「さて、と。こんなところでいいかな?」
「っぽい」
というわけで夕立、第二の寝床。鎮守府。
拘禁、という言葉通り部屋は頑丈で扉は外から鍵がかけられる。けど、それだけ、
部屋にはいろいろ娯楽的な物もあるっぽい。まあ、本とかだけど。
「食事とか、外出については改めて司令官と確認をするよ。
窮屈な思いをさせて申し訳ないけど、解って欲しい」
「うん」
頷く、仕方ないっぽい。
それに、夕立自身そっちの方が少し安心。知らないうちに誰かを傷つけるなんて、そんなのは、いや。
「大鳳からいくつか聞いたよ。
たぶん、夕立、君の異形化は内面に特化したみたいだね」
「…………っぽい」
なんでも、深海棲艦となって異様な能力を持った大鳳と引き分けた。っぽい。
「それと、大鳳から聞いたよ。・・・・って言われて・・を・していたらしいね。
多分、それを切り離そうとしているんじゃないかな。豊浦が言うにはそういう事もあるらしいし」
「響、最初なんて言ったっぽい?」
ちゃんと聞きとれなかった。問いに、響は、困ったような表情をしたっぽい。
「…………いや、いいよ。なんでもない。
ただ、……どうするかは分からないから、いつまでになるかわからない。出来るだけ早めに何とかするけど、助力と、我慢をお願い」
「うん」
頷く。響は頷き返して戸を閉めた。ころん、とベッドに寝転がる。
「ほんと、……どうしたもの、っぽい」
不憫はない。不便はない。相応の扱いと思ってる。
けど、……ほんと、これからどうしよう?
夕立に、自由を謳歌する資格はあるの?
夕立は、…………ここに、存在していて、いいの?
なぜか、耳にこびりついて離れてくれない言葉がある。
どうしてなのか、誰の声かわからない。……複数、の、声。
どうして? と、
「夕立?」
「っと、あ、言仁くん、っぽい?」
「入っていい?」
「いいよ」
頷く、もとより内側から鍵はかけていない。
外から鍵を開けて言仁くん。夕立はベッドから身を起こす。
「夕立の処遇が決まったっぽい?」
「うん、今日一日はここで大人しくしていて欲しい。
明日には、制限があるけど外に出ていいよ」
ちょっと、驚いたっぽい。
「もっと長く拘禁、と思ってたっぽい」
「必要ないからね」
「いや、家壊したし、大鳳を怪我させたっぽい」
意識はなかったけど、それは夕立がやった事。お咎めなし、は問題っぽい。
「その辺りのお咎めは後でね。
問題が解決したら改めて、……というか、」言仁くんは悪戯っぽく笑って「まとめて、覚悟しておいてね?」
「……お手柔らかにお願いします。っぽい」
すとん、と言仁くんは夕立の隣に座る。
「言仁くん?」
「まずは軽くこれからの話をしようか。
この鎮守府には食堂もあるから、食事は僕と、響と、大鳳と一緒に取ろう。ただ、鎮守府の中を出歩くのは控えて欲しい。とりあえずは僕がつくし、必要な物があったら大鳳に頼んで買ってきてもらうよ」
「あう、……御面倒をおかけします。っぽい」
ぺこり、……もう、土下座も辞さないっぽい。
言仁くんのお仕事がどの程度かは知らないけど、この都の長をしているのなら結構忙しいっぽい。
なのに、時間を取らせてるのは、さすがに申し訳ないっぽい。
けど、言仁くんは笑顔で「大丈夫だよ。それより夕立がちゃんと落ち着いて暮らしてくれた方が嬉しいからね」
「…………あの、聞きたいっぽい」
「ん?」
どうして?
