深海の都の話   作:林屋まつり

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後日の話 ― あるいは後始末
最終話


 

 《波下の都》、鎮守府の執務室。

 秘書である響は紅茶を四つ用意する。一つは自分の主に、一つは自分に、そして、残り二つは、

 

「やあ、こんにちわ。久しぶりだね。吹雪ちゃん」

 

 主、言仁の対面に座る二人の艦娘。

 吹雪と、赤城。

 

「えーと、……その、吹雪ちゃん、ですか」

 じとー、とした響の視線を受け、吹雪は曖昧な笑み。

 ちゃん、と言仁が呼ぶのは吹雪だけ。それが特別扱いされているようで、秘書である響にとって面白くないらしい。もちろん、そう呼ばれる理由は吹雪にも解らない。

 ただ、響の包帯越しにさえ解るほど、視線がちくちくと刺さるので可能なら遠慮したい。……嫌ではないが。

「じゃあ、吹雪海軍大将殿?」

 そんな吹雪の内心を知ってか知らずか意地悪く笑う言仁。その視線は彼女の襟元に向けられている。

 桜花三つ。海軍大将の徽章。

「………………吹雪ちゃん、でいいです」

 大将、と呼ばれるのはなれないなあ、と。吹雪は苦笑してそう応じた。

「それにしても、凄いね。

 場所によっては兵器としてしか扱われていなかった艦娘が、まさか海軍のトップに立つなんて」

 響は本気で感心したように言う。ちなみに、傍らにいる赤城の徽章は大佐。

 艦娘が、正式に軍人として階級を与えられた証。

「実績が評価された結果です。

 相応の評価です」

 むん、と赤城が胸を張る。主に吹雪の事で、

 大将代行として鎮守府の運営を行ってきた。その実績と艦娘の実力を評価すれば、確かに大将として十分だろう。なら、

「時雨たちも?」

「はい、綾波ちゃんと、時雨ちゃんと、雪風ちゃんも、です」

 各鎮守府、大将代行も正式に大将になったらしい。

「ここに来たっていう事は、深海棲艦の掃討は終わったんだね?」

 言仁の問いに、吹雪は頷く。《呪詛の御社》は消滅した。深海棲艦の発生はほぼ、無くなった。あとは残った深海棲艦を撃破するだけ。

 そして、それも終わった。

 もちろん、これから深海棲艦が発生しないわけではない。発生の原因は《がらくた》の威にある。海難事故で死んだ人の呪詛はまだ海に漂い、それを媒介として発生する事も、ある。

 とはいえ、それも数少なく、発生したとしても駆逐艦で撃破は容易にできる。

 そう、海は平穏を取り戻した。…………海は、

「それで、もう戦う必要はなくなったのかい?」

 響が意地悪そうに問う。解っているのですね、と吹雪は肩を落とした。

「…………いえ、南朝が本格的に活動を始めました。

 はあ、……近畿、中国にいた提督は例外なく追放されて、……艦娘も、尊治さんに同調した人はそのまま南朝に合流しちゃいました。……やっぱり、ですけど。《呪詛の御社》の存在とか、私達に不満を感じた艦娘もたくさんいましたから」

 苦笑。そう、《呪詛の御社》はその存在を公表された。平穏のために奔走した吹雪たちを評価する者もいるが、最前線で戦う事を余儀なくされた艦娘の中には、不満もある。

 そうした者たちは尊治たち南朝に合流した。元々そこには榛名達艦娘もいる。受け入れは問題なく出来ただろう。

 つまり、

「南北朝の再来か」

 言仁は苦笑。けど、吹雪は肩を落としたまま「それだけなら、まだ、楽なんですけど」

「違うのかい?」

 だけじゃない? 首を傾げた響に赤城が苦笑。

「長野県は、守屋さんが完全に自治を実現させてほぼ独立しています。鬼とか、天狗が集まったとか。

 で、四国は顕仁さんが、……元々静かに暮らしていたみたいなのですけど、失職して自棄になった代将の人が、顕仁さんと一緒にいた三日月さんを、珍しいとか言って攫って」

「あー」

 そうなればどうなるか、言仁には容易に想像できる。おそらく、跡形も残っていないだろう。

「近くの泊地とかも軒並み祟りに巻き込まれました。

 北海道は北の姫が居座って、そのせいかわからないですけど、町とか樹海に覆われて都市機能が封鎖されてしまうし、九州は、あの露出Lv限界突破の姫たちが、……なんか、やまた国は北九州にあった、とか、火国はひみこ様のものー、とか訳の分からない事を言って占領してますし。

 体制刷新の隙に大混乱ですよ」

 赤城が苦笑して告げ、吹雪は深く溜息。望んだ平穏はすでに遥か彼方。深海棲艦の撃破で一致団結した国はものの見事にばらばらになったらしい。

 つまり、南北朝どころではなかった。

「大変だね」

 くすくすと響も笑う。吹雪はのろのろと顔をあげる。

「そういえば、元帥だっけ? 続けてるの?

