深海の都の話   作:林屋まつり

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 死神と呼ばれた彼女の誓い。


十話

 

 ――――随分昔の話。

 

 この死神がっ! と、罵る声。

 お前がいたから、あいつは死んだんだっ! と、叫ぶ声。

 お前さえいなければ、と。怒鳴る声。怒りの声。憤りの声。

 声、声、声、そのすべては一つの駆逐艦に向けられる。

 奇跡の不沈艦。……運を吸い取る死神、雪風。

 けど、

 

 ふざけるなっ! と、声。

 

 雪風に声を向ける彼らを押しとどめるのは、雪風の乗組員。

 雪風を、本当の意味でここに帰してくれた人たち。

 奇跡なんてない、幸運なんてない。……そう、雪風がここにいるのは、全部、彼らの実力。

 だから、雪風は不沈の名を冠する。けど、

 …………けど、

 

 この、死神がっ!

 

 怒りの声。憤りの声。

 自らが命を預けた艦を護る事が出来なかった。彼らの声。

 その声に、怒鳴り声が返る。罵り合いは喧嘩の一歩手前まで発展し、怒鳴る若い男達を、それぞれの艦の艦長が羽交い締めにして引き剥がす。

 

 くそっ! と、声。

 その声に、混じるのは涙。嗚咽。……ちくしょう、と、声。

 

 解ってる。彼らだって、解ってる。

 運を吸い取る死神。そんなもの、存在しない。

 解ってる。

 雪風が生き残っているのは、乗組員である彼らの実力が故。

 解ってる。

 自分達の艦が沈んだのは、……それは、自分たちが至らなかったが故。

 解ってる。……だから、

 

「ひどい事言って、…………ごめん、な。雪風」

 

 いいんですよ。

 

 解っているから。

 自分の艦、生活の場で、共に戦った戦友。そして、命を預けた艦。

 それが沈むのは悲しい。悲しくて、だから、誰かに当たりたくなる。

 弱い心、弱い意思。……けど、それが、人、なのだから。

 驚くほどに強くて、悲しいほどに弱い。

 

 それが、雪風が護るべき、人なのだから。

 護るべき艦も護れず、ただ、生き残った雪風が出来る、たった一つの誓い。

 ……………………絶対に、護ります。

 

 ――――そんな、話。

 

「さてっ! では、張り切ってまいりましょうっ!

