「そういえば、夕立。
時雨、いるんだよね? 時雨の意見も聞きたいから呼んできてくれる? もし寝てたら悪いけど起きてもらって、あとで僕が謝っておくから」
「了解っぽいっ! っていうか、提督さんが謝る事はないっぽいっ! こんな時間まで寝てる時雨が悪いわっ!」
こくこく頷く時雨さん。そして、きりっ、とした視線を言仁さんに向けて、
「言仁、僕も行っていい?」
「…………えと、どうしてそんな覚悟を決めたって感じなの?」
出撃時にも似た緊張感を持つ時雨さんです。
「……で、なんでみんなついてくるんだい?」
「なんとなくー」「なんとなくですっ」
「ええと、深海棲艦になった、……って、ちょっと興味があって」
視線をそらしながら吹雪さん。ちなみに、私はだめになった、という辺りに興味を持ちました。
深海棲艦化、……ちょっと、緊張します。
ともかく、先頭を歩くのは夕立さん。……「夕立さんは、あまり変化はないのですね」
強いていえば、瞳の色が左右で違う事です。他に変化は見当たりません。
「んー、そうっぽい。
電みたいに見た目がすっごく違ってるのもいるし、大鳳みたいに姿は変わらないで艤装が別物になったのもいるっぽい。
で、夕立は内面に特化した変化、っぽい」
「いろいろですね。
あ、じゃあ、雪風はどうですかっ?」
はいっ、と手をあげる雪風さん。夕立さんは半端な笑みです。
「不運になったっぽい」
「っぽい?」
「雪風、すっごく不運っぽい。
何度か一緒におゆはん食べに行ったけど、かなりの高確率で売り切れてるっぽい。歩いてたら大抵島風とかと衝突するっぽい」
「お、おおお」
雪風さんが慄いています。
「そんな変化もあるのですね」
「ま、雪風もなんだかんだでのんびり生活してるから問題ないっぽい。
で、…………」
ふと、一つの扉の前で夕立さんは足を止めました。振り返りました。
「時雨、覚悟はいい、っぽい?」
「…………僕は、覚悟を決めたよ。
深海棲艦となった僕を、逃げずに受け止める」
決意を込めた声と表情で時雨さんは言いました。そして、
散らかった本。寝乱れた髪。蹴飛ばされた懸布団。枕元に転がった眼鏡。放り投げられたヘッドホン。
上はキャミソールだけで、下は下着だけ、…………そんな時雨さんが抱き枕に抱きついて、幸せそうに寝ていました。
「………………………………し、幸せそうな、寝顔、ですね」
かたかたと小刻みに震える時雨さんが怖くて、とりあえず言ってみました。
「時雨ー、時雨ー、起きるっぽいー」
傍らで時雨さんの肩をゆする夕立さん。彼女は「うー」と寝息。
「いいよ、…………提督。
……提督に、僕の事、全部、見て欲しいな。……うん、恥ずかしいよ。けど、提督だけ、特別だから」
にへら、としまりのない笑顔。……なんていうか、可愛い、です。
「見た目、変わった感じないですね。……時雨ちゃん、寝顔ってこういうんだ」
「さっきの緩んだ笑顔とか貴重ですね」
感心したように声をあげる吹雪さんと、にこー、と爆弾を投げつける綾波さん。……うわー、時雨さん、なんか、爆発しそうです。
早く、なにかフォローしないと。……あ。
「し、時雨さんっ」
「…………なに?」
「時雨さんって、結構胸大きいですっ」
「あ、赤城さん、それ、多分」
あ、
「君には失望したよ」
時雨さんは引き攣った笑顔で、幸せそうに眠る時雨さんを蹴りました。
「う、ううん、…………痛い」
蹴られたにもかかわらずのっそりと起きる時雨さん。あまり痛くなさそうです。
「ん、…………うう、ん?」
「はい、時雨」
夕立さんは枕元の眼鏡を彼女に渡しました。
「ん、……ああ、夕立か、ありがと」
ぱちぱちと何度か瞬き。そして、私達を見ました。
「…………深海棲艦、じゃないね。艦娘? …………ふあ、……ああ、お花見の参加者かな?」
「わかるのですね」
少し、驚きました。けど、私の言葉に時雨さんは首をゆるゆると横に振って、
「ごめん、今、音が聞こえないんだ。
えーと」
「時雨」
