歩を進める。歩く。その数は四つ。四人の艦娘。駆逐艦の少女達。
知らない者が見たら遠征か、あるいは近海の哨戒、と判断するだろう。
……そして、彼女達を知るものが見たら、寒気を感じるだろう。
四人。
舞鶴鎮守府、旗艦、綾波。
佐世保鎮守府、旗艦、時雨。
呉鎮守府、旗艦、雪風。
横須賀鎮守府、海軍総旗艦、吹雪。
最強の艦娘たち。
「この面々で出撃って、ひょっとして初めてですね」
雪風の言葉に時雨は苦笑「そりゃあそうだよ。僕達、所属が違うからね」
「ちょっと楽しみです」
にこにこと笑う綾波に「不謹慎かもね」と、苦笑交じりの声。
けど、
「実は、僕も少し楽しみなんだ。
未知の敵と、命令されて戦うんじゃない。僕達が選んだ道を気に入らないから粉砕しに来る敵。そんな相手を真っ向から叩きつぶす。……これに高揚しないわけがないよ」
「死神雪風、降臨ですっ!」
「黒いマントとおっきな鎌ですか?」
「いえ、邪魔です」
綾波の言葉に雪風はふるふると首を横に振る。
「みんな、遊びじゃないんですよ」
そんな彼女達に吹雪は苦笑。もっとも誰もそんな事は考えていないだろうが。
そして、目の前には横須賀鎮守府、出撃用のドック。
そこに歩を進める。入る、……直前に、音。
『いいかな。……ええと、元帥。だけど』
「元帥?」
吹雪は声を届けるスピーカーに視線を向ける。
どこか不安そうな、困ったような声。
元帥の声。
『戦争、はじまったね。……みんな、…………その、まあ、なんだ。
偉そうに座っている事しかできない私が言うのもなんだが、……みんな、後悔しないように、精一杯やると決めた事を、やって欲しい。
後の事は、気にしなくていいから』
ぞく、とした。
「元帥、…………まさか、」
小さく吹雪が呟く。同じ考えに至ったのか、雪風が肩を落とす。
「元帥ならやりそうですねえ」
「え?」
きょとん、とする綾波。「簡単で、……大変な事だよ」
時雨が呟く。思い出すのは、彼女の事。
「元帥は、大元帥にさえ話を通せる。
いろいろなところに伝えたんだろうね。……自分は、元帥だと」
横須賀鎮守府、大将室。
その扉の前に一人の少女。壁に背を預け、俯く。
俯き、瞳を髪で隠し、歯を食いしばる。
手には、最初から持っていて、けど、使った事がなかった連装砲。建造され、すぐに捨てられた彼女には実戦の経験がない。
捨てられて、拾われた。拾われて、その後はずっと彼の背中を蹴飛ばしていた。
それが、……楽しかったから。
だから、
拳を握る。歯を噛みしめる。
解っている。彼の言葉。
「…………ばか、……なんで、あんたが元帥なのよ。
なんで、……なんでよ。なんで、なのよ」
すべての責は自らが負う。すべての咎は自らが受ける。
それが、元帥としての彼が選択した道。
…………最悪の場合、……そう、《呪詛の御社》まで追求が行けば、A級戦犯となる可能性さえ、ある。
それだけではない、彼は南朝に将として宣戦布告をした。そして、敵将はそれを受け入れた。
つまり、敵が、……あの、強壮なる魔縁。深海棲艦の姫たちが目指すのは元帥である彼になる。
けど、例え何が来ても、どんな罪を負う事になっても、絶対に、
「殺させるわけが、ない、でしょうが」
恐怖と緊張に、連装砲を持つ手が震える。
自分は一人の艦娘。戦犯の判決を覆せるわけがない。ましてや、魔縁や深海棲艦の姫たちに勝てるわけがない。
だから、震える。怖い、けど。
「…………ふざけんじゃ、ない、わよ」
けど、……もう、自分の手が届かないところで誰かが死ぬのは、いやだ。
「つまり、そういう事だね」
「ほんと、ですか」
時雨の言葉に、綾波は呟く。
「事実、宣戦布告は元帥が真っ先に行いました。
そして、尊治さんはその意味を理解して受け入れました。……あの人は、担ぎあげられただけだって解ってるのに、元帥として責任ばかり負おうとします。
本当に、困った人です」
吹雪の告げた言葉。その選択をした元帥。彼ならば、……進言したのだろう。
すべての責は自らにある、と。例え大将であろうとも、元帥である彼の言葉を覆す事は出来ない。
それがどんな結末につながるか、それが解らないとは思えない。けど、それでも、…………否、だからこそ、彼は自ら矢面に立つ事を選んだ。例え、それで、彼の背中を蹴飛ばしていた彼女がどう思おうとも、それを選んだ。
だから、声、困ったように続けられる。
『それと、聞いてくれているかな。
霧島君か、吹雪君、その、頼みたい事があるのだが、』
「…………聞いていますよ。元帥。けど、」
その希望には、応えたくありませんが。と、吹雪は口に出さない。
