深海の都の話   作:林屋まつり

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一話 ― 軍部

 

 歩を進める。歩く。その数は四つ。四人の艦娘。駆逐艦の少女達。

 知らない者が見たら遠征か、あるいは近海の哨戒、と判断するだろう。

 ……そして、彼女達を知るものが見たら、寒気を感じるだろう。

 四人。

 舞鶴鎮守府、旗艦、綾波。

 佐世保鎮守府、旗艦、時雨。

 呉鎮守府、旗艦、雪風。

 横須賀鎮守府、海軍総旗艦、吹雪。

 

 最強の艦娘たち。

 

「この面々で出撃って、ひょっとして初めてですね」

 雪風の言葉に時雨は苦笑「そりゃあそうだよ。僕達、所属が違うからね」

「ちょっと楽しみです」

 にこにこと笑う綾波に「不謹慎かもね」と、苦笑交じりの声。

 けど、

「実は、僕も少し楽しみなんだ。

 未知の敵と、命令されて戦うんじゃない。僕達が選んだ道を気に入らないから粉砕しに来る敵。そんな相手を真っ向から叩きつぶす。……これに高揚しないわけがないよ」

「死神雪風、降臨ですっ!」

「黒いマントとおっきな鎌ですか?」

「いえ、邪魔です」

 綾波の言葉に雪風はふるふると首を横に振る。

「みんな、遊びじゃないんですよ」

 そんな彼女達に吹雪は苦笑。もっとも誰もそんな事は考えていないだろうが。

 そして、目の前には横須賀鎮守府、出撃用のドック。

 そこに歩を進める。入る、……直前に、音。

 

『いいかな。……ええと、元帥。だけど』

 

「元帥?」

 吹雪は声を届けるスピーカーに視線を向ける。

 どこか不安そうな、困ったような声。

 元帥の声。

『戦争、はじまったね。……みんな、…………その、まあ、なんだ。

 偉そうに座っている事しかできない私が言うのもなんだが、……みんな、後悔しないように、精一杯やると決めた事を、やって欲しい。

 後の事は、気にしなくていいから』

 ぞく、とした。

「元帥、…………まさか、」

 小さく吹雪が呟く。同じ考えに至ったのか、雪風が肩を落とす。

「元帥ならやりそうですねえ」

「え?」

 きょとん、とする綾波。「簡単で、……大変な事だよ」

 時雨が呟く。思い出すのは、彼女の事。

「元帥は、大元帥にさえ話を通せる。

 いろいろなところに伝えたんだろうね。……自分は、元帥だと」

 

 横須賀鎮守府、大将室。

 その扉の前に一人の少女。壁に背を預け、俯く。

 俯き、瞳を髪で隠し、歯を食いしばる。

 手には、最初から持っていて、けど、使った事がなかった連装砲。建造され、すぐに捨てられた彼女には実戦の経験がない。

 捨てられて、拾われた。拾われて、その後はずっと彼の背中を蹴飛ばしていた。

 それが、……楽しかったから。

 だから、

 拳を握る。歯を噛みしめる。

 解っている。彼の言葉。

「…………ばか、……なんで、あんたが元帥なのよ。

 なんで、……なんでよ。なんで、なのよ」

 すべての責は自らが負う。すべての咎は自らが受ける。

 それが、元帥としての彼が選択した道。

 …………最悪の場合、……そう、《呪詛の御社》まで追求が行けば、A級戦犯となる可能性さえ、ある。

 それだけではない、彼は南朝に将として宣戦布告をした。そして、敵将はそれを受け入れた。

 つまり、敵が、……あの、強壮なる魔縁。深海棲艦の姫たちが目指すのは元帥である彼になる。

 けど、例え何が来ても、どんな罪を負う事になっても、絶対に、

「殺させるわけが、ない、でしょうが」

 恐怖と緊張に、連装砲を持つ手が震える。

 自分は一人の艦娘。戦犯の判決を覆せるわけがない。ましてや、魔縁や深海棲艦の姫たちに勝てるわけがない。

 だから、震える。怖い、けど。

「…………ふざけんじゃ、ない、わよ」

 けど、……もう、自分の手が届かないところで誰かが死ぬのは、いやだ。

 