 尊治が気にしてたけど」

 問いに吹雪は微笑。

 《呪詛の御社》稼働は、元帥である自分の命令で運用していた。……彼はそう公表した。その意味も、すべて嘘偽りなく語っていた。

 だから、

「そうですね。……A級戦犯として、無期懲役一歩手前まで行きました。

 けど、」

 困ったように、微笑む。

「あんな上司、失いたくないじゃないですか」

 戦犯に、と主張していた軍人はすべて排除した。……元より、中将や一部少将、陸軍は元帥の人柄も知っていた。それを知らない代将や准将の言葉を叩きつぶすのは、面倒ではあるが、不可能ではない。

 確かに、彼は役立たずだ。軍人として有用な能力はなにもない。

 けど、そんなものはいらない。必要な能力はすべて、部下である自分たちが補えばいい。

 ただ、欲しいのは大丈夫か? と、問う事。部下と民を案じ、それが誰にとっても幸いな決断か、問い続ける事。

 そして、背中を押してくれる事。やろうと決めた事に、大丈夫だ、と言ってくれる事。

 それをしてくれる元帥、だから、労を厭うには、彼は惜しすぎた。

 赤城は苦笑。

「雑用の押し付け先みたいになってますけどね。

 それで、よく満潮さんが荒ぶってます」

「人間関係も面倒だねえ」

 都に引きこもる彼は他人事のように伝える。吹雪は溜息、同感だ、と。

「まあ、顕仁さんや守屋さんとは、一応、私達は穏便にお付き合いができているので、そこまで一発即発じゃないですけど。

 守屋さんからも、諏訪湖を中心にした県内の流通に力を入れたいから、艦娘の斡旋の依頼があったり、代わりに土木工事で鬼の皆さんが手伝ってくれたりとか、協力出来ていますけどね。

 やっぱり、問題は南朝ですよお。変な歌を作って士気低下とか、なに考えてるんですか、尊治さん」

「面白そうだからやってるだけじゃないの?」

 投げやりな響の回答があまりにも的確すぎて、吹雪はぐったりして赤城は苦笑。

 ただ、

「その変な歌って聞いた事ないんですよね。私」

 吹雪に関わる歌らしい。興味津々と呟く赤城。

「あ、赤城さんっ! 興味持たなくていいですっ! あんなのっ、忘れてくださいっ!」

 慌てて立ち上がる吹雪。対して、

「ああ、これね」

 言仁は立ちあがり、プレーヤーを操作。

 

『あっさり~、しっじみ~、はっまぐりさ~ん』

 

 能天気な歌が聞こえた。

「ひゃぁぁあああっ!」

 吹雪は慌てて飛び出し、プレーヤーを破壊しそうな勢いで停止。

「な、なな、な、ななっ!」

「…………これ、士気低下になるのかな?」

 響が首を傾げる。言仁は笑いながら「尊治曰く、かえって士気が高揚したとか」

「そうなんだ」

 顔を真っ赤にしておろおろする吹雪を横目に、赤城が立ち上がる。

「こ、こんなものを配布していたなんて、南朝、許せませんっ!

 言仁さんっ! このCD、私に譲ってくださいっ! 言い値で買いますっ!」

「言葉がかみ合っていませんよっ!」

 敵か味方かわからない赤城の言葉に吹雪が声をあげる。響はのんびりと紅茶をすすって、

「独占したいんじゃないかな?

