吾妻島へと架かる橋。そこに、一人の男がいる。
巨漢、巨躯、頑強、頑健を形にした姿。
禿頭の彼は目を開ける。傍らにある、鉄塊のような大剣を抜く。その先、
「平将門。
聞いているぞ、新皇を名乗った不敬が」
一人の少女がいる。
「かつての帝、……後醍醐帝、か」
御剣を下げた少女は、苛立たしそうに彼を見た。
「では、……殺すか」
「いきなりだな。交わす言葉もないか」
「神器もなしに皇を名乗った不敬が。それだけで誅戮に値する。
《呪詛の御社》など関係ない。河童の戯言に踊らされた愚物は、消えよ」
「かつての帝がなにを語るか。
魔縁の言葉を聞く必要はない。消えろ? ならば、実力で排除してみろ」
「よく言ったな。不敬」
桜、舞う。
そして、尊治は疾走した。
「む」
速い。片手に御剣を下げ、疾走。身を沈めて、跳躍。
「ふっ」「む」
剣戟の音。将門は大剣で防御し、尊治は跳躍して離れる。眉根を寄せる。
「妙だな、千本桜が効かぬか」
「それか」
その異常、将門も感じている。
防御した。けど、重い。
衝撃が響いた。それは、本来ならあり得ない事。
鉄身加護、決して傷つかないと讃えられたその身。あらゆる攻撃を弾き返す加護。
それは、衝撃にも言える。鉄の身に衝撃が響く事はない。
けど、
加護が消えている。尊治の独り言。千本桜。おそらく、対象に干渉する異能。鉄身加護が解除されているらしい。
が、まあ、いい。
「行くぞ」
将門は疾走。尊治は眉根を寄せる。やはり、千本桜が効いていないらしい。が、まあ、構わない。
大剣を振り抜く。尊治は跳躍。回避。
御剣を振り下ろす。将門は大剣を振り上げて防御。剣戟の音が響く。
「は、あっ!」
尊治は着地、旋回して御剣を叩きつける。防御。剣戟の音が響き、将門は大剣を振り上げ、振り下ろす。
剣戟の音。大質量の大剣を振り下ろされ、防御。その質量に尊治の体が沈み、鉄橋に足跡が残る。
将門はその長身を活かして押し潰すように大剣に力を込める。小柄な尊治は眉根を寄せ、けど、
「ふっ!」
体を倒す。大剣が傾く。尊治は体を倒して大剣を蹴りあげる。
後ろに跳躍。将門は蹴りあげられた大剣を振り下ろす、が。それは鉄橋を抉るに終わる。後ろに跳躍した尊治は、着地と同時に前に疾走。御剣を振り抜く。
剣戟の音。大剣を構え直した将門は尊治が振り抜いた御剣を弾き、
「は、あっ!」
前へ。そして、大剣を振り下ろす。
両断せよ、と迫る大剣。対して、尊治は拳を振り上げる。大剣に触れ、押すように逸らす。大剣の一撃をやり過ごした尊治は御剣を振るう。が、将門は後ろに跳躍。
「ちっ」
尊治は笑う。笑って御剣を深く、構えて、
「散れ」
振り抜いた。
「ぬっ?」
大剣を構える。そこに叩きつけられる衝撃。
たんっ、と音。そして、爆ぜた。
将門は眉根を寄せる。見た事もない高速の疾走。手の中で御剣を旋回。
膝を落とす。姿勢を低く、這うような姿勢で真っ直ぐに将門に向かう。
今までより、さらに速い高速の突撃。けど、将門も多くの戦いをこなしてきた。この程度で失敗する事はない。
真っ直ぐに、大剣を振り下ろす。高速で突撃する彼女を叩きつぶすために、けど、
爆発。
鉄橋が衝撃で揺れる。加速、振り下ろした大剣を回避し、横をすり抜け、
「落ちよ」