「つまり、そういう事だね」

「ほんと、ですか」

 時雨の言葉に、綾波は呟く。

「事実、宣戦布告は元帥が真っ先に行いました。

 そして、尊治さんはその意味を理解して受け入れました。……あの人は、担ぎあげられただけだって解ってるのに、元帥として責任ばかり負おうとします。

 本当に、困った人です」

 吹雪の告げた言葉。その選択をした元帥。彼ならば、……進言したのだろう。

 すべての責は自らにある、と。例え大将であろうとも、元帥である彼の言葉を覆す事は出来ない。

 それがどんな結末につながるか、それが解らないとは思えない。けど、それでも、…………否、だからこそ、彼は自ら矢面に立つ事を選んだ。例え、それで、彼の背中を蹴飛ばしていた彼女がどう思おうとも、それを選んだ。

 だから、声、困ったように続けられる。

『それと、聞いてくれているかな。

 霧島君か、吹雪君、その、頼みたい事があるのだが、』

「…………聞いていますよ。元帥。けど、」

 その希望には、応えたくありませんが。と、吹雪は口に出さない。

 けど、……続く言葉はない。しばしの沈黙。雪風も、時雨も、綾波も、口と閉ざして言葉を待つ。

『……………………いや、すまない。なんでもないよ。

 みんな、私はここにいる。役立たずで、座っている事しかできない、まあ、その、……なんだ。戦う事も、指揮をする事も出来ないような役立たずの私がいても仕方ない、が。

 けど、私は最後までここにいる。終わるまで見届ける。だから、みんな、……後悔なく、自らが成すと決めた事のために、進んで欲しい』

 一息。

 吹雪、雪風、時雨、綾波は敬礼する。

「「「「拝命しましたっ! これより、抜錨しますっ!」」」」

 

 霧島は鎮守府に向けた主砲を下ろした。

「……少し、安心しました」

「本気だったのか」

 平将門、彼の言葉に霧島は頷く。

 もし、あそこで満潮をよろしくなどと言ったら、情け容赦なく砲撃するつもりだったが。

 振り返る。

 そこにいるのは陸軍の精鋭。《呪詛の御社》、そして、元帥のいる鎮守府を陸路から守る軍人たち。

「さて、総員に告ぐ。

 これより攻めてくるのは後醍醐帝、そして、彼の部下である魔縁、……かつての英雄たち。

 あるいは、艦娘や深海棲艦もいるかもしれない」

 そこにいる者たち、その表情には緊張がある。

 当たり前だ。その誰もが一騎当千の実力者たち。ただの人である彼らでは歯が立たない。

 けど、……それでも、

「戦うと決めたなら、死力を尽くせ。

 貴官らが護りたいと思ったもののために、その命を捧げよ」

 その言葉に、軍人たちは敬礼を返しそれぞれの持ち場へ。霧島も、己の持ち場に向かう。

「さて、なにが来るやら」

 持ち場、……吾妻島との海峡。《呪詛の御社》、最後の防衛線。

「可能なら、こんなものじゃなくて元帥の護衛がよかったのですが」

 どうせなら、誰か、を護りたい。……その言葉に同道する将門は苦笑。

「同感だ、……が。

 これが元帥からの命令だ。あの男、指揮ができないとか言っていた分際で命令だけはする。それも、ふざけた適切さで、だ」

「…………困ったものです」

 確かに、元帥と《呪詛の御社》を比較すれば、現在の平穏の要であり、再現できる者などわずか少数しかいないであろう《呪詛の御社》の方が、役に立たない元帥より遥かに重要だ。