「夕立は、危険な深海棲艦、っぽい?」
否定はない、だって、あたしは大鳳に怪我をさせたっていう事実がある。
なのに、
「なのに、どうして言仁くんはあたしを家族って言って、迎え入れてくれたの?」
「喪ったのを、また、得たいって思うのはおかしい?」
「喪った? えと、……言仁くんは、人、…………っぽい?」
誰か、違うような事を言っていたけど、少なくとも深海棲艦や艦娘には見えない。男性っぽい。
「魔縁だよ。……そうだね。ある意味君たち深海棲艦と同類。
手っ取り早く言えば死人だよ。轟沈した艦娘の一部が深海棲艦になるように、死んだ人がなった存在が魔縁。僕以外にもたまにふらふら来るよ。大抵は迷惑な人たちだけど、この都にあるいろいろな物を外から持ってきてくれるのだから、見かけたら、………………いいや、無視していいよ」
「いや、……それはだめっぽい」
「厄介なのが多いんだ。君たちを害する事は基本的にはないけどね」
「そうなの?」
問いに、言仁くんは苦笑。
「僕もだけどね。……老人は幼い娘を目にかけたくなるんだよ。
特に君たちは、いろいろな人に使われてきた。すごく大変だったと思うよ。だから、」
そっと、頭を撫でられた。
「ここでは君の好きに暮らしていいよ」
どうして? と、誰かが問う。
くらり、と。眩む。
「そんな・・、たくさんの・・を、・した夕立には・い、っぽい」
割れた音が、聞こえた。言仁くんは、優しく微笑む。
「ああ、そうだね。
・も、贖・も、君の自由だよ。死ぬ事だけは許さないけどね。……ああ、そうだよ。好きに暮らすといい。
僕は人じゃなくて魔縁。君が望むなら、その意味を刻んであげるよ」
言仁くんは、寒気がするほど優しく微笑んだ。
「……あ、う」
言葉がつまる。
にこ、と笑顔。頭を撫でられる。
「やりたい事が見つからないならそれを見つける事をやればいいよ。どうせ先は長いんだ。悩んで苦しむのもまた悪くはないと思うよ。
なんにせよ、僕は協力するからね。……だから、夕立」
「う、うん」
「まずは、その心に住み着いた艦娘と相対しようか」
「心に、住み着いた?」
「豊浦とも話してね。
艦娘は轟沈すると深海に墜ちる。深海棲艦としてその想いを遂げるために深海に対する適応を含めて、さまざまな再構築が行われる」
言仁くんは指を立てる。
一本。「その想いを遂げるための道具として艤装を作り直す」
二本。「轟沈された時の欠損を埋め、想いを遂げる最適な形として本体を改造する」
三本。「想いを遂げる障害となる記憶を抹消する」
四本。「想いを遂げるために、最適な形で人格、性格、精神を再構築する」
つまり、
「夕立はね。深海棲艦になった事で艦娘だったころの自分を切り離したんだよ。
なぜかまではわからないけど、つまり、そういう事」
とん、と言仁くんは夕立の胸に指を突き立てる。
「ここに、艦娘、夕立がいる。
深海棲艦の夕立が切り離したね。……その彼女とどう相対するか、まずはそれを考えようか」
//.大鳳
「夜、だと思うわ。
正確には夕立が寝た後」
「夕立の意識がなくなったとき、ね」
私の予想に響が頷く。……まだ一回だけど、たぶん、間違いじゃない。
人格の転換。深海棲艦から、……いえ、違うか。
「悪い夢を見ているのね。きっと」
「夢、かい?」
「そう、艦娘を破壊して回る悪い夢。……いえ、悪い現実」
呟かれた言葉に、響は溜息。
「同意する、本当に、今の私たちは幸せだね」
「本当にね」
はあ、と響とため息を交わす。
もちろん、艦娘たちに優しい人もいるかもしれない、提督みたいに家族として扱ってくれる人もいるかもしれない。
けど、私達が知る提督は艦娘を道具として運用するようなやつがほとんど、駆逐艦を使い捨てみたいに扱うやつもいる。
あるいは、道具じゃなくて人形か、……知り合いの、睦月型の深海棲艦達を思い出す。海に出る事はおろか、外出さえほとんど許されず、ただの人形として置かれていたらしい。
そして、その極め付けが艦娘が世に出たばかりの時にいた提督。私たちが上で戦っていた、艤装どころか本体すべて、人格も記憶も完全に作りかえられた深海棲艦が、まだ、艦娘だったころの人たち。