けど、……続く言葉はない。しばしの沈黙。雪風も、時雨も、綾波も、口と閉ざして言葉を待つ。
『……………………いや、すまない。なんでもないよ。
みんな、私はここにいる。役立たずで、座っている事しかできない、まあ、その、……なんだ。戦う事も、指揮をする事も出来ないような役立たずの私がいても仕方ない、が。
けど、私は最後までここにいる。終わるまで見届ける。だから、みんな、……後悔なく、自らが成すと決めた事のために、進んで欲しい』
一息。
吹雪、雪風、時雨、綾波は敬礼する。
「「「「拝命しましたっ! これより、抜錨しますっ!」」」」
霧島は鎮守府に向けた主砲を下ろした。
「……少し、安心しました」
「本気だったのか」
平将門、彼の言葉に霧島は頷く。
もし、あそこで満潮をよろしくなどと言ったら、情け容赦なく砲撃するつもりだったが。
振り返る。
そこにいるのは陸軍の精鋭。《呪詛の御社》、そして、元帥のいる鎮守府を陸路から守る軍人たち。
「さて、総員に告ぐ。
これより攻めてくるのは後醍醐帝、そして、彼の部下である魔縁、……かつての英雄たち。
あるいは、艦娘や深海棲艦もいるかもしれない」
そこにいる者たち、その表情には緊張がある。
当たり前だ。その誰もが一騎当千の実力者たち。ただの人である彼らでは歯が立たない。
けど、……それでも、
「戦うと決めたなら、死力を尽くせ。
貴官らが護りたいと思ったもののために、その命を捧げよ」
その言葉に、軍人たちは敬礼を返しそれぞれの持ち場へ。霧島も、己の持ち場に向かう。
「さて、なにが来るやら」
持ち場、……吾妻島との海峡。《呪詛の御社》、最後の防衛線。
「可能なら、こんなものじゃなくて元帥の護衛がよかったのですが」
どうせなら、誰か、を護りたい。……その言葉に同道する将門は苦笑。
「同感だ、……が。
これが元帥からの命令だ。あの男、指揮ができないとか言っていた分際で命令だけはする。それも、ふざけた適切さで、だ」
「…………困ったものです」
確かに、元帥と《呪詛の御社》を比較すれば、現在の平穏の要であり、再現できる者などわずか少数しかいないであろう《呪詛の御社》の方が、役に立たない元帥より遥かに重要だ。
けど、それを理解していても、霧島は己の感情を捨てきれない。頭脳派を自称していながら割り切れない。
嫌ではありませんが、と。そんな自分に内心で苦笑。
「はじまったようだな」
「そうですね」
吾妻島を覆う五行の封印。その中央。暗い、輝き。
「呪詛、……高出力ですか」
《呪詛の御社》が呪詛を海に流している。おそらく、防衛のための深海棲艦を構築しているのだろう。
「これを頼りに平穏が実現。……割り切らなければいけない、のですがね」
禍々しい、と。そう思ってしまった霧島は小さく呟く。
「それを気に入らない者たちが来るのだろう。
なら、敗北したらそれまでだ。とはいえ、それでも護らなければいけない事もある。霧島少佐」
「わかっています。
感情で手を抜くつもりはありません」
霧島は着水する。踏みしめるように海上を歩き、辺りを見渡す。
いつもは何もない海上。けど、今は様々なものがある。
機雷、そして、《戈》。
すべて、霧島が自己の考えに基づいて配置した。己の頭脳を駆使して、最適な迎撃の準備をした。
海上に来るとしたらおそらくは、艦娘か深海棲艦か。だが。
「さて、どう出るかしら?」
なにが来ようと、ここを通すつもりはない。
「はじまりましたか」
先行した赤城は海上に立ち、呟く。
呪詛の輝き。構築される深海棲艦。
吾妻島付近には戦艦型の、重装甲の深海棲艦、そして、空母型の深海棲艦。
空を見上げれば深海棲艦が解き放った数多の艦載機が舞う。多くのものは弾丸や燃料、あるいは装備をくくりつけている。
共闘、とは思っていない。
あくまでも、これらは壁であり、道具でしかない。
だから、
「……私の敵となるのなら、せめて、この程度で潰れないでくださいね」
呟き、……不意に、矢を手に取り、弓を握る。
「偵察、開始」
感情を押し殺した声。告げて矢を放つ。……寸前に、止まる。
偵察をする必要はない。見える。遥か遠く。けど、それでも見える。
莫大量の艦載機。黒を基調とする空母型の深海棲艦が放った艦載機ではない。その基調は、白。
見覚えがある。
「来ましたか」
連携など気にせず、ただ、数だけで押し潰す黒とは違う。整然と整列し飛来する白の艦載機。
もちろん、艦娘の放つ艦載機ではない。あれは、
「空母の、鬼と姫、水鬼もいますか」
つまり、
「はじまりましたね」
雲霞のごとく空を舞う黒と、整然と、一つ一つ丁寧に撃墜する白。……制空権では、今のところ五分五分。
