深海の都の話   作:林屋まつり

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 凡人の矜持の話。
 強者じゃない、英雄じゃない、そんな彼らの戦い。


六話

 

 陸軍の軍人たち、これから、戦いに臨む彼ら。

 装備の手入れは怠らない。何せ、これから戦う相手は自分達より遥かに格上の存在だ。

 魔縁、こちらに来る男の映像は見た。おそらくは、楠木正成。

 南北朝の英雄。一つの時代を動かし、確かにその名を歴史に刻んだ、真正の英雄。

 自分たちとは違う。自分たちはただ一人の軍人。時代を動かすような事も出来ない。その名を、歴史に刻む事もないだろう。

 命をかけた戦いに臨んだ事もない。経験も、実力も、あらゆる意味で、格が違いすぎる。

 けど、………………ただ一つ。

 

「大丈夫かな、俺達」

 銃の整備をしながら、ぽつり、声。

「なんだよ? 怖いのか?」

 からかうような声。けど、硬さがある。

 反射的に口から零れる反論を飲み込む。

「…………当たり前、だろ」

 当たり前だ。自分達の役割は戦う事じゃない。民の平穏を護る事。重ねてきた訓練はすべてそのため、陸軍としての働きもすべてそのためだった。

 だから、本格的な戦闘、殺し合いの経験はない。

 対して、相手は殺し合いでその実力を高め経験を積み、歴史に名を刻んだ英雄だ。人として持つ感覚では、深海棲艦以上の化け物とさえ思える。

 だから、怖いのは当たり前だ。殺し殺されるのが日常の時代を駆け抜けた英雄であり化け物と戦う事に恐怖心を持たない者はいない。いるとすれば、それは同格のもの、すでに、人ととしての感覚を失っているものだろう。

 だから、怖いのは当たり前だ。頷く。

「怖ければ退け。誰もそれは咎めん」

 壮年の男。先輩格の一人が告げる。そう、誰も咎めない。職務放棄は罪かもしれないが、そもそも自分たちは戦うためにいるのではない、護るためにいるのだ。これは職責とはかけ離れている。

 けど、

「いや、逃げられんっしょ」

「大将も元帥も許可はしている。

 まあ、流石にここを出たらそうは言えないが」

 確かにな、と頷く。逃げるなら逃げてもいい。まだ、その選択肢は残されている。

 けど、外に出たらそうは言ってられない。

 だから、ここが最後だ。…………苦笑。

「まーな、確かに、元帥は逃げなさい、とか言ってたな。

 君達には他にやる事があるってな。けど、俺、元帥の事気に入らねぇから従わねぇの」

「は?」

 気に入らない、と。言い捨てた男に向けられる視線。それを受けて彼は、にや、と笑う。

「当たり前だろ? 満潮ちゃん、あんな可愛い女の子に世話焼かれてんだぜ?

 それってどーよ? 滅茶苦茶羨ましいんだけど」

「……よく蹴飛ばされてたよな?」

「それがいいんだろっ!」

 胡散臭そうな視線に、声。何人かが真顔で頷く。そして、一人が崩れ落ちた。

「ごめん、……俺、時雨ちゃん派なんだ。

 あの、一人称が僕って、結構ツボだった」

「よし、お前らこいつを後でリンチな」

「雪風ちゃんが一番可愛いだろうがっ!」

「綾波ちゃんにお茶を淹れてもらえるなら、俺、一カ月茶だけで生活できる」

「そのまま飢えて死ね」

「…………というか、お前ら何言い争ってるんだ」

 際限なく熱くなる若手を胡散臭そうに見る。と、

『つまらん事言ってないで準備しろ』

『というか、全員、後で殴ります』

「「「「「霧島様が一番ですっ!」」」」」

『後で給料没収』

『そのお金でカラオケルームを作ります』

「満潮ちゃんが歌うラブソング聞けるなら三カ月我慢します」

 真顔の返事。霧島が絶句し大将が呆れたような溜息。それを聞いて、彼らは一斉に立ち上がる。

「ぃよしっ! んじゃ、行くかっ!