 私も、司令官のシャツをパジャマ代わりにするのは独占していたいし」

「それは同列に語る事ですか?」

「……いや、ごめん。言ってみただけなんだ」

 視線を逸らす響。溜息。プレーヤーからCDを取り出して、物欲しそうな視線を向ける赤城から隠して懐へ。

「当面は、南朝と事を構える事になりそうです。

 そのためには九州の奪回、……北海道は全然動きがないので、綾波ちゃんにお願いして警戒線を張るだけです。…………はあ、忙しい事になりそうです」

「頑張って乗りきってね。大将殿」

 けらけら笑う言仁に吹雪は苦笑を向ける。

「あ、それと、尊成さんとの仲介はありがとうございました。

 おかげで団三郎さんとは仲良くできそうです」

「そっか」

 言仁は嬉しそうに頷く。どちらかと言えば、彼は吹雪に肩入れしている。

 ただ、

「気をつけるといいよ。

 それで、太三郎たちの機嫌を損ねないように」

 響の言葉に吹雪は頷く。北朝として団三郎に肩入れすれば太三郎達にいらない警戒を招く。そして、その後ろにいるのは顕仁だ。

 だから、難しい。あちらを立てればこちらが警戒する。そして、やる事は山積だ。深海棲艦撲滅だけに集中していたころより遥かに複雑で、難題が立ちはだかっている。

 ただ、

「本音を言っちゃうと、それだけ艦娘の生き場も増えて、少し、嬉しいんです。

 戦いに縛り付けていた者としては」

 深海棲艦は激減した。もう、艦娘は海軍に縛り付けられる理由はない。だから、彼女達はそれぞれの道を選択している。

 海軍に残って、吹雪たちとともに南朝と相対する者。

 逆に、南朝に同調し、騒乱を巻き起こそうとする者。長野県に向かい、鬼たち、艦娘と同様に人ではない者とともに日常を送る者。四国に向かい戦う事をせず、顕仁の統治の下、人と静かに暮らす者。

 気の合う艦娘達と艦隊を組んで、自ら提督に売り込み、仕事を請け負う、なんでも屋のような事をやる艦娘もいる。直接人の力になりたいと、霧島に続いて陸軍の門を叩いた者もいる。

 あるいは、この都に来て静かに暮らす者。皆、それぞれの生き方を選び始めた。当然、吹雪たちもそれを推奨している。守屋に直接頼みに行くなど、出来る限りの助力をしている。

 それが、艦娘たちに戦いを強いた自分たちの出来る、罪滅ぼしなのだから。

 そして、彼女は、…………

「そ、……まあ、好きに生きるといいよ。吹雪ちゃん」

「そうします」

 迷っても、後悔なく。夢見た平穏を実現する為に、また、進もうと吹雪は頷いた。

 と、

「ここにいたわねっ! 吹雪っ!」

 どばんっ、と扉が開かれる。そこにいたのは一人の深海棲艦で「先輩っ?」

「吹雪ーっ!」

「きゃああっ?」

 いぶきが扉を開けて、そのまま吹雪に抱きついた。

「久しぶりーっ!

 遊びに来てるなら教えなさいよっ」

「せ、先輩っ、ちょ。はな、離してっ!」

「いやよっ!

 さあ、このままえろいこ、あだっ?」

「安心してください。峰打ちです」

 矢を手に持って、吹雪に抱きつくいぶきの首筋に突き刺した赤城。表情は、一応、笑顔。

「お、おぐぐ、……み、峰打ち、って?」

「鏃はありませんから」

「殺す気っ?

 っていうか、いいじゃないっ! 私はもう外に関われないんだからっ! 吹雪がここに来た時くらいいちゃいちゃしてもっ!」

「だめですっ!

 深海棲艦は深海棲艦同士でやっていればいいじゃないですかっ!」

 いぶきから吹雪を奪い返し、抱きしめて赤城。言仁は楽しそうに笑って「赤城も、吹雪ちゃんの事大好きなんだね」

「はっ?」

 奪い返して、思わず抱きしめていた赤城は、腕の中で困ったような表情を浮かべる吹雪を見て、

「…………は、い」

「ええっ?」

 手放さず、頷いた。思わず変な声をあげる吹雪。言仁は笑って響は紅茶を一口。そして、

「ふ、……ふふ、ふふふふふ」

 ゆらり、いぶきが立ちあがる。

「アイアンボトムサウンドに沈みなさい」「一航戦の誇りにかけて、受けて立ちます」

 睨みあう赤城といぶき。吹雪はどうしたものか、と軽く頭を抱えて、

「ここでは喧嘩はご法度だよ。

 司令官の家を壊すつもりかい?」

 べし、と音が二つ。立ちあがった響がファイルで二人の頭を叩いた音。

「ぶー」「い、痛いです」

「鉄製だからね」

「何ですかそのファイル」

 涙目でぼやく赤城に響は不敵に笑う。

「ま、それより吹雪ちゃんの時間もとれたわけだし、やっと後夜祭だね。

 ずいぶん後になっちゃったよ」

「…………面目ないです」

 困ったように笑う吹雪に、言仁は笑って「待っててくれるって、律儀だよねー」

「司令官もね。

 それじゃあ、中庭に行こうか」

 

