深海の都の話   作:林屋まつり

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九話

 

 夢をみたい、と榛名は思っている。

 

 無機質は泊地と、暗く染まった海。

 それだけしか知らない榛名にとって、世界とは厳しいもの、辛いものでしかなかった。

 ただ、……同じ艦隊にいる仲間だけが、榛名にとっての救いだった。

 仲間といる部屋だけが、榛名にとっての居場所だった。深海棲艦が跋扈する海も、居心地の悪い泊地も、自分の居場所とは思っていなかった。

 だから思う、世界は厳しいもの、辛いもの、……仲間と一緒にいられる部屋以外の、すべては榛名にとって嫌な場所でしかなかった。

 

 けど、…………あの夜、初めて、世界は美しいと、そう感じた。

 

 夢をみたい、と榛名は思っている。

 敬愛する主、彼女が美しいと告げたこの世界。

 全天に輝く星空。

 爛漫と咲く桜花。

 ……泊地と海しか知らない榛名にとって、その光景は、本当に、夢のように美しかった。

 だから、主の告げた言葉に鼓動が高鳴る。こんなものではないぞ、と。主はそう言った。

 もっと、もっと世界は美しいのだ、と。

 告げた。

 そして、もっと人は素晴らしいものだ、と。

 泊地の人しか知らない榛名にとって、その言葉は理解不能で、信じられない言葉。

 けど、この世界は榛名が想像もできないほど美しいものだと、そう教えてくれた主の言葉だから、きっとそうなのでしょう、と。榛名は思っている。

 ただ、《呪詛の御社》、あれが邪魔だな、と。彼女は告げた。

 人から感情を削ぎ落す社。《呪詛の御社》。

 最初、榛名には解らなかった。呪詛、それは醜い感情。そんなもの、ない方がいいのではないか、と?

 ……だって、榛名の知る人は、とても、嫌な人ばかりだったから。

 たわけ、と。主は楽しそうに笑いながら言った。

 清いだけの人などただの人形。正しいだけの人などただの機械。

 それだけの人など価値はない。速やかに滅べばよい、と。

 美醜併せ、清濁を含んでこそ、人は素晴らしいのだ。……彼女は、そう告げた。

 榛名には解らない。そもそも、建造されて大した経験もなく、人付き合いはさらに少ない。関わった人も、数える程度でしかない。

 けど、主がそういうのなら。

 敬愛する主が、瞳を輝かせて素晴らしい、と言うのなら。

 見てみたい、と榛名は思っている。

 涙が出るほど美しい世界。もし、人も、それに劣らず素晴らしいというのなら。

 

 夢をみたい、と榛名は思っている。

 敬愛する主が美しいと語る世界を、主や、友と一緒に見て、素晴らしいと語る人とともにいる。

 そんな、夢をみたい、と思っている。

 

 夢のようです、と霧島は思っている。

 

 平穏な世界、犯罪のない、騒乱のない、混乱のない世界。

 人が、手を取り合って必死に生きる世界。

 かつての、戦場と惨状を知る霧島にとって、今の平穏はなによりも愛するべきもの。

 ささやかな善意。助け合い、貧しくても、手を取り合い、懸命に生きている人々。

 かつて、護るべきだった数多の人々が死んだ。それを見て来た霧島にとって、誰も傷つかない理想郷は、正しく夢のような世界。

 それを見てきた。そんな人々と触れ合ってきた。

 解体されかけ、陸軍に拾われ、そして、陸軍の仲間と世界を走り回った。

 貧しい人ばかりだった。食べる物に困らないぎりぎりのところ、自分達の食べ物を確保するのがやっとの人たち。

 けど、

 

 こんなものしかないけど、ごめんな。

 

