深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

//.時雨

 

「懺悔ねえ」

 飛車を動かす。とん、とん、とん、と。

 ぱちん、と音。

「どうして大将代行なんて要人が揃ってきたと思えば、そんな事か」

「まあ、ね」

 時雨は困ったように応じる。まあ、そんな事だろうと思ったよ。

 提督は中立を宣言した。戦いたくない者たちの避難場所を確認しに来た。というのも理由としてはある、と思う。

 けど、その割には各鎮守府の長、大将代行が勢ぞろいなんておかしすぎる。正直、あの吹雪と赤城だけで十分だからね。

 僕は飛車で取った桂馬を回収。

 だから、

「じゃあ、聞こうか。その懺悔を」

「……改めてそう言われると、言い難いんだけどね」

 ひょい、と時雨は香車を手にとって、動かす。とん、とん、とん、と。

 ぱちん、と音。

「……僕と、吹雪と、綾波、そして雪風。

 各鎮守府の大将代行、として、構築した平穏の、ね」

 平穏、ね。

「《呪詛の御社》ね。……最初にそれを先生に聞いた時は海軍の権力維持に使えるな、って思ったんだけど」

「いろいろあったね。

 もちろん、その使い方もあったよ。特に、《呪詛の御社》が深海棲艦を誘発させると知れ渡ったときにはね」

「君たちは、それを許したのかい?」

 問いに、時雨はきょとんとした。

「そんな使い方、許すはずないじゃないか」

 なるほど、

「大将代行、……もう、大将はいないんだね」

「当たり前じゃないか?