 女の子が覚悟決めて戦ってんだっ! 俺達が退かねぇ理由は、それで十分だろうがっ!」

「「「「「おうっ!」」」」

 そして、飛び出した。

 

「はは、いいな。覚悟決めたってか」

 眼前に立つ男、正成。

 右手には長大な、肉厚の刀。そして、左手は青白い炎に包まれている。

 その炎が何なのか、非現実的な光景だが相手は魔縁。その程度の常識外、受け入れて警戒する。

「決める覚悟などない。

 俺は陸軍の軍人だ。この国の平穏のために命をかける。当然の事だ」

 告げて、棒を構える。一メートル程度の、鋼鉄製の棒。

「なんだ、その腰に下げた御大層な銃はつかわねぇのか? てか、棒とかなめてんのか?」

 応じる必要は、ない。

 前に出る。不意を突いたつもりだが不意打ちにもならない。正成は笑って刀を握る。

「そらよ、と」

 振り抜く。長大な刀は抵抗も感じさせず木々を伐採し、真っ直ぐに迫る。

 首を落とす。対して、棒を振り上げる。

 ぎんっ、と音。

「はあっ!」

 刀を弾きあげて棒を振り下ろす。ぎんっ、と音。

 振り下ろした棒は同じように振り下ろされた刀に止められる。その向こうに、笑みがある。

「思ったより筋いいんだな」

「英雄にそう言ってもらえるとは、光栄の極みだっ!」

「ああそうかいっ!」

 筋はいい、十分に訓練を重ねているのだろう。しっかりと基礎は出来ている。

 けど、

「それじゃあ、たりねぇよっ!」

 不意に、正成は腰を落とす。同時に、蹴り。

「ぐっ?」

 鋭い一撃。正成は眉根を寄せる。

 吹き飛ばされた。否、そんなはずはない。そんなつもりはなかった。つまり、

 刀を振るう。ぎんっ! と、音。

「撃てーっ!」

 不意打ちが外れた事で、吹き飛ばされた男は声をあげる。

「はは」

 茂みから、木陰から、銃を向けた男たちが顔を出す。同時に、銃撃。

 全方位からの銃撃。対して、正成は笑う。左手の炎が、燃え上がる。

「行け」

 手を振る。零れるのは火の粉。それが、駆け巡る。正成を護るように周囲を飛び回り、銃弾を焼き払う。

「そう来たかっ!」

 吹き飛ばされて着地。同時に銃撃。

 が、案の定。正成は回避。銃を構える姿を見れば、どこを銃弾が通るかは見当がつく。

 追撃、林の中とは思えない速度で正成は疾走。刀を構える。振り抜く。

 弾かれた。

「へえ」

 弾いたのは横から飛び出した別の男。棒で刀を打撃して弾く。最初に相手にした男はその隙に茂みに飛び込む。

「おおっ」

 弾き、さらに棒を振るう。が、正成は軽く笑みを浮かべて棒を刀の柄で弾き、

「一つっ!」

 斬っ、と音。棒を弾いて、そのまま振り上げた刃が男の体を斬り裂く。

 けど、

「……でもねえかっ、浅いなっ!」

 正成は獰猛な笑み。そう、浅い。反射的に後ろに跳んで回避したか。

 はっ、と彼は笑う。

「簡単には死ねっかよっ!」

 致命傷ではない。けど、確かに真っ直ぐ切り裂かれている。当然痛みはあるだろう。それでも、彼は笑う。

 笑いながら銃を向ける。けど、「おせぇんだよっ!」

 腕を振るう。零れた炎が真っ直ぐに、銃弾のように男に放たれる。直撃、直前。

「はっ!」

 上から降りてきた別の男がそれを防ぐ。手には巨大な楯。駆逐艦級ならば、深海棲艦の砲撃にも耐えられる楯だ。正成の攻撃を防ぐ。

「くらえーっ!」「くらうかよっ!