 大丈夫っ! 雪風、だけ、は、沈みませんっ!」

 やーっ! と、虚空に向かって単装砲を突き上げて叫ぶ雪風。周囲にいる深海棲艦は特に反応しない。

 けど、構わない。どうせ周囲もろとも片っ端から沈めるつもりだ。愉快な彼女達、時雨や綾波、吹雪はこのあたりにいない。

 まあ、いても構わないですけどね、と。どうせそれぞれ適当に生き残るから考えても無駄。

 単装砲一つと、五連装の魚雷二つ。存分に沈めて回りましょう。と雪風は笑う。

 笑って、振り返る。

「みーつけましたっ!」

 単装砲を振り抜く。同時に砲撃。振り抜きながらの砲撃は正確に自分に飛んでくる砲弾を撃ち落とす。

「すご」「妥当だ」

 声が二つ。意外と大物が釣れましたね。と、雪風は笑う。

「はじめまして、大島基地、第二艦隊と第三艦隊の旗艦殿」

「はじめまして、呉鎮守府旗艦殿」

「はじめまして、だ。

 では、はじめよう」

 若葉の言葉に、周囲の深海棲艦が彼女に砲を向ける。けど、

「初霜」

 若葉の言葉に初霜は機銃掃射。襲いかかる深海棲艦を削って行く。

「おお、流石ですね。

 機銃でこんなに簡単に深海棲艦を撃ち砕けるなんて、綾波さんや吹雪さんくらいでしょうか」

 そして、その隙に若葉は突撃する。両手に連装砲。深海棲艦をすべて初霜に任せ、若葉は真っ直ぐに雪風に突撃する。

 もっとも、勝てる自信は、ない。

 呉鎮守府旗艦、雪風。最強と名高い吹雪に次ぐ実力者。

 ゆえに、興味もある。

「どの程度の実力者か、試させてもらうっ」

 若葉も指輪持ち、艦娘の中でも指折りの実力者。

 ただで負けるつもりは、ない。

 その思いで疾走し、……眼前にいる雪風に目を見開いた。

「え?」「どうしましたか?」

 胸元に、単装砲。

「つっ?」

 体を傾ける。同時に砲撃の音。

「驚きました。流石の反応速度です。

 艦隊業務だけじゃあ、ないですね?」

「敵が深海棲艦だけと確信していれば無駄だったな」

「察しが良くて、何よりです」

 たんっ、と雪風は後ろに跳躍。直後に若葉の蹴りが眼前を薙ぎ払い。二人は同時に砲撃。

 連装砲の砲弾二つ。片方を雪風は撃ち落とし、もう片方を回避。

「格闘戦ですか」

「悪くないだろう」

「いえ、悪いと思いますよ」

 さらに前に出る若葉を見て雪風は笑う。辺りを見てみたけど、深海棲艦は初霜に蹴散らされているだけなので役に立たない。

 しょせんはこんなものですね、と。とはいえ初霜の足止めをしているのだからそれで十分。

「ま、なんにせよ。戦いますか。

 あ、雪風はあんまり容赦するつもりはないので、お覚悟を」

「私としては《呪詛の御社》を破壊できればそれでいいから、退いて欲しいのだが」

「もちろん、拒否、ですっ」

「そうだろうなっ」

 

「ああもうっ、なんであっちは盛り上がってるんですかっ」

 初霜は機銃の掃射を続けながら苛立たしく呟く。

 深海棲艦が迫る。十重二十重、と。それを機銃で削り取りながら前へ。急がないと、と思う。

 若葉の実力は自分が一番よく知っている。提督である新田中将の初期艦として長く一緒に戦い続けた。誰よりも信頼している。

 けど、

「相手が、悪いですね」

 機銃で深海棲艦を削りながら舌打ち。前方、若葉は高速の移動をしながら砲撃を繰り返す。

 数多の砲撃。あれだけの砲撃を叩き込めば戦艦級の深海棲艦さえぼろぼろになって轟沈する。それだけの砲撃を重ねて、けど、雪風は、無傷。

 その現実を前に、若葉も眉根を寄せる。若葉の命中精度は高い。それでも無傷と言う事は、単純に、雪風の回避性能が桁外れに高いという事。

 外から見ている初霜には解る。雪風は若葉が連装砲を構えたときにはほぼ回避行動を終了させている。

 それも、回避行動は非常に少ない。体を傾ける、数歩後ろに下がる。その程度の動きで砲弾を回避している。砲弾が彼女を避けている。と、冗談としか思えないような言葉を聞いたが、確かにそう見える。

 逆に、若葉は回避が苦しくなってきている。雪風は単装砲で砲撃しているだけだが。随分といやらしいところを攻めているらしい。

 回避能力と砲撃能力、このままだと若葉は削られて轟沈の可能性もある。

 させない。

「流石は、呉鎮守府旗艦、ですっ!」

 声を意識してあげて、機銃による制圧から砲撃による切り開きに変更。若葉との合流を優先。

 そうなれば深海棲艦達は若葉にも砲撃を向けるだろうが。運が良ければ雪風との障害物になってくれるかもしれない。

 だから、

「若葉っ!」

 急げ、と。初霜は駆け出した。

 

「正直、……甘く見ていたな」

「いえいえ、若葉さんも強いと思いますよ」

 連装砲を構えて深く、息をつく若葉に雪風は笑って応じる。溜息。

「あれだけ攻撃して、無傷の相手にそう言われてもな」

「雪風を甘く見てはいけませんっ!」

 

 絶対に、沈みません。

 