跳躍。御剣を振り抜いて、その首を叩き落とした。
着地、頭を喪い崩れ落ちる巨躯。尊治はつまらなさそうにそれを見て、御剣を振るう。吾妻島に視線を向ける。
「五行の封印か、……豊浦の好きそうなやり口だな。
さっさとぶち壊すか」
歩き出す。ふと、尊治は前に走った。
振り下ろされる大剣。彼女がいた場所を抉る。
「首を刎ねたが、死なぬか」
視線の先、大剣を構えた将門がいる。
「生憎と、あの程度では死なぬ」
「ふんっ」
尊治は、笑う。
「ならば、次は全身を切り刻んでみようか」
「やってみよ。同じ事が二度も三度も通じると思うな」
「なめるな不敬。貴様を殺す程度、いくらでもこなせる」
吐き捨てて、手を振る。瞬間。
ぞんっ、と音。
言葉通り、将門の全身が切り刻まれる。尊治は軽く手を振る。
切り刻んだ刃は彼女の手にまとわりつく影。黒い、薄い、紙のような無数の刃。
「さて、これでもまだ復活できるか」
楽しそうに、口の端を吊り上げて呟く。復活できなければそれでいい、復活できたのならば、別の方法で殺せばいい。
手にまとわりつくのは陵に持ち込んだ法華経。朝敵調伏を祈願し、それを叶える為の誓願。
影、尊治は手を振り上げる。法華経が絡みつき、楯となる。
剣戟の音。将門は振り抜いた大剣を構え直して眉根を寄せる。
「面倒な武装だな」
「武装? 愚物が、……ならば、その武装で死せよ不敬っ!」
法華経が伸びる。大剣に絡みつく。
将門はそれを力任せに振り払う。振り払い、視線を前へ。眼下、笑う尊治が迫る。
「次は、その心臓をえぐり出そうか」
言葉通り、御剣が胸に迫る。なめるな、と。将門は後ろに跳躍。御剣を回避。
そして、大剣をまわして振り下ろす。その軌跡は尊治を捉えて、剣戟の音。
振り上げた御剣が大剣を弾く。尊治は一歩前へ、肉薄。腹に掌を当てて、
「飛べ」
打撃した。将門の巨躯が弾き飛ばされる。
尊治の足元、鉄橋には踏み込みで抉れた足跡がある。将門はそれを見て眉根を寄せる。
「剣術、だけでも意外だが、まさか格闘までできるとは」
妙な話だ。そもそも、帝は戦わない。その刃が血に塗れる事はない。
なのだが、
「馬鹿者。戦い方など教えてくれるものはいくらでもいる。
学ぼうとすれば、いくらでも叶えられる」
元より、楠木正成と言う悪党を手元に置いた彼にとって、身分の貴賎は大して気にする事でもない。
否、賤しい、と蔑まれた者たちこそ、必死になって生き延びた者たちだ。武器を満足にそろえられない彼らは、それでも生き抜き、戦い抜くため、可能なあらゆる方法を考え抜き、磨き抜いた。
格闘などその最たるもの。尊治は笑い。
「生憎と、血にも泥にもまみれたこの身、帝位にあったころならばその位にふさわしい振る舞いもしよう。だが、今は魔縁。不浄など、怖れる事ではない」
「そうか」
頷き、大剣を握る。
「遠慮は、不要か」
爆発の音。将門は全力の踏み込みで一気に前へ。大剣を振り抜く。
爆風、剛腕から繰り出される一撃は直撃すれば切断では済まされない。文字通り、消し飛ばされるであろう。
「ほう」
尊治は後ろに跳んで大剣の一撃を回避。そして、
「返礼だ。受けよ」
御剣を振り抜いた。
「むっ」
大剣を構える。その上から叩きつけられる衝撃。
「ははっ、次行くぞっ!