 銃撃を、正成は回避。舌打ち。

「やっぱ単発じゃきかねぇかっ!」

「点じゃ無理だろっ! おらおら、さっさと逃げろっ!」

 楯を持った男は楯を正成に向けて蹴飛ばしながら告げる。「わーったよっ」と声。

「お? おおっ?」

 楯が飛んできた。その後ろを見て正成は声。楯の後ろには、ご丁寧に爆弾。

「な、めんなぁあっ!」

 前へ、同時に刀を振り上げる。

 がぎんっ! と、音。楯は弾き飛ばされて空で爆発。

「おーおー、気合入ってんなあ」

 まさかそんな事するとは思わなかった。感心する正成の足元に、ばらばらと。

「二度ネタはきかねぇよ、っと」

 手を振る、零れた炎が足元に転がった手榴弾を焼く。爆発。

 爆風は炎に遮られて届かない。やっぱりな、と。

「あれもただの炎ってわけじゃねぇか」

「そんなもんだろっ!」

 次、二人。青白い炎が消えたのを見計らって、後ろから。

「お、っとっ!」

 が、正成は想定通り。正面から馬鹿正直に来るとは思っていない。

 一閃、二人は棒を握る手に力を込め、刀が当たる場所近くを両手で持って、全力で防御。

 表情が歪む、重い。二人がかりでなんとか止めた。そして、それで十分。

「でりゃっぁああっ!」

 茂みから別の一人が飛び出す。棒を握り、振り上げ、振り下ろす。

「よ、っとっ!」

 正成は笑って飛び出した男を蹴り付ける。けど、それは見越していた。この程度の不意打ちが通用するような男じゃない。

 だから、振り下ろした棒を構え直して防御。そのまま足を抱え込むようにして、

「撃てーっ!」

 動きを止めた。だから告げる。

「お、っとおっ?」

 正成は刀を握る手に力を込める。腕の力だけで、二人を弾き飛ばす。そして、軸足で地面を蹴りあげて跳躍。適当な枝をつかみ、足を抱えた男を蹴飛ばす。

 直後に足元を通過する銃弾。弾き飛ばされた二人は倒れて、蹴飛ばされた男は離れてそれぞれの眼前を銃弾が通過するのを見届ける。

 だけではない、三人とも、すでに銃を抜いている。枝に着地した正成めがけて、銃撃。

「おせぇんだよっ」

 すでに正成は別の木の枝に着地している。ご丁寧に足場にしていた枝は切り落とし、落下。三人は散開して回避。

 たんっ、と音。銃弾が通過する。足場にしていた枝が撃ち落とされる。

「っと、」

 そして、着地。近くにいた一人が棒を突き入れる。打撃の音。柄で棒を受け止める。

「よくぞまあ、ちょろちょろわいて出てくるな」

 嘲るような言葉に、相対する男は笑う。

「ああ、そうだろうさ。

 こそこそ卑怯だってのは解ってる。けどよ。だせぇ事に、こうでもしなくちゃ戦えねぇんだよっ! 俺達みたいな英雄には到底届かない凡人はなぁっ!」

 ぎんっ、と音。棒を弾き、けど、吼えた男はさらに棒を振るう。

 剣術、と言うよりは棒を叩きつけるような打撃。型を無視して、持ち方を変えて、ただ、回転速度だけを重視した連打。

 当然、正成には軽くあしらわれる、が。

 かまわねぇ。一秒でも時間を稼げば皆は体勢を整えられる。二秒稼げば攻撃してくれるかもしれない。三秒しのげば仕留められるかもしれない。

 笑う。ろくに戦う事もない、ただの民間人に毛が生えたような男が歴史に名を刻んだ英雄に時間を稼いだ。とりあえず、失笑覚悟で誇ってみようか。

