深海の都の話   作:林屋まつり

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八話

 

 そして、……夕立は夢を見る。

 

 海には一人の艦娘がいた。

 夕立だ。彼女は連装砲を自分のこめかみにあてて、満足そうに微笑む。

 

 よかった、と。

 

「ここなら、もうあたしは、夕立は、誰も殺したりしないでいいのね。

 間違えたら止めてくれる。悪い夢は、もう、見なくていいわね」

 

 だから、夕立の悪夢は、多くの艦娘を殺した夕立は、最後に、自分のこめかみに連装砲を当てる。引き金を引く。

 

「これで、艦娘だったころの夕立は死ぬ。悪い現実の記憶も、全部消える。

 あとは、深海棲艦として、ここで生きていてね」

 任せられる人がいるから、大切にしてくれる皆がいるから。

 だから、大丈夫、と。紅色の瞳をした夕立は、あたしは、連装砲の引き金を、――――

 

「だめぇっ!」

 

 連装砲を持つ手を弾きあげる。放たれた砲弾はどこかに飛んでいく。

 そして、問い。

 

「どうして?」

 

 問われて、けど、一度も答えられなかった言葉。

 紅の瞳を持つ、あたしの問いに、あたしは首を横に振る。……今まで、答えられなかったけど、けど、今は、ちゃんと、答えはあるから。

「あたしは、……あたしは、忘れないっ!

 たくさんの、艦娘を殺した事もっ、悪夢の事もっ、貴女も、夕立の事もっ、忘れないっ、絶対に、だからっ」

 だから、……翠の瞳は紅の瞳をまっすぐに見つめて、

 

「もう、……あたしの前で、誰も、死んでほしくない」

 

 ごめんなさい、辛い事を押し付けて、

 ごめんなさい、こんなに弱いあたしで、

 ごめんなさい、…………けど、

 

 手を伸ばす。あたしは、夕立の悪夢を抱きしめる。

 

 辛いよ?

 ――――うん。

 苦しいよ?

 ――――うん。

 きっと、後悔するよ?

 ――――うん。

 

 けど、

「それでも、あたしはいや」

 悪い夢も、悪い現実も、全部、あたしは目をそらさない。

 支えてくれる人がいるから、……だから、あたしは大丈夫。

 そう、と。困ったように微笑む。

 

 それじゃあ、夢から覚めよう。

 

 うん。

「これからも頑張って、……一緒に頑張っていく、っぽい?」

 問いに、紅色の瞳をしたあたしは微笑む。

 うん、一緒に頑張っていこう。

 

 そんな、――――夢を見た。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「ん、……あ、言仁、くん?」

 目を覚ます。場所はベッドの上、傍らには微笑む言仁くん。

「大鳳、は?」

「彼女なら響と喧嘩しているよ。

 なんでも、最後に気化した燃料を詰めた燃料タンクを使って終わらせたみたいなんだけど、それで響がなにか言って、喧嘩を始めた」

「……と、止めなくていいっぽい?」

「まあ、子供の喧嘩だしね」

 六歳児が言うとすっごい不思議な感じっぽい。

「さて、」

 手を伸ばされる。そのまま、撫でられた。

 くすぐったいっぽい。けど、嬉しい。

「もう、大丈夫だね。夕立」

「どうして、そう思うっぽい?」

 一応聞いてみる。言仁くんは微笑んで鏡を差し出す。

「あ、……これ」

 鏡に映るのは夕立の顔、右目は翠、けど、

「左目、それ、ちゃんと夕立が見ていた悪夢を受け入れたってことでしょ?

