深海の都の話   作:林屋まつり

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十一話

 

 吾妻島へと架かる橋。そこに、一人の男がいる。

 巨漢、巨躯、頑強、頑健を形にした姿。

 禿頭の彼は目を開ける。傍らにある、鉄塊のような大剣を抜く。その先、

「平将門。

 聞いているぞ、新皇を名乗った不敬が」

 一人の少女がいる。

「かつての帝、……後醍醐帝、か」

 御剣を下げた少女は、苛立たしそうに彼を見た。

「では、……殺すか」

「いきなりだな。交わす言葉もないか」

「神器もなしに皇を名乗った不敬が。それだけで誅戮に値する。

 《呪詛の御社》など関係ない。河童の戯言に踊らされた愚物は、消えよ」

「かつての帝がなにを語るか。

 魔縁の言葉を聞く必要はない。消えろ? ならば、実力で排除してみろ」

「よく言ったな。不敬」

 

 桜、舞う。

 

 そして、尊治は疾走した。

「む」

 速い。片手に御剣を下げ、疾走。身を沈めて、跳躍。

「ふっ」「む」

 剣戟の音。将門は大剣で防御し、尊治は跳躍して離れる。眉根を寄せる。

「妙だな、千本桜が効かぬか」

「それか」

 その異常、将門も感じている。

 防御した。けど、重い。

 衝撃が響いた。それは、本来ならあり得ない事。

 鉄身加護、決して傷つかないと讃えられたその身。あらゆる攻撃を弾き返す加護。

 それは、衝撃にも言える。鉄の身に衝撃が響く事はない。

 けど、

 加護が消えている。尊治の独り言。千本桜。おそらく、対象に干渉する異能。鉄身加護が解除されているらしい。

 が、まあ、いい。

「行くぞ」

 将門は疾走。尊治は眉根を寄せる。やはり、千本桜が効いていないらしい。が、まあ、構わない。

 大剣を振り抜く。尊治は跳躍。回避。

 御剣を振り下ろす。将門は大剣を振り上げて防御。剣戟の音が響く。

「は、あっ!」

 尊治は着地、旋回して御剣を叩きつける。防御。剣戟の音が響き、将門は大剣を振り上げ、振り下ろす。

 剣戟の音。大質量の大剣を振り下ろされ、防御。その質量に尊治の体が沈み、鉄橋に足跡が残る。

 将門はその長身を活かして押し潰すように大剣に力を込める。小柄な尊治は眉根を寄せ、けど、

「ふっ!」

 体を倒す。大剣が傾く。尊治は体を倒して大剣を蹴りあげる。

 後ろに跳躍。将門は蹴りあげられた大剣を振り下ろす、が。それは鉄橋を抉るに終わる。後ろに跳躍した尊治は、着地と同時に前に疾走。御剣を振り抜く。

 剣戟の音。大剣を構え直した将門は尊治が振り抜いた御剣を弾き、

「は、あっ!」

 前へ。そして、大剣を振り下ろす。

 両断せよ、と迫る大剣。対して、尊治は拳を振り上げる。大剣に触れ、押すように逸らす。大剣の一撃をやり過ごした尊治は御剣を振るう。が、将門は後ろに跳躍。

「ちっ」

 尊治は笑う。笑って御剣を深く、構えて、

「散れ」

 振り抜いた。

「ぬっ?」

 大剣を構える。そこに叩きつけられる衝撃。

 たんっ、と音。そして、爆ぜた。

 将門は眉根を寄せる。見た事もない高速の疾走。手の中で御剣を旋回。

 膝を落とす。姿勢を低く、這うような姿勢で真っ直ぐに将門に向かう。

 今までより、さらに速い高速の突撃。けど、将門も多くの戦いをこなしてきた。この程度で失敗する事はない。

 真っ直ぐに、大剣を振り下ろす。高速で突撃する彼女を叩きつぶすために、けど、

 爆発。