「らぁあっ!」

 全力の振り下ろし、正成は一歩下がって棒を回避。「いい覚悟だなっ!」

 死ね、と。刀を振り抜く。当然、殺すつもりの一振り。けど、彼は不自然に後ろに飛ばされる。

「助かったっ!」「逃がすかよっ!」

 吹き飛ばされた男の背にはワイヤー、おもしれぇなあ、と、正成は笑って腕を振るう。直前に後ろに跳ぶ。

 一瞬前にいた場所を銃弾が通過。

 正成はさらに後ろへ、追撃するように銃弾の雨が枝を切り落とし、木々に穴を開けて倒す。

 奥から機関銃を構えた男が飛び出す。掃射、その線上にあるものすべて薙ぎ払う。けど、

「おお、っとっ」

 正成は転がるように木陰へ。掃射を回避。ふと、影。

「そ、らよっ!」

 足を振り上げる。落ちてきたのは手榴弾。蹴り飛ばして上で爆発。

「って、また続くんかっ!」

 はは、と笑って駆け出す。上からさらに手榴弾が落ちてくる。上に誰もいない、迫撃砲か。

「いいねえ、必死だなっ!」

 腕を振るう。放たれる青の炎が空から降り注ぐ榴弾を誤爆させる。空に盛大な爆発の音が響く。

 必死か、その言葉に誰かが笑う。

「当たり前だろっ! こうでもしなくちゃやってらんねぇんだよっ!

 卑怯だってんなら嗤えっ!」

 茂みに隠れながら応じる。はは、と応じる声。

「安心しろ。

 お前らみたいな連中、いくらでも知ってる。……ってか、俺もそうだったな」

 英雄、と。正成はそう言われた。あの小娘からも、そして、ここにいる男達からも。

 あるいは、もっと多くの人がそう思っているかもしれない。

 けど、彼はそう思っていない。

「ああ、懐かしいな。

 お前たちみたいな連中と、さんざん遊んで回ってたな。俺も、あいつらも、どいつもこいつも、」

 はは、と笑う。

 確かに、彼らのやり方は卑怯だ。大人数で一人を襲撃し、それも、一人か二人を囮として出して、他、そこにいる皆で狙撃か、あるいは機銃の掃射で射殺を狙う。

 ほとんどの者たちが、……否、彼ら自身でさえ、卑怯だと罵るだろう。臆病だと嗤うだろう。

 けど、ここに、例外がいる。そんな卑怯な臆病者達と相対する英雄。彼は罵るつもりも、嗤うつもりもない。なぜなら、彼は悪党。……正しき者たち、常民から弾かれた者。

 鬼、と呼ばれた者たち。住む場所もろくにない、疎外された者たち。自分も、そうした連中の一人だった。

 なにも持っていない鬼達。だから、

「死ぬ気でしか生きられなかった外れ者だっ! 馬鹿みたいな理想追いかけて死に物狂いで生き抜いた大馬鹿者だっ! お前らも同じかっ? それなら、」

 歴史に名を刻む事は出来なくても、時代を振り回す事は出来なくても、

 たとえ、卑怯な手段でしか戦えなくとも、臆病なやり方でしか抗えなくても、

 彼だけは、認める。そう名乗る事を許す。だって、自分も同じなのだから。臆病で卑怯な手を使い。這いつくばって無様に生き、戦い抜いた悪党だから。

 それでも、決して戦う事を止めない理由を持った者。だから。

 …………今、戦っている卑怯な臆病者たち、彼らが、そう名乗る事を、認める。

「お前たちだって、十分に英雄だなっ!」

 大楠公と讃えられた英雄。楠木正成は、彼らの意思に確かな称賛を込めて、そう伝えた。

 