「なにせ、奇跡の駆逐艦ですから」

「…………そうだな」

 胸を張る雪風。けど、その声には微かな苦笑。

「さて、初霜さんもきましたし、あんまりのんびりできませんね」

 流石に、初霜と若葉、二人がかりでは分が悪い。だから、呟く。

 

「死神。参ります」

 

 砲撃、若葉は回避し、眼前に迫る魚雷に目を見開いた。

「なっ?」

 砲撃する。誤爆させる。けど、その爆風は若葉を吹き飛ばす。

 着水、眼前に迫る砲撃をしゃがんで回避。ぎりぎりだった。髪の毛が数本消し飛ばされる。けど、生きていればそれでいい、砲撃。

「い、ない?」

 砲口の先に雪風はいない。「若葉っ!」

 砲撃の音。真横、そこで再度魚雷が誤爆。吹き飛ばされ、初霜に支えられる。

「ちぇ、来ちゃいましたか」

 声は、直近から。

「ふっ」

 下、胸元に迫る単装砲の砲塔。若葉は連装砲を下げて防御。

 打撃の音。若葉と初霜は下がり、雪風はその場に立つ。

「やるものですね」

「思ったより火力もあるな。

 魚雷の誤爆で、あそこまで爆風が広がるとは思わなかった」

 若葉の言葉に雪風は笑って応じる。

「それはもう、火力だって磨きますよ。

 逃げ回るだけなんて不沈艦じゃなくてチキン艦ではないですか」

「チキン、……ああ、臆病か。

 回避楯と言う考えもあるが」

 問いに、雪風は苦笑。

「誰かと一緒に出撃って、嫌いなんですよ」

 だから、独りで戦い続けた。と、雪風は笑って言う。

 つまり、

「隙はないな」

 不沈と謳われる回避性能と、緻密な命中性能。

 そして、独りで生き延びるために磨き抜かれた火力。それらを十全に活かす戦闘経験。

 つまり、

「だから言いましたよっ!」

 彼女が告げた、言葉の意味。

 

 死神の名。

 

 ――――随分昔の話。

 

 多くの艦が沈んだ。彼女は沈まなかった。

 多くの人が死んだ。彼女は死ななかった。

 

 護れなかった。護れなかった。護れなかった。雪風は、護るべき艦を、護らなければいけない人を、護る事が出来なかった。

 

 多くの人が死んだ。多くの艦が沈んだ。

 …………そこに、多くの悲しみがあった。

 

 大丈夫ですよ。

 確かに、雪風は護る事ができませんでした。

 だから、戦います。最期まで、……護る事が出来なかったみんなの分も、

 最期まで、絶対に、……

 

「雪風は、沈みません」

 

 数多の鉄が沈む水底に向けて言葉を紡ぐ。

 

「最期まで、戦います」

 

 数多の命が眠る深海に向けて想いを紡ぐ。

 

「絶対、大丈夫です」

 

 護れなかった分も、全部、雪風が戦います。だから、

 

「だから、安らかに眠ってください」

 

 ――――そんな、話。

 