 けど、それを理解していても、霧島は己の感情を捨てきれない。頭脳派を自称していながら割り切れない。

 嫌ではありませんが、と。そんな自分に内心で苦笑。

「はじまったようだな」

「そうですね」

 吾妻島を覆う五行の封印。その中央。暗い、輝き。

「呪詛、……高出力ですか」

 《呪詛の御社》が呪詛を海に流している。おそらく、防衛のための深海棲艦を構築しているのだろう。

「これを頼りに平穏が実現。……割り切らなければいけない、のですがね」

 禍々しい、と。そう思ってしまった霧島は小さく呟く。

「それを気に入らない者たちが来るのだろう。

 なら、敗北したらそれまでだ。とはいえ、それでも護らなければいけない事もある。霧島少佐」

「わかっています。

 感情で手を抜くつもりはありません」

 霧島は着水する。踏みしめるように海上を歩き、辺りを見渡す。

 いつもは何もない海上。けど、今は様々なものがある。

 機雷、そして、《戈》。

 すべて、霧島が自己の考えに基づいて配置した。己の頭脳を駆使して、最適な迎撃の準備をした。

 海上に来るとしたらおそらくは、艦娘か深海棲艦か。だが。

「さて、どう出るかしら?」

 なにが来ようと、ここを通すつもりはない。

 

「はじまりましたか」

 先行した赤城は海上に立ち、呟く。

 呪詛の輝き。構築される深海棲艦。

 吾妻島付近には戦艦型の、重装甲の深海棲艦、そして、空母型の深海棲艦。

 空を見上げれば深海棲艦が解き放った数多の艦載機が舞う。多くのものは弾丸や燃料、あるいは装備をくくりつけている。

 

 共闘、とは思っていない。

 あくまでも、これらは壁であり、道具でしかない。

 だから、

 

「……私の敵となるのなら、せめて、この程度で潰れないでくださいね」

 呟き、……不意に、矢を手に取り、弓を握る。

「偵察、開始」

 感情を押し殺した声。告げて矢を放つ。……寸前に、止まる。

 偵察をする必要はない。見える。遥か遠く。けど、それでも見える。

 莫大量の艦載機。黒を基調とする空母型の深海棲艦が放った艦載機ではない。その基調は、白。

 見覚えがある。

「来ましたか」

 連携など気にせず、ただ、数だけで押し潰す黒とは違う。整然と整列し飛来する白の艦載機。

 もちろん、艦娘の放つ艦載機ではない。あれは、

「空母の、鬼と姫、水鬼もいますか」

 つまり、

「はじまりましたね」

 雲霞のごとく空を舞う黒と、整然と、一つ一つ丁寧に撃墜する白。……制空権では、今のところ五分五分。

「…………加賀さん。私はここにいますよ。……私と戦うのなら、ここに来てください。ここまで、来てください。

 貴女を叩きつぶして、私は、私が本当にそばにいたいと思う人と、胸を張って並び立ちます。

 彼女にふさわしいと、その確信を得るための礎となり、……消えてください。過去の僚艦」

 弓を構える。矢を番える。

 

「攻撃機、発艦。

 あの有象無象を踏み砕いて、私の敵を引きずり出してください」

 

 矢を、放った。

 