 私利のために民を害するのなら排除しないといけない」

「そうだろうね」

 それが、艦娘なのだろうからね。

 僕は桂馬を手にとって、動かす。とん、とん、とん、と。

 ぱちん、と音。

「その大将を排除した事に対する懺悔かい?」

「まさか」

 そうだろうね。

 時雨は、手に取った歩に視線を落とす。

「平穏のために《呪詛の御社》の存在を認め、それを使った。

 深海棲艦を構築するのにね。そして、それを排除するのに艦娘、……君達を使ったよ。戦場に連れ出して、死んでしまう事もあるのにね」

 ああ、つまり、

「僕たちは、そのための犠牲者っていう事かな?」

「死神、……雪風につけられた悪名だけどね。

 僕たち皆、その名を背負わなければならない、と思ってるよ」

「そう」

「……自己満足だって解ってる。卑怯な物言いだっていう事もね。

 けど、それでもね」

 辛いんだ、と。時雨は手に持った駒に視線を落として小さく呟いた。

 さて、なんて言おうかな。

 別に僕はこの都の深海棲艦を代表するつもりはない。そして、それは彼女も解っているだろうね。

 ただ、それでも、聞いて欲しかったんだろうね。あるいは、聞きたかったのか。

 後者かな。

「ごめんなさい、といいたいんだ」

「言って、けど止まるつもりなんてないんだね?」

 ぱちん、と音。

「……そうだよ。だから卑怯な物言いだとは思ってる。

 けど、犠牲が出ている事には変わりないからね」

 ぱちっ、と音。時雨が眉根を寄せる。

「犠牲を容認して、それでも護りたいものがある、か。

 艦娘らしいね。……少し、嫌かな。提督は君たちのあり方を気に入ると思うよ。先生、……道真先生も、いろいろと教えてくれたんじゃないかな?」

「そうだね。気を使ってもらったよ」

 ぱちっ、と音。

「王手」「甘いよ」

 ぱちっ、と音。

「魔縁はきっとそうだろうね。

 だからこそ、南朝の主はそれを認めない。……まあ、それは僕には関わりのない事だね。

 時雨」

「うん」

「……そうだね。僕は君たちを恨んでいない。

 元々いた泊地では散々な、思い出したくないような目に遭ったけどね。けど、今は幸せだよ。大好きな提督とも一緒にいる事が出来るし、可愛い妹もいるからね。

 そこまで含めれば、そんなに嫌とは思っていないよ。それに、君達のやり方は、共感は出来ないけど納得はできるからね」

 そう、だって、確かに平穏だから。

「そう、……なら、よかったよ」

「君達の事、提督は気に入ってるからね。

 その事は気に入らないから助言とかはするつもりはない。ま、せいぜい頑張る事だね。王手」

「む、……」

「どうだろうね。……どちらかといえばひさめとか、その辺りは恨みを抱えているかもしれない」

「彼女達からは宣戦布告を受けてるよ。

 受けて立つつもりだけどね」

「そうだね。こんなところで懺悔なんてしてないで、君達の事を気に入らない相手と相対する事を優先した方がいいんじゃないかな?」

「そう、……だね。

 ……なんていうか、自己満足に付き合わせてごめんね」

「いいさ、僕も暇だからね。

 まあ、犠牲者として言える事は、……せめて最後まで頑張って欲しい。という事かな。

 犠牲を無駄にしないためにもね。君達が来た理由は、それかな?」

「…………話せば楽になる事もあるんだよ。

 付き合わせた時雨には悪いことしたと思ってるけど、まあ、暇ならいいかな」

「そうだね。……それで、時雨。今夜はどうするんだい?」

「一応、言仁から宿泊する為の場所は聞いているけど、少し迷ってる」

「そ、なら、…………行こうか」

 

「でー、ダブル時雨っぽい?」

 ぐったりと肩を落とす夕立と、

「へーい、時雨ー」

「…………駆逐の姫」

 まったく笑ってない笑顔のひさめ。

「なんだ、ひさめも遊びに来てたんだ」

「それはもちろん、夕立姉さんのご飯美味しいからね。

 時雨姉さん一人占めさせないよ」

「……っぽいー」

「で、そっちの時雨は?

 私の事を駆逐の姫なんて、艦娘みたいだね」

「………………そう、艦娘だよ。

 佐世保鎮守府、大将代行、時雨さ」

 なんでこんなところで睨みあうのかな? まあ、仕方ないかもしれないけどね。

 と、

「あだっ?」

「ひさめ、こっち、…………ええと? みずき? は、提督さんのお客さんっぽい。

 睨んじゃ駄目っぽい」

「はーい」

「夕立とひさめはご飯食べるけど、二人はどうするっぽい?」

「僕はもらうよ」

 鎮守府でも作ってくれたけど、……うん、まあ、当てはあったし、食べたい人が食べるべきだよね、ご飯は。

「ん、……じゃあ、僕ももらうよ」

 僕と同じ理由で時雨は頷いた。鎮守府では、食べてないんだよね。

 

「さーて、……とりあえず言いたい事あるんだけどねー

 佐世保鎮守府の旗艦様」

「そうだろうね」

 夕立が食事を作りに行ってから、じと、と時雨を睨むひさめ。

 割り切れないところも、あるだろうからね。ただ、

「ひさめ、解ってると思うけど、この都にいる間、交戦は許さないよ」

 まあ、僕にはひさめを止めるほどの能力はないけどね。

「わかってるよ。

 夕立姉さんに迷惑かけたくないし、言仁君に嫌われたくないもん」

 つい、とそっぽを向くひさめ。……まあ、それが解ってればそれでいい。

「ひさめ、何か呼んだっぽい?」

「呼んでなーい。

 夕立姉さんはご飯作っててー」

「むぅ、……なんか面白くないっぽい。

 時雨、後でなに話したか聞かせるっぽい」

「了解」

 あまり物騒な話なら聞かせるつもりはないけど。

 ただ、除者みたいな扱いは申し訳ない。夕立は可愛い妹だからね。

「大体あのお花見の時に聞いたけどさ。

 で、私は、その平穏、とやらの犠牲って事ね」

「そうなるね。それについては申し訳ないと思うよ」

「へえ、……大将代行様は私達艦娘なんて切り捨ててもいいって、そういう事?」

「僕たちは元々艦船だからね。

 民を護るために戦うのは、当然の事だよ。それこそが、」

 一息。時雨は胸に手を当てて、

「この身を形作る祈り、だからね」

「………………ふーん。

 ま、いっか。私は納得できないけど、その憂さ晴らしの舞台を用意してくれたんだしね」

「存分に晴らすといいよ。

 ただで殺されるつもりもないけどね」

 ふん、とそっぽを向くひさめと、挑発的に笑う時雨。……なんていうか、僕って結構好戦的なのかな。

 