「…………仕方ない。

 あまり使いたくなかったが、な」

「なにかあるんですか?」

 肩を落とす若葉の仕草に雪風は首を傾げる。

「奇札。以前、深海の都を治める少年からもらったものだ」

 懐から取り出したのは、一つの風呂敷。

「起動せよ。心得童子」

 風呂敷から、無数に広がるのは人型の紙。それが舞い、形を持つ。

「子供、……男の子ですか」

 右手に剣、左手に法輪を持つ少年が構築。

「心得童子、竜宮の秘宝だ」

 それが、飛翔開始。深海棲艦は心得童子に砲撃する。

「……大乱戦になりましたね」

 飛び交う心得童子と海上を駆け回る深海棲艦。

 それを見て雪風は苦笑。思った以上ですねえ、と。

「土産話には、なりますね」

 流石に、吹雪たちはこんな戦いをしていないだろう。……多分。

 不意に、音。

「ふっ」

 振り向かず、単装砲を後ろへ。後ろに現れて剣を振るう心得童子の頭を撃ち抜く。

「艦載機みたいですね」

 もちろん、艦載機より厄介ではある。ひょい、と回避。

 法輪投擲、……雪風の感覚としては爆撃。海面に盛大な飛沫があがる。

 さらに重なる法輪爆撃。けど、雪風には当たらない。

 艦載機の爆撃とは違う。けど、その程度で回避を失敗するほど雪風は甘くない。

 多重爆撃に、応じるのは単装砲の砲撃。深海棲艦の砲撃を回避した心得童子を精密に撃ち抜く。

 警戒すべきは空を舞う心得童子。法輪の爆撃を繰り返し、隙あらば剣を振るう。

 確かに、雪風はそちらを警戒している。二割ほど。

 残りは。

「そこ、ですっ!」

 砲撃、砲弾を弾き飛ばす。

 残り八割、こちらも深海棲艦の大軍と盛大な戦争を繰り広げる若葉と初霜。

 隙あらば雪風に砲撃を叩き込む。流石は指輪持ち、ただの艦娘なら絶望的な戦いを繰り広げ、さらに雪風を狙う。

「やりますねっ!」

 魚雷発射、そして、砲撃。魚雷は海流に流されながら深海棲艦の隙間を潜り抜け、初霜に食らいつく。寸前に、爆発。

 深海棲艦が数体まとめて盛大に跳ね上がる。爆発に吹き飛ばされて空を舞う。

 そして、その空から心得童子が突撃する。剣を振り上げ、雪風を切り刻もうと振り下ろす。

 直前、心得童子は眼前にある魚雷を見た。その魚雷が単装砲で穿たれる。

 

 爆発。

 

 剣を振りおろそうとした心得童子は、まとめて吹き飛ばされる。

 爆発の大火は無視して、雪風はあたりを見る。深海棲艦は無秩序に心得童子を撃ち落とそうとする。が、やはり空を飛びまわる心得童子はなかなか撃ち落とせないらしい。

 対して、法輪の爆撃は一応、雪風を狙う。高速で動き回る雪風を捉えられる事なく、近くにいた深海棲艦を爆撃して轟沈するだけだが。

「元を断たないと、どうにもなりませんか」

 元、つまり、

「若葉さんと、初霜さん。……ああ。嫌だなあ。

 どっちも指輪持ちじゃないですかあ。最上位の艦娘二人相手って、雪風の幸運もここまでですかねえ」

 けど、まあ、

「雪風は、沈みませんっ! 絶対、絶対にですっ!」

 雪風は海面を舞い踊る。空に向かって砲撃。心得童子を撃ち落とす。

 下から迫る砲弾に、応じるのは法輪の爆撃。雪風は多重の爆撃を回避しながら砲撃して撃ち落とす。

 

 …………ふと、懐かしい、と。感じた。

 

「ああもうっ!」

 

 降り注ぐ爆撃。迫りくる敵。撃ち落とし、撃ち落とし、撃ち落とす。

 莫大量の破壊をまき散らして、雪風は笑う。…………死神は、笑う。

 

「これ、ずっとずっと昔を思い出しますっ!」

 

 ――――少しだけ、昔の話。

 

 不運な雪風がいた。

 注文した食事はほとんど売り切れで、道を歩けばなにかにぶつかって、しょっちゅう面倒な事に巻き込まれているらしい。

 当人はいつも不運を嘆いていて、運を分けてください。なんて言われた。

 けど、雪風は、そんな彼女が、羨ましかった。

 だって、不運な彼女の周りには、いつも、誰かが傍にいたから。

 護る事が出来なかった奇跡の駆逐艦。運を吸い取ると疎まれた死神、雪風。

 

 …………けど、そんな雪風と一緒にいても、誰かが笑ってくれるって、そう思えたから。

 だから、雪風は、彼女がいることが、とても、とても嬉しかった。

 

 ――――そんな、話。

 