 英雄、か。

 誰かがぽつりと呟く。

 英雄か、と。

 深海棲艦と戦う事が出来ない陸軍。国の平穏を、安全を、少女達に任せる事しかできなかった男達。

 これでいい、仕方ない、割り切っていたつもりだった。代わりに陸でなにかあったら自分たちが護る。困っている人がいたら意地になって手を差し伸べていた。

 それも、無力感を振りはらうため、油断すれば忍びよる失意から逃げるため、……けど、

「英雄か」

 そうだな、もし、そうなら。

「負けられねぇよな」

 今でも、彼女達は戦っているだろう。

 平穏を夢見た彼女たち。平穏を夢見て形にして、けど、その代償に苦しむ、まだ、幼い少女達。

「たりめぇだろ。女の子が戦ってんのに、俺達が逃げられっかよ」

 銃を握る。はっ、と短機関銃を構えて別の男は笑う。ついで口から零れるのは、気に入らないと言いきった男。

「元帥もいるしな。

 どーせ、どっかの部屋に籠ってがたがたしてんだろ?」

「役たたねぇんだから、さっさとどっかに逃げちまえばいいのに、本気で馬鹿なやつ。満潮ちゃん苦労してんだろうな」

「だろうな。……ったく、仕方ねぇな」

 本当に、と。彼らは武器を握る。覚悟を決める。

 敵から英雄と呼ばれた、平穏を夢見た少女達は戦い、役に立たない男はそれを自覚して、それでも、それが己の責務だからと言い張り残っている。

 本当に、…………

「ああ、畜生っ!

 戦う理由が多すぎるだろっ! なんでこれで逃げるとか出来んだよっ!」

 声をあげ、視線を交わし、飛び出した。

「らっぁああああああああっ!」

 叫ぶ。ここにいる、と誇示をして敵に突撃する。手には機関銃。銃弾をばら撒いて正成の元へ。

「来たか」

 木をくぐり抜けながら射線から逸れ、刀を持って迫る英雄。

 銃弾は木に弾かれる。正成の動きは速い。回避され、銃口を向ける時間がない。

 迫る、視線を横に向ける。そして、前へ。

「はっ」

 眼前、目を見開く。正成はそこにいる。刀を振るう。死が、迫る。

「おおっ」

 機関銃を向ける。もう片方の手で棒を抜く。

 振るう刀が短機関銃を鉄屑に変え、棒を裁断し、…………あとは、「頼むっ!」

 肘を突き出す。正成が笑う。笑みを返す。返して、迫る刀に肘を突き入れる。

 体が引き裂かれる激痛。血が噴き出す。けど、止めた。

「撃てよ」

 声、同時に銃声が連続する。正成の近くにいる自分も巻き込まれるかもしれない。が、大丈夫だろう。仲間の腕は知っている。

 撃たれたら祟ってやろう、と。魔縁を前に皮肉に笑う。が、

 業、と。音。

「なっ?」

 周囲に青い炎が立ち上がる。それが銃弾を焼き払う。同時に、腹部に痛み。

 杭を叩き込まれたような鋭い打撃。蹴り飛ばされ、刀が抜ける。

 激痛、より、感じたのは疑問。

「なぜ、だ?」

 先の炎、自分もまとめて焼き払う事も出来たはずだ。なのに、

「なぜだっ!」

 

「さーて、なんでだろーな」

 蹴り飛ばされた男の問いに、正成は苦笑。

 なんでだろうな、と。

 当然、あの場で焼き払う事も出来た。それをためらう理由はない。

 殺し損ねれば殺される。生き残ったら殺しに行く。血塗れの生を駆け抜けた正成にとって、敵を殺せる時に殺さないなど、あり得ない。

 なのに、…………「ま、なんでもいいや」

 いろいろ理由はあるだろう。ただ、

「安心しろ。別に手ぇ抜いてるつもりはねぇよ」

 侮られている。そう思っているのだろう。悔しそうな表情を向ける男に告げる。告げて、走り出す。

「くっ」

 死ぬつもりはない。片腕を裂かれても、それでも彼は残った腕で棒を握る。けど「無理すんじゃねぇよ馬鹿っ!」

 庇うように前に飛び出す。二人、楯を持って銃撃。

「おお、っとっ?」

 しゃがむ、頭上を銃弾が通過。髪が銃撃されて弾き飛ばされる。けど、彼は止まらない。銃口の位置、そして、引き金を引くタイミング。そのすべてを見ていた。だから、銃弾がどう来るか解る。