夕立さんが手渡したのは転がっていたヘッドホン。「ありがと」と礼を言ってそれを、かぽ、とはめて、
「ん、……よし。大丈夫だ。
すまないね。眼鏡とヘッドホンがないと碌に見えないし聞こえないんだ。…………あ、時雨がいる」
「そうなのかい? それも、深海棲艦の?」
首を傾げる時雨さんに、深海棲艦の時雨さんは頷いて、
「そうだよ。なにも聞きたくない、なにも見たくない、すべて雨に滲んで消えてしまえ、……という僕の願いの形だね。
まあ、変な雨を降らせるんじゃなくて、眼鏡がないと目に映るものは全部滲んで見えない、ヘッドホンがないと雨音がうるさくて聞こえない。……そんな引き籠りにしかならないような変化だよ。まったく、妖精さんも気が利かないね」
「そうなのかい?」
「そんな引き籠り特性をいかんなく発揮して、働かないんじゃない、働けないんだ、とか言いながら夕立の家に転がり込んでごろごろしている駄目な姉っぽい。
ついたあだ名が駄目棲艦」
時雨さんの口の端がひきつりました。
「仕方ないさ。
夕立、僕は君の事が好きなんだ。だから、思わず甘えたくなっちゃうんだ」
いけしゃあしゃあと深海棲艦時雨さん。……時雨さんは頭を抱えて綾波さんに介抱されています。
「…………提督さん一筋がそんな事言っても言い訳にしかならないっぽい。
ともかく、提督さんが帰ってきたっぽい」
「あ、……もうそんな日か。
じゃあ、行かないと、お留守番してたんだし、提督に甘えたいな。……なにをお願いしようかな。一緒にお風呂に入ろうかな」
「その時は楽しいパーティーを始めましょう」
嬉しそうにとんでもない事を言う深海棲艦時雨さんと、引き攣った笑顔で応じる夕立さん。
「…………時雨ちゃん」
「時雨、……あの、男性と一緒にお風呂は、えっち、だと思います」
「大胆ですねっ!」
「彼女は僕じゃない」
「ふふ、違うさ時雨。
君も深海棲艦になったら下着で昼ごろまでごろごろして、好きになった男の人と一緒にお風呂に入ろうとか言いだすんだよ」
「僕は深海棲艦になりたくない。
絶対に、沈まないよ」
物凄い決意を込めての言葉。
「そういえば、提督いるんだね。
会いたいな」
「そうそう、時雨。
提督さん呼んでたっぽい」
「そうなんだ。提督が会いたいって言ってくれたんだ。
嬉しいな」
「…………とりあえず、服を着るっぽい」
のろのろと服を着る深海棲艦時雨さん。
「君たちは艦娘だね?
南朝かな? それとも、北朝、……軍属かな?」
「……北朝です。
私達の事、ご存知ですか?」
「《呪詛の御社》を使って平穏を構築している事はね。
先生からいくつかのキーワードを聞いて考えてみたんだ。……けど、まあ、いいよね」
「よくないっぽーい、時雨ー、夕立も知りたいっぽいっ」
「知らない方がいい事だよ夕立。
指輪持ちに匹敵する戦力の君がこんなところで暴れたら面倒だ」
「ぶーっ、なにそれー」
むくれる夕立さん。
「夕立さんは、そんなに強いのですか?」
指輪持ちに匹敵する、と。
「そうだよ。白兵戦ならね。
けど、君たちも戦いに来たんじゃないよね? それなら平穏に行こう。……さて、それじゃあ提督のところに行こうか。夕立はどうする?」
「雷と電のお手伝いっぽい。
吹雪たちはご飯食べて行くっぽい?」
「いいんですか?」
ご飯、嬉しいです。
「そうですね。よろしくお願いします」
「赤城さんたくさん食べるので、ご注意をっ」
「雪風さんっ! 変な事言わないでくださいっ! ふ、普通ですっ!」
「…………それは、なに基準? 戦艦基準?」
「うぐ」
「駆逐艦基準で言うと、…………何人前?」
「食材、あるか確認が必要っぽい」
「ま、外にお店もあるからね。
後で夕立が案内してくれるよ」
「……いいけど、なんで夕立っぽい?」
「面倒だからだよ」
即答する深海棲艦時雨さん。夕立さんは吹雪さんの肩を叩いて、
「時雨の交換、おっけーっぽい?」
「ふふ、そんな事をしたら、僕は佐世保鎮守府に無理矢理週休五日制を導入して潰すよ。
