深海の都の話   作:林屋まつり

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八話

 

「あの、正成っ」

「おう、どうした?」

 正成の態度は変わらない。いつも通り、です。

「正成は、あの、……えと、……護良さんの話、どう、思いますか?」

「どうもなにも、起こるべき事が起きたとしか思えねぇな」

 苦笑。正成は私を撫でて、

「残念か? 結局これが人なんだよ。

 怪物に蹂躙される弱い存在なくせに、自分たちを守ってくれる英雄を疑心暗鬼から処刑する。これが人間だこれが現実だ。どうだ? 幻滅したか?」

「それは、……その、」

「命をかけて守る価値なんてないだろ。

 小娘、お前の悩みはそもそも的外れだったってことだ。これでもまだ、人を守るために戦いたいのか、お前は? そんなくだらない事が存在意義か?」

 淡々と、平坦な言葉。

 そのために造られた。そのために生まれた。

 護国のために、人のために、…………人を、守るために、……それに、どんな、意味が?

「あ、……わ、…………わ、たし、私、は、」

 私は、必死に戦っている艦娘を殺そうとするような人を、守るの? そのために、戦うの、それが、この命の価値なの?

 溜息。ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられて、

「目を覚ませよ小娘。

 生まれた理由なんて忘れちまえ、何を守りたいのか自分で決めろ、その事に、胸張って価値があるって言えるのなら、その命を使ってでも守り抜け。

 胸張ってそう言えないのなら、そんな存在意義なんて捨てちまえ。捨てて、その空白が辛いのなら今度こそ胸張れる物を探すために、辛いの抱えて歩いてればいい」

「けど、……けど、私は、」

 あれ? 私は?

 私は、何を言おうとしたの? なんて、答えようとしたの?

 否定? 違う。反論、これも違う、と思います。私は、…………ああ、そうか。

「こわい、です」

 私は、怖いんだ。

「怖い、だって、それじゃあ、私、なにもないじゃないですか。

 それは、寂しいです。怖いです。……私は、大和は、どうして、ここにいるのですか?」

 私は、

「空っぽな私は、ここにいて、いいのですか?」

 すがりつくような、泣くような声。

 

 暗闇の中、寒くて、怖くて涙を零しながら歩く子供のような声。

 応じるのは、大丈夫だと、その意味を否定させない、強い言葉。

「お前が歩くのを止めないのなら、俺が許してやる」

 

 差し出された手を、とりました。

 