 だから止まらない。だから視線を向けない。ただ、刀を振るう。

「せいや、っと」

 振り抜いた。楯が、切り裂かれる。

「うおっ?」

「大丈夫かっ?」

「黙ってそっちの馬鹿回収しろっ」

 切り裂かれた楯を投げつけながら応じる。「了解っ」と、声。そして、

「任せろ、だから、ガキみてぇに泣くんじゃねぇぞ」

 戦線離脱、悔しそうに歯を食いしばる彼に、にや、と笑う。

「終わったか?」「そういう言葉は待ってから言えっ!」

 投げられた楯を蹴飛ばして刀を構える。突撃する。前から迫りくる刀担う英雄の姿。それを認めて死ぬかな、と思ったけど、死ぬつもりはない。

「おおっ」

 下がっても間に合わない。だから前へ、転がる。「逃がすかよっ!」

「逃がしてやれよっ!」

 追撃は銃撃に阻まれる。転がり、起き上がり、同時に銃を構える。けど、

「なっ?」

 手が伸びる。顔を掴む。そのまま先に銃撃した男に向ける。

 舌打ちの音。再度の銃撃は阻まれ、それを見ていた別の男が銃を向ける。けど、それより早く、「燃えろ」

「ぐっ?」

 肉が焼ける音。人が燃える音。そして、笑う。

「なら、燃え尽きるまで、……付き合えよ」

 炎宿る腕を掴む。顔が焼ける激痛を得ながら、それでも、笑う。

 そう、自分が死ぬまでの時間、その間に、誰かが仕留めてくれる。

「本気で、お前ら頭悪いだろ」

 その覚悟を見て、正成は笑う。どんだけ馬鹿なんだよ、と。

「…………そう、だ、……な」

 絶え絶えの声。そして、音。

「撃てーっ!」

 その声を聞いて、正成は苦笑。

「はいよ、お前も脱落だ」

 死ななかったな。と手を離す。すでに彼に拘束する力は残っていない、崩れ落ちる。

「頑張ったな」

 一言だけ告げて、彼は「やべやべ」と走り出した。再度、どこぞの茂みへ。

「…………畜生」

 焼かれた顔が痛い。こりゃあ傷痕残るな、と。溜息。

「大丈夫かっ?」

 声、大丈夫なわけねぇだろ、と。応じる言葉は出ない。ただ、

「…………よく頑張った。

 あとは、任せろ」

 気遣うような声。そして、仲間が林を走る音。

 声、……後続の仲間に肩を貸され、支えられて立ち上がる。

 致命傷には至っていない。けど、重傷だ。顔が痛む。二目と見られない傷痕を覚悟しないといけない。

 けど、

「…………ち……く、……しょう」

「喋んな馬鹿」

 言葉が零れる。それだけで顔中に激痛が走る。けど、

「……く、…………そ」

 言葉が零れる。戦線離脱、それが悔しい。顔の痛みより、ずっと、ずっと辛い。

 痛い、……とても、痛い。だから、これで最後。

「すま、…………ねえ、あと、……頼ん、だ」

 ほろほろと、涙が零れる。

「任せろ」

 