大将代行権限を使えば可能だろうからね」
「それなりに頑張って運営しているんだから止めて欲しいな」
にやー、と笑う深海棲艦時雨さんと、肩を落とす時雨さん。
ともかく、夕立さんは「それじゃあ、おゆはんの時にー」と手を振って別れて、
私達は執務室に戻りました。
「おかえりなさい提督。
会えて嬉しいよ」
「うん、ただいま、時雨」
「大鳳も、何事もなかったみたいだね。
それと、鳳翔、かな?」
「はい、はじめまして時雨さん。……と、お二人いらっしゃるのですよね?」
「彼女らには深海棲艦時雨なんて呼ばれてたけど、まあ、それでいいよ。
……けど、提督」
「ん?」
「提督には、ちゃんと名前で呼んで欲しい、な。
他の誰かになんて呼ばれても構わないけど、好きな人には、ちゃんと名前で呼んで欲しい」
少し、頬を赤くして深海棲艦時雨さん。
そして、
「あ、時雨ちゃん、照れてるー」
「う、……あう、…………なんで僕が、……」
のほほんと言う綾波さんに俯いて時雨さん。そして、
「うん、そうだね。
僕にとって、一番大切な時雨は君だからね。だから、君の事を時雨と呼ぶよ」
「う、……うん」
にっこり笑顔の言仁さんに、顔を赤くして深海棲艦時雨さん。なんとなく微笑ましいのですが、時雨さんが凄くいたたまれないです。
こほん、と。時雨さんはわざとらしい咳払い。
「まあ、僕も呼び分けは必要だと思うよ。
ここは深海棲艦の都、僕は部外者だ。ここにいる間は仮の名前にしようと思うんだけど、なにかあるかな?」
「みずき、なんてどうだい?」
なにか、と思ったところで時雨さんは即答。
「私も、いいと思います」
吹雪さんが頷きました。
「なにか、由来でも?」
「佐世保市の県の木。ハナミズキなんだ。
そこからとらせてもらったよ。……ただ、まあ、そのままハナミズキだと、直接的すぎるから一部拝借、だけどね」
「みずき、……みずきか、うん、気に入った。
そうだね。二人がいるときはみずき、と呼ばれた時に僕は応じる事にするよ」
嬉しそうに応じる時雨さん、……みずきさん?
と、
「いつまでも立ってないで座りましょう。
提督、御飲物をお持ちしました」
「うん、ありがとう、大鳳。
それじゃあ、海軍のお客さんと、鳳翔だね。……響、大鳳、時雨、同席をお願い」
「それで、鳳翔の希望は移住だね?」
「はい。
その、可能でしたらこの都で、小さな料理屋でも開こうと考えています。私だけでなく、友人の娘も、お手伝いしてくれるそうで、……そんな希望は、受け入れてもらえるでしょうか?」
おっとりと問いかける鳳翔さん。……なにをやるか、もう、決めているのですね。
対して頷いたのは響さん。
「前に来た鳳翔も同じことを言ってね。
小さな居酒屋を切り盛りしてるよ。よければ今夜案内しよう」
「そうだね。実際にやっている娘から話を聞くのが一番だね。
もちろんいいよ。僕は君も、君の希望も歓迎するよ。……ただ、尊治のところで料理を作るのもいいと思う。ゆっくり決めておいで、戦争も、避けたいならここにいていいからね」
「はい、ありがとうございます。言仁さん」
柔らかく微笑む言仁さん。……なんていうか、少し、大鳳さん達の気持がわかる気がします。
「鳳翔については希望は大丈夫だよ。
何人か、ならね。大挙して押し寄せられると困るけど、問題はないよ。後は鳳翔の希望次第だね」
響さんの言葉に鳳翔さんは、少し安心したように微笑み。
「それで、次はそっちだね」
「人数が、もしかしたら大規模になるかもしれません。
あの、ごめんなさい。ちゃんとした事が言えなくて」
申し訳なさそうに頭を下げる吹雪さん。言仁さんは苦笑して「仕方ないよ。急な事だからね」
「大人数の急な受け入れは、一応事例があるよ。
みずが連れてきた時だね。……三十、くらいだったかな」
「それで「それと同じように考えない方がいいよ」」
前例がある、その言葉に少し安心したように言いかけた吹雪さんを遮るように、時雨さん。
「どういう事だい?」
