深海の都の話   作:林屋まつり

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大和の話 ― あるいは社会の裏側にいる人たち
一話


「哀れね」

 

 深海棲艦の姫が呟く。

 その視線の先には膝をつく私。燃料も、弾薬も、……戦う術なく動く事も出来ない私。轟沈を待つだけの、艦娘。

 轟沈を待つだけ、相手は深海棲艦でも最上位に位置する姫種。そこに展開する艤装を見れば私に轟沈以外の未来がない事は確定している。

 深海棲艦に消耗はない。だって、彼女は無傷なのだから。

 深海棲艦に疲労はない。だって、彼女は戦ってさえいないのだから。

 …………だって、私には戦う術さえ、ないのだから。

 

「貴女の状況が分からない私じゃないわ。

 どうしてこんな事になっているのかもね。……解ってうえで告げるわ。哀れね、本当に」

 

 物憂げに溜息。その仕草から彼女の言葉に嘘がない事を感じる。

 同情、そして、

 

「ねえ、聞いていいかしら?

 そんな目に遭わされても、それでも、人のために戦うの?」

 

 人、と私をこんな目に遭わせた存在に対する、溶岩のような憎悪と、劫火のような憤怒。

 その声を聞いただけで、認識する。この声の主は間違いなく、人の敵なのだ、と。

 

「私、は、」

 

 最後の一矢さえ報いる事は出来ない。戦うすべなど、ないのだから。

 体当たり、なんて事さえできない、動くための燃料はもう一滴もないのだから。

 

 ほろほろと、涙が流れる。それがなんのためなのか、私には解らない。

 多分、悔しいのだと思う。

 

「艦娘、です」

 

「そう」

 その言葉だけで十分だ、と。深海棲艦の姫は艤装にある砲を向ける。

「私に、貴女を救う事は出来ない。

 なら、せめて全力の一撃で痛みがないように楽にしてあげる」

 砲に光が宿る。全砲門の全力砲撃。……確かに、これだけの出力ならば確実に轟沈する。

 

 ほろほろと、涙が流れる。

 …………これで、終わりか、と。

 

「これなら、まだ、ホテル扱いのほうが、幸せでした」

 この、何の役にも立たなかった艦娘の生に、せめてもの自嘲を乗せて呟く。…………さようなら。

 

「ええ、さようなら。

 また会える日を楽しみにしているわ。願わくば、――――」

 最後、深海棲艦の声を聞いた気がした。

 

 ――――――こんな、幻視。

 ・の・・に・・・・の・・・。・・・、泥・のような・緑の・。

 境内に・る・・の・・い炎に・・された、苔生し、・・、・ち・社。

 そこで、・が嗤う。

 ――――――そんな、幻視。

 

 そして、…………私は目を覚ます。

「あーんだよ、ったく。

 あれだろ、艦娘って結構な美女らしいんだよ。それなのになんだこのちんまいのっ!」

 声、男性?

「そういうのが流行だぁあっ? てめぇ仏教徒だろっ!

 ってか、お前そういう趣味なのか? ひくわー、まじひくわー。……いや、だよな。本気だったら、ちょっと、な」

 乱暴な声に私は目を開ける。

 ここは、どこ?

「あー、……言仁の依頼はすぐ終わるだろうし。けど、延暦寺か、遠いなあ。

 ま、ここは面白そうだし、観光してみる。土産話はずんでやるから酒を用意しておけ」

 目の前には、建物の天井らしい、白。……建物?

 私は、深海棲艦に轟沈された、はずなのに、

「酒は飲めねぇだっ? 俺を仏教徒の都合に巻き込むんじゃねぇよっ、俺は悪党だっ!

 酒がないのにやってられっかっ! ったく、じゃあ俺の分だけ用意しておけ、じゃあな、切るぞ」

 そして、彼は振り向いた。

 男性、……私の提督とは似ても似つかない、強靭な印象の彼。

「さて、と。

 えーと、なんだ。お前さん、名前、なんてんだ?」

「あ、えと、大和、です。

 貴方は?」

 艦娘、じゃないですよね。

「正成、悪党だ」

 彼は、そう言って笑った。

「悪党、ですか?」

 もちろんいい印象はありません。……えと、私、大丈夫ですよね?

 思わず後ずさる。

「ばーか、お前みたいなちんまい小娘なんざ興味ねぇよ」

 苦笑、っていうか、「ちんまいって、どういう事ですか?」

 むぅ、スタイルは艦娘の中でもいい方だって思っているのに、

「それに、小娘なんて年齢でもないですっ」

 どう見ても貴方と同じ年くらいですっ

「どこが、どう見たって小娘だろ。

 ほれ、鏡」

 放り投げられる鏡。私はそれを手にとって顔を見て「あれ?」

 首を傾げました。そこに映っているのは見慣れた顔。……けど、

「丸い?」

「なに言ってんだお前?」

 なんか、見慣れた顔よりもちょっとふっくらした感じ、……なんか、子供っぽい? って、えと。

 恐る恐る、視線を下に。

「へぇえええええっ?」

 駆逐艦の娘たちみたいに、なんか、ちっちゃくなってますっ!