 鉄橋が衝撃で揺れる。加速、振り下ろした大剣を回避し、横をすり抜け、

「落ちよ」

 跳躍。御剣を振り抜いて、その首を叩き落とした。

 着地、頭を喪い崩れ落ちる巨躯。尊治はつまらなさそうにそれを見て、御剣を振るう。吾妻島に視線を向ける。

「五行の封印か、……豊浦の好きそうなやり口だな。

 さっさとぶち壊すか」

 歩き出す。ふと、尊治は前に走った。

 振り下ろされる大剣。彼女がいた場所を抉る。

「首を刎ねたが、死なぬか」

 視線の先、大剣を構えた将門がいる。

「生憎と、あの程度では死なぬ」

「ふんっ」

 尊治は、笑う。

「ならば、次は全身を切り刻んでみようか」

「やってみよ。同じ事が二度も三度も通じると思うな」

「なめるな不敬。貴様を殺す程度、いくらでもこなせる」

 吐き捨てて、手を振る。瞬間。

 

 ぞんっ、と音。

 

 言葉通り、将門の全身が切り刻まれる。尊治は軽く手を振る。

 切り刻んだ刃は彼女の手にまとわりつく影。黒い、薄い、紙のような無数の刃。

「さて、これでもまだ復活できるか」

 楽しそうに、口の端を吊り上げて呟く。復活できなければそれでいい、復活できたのならば、別の方法で殺せばいい。

 手にまとわりつくのは陵に持ち込んだ法華経。朝敵調伏を祈願し、それを叶える為の誓願。

 影、尊治は手を振り上げる。法華経が絡みつき、楯となる。

 剣戟の音。将門は振り抜いた大剣を構え直して眉根を寄せる。

「面倒な武装だな」

「武装? 愚物が、……ならば、その武装で死せよ不敬っ!」

 法華経が伸びる。大剣に絡みつく。

 将門はそれを力任せに振り払う。振り払い、視線を前へ。眼下、笑う尊治が迫る。

「次は、その心臓をえぐり出そうか」

 言葉通り、御剣が胸に迫る。なめるな、と。将門は後ろに跳躍。御剣を回避。

 そして、大剣をまわして振り下ろす。その軌跡は尊治を捉えて、剣戟の音。

 振り上げた御剣が大剣を弾く。尊治は一歩前へ、肉薄。腹に掌を当てて、

「飛べ」

 打撃した。将門の巨躯が弾き飛ばされる。

 尊治の足元、鉄橋には踏み込みで抉れた足跡がある。将門はそれを見て眉根を寄せる。

「剣術、だけでも意外だが、まさか格闘までできるとは」

 妙な話だ。そもそも、帝は戦わない。その刃が血に塗れる事はない。

 なのだが、

「馬鹿者。戦い方など教えてくれるものはいくらでもいる。

 学ぼうとすれば、いくらでも叶えられる」

 元より、楠木正成と言う悪党を手元に置いた彼にとって、身分の貴賎は大して気にする事でもない。

 否、賤しい、と蔑まれた者たちこそ、必死になって生き延びた者たちだ。武器を満足にそろえられない彼らは、それでも生き抜き、戦い抜くため、可能なあらゆる方法を考え抜き、磨き抜いた。

 格闘などその最たるもの。尊治は笑い。

「生憎と、血にも泥にもまみれたこの身、帝位にあったころならばその位にふさわしい振る舞いもしよう。だが、今は魔縁。不浄など、怖れる事ではない」

「そうか」

 頷き、大剣を握る。

「遠慮は、不要か」

 爆発の音。将門は全力の踏み込みで一気に前へ。大剣を振り抜く。

 爆風、剛腕から繰り出される一撃は直撃すれば切断では済まされない。文字通り、消し飛ばされるであろう。

「ほう」

 尊治は後ろに跳んで大剣の一撃を回避。そして、

「返礼だ。受けよ」

 御剣を振り抜いた。

「むっ」

 大剣を構える。その上から叩きつけられる衝撃。

「ははっ、次行くぞっ!