 災害で倒壊した家、瓦礫の撤去を手伝った時、家を潰された人は本当に申し訳なさそうに、小袋に入れられた小さな煎餅を渡してくれた。

 現状を見て、これから先を思えば、不安でしょう、恐怖もあるでしょう、……そう、私達に八つ当たりしても仕方ない、と思ってた。

 けど、自分の住む場所を失いながら、それでも、私達を気遣ってくれた。

 それは優しさ。あるいは、感謝。尊い、人の想い。

 国は疲弊し、民は貧しく、人々は手に手を取り合って必死に生きている。

 かつて富裕層と言われた人たちは少しの金銭でもやりくりする方法を教授し、相談に乗り、生き方を教え、

 かつて高級官僚と言われた人たちは無償で子供たちに自分達の持つ知識を与え、皆で集まって一つの事をやるときには率先して先頭に立ち、後始末を引き受けていた。

 皆が、それぞれ出来る事を必死になってやり抜く世界。手を取り合い、協力し合って生きる日常。

 

 そんな、平穏で素朴な、……穏やかな世界。

 それがたとえ、《呪詛の御社》によって形作られたものであったとしても、

 それがたとえ、軍部の主導により進められた計画的なものだとしても、

 それでも、かつて、人と人が盛大に殺し合う戦場と言う名の地獄を知る霧島にとって、それは夢のような平穏。

 

 だから、そんな夢を持つ二人が対峙するのは、あるいは必定かもしれない。

 

「…………魔縁が来るか、深海棲艦が来るか。あるいは、指輪持ちの艦娘が来るか。

 どちらにせよ。遅滞戦術、足止めしかできないと思っていて、それを準備していたのですが」

 霧島は眼鏡の向こうから意識して鋭い視線を向ける。

 意識して、……ともすれば相対する彼女と同じ表情を浮かべそうだから。

 驚愕、彼女はそんな表情を見せている。

「だから、……あるいは幸運かもしれません。

 ええ、指輪持ちでもない私が、真っ向から相対出来そうな貴女がここにいるのは」

 そして、と、霧島は傍らにある《戈》を抜く。

「私を、ただの艦娘と思わないでください。

 榛名姉さま」

 銃撃した。

 

「つっ?」

 銃撃の音、榛名は反射的に横に跳ぶ。けど、

「え?」

 着弾。距離から考えれば、銃撃から着弾までまだ時間はある。回避は可能だったはず。

 けど、実際は回避挙動開始直後に着弾。早すぎる。

 威力は、低い。艦娘としての装甲を貫けない、打撃して終わり。

 けど、その速度に裏付けされた鋭い打撃は榛名を弾き飛ばす。

 けど、……何より、

「霧島、なの?」

「そうです。榛名姉さま、金剛型四番艦、……」

 応じ、ふと、霧島は首を横に振る。違う。ここではこう、名乗るべきだ。

「陸軍少佐、霧島です。

 なにが理由でこんなところにいるかは解りませんが、ここから先は立ち入り禁止。お帰りください姉さま。先のは威力警告です」

「そういうわけには、行きませんっ!

