深海の都の話   作:林屋まつり

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二話

 

 正成に連れられて部屋を出る。その都に出て、不意にかけられる言葉。

「わーっ、大和だっ、大和だーっ! ちっちゃーいっ!」

「ほんと、可愛い」

「隠密性と機動性を得るために小型化した戦艦? ……すごい、狙いが全く分からない」

「翼のある女の子っ?」

 賑やかな声とともに空から降りてきた艦娘、えと、じゃなくて、深海棲艦ですか?

 ともかく、卯月、弥生、菊月、黒い翼を翻して上から降りてきました。

「え? な、なんで翼があるんですかっ?」

「うーちゃん知らないぴょんっ」

「私は翼のある女の子より小型化した戦艦のほうが理解できない」

「それも、深海棲艦としての形だと思う。

 菊月、戦艦って小型化する意味はないと思うの」

 確かに、同感です。

 弥生は困ったように翼を撫でて、

「これが、私達の、深海棲艦としての形。

 それ以上は、聞いて欲しくない。あんまり触れて欲しい事じゃ、ないから」

「うーちゃんたちの秘密を知っていいのはおじさまだけぴょんっ

 けど、おじさまにならなに知られてもいいぴょんっ、卯月のあーんなところやこーんなところを見られてもいいぴょんっ、むしろ歓迎しまっすっ」

「…………同感、けど、おじさまの入浴中に突撃するのは止めた方がいい」

「前にそれで浴場が消し飛んでいたな。

 瓦礫に突き刺さる全裸の卯月を皆で発掘した。……嫌な思い出だ」

「おじさま熱烈ぴょんっ」

「あれ、熱烈っていうか、破壊的」

「この姿で生を受けて、大工仕事をやることになるとは夢にも思わなかった。

 為朝や夕立に手伝ってもらえたからよかったが」

 えーと? 私達の目の前でわいわい話をする三人。

 この光景を見て改めて納得しました。……確かに、彼女たちは深海棲艦。

 けど、笑顔で言葉を交わす彼女たちは、危険な存在ではない、と。

 そして、三人はこっちを見て、

「知らない人がいるぴょんっ」

「ほんとだ。艦娘、じゃないよね?」

「違う。魔縁だと思う。

 響は人はここには入れないって言ってた。男性だし」

「おじさん、何者ぴょんっ!」

「おじさんじゃねぇよ。そんな年食っちゃいねぇ。

 ってかなんだよ。きんきんうるせぇ声だな」

「むーっ、うーちゃんうるさいって言われたあ」

「うん、私もうるさいと思う」「少し黙るといい」

「ひどっ、弥生と菊月もひどっ!