 なら、もう暴走する事はないよね」

 紅の瞳を見て言仁くんは微笑む。

「うん」

 もう、大丈夫。だから、あたしは言仁くんをまっすぐ見る。

「だから、お願い。……あたしの贖罪に付き合って」

 あとは、今までたくさんの艦娘を殺してきた。その罪を償って行く。それが、ただの自己満足だとしても、

 それでも、せめて、満足できる生き方をしていこう。

 くすくす、と笑い声。

「ばかな選択だね。

 そうやって残った時間を縛りつけて生きていくの?」

 ばかな選択っていうのは、まあ、解ってるっぽい。けど、

「そうでもしないと、後悔したままっぽい。

 それは、……ちょっと苦しいっぽい」

「まあそれもそうだね。好きにするといいよ。

 僕も、出来る事は協力するから、夕立、後悔のないように、……そうだね。いろいろ、この都のためにお願いしたい事もあるし、頼る事も多いと思うけど、いいかな?」

「うんっ」

 頷く、願ってもない。

 贖罪、なんて格好いい事を言ったけど、具体的な事はなにも考えていなかったっぽい。だから、

 これから、あたしが暮らしていくこの都。ここに住んでいる誰かの役に立てるなら、それがいい。

 だから、

「よろしくね、提督さん」

 この人について行こうと、そう思ったから、その想いの宣言。これからよろしくお願いします、と。

「よろしく、夕立。……さて、それじゃあ、早速夕立に一つ命令する」

 ぴっ、と指を立てる。

「まずは、今夜はゆっくりお休み。

 今日は休んで、明日、大鳳に会いに行って、それからは、……そうだね。夕立が後悔のないように頑張っていこうね」

 柔らかく微笑んで、頭を撫でてくれた。……そっか、もう、夜っぽい。

 二十一時、と、半、寝るには早いけど、それでも、優しく微笑む提督さんと、丁寧に撫でてくれる感触が心地よくて、ゆっくりと、目を閉じていく。

 眠りに落ちる。これから、頑張って日々を過ごしていこうと、そう思い、目を閉じた。

 

 悪い夢は、もう、見ない。

 

//.大鳳

 

 哨戒のための艦載機を放つ。けど、艤装は響に押しつけた。

 なにかあれば彼女が何とかしてくれるだろう。今夜は、なんていうか、……なにもないで欲しい。

 

 いつも以上に念入りに体を洗って、髪を洗って、入浴、緊張に高鳴る鼓動を感じる。

 そろそろ出ようか、と思ったけど、ふと気になってもう一度体を洗う。うん、綺麗にしていかないと。

 と、そんなこんなで入浴には随分な時間をかけちゃった。申し訳ない事をしたと思う。

 寝るときは、と。

 それなりに、真剣に悩む。いつもはあんまり色気のないぱじゃまだけど、もうちょっと可愛いのがあれば、……いえ、

「こ、これ、ね」

 手に取ったのは薄手の白いシャツ。

 一度下着姿になり、シャツを着る。

 鏡に映る自分の姿、下着は下だけで、他はシャツ一枚。…………とんでもない格好をしている。けど、

「い、いいわよ、ね」

 よし、と。……時計を見る。

 時刻は、二十二時、……五分、前。

 そろそろね。もう一度鏡の前でいろいろチェック。

 うん、多分、大丈夫。けど、もう少し「大鳳」

「ひゃいっ?」

 扉の向こうから声。

「来たよー、入っていい?」

「あ、え、えと、……ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

「うん」

 慌ててベッドに飛び込む。正直、真正面から今の姿を提督に見られるのは、凄く恥ずかしい。

「い、いいです、よ」

「ん」

 扉が開く。浴衣姿の提督。片手にはマクラ。まあ、つまり、

 夕立を止めた事、それで我が侭を一つ許された。だから、我が侭一つ。

「電気は、消していい?

 僕、暗くしないと眠れないんだ」

「は、はいっ、お願いしますっ」

「お願いする事でもないと思うけど、あ、そこの常夜灯はつけてね」

「はい」

 手を伸ばす。常夜灯を点灯。灯りが消える。

 とことこと提督が傍らに、そして、私の隣にマクラをおく。

「あの、……すいません。提督、こんな我が侭、言ってしまって、……それに、ちゃんと迎えもしなくて」

 ベッドに入ったまま提督を出迎えるとか、いつもの私ならあり得ないって思うけど、

 うう、今の格好は、恥ずかしい。

 するりと、なにも躊躇を感じない動きで提督は私が寝転がるベッドの中へ。

「いいよ。この程度の事なら大した事ないし。

 それに、大鳳も疲れたでしょ? 無理に起きなくていいよ」

 そういう事じゃないのです。

「常夜灯も消していいよ。

 それじゃあ、お休み、大鳳」

「あ、はいっ、……あ、えと、もうひとつ、我が侭、い、いいですか?」

「ん、いいよ」

「あ、……あの、その、…………です、ね。

 て、提督を、ですけど」

「僕?」

「…………だ、だきし、め、……て、…………い、いい、です、か?」

「うん? 構わないよ。こう?」

 そう言って、提督は何のためらいもなく私に抱きついてきましたっ!