実験と称して非道を極めたと聞いている。
はあ、と溜息。
「まあ、今は夕立の事だ。
それで、本気なんだね」
包帯の向こう側にある響の視線が、私に突き刺さる。頷く。
「ええ、これは、私が相対しなくちゃいけないのよ。
艦娘が、ね」
提督に危険を冒させない、という私情とは別。
夕立の悪夢を覚まさせる事が出来るのは、艦娘だけ。
夕立の錬度は異常だった。おそらく、かなりの数、艦娘を殺してきたと思う。
だから、それを否定しなければいけない。悪夢を凌駕する力でねじ伏せなければいけない。
もう、そんな悪夢はいらないよ。と言わなければならない。
「なら、私が行ってもいいんだけど」
「響の戦い方のどこか艦娘よ?」
「艦載機を融合させて武器に使う大鳳に言われたくないよ」
「天龍だって、なんか、刀っぽいのを持ってるわ。
艦載機は空母なら当たり前にある事だし、許容範囲よ。だからこそ、夕立は私を攻撃したのだし」
「……いいけど、殺されないでよ。
悲しむよ」
仕方なさそうに溜息をつく響。悲しむ、か。
「提督が?」
「君の家族が、だよ」
返された言葉に、真っ先に思い浮かんだのは提督。けど、
「ええ、そうね」
真っ先に思い浮かんだのは、提督。けど、鎮守府で一緒に暮らす響も、そして、都で暮らす金剛達も、
……ここに来た、夕立も、…………ここで得た、家族の顔を想い頷く。殺されてやるわけにはいかない、と。
戸が叩かれる音がした。
「提督?」
確か、今は夕立のところに行っているはず、もしかしたら都の誰かかもしれない。
「どちら様?」
戸に向かう。その間に響が問う。応じたのは、
「守屋だ。言仁に頼まれてきた」
知らない男の、声。けど、提督の客人なら戸を開けないわけにはいかない。
響と一度視線を交わし、戸に向かう。戸を開ける。そして、その姿を見た、真っ先に思い浮かんだ言葉。
元帥、と。
もちろん、海軍どころか軍部すべての最上位にいる元帥と会った事はない。一番偉い人間は、……なんだたっか、階級は覚えてないけど。
けど、それよりもはるかに上の存在感。
見た目は青年で、服装も普通の、ありきたりな服だけど、その姿を見ただけで歴戦をくぐり抜けた、超大物、と問答無用に印象を与える存在。
「あいつはいないか。まあいい。
少し居座る」
「は、はいっ」
ともかく、珈琲、と、あとは、
ソファを見つけてそちらに向かいながら「もしあれば、飲み物をもらおう。それだけでいい」
「はいっ」
給湯室に行って、慎重に、提督に淹れる時みたいに、丁寧に珈琲を作って持っていく。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取り、一口。……大丈夫かしら?
一息、彼はこちらに視線を向ける。
「上等だ。感謝する」
「ど、どういたしまして」
「確か、大鳳、だったか。言仁はどこにいる?」
「あ、はい。提督でしたら今は席をはずしています。
呼びましょうか?」
「例の、夕立とやらのところにいるのなら不要だ。
急ぐつもりはない」
「夕立の事、ですか?」
「そのために来た。……それにしても、」守屋は周囲に視線を向けて「《波下の都》、か。……言仁も面白いものを作る」
「…………思い出した。守屋。
本気で相対出来るのは、おじさんくらいだって豊浦が言ってた」
ぽつり、響が呟く。守屋は舌打ち。
「こんなところでまであいつの名を聞かせるな。
この都も住人も、面白いと思っていたのだ。興が削がれる」
「失礼」
「えと、守屋、でいい?」
「好きに呼ぶといい」
「夕立の事、よね。
夕立の相手は、私がやるつもり、なのだけど」
もしかしたら、私より彼のほうが強いかもしれない。けど、
これは、艦娘でなければならない。……じゃないと、夕立を止められない。
絶対に、破壊なんて選択肢はとらせない。
私の言葉を聞いて、守屋は静かに微笑む。
「いい意思だ。万を思い出す。言仁もいい家族に恵まれているようだ。