 榛名は、主様にお願いされて、この先の、《呪詛の御社》までの道を通しますっ!」

「ああ、…………そうですか」

 霧島は眼鏡の奥にある視線を鋭くする。

 手にした《戈》を傍らのケースに収める。がしゃ、と次弾自動装填の音を確認し、隣の《戈》を取る。

「なら、容赦しません。去りなさい榛名。

 警告します。この先にあるのはこの国の平穏を約束する社。その平穏を乱す事は許しません。…………否、」

 霧島も、完全に納得しているわけではない。この方法ではどうしても艦娘が戦う事になる。

 他に方法はないのか、何度も話し合った。綾波に信頼を得られたからか、横須賀鎮守府大将代行である吹雪や、他の大将代行達、元帥や陸軍大将とも、話し合った。

 だから、この方法が一番だと思ってる。そう、理解している。

 彼女達はたくさん苦しんでいた。誰かが犠牲になる平穏を続ける事を、……この、夢のような平穏を護るために必要な犠牲を出す事を、

 苦しんでた。悩んでいた。……知って、数日程度の霧島も散々悩んだ。彼女達の苦悩はどれほどのものか、解らない。

 けど、それを経て出した結論だ。だから、

「誰かに命令されてきたというのなら、……その程度の意思なら。相対する事さえ、不愉快です」

 皆が悩み、苦しみ、それでも出した結論。それを砕こうとするのなら、それにふさわしい意思であって欲しい。

 誰かに命令されたから来た。その程度なら、この場にいて欲しくない。だから、霧島は姉に銃を向ける。

「去りなさい」

 軍属として平穏を護る。その覚悟を告げ、

「いや、……ですっ」

 その覚悟を受けて、それでも、榛名は霧島を見据える。

「主様、……言って、いました」

 妹から銃口を向けられ、榛名は、それでも真っ直ぐに彼女を見る。

「人は、素晴らしいもの、だって」

「…………ええ、そうです」

 榛名の言葉に、霧島は頷く。それを、彼女は確かに感じていた。実感していた。

 だから、同意に躊躇はない。けど、榛名は首を横に振る。

「榛名は、解りませんでした。

 榛名、艦娘を遊びで使い捨てるような人のところで建造されて、……嫌な事、たくさんあって、……人なんて、そんなもの、って、諦めてました」

「…………否定、出来ませんね」

 建造され、ろくな会話もせずに解体として捨てられた霧島に、榛名のような実感はない。

 ただ、話だけは聞いている。艦娘を使い捨てる提督たちの事は、

 一息。

「それでも、……人が素晴らしいと言う、言葉を信じるのですか?」

「信じるに足る、人の言葉です」

 榛名は首を横に振る。

「だから、榛名は見てみたいです。

 榛名の信じる人が素晴らしいと語る人を」

「榛名姉さま。それは、今の、平穏が叶えています。

 《呪詛の御社》は呪詛、……人の醜い感情を掻き消します。ならば、それでよしとしてください」

「だめ、です」

 否定の言葉に、霧島の眉がつり上がる。

 榛名は、この平穏を、否、だと告げた。

「美醜含め、清濁併せて、……それでこそ、人は人として素晴らしいのだと。

 主様は、そう言いました。だから、榛名はそんな人たちを見たいですっ!」

「それは、ただの夢物語です」

 榛名の言葉を、霧島は否定する。

 榛名の夢を、霧島は否と告げる。

「《呪詛の御社》の対象範囲に海軍の泊地や基地は含まれていません。

 榛名姉さまが、こんなもの、と諦めたのなら、それが人です」

 だから、

「それが現実です。榛名姉さま。

 そして、だからこその《呪詛の御社》です」

 榛名の語るひどい事。それを成す感情。嫉妬、憎悪、怠惰、傲慢、赫怒、侮蔑、嘲弄、……数多あげられるそれら、呪詛、と呼ばれる感情を奪う《呪詛の御社》。

 霧島は告げる。平穏な人々を知る霧島は語る。ならば、それでいいではないか、と。

「榛名姉さま、……榛名姉さまの見たいと思っていた夢は、もう叶っています。

 榛名姉さまが成そうとしている事は、その夢を壊す事です。また、ひどい事をする人たちをみたいのですか?」

「それ、は」

 一息。

 

 言葉を重ねた。

 