「う、うるせぇ、なんでいきなり叫ぶんだよ」

「な、なんで私、こんなにちっちゃくなってるんですかっ?」

「しらねぇよっ、いちいち叫ぶなうるせぇ」

「だ、だだ、だってっ、……あ、あれ? 私、轟沈した、はずじゃあ」

 そうですっ、駆逐艦の娘くらいに小さくなってしまった事より、今はこっちが問題ですっ

 ……覚えてる、間違いない。私は、あの時、深海棲艦に轟沈されて、…………そして、

 そして?

「あ、あの、……正成」

「ん?」

「ここは、どこ、ですか?」

 見た事のない場所。もちろん、私がいた鎮守府じゃないです。

「ああ、海の底だ。

 深海ってのかな、……厳密には違うけどな。詳しくは知らねえ。豊浦か、言仁か、道真あたりなら知ってんのかな」

「なに、言ってるんですか?」

 理解できるわけが、ないです。

 だって、海の底って、どう見ても普通の建物で、……正成は肩をすくめる。

「ま、それが当たり前の反応だよな。

 けど事実だ。深海、竜宮の再現か、まあ、なんでもいいか。《波下の都》。海中異界、死者の都だ。

 それで納得しておけ、どうせ頭ひねって考えたって無駄だ小娘」

 くつくつと笑って正成。「小娘って言わないでください」

 こんな姿ですけど、それでも、普通の人の青年である正成よりは年上です。…………す、少なくとも、本来の見た目はっ!

「うーるーせ、鏡見ろ鏡」

 鏡を見ました。ぷう、と子供っぽく、…………ではなくて、……不機嫌そうな私。

「まあ、場所はいいです。

 いえ、よくないですけど、……なんで、そんな不思議な場所に私はいるのですか? 正成が攫ってきたのですか?」

 やっぱり悪党は警戒が必要です。

「なにが攫っただ。てめぇみたいな寸胴体型に興味あるかボケ」

「だ、誰が寸胴ですかっ! これでも私、胸もお尻も結構あるんですよっ!」

「どこにあんだ寸胴っ! あったら出してみろっ!

 ったく、言仁に頼まれたから来てみれば、出てきたのが寸胴の幼女ってか、なんだこの状況」

「誰が寸胴の幼女ですかっ!」

「どう見ても寸胴の幼女だろうがっ、悔しかったらその腹周りと大差ない乳どうにかしろっ!」

「っていうか、女性になんて事言いますか貴方はっ!」

「うるせえ寸胴にはこれで十分だ」

 はっ、と鼻で笑う正成。落ち着いて、深呼吸一つ。

 それより、彼の言葉。《波下の都》、……もちろん、聞いた事がない場所です。

 それに、

「死者の、都?」

 私は、あの時、深海棲艦に、…………じゃあ。

「あ? どした?」

「さっき、死者の都、っていいましたよね?」

「ああ、そうだな。

 ま、異界なんざ死者か、死者もどきが来るような場所だ。別に不思議じゃねぇだろ」

「どういう、事ですか?」

「あ? ……いや、意味分からねぇんだけど。なにがどうどういう事だ?

 この都については俺もよく分からねぇぞ。それは豊浦か言仁に聞け」

「じゃなくてっ、……どうして、私はそんなところに、いるの、です、か?」

 答えは、怖い。けど、

 けど、聞かないのも怖い。そんな私の葛藤を笑い飛ばすように、あっさりと告げられる言葉。

「死んだからだろ」

 轟沈された、という事実。

「え? ちょ、ちょっと待ってください。

 あの、整理させてください」

「ああ、かまわねぇよ。どーせやることねぇし、付き合ってやるよ。

 頼まれた事でもあるしな」

「えと、ありがとうございます。

 まずは、……私は、大和です」

「ああ、そうだな。自己紹介で言ってたな」

「大和型戦艦のネームシップ、です」

「そうなのか? 型? 姓みたいなものか?

 大和大和?」

 戯言はとりあえず無視です。

「私は、艦娘です」

「それは違う」

 否定の言葉。

「違う、ですか?」

「言っただろ? ここは死者の都だ。

 艦娘大和は死んだんだ。深海棲艦の砲撃に全身を砕かれて、轟沈した。実感わかねぇよな? けど、これが現実だ。わかるまで何度でも言ってやるよ。艦娘、大和は、死んだんだ」

「じゃ、じゃあ、……ここにいる私は、なん、です、か?」

 全身から血の気が引いたのを実感する。青ざめているのがわかる。

 その答えを聞いたら、私は、……「深海棲艦だ」

 正成は、答える。

「艦娘大和は死んだ。死んで、その残骸を大和の想いが再構築した存在、深海に堕ちた艦娘。深海棲艦。

 それがお前だよ。小娘」

「…………ください」

「あ?」

「殺して、ください」

「……なに言ってんだ小娘」

 聞こえる声には怒り。けど、そんな事、気にしていられない。

「私を、殺してくださいっ!