「悪くねぇよな」

 眼前には二人の男。棒を振り回し、刀を叩き落とす。

 棒の打撃に慣れたところで狙撃。離れれば機銃の掃射。囮と足止めに何人か配し、隠れた者たちによる銃撃で仕留める。

 卑怯、とは思わない。自分のやり方に比べれば可愛いものだ。第一、向こうは封印が確定すれば勝ちだ。正成もその後まで戦おうとは思っていない。

 棒が振り下ろされる。弾き飛ばす、その時にはもう一人が振り下ろす。回避、構えて、攻撃。防御、攻撃、回避、棒を短く持って、回転をあげる。

 防御、弾き飛ばして、腰を落とす。蹴り飛ばすか、と思ったところで、銃声。後ろに跳ぶ、正成の頭近くにあった枝が銃撃されて吹き飛ばされる。

 後ろに跳び、攻撃失敗。その隙にさらに打撃が加えられる。

「…………なあ、お前ら、なんでそんな必死になって戦うんだ?」

 打撃と追撃、防御と回避を重ねながら、不意に正成は呟いた。

 殺すまでに至らなくても、何人か、重傷と言える傷を与えた。傷痕だって残るだろう。今後の人生死ぬまで影響を出すような負傷をした者もいる。

 正成も陸軍については新田義興から聞いている。海軍に権限、予算のほぼすべてを奪われた者たち。規模も小さく、ここでの戦果が表に出る事はないだろう。

 そんな彼らが戦う理由。「そんなに、平穏が恋しいか?」

 馬鹿げている。平穏が好きなら戦う必要はない。それとも、民の平穏を護りたいのだろうか?

 否、……と。正成は思っている。

 そんな理由なら、彼らはここまで必死になったりはしない。解ってる。顔の知らない誰かのために、ここまで必死になる事は出来ない。

 そう、自分もそうだった。何のために戦ったか。馬鹿みたいに笑う誰かがいたから。

 …………だから、問う。なぜ戦うのか? 男たちは、応じる。

 

「決まってんだろ。女のためだよ」

 

 彼らは、笑う。

 笑って、それぞれの武器を手に、立ち上がる。

 その先には英雄、……そう、当人は悪党と自称していたが、彼らはまぎれもなく、英雄と思っている。

 そんな相手に立ち向かう。例え無力であっても、例え、蹴散らされるだけの有象無象であったとしても、……それでも、逃げる事だけは、出来ない。

 だって、

 

「祈り、叶えるために魂かけてる女がいる。それで、必死にならないわけがねえだろうがっ!」

 

 誰かが、笑った。

 

「ああ、……それでこそだ」

 それが彼らが戦う理由だと言うのなら、…………さあ、思う存分、戦おう。と、英雄は笑った。

 





 楠木正成には鬼としての名があります。
 千頭王鬼、です。
 どういう意味の名前なのか、いろいろと解釈はあるでしょうから、個人的な解釈。
 千頭(頭、は一頭、二頭、と言う意味で人数の単位)の鬼の王、と考えています。
 もちろん、伝承で語られる鬼ではないでしょう。
 悪党と名高い楠木正成と同じ、悪党、常民ではない者を畏れて鬼と名付け、正成はその長と言う意味で、王、と名付けられたと考えています。
 正規の武士ではない彼ら鬼たちは、どんな卑怯な手でも使ったでしょう。でなければ正規の訓練を受けた武士たちに勝てるとは思えません。
 楠木正成はゲリラ戦などで有名ですが、それを成し得たのは正成の才覚だけではなく、そうした鬼たちがどんな手を使ってでも、必死に勝とうとし、王である正成を支えた結果と思います。

 だから、後の人たちは、千頭王鬼、と楠木正成を呼びました。
 鬼の王、楠木正成、そして、その後ろに控える悪党と呼ばれた千の鬼たち。
 綺羅星のような英雄の後ろにいる歴史に名を残さなかった鬼たち、けど、彼らは確かに、英雄として名高く、時代を動かして歴史に名を刻んだ楠木正成の名に、刻まれました。

 そんな、伝承でのみ語られる、歴史の裏話。
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