「それでも、人は、人としてあるべきです」

 決然と告げた榛名の言葉に、霧島は引き金に手をかける。

「清くて正しいだけなんて、違う、と思います。

 嫌なところも、悪いところも、ちゃんと、……ちゃんと、見ないと、だめ、です」

「それが、貴女の、その、主様、の意見ですか?」

「榛名の、夢です」

 否定されても、それでも、榛名は夢を告げる。霧島は溜息。《戈》の銃口を下げて肩を落とす。

「まったく、頭脳派としては度し難いです。

 現実を知っていて、夢を見て、その夢をかなえる方法があって、……なのに、どうしてそれを選ばないのか、まったくもって理解できません。

 しかも、その理由が、ただ、思います、とか、これでは匙を投げるほかありません」

「ごめんなさい。霧島。

 貴女の言う事も、解ります。榛名も、穏やかな人は素敵だと思います」

 けど、……穏やかさなんて欠片もない人を、主として恋慕を抱いてしまった。

 だから、

「だから、霧島の言う事は正しいです。

 けど、榛名は、…………だめな、娘、だから」

 仕方ないですよね、と。苦笑をする榛名。

 仕方ありませんね、と。溜息をつく霧島。

「それでも、霧島は、この平穏を乱す事を許しません。

 ……なら、あとはどうするか、解りますか?」

「…………察しの悪い榛名にも、解ります」

 例え、同じ金剛型の姉妹であっても。それでも、避けて通る事は出来ない。

 なぜなら二人は艦娘と言う名の英霊。かつて、命なくとも祈りを胸に戦場にあった英雄が、その祈りに背くとなど、魂にかけて出来ない。

 ゆえに、その魂に相反する祈りを抱いたのなら、かつて、戦場にあった戦艦としては、

「金剛型三番艦、榛名」「金剛型四番艦、霧島」

 榛名は砲を向ける。霧島は《戈》を構え直す。

「「交戦、開始しますっ!」」

 戦う、だけだ。

 

 銃口を見て、榛名は回避のため横に跳躍。けど、

「つぅっ?」

「遅すぎます」

 《戈》の初速は速い。深海棲艦の装甲を撃ち抜く衝撃を与える速度だ。いくら高速戦艦とはいえ、速度の桁が違いすぎる。

 もちろん、それで榛名を撃ち抜けるわけがない。駆逐艦級や巡洋艦級の深海棲艦なら撃ち抜けたが、戦艦である榛名を撃ち抜く事は出来ない。銃撃を受けても榛名はバランスを崩すだけ、けど、

「次っ!」

 装填済みの《戈》を持ちかえ、銃撃。

「い、たぁあっ?」

 姿勢を崩した榛名の足を銃撃。榛名は倒れた。

 撃ち抜けない。けど、二本足で立つのなら、片足を打撃すれば倒れる。

「なにも、させません」

 霧島は《戈》を抜く。なにかをさせるつもりはない。

 霧島の、艦娘としての錬度は低い。建造されてすぐに捨てられ、陸軍に拾われた。当然、艦娘としての錬度を高めるための経験は積めない。

 けど、関係ない。

 《戈》で四肢を銃撃すれば行動は阻害出来る。隙を見て砲撃を叩き込めば榛名でも撃破出来るだろう。

 これが、頭脳派としてのやり方です。

 専用のケースに格納すれば次弾は自動装填される。あとは、構えて狙って撃てばいい。

 霧島に榛名を轟沈させるつもりはない。ただ、この封印が確定するまで時間を稼げばいい。

 堅実に時間を稼ぐ。立ちあがったら銃撃して足を止める。

 頭脳派として現実的な戦い方。……もし、夢を語るのなら、

「この程度、超えられないのですか?

 それで夢を語るのなら、捨ててしまった方がいいですよ」

 あっけないものですね、と。……もっとも、こんな戦い方を想定している艦娘がいるとは思えない。彼女が、ただの、艦娘なら、なにも出来ずに転がりまわって終わりだ。

 倒れる榛名に《戈》を向ける。

「妙な武器、使うのですね」

「ええ、対深海棲艦用に陸軍が開発した銃です。

 遅々として、ですが、私たちだって艦娘が戦わずとも済むように、研究を重ねているのですよ。……私も、艦娘として何度も議論を重ねてきました」

「そんなものが、あったのですか」

「見ての通り、まだ出力は不十分ですが。

 ただ、榛名姉さま、貴女を足止めするには、十分です」

 