 かつて、戦い抜いた過去。

 そうだ、それに比べれば、今は随分と楽だ。何せ自分より先に死んでいく僚艦が存在しない。

 魚雷を蹴り上げる。剣を向けて突撃する心得童子の剣に突き刺さり、大爆発。

 その向こうには魚雷を下げた艦載機。それを単装砲で撃ち落として獲得。視線を巡らせる。

「そっち、ですか」

 見つけました。だから、「邪魔邪魔ですっ!」

 魚雷を三つほどばら撒いて深海棲艦を吹き飛ばす。その先には深海棲艦を相手に盛大な戦争を繰り広げる初霜と若葉。

 だからそちらに突撃。

「若葉っ、来たっ!」

「相対する。初霜は周りを頼む」

「了解っ! 足止め中心で」

「わかっている。一対一で相対しようとは思わない」

 業腹だがな、と。若葉は突撃する雪風の前に立つ。真っ向から相対しても勝利は出来ない。

 時間を稼いで心得童子たちに撃ち砕かせる。現に雪風の後ろから心得童子も追撃している。

 深海棲艦が迎撃しているが。

「鬱陶しいですねえ」

 雪風は視線さえ向けず空に砲撃。心得童子を粉砕。さらに振り返りもせず、後ろに向かって適当としか思えない砲撃。それは確実に心得童子の体を撃ち抜く。

 その光景を見てぞっとした。直感か、幸運か、奇跡か、真っ直ぐこちらを見ながら後ろに向かって砲撃して、どうして空を飛ぶ心得童子を撃ち抜けるのか、若葉には理解の外にある。

 そして、若葉に向かって魚雷発射。

 一つ、そして、少し遅れて左にもう一つ。

 右、は、深海棲艦がいる。左に逃げる事を見越したか。

「相変わらず、いやな攻め方をする」

 だから若葉は深海棲艦に突撃。砲撃されるが雪風の魚雷を受ける方が危険だ。

 砲撃を回避しながら隣接、足を跳ね上げて振り回すように、蹴り飛ばす。

 蹴飛ばされた深海棲艦は魚雷に激突。爆発。

 そちらを無視して雪風に視線を向ける。そして「若葉っ!」

 深海棲艦を振り切って初霜が来る。

「若葉っ! 合わせてっ!」「了解した」

 若葉は連装砲と魚雷を、初霜は単装砲と機銃を向ける。

 全装備を起動させた十字砲撃。さらに後ろから心得童子が迫る。雪風は笑う。

「よ、っと」

 首を右に傾げる。左を半歩前へ進む。軽く体を傾ける。身を屈める。砲撃を二つ。

「うそ?」

 それだけで、雪風は若葉と初霜の十字砲撃を回避。連装砲、魚雷、単装砲、機銃、質が違うすべての攻撃を無傷でやり過ごし、ぐるん、と振りかえって魚雷を蹴り飛ばす。

 蹴飛ばされた魚雷は砲撃に穿たれて爆発、心得童子を吹き飛ばす。けど、まだ、もう一つ。

「はぁああっ」

「あ」

 若葉自身が突撃する。若葉は雪風に肩から突っ込んで激突。砲撃。

「つっ、……さすがに、この距離は無理ですか」

「それで回避出来れば実体がないな」

 けど、若葉は舌打ち。流石に一撃で沈められるほど、柔ではないらしい。

「いい、判断ですっ!」

 雪風は砲弾を受けても、ひるまず若葉の手を取る。

 迫っていた心得童子は魚雷の爆破で吹き飛ばした。残りは深海棲艦の砲撃に阻まれて、まだ、時間がある。だから、「一つ、ですっ」

 手を取って、足を払って海面に叩きつける。接触状態で砲撃。

「ぐっ?」

 雪風の大火力を至近で受けた若葉は苦痛に表情をゆがめる。ひゅんっ、と音。

「いたっ?」

 着水の音。跳躍して、雪風の頭を蹴飛ばした初霜は着水して単装砲を向ける。砲撃。「遅い、ですっ!」

 雪風は膝をついたまま、単装砲を振るう。砲撃。初霜の砲撃を砲弾で撃墜。ならば、と若葉は機銃を向ける。が、遅すぎる。雪風は単装砲を砲撃したころには、すでに魚雷を手に取っている。投擲。

