一話
砲撃の直撃。そして、轟沈。
左肩に直撃した砲弾は雷の左肩を消し飛ばし、左腕は千切れて吹き飛ぶ。
左胸はごっそりとなくなり、左の脇腹まで大きく削れた。
轟沈確定の傷。水面に立っていた足の感触は意識とともに消え、とぷん、と。あまりにも軽い音とともに水底へ、海底へ、深海へ、堕ちる。
けど、
胸に去来したのは安堵。
やっと、終わる事が出来た、と。
消えかけた視界にうっすらと見えるのは自分を轟沈した深海棲艦。
それに対する憎しみは、ない。
ただ、胸にあるのは、あの男への、……自分を捨て艦として突撃させた司令官への敵意。
電はいないのだから、一人で行って来い。と、彼は自分を深海棲艦の真っ只中に突撃させた。
電も、彼が轟沈させた。だから、次は自分の番だった。
それでよかった、と思う。もう、無謀な出撃も、ろくな休息もない遠征の繰り返しもないのだから。
…………もう、電はいないのだから。
だから、やっと、…………終わる事が、出来た。
――――――こんな、幻視。
・のよ・に・い・・の・こ・。陰・な、・・のような・・の森。
境・にあ・蝋・の青・・炎に・・・・・、苔・・、・・、・ち・社。
そこで、・が嗤う。
――――――そんな、幻視。
「……………………ず、ち」
声、懐かしい、声。
ああ、……そう、か。
雷は轟沈したんだ。だって、
だって、電の声が聞こえる。もう、半月も前に轟沈し、海に消えた妹の声が聞こえる。
「……か、ずちっ」
よかった。幻聴かもしれないけど、……それでも、最後に電の声が聞けてよかった。……だから、
ごめんね、電。……お姉ちゃん、電の事を守ってあげられなくて、……助けてあげられなくて、
「ご、めん、ね」
「起きたのなら起きてーっ」
「いたっ?」
朦朧とした意識で紡いだ言葉。けど、直後、頭に走った衝撃で跳ね起きる。……って、
「あ、あれ?」
目を開けた。辺りの印象は白。
真っ白な壁。そして、ドア、どこかの、部屋?
「う、……そ、え?」
そして、傍らには電。……轟沈した、雷の妹。
どうして?
「久しぶりなのです。雷」
にこ、と傍らの電は笑顔。その笑顔は一番よく知っている。そして、一番焦がれていた大切な笑顔。
けど、
「ひ、久しぶり、……けど、あの、」
らしくない。……けど、
雷は、お姉ちゃんなんだから。ちゃんとしなくちゃいけない。
なにも変わらない。ベットから身を起こして見える電の姿は変わらない。
強いて言えば、服が違う。今彼女が来ているのは真っ白なワンピース。けど、
「電は、……ご、……轟沈、した、んだよ、ね?」
言葉に詰まりながら、何とか聞いた。
怖いよ。……聞いて、けど、答えは聞きたくない。
その答えを聞いたら、なにか、壊れてしまいそうだから。
俯く、答えを聞くのが怖くて、……けど、
「うん、そうなのです」
答えは、びっくりするくらいあっけらかんと返ってきた。だから、顔を上げる。
「そ、そうなのです、って。
だって、電はここに、…………」
言葉を紡いで、同時に、記憶に引っ掛かってた違和感。
「んー」電はなんて答えようか、っていう感じで少し唸って「えっと、こういう事なのです」
するすると、電の体が上に、目を見張る。だって、電の身長は、雷と大差ない、のに、
見上げる。……見上げてた。轟沈したはず、と。聞いた時と同じ、そちらに視線を向けたら、壊れてしまいそうだから。けど、
答えは、見上げる位置にいる電が告げる。目の前に、拒否できない現実を見せて、
「電は、深海棲艦になったのですよ」
眼前には、真っ白な、蛇の体のようななにか。
それが、下半身の代わりに大切な妹の体から生えていた。
「気づいていなかったのですか?」するすると、電は雷に視線を合わせて「深海棲艦は、艦娘がなったものだって」
「そ、……それは、そう、じゃないかって」
思ってた。けど、考えないようにしていた。
…………気づいてるわよ。だって、深海棲艦の中には、どこか見覚えのある姿が混じっているんだもん。