 そこで動かぬなら構わぬっ! 串刺しにされよっ!」

 調伏の影が伸びる。朝敵たる将門を貫くために殺到。けど、

「ほう」

 串刺しになる直前、将門は後ろに大きく跳躍。

 影は重なり追撃する。が、「潰す」

 言葉とともに、大剣を振り下ろす。束ねられた影の刃をまとめて叩きつぶす。

 ぐるん、と大剣を振りまわす。

「は、あっ」

 突撃。足の力をすべて前進のために叩き込み。身体全体を使った全力の突き。

「ぬっ」

 尊治の表情にわずかな驚き。そして、御剣を構える。軽く跳躍。

 御剣に大剣が叩きつけられた。文字通り、吹き飛ばされる。

 炸裂の音。まだ着地していない尊治を叩きつぶすために、将門は前へ、大剣を振り下ろす。吹き飛ばされて、足場のない尊治に回避は不可能。叩きつぶされるか、あるいは防御してさらに弾き飛ばされるか。けど、

「なめるな」

 帝位にあった魔縁にとって、その程度、覆せる。

 法華経の影が足元に滑り込む。そこを足場に、跳躍。

「ちっ」

 振り下ろした大剣は鉄橋を穿ち抉る。大跳躍した尊治は御剣を振り下ろす。

「ふん」

 柄尻を跳ね上げて御剣の刀身を弾く。さらに拳を握り、振り上げる。

「はっ」

 打撃の音。尊治の掌を将門の拳が打撃して、小柄な彼女は再度上へ。

 将門は大剣を握る。定石なら、このまま跳ね上げる。直撃すれば小柄な少女程度両断可能で、御剣で受ければ弾き飛ばして海に叩き落とせる。

 が、それが通用する相手とは思っていない。ばらり、と法華経の影が辺りに突き刺さる。その元、

「ははははっ!」

 影を、駆けおりる少女。足場のない空に無数の足場を構築し、跳ねまわり、空を疾走する。

 想定通り。

「砕けるか」

 ぽつり、呟いて大剣を旋回。自分の周囲にある影を粉砕する。

「むっ?」

 破砕が伝播し影が砕ける。尊治が走っていた影も砕けて、彼女は跳躍。別の影に跳び移る、が。

「落ちろ」

 将門は疾走、片っ端から影を砕き、尊治の着地地点へ。

「お、おおっ?」

 跳躍、そして、将門は大剣を振り抜く。

 剣戟の音が響いた。

 

「…………流石にこの程度では死なぬだろうが」

 吹き飛ばされ、海に落下した尊治。この程度で死ぬとは思えない。将門は銃を抜く。

 特注した大口径の拳銃。鉄身加護を前提としているため、常人が撃てばそれだけで肩を壊す規格外の銃。

 ただ、その加護は削ぎ落されてしまった。鉄身加護を解除した状態での銃撃も訓練はしたが、あまり使う事は出来ない。……あるいは、全力で加護を集中させれば、出来るかもしれないが。

 が、そう言っていられる相手でもない。過去の帝、まさか戦う事が出来るとは思わなかった。

「祈祷をするだけならば、楽なのだがな」

 

 ひらり、桜が舞う。

 はらり、桜が舞う。

 

