「あの、ありがとうございます」
「あ? なにか言ったか?」
食器を返しながら正成。私は俯く。たぶん、羞恥で顔が赤くなってるから。
「ご飯、おごってもらって、……それに、居心地悪い思いさせちゃったみたいで」
「だーかーら、子供は大人に気ぃ使わなくていいんだよ」
「もう、子供扱いはやめてくださいっ」
「泣き虫のお子様は大人に気を使わなくてもいいのですよ」
「……気持ち悪」
「んだとっ」
思わず呟いた一言に怒鳴りつける正成。けど、いきなりそんな口調になると、
「く、くく」
「…………なに笑ってんだ小娘。
ほら、お前の出番だ、さっさと行くぞ」
変な口調を思い出して笑う私を横目に、正成が歩き出しました。
けど、
「ま、正成、さっきの、また、やってください」
「やだよふざけんなどうせ笑う気だろ」
「だ、だって、……くく、に、似合わない、ほんと」
「ちっ、余計なことしちまった。
ほら、さっさと行くぞ」
「はいはい」
不貞腐れたように視線をそむけて歩き出す正成。
さすがに、これ以上笑ったら悪いですね。と、自重、正成に続きました。
「お土産はいいのですけど、どのくらい人いるのですか?」
お菓子の入ったお土産の箱を手に取り問う。右手には八個入り、左手には十六個入り。
「ちょっと待ってろ、聞いてみる」
そう言って通話を始める正成。私は彼をおいてうろうろと店内物色。……それにしても、いろいろなのがあります。
お菓子とか、あと、お弁当? 特産品コーナーにはお肉とか。……どれも、美味しそうです。
あ、そういえば、どんな人がいるのかも聞いてみないと。
寺院って言ってたから大人の男性が多いと思いますけど、もしかしたら、女性もいるかも。
それに、子供とかもいるかもしれないです。だから、「正成っ」
「あ? ……ああ、ちょっと待て、連れだ。
んだ?」
「人数と、あとどんな人がいるかも。
ほら、大人の男性と女の子じゃ好みとか違うじゃないですか」
「ああ、それもそうだな。よし、よく気づいた。
えらいぞ小娘」
くしくしと撫でられる。「偉いって思うなら小娘って言わないでください」
撫でられたままそっぽを向く。「はいはい」と正成。
「でだ、護良。あと誰がいるんだ?」
と、話し始めたのに安堵、だって、
偉いといわれて撫でられて、頬が緩んで、……そんな表情、この人に見られたくないです。絶対にからかわれるから。
「よし、……とりあえず酒だ」
「それ、正成が飲みたいだけじゃないですか?」
「……ばれたか。いや、こういう地酒好きなんだよ俺。
つーわけだ。土産選びは任せたぞっ」
意気揚々とどこかに行くだめ大人。「って、人数とかなにも聞いてないですよーっ」
慌てて追いかけました。
「まったく、あのだめ大人は」
話を聞くと、意外ですけど、女の子とか、女性もいるみたい。なら、お菓子、とかがいいですね。
十人くらいらしいので十個詰めくらいのお菓子を一つ二つ。……美味しそう。
私も、ご相伴にあずかれれば、と思ったところで首を横に振る。だって、これは御土産です。
け、けど、一つくらいならっ! きっとっ、多分。
「さっけのつまみは何すっかなー
やっぱ肉かな」
無視、です。お土産選びに集中します。
えと、これと、……これと、…………あとは、あ、「これか?」
ひょい、と。
「正成?」
「それで終わりか?」
「はい」
「お、結構買ったな」
「そういえば、お金あり、あ」
「あ?」
「えと、私、持ちますよ」
ひょい、と気がつけば私が手に持っていたお土産は全部正成の手の中。
正成はこちらに視線を落として、溜息。
「よ、っと」
膝を上げて手に持つお土産を支えて、空いた手で、ぽんっ、と。
私は反射的に受け取りました。
「お財布?」
「会計頼むわ」
そう言って歩き出す正成。って、速いっ!