夕立の件だが、私が頼まれたのは周囲に害を出さない事、そして、必要時の鎮圧だけだ。破壊するつもりもない。この後尊治とこの都で酒を飲むことになっているが、せっかくの土産話が辛気臭くなっては敵わない」
けど、
「大鳳。解っていると思うが私が鎮圧をした場合、その、夕立の、悪夢だったか。
それを払う事は出来なくなる。道真にも知恵を出させるが、必要時の拘束は覚悟してもらう事になるな」
「はい」
頷く、解ってる。
ここには艦娘はいない、深海棲艦だけ、とはいえ、その事に実感はないでしょう。
艦娘の姿を色濃く残す娘もいる。そうなれば、夕立の悪夢は襲いかかる。……それを防ぐためにも、守屋の言う事は否定できない。
そして、おそらく夕立は諦めを持って受け入れる。そんなの、絶対にだめ。
艦娘だった時に辛い思いをして、深海棲艦になってまで諦めで日常を送るなんて、そんなの、嫌。
だから、
「大丈夫です。私が、終わらせます。
守屋、貴方にお手数をおかけするつもりはありません」
まっすぐに見据えて言う。守屋は微笑む。
「その言葉が聞けただけでも頼みを聞いたかいがあった。本当に、ここはいい場所のようだ」
珈琲を飲み干す、一息。
「気が変わった。少し念入りに準備をしよう。
響、だったか、場所は中庭にする。手伝いを頼む」
「了解、……大鳳はどうする?」
「ここで準備をしておくといい。戦い方を考えるのも重要な事だ」
守屋の勧めに従って私は一息。ソファに腰を下ろす。
鎮圧する、という守屋の言葉に嘘はないだろうし、間違いも、ないわね。
彼も、魔縁だろうし、……はあ。
「まあ、やる事は簡単、だけどね」
ようは、勝てばいい。ただそれだけ、
それだけで、夕立は殺せない相手の存在を自覚して、悪夢は終わる。もう、殺さなくていいよ、と言える。
けど、
夕立は強い。艦隊戦ではなく白兵戦で、……私も深海棲艦として得た力を使えばそれなりに戦えるつもりだけど。……こういうとき、響が少し羨ましい。
もっとも、響は異質すぎて艦娘として認識されないだろうけど。
苦笑。
「ま、ない物ねだりしても仕方ないし、いろいろ考えてみるしかないわね」
//.大鳳
どうして?
「不思議、言仁くんも、大鳳も、どうしてこんな危険な深海棲艦を気にかけてくれる、っぽい?」
言仁くんの執務室で真剣に首を傾げる大鳳。頭の中だけでは足りないのか、紙を引っ張り出していろいろと書き始めたり、指を私達に見立てて動きを考えているっぽい。
どうして?
「どうして、そんなに夕立に優しいっぽい?
だって、」
だめだよ?
夕立は、…………だって、悪い娘、なのに、
夕立は、悪い事を、やってはいけない事を、たくさんやったのに、
どうして、どうしてこんな夕立を大切に思ってくれるの?
ぽろぽろと、涙零れる。
「どうして、か。……解らない?」
問われる声は優しい。
「わ、……わからない、よ。
だ、だって、ゆ、夕立は、悪い娘、なの、……殺されるのが、当然の、ひくっ、わ、悪い娘、なのに、…………平穏なんて、だめ、なのに、……うくっ、ど、どうしてぇ」
「大鳳は優しくていい娘だからね。
僕の大切な人だよ」
こくん、と頷く。優しくていい娘。彼女の姿を見れば疑問なんてない。
いつの間にか、膝をついていた夕立と、言仁くんは視線を合わせて優しく微笑む。
「大鳳も、響も、……僕もね、この都にいるのは皆、君と同じ。
まるで自分の事みたいにね。だから、本気で悩むし、本気で考えるんだ。自分と同じような娘だから、辛かった事を知っているから、だから、幸せになって欲しいって」
首を横に振る。……子供っぽい。
けど、
「そ、そんなこと、ないっ、……ひくっ、ゆ、夕立は、夕立はっ、た、…………」
どうして?
と、紅色の瞳をした夕立は、困ったように、けど、優しく微笑む。
「た、たくさ、ん、の、……か、艦、娘、を、…………こ、…………殺、し、た、の。
ゆ、夕立は、あたしはっ! そんな資格なんてないっ! 殺されるのがふさわしいのっ! なのにっ! なのにぃいっ!」
諦観と慈愛、落胆と安堵、……仕方ないな、と紅色の瞳をした夕立は微笑む。
悪夢より、さらに悪い現実を、思い出しちゃった。