「……随分と薄着だね。寒くない?

 風邪引かないようにね」

「ひゃ、は、はは、はいっ、だ、だだ、大丈夫ですっ!」

 寒いというか、全身が熱いです。

「こうなるとマクラが使えないか。……あ、大鳳、ちょっといい?」

「ふぇ? ひゃんっ?」

 いい、と聞いて提督は私の二の腕をマクラに、けど、それって、

「大丈夫? 重くない?」

「だ、だだ、大丈夫っ、大丈夫ですっ」

 私の腕の中に、提督の頭がっ!

「うん、それならよかった」

 頷いて、見上げて、私と視線を合わせて、提督は微笑む。

「じゃあ、大鳳、…………いい、よ」

 い、いい、いいってっ、え? い、いいんですかっ?

 そ、それではいただきます。不束者ですがよろしくお願いします。

 頭の中で三つ指ついて「抱きしめて、って言ったけど、それ」

 はっ? ……そういえば、私がお願いしたわね。

「ん、もっと寄った方がいい?」

 下がっ? 私の、足に、提督の、足がっ、私の素足にっ、提督の足が、……そ、それも、提督も、浴衣だから、ほとんど素足で、……

「わ、……大鳳、ほんと、寒くないの?

 下、穿かないんだ」

「だ、大丈夫っ、な、慣れていますからっ!」

「そう? まあ、それならいいか。

 けど、風邪をひいたりしたらだめだよ? 僕は大鳳には元気でいて欲しいから」

 最後、後ろに回された手が軽く腰を叩く、本当に、提督から抱きしめてくれた。

「は、はいぃい」

 そして、恐る恐る、腕の中にある提督の頭を抱き寄せる。……胸に、押しつけるように、

「あ、あの、提督」

「ん?」

「その、……提督は、胸が大きい娘のほうが、好み、ですか?」

 悔しいけど、小さいのは自覚してる。ほんと、悔しいけど。

「ん、…………胸、か。……そういえば気にした事ないな。

 正成は大きいのはロマンだとかなんだか叫んで護良と喧嘩してたけど、……そんなものなのかな。僕はよくわからないけど。……えと、気にしてるの?」

 提督は顔をあげて、私を見て問う。

「……はい、…………その、私、小さいし。

 …………提督の事、好きだから、……好きな人の、理想に、近付きたい、……………………というか、その、…………はい、気にして、ます」

 うう、恥ずかしいです。……けど、よしよし、って頭を撫でてくれるの、嬉しいです。

「僕は気にしないよ。

 胸が小さかったとしても、大鳳の事、すっごく綺麗だって思ってるよ」

「は、はい、……あ、ありがとう、ござい、ます」

「ん、……ふぁ、…………ここは、思ったより寝心地、いいな。

 それじゃあ、おやすみ、大鳳」

 欠伸をして、そのまま私に身を寄せて目を閉じる提督。

「寝心地良ければ、……いつでも、来てください。

 私は、いつでも喜んでお受けします」

 あっという間に眠りに落ちた提督。

 はあ、と一息。なれない薄着の理由は一つで、提督の事を感じていたいから、だけど、

 眠れるのかしら、私。

 眠気は完全に吹き飛んでる。っていうか、提督の体温どころか呼吸も鼓動も、全部感じとれて私の鼓動と体温は凄い事になってる。

 そしてっ、視線を下げれば提督の、無防備な寝顔っ! 私の胸に心地よさそうに顔を寄せて眠る提督の可愛らしさといったらっ!