「…………加賀さん。私はここにいますよ。……私と戦うのなら、ここに来てください。ここまで、来てください。
貴女を叩きつぶして、私は、私が本当にそばにいたいと思う人と、胸を張って並び立ちます。
彼女にふさわしいと、その確信を得るための礎となり、……消えてください。過去の僚艦」
弓を構える。矢を番える。
「攻撃機、発艦。
あの有象無象を踏み砕いて、私の敵を引きずり出してください」
矢を、放った。
赤城の放った艦載機は高速で飛翔する。指輪持ち、その名に違わぬ高速で、精密な動き。
空母型の深海棲艦が放つ艦載機など、その前では愚鈍に過ぎる。……けど、意味はある。
整然と迫る白の艦載機。その一点を穿つ。応じる艦載機からの銃撃は、当たらない。当たるつもりはない。
艦載機の妖精、《がらくた》の神使は己が主の意思を正確にくみ取り、精密に動く。穿つ穿つ穿つ。銃撃を繰り返す。大波に穴を開ける。
それは、空母の姫たちがばらまく莫大量の艦載機にしてみれば極、一点でしかない。
けど、その、わずかな乱れに黒が雪崩れ込む。深海棲艦は呪詛の集積物。それは害意の塊。ならばこそ、わずかな綻びがあれば躊躇なく雪崩れ込む。
それだけでいい。赤城の放った艦載機はその成果を見届けて散会する。旋回して赤城のもとへ。それを甲板で受け止め、即座に矢筒に叩き込み。
「次、攻撃機、発艦」
再度、矢を放つ。穿つのは一点だけでいい。津波のように迫る艦載機。整然と並ぶそれ、その、極一部を穿つ。
そのわずかな綻びに群がる黒の艦載機。
その戦果を見送り、艦載機は甲板に戻る。繰り返す。細かな発艦と着艦。連続して繰り返し、少しずつ、確実に、白の濁流を押し広げる。
甲板に艦載機が着艦。その矢を取り矢筒に叩き込み、返す手で矢を引き抜く。
「次、攻撃機、発艦」
けど、
その挑戦、受けて立ちます。
そんな、声を聞いた気がした。
「赤城さんっ!」
「吹雪さん」
「経過はどうですか?」
吹雪、雪風の二人が駆け寄ってくる。
「時雨さんと、綾波さんは?」
「二人は別の場所で待機しています。
流石に、四人集まると突破されたら面倒ですから」
苦笑する吹雪、雪風は溜息をついて「最後の砦がなんでこんな前線まで来るんですかー、ですけどね」
「うぐ、……す、すぐに戻りますっ」
じとーっとした視線を向けられ、吹雪はばつが悪そうにそっぽを向く。
じとーっとした視線。……けど、不意に、にやー、と笑い。
「赤城さんが心配だったんですねー
いーですねー」
「え?」「ゆ、雪風ちゃんっ!」
心配された事、嬉しそうに表情を綻ばせる赤城と、顔を赤くして手を振る吹雪。
その二人を見て雪風はけらけらと笑って「では、雪風は中堅へ参ります。あとは若いお二人で良しなにっ!」
「って、さらに前に出るんですか?」
「赤城さんが制空権をとってるところまでです。
雑魚が深海棲艦をすり抜けられるとは思いませんけど、向こうも相当な強者がいるかもしれませんしね。……まあ、相対したい人もいるかもしれませんが」
視線を向ける。吹雪は頷く。
いぶき、……戦艦の姫。
彼女は《呪詛の御社》を砕くために来るだろうが。吹雪と相対するのも、目的の一つだろう。
「そうですね。先輩とは私が相対する事になると思います」
「深海棲艦、どかしますか?」
一応、出来る。深海棲艦も《がらくた》が構築した存在だ。《呪詛の御社》を通してなら、艦娘たちに助力する妖精、《がらくた》の神使には、一応、従う。
けど、
「必要ありません。
あの程度で沈むのなら、それまでです」
その程度なら、相対する必要はない。吹雪はそう言い捨てる。雪風は頷く。
「では、ご武運を。
《呪詛の御社》が破壊されたら深海の都で、破壊されなかったら横須賀鎮守府で、ぱーっと騒ぎましょうっ!」
「どっちにせよ騒ぐんですね」
ぽつりと呟いた赤城に笑い声を残して雪風は前へ。そして、
「えーと、赤城さん」
「あ、はいっ」
声、その先、吹雪は少し照れたような笑みを見せて、
「後悔しないように、頑張ってください。
あの、……私、赤城さんにいてくれると、嬉しいです。だから、これが終わったら、いっぱい一緒にお話しましょう」
「え、…………え、ええ、と、」
尊敬する彼女から向けられた言葉と笑顔。それを見て、顔が熱くなるのを感じる。
なにか言おうとして、……けど、言葉に出来なくて、………………ただ、
「ふ、吹雪さんも、……あの、私も、お話、したいので、頑張って、ください」
とつとつと零れた言葉。それを聞いて吹雪は頷いて下がって行く。
ほう、とそれを見届けて、一息。そして、誰かの声を聞く。
祭りの始まり、それを告げる。声。
『さあっ! はじめましょうかっ!』