「出来たっぽーい。

 ひさめ、取りに来てー」

「はーい。っていうか、時雨姉さん達も手伝ってよー」

「面倒くさい」

「この駄目棲艦」

 ごろん、と寝ころぶとひさめに見下された。

「いいよ、代わりに僕が手伝うよ」

 よいしょ、と時雨が立ち上がる。

「頼むよ」

「愚痴聞いてもらったお礼だよ。これきりだから少しは働くといいよ。駄目棲艦」

 まあ、不穏当な会話はあったけどいいか。遺恨はその時に晴らせばいい。僕は晴らすような遺恨もないからね。

 夕立はどうなのかな、と思ったけど。いいか、と思いなおす。可愛い妹に嘘をつくのは良心が微傷するけど、適当な嘘で流しておこう。

「時雨、お客さんに手伝わせないで働くといいっぽい」

「だよねー、夕立姉さん。もっと言ってやってよー」

「言っても聞かないっぽい」

「深海棲艦になると、こうなるのかな」

「なにそれー、私、深海棲艦だけどここまで駄目になってないよ」

「はは、時雨も死んで深海棲艦になったらこうなるんだよ」

「僕は、絶対に死なない」

「…………いい決意だと思うけど、なんか、理由が悲しいっぽい」

「あ、肉じゃがだね。

 夕立の作ってくれた肉じゃが、僕好物なんだ」

「私もー

 夕立姉さん、もう料理も十分できるよ。お手伝いさんの幅広がったんじゃない?」

「じゃあ、明日から鎮守府で提督さんのためにご飯作るっぽいっ!」

「毎朝おみそ汁を作ってあげるんだね?」

「うん? おみそ汁? ……んー、提督さんが望むのなら夕立、頑張るっぽい」

「…………時雨」

「ん?」

 冷静な表情をして絶対に内心で笑ってるね、彼女は。

「言仁君、おみそ汁好きなんだ」

 へー、と頷くひさめ。けど、「夕立、ひさめ、それってちょっと違う意味があるんだ」

「え? なにかあるっぽい?」

「プロポーズの一つだよ」

 もっとも、提督が知ってるとは思えないけどね。……まあ、多分提督なら笑顔でおみそ汁を待ちそうだけど。

「ふ、……え?」

「むぅ」

 頬を染めて動きを止める夕立と、頬を膨らませるひさめ、……そんな二人を見て和みたいけど、生憎と、僕だって提督の事は好きなんだ。夕立の想いの後押しをするつもりはない。

「え、……ええと、提督さんが、いいなら。

 夕立、も、……いい、…………わ」

「だーめっ、私がお嫁さんになるのー」

「夕立、ひさめ、提督は譲らないよ」

 起き上がる。そう、僕だって決して譲れない事があるんだ。

 くつくつ、と苦笑。

「なんていうか、うん、みんなが楽しそうで、よかったよ」

「もー、みずきもからかわないで欲しいっぽいっ!」

「乙女心をいじるなんて、さいてー」

 そっぽを向くひさめに時雨は苦笑して謝る。

 さて、

「それじゃあ、いただきます、だね」

 

 みんなが楽しそうでよかった、か。

 夕立の作ってくれた食事をとりながら、時雨の言葉を思い出す。

 きっと、避難場所の確認というよりは、それを見たかったのかな?

 ここにいる誰かが、せめて、平穏に暮らしている事を、確認したかったのかもしれない。

 

//.時雨

 

//.綾波

 

「はー、いいお部屋ですねー」

「ありがと、そう言ってくれると嬉しいよ」

 にこにこと笑顔の言仁さん。吹雪は恐縮しっぱなしです。

「あの、……その、本当にありがとうございます。

 いろいろ、面倒を見ていただいて」

「ううん、いいってそんなに気にしなくて」

 途中で買ったご飯を適当な机に置いて言仁さん。その姿を見て、一つ息を吸い「あの、言仁さん」

「ん?」

「えーと、こんな事聞くのも失礼、ですけど。

 綾波達とは今日初見ですよね。吹雪とも昨日会ったばかりのはずですし、それなのに、どうしてこんなにいろいろ面倒を見てくれるのですか?」

「あ、綾波ちゃん」

 ちょっと咎めるような吹雪。けど、これはちゃんと聞いておきたいです。

「なんでか、……うーん。…………やっぱり、僕も年寄りだからね。

 頑張ってる娘は応援したくなる。……かな。強いていえば」

 ……いえ、先生から聞いていますから、年寄り発言は、すっごく違和感ありますけど、受け入れますよ。

 ただ、そういうものですか。

「みんな頑張ってるみたいだからね。君たちに協力してあげたいんだ。

 けど、吹雪ちゃん誤解があるからね。だから、協力はしてあげない」

「その誤解ってなんですか?」

 少し、むっとした表情で吹雪。誤解、ですか?