 眼前に、唐突に現れる魚雷。すでに機銃の引き金を引いていた初霜に、それを回避する術はなく、魚雷を機銃が撃ち抜く。爆発。初霜は吹き飛ばされる。

 初霜は対処した、次は「が、こちらは間に合った。な」

 へ? と、声。

 そして、雪風の足元で、爆発した。

「つっ、……ああもうっ、久しぶりですよ、魚雷を食らうなんて」

 距離をとる。若葉の放った魚雷は、やはりと言うか、かなり痛い。

 油断したつもりはなかったが。やはり楽な相手ではない。

 まともに攻撃を受けたのは久しぶりです。と思う。

 回避能力だけは、あの吹雪にも劣らない自負があった。けど、

 視線の先、鋭い視線を向ける若葉と初霜がいる。場所が入れ替わったのか、彼女達の後ろに心得童子がいる。

 対して、雪風の後ろには深海棲艦。苦笑。

「では、続き、行きましょうか? それとも、退いてくれますか?」

「そのつもりはありません」

 断固として告げる初霜。若葉も頷く事でその意思を表明する。

 なぜ、と問うつもりはない。この平穏を護ると決めた。

 かつての戦争でもそうだった。最期まで戦うと決めた。それが、護るべき人、そして、艦を護れなかった雪風にできる、ただ一つの贖罪だから。

 だから、戦うと決めた。護ると決めた。……絶対に、退くつもりはない。

 溜息。

「では、戦争を続けましょう」

 雪風の言葉、そして、敵に食いつくように深海棲艦が前へ。駆逐艦級、巡洋艦級の深海棲艦が突撃し、戦艦級の深海棲艦が砲撃する。

 応じるのは心得童子、突撃する深海棲艦を剣で切り払い、戦艦級の深海棲艦に法輪を投擲、爆破して吹き飛ばす。

 けど、深海棲艦も心得童子を砲撃して撃ち砕く。そして、

 駆逐艦級の深海棲艦を心得童子が串刺しにする。剣を突き刺し、深海棲艦は沈黙。

 切り払い、次に向かおうとした心得童子は、眼前に迫る砲弾に頭を撃ち抜かれて消える。

 その視線が最期に見たのは、単装砲を構える雪風。

 彼女は前へ。その先、

「来ましたねっ」

 銃弾をばら撒く初霜。雪風は近くにいた深海棲艦の手を掴んで引きずり寄せる。そのまま機銃の楯にして突撃。

 初霜の銃撃を受けて深海棲艦はぼろぼろになる。楯にならなくなったところで、雪風は蹴りどかして魚雷発射。

 が、

「なら、こうすればいい」

 若葉は指を向ける。魚雷に放たれるのは法輪。けど、

「やりますかっ!」

 雪風は法輪を単装砲で砲撃。弾き飛ばす。そして、魚雷が爆発。

「え?」

 反射的に防御姿勢を取る。爆発が雪風を吹き飛ばす。

 その、隙間に見えたのは、魚雷に剣を突き刺し、爆砕する心得童子。そして、

「くぅっ?」

 連装砲で砲撃する若葉、砲弾が直撃。

「かっ、……は、あ」

 砲撃の直撃を受け、雪風が膝をつく。「今っ!」

 初霜は雪風の近くにいる深海棲艦を機銃で掃射。若葉も魚雷でまとめて吹き飛ばす。

 そこに、ぽっかりと隙間ができれば、

「砕け」

 若葉の呟き、そして、心得童子は一斉に法輪による爆撃を始めた。

 

 ――――少しだけ、昔の話。

 

「懺悔、……ですか」

 雪風の言葉に、深海棲艦雪風、雪姉、と。半分くらい真面目に呼んだ彼女は応じる。

 懺悔に来た。その言葉、そして、雪風の罪。

 《呪詛の御社》の使用を認めた。深海棲艦が発生するのに、そして、その戦いで艦娘は死んでしまう事もあるのに、

 それでも、それで人が平穏に暮らせるなら、それでいい、と。そう、決めた。

 だから、目の前にいる彼女が死んだのは、自分に原因がある。

 

