城は、…………いなかったかな。
吹雪ちゃん、僕よりいくつか年上くらいの、目つきの悪い男の子と、翼のある睦月型の深海棲艦、みなかった? 最後の、宣戦布告以後だけど」
「えと、……翼のある睦月型の娘なら、宣戦布告前にはいました。
睦月ちゃんと、皐月ちゃんと、三日月ちゃんと、卯月ちゃん、ですよね。宣戦布告の後は見かけませんでしたが、……その、大事ですか?」
「大事だ。
魔縁としての祟り、私の知る中で破壊力が最大なのが顕仁だ」
「吹雪ちゃん、……ええと、多分、大きな猛禽を見かけたら気をつけて、全部台無しにされるかもしれないよ」
「それほど、強力なのですか?」
吹雪さんの問いに、尊治さんは頷いて、
「信仰、畏怖の強さは魔縁の出力に影響を与える。あやつは最大の怨霊と畏怖され続けた。最大出力は想像もできぬな。
おそらくは、天下滅亡の誓願を形にするものだが、……まあ、ろくなものではないであろうな」
「…………猛禽、ですか。
解りました。警告、感謝します」
ぺこり、謹直に頭を下げる吹雪さん。尊治さんは頷いて歩き出しました。
「それじゃあ、行こうか。
僕と、あと大鳳が暮らしているところだよ。皆は鎮守府、なんて呼んでるね」
「出撃とかするのかい?」
時雨さんの問いに言仁君は苦笑。
「まさか、皆を戦わせるくらいなら僕が潰すよ。
鎮守府、なんて言ってもそういう事はしない、……そうだね。市役所、なのかな? 都の中心だよ」
「出撃を含めて、戦闘とかそういう事はないわ。
一応、ね」
大鳳さんの言葉に、鳳翔さんは首を傾げて「一応、ですか?」
「艦娘が深海棲艦になって目覚めるのもこの都なのよ。
それで混乱して暴れ出す、なんて事もあるわ」
「だから、出来るだけ最初は僕が迎えるようにしてるんだ。
ただ、……前に、夕立が来た時は大鳳に迷惑をかけちゃったね」
申し訳なさそうな上目遣い。そして、
「え、そ、そんな事はありませんっ!
も、元はといえば私がちゃんと提督に報告しなかったのが悪いんですっ!」
顔を真っ赤にしておろおろと応じる大鳳さん。…………えーと。
「これは、……なんていうか、結構わかりやすい反応、だね」
「ズバリっ! 大鳳さんは言仁さんが好きですかっ!」
「ふあっ? …………え「テイトクの事を一番好きなのはワタシ、デスっ!」私よっ!」
…………あー
あらあら、と頬に手を当てる鳳翔さんと、によによ笑う雪風さん。
そして、真っ赤な顔で固まる大鳳さん。…………こうなったら、もう、だめでしょう。
「いーですねー
好きな人と一緒に入れるなんて、幸せですねー」
ほわほわと綾波さん。そして、時雨さんは頷いて、
「金剛と大鳳か、僕はどっちも応援しているよ」
「わ、」
わ?
「私、私だってっ! て、提督の事をお慕いしておりますっ!」
…………翔鶴さん。
「あらあら、若いっていいですねえ」
どことなく浮世離れた笑顔を浮かべる鳳翔さん。そして、
「僕は、君の事を見なおしたよ」
「大胆告白ですっ! 雪風っ! ちょっとどきどきしちゃいましたっ!」
「おめでとうございますー」
盛り上がる皆さま。吹雪さんがちょっと困った表情。そして、
「嬉しいな。僕も皆の事大好きだよ」
総天然色の笑顔で言仁さん。
「吹雪さん、あの、……どうすればいいですか?」
「…………解りません」
視線をそむける吹雪さん。……私はちょっと現実逃避気味に辺りを見て「樹?」
「ん、そうだよ。
あの樹のところにこれから向かう場所、鎮守府があるからね。それじゃあ、行こうか」