 私は戦艦大和っ、国防の切り札っ! そして、深海棲艦を撃破して護国のために身を削る責務がありますっ!

 なのにっ! それなのにっ! 国を害するような深海棲艦になるくらいなら、死んだ方がまっ」

 言葉が止められる。眼前には、漆黒の輝き。

「……菊水、俺の刀だ。

 てめぇみたいなガキにはもったいねぇが。死にたいならいつでもその首刎ねてやるよ」

 先までの、青年の面影はない。

 刀より鋭い視線。そして、視線よりさらに鋭い、殺意。

 寒気を感じるほどの意思。……目の前にいる、普通の人が、自分よりずっと、ずっと強靭で、兇悪で、危険な存在という、実感。

「あ、…………え、う」

 激昂した感情が一気に冷える。その刀、その輝きに恐怖、けど、目が離せない。

 刀を納める、音。

「ったく、小娘に刀抜かせんなよ」

 溜息。そして、ぐしぐしと頭を撫でられる。

「あー、まあ、あれだ。

 艦娘と深海棲艦の話は聞いてっからそういいたくなる気持ちも、……解らねぇけど。

 まあいいや、言仁からも頼まれてるしな。まず、厳密な意味で言うとお前の言う深海棲艦には誤解がある」

「誤解、です、か」

「深海棲艦がどいつもこいつも国に襲いかかるわけじゃあねぇって事だ。

 深海棲艦って何なのか知ってるか?」

「なにって、……それは、海を奪い取った脅威、です、よね?」

「そうだな。10点ってところか。

 深海棲艦ってのは強い未練、……想い、とか言仁はいってたな。まあ、そんなものを残した艦娘が死んで造りかえられた存在だ。

 どいつもこいつも人を襲うわけじゃねぇよ。そういうやつも多いけどな」

「そうなのですか?」

「想いを遂げるために作り直された形、だったか。

 だから、人に憎悪している艦娘やら怨恨を持ってる艦娘。……いや、元艦娘の深海棲艦なら、確かにお前の言うとおりだ。海を奪い、人を襲う、人に害なす存在だ。

 そして、そうでもないやつもいる。誰かに会いたいとか、やり残した事があるとか、まあ、そういう想いを持っているなら、大抵は艦娘と大差ない、らしい。……俺は艦娘なんて知らないからどうかしらねぇけどな。

 で、お前もこの類いだろ、この都にはその手の深海棲艦がいるから、深海棲艦だからって攻撃するなんてするなよ。袋叩きにあうぞ。多分」

「…………そう、ですね。はい、そうします」

 私も、そこまで好戦的ではないです。

 平穏にしているなら、それに越した事はないと思っています。

 くつくつ、と、正成は笑う。

「目ぇ覚めたか? だから、簡単に殺せなんて言うな。

 簡単に死ぬんだ。笑っちまうくらいにあっさりとな、今まで積み重ねた時間なんざ塵みたいに簡単に死ぬんだよ。だから、てめぇから殺せなんていうやつは本気でむかつく。

 塵みたいに軽い命に必死にしがみついて、往生際悪くあがいて、それでも死んだやつをいくらでも見てきた、し、俺自身、殺してきた。だから、殺せって言うやつ見るとへどが出る。虫みたいに無様に這いずり回って、死にたくない死にたくないって泣き喚いてまで命にしがみついたやつもいるのに、それを、簡単に捨てちまうなんてな」

 その言葉は、とても、重く感じました。

「貴方は、何者、ですか?」

 その重さに、息苦しささえ感じながら問う。……溜息。

「あーくそ、なに小娘に語ってんだ俺は、だせぇ。

 顕家だったら指さして笑うな。……あ? なにか言ったか小娘?」

「……いえ、なんでもないです」

 聞いてなかったんですか。呆れました。

 ともかく、

「私は、……その、まあ、穏健な、深海棲艦で、ここはそんな深海棲艦の集まる都、という事ですね」

「ま、それでいいや。

 一応言っておくけど、お前さんいわくの穏健じゃない深海棲艦もたまに来るらしいけど、喧嘩売るなよ? この都での喧嘩はご法度。それに穏健じゃないやつには穏健じゃないなりの理由があるんだ」

「理由、ですか」

 艦娘でありながら、その意義を果たすどころか、人に対しての脅威となる。

 その理由、……解らないです。疑問に、正成は溜息。

「ま、小娘に語って聞かせるには問題ありすぎんな。

 子供が知る事じゃねぇよ。ともかく、ここでは交戦は御法度って事だけで納得しておけ」

「む、誰が子供ですか」

「てめえだ小娘。何度もいわせんな」

「だから、小娘って言わないでくださいっ、私には大和っていう立派な名前があるんですっ」

「お前みたいな小娘にはもったいないくらい立派な名前だなあ」

「名前負けとか言わないでくださいっ」

 ほんと、この人はどうして人の地雷を全力で踏むのですかっ!

 

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