 ごめんなさい。

 

 死神、と。かつて言われた。艦の運を吸い取る死神だ、と。

 もちろん、そんなわけがない。運を吸い取るなんて出来るわけがない。当然の事。

 だから、あの時に死神と言われたのはただの嘘。ただの八つ当たり。

 みんなそれを解っていた。だから雪風は気にしないと応じ、彼らはごめん、と謝った。

 けど、

「艦娘たちにとって、雪風は、確かに死神なんです」

 艦娘たちが死ぬ原因。深海棲艦、その存在を許容したのだから。

 死ぬ原因となる存在、死神。魂に刻まれた祈り、民の平穏のために、艦娘の命を奪う死神。自分がそれだ、と告げ。

「だから、……謝りたいんです。謝らせて、ください」

 

 ごめんなさい。

 

「卑怯、だって解っています。

 もう、止まる事は出来ない。止める事も、出来ないです。この平穏は、これからも維持していきます。

 だから、許さないって、……いえ、なんて言われても、平穏を止める事は、ないです」

 だから、この謝罪はただの自己満足。卑怯な言葉。……ただ、一方的に押しつけるだけの懺悔。

 ごめんなさい、もう一度告げる。雪風は微笑み。

「死神も、泣くんですね」

 平穏の犠牲者は、少し困ったようにそんな事を言った。

 

 ――――そんな、話。

 

「は、…………あ」

 膝をつく雪風。当然だ。数十の法輪による爆撃を受けた。撃ち落とし、回避しただろうが、それでも、直撃したのも数多くあっただろう。

 膝をつき視線を向ける雪風。まだ生きている。初霜にとって驚愕に値する。けど、

「終わりだ」

 若葉は連装砲を向ける。呼吸は荒く、その姿はぼろぼろで、…………けど、

「まだ、……沈みま、せん」

 立ち上がる。

「雪風は、……沈みません。

 絶対に、沈んじゃ、だめ、です」

 ふらふらと、痛そうに、辛そうに、

 だって、

「たくさん、……たくさん、雪風が、護らないと、いけない、みんな、沈んで逝きました。

 だから、その分、雪風は、護らなくちゃいけない、ん、です。……だから、絶対に、…………雪風は、沈みま、せん」

 壮絶な意思を込めて、雪風は告げた。

 その姿に、連装砲を向ける若葉は寒気を感じる。確かに、気圧される。

 撃てば勝てる、だろう。辛そうに立つ雪風に、今までのような精密な回避ができるとは思えない。

 けど、…………否。

「くっ!」

 砲撃する。雪風は回避しようとして、けど、姿勢を崩して、

 

 爆発。

 

「流石に、指輪持ち、それも、最強って名高い大島基地の二人を相手じゃあ、きついですねー」

「と、いうわけで助力するよ。雪風。

 まだ、僕たちは君に死んで欲しくない」

 いくつかの傷を負った二人の艦娘。若葉は舌打ち。

「時雨、それに、綾波」

 佐世保、舞鶴鎮守府の旗艦。おそらく、雪風に次ぐ実力者。

「去るなら追わないよ。

 まあ、……なんていうか、情けない話僕は負けたからね。これ以上首を突っ込むつもりはなかったのだけど」

 時雨は苦笑。

「それでも、友達を見捨てる事だけは、出来なくてね」

「そういう事です。ごめんなさい」

 綾波と時雨はそれぞれの艤装を構える。それを見て、若葉は肩を落とした。

 周囲にある心得童子を消す。

「初霜、一時撤退だ。

 こちらも入渠して、立て直す」

「それがいいですね」

 初霜は頷いた。そして、溜息。

「仁王立ちって、……ほんと、強すぎますよ」

 溜息をついた。その先、俯き、動かず、ただ、そこに立つだけの雪風がいた。

 

 雪風は、沈みません。

 意識を失っても、その誓いだけは譲らない。彼女は、ぼろぼろになっても、そこにいた。

 