時雨さん、……もといみずきさんが不思議そうに問い、時雨さんは頷いて、
「あのときとは事情が違うという事だよ。
その前例なんだけどね、泊地棲姫が連れてきたんだ。彼女らのいた基地を破壊して、行く場所の無くなった艦娘に事情を説明して引き取ってきたんだ。
その時は艦娘たちにも選択肢はなかったし、泊地棲姫から事前に話をしてあった。けど、今回は違うよね。
事情の説明もどの程度してあるかわからない、……それどころか、僕は君たちを信じていない。僕達、深海棲艦を撃滅する為に艦娘を送り込んだ。という可能性を否定するつもりはないよ」
「仕方ないですねえ」
雪風さんが苦笑して応じました。……そうですね。その可能性も、ありますよね。
「とすると、受け入れは無理ですか?」
流石に不信を持ったまま、というのは無理でしょう。
それに、こちらも深海棲艦の都であるという事を、皆に納得してもらえるかどうか。
「ううん、一時避難用の乖離した場所を用意すればいいかな。
とりあえず、お互い不干渉で、……大鳳、接続場所は教えるから監視をお願いね。吹雪ちゃん達も監視のための誰かを派遣していいからね」
「そうですね。誰かにお願いします」
「……なんだ、彼女じゃないのね」
少し、意外そうに大鳳さんが示すのは、私、ですね。
「赤城さん、ですか?」
「ええ、てっきり避難してくる艦娘の代表かと思ってたわ」
「まだ、…………決めかねています」
「そう?」
「意外ですか?」
「ええ、……前に私が会った赤城は、一航戦の誇りに強くこだわっていたから、あんまり迷ったりしていたところ、見た事なかったわ。
ましてや、貴女ほどの実力者ならなおさら」
視線は、膝の上に乗せられた左手に向けられています。そこにあるのは、指輪。
「そう、…………ですね」
「赤城さんは、参戦するか決めかねています。
加賀さんが、南朝にいましたから」
「そう、それは、確かに悩むわね」
かつて、一航戦の同僚として共に戦った彼女。
彼女と、私は戦わなければならない、のでしょうか?
「じゃあ、吹雪ちゃん達の希望はそっちでまとめようかな。
……んー、豊浦いないし、吹雪ちゃん、ごめんね。その場所を構築するの、明日になりそう。響、吹雪ちゃん達をお客様用の家に案内してあげて」
「了解したよ。
それと、鳳翔。は、こっちの鳳翔がやってる居酒屋に案内しようかな、雪風も、どうする? 深海棲艦雪風に会ってみたい?」
「是非っ!」
「なんでそんなに楽しそうなんだい」
ぐったりと肩を落とすみずきさんに、けらけらと時雨さんは笑って「素晴らしい前例があるからじゃないのかな?」
「黙るといいよ。駄目棲艦」
「それじゃあ、明日。明日の朝、響にお迎えに行ってもらうから。
そしたら避難場所を見てもらうね」
「はい、了解しました」
「というわけでっ! ごはん、っぽいっ!」「頑張って作ったわっ! たーんと食べていいわよっ!」「これが電の本気なのですっ!」
わーっ! と元気な夕立さん、雷さん、電さん。……なんか、雷さん、片腕が凄い事になってますけど、料理、出来るのですね。
ともかく、並んだ料理は、……ええと、
肩を叩かれました。
「赤城さん、あの、後で鳳翔さん、居酒屋に行くみたいですから。
ここは抑えましょう」
「…………はい」
「ど、どうしたっぽい?」
「あう、……電たちのお料理、だめ、なのです?」
「そ、そんな事はありませんっ! ただ、……その、量が、」
つまり、そういう事です。……いえ、とても美味しそうですよ。美味しそう、なのですけど。
雪風さんは頷きました。
「そう、これは駆逐艦級です。
正規空母である赤城さんが相手では、駆逐艦級では荷が重いのです」
「………………ああ、うん、…………重さが足りないんだね」
時雨さんが中途半端に笑って頷いてくれました。そうです。重さが足りないのです。
「…………ええと、後で鳳翔さんがやってる居酒屋、案内してあげるから。
その、そこでちょっと軽過ぎた荷を補えばいい、と思うよ」
「よろしくお願いします」