こういう事子供の姿が恨めしいです。私は急ぎ足で正成を追いかけました。
お会計を済ませてまた自動車へ。
「さてと、またしばらく車ん中だな」
「大丈夫、寝たりしません」
「へいへい、ご自由に、……ほれ」
ぽんっ、と投げ渡されたのは、「ココア?」
ペットボトルのココア。
「やる。んじゃ行くぞ」
ことん、と、正成はドリンクホルダーに、こっちはブラックの、大きな缶の珈琲。
さっそく正成は珈琲を一口。私もペットボトルを開ける。
「あ、ありがとうございます」
「そういうの好きか?」
「へ? あ、はい、好きですよ」
「やっぱそうか」
発車しながら、正成はしんみりとした表情で納得。
「なにがですか?」
「子供は甘いのが好きなんだなーってな。
いやあ、俺はココアはだめだわ、甘ったるのは苦手だわ」
「な、正成が買ったんじゃないですかっ!」
「やっぱ子供って甘いのが好きなんかなあって思ってな。
そしたら案の定っ、やっぱ子供は甘いものだな」
「むーっ、私だって珈琲も飲めますっ」
「って、おいっ?」
珈琲を奪い取って、一口。
「っ?」
に、苦いっ? こんなに凄い味でしたっけ珈琲って?
「はっ、お子様にゃあこの味は解らねぇよ」
目を白黒させる私を横目に余裕の表情で笑う正成。……かなり悔しいです。
「むうー」
「膨れんなよお子様、無理するなよお子様、大人の味は解らねぇよなお子様」
「お子様連呼しないでくださいっ!」
ほんとに失礼な人ですっ!
まったく、……ともかくココアを一口。ほふう。
ささくれ立った心に甘さと温かさが沁みます。
「んじゃ、行くか」
そんな私をけらけら笑って、正成は車を出しました。「なんで笑うんですかあ?」
じと目で問えば正成は笑ったまま「やっぱり甘いもの好きじゃねぇか、子供」
「うるさいですっ」
「そういえば、正成。
これから行くのってどこですか?」
「あれ? 言わなかったっけ?
滋賀県の、比叡山にある延暦寺だ。まあ、正確にはふもとにあるボロ寺だけどな。用事済んだら延暦寺も行ってみるか?」
「え、いいのですか?」
「どーせロープウェイですぐに行ける。ちと情緒にゃあかけるがな。
よし、んじゃ行くか」
「ちょ、いきなり決めないでくださいっ」
お願いしていいか、迷っていたところだったのですけどっ
「うーるーせ、俺が行くって決めたら行くんだ。
どーせお前も暇なんだから付き合え」
「いや、確かにやる事とかあんまり考えてない。……っていうか、連れだしたのは正成じゃないですか」
不満を込めて言ってみる。もっとも、
「ばーか、お前だって同意しただろ。
まったく、物忘れ激しいな、これだから子供は、そんなんだからスタイルがいいだと脳内妄想私スタイルを語るんだよ」
「脳内妄想じゃないって言ってるでしょっ!」
「じゃああれか? 未来を先読みしたんですかー?
そんな事出来るのが二人もいてたまるかよ」
「違いますーっ、艦娘だったころの私は凄かったんですっ。…………って、え? 未来を先読みできる人って、いたんですか?」
二人も、って言ってたような。つまり、一人はいたっていう事?
「ん、ああ、聖徳太子。
未来記っていう本があった。頼んで読ませてもらったが、あれ的中したな。本気で驚いたわ」
「そんな凄い人、いたんですね」
「どこまでが本当かわからねぇけどな。
っていうかいたのかどうか、守屋とか豊浦は知ってると思うんだけど、守屋はその名を出すだけで本気で怒るし、豊浦は笑ってのらくらするし、……あいつら本気で嫌だ」
「その、守屋とか豊浦って、……えと、正成と同じ?」
「ああ、魔縁だ。
といっても、俺とは年季が違うぞ。そいつらに比べたら小娘は、…………新生児だな」
「し、……えと、え? それだけ、えと、御年輩の方なのですか?」
「存在年数の問題だ。見た目は俺と大差ねぇよ。
けど中身は千歳以上だ。俺たちはその能力の蓄積が存在年数に比例から、まあ、けた外れだな」
「うわあ、……千歳って」
ちょっと、想像もできないです。……ちなみに、私は戦艦だったころも含めて、……大きく見ても、十歳。…………く、だ、だめです。小娘って呼ばれることに納得をしてはいけませんっ!