けど、気付かないふりをしていた。だって、それを考えたら、そこに気づいたら、雷も、どうなっちゃうかわからないわよ。
今まで、敵だって思って撃ち砕いていたのが、同じ艦娘だったなんて、気付いたら絶対に壊れちゃうわよ。
けど、
「だからそういう事なのです。
電は、轟沈して、深海棲艦になったのです」
「な、なったのですってっ」
それは、……けど、
するすると移動する電。彼女は困ったように微笑む。
「それに、雷も、もう深海棲艦じゃないですか」
へ、と。そして、雷は思い出す。……轟沈されたとき、確か、………………
左腕は、黒い鋼鉄の異形になっていた。
「あ、……う、…………そ?」
雷の小さな体に不釣り合いな、大きな、武骨な左手。
自分の口からあふれた悲鳴が、耳を貫いた。
「落ち着いたのですか?」
「…………う、うん」
困ったように微笑む電。落ち着いてない、けど、
けど、……「い、いなず、ま」
「なんなのです?」
「い、雷は、これから、どう、すればいい、の?」
こんな姿じゃ、他の艦娘に見つかったら、撃たれちゃうよ。
せっかく電に会えたのに、……「どうしたいのですか?」
「え?」
「電は、こんな姿になっちゃったですけど、雷と、お姉ちゃんと一緒に暮らしたいのです。
戦ったりするのは嫌なのです。もう、戦わないで、ここで静かに暮したいのです」
とつとつと語られる言葉。それは、雷も同じだよ。
戦いたくない。無謀な深海棲艦への突撃で怖い思いをするのも、重なる遠征でぼろぼろに疲れ果てるのも、いや。
もう、十分に戦ったよ。だから、もう、戦いたくない。
だから、
「雷は、……深海棲艦になっちゃった電と、一緒じゃ、だめ、なのですか?」
問いに、雷は、小さく首を横に振った。だって、
「雷も、深海棲艦、だもん。
……あはは、どうすればいいかわからないけど、……うん、一人ぼっちで消えていくより、電と二人で深海棲艦として、どこかで静かに生きていきたいわよ」
どうやって生きていけばいいかわからない。海上に出れば、多分、殺されちゃう。
けど、電と一緒なら、きっと大丈夫。暗い、暗い海の底で、静かに生きていこう。
きっと、あの男のところで使い潰されていたころに比べれば、そっちのほうがずっといいから。
そんな、諦めにも近い思いに向けられたのは、電の笑顔。否定の言葉。
「二人、じゃないです」
「へ?」
電は、笑った。どこか悪戯っぽい笑みで。
「じゃあ、雷は電と一緒に暮らしてくれるのですか?」
電はドアノブに手をかける。
「ここ、」
そして、ドアを開いた。
目を、見張った。そこは、
「《波下の都》で」
水天の下。青く輝く都があった。
そこは、不思議な都。
深海なのに明るい。青い輝き。……最初は海原の青と思ったけど、違うわよね。
普通、水は青くないし。本来ならここは暗闇のはずなのだから。
けど、ここは明るい。海のような青い輝きに包まれている。……違うの、かな。
包まれているというか、淡い輝きで満たされてる、っていう感じ。そして何よりも凄い光景が目の前にある。
大樹、なんか、考えるのもばかばかしくなるような、物凄く大きな樹がある。いや、あり得ないよね? ここ、深海だし。……と考えてため息。それを言ったら深海に都があるのもおかしい。
…………落ち着いたら、電に案内してもらって見に行ってみよ。
「深海棲艦、の、都?」
「そうなのです。深海棲艦はここに住んでいるのです」
するすると、雷の隣を歩く、……まあ、えと、歩く電。
深海棲艦の都、左右を見れば確かに、深海棲艦がいる。…………けど、
なんだろ、今まで戦ってきた深海棲艦とは違う。もっと、艦娘の形を残している。どちらかといえば、艦娘に深海棲艦の特徴である異形がくっついている、って感じ。
ちょうど、雷の左腕が黒い異形となっているみたいに、電の足が蛇のような異形となっているみたいに、……そして、それ以外の部分は今までどおりの雷や電であるように、
…………雷たちの知っている深海棲艦と、ここにいる深海棲艦は違うの?