 榛名は倒れたまま拳を握る。こんな事、予想外です、と。

 高速戦艦として、速度も耐久もある程度自信はあった。ここに来る前、銃火器も見てきた。銃弾を受けても揺るがなかった。

 けど、霧島の持つ銃は見た事もない。対深海棲艦を叶える銃火器。そんなものがあったなんて、知らなかった。

 足に受けた衝撃は覚えている。深海棲艦の砲撃に比べれば威力は少ない。損傷も、ない。

 けど、

「どう、しましょうか」

 銃口は向けられている。立ちあがった瞬間、足を銃撃される。

「はあ、……主様。

 榛名は、やっぱりだめな娘です」

 足首に痛みはない。もとより、戦艦である榛名に損傷を与えるほどの威力はない。

 ただ、その衝撃は確実に伝わる。足首に撃ち込まれれば転倒は避けられない。

 けど、

「ん、……しょっ」

 立ち上がる。霧島は《戈》を構えて銃撃。足に響く衝撃。

 膝をつきそうになる、けど。

「っと」

「耐えましたかっ!」

 霧島は即座に次の《戈》を手に取る。榛名は前に進んで、

「わかっていればなんとか、……榛名、バランス感覚には少し、自信があります」

 吉野の山を主とともに走り回った。無鉄砲にふらふらする主を追い掛けていた。

 だから、少しくらい足場が悪くてもなんとか行ける。転びそうになっても、立て直せる。

 山歩きなんて、普通艦娘しませんよね、と。内心で苦笑しながら、一歩。

 銃撃、足首を打撃され、膝をつきそうになるが立て直す。

 銃撃、肩を打撃され、倒れそうになるが、受け流す。

 銃撃、「簡単にはいきませんか」

 銃弾を受けてもふらつきながら歩み寄る榛名に、霧島は溜息。

「けど、榛名姉さま、そんな強引な突破なんて、もう少し考えてください」

「えーと、ごめんね。霧島。

 榛名は、こうするのが一番だって思ったの」

「一番、下策です」

 けど、

「退きませんか?」

「ここで逃げたら、霧島に夢を語る資格も、ありませんから」

「そうですね」

 頷き、銃撃。けど、

 それより先に、榛名は跳躍。着水。さて、

「じゃあ、艦娘としての、って、きゃぁああっ!」

 着水、同時に機雷が爆発。

「あ、いい忘れてましたけど、この海域。罠が仕掛けられています」

「いきなり機雷とか、えげつないですねっ! この、外道派っ!」

「頭脳派ですっ!

 榛名姉さまだってっ、なにも考えていないあほの子じゃないですかっ!」

「あ、あほの子ってなんですかっ!

 榛名は霧島の姉ですっ! 姉に向かってあほとか言わないでくださいっ!」

「妹を外道呼ばわりするあほの子に言われたくありませんっ!」

「あ、あほの子って、またあほ呼ばわりですかっ!」

 怒鳴り合い、一息。

「やめましょう。不毛です」「舌戦は、後回しです」

 そう、これは後でやればいい。後で絶対に決着をつける、と。お互い姉妹に向けてはいけない類の視線を向けて、

「「行きますっ!」」

 駆け出した。

 