そこで動かぬなら構わぬっ! 串刺しにされよっ!」
調伏の影が伸びる。朝敵たる将門を貫くために殺到。けど、
「ほう」
串刺しになる直前、将門は後ろに大きく跳躍。
影は重なり追撃する。が、「潰す」
言葉とともに、大剣を振り下ろす。束ねられた影の刃をまとめて叩きつぶす。
ぐるん、と大剣を振りまわす。
「は、あっ」
突撃。足の力をすべて前進のために叩き込み。身体全体を使った全力の突き。
「ぬっ」
尊治の表情にわずかな驚き。そして、御剣を構える。軽く跳躍。
御剣に大剣が叩きつけられた。文字通り、吹き飛ばされる。
炸裂の音。まだ着地していない尊治を叩きつぶすために、将門は前へ、大剣を振り下ろす。吹き飛ばされて、足場のない尊治に回避は不可能。叩きつぶされるか、あるいは防御してさらに弾き飛ばされるか。けど、
「なめるな」
帝位にあった魔縁にとって、その程度、覆せる。
法華経の影が足元に滑り込む。そこを足場に、跳躍。
「ちっ」
振り下ろした大剣は鉄橋を穿ち抉る。大跳躍した尊治は御剣を振り下ろす。
「ふん」
柄尻を跳ね上げて御剣の刀身を弾く。さらに拳を握り、振り上げる。
「はっ」
打撃の音。尊治の掌を将門の拳が打撃して、小柄な彼女は再度上へ。
将門は大剣を握る。定石なら、このまま跳ね上げる。直撃すれば小柄な少女程度両断可能で、御剣で受ければ弾き飛ばして海に叩き落とせる。
が、それが通用する相手とは思っていない。ばらり、と法華経の影が辺りに突き刺さる。その元、
「ははははっ!」
影を、駆けおりる少女。足場のない空に無数の足場を構築し、跳ねまわり、空を疾走する。
想定通り。
「砕けるか」
ぽつり、呟いて大剣を旋回。自分の周囲にある影を粉砕する。
「むっ?」
破砕が伝播し影が砕ける。尊治が走っていた影も砕けて、彼女は跳躍。別の影に跳び移る、が。
「落ちろ」
将門は疾走、片っ端から影を砕き、尊治の着地地点へ。
「お、おおっ?」
跳躍、そして、将門は大剣を振り抜く。
剣戟の音が響いた。
「…………流石にこの程度では死なぬだろうが」
吹き飛ばされ、海に落下した尊治。この程度で死ぬとは思えない。将門は銃を抜く。
特注した大口径の拳銃。鉄身加護を前提としているため、常人が撃てばそれだけで肩を壊す規格外の銃。
ただ、その加護は削ぎ落されてしまった。鉄身加護を解除した状態での銃撃も訓練はしたが、あまり使う事は出来ない。……あるいは、全力で加護を集中させれば、出来るかもしれないが。
が、そう言っていられる相手でもない。過去の帝、まさか戦う事が出来るとは思わなかった。
「祈祷をするだけならば、楽なのだがな」
ひらり、桜が舞う。
はらり、桜が舞う。
「…………来るか」
ざんっ! と、音。「正面かっ!」
正面、ほぼ鉄橋の真下。
そこから尊治が飛び出す。その手には御剣。
「もう一度、その首落ちよ」
首を刎ねるための一閃。けど、将門は大剣を振り上げる。
剣戟の音。振り抜いた御剣を大剣が下から弾きあげる。
「はっ」「むっ」
将門は蹴り上げ、尊治は足の上に着地、跳躍。
「軽業師か」
追撃、は果たせない。眼前から迫る無数の影。法華経の刃は朝敵を滅ぼすための刃となる。
大剣の一撃でまとめて粉砕し、振り返る。銃撃。
「ほう?」
振り下ろされた御剣を銃弾で弾き飛ばす。距離をとる。
「なんだ、そんなものまで使うのか。