けど、文字通り桁が違いますね。
ふと、
「あの、正成、あな「それで、行く場所だけど、俺の友人の護良ってやつがいるところだ」」
問いの言葉は潰される。少し、不満を感じましたけど、もともと私が問いかけた事です。
「御寺に暮らしているのですか?」
「ああ、仏教徒だからな。
くそまじめなやつだよ」
「なんか、正成とは正反対のような」
少なくとも、この人から真面目的ななにかを感じた事はありません。
けど、
「そーでもないぞ。生きてた頃は一緒に遊びまわってたしな」
楽しそうに、……なんとなく、子供っぽく笑って、
「そうだな、楽しかったなあの頃は。
主君の無茶聞きながら、護良や顕家、義貞と、他の、三木一草の馬鹿どもと、存分に遊びまわってたな」
大切な、宝物を想う子供っぽい表情。けど、
「わり、関係ない話したな」
くしゃ、と撫でられました。
「別に、いいですよ。どうせ道中長いですし」
「だったら脹れっ面すんなよ」
苦笑交じりの台詞。……そう、なんでか、私はちょっと、面白くなかった。
どうしてなのか、確かに話題は少し逸れたけど、まだ、時間はあるのだし。
なのに、…………はあ。
「わかりました。まあ、正成の友達に会いに行くって事ですね。
なにか、頼まれ事とか言ってましたけど」
「ああ、たまにな。
バイトみたいなものだ。面倒事の解決、厄介事の駆除。……ま、安心しろ、危ない事に巻き込むつもりはねえ。その時は護良のところで遊んでろ」
「いえ、私も行きます」
即答に、正成は強く、私を睨む。けど、
「危ない事であっても、私も連れて行ってください」
「なに言ってるか、わかっているのか? 小娘」
「はい、私は、そのために来ました」
なにか、こんな私でも出来る事があるのなら、
この生の意味を、この命の価値を、見つける事が出来るのなら、私はそこに踏み込んでいきたい。
例えば、
この体を造る鋼材が、包丁としてどこかの家庭の食卓を彩る助けとなるのなら、
この体に流れる燃料が、寒さをしのぐための暖として誰かを安堵させる事が出来たのなら、
…………この命が、誰かの助けとなるのなら、私は喜んでこの命を差し出します。
それが、私の、せめてもの、――――
「……ちっ、勝手にしろ。
まずは護良の話を聞いてからだ」
正成は、舌打ちをして応じました。
暗い、ほぼ夜。夕闇の中。
比叡山のふもとにある小さなお寺に到着しました。
「ここですか?」
「ああ、連絡入れてるからすぐ出ると思うんだけどな。
僧房は、と」
寺院、というか、ちょっと大きな民家、という感じです。あるいは、民家の敷地に小さなお寺があるか。
ともかく、そういうわけで普通の家もあり、正成はお土産を持ってそちらに足を進める。私も後に続く。
…………というか、くらい、ですね。
灯りなんてなくて、玄関にある電灯だけがぼんやりと光を投げかけてます。暗いです。
「おい、小娘」
「はい?」
「服掴むな」
「へ? あ、ご、ごめんなさいっ」
いつの間にか掴んでいた正成の服を慌てて離す。謝り、視線を上げればにやにや笑う正成。
「なんだ、暗いのが怖いのか。
ま、子供にゃあ仕方ないな」
「子供扱いしないでくださいっ」
けらけら笑う正成、悔しいです。
ともかく、民家のインターフォンを押す。
ほどなく、から、と音。
「こんばんわ、正成様」
「おう」
女性、です。穏やかな、たおやかな女性。この人が、護良さんでしょうか?