 うーちゃん泣くぴょんっ」

「泣くならあっちのすみーっこの方で静かに泣け」

「うわーっ、このおじさん本気で腹立つぴょんっ

 大和、何とか言って欲しいぴょんっ!」

「へえ? わ、私ですかっ?」

 こっそり甲高い声だなあ、って思ってたところでいきなり話を振られて変な声。

「え、えと、」

「ってかおじさんおじさん言うんじゃねぇよ。俺はそんなに年食ってねぇっての。

 あーそーだよ、魔縁だ。この都に来るのは随分久しぶりだけどな。言仁に頼まれてこの、」ぽん、と頭に手を乗せられて「小娘の面倒を見てる」

「そういうほどでもないような」

 しかも、寸胴とかひどい事をたくさん言われました。

「うるせーな、話に付き合ってやっただろ。

 それ以上なにやれってんだよ。寝場所とかは言仁ん所に行け、その案内くらいはしてやる」

「その必要はないよ」

 声、振り返る。

「ようこそ、私達の都へ。大和、歓迎するよ」

「響?」

 白いワンピース、白いソックスと白い靴、顔には目を覆う白い包帯。

 純白、という印象の彼女。

「お、響か、久しぶりだな」

「久しぶりだね。正成。

 そうだよ。今はこの都の長である司令官の秘書をしている」

「司令官?」

「愛称だよ。私達にはこの呼び方が一番慣れているから、誰かが言いだした。

 提督と呼ぶ人もいる。もっとも、私達を戦争に駆り出すような事はしないよ」

「ったりめぇだ。小娘どもに戦いなんかやらせるか。

 そういうのは俺達に任せときゃあいーんだよ」

 ため息交じりに正成。けど、

「私達、もとは、艦娘、ですよね?」

 なら、人である彼よりもずっと強いはず、だけど、

「魔縁は、私達よりずっと高い能力を持っているよ。

 まあ、いろいろな理由で彼らは私達に戦わせるのを嫌がるんだ。特に、司令官はね」

「うーちゃんたちも、おじさまのために戦いたいって言ったらすっごい怒られたぴょんっ」

「でも、大切にしてもらえるのは、嬉しい。

 艦娘としては間違えていても、私は、戦うよりはお手伝いでおじさまのお役に立ちたい」

「そもそも私達は深海棲艦、艦娘の在り方に執着する必要はない」

「私達深海棲艦は私利私欲で動く。

 大和、この事をよく覚えておくといいよ。あんまり我が侭を言うと、……私達はもともとは艦娘だったから共感は出来るけど、魔縁は、結構本気で嫌がるから」

「そう、ですか」

 けど、なら、

「私は、何のためにいるのでしょうか」

 ぽつり、呟いた。視線が集まる。

「さてね。私はその問いに対する答えを持ちえない。というか、皆、最初はそれを探しているよ。

 この都で平穏な時間をのんびりと過ごす者もいる。私は司令官に尽くす事を第一としているし、卯月たちはおじさんに、だね?」

「もちろんでっすっ」

「うん」

「おじさまの役に立つ事、それが私達の夢見た生き方です」

「そういう事だよ。大和。

 戦うために造られた私達が、戦いのないこの都でどう生きるか、まずはそれを考えるのもいいだろうね」

「そんなもの、見つかるのでしょうか」

 知らず、拳を握っていた。

「戦うために造られて、……けど、私は、ろくに戦う事も出来ず、……艦娘として生まれても、…………結局、私、なにも出来なくて」

 記憶によぎる、まだ、艦娘として生きていたころ。

 あてがわれた自室で遠征も出撃もなく、ただ、静かに息を殺してそこに存在していただけの時間。

 生きていた、なんて思っていない。ただ、そこにあっただけだった時間。

 あまりにも惨めで、情けなくて、吐き気がするほどの、失意の時間。

 あんなものが平穏だというのなら、……私は「おい、響」

「なんだい?」

「気が変わった。この小娘は俺が連れていく。

 言仁のガキに言っておけ、否定するなら「力尽くで、という事? やってみるといいよ。お子様」」

 声、が、聞こえました。

「司令官っ?」

 響がぎょっとして振り返る。その視線の先、一人の、子供?

「あんまり、子供が我が侭を言ってはいけないよ?」

「うるせぇよガキ。仁の文字を名に持つからって粋がるなよ?」

「誰に口をきいているかわかっているのかな? 不敬。

 たかが悪党一人が、口のきき方に気を付けなよ?」

「戦いなんてろくに解らねぇ力の持ち腐れが。

 俺を止められるってか?」

「……訳を聞こうか?」

「訳、ねえ」

 正成は苦笑。私の頭を乱暴に撫でて、

「生きる意味なんざ下らねぇ事を考えてる小娘に、現実見せてやろうって思ってな」

「死者が生者と関わってもろくな事はないよ」

「言われるまでもねぇよわかってる。

 けど、ろくでもない事でも見せておいて損はねぇだろ」

「損をする、と思うから僕は止める。

 お子様は黙って年上の言う事を聞くものだよ」

「そろそろ黙れよガキ」

 そして、正成は刀を抜く。

「司令官っ」

 響が声を上げる。けど、彼は冷たく微笑む。

「大人しくしていて、響。

 口を挟まないでよ」

「…………はい」

 びりびりと、とんでもない威圧感。胸が苦しくなるほどの重圧。

 卯月達なんて涙目で身を寄せ合ってるし。……私も、正直、苦しい。

「行くぞ、ガキ」「来なよ。お子様」

 そして、二人は、――――後ろに跳んだ。

 爆発の音が二つ。

「なにをしているのだっ、この、大馬鹿者がぁあっ!」

 一喝。

「あっ、おじさま」

「おじさま」

 ばさっ、と音。へたり込んでいた卯月達の前に止る。大きな、鳶。

 卯月はその鳶を抱きしめる。けど、

「後にせよ卯月。

 それで、正成、言仁、これは何事だ? 貴様ら、この娘たちを脅えさせて、何をやるつもりだったか、答えよ」

 ぞろり、と。その鳶の足元に、なんか、血、血色の文字が。

「別にー」正成はにやにやと笑って空いてる左手で私の頭を撫でて「平穏じゃあ生き苦しいなんて言ってる小娘に、外の空気を吸わせてやろうって思っただけだ。なー? 言仁」

「……死者が生者と交わっても悪い事にしかならない。

 だから、僕は止めようとしているだけだよ」

「馬鹿者、そんな事は当事者に決めさせよ」

 うあ、……一斉に視線が集まりましたっ

「小娘、この都は見ての通りだ。

 この都に争いはない。まぎれもなく平穏が実現している。その中で自分のやりたい事をやるもよい。あるいは、ここで友か、大切と思える人のために生きるのもよい。

 だが、その平穏の中では生苦しいと思うのならば、外に出るのもよかろう。……そなたに、私利私欲で、好きなように生きたいという願望はあるか?」

 問い、好きなように生きたい、か。

 私は、

「…………私、は、」

 手を握る。爪が、食い込むくらいに、

 手が痛い。けど、

「私は、……造られた、目的も、生まれてきた、意味も、何一つ、果たせません、でした。

 守るために、造られたのに、戦うために、生まれたのに、……その一つも、なにも、出来ません。でした」

 だから、

「私は、どうしていいか、わかりません。

 なにをして生きていけばいいのですか? これから続く時間を、目的のない時間を、どうすればいいのか、わからない、です。

 だから、」

 生きる意味を、この命の価値を、

「教えてください」

 

 そして、もし、本当にこの命が無意味で、無価値なら。……ホテルにもなり得ない、ただの木偶というのならば、

 お願いします。この無意味な生を、終わらせてください。

 

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