 そして、鎮守府の中庭へ。そこに通じる扉のところに、

「あ、提督」

「お待たせ、大鳳。

 それで、……賑やかになってるよねえ。きっと」

 言仁の言葉に大鳳は苦笑。「みんなが遅いから、もう騒ぎ始めてます」

「吹雪が時間取れるまで待つのは出来るのに、開始を待つのが出来ないって、どういう事なんだろうね?」

「それだけ楽しみだったのだと思います。

 まあ、……いいのか悪いのか、いろいろいて賑やかです」 

「そうだろうね」

 頷く言仁を見て、大鳳は扉を開ける。

 青の光に満たされた。中央に大樹のある広い中庭。……けど、今は広さを感じられない。

 なぜなら、吹雪は楽しそうに、その理由を呟いた。

「賑やか、ですね」

 

 お茶を飲みながらなにかを話す綾波と、そんな彼女の話をメモを取りながら熱心に聞いている長門と陸奥。

 轟沈して突っ伏す比叡と、半泣きでおろおろする金剛、そして、睨みあい舌戦を繰り広げる榛名と霧島。

 奥で楽しそうに歌っているのは、深海棲艦の金剛と鈴谷、熊野と電もいる。

 鳳翔とお茶を飲むのは大江山から来た鬼か。雷と電は忙しそうに、そして、それ以上に楽しそうに料理を運ぶ。

 泊地の姫と鬼は曙達、そして水子の艦娘となにかのゲームに興じている。囃し立てるのは空母の姫たち。

 春日少将と言葉を交わしているのは南朝の艦娘、そこには初霜や若葉もいる。改めて、南朝の方針でも話しているのだろう。

 顕仁は睦月達に囲まれて、守屋と治世について意見を交換している。文月や三日月は熱心に聞き入り、卯月や望月は少し眠そう。

 居心地悪そうに酒を飲むのは将門、そして、おそらくは陸軍の人だろう。艦娘から酌を受けて相好を崩し五月に小突かれている。

 翔鶴と瑞鶴は空母の戦闘について加賀から持論を聞き出し、何を聞いたのか、呆れられて加賀は不機嫌そうな表情。

 酒を飲んで騒ぐ正成と、その傍らには溜息をつく大和。うるさくなったのかそんな正成を護良が打撃して転がる。

 酔っ払って大声で説教する満潮と、おろおろする元帥。そして、満潮を煽り酒を注ぐ尊治もいる。

 時雨はぐったりする深海棲艦の時雨を無理矢理起こし、ひさめと夕立はそんな二人を笑って傍観。

 呉鎮守府の雪風、そして、はたた、島風、巻き込まれた羽黒に抱きつかれて押し潰される深海棲艦の雪風。そして井上は雪風たちに微笑んで手を貸している。

 

 人と、人でない者、艦娘と深海棲艦。

 それが、一つの場所に集まって騒いでいる。…………あるいは、

「どうしたの? 吹雪ちゃん」

 問いに、吹雪は頬が緩んでいる事を自覚し、それを隠す気になれず、柔らかな微笑みを浮かべながら、応じる。

「こういうのもいいなあ、って、思いました。

 平穏じゃないかもしれないけど、それでも、楽しそうだな。って」

「楽しそうだなじゃなくて、楽しもうくらい言いなさい。

 さて、それじゃあ行くわよ」

 いぶきは吹雪の手を引いて歩き出す。対抗するように吹雪の手を取る赤城。

 言仁と大鳳、響は、顔を見合わせて笑みを交わす。

 

 さて、行こうか。

 

「それじゃあ、僕たちも楽しもうね」

「そうだね。司令官」「はいっ、ご一緒します。提督」

 




 これにて投稿作品、深海の都の話は完結となります。
 長編の完結、…………やりきった感が凄いですね。
 独自解釈・独自設定の名の下、艦隊これくしょんの二次創作から大分はみ出しましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

 さて、このお話をお気に入りに登録していただいた人、高評価をつけていただいた人がいる中でこんな事を書くのも難かもしれませんが、あえて書かせていただきます。
 この国の伝承や伝説、あるいは御伽噺、神話は、さらに面白いです。
 いわゆる教科書的な正史、歴史書は勝者が残した歴史。すべてが正しく、過去を網羅していると馬鹿正直に受け止める必要はありません。
 そして、正史として伝えられなかった、伝承・伝説、神話や神社の由緒、寺院の縁起などには、正史には残されなかった敗北者たちの怨嗟、存在を認められなかった者たちの足音、名を残せなかった民の声などが隠れています。
 それらの声に耳を傾けてみてください。きっと、正史には語られないような事、あるいは、歴史がひっくり返るような事を教えてくれるかもしれません。

 では、最後に、
 この国を作りあげた偉大なる祖霊たちに崇敬を、
 この国を護り抜いたかつての英雄たちに敬意を、
 そして、このお話しを読んでいただいた読者の皆さまに感謝を捧げて、閉幕とします。
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