「教えてあげない。尊治に聞けばいいよ。

 いつか教えてくれると思う」

「むぅ、意地悪です」

 ぷう、と膨れる吹雪。楽しそうに笑う言仁さん。

「それじゃあ、僕は帰るね。準備しないといけないから。

 明日は響が迎えに来るから、彼女と一緒に鎮守府に来て、時間は、…………午前中、には出来ると思う。ごめんね、この規模のは初めてだから、ちゃんとした時間は解らないの」

 申し訳なさそうにいう言仁さん。けど、仕方ないですね。

 綾波達には全然わからない事ですし。

「あのー、無理、しなくていいですよ」

 おずおずと声をかける吹雪に、言仁さんは笑顔で「大丈夫だよ。明日、またね、吹雪ちゃん、綾波」

「はい、また」「おやすみなさい」

 ぱたん、と音。……「吹雪、言仁さんに何かしました?」

「はいっ? ……え、な、何でですか?」

「なんで吹雪だけちゃん付け、なんですか?」

「さあ?」

 

「本音を言うと、安心しました」

「そうですね」

 安心、その意味。

 ここに来る途中、言仁さんに案内されていくつか、お店に寄ったりしました。手の中にあるおにぎりはその時に買いました。

 そして、この都を見て回りました。

 深海棲艦として異形の部分を抱えても、……そして、戦う事がなくてやるべき事を見失っても、

 それでも、ここにいる皆は笑っていました。

 …………辛そうにして、いませんでした。

 本当に、

「よかったですね」

「……え、はい」

「吹雪、一番悩んでましたからね」

 そう、一番悩んで、苦しんでいました。

 これでよかったのかって、他に、方法はなかったのか、って。

「そ、そんな事は、…………いえ、他によりよい方法があれば、それを選択する為に悩みますよ。

 けど、これが一番だって結論を出して、実行したら、もう、悩むわけにはいきません」

「嘘です」

 即答です。伊達に、付き合い長くありません。じと、とみていると、

「…………………………はあ」

 溜息、吹雪は苦笑。

「どうすれば、理想的な方法が見つかるのかな?」

 ぽつり、声。

「誰が犠牲になる事なく、誰もが平穏に暮らせる。

 皆が豊かに暮らせる。……どうすれば、そんな平穏が実現できるのかな」

「そんな事出来ない、と思いますけどね」

 理想論の夢物語。……綾波も、時雨も、雪風も、そう思ってます。

 吹雪は膝に顔を当て俯いて、

「うん、……だから、私達はこの道を選んだ。

 艦娘として、護らなくちゃいけない人が平穏に暮らせるなら、……そう思ってこの道を選択したよ」

「……言仁さんには、感謝しないとね」

 この状況を維持し続けるためには、この都は都合が悪い。……けど、

 けど、犠牲になった艦娘が、それでも、少しでも平穏に暮らせるなら、それは、よかったって思える。

「うん」

「これでいいか、これじゃあだめなのか。

 次の戦争で、決着をつけよう? ちょうど、綾波達のやり方を気に入らない、なんて理由で潰しに来るのが相手なんですから」

「ちょうどいい、のかな?」

 困ったような、苦笑交じりの吹雪。問いに、頷いた。

「気に入らない、なんて理由で壊されるなら、結局その程度のものだって事ですよ。

 だったら、きっともっと、理想論みたいな、いい方法がありますよ。けど、」

 吹雪は顔をあげました。その瞳には、強い想い。

「簡単には、壊させない。

 みんなで、たくさん悩んだ。たくさん、たくさん、考えた。……これでいいんだって、これが一番なんだって、……そう、決めた。

 これが、私達の祈りの形、簡単に壊されたら、……悔しいよね?」

「もちろんですっ!」

 

 だから、戦います。最後の、最後、……本当にこれでいいのか、その決着がつくまで、

 

//.綾波

 

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