「こちらが、大和様、ですか?」
「ああ、俺の連れだ。
それで、彼女は一蓮上人だ」
「はじめまして、大和様」
にこり、と柔らかな微笑み。
「はじめまして、……その、大和、といいます。
一蓮、上人、さん?」
上人、って、何でしょう? 名前? ……噴き出す音。その先を睨みつける。
くつくつと正成は笑って「上人ってのは仏教徒に対する尊称だ。そのあとにさんつけんな」
「な、……し、知らなかったのだから仕方ないでしょっ」
「ばーか、常識だ。
これだから小娘は常識がなってないなあ。子供だからなあ」
「むっ」
「……………………ああ、私達の同類ですか。
ふふ、これはまた、素敵なお連れですね。正成様」
へ?
反射的に、私は一蓮上人を見ました。だって、
「同類、ですか?」
なにを指しての言葉かわからないです。彼女は、艦娘でも深海棲艦でもないでしょうから。
私も、艦娘とも深海棲艦とも名乗ってないです。人なら、同類なんて言うとは思えないですし。
「ああ、同類だな。
一蓮上人は付喪、意思を持った器物だ。戦艦の魂を宿して人の形をもったお前も、艦娘やら深海棲艦って名乗ってるが、付喪の一つだな」
「そういう事です。
よろしくお願いしますね。大和様」
にこり、と。私にとって信じられない存在は変わらぬ穏やかで柔らかな笑みで一礼しました。
「それにしても、艦娘ですか。
最近は多いのですね。……と、失礼しました。どうぞ上がってください」
「はい、お邪魔します」
「邪魔する。そういえば、護良のやつはいるか?」
「今は席をはずしています。延暦寺に用があると、
ただ、すぐに戻ってきますよ」
「ならよかった。酒の相手がいないってのもな」
「そちらのお嬢様はいかがですか?」
楽しそうに一蓮上人。けど、お酒、ですか。……むう。
「あのな、こんなちんまい小娘に酒呑ませるわけにはいかねぇだろ」
「お酒を飲めないのは尊雲上人も同じではありませんか?」
「あいつはいいんだよ。
仏教徒面してっけど俺と同類だ」
「あらあら、……それを言われたら尊雲上人も反論できませんね」
「尊雲上人? ……って、その、護良さん、ですか?」
ふと、一蓮上人の言葉が気になりました。尊雲上人、と。多分、尊雲という人なのだと思います。
「あら、ええ、そうですよ。
尊雲上人、護良様の、仏教徒としての名です」
「法名ってやつだな。未練たらしく仏教徒なんてやりやがって、今度化けの皮剥いでやろうか、あの似非仏教徒が、なあっ!」
正成は、こんなときまで手放さない刀を振り上げる。鈍い音。
振り返る、にやりと笑って「どうだ? 護良」
「一応、今はそういう事はしないようにしています。不要なら、ですが」
はじめて聞いた男性の声に振り返る。
法衣を着た、穏やかな禿頭の青年。そして、弓を構えるのは見間違えるはずがない。
「加賀っ?」
艤装ではなく簡素な袴。けど、その姿は間違いなく、彼女でした。
「あら、随分と可愛らしくなったのね。大和」
そして、かつん、と。
「あっぶねぇな」
「化け物、よく反応できましたね。
これでも、ばれないように慎重に狙ったのですが」
「腕は上等。けど、相手が悪かったな」
き、気付かなかった、です。
って、じゃなくて、
「加賀っ、どういうつもりですか?」
「彼の指示よ」
「まあ、正成なら問題ないでしょう」
「まあな」
くつくつと笑う正成。
「相変わらず、物騒な挨拶ですね」
そして、朗らかに微笑む一蓮上人。…………あの、ここ、どこですか?