「深海棲艦って、艦娘とかを襲うんじゃないの?」
「それは深海棲艦それぞれなのです。
……まあ、「あっ、電デースっ」あっ、金剛さんなのですっ」
金剛? と、視線を向けると、そこには確かに金剛。……うん、確かに金剛だ。
「Ohっ! そっちの娘が新しく来た娘デスカ?」
「うん、……電の、お姉ちゃんの、雷なのです」
「あ、は、はじめまして」
「ハジメマシテっ、金剛デースっ
電のご近所サンなのデースっ」
握手、……右手を握られる。
やっぱり、左手は、ちょっとね。……なんていうか、長すぎて雷の身長じゃ地面につきそうだし。
「ご近所さん?」
「そうデースっ、……電っ、雷は電と暮らすのデスカ?」
「はい、そうなのですっ」
嬉しそうに応じる電。
「Wonderful、じゃあ、ワタシともご近所サンデースっ」
「いたっ」
あう、右手、思いっきり振られた。右手はまだ華奢な雷の手、あんまりぶんぶんやられると、痛い。
「Sorry、嬉しくて勢い余ってしまいまシタ」
ばつが悪そうに手を合わせる金剛。
「これから家デスカ? ワタシも帰る途中なので一緒にいきまショウっ」
「はいなのですっ」「うん」
そう言って歩き出す。ふと、
「それで、電。
テイトクには紹介したんデスカ?」
「あ、まだなのです。
さっき、目覚めたばっかりで、お家に案内したら行こうと思っていたのです」
「OKっ、じゃあワタシも同行しマースっ」
「って、金剛さんは司令官さんに会いたいだけじゃないですか?」
「Noっ、…………エート、それもなくはないですケドぉ、それだけじゃNoデースっ」
「司令官?」
まず思い出したのはあの男。……けど、あいつの事を電が笑顔で語るとは思えない。
誰の事? ……けど、司令官、という響き。どうしても、嫌な思い出があるわ。
「あっ、雷が思ってる司令官さんとは違うのです。……司令官、って言っても、戦争に駆り出したりはしないのです」
「海戦の事とかなにも知らない人デス。
どっちかといえば、……えーと? Leader? Politician? ……………………デースっ!」
「えと、一番偉い人だよ。
代表、っていうの感じの人なのです。皆をまとめているのです」
「人、なの?」
「だと思いマースっ
けど、テイトクはマエンって言ってマースっ、何なのかわからないデースっ」
「マエン?」
「うん、人じゃなくて魔縁、だって。
電も、よくわからないのです。けど、普通の人じゃない、と思うのです」
「そうよね」
確かに、普通の人とは思えない。けど、
いい人、だと思うわ。
だって、その人の事を語る電も、金剛も、すごく楽しそうだから。
「ちょっと、会うの楽しみかも」
いい人なら、会いたい。だって、……雷には、いい人なんて見た事なかったのだから。
微かな期待。そして、過去を思い出して少し、暗い思い。…………そして、それを吹き飛ばしちゃう素っ頓狂な声。
「Ohっ! Noデースっ、テイトクはワタシがもう目をつけてマースっ!