 必要な装備を午前中のうちに確認、そして、午後には届きました。

 防弾ベストとか、なんか、ごっつい銃とか。

 あとは、手榴弾? ……なんか、「なんで、こんなにいろいろと物騒な物が集まるのですか?」

「南朝の馬鹿どもが好きなんだよ。こういうの。

 主君は銃火器が特に好きでな。ありゃあ、トリガーハッピー一歩手前だな」

 手慣れた手つきで銃火器の整備をする正成も大概ですけど。

「それで、お前も行くんだな?」

「はい、そのつもりです。止めませんか?」

「勝手にしろ。……っていいたいところだが、正直助かる。

 保護対象は艦娘だったか、俺よりお前が引っ張ったほうが手っ取り早そうだ」

「はい」

 一応、と防弾、対刃加工された上着を着て、頷きました。

「……まあ、助かるなんて言った後にこんなこと言うのも卑怯なんだけどよ。

 いいのか? いっておくけど、俺、おそらく人を殺すぞ」

「あ、……そう、ですよね」

「別に殺人大好きってわけじゃねえから好んで殺して回ろうとは思わねぇけど、必要なら躊躇するつもりはねぇ。

 つまりだ、お前は目の前で人が殺されるのを許容できるか?」

「…………それは、」

 こういう時に納得する、自分は、もう艦娘じゃないのだ、と。

「はい。……それより、理不尽な実験を強いられる艦娘を、助けたい、です」

「よし、ならよかった」

 うむ、と頷く正成。……「そういえば、護良さん。仏教徒ですよね」

「ああ、そうだぞ」

「なんか、平気で殺すとか言ってたような」

 仏教にはあんまり詳しくないですけど、殺生とか、そういうの忌避するような。

「だからあいつは似非なんだよ。

 あれがあいつの本性だ。仏教徒なんて服着ても隠しきれねぇよ。天台宗、って知ってっか?」

「えと、……有名な宗派、ですよね?」

「そうだな。仏教の宗派じゃ、一位か二位か。ともかくそれだけの大宗派だ。で、あいつ、その天台宗の座主、一番偉いやつだったんだよ」

「そ、そうなんですか、……凄いですね」

「それなのに仏教ほっぽり出して武芸に励んでたんだってよ。

 頭おかしいよな絶対。んで、戦況が動いてくるとさっさと還俗しちまいやがった」

「好戦的な人、なのですか?」

 正成とは良く喧嘩をしていましたけど、それ以外は面倒見がいい、真面目そうな男性でした。

 正成とは友達みたいなので、そっちが素のような気もしますけど、

「いや、そうでもないと思うぞ。

 どっちかっていえば裏方が多かったしな。補給経路作ったりとか、援軍探したりとか、兵站の管理ってやつ。

 戦っても強かったけど、……まあ、あんまりそういう話は聞いてなかったな」

「兵站の管理、ですか」

 その重要性は、私にもわかります。

 ……その、輸送路がずたずたにされた戦場の、あまりの悲惨さは記憶から消えてくれません。

「ああ、今回もそっち、面倒事は護良が南朝の連中を使って終わらせておくから、俺たちはやる事だけやりゃあいい」

「その、南朝って言うのも、ちょっと」

「あーあー、連中については触れんな。ぼちぼち説明してやると明日になっちまう。

 国家転覆を狙う悪の秘密結社でいい。それで大体あってる」

「……なんか、表現が頭悪いですね」

「うるせー、と。……で、だ。小娘、今回の件、お前は戦力としては考えていない。

 お前のやる事は徹頭徹尾、保護対象の艦娘との交渉だ。それを忘れるな。敵陣に突っ込むとか、馬鹿な事するんじゃねぇぞ」

「……はい」

 艤装は、ありません。それ以外の銃火器は使い方も解らない、です。

 そんな私でも出来る事があるなら、絶対にやり遂げます。

 むん、と気合を入れる私に、苦笑。

「はは、よかった。

 皆を助けるために命をかけて敵陣に切り込みます。なんて言ったら置いてけぼりだ」

「それは、…………えと、気をつけ、ます」

 あれ? と、……確かに、前に、そんな事をいったような、気もします。

 なんで、そう言わなかったのか、…………あれ?

 私は?

「いいか小娘」

「あ、はい」

 武器の手入れを終えて、神妙な、真面目な表情で私を見る正成。

 その見慣れない表情。真面目に見つめられて、どうしてか、鼓動がうるさくなる。

「あ、あの、作戦ですか?」

 きっと、重要な事を言われるから緊張している。跳ねる鼓動の理由をそう解釈して問う。正成は「いや」と応じて、

「絶対に、死ぬなよ。

 俺は、お前に生きていて欲しい」

 

 とくん、と。音。

 

「あ、…………ふぇ? あ、あの」

「なんだよ?」

「えと、そ、……それって? ど、どういう意味、ですか?」

「………………意味も何もそのまんまだ。余計な深読みするんじゃえよ、馬鹿か小娘」

「うぐっ、……う、ば、馬鹿ってなんですかっ!」

「うるせ、黙って支度しろ。

 トイレ行っておけよ。おやつは持ちすぎるな、あと、忘れ物するなよ」

「私は子供じゃありませんっ」

 反射的に怒鳴る私にひらひらと手を振って、正成は荷物を鞄に詰め込み始めました。

「ったく、一騎打ちなら刀だけでいいのに、雑魚が多いって荷物まで多くなる。

 っと、ほれ、地図だ、なくすな」

「解ってますよっ」

 ひったくるように地図を受け取ってポーチの中へ。正成の視線が逸れたから、胸に手を当てて、はー、と一息。

 まったく、紛らわしい事を言わないでください。…………ばか。

 

 一通りの準備を終えて、夜。私は正成の運転するトラックの助手席へ。

 もう一人の同行者は加賀、今はトラックの荷台の方で艤装の確認をしています。……どうも、護良さんのところにいる南朝の人は基地も一つ抑えているようで、出発前には整備を完全に終えていた加賀の艤装が届きました。

 …………あまり、首を突っ込みたくない人たちみたいです。

 夜、夜道をトラックが駆け抜けています。周りは雑木林。どうも、基地の存在自体が機密のようで、周りに民家の類はありません。

 窓の外には夜闇に沈んだ雑木林。ぼんやりとそれを眺めていると、ふと、

「不安か?」

 声。

「そう、ですね。……緊張は、あります」

 おそらく、その基地には艦娘も傷つけるような武器があるはずです。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。その現実に不安はあります。

 けど、

「ここで降りてもいいぞ?」

「そんな事、するわけありません」

 前を見て、口元だけで笑って言う正成に私はそっぽを向いて応じました。

「いいな、俺から離れるなよ?

 あと、血を見ても悲鳴上げるな、うるさいから」

「はい」

「はぐれたら、そうだな、まっすぐにこのトラックに戻れ。加賀には艤装使ってこのトラックの確保をしてもらうから、あいつと一緒にいろ。

 南朝の馬鹿どもが洒落で開発した装甲車だ。対爆性と防弾についてはそれなりにあるから、大丈夫だろ。小娘、助手席の椅子の下にボタンあるか? ちと手で探してみろ、押すなよ」

「椅子の下、ですね」

 手を伸ばしました。あ、……これかな?

「はい、ありました」

「それ、押したら南朝の連中に連絡が行く。最終手段だ。

 それと、お前に渡した上着、発信器入ってる。中に携帯端末あるだろ?」

「あ、はい」

 取り出して、起動、普通のスマートデバイスみたいですけど。

 アイコンは三つ。

「一つは俺の発信器の場所が表示される。

 んで、もう一つは普通に通話だな。もう一つは南朝の連中への進撃命令だ。馬鹿どもがなだれ込んでくる、うざいから使うな」

「……南朝の人って?」

「トリガーハッピーが多いんだよなあ」

「……それは、使わない事にします」

「それがいいな。

 地図は頭に入れたな? あとは、俺の傍から離れるな。解ったな?」

「はい」

 頷きました。あとは、……眼前に、基地の門が迫ってきて、

「んじゃ、」にたり、笑って「行くか」

「へ?」

 笑って、正成はアクセルを思いっきり踏んで、

「っしゃあっ、突撃ーっ!」

「正成だってトリガーハッピーじゃないですかぁあっ!」

 と、後ろから声。

『なんか、加速していませんか?』

「突っ込むっ!」

『そう、突撃。……いいわね、気分が高揚するわ』

「ええっ?」

 加賀もですかっ?

 きょとん、とした表情を浮かべた門衛。けど、すぐにこちらに「発砲っ?」

「訓練行き届いてるなあ」

 しかも、短機関銃っ、実弾ですっ!

 ばらまかれる銃弾は、けど、トラック、っていうか、装甲車に阻まれて届かないですけど、

 そのまま、突撃。門を打ち抜いて奥の建物まで突撃。

「きゃぁああああっ!」

 フロントガラスに悲鳴を上げる私と、楽しそうに笑う正成が映し出されて、爆砕音。

 

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