 案の定だが、速度の調整やバランスのとり方など、海上を駆ける技術は霧島より榛名の方がずっと高い。

 真っ向から砲撃戦をしたら、確実に敗北する。だから、

 《戈》を抜く。海上を疾走しながら狙いを定める。

「むっ」

 海上を走る事になれない霧島にとって、海上を走りながら艤装でもない《戈》を構えるのは難しい。

 けど、

 負けません。

 構える《戈》を意識する。陸軍の仲間達が自分に託してくれた武器。

 彼らだって戦っている。武装は多いに越した事はないはずだ。

 それでも、託してくれた。期待をして、預けてくれた。だからこそ、

 負けません。

 勝利と言う形で、応える。

 場所は、よし、近くに格納用のケースがある。だから、

「撃てっ!」

 《戈》の引き金を引く。けど、それより先に、

 《戈》を構えた。すでにその時には榛名は急停止。銃撃してからでは間に合わない。

 銃弾が眼前を通過する。

「やはり、簡単にはいきません、かっ」

 それを見て、霧島は《戈》を回転させ、進む。その先には、

「へ?」

 急停止した榛名がいる。きょとん、とする彼女に《戈》の銃把を前に、突っ込む。激突。

「つっ?」

 激突され、榛名は後ろへ。そこで、爆発。

「つあっ」「くっ」

 爆風が榛名を叩き、霧島と半ば抱き合うように吹き飛ばされる。

「こ、のっ!」

 着水。同時に霧島は《戈》の銃把を叩きつける。寸前に榛名は手で防御。止めた。そして、突き飛ばすように離して、

「撃ちますっ!」

 至近距離から、艤装の砲撃。が、「遅いっ」

 《戈》の銃弾が砲塔を打撃。射線が逸れる。慌てて砲撃中断。砲弾の代わりに声。

「な、……なんて戦い方するんですかっ!

 銃で殴るとか、そんなんだから脳筋派なんですよっ!」

「なにを言い出すんですかっ! 私は頭脳派ですっ!」

「頭脳派があんな風に殴りかかるわけないでしょうっ!

 似非頭脳派っ!」

「似非ってなんですかっ! あれも戦術ですっ!