「…………来るか」

 ざんっ! と、音。「正面かっ!」

 正面、ほぼ鉄橋の真下。

 そこから尊治が飛び出す。その手には御剣。

「もう一度、その首落ちよ」

 首を刎ねるための一閃。けど、将門は大剣を振り上げる。

 剣戟の音。振り抜いた御剣を大剣が下から弾きあげる。

「はっ」「むっ」

 将門は蹴り上げ、尊治は足の上に着地、跳躍。

「軽業師か」

 追撃、は果たせない。眼前から迫る無数の影。法華経の刃は朝敵を滅ぼすための刃となる。

 大剣の一撃でまとめて粉砕し、振り返る。銃撃。

「ほう?」

 振り下ろされた御剣を銃弾で弾き飛ばす。距離をとる。

「なんだ、そんなものまで使うのか。

 芸達者だな」

「そちらに言われたくないがな」

 将門の言葉に、尊治は笑う。見る者に怖気を与える。魔の笑み。

 ただの人ならそれだけで動けなくなるだろう。が、相対する将門も、その存在は魔の部類。

「では、行こうか」

 一切の動揺なく、魔縁である彼女に応じる。

 応じる内容は銃撃。大口径の拳銃から放たれる銃弾が尊治に迫り、手を振る。影の防壁が構築される。爆砕。

 影がまとめて砕かれ、尊治まで銃弾が届く。

 舌打ち。

「不愉快だな」

 銃弾は回避した。けど、その表情は不機嫌。視線は御剣を持つ右手に落とされている。

 そこに、微かな傷。

「玉体を傷けられた事が不本意か?」

 将門の言葉に、尊治は笑う。

「殺す」

「会話する気さえないか」

 仕方ないか、と。将門は苦笑。

 南北朝の動乱を巻き起こしてまで帝の座を欲した彼が、新皇を名乗った自分を許容できるとは思えない。

「河童の戯言に付き合ったつけがこれか」

 御剣の一撃を大剣で叩き返して、下段蹴り。尊治は跳躍して回避。御剣を振り下ろす、大剣を振り上げて激突。剣戟の音が響く。尊治は弾き飛ばされて着地。将門は銃を抜く、銃撃。

「ふっ」

 剣戟の音。流石に御剣は砕けないか。将門は舌打ちして前へ。

「は、あぁぁああっ!」

 大剣を振り下ろす。御剣を振り下ろす。剣戟の音が響く。

「ちっ」

 尊治は舌打ち。体格柄、押しこまれる。不愉快だ。

「ふんっ」

 とん、と爪先で地面を叩く。将門は御剣を弾き飛ばして距離をとる。足元から迫る影の刃。将門は舌打ちして大剣を振るう。影を切り払う。

 破砕の音が連続。大剣を振るい影を砕き銃撃。銃弾を御剣で逸らして尊治は疾走。御剣を振り下ろす。

 剣戟の音。

 尊治は押しこまれる愚を犯さないためすぐに離れる。跳躍、畳みかける。

 指の動きで刀を振りまわし、持ち方を変え、あらゆる角度から御剣を振るう。小柄な体を活かし、高速の回転を将門に叩きこむ。

「むっ」

 将門は不利を自覚する。大柄の体格と大剣、懐に飛び込まれれば攻撃さえ出来ない。

 だから、膝を跳ね上げる。杭打ちのような打撃。

「ちっ」

 不意打ちだった。懐に飛び込めば反撃される事はない。そう思い踏み込んだ尊治は打撃を御剣の柄で受ける。衝撃を殺し切れず、弾き飛ばされる。

 着地。御剣を構える。

「吹き飛べっ!」

 振り抜いた。衝撃が迫る。が、

「見えているな」

 将門は疾走。大気の歪みのような衝撃を前に跳躍。飛び越える。

 尊治は小柄な少女の姿をしている。なら、飛び越えられない高さではない。着地。御剣を振り抜いた直後の尊治に、銃撃。

「ぐっ?」

 銃弾は彼女の肩を抉る。辛うじて、直撃は避けられたらしい。

 将門はさらに前へ、肩を抑える尊治を仕留めるため、大剣を振りあげる。が、

「ぬっ?」

 足元から影が伸びる。大剣を持つ腕を貫くために迫り、回避。絡みつくように旋回。後ろに跳んでやり過ごす。

 追撃失敗。将門は尊治に視線を向け。尊治は忌々しそうに肩を押さえて睨み返す。

「終わりか、退けば追わないが?」

「たわけが」

 抑えている肩口に黒い影が重なる。法華経、か。

 ぎちり、と。包帯のように絡みつく。尊治は御剣を握る。

「貴様ごとに退くつもりはない」

「そうか」

 ならば仕方ない。大剣を構える。

 

 どくん、と。音。

 

「なんだっ?」「むっ?」

 二人は動きを止める。視線を向ける。その先、

 

 《呪詛の御社》から、鼓動が聞こえた。

 

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