 

 のぼせそうです。

 

//.大鳳

 

「おはよー、っぽい」

「…………おはよう」

「お、おお、おはようっ」

 食堂で、並んで座る大鳳と響。

 大鳳は、なんか、ぽーっとしていて響は不機嫌そう。それと、

「あ、おはよ。夕立」

 なぜかエプロンを着た提督さん。

「あれ? 提督さんがお料理っぽい?」

「大鳳がぽーっとしててね。

 危なさそうだから代わった。ちょっと待っててね」

「うん、お願いします」

 作れるんだ。ちょっと意外、っぽい。

 それで、

「大鳳?」

「お、おはよう、夕立。今日もいい朝ねっ」

「……大鳳、大丈夫っぽい?」

「どうみてもだめだよ。

 大鳳、いつまでもぼけっと呆けてないで復帰してよ」

 なんか、響の言葉に棘っぽい。

「う、うん」

 そして、大鳳は妙にしおらしい、っぽい。

「どうしたの? なにかあったの?」

「な、なな、なんでもないわよっ、ほんと「昨夜、司令官と同衾したらしいよ」ひ、響っ!」

 しょ、衝撃、っぽい。

「ど、同衾っ? ちょっとそれ詳しく聞かせるっぽいっ」

「いいわよ聞かなくてっ」

「なんでも、昨日夕立を止めた御褒美だってさ」

 面白くなさそうに告げる響。……うー

 そして、何なんだろう。このもやっと感。なんか、変な気持、っぽい。

 けど、それとは別に、

「えと、大鳳」

「ん?」

「その、……昨日は、ありがと」

「いいわよ別に、……まあ、正直言えば大変だったけど、けど、」

 手を伸ばす。夕立を撫でて、

「家族が増えたって思えば、それで十分よ。

 ま、面倒なのはお互い様だし、これから仲良くやっていきましょ」

「うんっ」

「司令官が、夕立にはいろいろと頼みたい事もあるって言ってたよ。

 覚悟しなよ夕立。きっと、いろいろと忙しい事になるよ」

「うー、お手柔らかに頼むっぽい」

 望むところ、だけど、あんまり振り回されるのは、ちょっと勘弁、っぽい。

「さあてね。

 言っておくけど、私は手心を加えないわよ。覚悟しなさい」

「うー」

 楽しそうに笑う大鳳に思わず唸る。

 と、

「お待たせ、夕立」

 二人分の食器を持ってきて提督さん。「ありがとー」

 受け取る。提督さんは微笑んで隣に座る。

「では、「いただきます」」

 手を合わせる。いただきます。

「あ、そうだ。

 夕立、響、夜だけど、暑くない?」

「そんな事はないよ。快適だよ」

「あたしも、ぐっすり眠れたっぽい」

「そう? ならいいんだけど」

「どうしたの?」

「ん、いや、昨日、大鳳が随分と薄着だったからさ。

 暑かったのかなって、もし暑いなら空調を調整しないといけないから」

 …………聞き捨て、ならないっぽい。

「薄着?」

「て、提督っ!

 い、言わなくていいですっ、あの夜の事は胸に秘めていてくださいっ」

「そう? まあ、いいけど」

「いや、それ是非聞いておきたいね」「是非、聞きたいっぽい」

「い、いいでしょっ、なにを着て寝ても私の勝手でしょっ」

「……あ、大鳳。もしかしてぱじゃま、破いちゃったりした?

 それなら買ってあげるよ?」

「ちょっと、それどういう事っぽい?」

「司令官、大鳳のぱじゃまはあるよ。

 昨日洗濯をした私が言うんだから間違いない」

「そうなの? だって「わーっ!」むぐっ」

 慌てて提督さんの口をふさぐ大鳳。すっごく、怪しいっぽい。

「洗濯って、響がしてるんだ」

「そうだよ、……あ、ちなみに私のパジャマは司令官の着ていたシャツなんだ」

「たまになんでか新しいのがあると思ったら、響だったんだ」

「うん」

「シャツって寝心地いいのかな。

 大鳳も、昨夜はシャツ一枚だったよね。僕もやってみようかな」

 …………あ。

「へえ」「これは、これは、意外、っぽい」

 はわはわしている大鳳。提督さんと一緒に寝たとき、シャツ一枚。

 これは、追及の必要があるっぽいっ!

 

//.夕立

 

 そして、夕立は現実を見る。

 

 響き渡る大鳳の悲鳴、響と楽しそうに追求をする夕立。

 それを微笑ましそうに見守る提督さん。……きっと、ここでなら幸せになれる。

 

 だから、夕立をお願いね。あたしの、新しい家族。

 

 悪い現実は、もう見ない。

 

//.夕立

 

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