芸達者だな」
「そちらに言われたくないがな」
将門の言葉に、尊治は笑う。見る者に怖気を与える。魔の笑み。
ただの人ならそれだけで動けなくなるだろう。が、相対する将門も、その存在は魔の部類。
「では、行こうか」
一切の動揺なく、魔縁である彼女に応じる。
応じる内容は銃撃。大口径の拳銃から放たれる銃弾が尊治に迫り、手を振る。影の防壁が構築される。爆砕。
影がまとめて砕かれ、尊治まで銃弾が届く。
舌打ち。
「不愉快だな」
銃弾は回避した。けど、その表情は不機嫌。視線は御剣を持つ右手に落とされている。
そこに、微かな傷。
「玉体を傷けられた事が不本意か?」
将門の言葉に、尊治は笑う。
「殺す」
「会話する気さえないか」
仕方ないか、と。将門は苦笑。
南北朝の動乱を巻き起こしてまで帝の座を欲した彼が、新皇を名乗った自分を許容できるとは思えない。
「河童の戯言に付き合ったつけがこれか」
御剣の一撃を大剣で叩き返して、下段蹴り。尊治は跳躍して回避。御剣を振り下ろす、大剣を振り上げて激突。剣戟の音が響く。尊治は弾き飛ばされて着地。将門は銃を抜く、銃撃。
「ふっ」
剣戟の音。流石に御剣は砕けないか。将門は舌打ちして前へ。
「は、あぁぁああっ!」
大剣を振り下ろす。御剣を振り下ろす。剣戟の音が響く。
「ちっ」
尊治は舌打ち。体格柄、押しこまれる。不愉快だ。
「ふんっ」
とん、と爪先で地面を叩く。将門は御剣を弾き飛ばして距離をとる。足元から迫る影の刃。将門は舌打ちして大剣を振るう。影を切り払う。
破砕の音が連続。大剣を振るい影を砕き銃撃。銃弾を御剣で逸らして尊治は疾走。御剣を振り下ろす。
剣戟の音。
尊治は押しこまれる愚を犯さないためすぐに離れる。跳躍、畳みかける。
指の動きで刀を振りまわし、持ち方を変え、あらゆる角度から御剣を振るう。小柄な体を活かし、高速の回転を将門に叩きこむ。
「むっ」
将門は不利を自覚する。大柄の体格と大剣、懐に飛び込まれれば攻撃さえ出来ない。
だから、膝を跳ね上げる。杭打ちのような打撃。
「ちっ」
不意打ちだった。懐に飛び込めば反撃される事はない。そう思い踏み込んだ尊治は打撃を御剣の柄で受ける。衝撃を殺し切れず、弾き飛ばされる。
着地。御剣を構える。
「吹き飛べっ!」
振り抜いた。衝撃が迫る。が、
「見えているな」
将門は疾走。大気の歪みのような衝撃を前に跳躍。飛び越える。
尊治は小柄な少女の姿をしている。なら、飛び越えられない高さではない。着地。御剣を振り抜いた直後の尊治に、銃撃。
「ぐっ?」
銃弾は彼女の肩を抉る。辛うじて、直撃は避けられたらしい。
将門はさらに前へ、肩を抑える尊治を仕留めるため、大剣を振りあげる。が、
「ぬっ?」
足元から影が伸びる。大剣を持つ腕を貫くために迫り、回避。絡みつくように旋回。後ろに跳んでやり過ごす。
追撃失敗。将門は尊治に視線を向け。尊治は忌々しそうに肩を押さえて睨み返す。
「終わりか、退けば追わないが?」
「たわけが」
抑えている肩口に黒い影が重なる。法華経、か。
ぎちり、と。包帯のように絡みつく。尊治は御剣を握る。
「貴様ごとに退くつもりはない」
「そうか」
ならば仕方ない。大剣を構える。
どくん、と。音。
「なんだっ?」「むっ?」
二人は動きを止める。視線を向ける。その先、
《呪詛の御社》から、鼓動が聞こえた。