 ――――少しだけ、昔の話。

 

 頭を撫でられる。凄く、意外だった。

 殴られる。その程度は覚悟していたから。

 罵られる。それが当然と思っていたから。

 けど、眼前には少し困ったような雪風がいる。

「雪風は、怒っていません。

 そりゃまあ、……なんていうか、轟沈した時はすっごく痛かったですし、今は、なんか不運になっちゃってあの姉から娯楽扱いとか心外な事になってますけど」

 けど、雪風は微笑む。

「不運だなあ、なんていつも思ってます。

 けど、不幸と思った事は、一度もありません」

 今、ここにいる、この生活が幸せだから。

 ここにいる友達と一緒にいる事が、とても、幸せだから。

 だから、雪風は、涙を零す死神の目元に触れて、

「貴女の事を、死神だなんて、いいませんよ」

 謝る事なんてないです。と、微笑んだ。

 

 ――――そんな、話。

 

「負けちゃいました、か」

「っていうか、二人を相手に一人で勝てると思っていたのかい?

 たまに思うんだけど、雪風って変なところで無鉄砲だよね」

 のんびりと曳航する時雨。綾波は笑った。

「これから、どちらへ?」

「横須賀鎮守府、雪風は入渠です。

 轟沈したらどうするんですか?」

 呆れたように応じる綾波。どうするか?

「雪風も、深海棲艦の仲間入り、ですかね」

 あの都なら、そこで暮すのもいいだろう、と。思う。けど、

「ダメだよ」「ダメです」

 声。だって、

「僕は友達に死んで欲しくない。

 当たり前じゃないか」

「他の艦娘皆さまからすれば、ふざけるな、かもしれないですけどね」

 きっぱりと言ってのける時雨と、苦笑する綾波。……ふと、雪風は涙が出そうになった。

「そう、……ですよね」

 例え、死神でも、例え、そう呼ばれるのが当然だとしても、

 それでも、

「雪風は、ここにいて、いい、ですよね?」

「だめなわけないじゃないですか。

 友達なんですから」

「と言うか、消えるなんて僕は許さないよ」

 その言葉を聞いて、雪風は、よかった、と呟く。

 同じ穴の狢。けど、それでも、雪風の事を友達と呼んでくれた。

 改めて、そう言ってくれると嬉しいですね、と。曳航する時雨にばれないように、そっと、微笑む。

「雪風、……あの都で、雪風に会いました」

「そうだね、会いに行っていたね」

「なにか、面白い話をしたみたいですね」

「はい、雪風、すっごく、不運になって、ました。

 なのに、周り、友達がいて、みんな、笑顔で、……凄く、羨ましかった、です。

 けど、雪風も友達、いたんですね」

「それはさすがに心外だね。

 僕はずっと友達だと思ってたよ。……同じ穴の狢、同じ平穏を夢見て、同じ罪を背負っている、ね。だから、雪風は一人じゃないよ」

「死神、その名を一人で背負う事はありませんよ。

 綾波達も、同じです」

「…………はい」

 雪風は応じる。…………そして、友達と言ってくれた彼女に見守られて、彼女に背中を貸され、そして、目を、閉じた。

 

 ――――少しだけ、昔の話。

 

「雪風も泣き虫ですねー」

「あ、……あははは」

 撫でられて、そのまま思い切り泣いた雪風は、ばつが悪そうに苦笑。

「泣き虫、っていうか、きっと、」

 

 この、死神がっ!

 ずっとずっと昔、そう罵られた。自分の命を託した艦が沈んだ彼らは、その失意を紛らわせるために、雪風をそう呼んだ。

 失意を認められない、人の弱さ。……けど、

 

 押しつけの懺悔を口にした雪風も、きっと、

 

「弱虫なんだと思います」

 

 そうですねー、と雪風は微笑んで、まだ、撫でてくれた。

 

 ――――そんな、話。

 




 書くのが一番難しかった雪風の戦闘。けど、書きたかった雪風のお話し。
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