 赤城の放った艦載機は高速で飛翔する。指輪持ち、その名に違わぬ高速で、精密な動き。

 空母型の深海棲艦が放つ艦載機など、その前では愚鈍に過ぎる。……けど、意味はある。

 整然と迫る白の艦載機。その一点を穿つ。応じる艦載機からの銃撃は、当たらない。当たるつもりはない。

 艦載機の妖精、《がらくた》の神使は己が主の意思を正確にくみ取り、精密に動く。穿つ穿つ穿つ。銃撃を繰り返す。大波に穴を開ける。

 それは、空母の姫たちがばらまく莫大量の艦載機にしてみれば極、一点でしかない。

 けど、その、わずかな乱れに黒が雪崩れ込む。深海棲艦は呪詛の集積物。それは害意の塊。ならばこそ、わずかな綻びがあれば躊躇なく雪崩れ込む。

 それだけでいい。赤城の放った艦載機はその成果を見届けて散会する。旋回して赤城のもとへ。それを甲板で受け止め、即座に矢筒に叩き込み。

「次、攻撃機、発艦」

 再度、矢を放つ。穿つのは一点だけでいい。津波のように迫る艦載機。整然と並ぶそれ、その、極一部を穿つ。

 そのわずかな綻びに群がる黒の艦載機。

 その戦果を見送り、艦載機は甲板に戻る。繰り返す。細かな発艦と着艦。連続して繰り返し、少しずつ、確実に、白の濁流を押し広げる。

 甲板に艦載機が着艦。その矢を取り矢筒に叩き込み、返す手で矢を引き抜く。

「次、攻撃機、発艦」

 けど、

 

 その挑戦、受けて立ちます。

 

 そんな、声を聞いた気がした。

 

「赤城さんっ!」

「吹雪さん」

「経過はどうですか?」

 吹雪、雪風の二人が駆け寄ってくる。

「時雨さんと、綾波さんは?」

「二人は別の場所で待機しています。

 流石に、四人集まると突破されたら面倒ですから」

 苦笑する吹雪、雪風は溜息をついて「最後の砦がなんでこんな前線まで来るんですかー、ですけどね」

「うぐ、……す、すぐに戻りますっ」

 じとーっとした視線を向けられ、吹雪はばつが悪そうにそっぽを向く。

 じとーっとした視線。……けど、不意に、にやー、と笑い。

「赤城さんが心配だったんですねー

 いーですねー」

「え?」「ゆ、雪風ちゃんっ!」

 心配された事、嬉しそうに表情を綻ばせる赤城と、顔を赤くして手を振る吹雪。

 その二人を見て雪風はけらけらと笑って「では、雪風は中堅へ参ります。あとは若いお二人で良しなにっ!」

「って、さらに前に出るんですか?」

「赤城さんが制空権をとってるところまでです。

 雑魚が深海棲艦をすり抜けられるとは思いませんけど、向こうも相当な強者がいるかもしれませんしね。……まあ、相対したい人もいるかもしれませんが」

 視線を向ける。吹雪は頷く。

 いぶき、……戦艦の姫。

 彼女は《呪詛の御社》を砕くために来るだろうが。吹雪と相対するのも、目的の一つだろう。

「そうですね。先輩とは私が相対する事になると思います」

「深海棲艦、どかしますか?」

 一応、出来る。深海棲艦も《がらくた》が構築した存在だ。《呪詛の御社》を通してなら、艦娘たちに助力する妖精、《がらくた》の神使には、一応、従う。

 けど、

「必要ありません。

 あの程度で沈むのなら、それまでです」

 その程度なら、相対する必要はない。吹雪はそう言い捨てる。雪風は頷く。

「では、ご武運を。

 《呪詛の御社》が破壊されたら深海の都で、破壊されなかったら横須賀鎮守府で、ぱーっと騒ぎましょうっ!」

「どっちにせよ騒ぐんですね」

 ぽつりと呟いた赤城に笑い声を残して雪風は前へ。そして、

「えーと、赤城さん」

「あ、はいっ」

 声、その先、吹雪は少し照れたような笑みを見せて、

「後悔しないように、頑張ってください。

 あの、……私、赤城さんにいてくれると、嬉しいです。だから、これが終わったら、いっぱい一緒にお話しましょう」

「え、…………え、ええ、と、」

 尊敬する彼女から向けられた言葉と笑顔。それを見て、顔が熱くなるのを感じる。

 なにか言おうとして、……けど、言葉に出来なくて、………………ただ、

「ふ、吹雪さんも、……あの、私も、お話、したいので、頑張って、ください」

 とつとつと零れた言葉。それを聞いて吹雪は頷いて下がって行く。

 ほう、とそれを見届けて、一息。そして、誰かの声を聞く。

 

 祭りの始まり、それを告げる。声。

『さあっ! はじめましょうかっ!』

 

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