 榛名姉さまみたいなあほの子には到底理解できない戦術ですっ!」

「榛名をあほの子とか言わないでくださいっ!」

 霧島は《戈》を専用のケースに収める。そして艤装を駆動。砲を向ける。

「いい加減、お家に帰って小学校の教科書でも読んでお勉強してなさいっ!」

 砲撃。けど、榛名は砲撃を回避し、砲口を向ける。

「小学校って、……霧島は榛名をばかにしすぎですっ!」

 砲撃。姿勢制御に少し手間取っていた霧島は、その直撃を受けて弾き飛ばされる。

 けど、

「だったら、さっき言った脳筋派とか言うのを取り消し、なさいっ!」

 弾き飛ばされた先、運よくあった《戈》を抜く。構える。引き金を引く。艤装の制御よりこちらの方が速い気がするのは気のせいだと、今は受け流して、銃撃。

「つぁっ?」

 銃弾が榛名に突き刺さる。

 たたらを踏む。けど、「負けませんっ!」

 足に力を込める。こんなところで、引くつもりはない。

 前を見る。砲撃を、と思ったけど、距離がある。この距離では回避される。

 それに、霧島はすでに《戈》を抜いている。真っ直ぐ突撃しても《戈》で足止めされたあげくに砲撃されるのがオチだろう。

 だから、榛名は横へ。旋回。問題は、

 機雷なんて、危ないです。

 爆発しても、まだ、榛名に損傷を与える程ではない。けど、それが重なれば損傷を受ける。

 移動能力なら榛名が上。砲撃力はほぼ互角。おそらく、装甲、耐久性能も同じ。

 なら、利点を活かせるようにしましょう。

 榛名は海上を疾走しながら、《戈》を引き抜く。霧島は眉根を寄せる。安全装置を解除する方法を知らない榛名に《戈》は扱えない。

 だから、

「なっ!」

 《戈》を振り抜く。その先には海に浮かぶ。機雷。

「ええいっ!」

 弾き飛ばすように打撃。すぐに防御姿勢。そして、爆発。

「っと」

 距離があり、事前に備えていたからその爆発にも耐えられた。

 安堵する暇はない。「次っ!」

 次、狙うは、

「行きますっ!」

 再度、打撃。その先には《戈》を構えていた霧島。

「つっ?」

 《戈》を持ったまま手を前へ。同時に後ろに跳躍。爆発。

 着水。爆発の衝撃を受け流す。着水。と同時にすぐに姿勢を正し、《戈》を向ける。

 榛名は霧島を無視して、まずは機雷を弾き飛ばす。高速戦艦としての速力を十分に発揮できるようにするために、そして、あわよくば霧島を爆発に巻き込む。

 その意図を察した霧島は眉根を寄せる。戦術としては正しい、敵対者より勝っている点を最大限活用できるようにするのは、戦い方として間違えていない。

 けど、それとは別に、

 腹立たしいです。

 この機雷も陸軍の皆が用意してくれたもの。敵対者に使われる、と言うのは非常に腹立たしい。

「えい、ですっ!」

 かぁんっ、と甲高い音とともに機雷が飛んでくる。触角に触れなかったからか、爆発しないで飛んで来て、ふと。

 試してみましょう。と、飛んできた機雷を《戈》の銃把で叩き落として、榛名が次の機雷があるところに向かうのを見る。

 すでに、榛名の速度と移動コースは読めている。

 甲高い音、榛名も近くで爆発させるのは嫌だったからか、触角を避けて弾き飛ばしている。

 だから、

「想定、通りですっ」

 弾き飛ばした直後、銃撃。そして、砲撃。

 艤装の砲弾より、《戈》の銃弾の方が早く、機雷に着弾。爆発。

「きゃあっ」

 爆発の向こうから、榛名の悲鳴。その爆発では大した損傷は与えられないだろう。けど、それで、

「十分かと」

 爆発に足止めされた榛名に、霧島の放った砲弾が直撃。

「いたた」

 砲弾が直撃した榛名が立ち上がる。霧島は眉根を寄せる。

 榛名の手にある半分消し飛んだ《戈》を示して、

「榛名姉さまっ! その《戈》、高いんですよっ!

 壊さないでくださいっ!」

「姉に砲撃した妹がなに勘違いしていますかっ!

 この、貧乏派っ」

「貧乏で悪かったですねっ! 予算が少ないんですっ!」

 あ、否定しないんですね、と榛名は憐れみの視線。霧島荒ぶる。

「と、ともかくっ!

 さっさと敗北して榛名姉さまらしく隅っこで座ってめそめそしててくださいっ」

「霧島の持ってる榛名のイメージってなんですかっ!」

 《戈》の残骸を投げ捨てながら榛名は怒鳴る。壊れているとはいえ捨てられた事に霧島はさらに眉を吊り上げて、

「あほの子に決まってるじゃないですかっ!

 っていうか、捨てないでくださいっ! それだってまだ部品が取り出せますっ! 大切にもってなさいっ! そんな事も解らないからあほなんですっ!」

「なんで榛名が陸軍の貧乏に付き合わなくちゃならないんですかっ!

 この、貧乏派っ! ケチ派っ!」

「ケチ? ケチと言いましたね、この、間抜けっ!」

「誰が間抜けですかぁっ!」

 怒鳴り返しながら榛名は進む。その先には、《戈》。

 これ以上、取らせません。と、霧島もそちらに向かって駆け出す。どうせまた乱暴に扱うのだろう。それは、とても不愉快だから。

「渡しませんっ! 榛名姉さまっ! それはあほには過ぎた、非常に高度な銃ですっ!」

「その非常に高度な銃で殴りかかるような脳筋派に、あほとか言われたくありませんっ!」

「だから、誰が脳筋派ですかぁぁあっ!」

 走っても間に合わない、と。判断した霧島は艤装の砲を向ける。けど、

「む」

 砲撃が止まる。その砲撃に《戈》を巻き込むような気がしてしまったから。

 そして、榛名はその隙を逃さない。

「隙あり、ですっ!」

「って、きゃぁあっ!」

 急旋回、同時に砲撃。バランス感覚に自信のある榛名は、過たず動きを止めた霧島に砲弾を叩き込む。

 砲撃され、吹き飛ばされた霧島。……ふと、感じるのは懐かしさ。

 その意味を感じ、口の端を吊り上げる。

「ええ、……そうですね。

 榛名姉さま」

 手を伸ばす。《戈》を手に取る。それも、

「二丁?」

「いつかの、殴り合い、続き、行きましょうか」

「脳筋派覚醒ですねっ!」

 姉の失礼な言葉に、霧島はさらに口の端を吊り上げる。笑み、と言えば笑みかもしれない。非常に交戦的なその表情は、笑み、と分類されるだろう。

 だから、霧島は笑って姉に応じる。

「失せろ、あほ」

「あほっ?」

 砲撃した。

 

「つあっ?」

 二丁の、《戈》による銃撃。それがまず榛名を打撃する。一撃は回避した。けど、超高速で迫る銃弾が肩に叩き込まれる。ぐらり、と姿勢を崩した直後、叩き込まれる砲弾。

「くっ?」

「そうやってっ! 夢を見てっ! 夢を語ってっ! 裏切られるっ!