横恋慕は、Noっ!」
「会ってもない人にそんなことしないわよっ」
わたわた手を振る金剛。さすがに気が早いわっ。…………「電?」
「よ、横恋慕は、のー、……なの、です」
「知らないってばーっ」
「お邪魔しマースっ」
というわけで、なぜか金剛まで家についてきた。
小さな一軒家。するすると電は階段を上る。
「えと、こっちお部屋があるのです。
空いてるから使っていいのです」
「家があるんだあ」
前の基地にいたときは、ちっちゃい部屋だった。だから、少し憧れるわ。
小さな家でも、それでも、
「ここにいる深海棲艦は皆一軒家を持ってマース。
もちろん、ワタシもデースっ」
むんっ、と胸を張る金剛。けど、上から声。
「だからってお掃除を電に手伝わせないでよー」
「いつテイトクが来てもいいように、綺麗にしておくのはレディの嗜みデースっ」
「い、電だって綺麗にしてるもんっ」
ともかく、雷は電についていく。……普通に歩く時は気にならなかったけど、こういうところだと大きくなった左腕が、結構邪魔だわ。
なれないと、ともかく、電が案内してくれた部屋に入る。……やっぱり、何もないわね。
仕方ないけど、部屋にあるのはベッドと、机と、椅子と、クロゼットと、…………「鏡」
化粧台、そして、そこにある鏡。
とくん、と。音。
雷は鏡の前に立つ。上着を脱ぐ。
…………悲鳴は、何とか飲み込んだ。
左腕、左肩、左胸、左脇腹、……鏡の前に立つ上半身裸の雷。白い右半身と、不釣り合いに大きく、黒く、硬く、異形の左。
深海棲艦と、改めて思う。けど、
「よく、わからないわ」
だからって艦娘を襲いたい、とは思わない。ここ、深海の都でのんびりと暮していたい。
戦いとかしたくない。……艦娘らしくない、と反射的に思って苦笑。
もう、雷は艦娘じゃない、深海棲艦なのよね。………………そっか。
「戦わなくて、いいの、よね」
「地上に襲撃? したいデスヨ。ワタシは」
お出かけ前にTeaTimeデースっ、と。金剛に問答無用に座らせられた雷。ふと気になった事があり、ふー、ふー、と息を吹きかけて冷ます電と、のりのりで準備をする金剛に聞いてみた。
深海棲艦として、地上に、鎮守府に襲いかかるの、と?
そして、金剛から返ってきたのはこの返答。
「したい、の?」
「ワタシが艦娘だったころの上は最低な人間だったデース。
殺したほうがいい人間は殺すべきデス、そんな人間を守る艦娘も同罪デス。まだ、ワタシは錬度低いけど、十分に実力が付いたら、あの泊地にいる人も艦娘も全部沈めマス」
きっぱりと言ってのける。なに一つ疑問を挟まない断言。
「いいはぐれちゃったけど、深海棲艦よりけりなのです。
深海棲艦になる艦娘は、大抵は人とか、なにかに憎悪したり、絶望したりしているのです。……もし、金剛さんみたいに司令「電」あ、ごめん。…………えと、上の人に憎悪しているなら鎮守府とかに襲撃したりするのです。艦娘だったころに電たちが沈めたのは、そういう深海棲艦なのです」
「ワタシは沈められたりしまセン。
そうならないように頑張ってマス、それがテイトクとの約束デス」
そして、金剛は自分の身を抱きしめてくねくねし始めた。
「君が死んだら僕は悲しいって、テイトクが言ってくれたんデスっ!
すっっごく嬉しかったデースっ、惚れ直しちゃいまシタっ! ギューッて抱きしめちゃいまシタっ!」
「あ。……い、いいな」
「すっごく名残惜しかったけど離したとき、少し赤くなった顔の可愛さって言ったら、もうっ! ワタシはメロメロデースっ!」
バァァアーニングゥラァァァアアアアアアアブッ! と、叫ぶ金剛。
「というわけで、今はまだ実力不足ですガ、いつか、ワタシはあそこを沈めにいくのデス。
深海棲艦だから、なんていうつもりはありまセン。あいつも、あいつにくみする人も、艦娘も、全部、全部ワタシは、ワタシの意思で、私情で、皆沈めマス。
それが、」
金剛は笑みを浮かべる。深海棲艦という、どこか歪な、……じゃないの。
艦娘といっても違和感がない。とても自然で、当たり前の表情で、
「ワタシの復讐デス」