 そんな事を繰り返すから、榛名姉さまはっ! あほの子、なんですっ!」

「それが、あほだっていうなら」

 吹き飛ばされた榛名は、海面を滑りながら前を見据える。前へ。

 榛名、怒りましたっ! と、そんな事を思い。突撃。

「いいま「榛名は、あほで、いいですっ!」」

 迎撃に艤装を起動した霧島に、前進を止めず、砲撃を撃ち込む。迎撃準備に意識を裂いた霧島は慌てて横に避ける、が。砲弾が半身を打撃する。

「夢さえ語らないっ! 現状を維持するしか出来ない脳筋になるくらいならっ! それで、十分ですっ!」

 榛名の言葉に、霧島は歯を噛みならす。

「それだけのために、どれだけの、覚悟があったと、思っているのですかっ!」

 砲を向ける。至近にいる榛名は目を見開く。

「死ぬのは寂しいっ! 傷つくのは悲しいっ! みんなが、平穏であって欲しいっ!

 多くの人をその胸に抱いて死んだ私達が、それを願うのは間違えているっていうのですかっ!」

 声、とともに砲撃。砲弾を榛名に叩き込む。

 至近からの砲撃に艤装を砕かれながら、それでも、榛名は霧島を見据える。

 間違えているか?

「間違えている、なんて、思っていません」

 死ぬのは寂しい、傷つくのは悲しい。それは、当たり前の事。

 けど、

「それでもっ! もっといいものがあるはずだって、そう、想い願いたいのですっ!

 夢を語るのは、間違えているっていうんですかっ!」

 榛名の言葉に、霧島は、……ふと、浮かびそうになる微笑を抑える。

 なぜかは解らない。あるいは、…………自分も、そう思った、かもしれない。

 けど、そんな想いは抑え込む。砲撃を交わし、声。

「本当にっ! 榛名姉さまは理想論ばかり振りかざす、あほの子ですねっ!」

「寂しいからとか、悲しいからとか、そういうのを全部なくせばいいって考えるだけの脳筋派に言われたくありませんっ!」

 だから、一息。

「「この、分からず屋っ!」」

 

 夢を、見た。

 敬愛する主君と一緒に、多くの人と一緒に楽しむ夢を、

 大切な仲間達と一緒に、多くの人と穏かに暮らす夢を、

 そんな、夢を、見た。

 

 距離は至近、榛名と霧島は視線を叩きつけ、砲口を向ける。

 そして、砲撃を叩き込んだ。

 

「…………この至近距離で、砲撃とか、……本当に、ばかですか?」

「同じ事を、やった、ばかに言われたく、ありません」

 超至近距離からの主砲直撃。轟沈寸前の損傷を負った榛名と霧島は仲良く岸に打ち上げられた。

 途中で機雷に触れなかったのは運がよかった。……沈まない、と断言できない。

 似たような姿勢で伸びる二人。お互い、視線は向けない。

「ふんっ、いいです。

 いろいろ言いたい事はありますけど、この場はお預けです。榛名、疲れました」

「私もです。……正直、言い足りない事とかたくさんありますけど。

 っていうか、脳筋派は絶対に訂正させます」

「姉をあほの事か言う妹なんて脳筋で充分です」

「……最低な姉です」

「うるさいです。外道妹」

 薄れていく意識の中、とつとつと、小さな声で罵り合い。そのまま、

 

 目を、閉じた。

 最後の最後まで、意識を手放すその直前まで、負けない、と思いながら。

 




 これを金剛と比叡が見たらどう思うか。……多分泣くでしょう。
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